遥乃陽 novels

ちょっとだけ体験を入れたオリジナルの創作小説

人生は一回ぽっきり…。過ぎ去った時間は戻せない。

前編 ザ・マムートの初陣 (ザ・マムート・ツヴァイの戦い <超重戦車E-100Ⅱ 1945/3/29~5/7>)

内容紹介

雪解けで水嵩が増して流れの速いエルベ川を、戦火を逃れて西岸へ渡ろうと艀乗り場に数万人の避難民と敗残兵が群れる1945年5月7日のフェアヒラント村。

早朝のラジオはドイツの無条件降伏と5月8日午前0時の戦闘放棄を知らせていた。

エルベの西岸までで進軍を留まったアメリカ軍が渡河を許すのも、その時刻までだった。

渡河を防止して大量の捕虜の戦果と大勢の難民を支配下へ戻すべく、強力なソ連戦車軍団が防衛ラインを越えて怒涛の如く彼らを襲う。

避難民の中には希望を与えてくれた大切な人もいる。

---僕達は渡河を妨害する全ての外敵を排除して彼らを守る義務を果たさなければならない---

ドイツ第三帝国終焉の日、最強の戦車に乗り込み、抗える限りに意思を貫こうとする少年兵達の壮絶な戦いの物語。

---彼らは自由へ渡れるのか!--- 

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 1945年

  5月7日 月曜日 フェアヒラント村の駅付近 午前七時

 朝の光の中、フェアヒラント村の鉄道駅近くの守備(しゅび)位置で、別に知った人を探(さが)す訳でもなく、ぼんやりと目の前の街道を通り過(す)ぎて行く大勢の避難民達を、僕はマムートの無線手ハッチの縁(ふち)に腰掛けて眺(なが)めていた。

 避難民達は皆(みんな)、フェアヒラント村の船着場からエルベ川を渡って西方へ逃(のが)れようとしている。

 街道の南側に広がる馬鈴薯(ばれいしょ)畑と牧草地の果(は)ての森の向こう、エルベ・ハーフェル運河沿いの鉄道と道路が集中する交通の要所、ゲンティンの町は一昨日(おととい)の午後に敵が占領したと知らされた。

 今日は夜半過ぎの未明(みめい)に、ゲンティンの町へ集結する敵の攻勢部隊に対する反撃が行われて、砲声と爆発音が明け方まで轟(とどろ)いていた。

 たぶん、反撃は敵に大きな損害を与(あた)えたと思う。だが、敵は我が方より遥(はる)かに強力で、直ぐに攻撃態勢を整(ととの)えて今日の昼までには此処(ここ)へ攻(せ)めて来ると予想している。

 だから、街道を左側の東方から右側の西方へ重い足取りで歩いて行く避難民達を眺めながら僕は、敵が来る前に早くエルベ川を渡れる事を祈(いの)りながら、出来る限り、其(そ)の時間を長く稼(かせ)ぐ戦いをすると心に誓(ちか)っていた。

 特に、苦労して歩く小さな子供には、此処まで来たのなら是非(ぜひ)、生き延(の)びて欲(ほ)しいと思う。

 そんな子供を連れて通り過ぎようとする避難民の中に、膨(ふく)らんだリュックサックを背負(せお)って、大きなバッグも袈裟懸(けさが)けに掛けた同級生の女子がいた。両手で妹と弟の手を引く彼女の歩き疲れて虚(うつ)ろな横顔が朝陽に照らされているのを見付けて、僕は大声で名前を呼(よ)んだ。

「おっ、おい! ビアンカ! ビアンカ・フライタークだろぉ! おーい」

 母親がイタリア人でハーフの彼女は、綺麗(きれい)で、可愛(かわい)くて、明るく笑う優(やさ)しい女子だ。学校ではクラスを楽しく纏(まと)める委員長を務(つと)めて人気が有った。また、膝下(ひざした)10cm丈(たけ)のスカート規則を彼女だけは破(やぶ)って膝丈に短くしていた。理由を問われる彼女は『この方が、より活動し易いでしょ』と、悪(わる)怯(び)れもせずに明るく答えていた。実際、彼女は小忠(こまめ)に素早(すばや)く動き、スカート丈と共に目立っていたが、彼女は仲間外(なかまはず)れや苛(いじ)められる事も無く、皆から慕(した)われていた。

 先生や父兄の中には、全体主義的に彼女のスカート丈を心良く思わず、眉(まゆ)を顰(ひそ)める方もいたが、あからさまに注意される事はなかった。寧(むし)ろ、その明瞭(めいりょう)な性格と堅実(けんじつ)な対応力を認(みと)められた彼女は、ドイツ少女団幼女隊の中隊指導者補佐にも任命されていて、ヒトラー・ユーゲントや少女団の集会でリーダーシップを発揮する彼女を慕う女子や想いを寄せる男子は多く、とても目立っていた。

 彼女は笑顔が素敵で、声を上げて笑う顔も、微笑(ほほえ)む表情も、僕は魅かれていて、学校や通りで僕はいつも彼女が翻(ひるがえ)す膝丈のスカートを探していた。、

 そんな快活(かいかつ)な彼女だったのに、今、目の前にいる女の子は堪(たま)らないほど、やつれて見えて、振(ふ)ら付く体の彼女は直(す)ぐにでも其の場にヘタリ込んでしまいそうだ。

(おーっ、スカート丈は同じだぁ…… って嬉(うれ)しがるよりも、なぜ、妹と弟を連れて、此処を歩いてるんだ? 小父(おじ)さんや小母(おば)さんはいないのか? それに、何処(どこ)まで行くんだ?)

 知人もいない初めて来た場所で、名前を呼ばれたのに気付いて足を止めた彼女は、縦皺(たてじわ)を眉間(みけん)に立てた険(けわ)しい目付きの警戒顔を向けて僕を睨(にら)むと、直ぐに目を見開いて言った。

「……アル? アルフォンス! 本当にアルなの! どうしてこんな所に……?」

 いぶかしむ警戒から驚(おどろ)きへ、そして、偶然の出逢(であ)いの不思議(ふしぎ)さが入り混(ま)じった微笑(ほほえみ)に彼女の表情が変わる。

「おい、ここで立ち止まるな。先へ進め!」

 僕を見付けて立ち止まったビアンカ達を歩かせようと、周囲を警戒していた憲兵(けんぺい)の一人が近寄って行く。

「いいんだ。部下の知り合いだ。少しの間、話をさせてやってくれ」

 ビアンカの間近まで迫った憲兵は車長の軍曹(ぐんそう)に制されて、ビアンカ達を僕に近付けさせてくれた。

「いろいろ有ってね。君が無事で良かったよ。両親は一緒(いっしょ)じゃないのか?」

 彼女の顔が、悲(かな)しみと困惑(こんわく)に変わる。

「あなたは元気そうね。……4日前の夕暮(ゆうぐ)れに……、私達の列をソ連の戦車と兵隊が銃撃しながら横断して行って、……大勢の人が亡(な)くなったり、怪我(けが)をしたわ! みんなは散(ち)り散(ぢ)りに逃(に)げて、凄(すご)く恐(おそ)ろしかった!」

 彼女の僕を見ていた顔がだんだんと俯(うつむ)いて独(ひと)り言(ごと)のような話し声になり、それから急に叫(さけ)ぶような大声で終わると、更(さら)に下を向いた顔の影からポロポロと涙(なみだ)の雫(しずく)が落ち、僕は限界(げんかい)まで彼女の気持ちが張(は)り詰(つ)めていたのを知った。

「……母(かあ)さんも足を怪我しちゃって、夜通(よどお)し父(とう)さんが母さんを担(かつ)いで運んだわ。運良く2つ目の村に残っていた陸軍の救護所で手当てをして貰(もら)ったの。だけど……、酷(ひど)く痛(いた)がる母さんは、直ぐに歩けなくって……。だから、着替(きが)えと食べ物を持たされて、『先にエルベ川を渡(わた)っていろ』って言われたの。うう……」

 クラスの女子達のリーダー格だった聡明(そうめい)な彼女が、こんなに取り乱(みだ)して悲しんでいるのに、僕は慰(なぐさ)めの言葉が見付けられない。今、視界に入る避難民や兵士の殆(ほとん)どは彼女と同じか、それ以上の不幸の苦しみに遭(あ)っていると思う。

 ヒトラー・ユーゲントの小国民隊の僕が、軍事教練の為(ため)に小学校の校舎を使った作業棟で寝泊(ねと)まりを始めた当日、僕の両親と妹はスイス国境近くの親戚宅へ疎開(そかい)して行った。

 軍に招集(しょうしゅう)された僕の2人の兄は、何処にいるのか分からなくて、安否(あんぴ)も不明のままだ。

「でも、きっと大丈夫(だいじょうぶ)よ。あれからソ連軍には出遭わずに此処まで来れたわ。だから、向こうで待っていれば、きっと、2人とも後から渡って来て会えると思うわ。この子達の歩きに合わせて来たから、此処へ来るのに4日も掛かっちゃったけど、私達はどこも怪我もしてないし、元気よ」

 親と離れた不安から泣いていた彼女が、言いながら気丈(きじょう)に僕を見上げた。涙で潤(うる)む彼女の瞳(ひとみ)に、居た堪れないくらい僕は切(せつ)なくて胸が苦しい。

「ああ、そうさ。小母(おば)さんと小父(おじ)さんは、きっと大丈夫! 小母さんの傷は直ぐに良くなるよ。戦争が終われば会えて、また一緒に暮らせるさ。僕は、君達が無事で嬉しいよ」

 ビアンカ達の避難民の列を襲撃(しゅうげき)したソ連戦車部隊は、きっと3日前の5月4日の夕方にアルテンプラトウ村で撃退した威力(いりょく)偵察隊(ていさつたい)だ。今は、その翌日の5月5日に、アルテンプラトウ村とゲンティンの街は東と南から攻(せ)め込んだソ連軍が、既(すで)に占拠(せんきょ)している。

「アル、……こんな大きな戦車に乗ってるの?」

 呆(あき)れるようにマジマジと枝木でカモフラージュされたマムートを見る彼女は、何故(なぜ)、此処に僕がいるのか、やっと気付いたようだ。彼女の両脇に並ぶ妹と弟も初めて見た巨大な戦車に、ポカンと口を開けて見上げている。

「ああ、凄いだろ。マムートっていうんだ。エレファントよりでかい毛むくじゃらの奴の名前と同じ。先にエレファントという駆逐(くちく)戦車が出来て、ロシアやイタリアで戦ってるから、先祖返(せんぞかえ)りみたいだな……。こいつは絶滅(ぜつめつ)した種(しゅ)の最後の生き残りさ。……たぶん今、ドイツに残っている戦車の中で、1番デカくて強いと思う。だけど、それも今日までさ……」

 問(と)われるままに答えた言葉は意味の無い冗談(じょうだん)になって、感じている逃げてはいけない状況の遣(や)る瀬(せ)の無さを誤魔化(ごまか)しながら、愚痴(ぐち)るように続けた。

「ブランデンブルク市まで逃げて来たのに、新型戦車の通信要員にされちゃったよ。まったく、袖(そで)の通信資格章を捨(す)てるか、着替えておけばよかった……」

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   4月26日 木曜日 ベルリン市のシュパンダウ地区

 ベルリン市のシュパンダウ地区の大通りで、仲間から押し付けられた5、6発のファストパトローネを教練通りに小脇に抱えて、大凡(おおよそ)の狙(ねら)い角度で迫(せま)るイワンの戦車と兵士の群(む)れへ向けて、続けざまに発射してから大急(おおいそ)ぎで逃げていた。

 

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 僕がシュパンダウ地区で防衛の配置に就(つ)いていた場所は、大通りの真ん中の爆撃で抉(えぐ)れた痕(あと)の穴を利用した浅い塹壕(ざんごう)で、その底に低く伏(ふ)せて全身を硬直(こうちょく)させていた。ついさっきの激しい砲撃は幾(いく)つも間近で爆発して、イギリス空軍の夜間爆撃で半壊(はんかい)していた真横のビルの並(なら)びが、直撃を受けてドカドカと大きな瓦礫(がれき)を沢山(たくさん)降らせてくれた。

 固(かた)まった身体を歯の根が合わないほど震(ふる)えさせながら僕は、『助けてくれぇー!』、『早く降参(こうさん)して、戦争を終わらせろぉー!』、『ドイツなんで、今直ぐに負(ま)けちまえー!』、『ここから出してくれー!』って、何度も砂だらけでパサパサになった口で叫んでいた。

 50mくらいまで接近しているような敵戦車のキャタピラ音が、大きく聞こえて来る。

 ゆっくりだけど、躊躇(ためら)い無く近付く走行音から、まだ敵は、全身を瓦礫屑(がれきくず)塗(まみ)れにさせて塹壕の底へ潜(もぐ)るように伏せる、二十人ほどになった生き残りのヒトラー・ユーゲントの隊員に、気付いてはいないようだ。このまま伏せていれば、気付かずに通り過ぎてくれて、運が悪くても捕虜(ほりょ)にされるだけだと思っていた。

 更に近付いて来るにつれて、敵兵の足音と呼び合う声が聞こえ、敵の重戦車の動く振動が、伏せる穴底から急速に大きくなって伝(つた)わって来る。

 ビューゥっと、塹壕の上を吹(ふ)き抜(ぬ)けた風が、敵戦車の迫る音を爆弾穴の縁まで来たかのように大きく響かせると、周(まわ)りに伏せていた仲間達がガバッと一斉(いっせい)に起き上がり、持っているファストパトローネを伏せて蹲(うずくま)っている僕へ捨(す)てるように押し付けては、走って後方へ逃げて行く。

 背を低くせずに立ち上がって走るという姿は、いくら子供のすばしっこさでも、直ぐにソ連兵が見付けて、走り出した奴も、立ち上がり掛けた奴も、短機関銃と戦車の車載機銃の激(はげ)しい連射にバタバタと撃(う)ち倒(たお)された。前方の穴から駆(か)けて来た奴が、僕がいる穴を飛び越えようとした時に銃火に捕まった。

 左手の肘(ひじ)から先が千切(ちぎ)れ、裂(さ)かれた腹から内臓と血が零(こぼ)れて、彼は僕の真横に落ちた。

 初めて見た人間の内臓と沢山の血、腕(うで)から突き出す血まみれの白い骨、捩(ねじ)じ切ったようなピンク色の筋肉(きんにく)の筋(すじ)にペラペラな白い皮膚(ひふ)。その生々(なまなま)しい光景と臭(にお)いに、息が出来ないほど吐いてしまって鬱血(うっけつ)する顔に米神(こめかみ)の血管がブチ切れそうだった。

 彼の頭の横……、左耳の上辺(うえあた)りにも弾の中(あた)った孔(あな)が有った。頭蓋骨に朱色(しゅいろ)の空洞のような孔がボッコリと開いている。孔を縁取る頭蓋骨の白い割れ口が、まるで料理に使った卵の殻(から)みたいだ。中身の脳味噌は高速で貫通(かんつう)した弾丸(だんがん)の勢(いきお)いに、反対側から引き摺(ず)られて出てしまったように見える。

 泣き喚(わめ)きながら僕の塹壕を飛び越えようとした彼の15歳になったばかりの人生は、頭と腕と腹を貫通した銃弾が瞬時(しゅんじ)に終わらせた。

 先月の初めに『今年は少年団を卒業して、青年団入りだな♪』と嬉しそうに言いながら、ベルリン市の東側から聞こえて来るソ連軍の砲声に耳を傾けた彼は、困り顔で『これじゃあ、先に戦争も、ドイツも終わっちまうな』なんて、冗談ぽく苦笑(にがわら)いしていたのに……。

 今、それよりも先に、彼の命が天に昇ってしまった……。

 苦しそうな表情の泣いて腫(は)らした両目は涙を湛(たた)えて僕を見ていたけれど、既に光を宿(やど)してはいない。ついさっきまでは冗談と勇(いさ)ましい言葉を大声で言い合って、景気付(けいきづ)けに合唱していた彼は歌が上手(うま)くていつも皆をリードしていたのに、開いた口から今はもう声を出せない。

 彼は僕の傍(そば)で死んでしまって、塹壕を飛び越えようとした時の泣き腫らした顔のままで僕を見詰めている。僕を見ないでくれと、吐きながら震える手で彼の目の前に瓦礫を置いていた時に、ムカムカする吐き気以上に怒(いか)りを感じた。

 あと僅かな時間で僕も彼のような屍(しかばね)になってしまう現実に、僕を此処で死ぬ運命にさせた世界に、のこのこと軽い気持で此処へ来ている自分へ、更に、僕を今直ぐ殺そうと迫る敵の奴らに激しくイライラする気持が、ゼェゼェと息苦しく肺を喘(あえ)がせて、ドドドッと急連打の全力動悸(どうき)で血液を巡らす心臓をプルプル震えさせた。そして、ズキズキと酷く痛み出した頭と身体の奥底から迸(ほとばし)る強い憎悪(ぞうお)に、僕は有らん限りに叫んだ。

「ちくしょーっ! こんなので死んでたまるかあぁ! まだ何も遣っちゃいないし、充分に生きちゃあいないんだぞおぉー!」

 

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 ほんの1週間前までは、工場地帯がアメリカ空軍に精密爆撃で破壊(はかい)されても、軍需(ぐんじゅ)生産目標の無い市街地の住宅地や商店街が夜間にイギリス空軍の無差別爆撃で炎上しても、工場で働(はたら)いていた住民の幾人かが亡くなっても、耳に入るロシア人の蛮行(ばんこう)の噂(うわさ)に若い娘がいる家庭が西方へ逃れて行って、同級生の女子がいなくなっても、親達が、南方への疎開は、もう間に合わないと蒼(あお)い顔で頭を抱(かか)えていても、僕達の住むシュパンダウ地区北西郊外に被害は殆ど無くて、日に日に迫り来る敵軍との戦闘を14歳の僕達は漠然(ばくぜん)としか意識していなかった。

 閉(し)めたカーテンの隙間(すきま)から、夜間空襲の遠く燃え上がる炎の列に赤く照らされた夜空を見て、不安を感じている気持ちの半分は、スペクタクル映画のクライマックスを観ているみたいで綺麗だなと思っていた。そんな楽観的な子供の僕らは、国民突撃隊員として召集された四日間の軍事教練が終了しても、スポーツ合宿のような浮(うわ)ついた気分でいた。

 教練が終了した翌日の一昨日(おととい)は、命じられて朝から大通りの交差点で配置に就かされた。

 四輌の路面電車を交差点へ押して来て並(なら)べ、夕方まで散々苦労して周囲に深い穴を掘ると、動かせないように外して来たレールを杭代わりに立てて固定した。

 その日の作業はそれで終了。班毎(はんごと)に別れて大通りに面した半壊の建物の中で熾(おこ)した焚(た)き火(び)を囲み、晩飯に配られた太いソーセージ入りのシチューとパンを食べてから、僕らは防衛配置の大通りの爆弾穴で寝た。腐敗(ふはい)ガス臭い穴底の地ベタでも、支給された粗(あら)めに織(お)られても厚くて重い毛布と防水の迷彩ポンチョに包まって丸まる、重労働で疲れ切って腹が満ちた肉体は直ぐに夢を見させてくれた。けれど、夜半から時折(ときおり)降られて起こされた俄雨(にわかあめ)で良く眠れていない。

 昨日(きのう)は朝から前日の作業の続きで、並べて固定した路面電車の中を大きな瓦礫で埋め、周囲にも堆(うずたか)く積(つ)んで交通障害物として完成させた。

 その後は、携行(けいこう)した小さ目なシャベルで舗装(ほそう)道路に掘れた爆弾の穴を更に掘って自分用の塹壕を作った。けれど、大通りの地面は大きな石がゴロゴロ混ざる粗い砂で固められていて、その硬(かた)さは散々苦労して掘り続けても、膝が隠れる程度の浅さで精一杯だった。

 シャベルを塹壕らしからぬ穴の中へ投げ捨て、好い加減に嫌になった塹壕掘りを止め、皆で小学校の校舎から運んで来た、20個の真新しい木箱に入ったファストパトローネを受け取りに行く。

 爆弾穴近くの路上に置いていた2cmは有る厚い松材の木箱の中から、押し付けられるように配られたファストパトローネは、命中すれば成形(せいけい)炸薬(さくやく)弾頭(だんとう)の爆発燃焼で溶けた装甲板の鋼鉄が高熱超高速の噴流となって、200mm厚の鋼鉄装甲も溶解(ようかい)貫通できて、上手く砲塔内や車体内部の弾薬へ貫通した高熱噴流が被(かぶ)れば、瞬時に敵戦車を爆発炎上させられる威力(いりょく)が有ると、教官の古参兵が言っていた。

 

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 訓練で1度だけ、教官が信管と炸薬を抜いたダミー弾頭付きのファストパトローネを小脇に抱えて、発射筒の上にくっ付くように折(お)り畳(たた)まれた、小さな孔が並ぶだけの板にしか見えない照準器(しょうじゅんき)を起こして立て、孔を通して見える弾頭の丸みの頂点と目標の軸線を合わせ、最大射程狙いの約35度の角度で発射した。

 『バンッ!』と短い破裂音がして、教官の真後ろの地面を5、6mの長さの炎が舐(な)めた。

 外した炸薬と信管の代わりに入れたセメントで、重さとバランスを同じにしたダミーの弾頭は、『ポンッ!』という感じで弾き出されて、思いっ切り遠くへ投げたボールや石のように、放物線を描いて校庭の端に落ちた。

「見た通り、放たれた瞬間に弾頭の尾に巻かれている4枚の羽が、弾性と風圧で広がり、狙った方向へ真っ直ぐに飛んで行く。だが、最大の狙いでも、100mほどしか飛ばないし、勢いも手で払い避(の)けたり、受け捕(と)めれるように思えるくらい、ゆっくりになってしまう。だから諸君は、確実に敵戦車を仕留める為、50m以内に近付けさせなければならない。できれば、照準器の1番下の孔で狙う30mだ!」

 教官は僕達を傍に来させて、最も危険な動作を知らしめる注意をする。

「行き足の勢いを失った弾頭でも、その重みによる自重落下だけの衝突力で、この弾頭カバーが割れて外れてしまう。外れると同時に信管が作動して弾頭の炸薬が爆発燃焼する。だから、キャッチしたり、振り回すような遊びをするな! 発射する直前まで絶対に照準器を起こすな! 起こせば安全装置が解除されて、弾頭カバーが外れるだけで、爆発する。3m以内は即死だ! 5mでも大怪我だぞ。解ったな! 事故をを起こすなよ」

 それから、発射筒と真後ろの僅(わず)かに焦(こ)げた地面を指し、注意すべき点を話す。

「打ち放った後も、破損していない発射筒は、繰り返し使用可能だ。照準器は安全装置を兼(か)ねている。最近の弾頭は信管と発射薬が既に充填(じゅうてん)されていて、照準器を元の状態に折り畳まないと、新しい弾頭が発射筒に差し込めない。そして、照準器を起こさないと信管の安全装置が解除されないし、発射レバーも押せない。照準器は弾頭の脱落防止の留め金も兼ねているから、発射筒の破裂や弾頭の早期爆発を招(まね)いて非常に危険だ。そして、発射時に真後ろにいると発射薬の強烈な燃焼炎で即死する。2m以内は骨まで溶かされてしまうぞ。6、7m離(はな)れていても全身大火傷で助からない。仲間に殺されたくなかったら、最低限、10mは離れる事だな。まっ、お前らのような子供が扱うには、危険なファストパトローネだが、注意事項に気を付けてていれば、凄く強力で御手軽な対戦車兵器だ。榴弾ほどでもないが、敵兵も吹き飛ばせるからな」

「補足だ。事故の危険が有る為、安全装置の照準器は簡単に起き上がらないように、少し固く嵌まっている。だから、掴んで起こすには、指と腕の力が必要だ。軽い気持で起こそうとしても、起きない。でも、そこで諦めるな! 必ず起こせるはずだ! さあ、諸君。1人づつ、順番に照準器を起こしてから倒して戻すんだ。遣ってみて、力加減を覚えろ!」

 4日間の教練は、ファストパトローネを抱えて肉薄攻撃と取り扱いの訓練ばかりで、他にした事といえば、離れいる物の大きさの目測からの距離の目測、それに校庭での穴掘りだった。

「ファストパトローネを上手く使って、生き残れよ。ハイル・ヒットラー」

 教練最後の日、手配されて来た徴用トラックに、ファストパトローネと小銃と弾薬を詰めた木箱類を乗せ終わり、不動の姿勢で整列した僕達へ教官が手向(たむ)けの言葉をくれた。

 

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 ファストパトローネを入れた木箱は2人掛かりでも非常に重くて、トラックに積むのは持ち上げる2人と引き上げる2人がいないと難しい作業だった。

 1本が約7kgのファストパトローネを4本で28kg、松材の木箱が5kg以上、1箱で33kg以上も有り、トラックで近くまで行っても、降ろしてから防衛ラインまで歩いて運ぶだけで、持ち手のロープが掌に食い込んで水脹れを作ってしまった。

 ファストパトローネを受け取ろうと、開いた両手の掌がヒリヒリと痛み、見ると水脹れが塹壕掘りで全て破れているのに気付いた。右の胸ポケットに入れていた軟膏類の薬の中から、いつもの擦り傷用を出し、傷口に付着した泥の洗浄に流し掛ける水筒の水が、掌をジンジンと痺れたみたいに痛くさせた。

 沁(し)みる痛みに堪えながら、木箱に入る新品のファストパトローネを見ていると、そんな、僅か数日前の教練を思い出して、なぜか、懐かしんでいた。

 

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 配られたファストパトローネを塹壕の中で握り締めて、『この1本を撃っちゃったら、後はどうするんだ? 後方へ全力で駆けて、逃げるしかないのか? でも、怯む敵が前進を停めて、退避していなければ、間近から簡単に、撃ち殺されてしまうだけだな……』と、悲観しながらも、200m前方に並べた路面電車を眺めながら『行ってみたい場所が在(あ)るけれど、今度は、いつ乗れるかな』などと、春の霞(かす)む青空を見上げて平和な日々を想像していたら、いきなり目の前の路上に砲弾が落ちて爆発するまで、真剣に戦争を実感していなかった。

 100mほど離れて着弾した砲撃は徐々に近付き、僕達が隠れる爆弾痕の並ぶ場所に、集中して砲弾が落下して来た。次々と炸裂して噴き上げる炎と爆煙は青空の陽射(ひざ)しを遮(さえぎ)って辺りを暗くした。切れ間の無い着弾は、まるで、塹壕の1つ、1つに命中させて、穴底に伏せる僕達を1人残さず爆殺させるまで終わらないとばかりに、激しく炸裂した。

 初めは近付いて来る爆発音と突き上げる揺れを塹壕に伏せて身構(みがま)えていたけれど、突然、伏せている体が抛(ほう)り上げられたかのように浮いて仰向(あおむ)けに落ちた。直後に叩(たた)き付ける衝撃波(しょうげきは)と熱い爆風が来て、顔と手足の千切れそうな痛みに叫んで泣いた。

 自分が潜(ひそ)んでいる塹壕が直撃されたなら、浮き上がった僕の体を砲弾の断片が削(けず)り取って、手足どころか、命が無くなったら、この砲撃が止んだ後に生きていても、顔の半分が無くなり、胸に大穴が開いて、裂かれた腹から内臓が全部出ていたら、指や手足も千切れて、その耐(た)えられない痛さと熱(あつ)さに泣き喚いたまま死んで行ったら、などと、最初に体が浮き上がった瞬間に考えてしまい、物凄い恐怖に襲(おそ)われた。

 間近に落ちた砲弾の炸裂で爆弾痕の縁が、ガバッと飛ばされるような勢いで崩れ落ちて仰向けの僕に降り掛かる石畳片と砂が、まるで『次は、お前だ』だと、僕に触れなぞる死神の鎌の刃先のようで、きつく目を閉じて次の着弾身構える全身がガタガタと死の恐怖に酷(ひど)く震え、背筋から首筋への硬直で頭が左右に細かく振られ、上下の歯が勝手にカチカチと激しくぶつかって、口を閉じられない。

 直ぐに直ぐに次の砲弾が続け様(ざま)に着弾して、僕達が隠れてる大通り全体を掘り返した。

 自棄(やけ)に激しい集中的な砲撃に、僕達は見付かって狙い撃ちされているのかと考えたけれど、初弾の着弾爆発まで、大通りの彼方までの視界内に人の動きを見ていなかったし、皆は塹壕内に潜んでいたから、爆弾で掘れた穴が幾つも有るだけの無人の大通りにしか見えないはずだった。

 『ドサッ』、そう考えた時、砲弾の炸裂で撥(は)ね飛ばされた何かが、塹壕の縁に当たって滑り落ちて来た。直撃を受けた仲間の千切れた部位なのかと、恐る恐る見た物に僕はショックを受けた。

 それは、割れて半分になった空の木箱で、ファストパトローネを入れて運んで来ていた。

 何処か視界の果ての影に待ち伏せるドイツ兵を、こっそりと見付け出して砲撃を誘導(ゆうどう)する敵の火力部隊の前進観測員は、爆弾穴の並ぶ大通りの中央で開かれた真新しい木箱達が、明(あき)らかに携帯兵器か弾薬用で、受け取ったドイツ兵が周りの穴に居ると察(さっ)した。そして、その観測員が誘導する激しい砲撃を僕達は受けていて、今も誘導がされ続けている。

 それを知った僕の全身は、無情の怒りで更に激しく震えて逃げ出す気力は失せ、『どうせ死ぬのなら一瞬で』と願ってしまう。

 全身を強く震わす恐怖が、手足の筋肉を緊張(きんちょう)させてガチガチに力が入ってしまうのに、食物が通る内臓の筋肉は弛緩(しかん)して、胃が逆流し、直腸も排泄(はいせつ)してしまう。

 ブリブリと脱糞(だっぷん)した柔(やわ)らかな大便はズボンの中を満たして行き、更に尿意(にょうい)を催(もよお)さないのに無意識に出てしまった小便が、ぐちゃぐちゃに掻(か)き混ぜて下痢糞(げりぐそ)のようにした。

 それが下腹部から踵(きびす)までの素肌(すはだ)に触れ絡(から)まるのと、その臭(にお)いは胸が喘ぐ度(たび)に襟首(えりくび)から溢(あふ)れ漂(ただよ)わせて気分を悪くしてくれた。

 だけど、その気分の悪さと恥(は)ずかしさも、直ぐに次の着弾の恐ろしさが忘れさせてしまい、ズボンの中の違和感は、転(ころ)んで着いた泥濘(ぬかるみ)の泥(どろ)のように、首周りに纏わり付く悪臭は、廃墟(はいきょ)に溜(た)まる糞尿混じりの排水からのように思ってしまった。

 塹壕の縁にザクザク弾片が刺(さ)さり、爆発で空中高く飛ばされた石畳(いしだたみ)舗装の欠片(かけら)がドカドカと落ちて来る。爆発音は全(まった)く聞こえない。叫びながら頭を抱(かか)えて蹲る僕を殺す破片が飛び交(か)っているはずなのに、自分の叫びも、爆発音も、何も聞こえないし、見えない。

 何度も撥(は)ね上げられて、真っ白になったコンクリート臭い大気は、息ができないくらい猛烈(もうれつ)に噴(ふ)き付けて来て、その熱くて硬い空気に僕は圧迫(あっぱく)されて潰(つぶ)されそうになっていた。

 ヒトラー・ユーゲントの冬服の上下に短(みじか)い編(あ)み上(あ)げのブーツ、それに、頭にきつく被っているのは重いバックルが付いた鍔(つば)付き制帽。この日常の普段着的な外出時の服装、それだけが僕の体を覆って守っている。

 貫(つらぬ)かれるだろう鋭(するど)い弾片や、潰されるだろう落ちて来る重い瓦礫や、砕(くだ)かれるだろう大きな破片を防(ふせ)いでくれるヘルメットなどは全く身に付けていない。ただ、撥ね飛ばされながら偶然の幸運を願って祈るしかなかった。

 5分ほどだったのか、10分くらいは続いたのか、分らない激しい砲撃の間中、恐怖に頭を抱えて、伏せたり、蹲ったりしながら大声で叫び通しだった。何度も吐(は)いて上半身は吐瀉物(としゃぶつ)だらけだ。

 ゆっくりと後方へ着弾が移って行くと気付いた時、突き上げる地面の振るえが無くなり、砲撃が止(や)んだ事を身体で理解した。砲撃が止んでも暫(しばら)くは何も聞こえなかった。15分は過ぎた頃、誰(だれ)かが点呼(てんこ)を取り始めるけれど、誰も塹壕から顔を出さない。呂律(ろれつ)が回らない震え声で答えた声に10人以上も殺(ころ)さられたのを知った。直ぐにでも、ここから脱走したいのに、砲撃に耐えて生き残った幸運の思いが、碌(ろく)な遮蔽物の無い大通りに立つよりも、まだ安全な塹壕の底に皆を伏せさせていた。

 更に5分くらいが経(た)ち、ガタゴトと動きの悪そうな機械の移動音が交差点の向こうの方から聞こえて来て、斜陽(しゃよう)に照らされた廃墟の街並みを背後に近付いた音の黒い影が、瓦礫で固めた路面電車を圧(お)し潰して来た。

 その時! 爆発が…… 起きると思って期待していたけれど、何の爆発もせずに、軍事雑誌のイラスト通りの長砲身の85mm砲を搭載したT34型らしき戦車が、ゆっくりと潰した路面電車を踏み超えていた。

 僕達が並べてレールの杭で固定した路面電車の車内や周りを大きな瓦礫で埋(うず)めて交通遮断の障害物した後、夕刻に海軍の陸戦隊と空軍の降下兵の1団が遣って来て、何やら、地雷や爆薬で罠を仕掛けたと思っていたのに、路面電車は爆発しなかった。

 その想像していた場面では、大爆発で端の2輌は弾き飛ばされ、間の2輌は折れ曲がって宙に浮き、圧し潰そうとした敵戦車は更に高く突き上げられて、空中で爆発するはずだった。

 なのに、敵の戦車も、兵隊も、無傷で僕達に向かって来ている。

 一体全体、あの集まっていた兵隊達は何をしていたのだろう? それとも、仕掛けていたのに不発だったのかも知れない。いずれにせよ、兵隊達の不甲斐無さと期待外れに僕は、何事も無く迫って来る敵戦車を憤慨(ふんがい)の思いで見ていた。

 初めて実物を見る、並べた路面電車を踏(ふ)み潰したブリキ缶みたいにしながら乗り越えて来る敵戦車と、ゾロゾロと随伴(ずいはん)する敵兵達に、砲撃でズタズタにされた僕達の精神はバサバサに千切れ、既に何も考えられない薄(うす)い灰色の頭の中は真っ白になった。

 その想像も、経験した事も無い恐怖のダブルパンチは、『戦え』どころか、『逃げろ』、『隠(かく)れろ』の本能の脅迫(きょうはく)となって、逃げ惑(まど)う皆を殺してしまった。

 

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 傍に倒れて光の無い瞳(ひとみ)で僕を見詰める骸(むくろ)の下半身はぐっしょりと濡(ぬ)れていて、被った粉塵(ふんじん)を湿(しめ)らせていた。

(彼も僕と同じで、本能が悟(さと)る死の恐怖に、身も、心も、縮(ちぢ)み上がったんだ……)

 血だらけになって倒れる仲間達に、僕の精神は恐怖と怒りの頂点(ちょうてん)に達するけれど、逃げ切るには敵を殺っつけなければならない。僕は震えて強張(こわば)る手足と指を見詰めながら無理に意識して動かすと、握(にぎ)っているファストパトローネの照準器を起こして、照準孔を覗きもせずに1番下の孔辺りの角度で迫り来る先頭戦車に向けて放(はな)った。

 『ドン!』と、激発(げきはつ)レバーを押し下げた瞬間に肩に担(かつ)いだ金属筒から発した発射音は、心臓を縮み上がらせて、衝撃で舞い上がった埃(ほこり)と、後方へ噴出す爆発炎で熱くなった周囲の空気を喘ぐ肺へ吸(す)わせた。

 照準器を起こす力は訓練用ファストパトローネよりも新品の分だけ、強い力が必要だった。何度も起こして倒した訓練用のゆるゆるよりも新品はガチガチに嵌まっていて、その固さに14歳の非力な僕は、諦め掛けてしまう。

 だけど、ファストパトローネを使わないと、逃げ出すチャンスも生まれない。

 直ぐに弾頭を放って残った発射筒を捨て、次のファストパトローネを掴もうと屈(かが)みかけた時に、間近に迫る敵戦車の前面に閃光(せんこう)が光った。その光が弾頭の命中したモノなのか、敵が戦車砲を撃ったからなのか、見定めないままに急いで屈んで、照準器のロックを外そうと指を動かした。

 再び照準器を掴んで思いっ切り力任せに引くと、今度は上手くロックが外れて起きてくれた。一度できた後は理解した力加減と操作のコツに、次のファストパトローネから照準器を直ぐに難なく起こせるようになった。

 それからは焼ける肺の咳き込む苦しさと、初めての実弾発射の音と衝撃で湧(わ)き出た勇気(ゆうき)に、僕は傍へ転がされたファストパトローネを片(かた)っ端(ぱし)から掴んで照準器を起こし、弾着も確(たし)かめずに矢継(やつ)ぎ早(ばや)でイワン達の方へ向けて打ち込んで遣った。

 二発目は外れて二輌の敵戦車を飛び越えた辺りの路面に落ちて爆発した。

 もう無我夢中(むがむちゅう)で、耳元を掠(かす)める銃弾も、胸元の瓦礫を砕いて跳ねる弾丸も、全身を駆け巡(めぐ)るアドレナリンの興奮で気付けない。

 視界の隅に見えた限りでは、命中したのに中(あた)り角度が良くなかったのか、弾かれて転がった路面で爆発した。

 操作教練の教官が言っていた『命中すれば、必ず装甲板を貫通する。200mmの厚みまで、貫通できるんだ!』は、必ずではなかった。弾かれたり、逸らされたりしたら、当然だが、命中箇所で爆発してくれない。

 僕の塹壕に転がされていた最後のファストパトローネは、照準器を起こして持ち直そうとした時にトリガーのレバーを押し下げてしまい、不意の発射は予期してなかった僕を心底驚かせてくれて、一瞬、塹壕の中に巻いた発射の熱い炎に僕を包んでくれた。

 幸い弾頭は、塹壕の縁スレスレに飛んで行ってくれたが、どこへ着弾したか全く分らない。

 大通りに充満する黄色っぽい煙の様な塵と埃に敵の様子が分からなくて不安でいると、後方から吹き通った一陣の風が薄く晴らして行き、仲間のヒトラー・ユーゲント達を殺したイワンの群れが爆発で吹き飛んで倒れているのと、既に30mまで迫っていた2輌の敵戦車の前面と砲塔に命中の痕(あと)が有り、見ていると前面に被弾(ひだん)した先頭の戦車が煙を噴き出し、開いたハッチから乗員が飛び出すと、輝(かがや)くような白い炎(ほのお)を上げて激しく燃(も)え始めた。

 先頭戦車の真後ろの戦車はファストパトローネが砲塔前面に命中して誰も脱出(だっしゅつ)しないまま、砲塔を吹き飛ばす大爆発を起こした。続く3輌目は先行した2輌の被弾炎上(えんじょう)と大爆発を見て、逃げようと慌(あわ)て様に行(おこな)った急旋回(きゅうせんかい)で五階建てのアパートビルへ突っ込んで逃げて行った。その戦車はビルの中を大通りへの脱出を試(こころ)みて1階の壁(かべ)や柱の多くを破壊してしまい、結果、最下層の支(ささ)えを失(うしな)った上階の全ては瞬時に崩れ、その小山のように積もる瓦礫で完全に埋(う)まってしまった。

 崩れ落ちた瓦礫は、飛び散る破片と舞い上がる埃になって、濃(こ)い霧(きり)のように大通りを真っ白にしていまった。充満(じゅうまん)する粉塵と土埃の向こうからロシア語の呻(うめ)きや悲鳴(ひめい)が聞こえて、敵の動きが停(と)まっているのを知ると、僕は一目散(いちもくさん)に裏通りへと逃げる。

 警戒して入った裏通りには敵はいなかった。狭い通りを西へ走りながら僕は、またもや吐き気がして何も出る物が無いのに、壊(こわ)れたポンプのように何度も吐いた。逃げ切ったと確信できるまで、通り過ぎるドアを蹴破(けやぶ)って最上階か、地下室の隅(すみ)に隠れ込みたい衝動に終始(しゅうし)襲われた。

 全体で100人はいた部隊で大通りに防衛線を築いていたのに、既に死んだのか、逃げたのか、誰にも出会わないし、見掛けなかった。

 状況から判(わか)る限り、この場所で生き残ったのは僕は1人だけのようだ。砲声や銃声は周り中(じゅう)から聞こえる混戦状態に、はっきりとドイツ軍の守備陣地に辿(たど)り着くまでは誰も信用できないと思う。

 

   4月27日 金曜日 ブランデンブルク市の大学病院

 僕は、敵にも、味方にも、出会わないように隠れながら夜通し歩いて、途中で紛(まぎ)れ込んだ避難民の列と共に辿り着いた防衛陣地の検問(けんもん)は、シュパンダウでの戦闘状況の説明や此処まで来るまでにソ連車を見ていない事を話すと通過させてくれて、多数の防衛拠点が構築(こうちく)されているブランデングルク市の市街地区へ、どうにか、逃れる事ができた。

 検問所で教えられた市内の場所で、配られている炊(た)き出しを貰う列を見て、クルクルと元気に回るくらい喜(よろこ)んだ。全身の力が抜けて其の場にヘタリ込むくらい安堵する気持に、僕は吐瀉物と胃酸が粘膜を傷付けてヒリヒリと痛み、何度も唾(つば)を吐いて紛らわしていた喉(のど)が、カサカサに渇(かわ)いて水を欲(ほっ)しているのと、とても、お腹(なか)が減(へ)っているのを知った。

 喜び勇んで列へ並ぼうとした時、漂う自分の臭さに気付いた僕は、シュパンダウで漏らしていた便と尿の事を思い出した。飲み水と洗濯(せんたく)する水場(みずば)を求(もと)めて幾つもの通りを探し歩いた。しかし、爆撃を受けた街の通りは蛇口(じゃぐち)が有っても断水で、何処も水は出なかった。

 爆撃の被害が少ない施設を探し回って見付けた小さな教会の噴水(ふんすい)で、僕は全身と着ていた衣服の全(すべ)てと靴(くつ)を其の冷たい水で洗(あら)い、特にズボンと下着と靴を凍(こご)えながら念入(ねんい)りに洗った。

 洗って絞(しぼ)っただけの全然乾(かわ)いていない冷たい衣服を我慢(がまん)して無理矢理(むりやり)着てから、振り捲(ま)くって雫を切った短い編(あ)み上げブーツを履(は)く。洗い立てで着込んだ下着や、シャツや、上下の制服と靴下にブーツが、ぐっしょりと冷たく湿気(しけ)ていて米神がズキズキと痛むくらい気持が悪かったけれど、まだ残る体力で汗(あせ)ばむまで走り回って火照(ほて)った体温で温(あたた)めた。

 大きな教会の竈場(かまどば)と3台の野戦炊飯(すいはん)車がフル稼働(かどう)して、炊事兵達が忙(いそが)しく働く炊き出し場で、食器の無い事を告(つ)げると、色が殆ど剥(は)げて変形した飯盒(はんごう)に大きく凹(へこ)んだ水筒(すいとう)、それと曲がったスプーンとフォークが与えられて配給の列に並ばされた。

 大勢の人達が取り囲んで暖(だん)を取るキャンプファイアーのような焚(た)き火(び)の近くに座(すわ)り、年輩(ねんぱい)の炊事兵が成長期の子供だからと少し多めに入れてくれた、歯ごたえが乏(とぼ)しいデミブラスソース味のスープのようなシチューを噛(か)み締め、水筒に満たした香(かお)りだけはする極薄味(ごくうすあじ)の苦(にが)い代用コーヒーを流し込みながら、これからを考えた。

 1週間以内に此処も強力なソ連戦車軍団が攻めるだろう。それまで、炊き出しで食い繋いで降伏する守備隊と共に捕虜になっても構わない。でも、きっとまた、降伏に至(いた)る前に生き残っているヒトラー・ユーゲントで戦車猟兵(りょうへい)班が編成(へんせい)されて、僕は再(ふたた)びファストパトローネを握らされるだろう。

 『敵戦車に命中させて二輌を撃破しました。他に、一輌を、石造りのアパートを崩して完全に産めて遣りました』などと、得意顔で報告していたら、僕は班長にされて、それこそ、防衛ラインの死守どころか、ファストパトローネを二本持たされて突撃か、積極的な敵陣への肉迫攻撃で敵の装甲車輌を狩る事になって、もう、絶望的に逃げ口が無くなってしまう。

《そんなのは……、勘弁(かんべん)してくれぇ……》

 

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 普通は飯盒の半分も入れてくれないシチューが、毎回の配給で8分目まで入れられて喜んでいる僕は、これが餞別(せんべつ)代りだと察(さっ)していた。

 シュパンダウの大通りの戦闘で、僕達ヒトラー・ユーゲントは使い捨ての消耗品だと理解した。ソ連軍が迫って来ると号令が掛けられ、若(わか)くて俊敏(しゅんびん)な僕は最前線の最前列へ連れて行かれる。そこで自分が隠れる塹壕を掘り、その中でファストパトローネを握り締めて敵が射程距離内へ入るのを待つ。そして、今度こそ、僕は突破(とっぱ)しようとする敵戦車と刺し違えてしまう。

 敵が迫って来るのを見ただけで、後方に展開して援護(えんご)するはずの国民突撃隊の年配者達は、僕を見捨てて散り散りに逃げていると思う。敵戦車を狩(か)ったりでもしたら捕虜にはされずに射殺(しゃさつ)される。もう誰も僕を救(すく)ってくれはしない。

 ソ連軍に蹂躙(じゅうりん)されるシュパンダウ地区から逃げ延びれたのは、偶然(ぐうぜん)に幸運が続いただけだ。

 ファストパトローネが命中して大爆発した2輌目の敵戦車からは、脱出する乗員を見ていない。炎上させた1輌目も数名が脱出しただけで全員じゃなかった。崩落した石造りのアパートに完全に埋まった3輌目の乗員達は、救出されたのだろうか?

 崩れるアパートの瓦礫に潰されたり、狙い澄ましたファストパトローネの炸裂に噴き飛ばされた敵兵は、何人いたのだろう?

 それらは全部、怒りに任せた僕が1人でした残酷(ざんこく)な結果だった。そして、それが敵の前進を阻んで停めた。

 僕の仲間を傷付けて殺し、僕も殺したい敵兵は、僕を殺そうとする時まで、僕は出遭った事も無くて知らない。恨(うら)みも無いし、怨(うら)まれてもいないと思う。敵との括りでなければ、僕達は異国(いこく)の友人として親交を結(むす)べていたかも知れなかった。

 でも、『今は敵だ!』。

 怯える僕は何もしないで、ただ窪みの底で震えながら蹲っているだけだったら、圧し掛かる敵戦車の重みと動きで崩れる塹壕が僕を生き埋めにしていたか、塹壕の上から僕を見下ろす敵兵が持つ、短機関銃の連射を浴びて死んでいたはずだ。そして今頃は、魂の抜けた無反応で冷たい僕の身体が、ベルリン郊外の荒地に掘られた大きな穴の縁に堆(うずたか)く詰まれた多くのドイツ人の骸の中で、穴底へ落とされて埋められるのを待っている。

 とても慈悲深い敵兵ならば、怯えて泣き腫らした顔で無抵抗な僕を塹壕の底から引き摺り出して、幸運にも捕虜にしてくれたかもだ。だが、そんな事は稀(まれ)で、怖さに緊張して暴発(ぼうはつ)行動をしかねない言葉の違う敵兵に期待は出来ない。

 あの時、敵兵達が武器を置いて握手(あくしゅ)を求めて来たら、僕達がファストパトローネ捨てて、笑顔で歩(あゆ)み寄ったら、誰も死なずに盛(も)り上がる宴(うたげ)を催(もよお)せていたのだろうか?

 しかし、その理想を実際に実行するのは、非常に難(むずか)しい。互いの多くが、それを望んでも、生き死にの天秤(てんびん)が死に傾く緊迫(きんぱく)した状況の狭隘(きょうあい)な思考に、たった1人の思いを異(こと)にする奴が、武器を手放さずに引き金を引く。

 現実に仲間達は殺され、僕は茫然自失(ぼうぜんじしつ)で逃げ惑(まど)い、住んでいた街は荒廃(こうはい)し、僕達の楽しい生活は奪われた。

 だから、ブランデングルク市へ共産主義のソ連兵達が遣って来る前に僅かでも食い物を蓄(たくわ)えて、1、2日だけ隠れながら歩けば着くと思う距離のエルベ川まで行き、そして、夜の闇(やみ)に紛れて川を渡り、既に西岸まで到達しているはずのアメリカ兵に投降したい。と、深刻(しんこく)に考えた。

 炊き出し場と避難民の登録所になっている広い敷地(しきち)の大きな教会は、これまた広い庭に囲まれて多くの病棟が建ち並ぶ、大学の医学部も入っているらしい大きな病院と隣接(りんせつ)している。国際的に病院施設として認知(にんち)されているのか、アメリカ空軍の昼間爆撃やイギリス空軍の夜間爆撃に遭っていないようで、敷地内に崩れた建物や爆弾の炸裂痕(さくれつこん)も無かった。

 朝、昼、晩と配給許可の紙片を翳(かざ)して食事に有り付きながら、病院の前庭の隅に植(う)わる樫(かし)の大木の下で夕方から降り出した雨を避けて、出来るだけ西方へ傷病兵を満載して行くトラックに乗ろうと、紛れ込むチャンスを伺っていた。

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   5月7日 月曜日 フェアヒラント村の駅付近 午前七時

 なのに、こんなデカイ戦車に乗せられて参(まい)っている。今直ぐ、ビアンカ達を手助けして、一緒にエルベ川を渡りたいと思うけれど、渡し場を守る義務が、それを許(ゆる)さない。

 既にマムートが圧倒的に強力な火力を放つのと知っているし、その重装甲はきっと、敵弾に耐えてくれるだろうと思っている。敵前逃亡したかも知れないブランデングルク市の防衛線で戦い抜くより、マムートの中なら、ずっと生き残れる確率が高いと、今の僕は考えている。

 武器を捨てて逃げても逃亡兵狩りの連中に見付かれば、ひしゃげた街灯か、焼け焦げた街路樹(がいろじゅ)の枝から、殴(なぐ)り書きした謝罪文(しゃざいぶん)のプラカードを掛けてブラ下がってしまう。14、5歳の少年でも平気で吊るす奴らによって、シュパンダウで逃げたヒトラー・ユーゲントの仲間の何人かが、そうして処刑されたのかも知れない。

「あっ、ゾウさんだぁ。お姉ちゃん、ちょっと来てみてぇ。ゾウさんが描いてあるよ」
 砲塔の側面に描かれたマスコットマークに気付いた末っ子のフリオが嬉しそうな声を上げると、ビアンカの手を離して次女のヘンリエッタの手を握り、一緒に見ようと二人でマムートの横へ回って行く。
「やあ、お早う、坊主と御嬢ちゃん。ようこそ、マムートのカフェへ。ほら、これを飲みな。砂糖を入れて甘くしたホットミルクだ。ちょっと熱いかもだけど、旨いぞ。火傷しないように、このテーブルへ置くから、スプーンで冷ましながら飲みな」
 フリオとヘンリエッタへ挨拶してホットミルクを勧めるラグエルに続き、マスコットマークを紹介するイスラフェルの声が聞こえた。
「このマークはマムートだ。象よりも、もっとデカイくて、毛むくじゃらなんだぞ。長い牙と大きくて重い体で、襲って来るサーベルタイガーを跳ね飛ばすんだ。この重戦車も同じさ。世界中のどんな戦車よりも強いんだぞ。どうだ、格好良いか?」
「うん! おおきな戦車も、空色の象さんのマークも、カッコイイ……」
 フリオとヘンリエッタの弾む声がハモって答えている。
 空色のペンキでマムートのマークを描いたダブリスは、隣のハッチに腰掛けて照れ臭そうに右手の人差し指で鼻を擦っていた。

 

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 僕はビアンカに、クラスメイトの男子達がシュパンダウで死んだか、行方不明(ゆくえふめい)になって、戦闘後に誰も見ていない事を言わない。大通りで戦っていた男子の半数と小さい頃に遊んだりしていたから、ビアンカは良く知っている。

「おいアル、聞こえてるぞ。オレ達は義務(ぎむ)を果たすまで、逃げないんだからな!」

 横で操縦者用ペリスコープのレンズ汚れを拭(ぬぐ)っていたタブリス・クーヘンが、僕の弱音(よわね)を非難するように誓いの言葉を言う。クルップ社の工員で操縦を担当(たんとう)している3つ年上の17歳の彼は、遥か西方のパーダーボルン市の工場からマムートを運んで来ていた。

《ちっ! 耳歳増(みみとしま)のダブリスめ、聞いていたのか》

「わかっています! みんなを渡らすために頑張ります」

《お前こそ、全弾を撃ち尽(つ)くすまで逃げんなよ》

 今度はビアンカへ向き直って、『僕達の為(な)すべき事は簡単で、直ぐに終えるから、そうしたら皆で逃げる』という意味で言う。

「全弾と言っても、残り25発しかないけどな。ラグエルとイスラフェルがギックリにならずに弾込めのしてくれりゃあ、砲手のバラキエル・リヒター伍長(ごちょう)が、40分も掛からずに全弾命中させて、大戦果さ」

 同軸機銃は1分間に1200発も発射するMG42になっていたから、銃身がオーバーヒートしないようにすれば、装填(そうてん)されているベルト給弾の7.92mm弾3000発も、直ぐに撃ち終えてしまう。

 どっちにしろメカニカルトラブルや被弾で砲塔が回らなくなったら、即(そく)、脱出だ。

 本来なら装備や戦力を他言するのは、重大な機密(きみつ)漏洩罪(ろうえいざい)に問われて拘束(こうそく)され、軍法会議行きだ。軍曹や他の誰もが僕に注意しないのは、既に軍律(ぐんりつ)や秩序(ちつじょ)を維持(いじ)していない母国の軍隊と政治の無意味な状態に、最早(もはや)、義務を果たすべき戦闘が今日まで……、いや、あと数時間以内だと知っているからだ。

 ドイツは降伏してしまい、もし僕達が戦闘可能な状態で生き残っていても、今日の夜半(やはん)に全ての戦闘は停止、武器弾薬は全部放棄(ほうき)しなければならない。

《今さら、機密保持の軍規なんて、どうでもいい》

「人の列が途切(とぎ)れだしたぞ! ダブリス、エンジンを動かせ。アル、敵さんの無線の傍受(ぼうじゅ)だ。会話が頻繁(ひんぱん)になって感度が良くなったら知らせろ。ラグエルとイスラフェル、初弾は徹甲弾(てっこうだん)だ。装填しておけ。バラキエル、砲をニーレボック村の方へ向けろ。敵は走り易い街道を通って来るだろう」

 車長を担うメルキセデク・ハーゼ軍曹が矢継ぎ早に乗員達へ指示を出す。

 不審な動きに警戒して注意を払っていた憲兵達が、マムートの前を通り過ぎた避難民に無関心になると、村人達が道端に並んで避難民に声を掛け、衣類や靴、自家製のハムやソーセージにパンやビスケット、ワインに鶏や家鴨(あひる)の卵などと、物々交換をしていた。
 散々、戦争を繰り返して支配者が替わる度(たび)に、それまでの貨幣の価値が暴落する事を経験して来たヨーロッパの民(たみ)は、帝国の崩壊で通貨のライヒマルク紙幣が紙屑になるのを分かっていて、避難民の誰もが、後生大事に持って来ただろう宝石に高価そうな食器や調度品を手放して、割の合わない取引で手に入れていた。
 そんな人の弱みに付け込んで賑(にぎ)わうバザーに集っていた人達は、倍率の大きな双眼鏡を片手に持って超大型戦車の砲塔上に立ち、大声で早口の指示を続けて出す指揮官と、身の回り品を片付けて戦闘態勢を固め始める防衛隊員達の様子に、村人達は急いで商品を仕舞い、避難民達は直ちに荷物を纏め直して、足早にエルベ川へと向かって行った。

 

   4月28日 土曜日 ブランデンブルク市のオペル社の工場

 ラグエル・ベーゼとイスラフェル・バッハもダブリスと同じ工場の工員で、2人は小学校卒だから既に5年間の作業経験が有った。

 ケーキを意味する姓(せい)なのに、全く甘さの無いダブリス・クーヘンは中学卒の思慮(しりょ)深(ぶか)い皮肉(ひにく)野朗(やろう)で、就業(しゅうぎょう)年数は少ないけれど、リーダー格になって2人の先輩を纏めている。

 彼らは既に居なくなった3人の熟練(じゅくれん)工員達の力仕事の補助として同行して来た。工員達はマムートの移送が決定した時点で、国民突撃隊の隊員にされて左腕には、その証(あかし)である腕章(わんしょう)を付けていた。

 

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 3月29日、優先戦させて完成した3台目のマムートの車体は、外側の転輪を外(はず)してティーガー戦車の狭幅(せまはば)の履帯(りたい)を付けられ、マムート専用を考慮(こうりょ)して開発された150tの重量まで積載できる平床貨車に載(の)せられた。そして、外した外側転輪や幅広(はばびろ)の履帯に補助装甲を兼ねた分厚いフェンダーと、それらを取り付ける簡易(かんい)クレーンや工具などを積んだ無蓋(むがい)貨車を連結して、アメリカ軍が迫るルール地方のパーダーボルン市の工場から八昼夜を掛けた鉄道輸送でブランデンブルク市のオペル工場へ運ばれた。

 新砲塔の搭載(とうさい)と不具合の調整要員の工員6名が、その後の戦闘を行う乗員を兼ねて同行していたのだが、エルベ川のマグデブルク鉄橋手前の待避線に隠れた移動5日目の4月2日の深夜、その年輩熟練工達は夜の闇に紛れて逃亡してしまい、要員は残された17歳の未熟(みじゅく)な3人の工員だけになってしまった。

 それでも、彼らはブランデンブルク市のオペル社の工場へ更に3日掛けて4月5日の夜に到着した。2日後の4月7日にはベルリン市のクルップ社の工場から、溶接を終えて形にされた砲塔と主砲と装備部品が運ばれて来た。

 それからは、車体に砲塔を載せ、連日、装備の取り付けと装填補助装置の油圧作動の調整に、肝心(かんじん)の砲架(ほうか)に合わなかった高射砲から転用の128mm砲を、オペル社の工員や技術者に助けて貰いながら削ったり、くっ付けたりの加工調整に追われていた。

 当初の計画では、砲塔の搭載はクルップ社で行い、そのままベルリン市防衛隊へ配属されて終焉(しゅうえん)を迎(むか)えるまでマムートは戦うはずだった。しかし、予想以上にソ連軍は強力でベルリン市を包囲する動きが速く、仮組(かりぐ)みで見付かった問題箇所を直して完成させたばかりの砲塔へ搭載する主砲に、またもや生じた不具合(ふぐあい)の修正は作業を中断して、急ぎ夜を徹(てっ)してブランデンブルク市のオペル社の工場へ移されていた。

 

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「ここでは、3tトラックのブリッツが量産されていたんだ。流れ作業の工程が徹底(てってい)されていて、組立工場の手本にされていたよ。だけどオペル社はGM社の子会社さ。パリ市近くのポワシーに在るフォードの工場で軍用トラックが大量生産されているって話は工業界じゃ有名さ。GMも、フォードもアメリカの会社なのに、接収しないで、敵国の外資会社のままで経営されてるって信じられないよな」

 あちらこちらに爆撃で破壊された痕が残るオペル社の広大な生産ラインを眺めながら、ダブリスが事情通のような事を話す。

「ハンガリーとルーマニアの油田はアメリカの石油会社が権利を持っていて、ハンガリーの油田はドイツへ売ってくれたし、ルーマニアのはソ連に攻め込まれるまで、原油を売ってくれていたんだ。それでドイツは戦争を続けられていたんだぜ」

「こいつの燃料の素(もと)になる合成石油と、電線の被膜(ひまく)にする合成ゴムも、フランクフルト市に在るアメリカ系の工場で製造されているんだ。ドイツの化学工業の殆どが外資(がいし)の会社だよ。敵国の会社が、敵の国で敵が戦争する為の戦略物資を造って供給(きょうきゅう)しているなんて、全く可笑(おか)しな話だ。そして、その利益はドイツの敵国に在る本社へ送金されている」

「勝っても、負けても、儲(もう)かる奴がいて、そいつらが戦争を起こさせている。たくさん兵器を造って、殺して、殺されて、怪我する人も一杯で、そこらじゅうが破壊だらけ。みんなを不幸にして稼(かせ)いでいる。学校の教育に、社会体制に、生活ルールも、そいつらを稼がす為に作られていて、その事を誰もが気付けないし、気付いても逆らえない」

「御蔭(おかげ)で、ドイツの指導者は国民と国土がめちゃくちゃになるまで戦争を続けてる。挙句に俺達もこんな事をして、もうじき戦争が終わりそうなのにさ、生き残れるかも分からない」

 全く、身も蓋(ふた)も無い事を言ってくれる。そんな裏事情を聞かされたら、平民の僕達は『何て無力で、ちっぽけで、バカなんだ』と思ってしまう。

 現実に、とっくの前から連合軍はエルベ川の西岸まで来ていて、東から攻め捲くるソ連軍が何重にも包囲した第3帝国の首都ベルリンは陥落(かんらく)寸前だ。ソ連軍はベルリン市南方で連合軍と会隅(かいぐう)をしたので、デンマークを含むドイツ北部は南部地方や併合地のオーストリーと分断されてしまった。

 今では偉大な第3帝国の工業地帯の殆どを占領されていて、兵器の生産を継続(けいぞく)する為の資源も、資材も、人員もすっかり無くなっている。

 去年の東部戦線からのニュースが防戦一方になった時か、西部戦線で上陸した連合軍を2ヶ月経ってもドーバー海峡へ追い落としたというニュースが無い時点で、いずれジリ貧の最終状態に至るのは考えられたはずだ。去年の時点で、例(たと)え無条件降伏しか終戦できなかったとしても、指導者層とイデオロギーの一掃(いっそう)だけで国土の荒廃(こうはい)や国民の被害も、ずっと少なく済んだだろう。

 ここに至っては、過酷(かこく)で非情な時代の社会に否応(いやおう)無く巻き込まれる思春期の子供なんて、簡単(かんたん)に1粒の麦みたいな自己犠牲をマインドコントロールされ、ヒーローどころか、惨(みじ)めで悲劇な死に追い込まれて行くだけだ。

 マムートの砲塔にちゃんと砲を搭載しようと頑張(がんば)ってくれていた工員達の半数以上は、ドイツ語を話していなかった。占領した敵国から連れて来た人達が、敵国資本の工場で、ドイツ人が戦って死ぬ兵器を造ってくれる。それは、なんて気持ちが悪くなる話だろう。

 しかし、そんな事は、お互い様だ。互いに雇用を生んで国民の生活を潤(うるお)しているし、地方自治体と国家政府の重要な財源の1つでもある。

 

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 砲架を調整する間にダブリスは、マムートの完成後に従うべき戦闘辞令を受けると、不足した搭乗員の確保に敗残兵の溜まり場や治癒(ちゆ)した負傷兵がいそうな病院を探し回っていた。

 それで、確保されたのが無線手資格を持つ6人の中では最年少の僕。14歳で中学3年生のヒトラー・ユーゲント団員だ。

 ヒトラー・ユーゲントへは兄貴らの御下(おさ)がりの制服を着て、10歳になった11月に入団した。遠く離れた場所と交信できる無線電話やモールス信号に興味を惹(ひ)かれ、学べる限りの通信資格を取得した。

 3月に国民突撃隊へ徴収されて兵学校で訓練を受けた後、4月からはシュパンダウ地区の防衛陣地作りを遣らされていた。その後の情けない戦歴は前述した通りだ。

 降り止まない雨に早朝からブランデンブルク市の大学病院の正面玄関横の軒下で雨宿りしながら、西方へ移送される負傷者を満載するトラックに乗せて貰おうとチャンスを窺(うかが)っていると、腕の有資格徽章(きしょう)を見たダブリスに声を掛けられた。

 

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 砲手のバラキエル・リヒター伍長は、武装親衛隊のクーアマルク装甲(そうこう)擲弾兵(てきだんへい)師団へ人員補充として派遣(はけん)された陸軍の下士官で、オーデル川西岸のゼーロウ高地での防衛戦に敗退した後、転戦途中のハルベ付近で師団が所属していた第9軍はソ連軍に包囲された。

 そこからの脱出戦で砲手として乗車していたパンター戦車は撃破されたが、辛(かろ)うじて燃える戦車から脱出できた彼は、どうにか合流できた第12軍の兵士達に救出されると、新たな戦車へ配属される為に、ブランデンブルク市へ連れて来られた。

 そして、搭乗戦車を見付けられずにいるところをダブリスに説得されたという経緯(いきさつ)だ。

 18歳の彼は、半年ほどの軍歴の間に30輌余りのソ連戦車を討(う)ち取ったらしい。その功績(こうせき)で銀色の戦車突撃(とつげき)章と2級鉄十字(てつじゅうじ)章を得て、2等兵から特進昇格されたと言っていた。

 戦車兵らしからぬ親衛隊の斑点(はんてん)迷彩(めいさい)のスモックを着て、同じ柄(がら)の帽子を包帯(ほうたい)を巻いた頭に被る車長のメルキセデク・ハーゼ軍曹は、最年長の19歳で武装親衛隊員だ。僕が玄関脇で蹲っていた大学病院から退院するところをダブリスに懇願(こんがん)されて渋々(しぶしぶ)承諾(しょうだく)している。

 僕が声を掛けられた時には彼もいて、実績の無い性能不明な新型戦車より、軽快に動いて強力なパンター戦車に乗りたいとボヤキを言っていた。

 1944年6月に結成された第12SS装甲師団の当初から配属された兵士として、その夏のノルマンディーの防衛戦、冬のベルギーの森、春先のハンガリーと過酷な激戦を生き抜いている。彼も左胸に戦車突撃章を付けていたが金色で、その横の鉄十字章は1級の物だった。

 包帯は、ハンガリーのバラトン湖沿いを中隊の残存戦車が隊伍(たいご)を組んで後退している時に、ソ連軍の大口径砲突撃戦車の集団に襲われ、其の際に砕け散った装甲板の破片で前頭部に裂傷(れっしょう)を負って治療している。そんな負傷(ふしょう)した時の様子を、食事前に治り切っていない傷口の乱(みだ)れた包帯を巻き直してあげたら、話してくれた。

 彼のパンター戦車は他車と同じように中隊備品の履帯をトグロ巻きにして、砲塔後面の防御に他の備品と共に車体後部のエンジングリル上へ乗せ、ゆっくりした警戒速度で移動しているところを待ち伏せしていた敵に撃ち据(す)えられた。

 先頭の駆逐戦車が足回りを吹き飛ばされて縦隊は身動きできなくなると、敵側へ晒した無防備な側面をソ連軍の重突撃砲戦車が放った大口径弾で大きな孔を幾つも開けられて、あっと言う間に全滅(ぜんめつ)させられた。

 砲塔側面に掛けていた予備履帯は全く防弾の役にならなくて、装甲板と一緒に砕けて飛散(ひさん)してしまい、砲塔脇に立って双眼鏡で索敵(さくてき)していた彼は、被弾の衝撃で路肩の溝へ吹き飛ばされ、額から頭の天辺までの皮膚を飛び散った装甲板の破片に裂さかれて昏倒(こんとう)してしまった。

 顔中血だらけで溝に倒れていた彼は、後続の撤退(てったい)部隊に発見されると、胸の鉄十字章の御蔭でベルリン市まで運ばれて治療を受け、更にソ連軍の包囲が始まったベルリン市からブランデンブルク市の大学病院へ移されたそうだ。

 

   5月7日 月曜日  フェアヒラント村の駅付近 午前七時

 雨や陽が当たると傷が疼(うず)くと言って、バラキエル・リヒター伍長から『目立って発見され易いからやめて下さい』と願われているのに、ゲンティンの町のエルベ・ハーフェル運河を越えた所のアルテンプラトウ村で、ソ連の威力偵察隊と交戦した際に拾(ひろ)ったコウモリ傘を、キューポラの銃架(じゅうか)に括(くく)り付けて差している。

「もう直ぐ、街道から敵が、ニーレボック村を攻めるぞ!」

 その声にニーレボック村から森への街道を見ると、避難民達が村へ急いでいるのと、たぶん、地雷(じらい)を埋め終わったと思う兵士達が森の中の陣地へ走っていて、森を抜ける街道は、バリケードと対人、対戦車の地雷で封鎖された状況が分かった。

 でもそれは、精々1時間足らずの時間稼ぎにしかならないと、僕達は知っている。ソ連軍の工兵隊が埋設した地雷と仕掛けた爆薬を除いてバリケードを爆破すれば、ロスケの戦車群が怒涛の如く突破して来て、多勢に無勢のニーレボック村と森の防御陣地は、奴らの突撃榴弾砲の直接照準で粉砕される。

「街道を来る奴、森を抜け出る奴、送電線沿いに来る奴、線路から来る奴、見付けた敵戦車は直ぐに報告しろ! 全部、こいつの大鎌(おおがま)で刈(か)り取って遣る!」

 双眼鏡を覗(のぞ)くメルキセデク・ハーゼ軍曹の緊張した命令調の言葉に、青褪(あおざ)めた不安顔のビアンカが僕を見上げた。

「ビアンカ、戦闘になる前に艀に乗って向こうへ渡るんだ。あそこだ。村の左端、家並みが途切れる辺りに乗り場が在る。ほら、人が大勢見えるだろう。軍の舟艇(しゅうてい)も集まっているから、きっと大丈夫だ」

 ビアンカは僕が指差す方を見て、眼を凝(こ)らしたが、彼女と手を繋ぐ妹と弟の不安で悲しげな小さい顔が僕を見詰めたままでいる。

 両親と離れ離れになった不安で駄々(だだ)を捏(こ)ねると、姉に宥(なだ)められたり、励(はげ)まされたりしながら、やっと此処まで来たと、そして、もう歩きたくないと、2人の表情が僕に言っていた。この先、『お母さんとお父さんに、いつ会えるの?』と、訊(き)かれるビアンカは涙を眼に湛(たた)えながら、『戦争が終われば、直ぐに会えるわ。だから、もう少し、我慢してね』、う言って自分自身も慰(なぐさ)めるのだろう。

 だけど、アメリカとイギリスがエルベ川の西岸まで来たのにベルリンを攻撃をせずに進撃を止めたのは、きっと、ソ連との取り決めが有るからだろうと、僕達は察していた。だから、終戦後もソ連軍占領地へ入れないし、其処に在る自分の住まいへも戻れないと思う。

 まして、ナチスドイツの国家社会主義と同様に、個人よりも全体と連帯を優先する共産主義から逃げて西方へ避難したドイツ人は尚更(なおさら)、自由に行き来できるはずがないと考えている。

「おっと、そうだ。これをあげるよ。その子達がムズがったら、これを咥(くわ)えさせるといい。そして、これも」

 僕は一旦車内へ入り、沢山積み込んだ戦闘食の中から包みを3つチョイスして抱えると、斜めに傾斜した前面装甲板の際まで行って、袋から取り出したチョコバーとフルーツバーを子供達の口へ入れてやる。それから、ビアンカを後ろ向きにさせ、すこし余裕が有りそうなリュックサックの中へ戦闘食の包みを無理やり入れて、ビアンカの首へも既に満タンにしてある軍用水筒を掛けてあげた。

「少し重くなるけれど、これは必要だからな」

 そして、自分のポケットを膨らませていたチョコバーとフルーツバーを、彼女の裾(すそ)と胸のポケットへ幾つも押し込んだ。妹と弟に手を繋がれて両手が塞(ふさ)がっている彼女の胸ポケットへ入れる袋入りチョコバーから、ささやかな胸の膨(ふく)らみの弾力を指に感じて、僕は戦闘以上に緊張してしまう。それを悟られないように、入れ終えても目を伏せて無言でいた。

「あっ、ありがとう。アル」

 緊張と強張り続きで青褪(あおざ)めていた彼女の顔が、少し緩んで赤味(あかみ)を帯(お)びている。

「川岸までアメリカ兵が来ていたから、ロスケは大規模な砲撃はして来ないと思うけど、無慈悲な直接狙いの砲撃はして来るから、敵から見えないように村の中を行くんだ」

 昨日の朝、徹甲弾と榴弾を装填し易くする為に並べ替えると言うラグエルとイスラフェル、それに敵が森を越えて来た時の用心にバラキエル・リヒター伍長をマムートに残して、僕とダブリスはメルキセデク・ハーゼ軍曹に付き添いを命じられて、エルベ川までの路面状態を確認しながらフェリー乗り場の状況や川岸の状態を一緒に見て回った。

 その時に見た事も伝えて、少しでも彼女を安心させたい。

「船着場で炊き出しをしているけれど、そんなのに目もくれずに渡し舟に急いで乗るんだ。兵隊達が優先して、女の人と子供達を乗せているよ」

 突然に僕は、自分の成すべき事を理解した。

 なぜ、兵役年齢に達しない僕が召集されて、大通りの爆弾痕の窪(くぼ)みに身を竦める僕は何を守って戦うのか、ファストパトローネの教練を受けた時から、ずっと疑問で考えていた。

《両親を、友達を、街を、守る為? この国を、今の暮らしを、守る為? 違う!》

 こんなずっと戦争をして、個人の自由は無く、団体協調に従わせるだけの、閉じ込められたような圧迫感だらけの生活をさせる国なんて、ちっとも守りたくなかった!

 指導者の指示に全体が無垢(むく)に従う歪(いびつ)な国よりも、戦火を逃げ延びて来た彼女を川を越えて西方の自由へ行かせる為に、僕が此処にいるのだと知った。

《そうだ! 必ず彼女にエルベ川を渡らせて、希望と安らぎに満ちた、自由で明るい安全な場所に彼女達が迎えられるように、僕は戦い、彼女を守る!》

 手に持っていた、もう1つの水筒からコップに水を注(そそ)いで、妹、弟、彼女と順番に飲ませた。携行している水筒にも、ビアンカに渡した水筒にも、暁(あかつき)に沸(わ)かした熱湯を入れて寒さ凌(しの)ぎの湯たんぽ代わりにしていた。今は調度、飲み頃の温(あたた)かさになっている。

 マムートの前を無言で通り過ぎて行た避難民達が、ソ連軍の攻勢を察してザワ付くと早足で先を急ぎだした。家財道具を積んだ荷車の者達は荷物から貴重品(きちょうひん)を入れた大きなカバンだけを抱え、荷車は捨てて行く。歩き難い畑を船着場まで一直線に行こうとする者や、不安と恐怖で悲鳴を上げて駆け出す者もいる。

 直に船着場は、急いでエルベ川を渡ろうとする大勢の避難民でパニックになってしまう。

 ビアンカ達を急がせないといけない。

「さあ、早く行くんだ。1時間くらいでイワン達が攻めて来るぞ! それまでに渡るんだ!」

 彼女が行く向こう側は、自由と開放の夢とチャンスが一杯の民主主義の国、アメリカ合衆国だ!

「うん。じゃあ、行くね。アル……、生き残ってね。絶対。……向こうで待っているから」

 其処は決して封建(ほうけん)制度の主従(しゅじゅう)関係が戦争終了後も蔓延(はびこ)るだろう、雨と霧ばかりのブリテンじゃない。貴族(きぞく)とか、平民(へいみん)とか、人を区別する政治は社会経済の衰退(すいたい)を招くだけで、未来の繁栄(はんえい)は国民へ齎(もたら)されないと僕は思う。

「ああ! 約束する。上手く渡り終えたら、早く岸から離れるんだ。そして、流れ弾に当たらないように窪地に伏せてるんだぞ」

 彼女達がエルベ川の西岸へ渡ってしまえば、直ぐにアメリカ兵達が保護してソ連軍の射程外まで運んでくれるだろうから、水量豊かな深くて流れの速いエルベ川の冷たい水を渡る事の方が心配だった。もしも艀(はしけ)から水中へ落ちたりでもしたら、沈む体は直ぐ遠くへ流されてしまって、助けられる見込みは無いだろう。

 金属のコップを返した手で僕の頬(ほお)に触れた彼女は、寂(さび)しげな中に希望を滲(にじ)ませて微笑む顔を頷(うなず)かせると、僕達へ手を大きく振った。そんな、手を振る姉の姿を見て、妹と弟のチョコバーとフルーツバーを握る小さな手が釣(つ)られて僕にバイバイする。

 『もうちょっとだから、行うね』と、妹と弟の手を引き、向きを変えさせながら、僕を見る作り笑いみたいに微笑む顔がニッコリと笑う。

「先に行って、待ってるわ」

 そう言うと、ビアンカ達3人は艀乗り場へ向かって歩き始めた。姉に手を繋がれて引っ張られるように妹と弟が小さな歩幅で歩く、

 去り行く彼女の横顔が明るく笑っている。声を掛けた時とは全く違って楽しげになった彼女に、僕は自分の想いに気付いた。

《ビアンカ! 彼女は、僕の生きる希望と光に満ちた未来だ!》

 今日の逃れられない戦いでマムートが撃破され、爆発や断片や銃弾や炎で酷く傷付いて僕の世界が終わったり、打ち倒されて捕まり、暗澹(あんたん)たる日々で終焉になるかも知れない不安に怯(おび)えるより、彼女の言葉を信じて、僕達の明るい未来への希望を持ちたいと思う。

「ヒューッ!」

 背後から一斉に口笛が吹かれると、それを合図にダブリスがエンジンを始動させた。

 

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 マムートが陣取る現在の場所は、戦闘辞令に記されていた守るべき艀乗り場が在るフェアヒラント村の森と接する東の外れだ。そこに在るフェアヒラント村の鉄道駅近くの茂(しげ)みで、3日前の5月4日の夜から森を背後に鼻先を街道に食(は)み出して構えていた。

 ここからなら、南西隣のディアベン村と南の森まで1から2km、東のニーレボック村から南東の森にかけて2km以上は一面の収穫前の馬鈴薯畑と、まだ1mも伸びていない牧草地で、射界が開けている。

 ニーレボック村から南東の森まで僅かに上り斜面だけど、ほぼ平(たい)らに近い緩(ゆる)やかな起伏で交戦には問題は無く、撃ち合いでの流れ弾や跳弾(ちょうだん)が艀乗り場へ飛ぶ心配も無かった。

 フェアヒラント村からニーレボック村への街道の北側は赤松と樅(もみ)、それに白樺(しらかば)が混じる鬱蒼(うっそう)とした森で、森際には次々と後退して来た雑多な兵科の兵隊達が防衛陣地を作らされているけれど、多くの兵が逃げ出して艀乗り場へ行ってしまい、残って守備に就いているのは、責任感の強い第12軍の兵士と狂信的な反共思想の外国人義勇兵(ぎゆうへい)達だった。

 国家の指導者を失って、国防軍や親衛隊の忠誠心(ちゅうせいしん)は惨めなくらいに地に落ちていた。マムートの前を通り過ぎる敗残兵や落伍兵は皆、虚(うつ)ろな顔で肩を落として腰を曲げ、着古(きふる)して汚れた軍服の重い足取りで隊伍(たいご)を組む事も無く、生き残る為だけに重い枷(かせ)になる武器を捨てた無防備さで歩いている。

 敗残の軍人達に、つい先日までの国民を守護する勇ましさや思想的侵略を退(しりぞ)ける逞(たくま)しさは、微塵(みじん)にも感じられない。

 アメリカ兵がいなくなった昨日の昼頃からは、兵士達は避難民の婦女子(ふじょし)を優先的にエルベ川を渡らせている。

 避難民達には私服に着替えた突撃隊、親衛隊、保安警察隊、政治指導部のナチス党員など、イワンに素性(すじょう)が知れれば、即刻(そっこく)、撃ち殺される連中が大勢混じっているように思え、彼らは乗船の順番待ちを告げて制止する兵士と、乗り込もうとする婦女子を押し退(の)けて、強引に乗船していた。

 純潔(じゅんけつ)アーリア人の優越説でゲルマン民族の社会全体主義による一党政治を布(し)いていたナチス党は、今や国土の殆どを失い、多くの突撃隊や保安隊や幹部党員は私服に着替え、これまで不自由を強(し)いて来た国民達に群れに紛れて告発(こくはつ)や捕縛(ほばく)に怯えながら、エルベ川の河畔で渡河を待っている。

 彼らの無責任さは最早(もはや)、浅ましくて卑劣(ひれつ)というしかない情け無さだ。

 ディアベン村からエルベ・ハーフェル運河の北岸まで南と東側に強固な防御陣地が築かれていて、ゲンティン市から鉄道沿いにエルベ川へ進軍した敵が何度も運河越えて北上しようとするのを、その度に撃退して防いでいた。だけど、その勇戦も今日までだろう。

 

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 昨日の5月6日の未明、午前2時過ぎの深夜にニーレボック村を横切って南の森へ、エンジン音を絞(しぼ)りながら粛々(しゅくしゅく)と移動して行く小規模な戦車隊列の暗い影を見た。

 隊列が森へ消えてから1時間ほど経つと、上空の大気を切り裂く重砲弾の擦過音(さつかおん)が沸騰(ふっとう)したヤカンから連続して噴出す蒸気(じょうき)のように聞こえ、それまでの散発的な射撃音が突如(とつじょ)として爆発音の連続になり、ゲンティンの町方向の雲がボーッと赤く染まって、ドロドロと重い轟きが雷鳴(らいめい)のように響(ひび)いた。

 北側の森向こうからも重ロケット弾が連続して発射され、夜空に長い炎を引いて南東の森の彼方(かなた)へ落ちていった。

《既にソ連軍に占領された街だけど、この僅かに残されたドイツの国土への攻撃に軍団が集結中で、それを挫折させる我が軍の反撃に必要な準備砲撃だからって、折角(せっかく)、生き残って居続(いつづ)ける事が出来た住民の多くを巻き込んで殺傷(さっしょう)すべき事なのだろうか? どれだけの砲弾が正確に敵に損害を与えて、何人の住人が殺された事だろう? 戦争は何て無慈悲(むじひ)で理不尽(りふじん)なんだ……》

 あの街で出合った人達を思うと、涙が溢れて、ポロポロと零れて行った。

 重ロケット弾のけたたましい破裂音が途絶えて暫くすると、燃える町の暗(くら)い炎を背景にした森の木立の先に幾つかの信号弾の瞬(またた)きが見え、再び上空に擦過音が聞こえたと思うと、業火(ごうか)に焼かれる町を執拗に落下する重砲弾が更に地獄の破壊を齎した。

 明け方まで、時折(ときおり)、森の向こうから激しい砲声と銃声が聞こえ、その閃光(せんこう)で夜空の雲が平和な時の繁華街(はんかがい)みたいに明るく照(て)らされて見えた。

 その戦車隊による反撃は知らされていなくて、マムートの出撃要請も無かった。この超重いマムートを暗夜に戦闘速度で走らせたりしたら、たちまち道路を破壊してスタックしてしまい、攻撃の戦力どころか、作戦の障害にしかならないに決まってる。現に走行して来た街道は、あちこちの路肩(ろかた)がマムートの重量で破壊されていた。

 ここで待機している事は、フェアヒラント村に着いた時点で防衛司令部へ報告してあるから、出撃要請が来なかったのは、マムートが攻撃任務に不向きだと理解されているのだろう。

 反撃に出た戦車は1台も戻って来ていない。だけど、彼等は出撃準備中の敵戦車軍団を撃破して昨日の朝から今までの間、ソ連軍に前進を躊躇(ためら)わしてくれて、その御蔭でフェアヒラント村に集まって来ていた2万人以上の敗残兵や避難民は、昨日から強行された全面渡河によってエルベ川の西岸へ逃れる事ができた。

 ドイツ軍の反撃はソ連空軍機の大群を招いて、薄曇(うすくもり)の昨日は昼間の空に群れた雀(すずめ)のようにソ連機がダイブして銃撃と爆撃を繰り返した。

 

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 射撃と爆発の音は徐々に近付いて来ているから、間違いなく今日は森を突破してソ連軍が襲って来るだろう。それも、あと1時間足らずにだ。

 今や第12軍を主体にしたエルベ川東岸の半径3kmしかない半円形防衛陣地は、崩壊(ほうかい)し始めている。

 

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 アンブッシュ位置へマムートを案内してくれた守備兵達の話では、連合軍と協定が取り決めが交わされた昨日の早朝まで、ソ連軍の攻勢を阻(はば)みながら巧(たく)みに後退して来た第12軍と第9軍の生き残りの国防軍兵士のみが投降してエルベ川の渡河を許されていた。

 それが、渡河を妨害するソ連軍の砲撃が西岸にも着弾し始めて、アメリカ軍は人員被害の発生を恐れて川岸から2kmばかり後退してしまった。

 まだ、逃げずに遠くの森で戦う兵士や森の際で敵を待ち構える兵士達は、陸軍や空軍の老練(ろうれん)な指揮官に率(ひき)いられて、最新の装備を維持(いじ)する高射砲部隊や対戦車砲を持つ猟兵グループと、どう見てもドイツ人じゃない顔付きばかりの武装親衛隊の擲弾兵達だ。

 兵科も雑多(ざった)な個人や2、3人の仲間で残る兵士達もいて、彼らは小銃よりも突撃銃や短機関銃、それにスコープを備(そな)えた狙撃銃を持つ者が多い。目付きの鋭い戦闘慣(な)れしたベテラン兵ばかりで、臨機応変に戦う意志の強さと頼(たの)もしさを感じてしまう。

 西部戦線や東部戦線で、イタリアや北アフリカでも、転戦を繰り返して散々長い戦争を戦い抜いて来たのに、500mほど西のエルベ川対岸にはアメリカ軍が何日も前から陣を敷き、南から北東までの3km以内にソ連軍が押し寄せて来ている今、少しでも多くのドイツ人を西側の文明圏へ逃す為の、この敵に奪われていない僅かなドイツの土地を自ら進んで後衛として踏み止まり、絶望的な防衛戦闘に命を捧(ささ)げようとしている。

 早朝に無線のスイッチを入れると、目新しい戦闘状況の報告や指示は無くて弾薬の補充(ほじゅう)や負傷兵の後送(こうそう)を要請する声ばかりで、それならと周波数をラジオに合わせたら、繰り返しドイツが無条件降伏に調印した事を伝えていた。

 ヨーロッパに於(お)ける大戦終結の世界的ビックニュースだけれど、実感は全然湧か無くて『ああ、これで終わりか、やっと終わった』としか思わず、川面(かわも)に小石を投げて5、6回跳ねさせた程度の在り来たりな感動だった。

 メルキセデク・ハーゼ軍曹の指示でスピーカーのスイッチを入れて車内へ流しても、皆は喜びの声を上げず、ただ安堵の『ふぅーっ、終わったか……』と、溜め息混じりの呟(つぶや)きが聞こえて来るだけで、直ぐに今日の為すべき事を考えて、誰もが黙り込んだ。

 本日、これで戦争は終わったけれど、本当に銃火が止む停戦は今夜の夜半過ぎだとも伝えていた。もう何もせずに無抵抗で投降して捕虜となれば、生き残れる可能性は大きいと思う。

 我が国は無条件降伏した。だけど、ドイツ帝国の1戦闘単位としての義務を放棄して何も果たさないまま、降伏する訳には行かない。

 弾薬が尽きるまでか、戦闘機動ができなくなるまでは、此処で攻め込んで来るソ連軍を射竦(いすく)めて、船着場がソ連戦車に蹂躙(じゅうりん)されるギリギリまで防衛戦闘をに徹しなければならない。それに、目の前の道路を西方へ逃れて行く女子供と老人ばかりの避難民達を、野蛮なロシア兵どもから守り通したいと強く願っていた。

 防御線を築く雑多な古参兵達の他には少数だけど、地元の地域防衛隊の年輩兵やヒトラー・ユーゲントや女子青年団の制服姿の少年や少女もいて、近くの線路沿いの浅い窪地にファストパトローネを持って潜んでいる。見たところ、小銃は数丁だけで拳銃や手榴弾も持っていなくて、ファストパトローネ以外に対戦車兵器を装備していない。索敵に必要な双眼鏡すら無かった。

 シュパンダウ地区の悲惨な市街戦を思い出させる彼らには、『この戦車が後退する時に一緒に逃げるんだ』と、言って回っておいた。

 こんな見通しの良い場所で、射程の100m内まで接近した敵戦車へファストパトローネを発射してから、エルベ川まで何の遮蔽物(しゃへいぶつ)も無い畑を300mも走って逃げるなんて、自殺行為も甚(はなは)だしい。思想教育とプロパガンダで戦いを強要された老人と、まだ子供の彼らも、僕達も、希望の持てる明るい未来にする為に生き残るべきだろう。

 

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「アル、線路の右側、南の森を見張れ」

 軍曹の指示がレシーバーに響く。

「ダブリスは、線路の左側から送電線の鉄塔で切り開かれた森辺りまでを見張るんだ」

 車内会話用に頭に掛けたインターカムのヘッドホンのレシーバーから軍曹の命令が聞こえ、直ぐに首に付けたマイクロホンを喉の声帯辺りに押し付けながら、下がるコードに付いた胸元のスイッチを入れて答える。

「了解!見張ります」

 ダブリスと共にハッチから顔だけを出して双眼鏡で索敵する。

 村の中心へ続く街道には、もう僅かな避難民や兵士しかいない。彼らは歩くというより、小走りで船着場へと急いでいる。

 双眼鏡を艀乗り場へ向けると、ずいぶんと人が減っているように見え、後衛戦闘をしながらでも脱出のボートに乗れそうだと思った。

《まあ、今日の防衛戦を遣り遂げて、生きていればの話だが……。ボートも浮くのが残っているといいけどな……》

 南の線路の果てになるディアベン村は、閃光や爆煙が増えて来ていたが、まだ後退する友軍や接近する敵軍らしき動きは見えず、気持ちにブランデンブルク市からの数日を振り返る余裕を持てた。

 

   4月28日 土曜日 ブランデンブルク市のオペル社の工場

 連れて来られた工場でダブリスが言うには、当初の辞令には第12軍へ配属されて、僕達が操作するマムートはベルリン市救出作戦の先頭を進撃するはずだった。でも、128mm砲の取り付け問題で救出作戦には間に合わず、そして、その救出作戦はベルリン市西方のポツダム市で行き詰まってしまい、エルベ川の西岸へ後退する第12軍の辞令は現在の『エルベ川東岸の防御』に差し替えられた。

 夜明け前から雨脚が少し強くなって来て今日は止みそうになかった。だけど気温は下がらずに、大気には春らしい暖かさが感じられた。

 雨降りと春の陽気で湿っぽいブランデンブルク市の工場の中では、クルー要員として集められた者から担当が決められて、取り扱(あつか)う装備の操作を自主的に訓練した。

 僕は車体後部のケースから取り出した無線アンテナを砲塔上に2本立て、最新式の無線機のダイヤルツマミを僅かづつ回して受信周波数と感度を調整しながらメモをした。

 力仕事を得意とする工員のラグエル・ベーゼとイスラフェル・バッハは、届いている同軸機銃の7.62mm弾の弾帯作りと、128mm砲の重過ぎて分離された弾頭と装薬筒(そうやくとう)の種類の説明と取り扱いに、装填補助装置のトレーへの乗せ方と順番を、砲を運んで来た技術者から教え込まれると、直ぐに128mm砲への装填動作を体に覚(おぼ)え込ませる為に、互いに復唱(ふくしょう)しながら模擬(もぎ)装填の訓練を繰り返した。

 油圧で作動する装填動作は立てて固定されている弾頭と装薬筒を、砲塔の縁まで下がるトレーの上に順に横して載せてから油圧で装填位置まで上げて、専用具で砲尾から閉鎖機の向こうの薬室まで2つ連ねて押し込む。

 奥へカチリと音がするまで弾頭と装薬筒を連(つら)ねて押し込み、水平閉鎖機が自動で閉じ切る前に素早(すばや)く専用具を抜く人力の作業は、かなり重労働の緊張する作業で、砲身に仰角を掛けずに水平にしなければ、不慣れなラグエルとイスラフェルに連続装填は困難(こんなん)だと考えさせた。

 尾栓(びせん)閉鎖後は赤いスイッチを押して、装填完了を砲手と車長へ知らせる緑のランプを点灯させれば、主砲は発射可能な状態になる。

 側面とリムに大きな擦り傷が付いて使い物にならない徹甲弾弾頭を、滑り止めと耐熱を兼ねた厚い皮手袋をした2人で持ち上げて2歩進み、装填補助装置のトレーに見立てた台の上へ置いて、また下ろすという動作を2人はできる限り速く行う。

 黒い徹甲弾弾頭の重さが約32kgで、長さは約50cm。銀色に塗られた先端に赤帯が入った褐色(かっしょく)の榴弾弾頭は、重さが31.5kgで、長さは約62cm。それから弾頭を打ち出す銀色の装薬筒の重さは約36kgで、長さが約90cmも有った。

 どちらの弾頭も、装薬筒も、とても1人じゃ持てない。落としたら、挟まれた手も、足も、骨が砕けてしまう。

 10発撃つのに弾丸は弾頭と装薬の2つに分かれているから、20回も同じ動作を繰り返した2人はゼーゼーと息を切らして冷たいコンクリートの床に大の字にへばってしまった。

「ハァ、ハァ、くっそ重たいぜ、最後は危うく落(お)としそうになったな。ラグエル、体中がガクガクだ!」

「くっそぉー。ああ、全くだ。イスラフェル、俺は腰と腕と腿が凄く痛いぞ! ハァ、ハァ」

 そんな彼らを見ながら、2人が無理をしないようにと願いつつも、10発で撃ち止めにならないように祈(いの)った。2人のどちらかが腰を痛めたら、代わりに僕が装填係にならなければならない。それは、とても堪えられない重さと怖(こわ)さで、絶対に嫌(いや)だ!

 ダブリスはパーダーボルン市の工場からマムートと共に運んできた装備を、状態や数を確認しながらグリスを塗り付ける手を休めずに、装甲の強固さも説明してくれた。

 前面装甲板は貴重なニッケルの含有が多い200mm厚の強固な浸炭(しんたん)焼入(やきい)れ鋼板で、側面は120mm厚の焼きなましを何度もして粘(ねば)るようにした調質鋼板だと言ったが、鉄板の成分を語られてもチンプンカンプンだった。

 履帯(りたい)上の側面に装着する丸みを帯びた補助装甲のフェンダーは、前後のはいらないから置いて行くと言い、装着する中央のも垂直になる部分を履帯が見えないからと、溶断して短くさせているフェンダーも60mmの厚さが有るそうだ。

 ならば、僕が乗車する車体前部のも着けて欲しいと願うと、ダブリスは前のフェンダーも着けたら敏速(びんそく)に乗り降りできなくて不便だし、被弾して中途半端に垂(た)れ下がれば、履帯が絡むかも知れない。それに余程(よほど)の大口径弾が直角に命中しない限り、貫通されない厚みのクルップ鋼だから大丈夫だと、胸を張ったダブリスに説得された。

 車長になったメルキセデク・ハーゼ軍曹は、ダブリスに説明させながら各部の装備や装甲厚を車内から車体の下まで隅々(すみずみ)を確認していた。

「このマムートは、ケーニヒスティーガーを大きくした感じだな。ダブリス」

「ええ、そうです。ケーニヒスティーガーの車体設計を基本として、サイズの拡大と、構造を簡素化(かんそか)したのがマムートです。そして、こいつは量産前提の試作3号車、マムートⅡ(ツバァイ)です。軍曹」

「Ⅱ……? 3号車……?、という事は、試作車でも、戦闘可能なⅠ(アイン)が、他に2輌も有るというのか?」

「残念ながら違います。軍曹。1号車と2号車のⅠは、単なる形状と構造を確認するモックアップみたいなモノです。薄い鋼板を寄せ集めて組んだだけで、鋼材に焼き入れや調質の処理はしていません」

 外観からマムートを評価して、戦闘イメージを描こうとしている軍曹と、設計や製作のコンセプクトと改良点を話すダブリスとの会話が聞こえて来る。

「確(たし)かに傾斜した車体前面は、そっくりだけど、パンターやケーニヒスティーガーより倒れているだろう。こっちの垂直(すいちょく)な側面は、ティーガーⅠの前面装甲よりも厚い、120mmも有るなんて、凄いじゃないか!」

「計画だと、鋼板の貼り合わせだったのですが、上手く1枚物で圧延(あつえん)できました。後面と側面が100mmです。軍曹」

「そいつは、えらい重防御だ。だけど、それで鈍重(どんじゅう)じゃないだろうなぁ? ダブリス」

「大丈夫ですよ、軍曹。エンジンは新型で12気筒800馬力の大出力です。砲塔重量を減らした分、足回(あしまわ)りを強化していますから、動きは期待できますよ。ですが……、不正地は出来るだけ、止めた方が良いと思います」

「そうか……、腹が痞(つか)えてスタックするのは嫌だな……。まあ、いいさ。気を付けよう。……それと、こいつは特に砲塔が、ケーニヒスティーガーに、そっくりだな」

「重量軽減と避弾経始(ひだんけいし)の追求結果です。でも、改良設計したのは、この3号車のマムートⅡだけです。軍曹」

 2人の会話を聞きながら、僕は本当にダブリスの言う通りだと思う。砲塔は命中する敵弾を斜めに滑らせて弾(はじ)いてくれる形だ。主砲を槍(やり)のように突き出す防盾(ぼうじゅん)の厚みが240mm、側面と後面の装甲厚は200mm、上面も100mmの厚みだと、ダブリスは胸を張って説明してくれた。

「ターレットの直径が3mと、車体の内幅ほどの大きさなので、がたいの良いラグエルとイスラフェルでも、2人掛かりの装填作業は問題無いです。軍曹」

「これは1輌しかないのか……。ん! 重量軽減の結果の形? それで重さは、いくつなんだ?」

「弾薬と燃料を満載して105tです。計画では140tでした。初めは、エッセン市のクルップ社の工場で開発していた、これよりも大きい戦車の砲塔を載せようとしていたんです。でも、形と兵装に無駄が多くて。それに耐弾性も良くないし。凄く重いし。だから、ケーニヒスティーガーの砲塔を参考に避弾経始の良い形に纏めました。ちょっと窮屈(きゅうくつ)ですが、打たれ強いですよ。装甲厚はそのままに、重さを3分の1ほどに出来たんです! 軍曹」

「軽量化してくれて嬉しいよ、ダブリス。それでも、そんな重さだと、不整地は控(ひか)えるしかないな。それと、その兵装に無駄ってのは?」

「搭載予定の砲塔には口径75mmの副砲も備えていました。それは、マムートの戦術用途を分散しますし、戦闘正面を大きくします。何より、この戦局の戦闘では、使い辛いと判断して省(はぶ)きました。軍曹」

「載せる予定だった砲塔が、どんな形だったのか知らないが、邪魔(じゃま)になる副砲なんていらないさ。強力な武器に強靭(きょうじん)な防御力、そして、軽やかな動きで、戦闘に集中出来るのは、有り難い事だ」

「軍曹、その形はですね、車体と同じ幅の、四角い台形の箱でしたよ」

 

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 確認を終えた軍曹は、キューポラのペリスコープのレンズを丁寧(ていねい)に拭いて視野を明るくする作業と、キューポラ上のレールに銃架(じゅうか)を立て対空防御と、砲身横の同軸機銃のMG42機銃の取り付けを、無線機の点検が済(す)んだ僕に命じて手伝いをさせた。

 MG42機銃は、昼食と休息の後の小雨になった午後に軍用車両の修理工場の車内残存品倉庫で、軍曹が目敏(めざと)くドラムマガジン6個と一緒に見付けた。命令書と身分証を軍曹が保管責任者に翳して、突撃銃2丁、短機関銃4丁、その予備弾倉を各3個づつで18本、ホルスター入りのワルサー拳銃(けんじゅう)6丁と予備弾薬、などの乗員全員の個人火器を得た。それらを全部、手押しの1輪車に積んで運んだ。

 それから、今度は輜重部隊の倉庫へ行き、再び軍曹が警備兵に命令書と身分証を見せ付けて、今度は戦闘食料と固形燃料を1輪車に積めるだけと新品の毛布を6枚、工員達が着る戦車兵用の丈(たけ)の短い国防軍仕様の迷彩(めいさい)ジャケットを3着に、水筒を10個も持って来た。

 

   4月29日 日曜日 ブランデンブルク市のオペル社の工場

 雨は夜半に上がっていたのに、まだ空を厚く雲が覆う朝から輜重部隊へ行き、備蓄(びちく)する分の戦闘糧食とマムートに迷彩塗装をする金属缶入りの塗料をごっそり運んだ。

 今年になってからは市民への配給所で、さっぱり見られなくなったハムやサラミソーセージが、ソ連軍に奪(うば)われるくらいならと、物資を補給に来る兵士へ気前良く振舞(ふるま)われていた。小腸に詰められたハムと太いサラミソーセージにベーコンの塊(かたまり)、ホウレン草などの野菜の缶詰(かんづめ)や大きな黒パン、それに、ずっしりと重いチーズも。それから、ジャガイモを大きな袋ごと。ナベとフライパンに、固形燃料を使うコンロなどの調理器具、それと、食事キットも合わせて人数分を貰えた。

 有る所には有った、美味(おいし)そうな食材と、それを温かく料理できる道具は、いつ殺されるか分からないシリアスな現実を忘れさせて、僕達を楽しいキャンプ気分にさせてくれた。

 夕方までに砲身部分がしっくりと合う砲架に組み付けられて完成した砲塔が車体に組み合わさると、用意していた塗料を防錆(ぼうせい)塗装で真っ赤なマムートに塗り付けた。

 軍曹は、美術が好きで遣ってみたい迷彩パターンが有ると言うダブリスに監督(かんとく)をさせて、ベルリン市近郊の地面の配色に合わせて配合していた色を刷毛(はけ)やデッキブラシを使い、全員で3色に見えるような斑点模様の迷彩を施した。

 迷彩柄を塗り終えてから遅い晩飯(ばんめし)を食い、そして、作業場のコンクリートの床(ゆか)に工場の片隅(かたすみ)から持って来た毛布を敷き重ね、一番上に新品の毛布を掛けて寝床を作った。爆撃で損傷した工作機械の脇に埃を被って積まれていた毛布は、工員達が使う物だったが、その持ち主は皆、イギリス空軍の夜間爆撃で亡くなっていた。

 厚く織(お)られたウール生地の臭いや以前の使用者の体臭よりも、油汚れとコンクリート粉の工場臭が鼻に残るけれど、此処では結構ゴージャスなベッドだ。動き詰めで緊張した身体と気持ちが求める温もりと安らぎに、そんな臭さと訳有りなど、お構いなしに僕達は潜り込んで泥のように眠った。

 

   4月30日 月曜日 ブランデンブルク市のオペル社の工場

 朝方に搭乗する戦車にあぶれて、修理工場の片隅で寝泊りしていたバラキエル・リヒター伍長が、マムートの砲手として連れて来られた。

 伍長は状況を理解すると、直ぐに砲と砲架、それに単眼式照準器を調べだした。手動の砲塔旋回用ハンドルを回しながら、主砲や砲塔が届いた時に同梱されて来た同軸機銃の取り付けと、安全装置、非常用撃発の作動を確認して、ペリスコープを位置と作動を調整して行く。

『新品の所為(せい)か、けっこう明るいな』と、照準器とぺリスコープを満足気に覗いていた彼が突然大声を出した。

「ここの装甲が削られて、厚みが半分くらいになってるぞ! 軍曹、これはマズイですよ。ここにロスケの85mm弾が斜めに当たるだけで、貫通されます!」

 直ぐに砲塔内に入った軍曹は、伍長が指差す照準器の先端に顔を近付けて状態を見る。残りの四人は装甲が貫通されると聞いて、急いで車体によじ登り砲塔内を覗きこんだ。

「ダブリス、どうなっているんだ! 砲塔の設計は何処でしたんだ! 単眼の照準器を付けるスペースが足(た)りなくて、装甲板が照準器の形に合わせて干渉(かんしょう)しないように、深い曲面の溝で削られているぞ!」

 160mmも厚みが有る砲塔の側面装甲板の内側面は、そこだけ1mほどの長さで幅20cmくらいの半円溝が、照準器の位置に上手く合わせて彫(ほ)られいた。

 どんな工作機械を用いたのか見当もつかないが、間に合わせの冶具で固定して加工したのだろう。断面が半円形の溝は太い切り刃で粗(あら)く削られたままだが、砲の仰角(ぎょうかく)や俯角(ふかく)の位置でも干渉しないように切削(せっさく)されている。

「軍曹、自分は知りませんでした。自分は別の工場で車体の製作をしていて、ここまで運んで来ました。砲塔は別の部署が設計して、この工場で製作したのです」

 削られている事を知っているはずのダブリスの返答に、軍曹は車外へ出て表から装甲板の削られた辺りを青い顔で暫く見ていた。

 無線手のシートから見上げた溝はバラキエル・リヒター伍長の言う通り、深く彫り込まれていて、僕でも砲塔のデザイン設計からの遣り直すほどの大きな問題だと理解(りかい)した。

《設計から遣り直すなんて出来ないから、ダブリスはワザと黙っていたのだろう》

「最前部の、溝が一番深い部分の厚みは、たぶん80mm以下になっているでしょう」

 横にいて状態の報告を続けるダブリスへ軍曹は頷くと、再び砲塔内へ入り、皆に聞こえるように大声で言った。

「これは、装甲板の仮組(かりぐみ)で気付いたな。削った鉄肌(てつはだ)がそのまんまだ。切り角は鑢(やすり)掛けしてあるけど、無理矢理だなあ」

 このままで軍曹は戦闘準備を進めるつもりだ。

「工場に要請して、分厚(ぶあつ)い鋼板を外面へ溶着して補強する方法も有るけれど、鋼板を探して溶接して貰うのは手間(てま)で、1日は掛かってしまうな。明後日(あさって)にはイワン達が踏(ふ)み込んで来るだろうから、そんな余裕はない。強力なこいつを、碌に扱えもせずに降参したくはないな」

 実際、オーデル川などの東部防衛戦線を崩壊させて帝国首都のベルリン市まで蹂躙したソ連軍が、このブランデンブルク市へ間近に迫っている今、補強修理で日数を掛けてはいられない。

「なってしまっているモノは仕方が無い。ここを敵に向けないようにするしかないな。バラキエル、撃たれる前に殺(や)るんだ。さあ、早く照準を調整してしまえ。明日(あす)はフェアヒラント村へ向けて移動するぞ。ダブリス、バラキエルの照準合わせを手伝うんだ」

 ソ連軍に占領された地域のドイツ人は暴行されて殺されると、噂に聞いている。降参してボルシェビキの捕虜になるなんて、今の僕達には考えられない。

 ロシアの国土と民族を蹂躙されて復讐(ふくしゅう)に燃える蛮族(ばんぞく)で劣等(れっとう)人種のスラブ人は、文明的で優秀なドイツ人への強いコンプレックスも有って、投降するドイツ軍兵士への人道的な対応を全く期待できないと、巷(ちまた)で散々言われていた。

《僕達こそ、神聖なドイッチュランドの領域に攻め入って穢(けが)し、優秀で気高(けだか)いゲルマン民族を殺戮(さつりく)した大罪を犯(おか)したスラブに、神罰(しんばつ)を下してやる!》

「軍曹! 自走しての移動時に砲身を固定する繋止(けいし)アームも問題というか、有りません。一応、仰俯角と左右角は砲架と小さな2つの歯車でロックできますが、長くて重い砲身が振れ出したら、直ぐに破損しそうです」

 戦闘以外での移動時に車体の揺れに連動して長い砲身は振れ動いて、砲架に備わる照準に最重要なギアの歯を欠(か)けさせしまうから、長砲身の砲を搭載する戦車や自走砲には必ず砲身繋止装置が有り、長砲身の大砲の移動ユニットにも同様の機能が備わっていた。

「ダブリス! これも重大な事だぞ! パーダーボルンのクルップで作らなかったのか?」

 バラキエル・リヒター伍長から別件の問題事の報告を受けたメルキセデク・ハーゼ軍曹は、作業場に集まっていた技術者と工員達へ聞こえよがしの大声で、ダブリスを責(せ)めるように詰問(きつもん)する。

「もっ、申し訳有りません、軍曹殿! 自分は全く知りませんでした。今まで気付きませんでした。工場で渡された図面の中には、その設計図面を見ていませんし、渡された部品図面の製作漏(も)れも有りませんでした」

 繋止アームと聞いて直ぐに理解したダブリスは、青褪めた表情の直立不動で、知り得る限りの事実を言い並べた。

「……まあ、いいさ。この帝国の黄昏はマムートの砲身が萎(な)えるより早く終えるという意図(いと)なんだろう。くっそぉ、照準の仮合わせ後に機動訓練をするが、人が歩く程度の低速でするしかないな」

『ふうぅぅぅーー』、慣熟訓練の指示を言い終えたメルキセデク・ハーゼ軍曹が長い溜め息を吐いて、がっくりと両肩を落とした。

 その残念そうな姿から、きっと、大馬力エンジンを全開に噴かしたマムートを全速で突進させて、右へ、左へ、軽快に旋回する砲塔が敵を狩り続けながら、敵陣深くに切り込んで行こうと考えていたのだと分かった。

《いやー、あぶない、あぶない。軍曹が結構、熱血(ねっけつ)だと知りました。そりゃあ、武装親衛隊へ志願した方ですものねぇ。僕も敵を打ち砕くのに賛成だけど、絶対に戻れない敵陣切り込みの道連(みちづ)れは、マジで無しにして欲しいです!》

 

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 砲身を最大俯角で下げると、バラキエル・リヒター伍長は砲口へ行き、物差(ものさ)しで測(はか)りながら内周にライフリングが刻(きざ)まれた孔の真ん中で、クロスするように毛糸を粘着テープで貼(は)り付けると、今度は砲塔に入って砲の尾栓を開いた装填孔の直径を測って、ほんの小さな穴を中心に開けた直径と同じ大きさの円盤を厚紙で作り、それを尾栓の孔へ深く入れ過ぎたり、傾(かたむ)いたり、しないように上手(じょうず)に嵌(は)めた。

 それから、伍長は嵌めた厚紙の針穴のように小さい穴から砲身内を覗き込んで、砲手席に座ったダブリスへ主砲の射線を合わせる指示を出す。ダブリスは指示に従って砲塔の回転ハンドルと砲身の仰俯角ハンドルを回して、伍長の求める砲口の糸がクロスする1点と、遠方の高い瓦礫の1点が一直線上に重ね合わさるようにした。

 そして、ダブリスと交代して砲手席に座ると、単眼式照準器を覗いてレンズ内のクロスラインを砲身で狙う高い瓦礫の同じ1点へ調整して合わせた。

 更に同軸機銃のMG42機銃も取り付けて照準を合わせ、ベルト式弾帯の給弾も整えた。

 これで、基本照準の調整は済んだけれど、この調整で本当に当たるのかは実際に撃ってみないと分からない。

「ここでは試射はできないので、戦闘射撃で微調整する事になる。初弾から命中するか、迅速(じんそく)に調整できて、撃破される前に敵を撃滅できるように祈ってくれ」

 笑顔で、バラキエル・リヒター伍長は言う。

 砲の照準合わせが済むと、20ℓ携行缶が30缶でマムート専用に確保されていたガソリンを給油し、弾薬と携帯火器に、いただいた食料を積み終えてから、昼飯と休息になる。

 弾薬は工場のリフトを使い、傷や変形の無い選(よ)りすぐった弾頭と装薬筒をマムートに積み込んだ。

 徹甲弾頭を25発、榴弾弾頭は5発、そして装薬筒が30本。保管ラックが設(しつら)えてある規定の25発より5発分多く積載する。装薬筒と榴弾はラックに、10個の徹甲弾頭は車体や砲塔の隅へ転がらないようにして押し込んだ。

 午後からは6人全員が配置位置へ乗車しての機動訓練を行う。

 広い工場の前庭で、車内インターコムのレシーバーに響く軍曹の命令で、前進、減速、停止、後進、右折、左折などの走行を鉄道輸送用の狭幅履帯のまま、ゆっくりと慎重に行う。

 砲塔の左右と全周旋回、砲身の上下作動、照準合わせ、砲弾と装薬の模擬装填の動作を繰り返す。

 バラキエル・リヒター伍長はラグエルとイスラフェルに弾種を伝え装填の命令を出す。命令への復唱は、首に掛けた咽喉(いんこう)マイクで必ずしなければならない。

 

   4月30日 月曜日 ブランデンブルク市の工場からゲンティン駅へ

 夜更けには、来た時と同じ平らな貨車に積まれて、走行用履帯、外側転輪、側面中央部の防御を強化する補助装甲のフェンダー、取り付けクレーンなどの部材と部品に、燃料の確保と他にも使い道が有りそうな空の携行缶も乗せた貨車と共に、エルベ川手前のゲンティンの町へ鉄道で運ばれた。

 弾薬や携帯火器などの備品は、しっかり固定されているのを確認して、そのままで平床貨車へ積載して鉄道輸送する。マムートの車幅より数cmだけ僅かに狭い平床幅の貨車へ、仲間から大声で指示される前後左右のズレを慎重に修正して超微速で固定位置へ停めたダブリスは、びっしょりと冷や汗をかきながらゲンティン駅の貨物用プラットホームに上手く降(お)ろせるか、心配で青褪めていた。

 ランダムに連結した客車と有蓋貨車の屋根上や車窓までしがみ付かせて、負傷兵と避難民を零れんばかりに乗車させた列車の最後尾に、更にマムートを積載した平床貨車と戦闘機動用の装備品を積んだ無蓋貨車を連結して、曇り空で月や星の明かりの無い真(ま)っ暗(くら)な鉄路を周囲を警戒しながら、ゆっくりと進んで行く。

 左右と後方の遠くに雲を赤く照らして瞬く砲火と遠雷(えんらい)のような砲声が轟く中、国鉄職員が翳すカンテラの灯(あか)りで路線の安全を知らされながらも、途中、何度も線路状態の確認と警戒で停車した後、ゲンティン駅に着いたのは翌日の午前3時過ぎだった。2両の貨車は切り離なされると構内のポイントを切り替え、貨物プラットホームへ機関車に押されて入いる。

 本日の列車の運行はゲンティン駅までしかできない。乗車して来た大勢の軍人や避難民を此処で降すと列車は、再び避難民達を乗せる為にブランデンブルク駅へ戻って行く。

《既にブランデンブルクの防衛線をソ連軍が突破していれば、攻撃されて再(ふたた)び列車を走らせるのは難しいのに……、それどころか、命が危ない。ドイツ国鉄職員達は勇敢(ゆうかん)だ》

 ゲンティン駅から先は、マグデブルク市などエルベ川の西岸以西はアメリカ軍に占領されて、ドイツ軍が爆破した鉄橋も修復(しゅうふく)が完了寸前だそうだ。

 次の駅が在るブルクの町まで、『ソ連軍は来ている』とも駅員が怯え顔で言っていた。

 エルベ川沿いにソ連軍の北上は、エルベ・ハーフェル運河の道路橋と鉄橋、それに水門を爆破すれば数日は防げて、ブランデンブルク市を陥落させ、西進するソ連軍がゲンティンの町へ攻め込むのは、『恐らく3日後か、4日後の5月4日、5日辺りだろう』と、駅員が広げた地図を懐中電灯(かいちゅうでんとう)の灯りで見ながら軍曹が溜め息を吐いて言った。

 ブルクを占領した敵は、ゲンティンを包囲してエルベ川への退路を断つ為の部隊だろうから、ブランデンブルクを陥して西進するソ連の戦車軍団がゲンティンに攻め込み、その勢いでエルベ川まで到達する。だから、僕達に休んでいる時間は無い。

 直ぐにカンテラの灯りを頼りにマムートをプラットホームへ移動させ、更に駅前の広場へとコンクリート製のプラットホームと道路に亀裂(きれつ)を入れながら微速で動かす。既に平床貨車の積み降ろしが四度目となるダブリスは度胸(どきょう)が付いたのか、少し速度を出して平床の縁を踏み外しそうになりながらも、マムートをプラットホームへ移した。

 軍曹は、もう1両の無蓋貨車から戦闘用履帯などの重量物を降ろす重機を依頼する為、駅長と共にゲンティン市防衛司令部へ到着報告を兼ねて向かった。朝までに降ろして広場の駅舎や倉庫の脇で外側転輪を付けて戦闘用履帯に交換し、砲塔に組み立てた簡易クレーンで補助装甲板を兼ねる中央のフェンダーを装着するつもりだ。夜が明けてソ連空軍機が飛び回る前にマムートや交換履帯をカモフラージュして隠さなければならない。

 軍曹が戻るまでに残りの搭乗員5人全員が車体に備え付けの斧(おの)と駅舎から借りて来た斧で、夜の暗がりの中、カモフラージュに使えそうな広場や横の公園や街路樹の枝を伐採(ばっさい)して行く。

 空が白(しら)んで来る頃には、マムートの車体上面や砲塔に針金で縛(しば)り付けた枝が砲塔の回転や各ハッチの開閉(かいへい)、そして照準とペリスコープの視界の妨(さまた)げにならないように括り直し終えた。

 そのタイミングでクレーン装備の5t牽引車に乗車した操作兵と警備兵と共に軍曹と駅長が戻って来た。しかも同じクレーン装備仕様が2台だ。

 ただちに2台の牽引車も、既に擬装(ぎそう)している上から用意していた枝で作業に支障(ししょう)が無い程度の念入(ねんい)りなカモフラージュを施(ほどこ)す。2台も来たなら安全且(か)つ速(すみ)やかに降ろして運べそうだ。

 2台の5t牽引車が2度往復して駅前広場に運ばれたトグロ状に巻かれる2本の戦闘用履帯は、2機のクレーンと全員が持つ金梃子とハンマーで、広場に真っ直ぐに伸ばした。広げた履帯も枝葉で覆ってカモフラージュした。

 運河が近い所為なのか、辺り一帯を夜明け前から薄く朝靄(あさもや)が覆っている。これなら朝靄が晴れる十時頃までは、敵機が飛んで来ないだろう。

 

   5月1日 火曜日~3日 木曜日 ゲンティン駅 駅前広場

 最外側の転輪と誘導輪(ゆうどうりん)をボルトで固定し、起動輪(きどうりん)の外側歯部も取り付けた。それから狭幅履帯を外しながら戦闘用履帯を装着して行く。

 ダブリスの説明では、転輪の直径はマンホールの大きい蓋と同じ90cm、重さは50kgは有る。転輪は両側で8個、誘導輪と起動輪が2個づつ、200本以上のボルトで取り付けなければならない。

 履帯の履板1枚は、鉄道輸送用の狭幅が長さ53cmで重さ30kg。幅の広い戦闘走行用のは長さ1mの重さ60kg。その履板を1枚づつ、グリスを塗(ぬ)りたくった鋼鉄製のピンをハンマーで叩き込みながら、90枚以上を連結させて片側分になる。

 履板も砲弾と同じで、その手足を潰しそうになる重さと数の多さに、頭も、身体もクラクラになってしまう。

 戦闘用履帯への交換が済むと、砲塔両側面の合計8箇所の対になった鍵(かぎ)フックへ、2枚で1セットに連結した戦闘用履板を引っ掛けて固定する。重い戦闘用履板を掛ける作業は、砲塔に取り付けた簡易クレーンを使っても、履板を通したピンを固定リブの孔位置と合わせるのに手間取って仕舞い、4人がかりでも、思いの他の重労働になった。

 砲塔側面に掛けた予備履板は増加装甲を兼ねるそうだが、その効果に、乗車したパンターが撃破された経験の有るメルキセデク・ハーゼ軍曹は首を傾げながら言う。

「まあ、大口径の徹甲弾には意味無しだが、鹵獲されたファストパトローネみたいな兵器や弾頭には、効果を失わせて、装甲板まで貫通されないだろう」

《そうですよ、無いよりはマシです。気休めになります。軍曹殿。……僕の横の装甲板にも付けて欲しいです》

 対空警戒で見上げる空に飛行機の影が見えたり、空襲警報のサイレンや爆音が聞こえたりすると、急いで使っていた工具と共にカモフラージュの枝の下へ潜(もぐ)って隠れる。

 戦争の勝敗は既に決していて最末期の現在、飛んで来る飛行機は赤い星マークのソ連機ばかりで、鉄十字マークのドイツ空軍は1機も見ていない。

 上空に群(むら)がるソ連機は、ドイツ軍の陣地や車輌、それにドイツ人しか襲撃しない。インフラの鉄道、橋梁、道路、発電所、送電の架線、残っている石油やガスのタンクなどの戦略施設は、占領後に使用する為に攻撃目標から外して破壊しないのだろう。

 故(ゆえ)に、強力な抵抗戦力のマムートは最優先の攻撃対象になるが、鉄道駅の倉庫脇に隠れていれば、マムートと履帯交換作業はカモフラージュが見抜(みぬ)かれるか、我々搭乗員の動きを発見されない限り、攻撃されない。

 

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 巷ではドイツの全ての物品、家も、田畑も、機械も、道路も、鉄道も、敵の手に渡って使われる前に全てを破壊して燃やす焦土(しょうど)戦術が、命令だか、奨励(しょうれい)だか、知らないけれど叫ばれていた。

 だけど、もう誰も実行しない。まだ抵抗しなければならないけれど、どう足掻(あが)こうとも戦争はもう直ぐ終わる。平和になれば、全ては衣食住と産業再建に必要だ。

 愚劣(ぐれつ)な指導者による無駄(むだ)な現実よりも、実の有る未来の為に行動しなければならない。

 遣っ付けるのは、終戦後に自由なドイツになるはずの希望の未来を摘(つ)んで、再び1党独裁政治で支配しようとするソビエト連邦だけでたくさんだ。非文明的な東の劣等な蛮族に投降するなんて、有り得ない。そもそも、ロシアに文明なんて発祥(はっしょう)していないだろう。

《底辺思想の皆が平等を掲(かか)げる共産主義の社会で、息が詰まる人生なんて、真(ま)っ平(ぴら)御免(ごめん)だ!》

 全てに自由でチャンスが等(ひと)しく多い世界は不平等になる。だからこそ、人は努力(どりょく)してチャンスを掴(つか)んで豊(ゆた)かになろうとするんだと思う。多くを努力する苦しさを超(こ)えれば、よりチャンスに遭遇すると僕は考えていた。

《僕達は、リバティーとフリーダムを求めてエルベ川を西へ渡り、アメリカ軍に投降するんだ!》

 何処の国でも兵士の質はピンキリだけど、アメリカ軍は人道的な兵士が多いイメージだ。そんなアメリカ兵に出逢える事を祈ろう。

 ドイツの海洋進出を阻(はば)み、未(いま)だに封建(ほうけん)的な王政が続くイギリスや、中世からの確執(かくしつ)だらけのフランスよりも、エコノミックとデモクラシーの国、アメリカは自由民主への解放者の感じがした。

 

   5月4日 金曜日 ゲンティン駅 駅前広場から移動

 戦闘用履帯は1度だけパーダーボルンの工場で着けて走らせたと、ダブリスが言った通りに問題無く装着できたけれど、クレーン装備の牽引車は初日で帰隊してしまい、簡易クレーンの組立と補助装甲のフェンダーの取り付けまで、6人の人力だけで行った為、全ての装着作業の完了に3日目の午前中まで要してしまった。

 取り付けた補助装甲のフェンダーは、3分割された内の車体中央部分だけだったけれど、前部と後部のフェンダーまで取り付けたマムートの想像した姿は、そのフワッと曲げられた形で履帯に被るフェンダーから、まるで貴婦人(きふじん)のコルセット仕様のスカートのように思え、マムートに舞踏会(ぶとうかい)を取り仕切るミストレスみたいな頼もしさを感じさせた。

 やはり、ダブリスに説得されずに軍曹や伍長に考え直して貰って、残りのフェンダーも持って来て取り付ければ良かったと、ブランデンブルクの工場に置いて来た事を僕に後悔させた。

《デザイン的にも、僕の側面防御のフェンダーは、有った方がいいじゃんか! でも、でも……、ダブリスが言うように被弾して走れなくなったら、僕達は生き残れなくなる……》

 5月4日の太陽が天頂(てんちょう)を過ぎて西へ傾き始めた午後に、枯(か)れて来た枝葉(えだは)のカモフラージュを伐採したばかりの枝で遣り直し、マムートを再び新緑(しんりょく)の森のようにしてから移動を開始した。

 灰色の低く広がる雲の所々(ところどころ)に青い晴れ間が見える空の、まだ明るい午後に移動を始めたのは、ゲンティンの街路を迷わずに国道107号線に入れて、エルベ・ハーフェル運河を渡る橋の強度がマムートの重さに耐(た)えるかという心配と、アルテンプラトウ村からフェアヒラント村へ至る街道の交差点を見逃(みのが)さない為だった。

 すっかり衰(おとろ)えてしまったドイツの防空火線を嘲(あざけ)るように低空で侵入するソ連機が編隊(へんたい)で、襲撃して来る危険(きけん)も有ったけれど、已(や)むを得なかった。それに地物の東へ伸びる影はマムートを隠し、東方面から襲撃して来るソ連軍は、西陽(にしび)の明るさに照らされるから視認し易いという利点も有る。でもそれは、頭上を覆う曇り空が西の地平から晴れて来ての利点で、曇り空下の光量の足りなさでは遠くの物が背景に滲んでいて、距離感が曖昧(あいまい)になってしまう。

 街の中や街道は、どこも西へ歩む不安顔の避難民と戦う気が失せただらしない兵隊ばかりで、とてもマムートと搭乗する我々だけではスムーズに通過できそうに思えなかった。そこで防衛隊に頼み込み、ゲンティン駅からのフェアヒラントへ至る分岐路(ぶんきろ)まで、5、6名の防衛隊兵士が道案内と警備を兼ねて車体上に乗って貰った。

 それに、ソ連軍の戦車とマムートを見分けられない未熟な味方から撃たれては堪らない。

 爆撃で崩れた建物の瓦礫を除けた市街地の通りは、マムートの車幅だけで車輌の擦れ違いができなくなる為に、更に数名の防衛隊兵士が先行して、通行を遮断(しゃだん)したり、注意を促(うなが)したりして通路を確保している。

 人が歩くほどの速度で進み、角を曲がり終える度に停止して走行装置の破損が無いかなど、車体の状態の点検と、履帯の張り具合や連結ピンの緩みを調整した。

 いくつかの検問所を通り、ゲンティンの町の北側を流れるエルベ・ハーフェル運河に架かる鉄骨組みの国道橋を更に速度を落として、アーチ組みの橋梁(きょうりょう)はマムートの100tを越える重量でも問題無く耐えると思われたが、対空警戒をしながら橋桁(はしげた)の強度を探りつつ、慎重に渡った。

「バラトン湖の運河の鉄橋やドナウ河の石造りの橋は、ケーニヒス・ティーガーの重戦車が隊列で渡っても問題は無かったな。この橋の耐荷重(たいかじゅう)の安全率が、どれ位(ぐらい)か、知らないけれど、優秀なドイツ帝国の建築と土木の結合技術だから、たぶん、大丈夫だろう」

 余り安心できない慰めの例を、ぼやくように話すメルキセデク・ハーゼ軍曹の声がレシーバーから聞こえ、続けてバラキエル・リヒター伍長の経験談が加わる。

「東方からオーデル河を渡っての撤退(てったい)では、みんなは焦っていて、急いだケーニヒス・ティーガーの中隊が数珠(じゅず)繋ぎで通った後は、鋼鉄のトラス橋がグラグラになってましたよ。まあ、それでも全車両が渡り終えましたがね。あれじゃあ、ロスケどもは橋を補強しないと、スターリン戦車を通せなかったでしょう」

 不安が募(つの)る橋渡りは、鉄道の重量物用の平床貨車のように重さを分散できずに、マムートの接地する戦闘用履帯の狭い面積に受ける100tを越える重さは、はっきりと橋梁面の撓(しな)るのが分かるほどだったけれど、どうにか国道橋は持ち堪(こた)えてくれた。

 国道橋を無事に渡り終えると少しづつ速度を上げて砲身の繋止具合と走行性能を確認する。マムートの重量に耐える国道の平坦(へいたん)で固(かた)い舗装路面では問題無く軽快(けいかい)に走ってくれて、長い砲身もしっかりと固定されている。

 実戦経験が多い軍曹と伍長が『パンター並に走るぞ』と、外観の大きさには似合(にあ)わないマムートの加速と反応に驚いていた。

 左に折れて進む一部の避難民達は、ここからエルベ・ハーフェル運河の北岸沿いに水門の在るエルベ川岸のディアベン村へ向かって行き、そこから西方へ渡るつもりだろうけれど、ブルクの町を占領したソ連軍が北上して既に水門へ迫っていたら、たぶん、辿り着けないだろう。

 防衛隊兵士から聞いた話では、エルベ川東岸を守備する第12軍は、鉄道とアウトバーンの通る複合橋が在るタンガーミュンデの町の対岸を中心に、半径3kmの半円形で防衛戦線を形成して、戦線の北端は渡し舟が有るシュトーカウ村と、鉄道橋が架(か)かるシェーンハウゼンの町、南端は艀が運行されているフェアヒラント村、いずれも防衛と渡河(とか)の重要拠点として、逃れて来た敗残兵と避難民を積極的に収容している。

 そして、収容された敗残兵は列になって破壊された鉄橋の残骸(ざんがい)を伝い西岸へ渡って行くが、その列をアメリカ兵が検閲して親衛隊員と判(わか)ると列から除外(じょがい)しているらしい。

 非戦闘員の避難民達も渡河は許(ゆる)されていなかったが、防衛陣地をソ連軍が突破すれば、雪解(ゆきど)けで増水した冷たい川で溺(おぼ)れても、アメリカ軍から銃撃されても、報復(ほうふく)に燃えるソ連軍の蛮行(ばんこう)を恐れる何万人ものドイツ人は一斉(いっせい)に渡河を試(こころ)みるだろうとも言っていた。

 聞き知ったアメリカ軍の避難民への非人道的な処遇(しょぐう)に、戦争終了後のドイツ国土の占領地域や住人達への取り決めがアメリカとソ連で行われたのだと思った。我々も武装親衛隊のメルキセデク・ハーゼ軍曹は渡れない。ベルリン市民の僕も難(むずか)しいだろう。バラキエル・リヒター伍長は国防軍だから大丈夫だし、ダブリスとラグエルとイスラフェルの3人もルール地方の在住者だと証明できれば、きっと渡れる。

 今となっては、ベルリンを目指して急速に東進するアメリカ軍やイギリス軍を停滞(ていたい)させる為に、我がドイツ軍自(みずか)らが、橋を爆破して崩落(ほうらく)させてしまったのが悔(く)やまれた。

 ソ連との取り決めが有るだろうアメリカは、アーミーをエルベ河畔に留(とど)まらせてしまった。もし鉄橋を爆破せずにいれば、アメリカ軍は勝手に渡って来て橋頭堡を確保していた筈だ。そして、ソ連軍がベルリンを陥落した時点から、現状よりも数倍もの多くの兵士や難民が既に西岸へ渡り終えていた事だろう。

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   5月4日 金曜日 アルテンプラトウ村

 直ぐにアルテンプラトウ村の村口に着いていまい、防衛陣地を兼ねた検問所の前でマムートを停止しさせた。

 ゲンティンの駅舎から持って来た地図を見ると、国道橋を渡った所のアルテンプラトウ村から国道に単線の線路が併設(へいせつ)されていて北に向かい、ゲンティンバルト村とレデーキン村を通ってイェーリヒョウの町を抜けると、タンガーミュンデの対岸のフィッシュベック村に至っていた。

 アルテンプラトウ村の十字路を左に折(お)れて、北北西へ向かう街道を行けば、森を抜けてニーレボック村を通り、エルベ川河畔のフェアヒラント村に着ける。路面や路肩の強度が心配だけど、この街道がマムートが進むべき道だ。

 道路を歩む避難民達を見ていると一部が左側の家並みの通りへ入って行くだけで、大部分は国道を真っ直ぐ進んでいた。方角的に一部は村の中を抜けてフェアヒラント村へ向かうらしい。

 検問所脇には、路上の安全確保で先行していた兵士達と共に、国防軍の憲兵と褐色の制服を着た地区の行政官らしい中年の男が立ち、我々を待っていた。

 理由有(わけあ)りを察したメルキセデク・ハーゼ軍曹が降りて行き、行政官とナチス式の答礼(とうれい)を交わす。

「ハイル・ヒットラー」

 確か2日前、無線機をオープンにして流したラジオで総統がソ連軍へ突撃して戦死したと聴いているのに、可笑しな挨拶言葉だ。万歳(ばんざい)と讃(たた)えて崇拝(すうはい)した指導者は、もう死んでしまっていないのに。

 乗員各自がハッチから身を乗り出して見ていると、中年の行政官は軍曹の横を通ってマムートの真ん前まで来ると、軍曹へ向き直って言った。

「此処からフェアヒラント村へ向かう道は、あそこの十字路を左に曲がって、森の中を進んでニーレボック村を通る街道しかない。しかし、十字路の右に見えるブラッティン村とロスドルフ村まで、ソ連軍が来ていて、君達を見付けると、攻撃して来るだろう」

 アイドリングのエンジン音が響く中でも、しっかりと行政官の良く通る大きな声が聞こえた。

「国道と線路が、ブラッティン村にいるソ連軍から丸見えになって、ゲンティンの町からフィッシュベック村の町への負傷兵と、避難する女、子供を乗せる列車や車輌も走らせれない。今、奴らは停止して此処への攻撃の準備中だ。先遣隊(せんけんたい)らしいから本隊の到着を待っているんだ。撃退するチャンスは今しかない。我々は避難路を確保する為に、これから反撃して、奪還(だっかん)したブラッティン村の守備陣地を強化するつもりだ」

 話しながら興奮して来た行政官の声が、一気に捲くし立てるように聞こえて来る。

「撃退に失敗すれば、奴らは夕暮れまでに集結して此処を攻めるだろう。そうなるとゲンティンは包囲されてしまう。だから、少しでも見付からないように村の中を西へ進み、十字路を迂回(うかい)した方がいいぞ!」

 行政官が僕達に反撃に加(くわ)わるように命じない事を以外に思ったが、それはマムートの任務がフェアヒラント村の船着場の最終防衛に就く事だと知っているからだろう。だから、最初にフェアヒラント村への道を教えてくれたのだ。

「行政官殿、停止中の敵の戦力はどのくらいなのでしょう?」

「偵察隊の報告と私が視認(しにん)した限りでは、重戦車が4輌、偵察型の装甲車が1台、あとは徒歩の兵隊が1個中隊ほどだと思う。兵隊達は、トラックに乗って来ている」

 メルキセデク・ハーゼ軍曹は行政官の言葉に頷いてから、車体上に身を乗り出して様子を見ている僕達へ向いて言う。

「……だそうだ。実際に確認した方が良さそうだな。……ロスケ共は、アンブッシュや遭遇戦を警戒する前哨兵も出さずに、最前線までトラックで来ているのか? ふっ、まるでピクニックだな……」

 独り言のように言った言葉に、命令が続いた。

「おい、バラキエルとタブリス。敵の戦力を見に行くぞ! アルはイワンの無線を傍受(ぼうじゅ)して、迫って来ている敵が他にいないか、会話から察しろ。ラグエルとイスラフェルは、砲に徹甲弾を装填して、同軸機銃にも装填しておいてくれ」

 軍曹は遣る気になっている!

 軍曹の指示は、防衛隊に協力して戦い、此処をマムートの初陣(ういじん)の場にするのだと分からせて僕達を緊張させ、ファストパトローネを発射したシュパンダウ地区の市街戦の甦(よみがえ)った記憶が、僕の背中をブルブルと武者震(むしゃぶる)させた。

「了解です。軍曹殿」

 無線機の受信周波数のダイアルを回しながら何度か合わせ、入って来るロシア語をボリュームツマミで大きくして聞き入る。感度よく鮮明(せんめい)に聞こえるのは、近くのブラッティン村まで進出した強行偵察隊だろう。会話の間隔(かんかく)は長くて、間延(まの)びした声のトーンに緊張感が感じられない。他に入るのは、どれも感度が悪くて小さくしか聞こえない遠方からだった。

 感度の良いロシア語の会話が慌(あわただ)しくなって早口(はやくち)で途切(とぎ)れなく続くようになれば、イワン達は反撃準備中のドイツ兵やマムートを発見して出撃に移行中って事だろう。

「それじゃあ、アル。ピクニック気分の敵が、どんな奴等なのか、ちょっくら見て来るわ」

 タブリスが手を伸ばし来て敵の無線交信に聞き入る僕の肩に触れると、そう言いいながら頭上のハッチからの出掛けに、緊張した顔で言葉を続けた。

「ラグエルとイスラフェル、装填が済んだら拳銃を出して、砲塔の上から周囲を警戒するんだ。避難民や落伍兵に反逆者や敵兵が、紛れ込んでいるかも知れないからな。アル、お前もマムートを守っていてくれよ」

 先に軍曹と伍長が車外に出た後に、タブリスの工員のリーダー格らしい指示をして行った。

 車内に残る僕達3人は砲と機銃への装填を済ませると、タブリスの指示に従い、車体や砲塔の上から拳銃を構えてマムートの周囲を防衛隊の兵士と共に警戒した。

 

   5月4日 金曜日 アルテンプラトウ村の駅舎前

「タブリス、道の曲がり角で、アルがいる右角の方を敵に向けて停めるんだ。バラキエル、停車後、ただちに最後尾のスターリンを撃て!」

 タブリスは勢い良くマムートを曲がり角から車体の前半分を出して、僕が座る無線手席側を敵へ突き出すように、急制動を掛けて停めた。

《今、僕は6人の乗員達の中で、敵に一番近い位置にいる。真(ま)っ先(さき)に敵弾が命中する場所だ!》

 僕の右横間近には無線機や車内通話など、電気系の機台が並び、その後ろには、敵に晒している120mm厚の側面装甲板が有る。そして、無線機台と装甲板の間は、食糧や生活用品が隙間無く、ぎっしりと詰め込まれていた。避弾経始が考慮されていない側面装甲板は垂直で、鋼板の粘る硬さと厚みだけで耐えなければならず、やはり、補助装甲の曲面フェンダーが有るのと無いのでは、気持ちの持ちようが全然違っていた。

 僕はぺリススコープから見えるスターリン重戦車の長い砲身から放たれる、徹甲弾の威力を知らないし、想像したくもなかった。

 それに、ソ連兵が鹵獲(ろかく)したファストパトローネを構えて肉迫攻撃して来たら、200mmも貫通する溶解噴流が盾になる無線機材も貫通して、浴びる噴流に僕は、命が助かっても誰だか分らないほどの大火傷を負ってしまうだろう。

 手足が震え、マムートから飛び出して背後のアルテンプラトウの駅舎に逃げ込みたいと思う。

 ペリスコープから見える敵との距離は、約800m。偵察した軍曹達の言っていた通り、1台の4輪装甲車を先頭に、街道の両脇に4輌のスターリン重戦車が千鳥(ちどり)に停車していた。

 装甲車と、その真後ろのスターリン重戦車の砲塔上にソ連の戦車兵が立ち、双眼鏡で辺(あた)りを探(さぐ)って警戒している。

「軍曹殿、入る敵の無線は感度が良いです。会話の調子は普通で、慌てた様子では有りません。ロシア語の意味は分かりませんが、平文(へいぶん)で会話しているようです」

 戦車の中に閉じ込められて始まる初めての戦車戦への緊張で、自分の声は少し震えていた。

「ロスケ共め、戦勝気分でいやがる。バラキエル、まだ戦争が終わっていない事を教えてやれ!」

 見た目の大きさから思いもしない速度で軽(かろ)やかに旋回していたマムートの砲塔がピタリと止まると、僅かに砲身が下げられられた。

「撃ちます!」

 バラキエル伍長の声がレシーバーから聞こえた瞬間、鋭い発射音と衝撃波が車内を圧(あっ)した。レシーバーを付けていても発射音が途中で消え、一瞬で車内の空気が吸い出されて吹き戻って来た。初めて体感した128mm戦車砲の発射は凄(すさ)まじい! 衝撃的な体感に度肝(どぎも)を抜かれながら、視点はぺリススコープの鏡に写(うつ)る徹甲弾の青い曳光(えいこう)を追い続ける。

 装甲車の砲塔上に立っていた敵兵が倒れそうになってしゃがんだ。双眼鏡をこちらに向けて腕を上げようとしたスターリン戦車の砲塔上に立つ戦車兵が、指で弾かれた虫みたいに何処かへ飛ばされて消えた。

 その時の青い曳光は、彼の頭より彼の身長の半分くらい上だったから、マムートの照準はスターリンの砲塔上面より2m以上も上にズレている。

「軍曹殿、2.5m上を、飛び越えているように見えました」

 タブリスが逸早(いちはや)く、目測(もくそく)した弾道のズレ量を伝えた。

「軍曹殿、僕も、そのくらいに見えました」

 僕は2m以上とは言わずに、より正確に目測できるであろうタブリスの意見に賛同(さんどう)した。

「バラキエル、俺にも、そのくらいに見えた。照準を修正して次発(じはつ)を急げ! ラグエル、徹甲弾を装填しろ!」

 戦闘経験の豊富な軍曹と伍長は、傾きを深めた西陽に長く伸(の)びる駅舎の影の暗がりに包まれるマムートが、128mm戦車砲の発射炎を視認しない限り、裸眼で見付けられないからの余裕(よゆう)なのか、落ち着いていた。

「了解! 速やかに照準を修正します。軍曹殿、一輌も逃がしませんよ」

 直ぐに装薬を燃焼させて空になった装薬筒が、開放された尾栓から飛び出してバサッと分厚いキャンバス製の排莢(はいきょう)受けに落ちると、ラグエルとイスラフェルが次弾の装填を始めた。

 鼻腔の奥をツンと刺すように刺激する臭を吸い込んで、排莢と共にカラー印刷の本を焦がしたみたいな臭いの装薬の燃焼ガスが噴き戻して、車内を透明な湯気(ゆげ)のように漂い出したのが分かった。くらっと来た軽い眩暈(めまい)に、この刺激臭が更に濃くなれば、少し吸い続けるだけで、気を失いそうに感じた。

 『カチリッ』、臭いで作業に支障を招くと判断したイスラフェルが、砲塔天井に備えられたベンチレーターのスイッチを入れ、既に作動させていたのに加えて二台のベンチレーターがフル回転して、車内に充満しかけた刺激臭を車外へ排出してくれた。

 チクチクする鼻のむず痒(がゆ)さと、擦れたみたいな喉の痛みを、唾の飲み込みと強く息を吐き出しをして失くす。

 慎重に弾頭と装薬筒を装填する彼らの様子を背後に感じながら、僕は受信にしたままの無線機から入る敵の交信に聞き入る。

「軍曹殿、敵は慌てています。とても早口で、同じ単語を繰り返し言っています。後退しそうな感じがします」

 僅かな抵抗を排除(はいじょ)しただけで、敵は此処まで来たのだろう。僅かに残った国土に追い詰められて包囲されたナチスのドイツ第3帝国は、もう直ぐ数日で降伏してしまいそうな今日、頑強(がんきょう)な抵抗(ていこう)など無いと楽観(らっかん)していただけに、間違いなく破壊と死を齎す大口径弾に狙われていると知って、敵の威力偵察隊は大慌てで逃げ出そうとしているのが、敵の交信から伝わって来た。

「バラキエル、次は外すなよ。最後尾の奴を仕留めて、脱出を阻んでやれ!」

 尾栓が閉じる音がして、ラグエルが報告する。

「装填完了! 安全装置解除。撃てます!」

 微妙(びみょう)に揺(ゆ)れていた砲身が、ピタリと止まり、修正された標準が敵戦車を捕(と)らえた。

「撃ちま……!」

 バラキエル伍長の鋭い声を発射音が途切らせた。衝撃で車内に舞き起こる旋風(せんぷう)が頬や背中を撫(な)でて、瞬間的な低圧に肺が一呼吸、酸素(さんそ)を求めて喘ぐ。

 凝視する真っ直ぐに進む青い光点は、左側奥のスターリン戦車の砲塔基部に吸い込まれて行った。白っぽい火花が散ったスターリン戦車は揺れ動き、徹甲弾頭が命中して、鋼鉄(こうてつ)を『ガン』と貫く音が聞こえて来そうだった。

 『ガラン、バサッ』、役目を果たした装薬筒が排莢受けに落ちる音と、命中弾を受けたスターリン戦車の砲塔が炎に包まれて吹き飛ぶのが同時だった。後進しようとしていたのか、ブワッと排気煙を噴いた車体が道路の中央まで数m斜めにバックして燃え上がった。

「最後尾のスターリンに命中しました! 砲塔が吹き飛んで炎上しています。道路を塞(ふさ)ぎました」

「ラグエル、残りの3輌も徹甲弾で始末(しまつ)するぞ! 装填急げ!」

 装甲車とその後ろのスターリン戦車にエンジンが始動(しどう)した排気煙が見え、動き出そうとしている。

「バラキエル、左側先頭のスターリンを狙え!」

「装填完了! 撃てます!」

「撃ちます!」

 矢継ぎ早の指示と報告が交わされ、一瞬の衝撃と酸欠(さんけつ)が来て、青い光点が装甲車の砲塔に吸い込まれて行き、800mも離れていても黒い穴の開くのが、はっきりと見えた。

 次の瞬間、装甲車の真後ろのスターリン戦車が僅かに揺れて排気煙が消えると動かなくなった。命中した徹甲弾は、装甲車の砲塔の前後を貫通してから、後方にいたスターリン戦車の装甲も貫通して動きを止めさせてしまった。

「軍曹殿! 見ましたか? 凄い威力(いりょく)ですよ! スターリン戦車の、あのゴツイ前面装甲まで貫通しました」

「ああ、全く魂消(たまげ)た貫通力だ、バラキエル。ケーニヒスティーガーのハチハチでも、こうはいかないぞ。さあ、この調子で残りの奴も一掃(いっそう)してくれ」

 この後、バラキエル伍長の興奮した『撃ちます!』の警告(けいこく)と、ラグエルの息を切らす『装填完了』の報告が、レシーバーに2度響き、酸欠と刺激臭の風に巻かれた。

 右側前面にいたスターリン戦車は後退しながら右の家影に隠れようとしたところを、晒した車体右側面を射抜かれて骸になった。高速で飛翔(ひしょう)する30kg以上も重量が有る弾頭の命中で、瞬間、引っ張られるようにサスペンションが伸びてスターリン戦車が持ち上がっていた。

 最後の右側後方にいたスターリン戦車は、マムートに向けて122mm戦車砲の徹甲弾を放ってから後退を始めたけれど、後進は最初に撃破されて道路中央で炎上するスターリン戦車の車体に阻まれ、それを衝突(しょうとつ)しながら押し退けて、強引に擦り抜けようとした遅い動きになったところを、砲塔前面の防盾を貫通された。後進の動きは止まり、燃える戦車の火が命中弾の衝撃で漏れた燃料へ移ると、あっという間に車体全体が猛烈(もうれつ)な黒煙を上げる炎で包まれた。

 放たれた赤く光る敵弾は真っ直ぐに僕へ向かって来て、ググーッと大きな紅球(こうきゅう)になって迫ると、直前で上へ逸(そ)れてマムートを飛び越え、アルテンプラトウの駅舎の壁の一部を崩した。

 装甲火力の全滅で、追従(ついじゅう)していた敵歩兵達は、乗って来たトラックを捨てて東方へ駆けて逃げて行く。

 その敵兵達を、今まで戦闘の推移(すいい)を見ながら防衛陣地に潜んでいたドイツ兵が一斉に狙い撃ち、次々と倒していった。武器を投げ捨てて両手を高く挙(あ)げる、投降の意思を示すソ連兵も容赦(ようしゃ)なく撃ち殺していた。

 数km西方のエルベ川河畔へソ連軍が到達すれば、戦争は終わるのに、明日はアルテンプラトウとゲンティンの街がソ連軍に蹂躙されて降伏するかも知れないのに、降伏すれば、ソ連軍に全住民が報復されるのに、それでも、防衛隊の戦士達は、目の前を東方へ逃げる蛮族を追い駆けて、撃ち倒し続けるのを止めようとしない。

 マムートの戦闘は一方的だった。

 駅舎の影に隠れた奇襲(きしゅう)攻撃だったけれど、弱いと思われる車体後部を晒さずに1発の被弾も無く、徹甲弾5発の消耗で1台の4輪装甲車と4輌のスターリン重戦車を撃破できた。

 結果、防衛隊はソ連兵を駆逐(くちく)してブラッティン村とロスドルフ村を奪還できた。

 マムートがスターリン戦車の口径122mmの徹甲弾に、どれくらい抗(あらが)えれるのか分からないけれど、分厚い装甲は、きっと僕達を守ってくれる。

 圧倒的な戦果を目の当たりにして、メルキセデク・ハーゼ軍曹の敏速な判断と適切(てきせつ)な指揮に、バラキエル伍長の卓越(たくえつ)した射撃能力と強力な主砲。タブリスの慣熟(かんじゅく)して来た操縦テクニックと軽快な走行性能。マッチョな体格で力持ちのラグエルとイスラフェルが落ち着いて行う、重い弾丸の装填。彼らが為すべき事を1つ、1つ、正確に行ったチームワークの結果だと、はっきり僕は悟った。

 無線機の周波数しか調整できない非力な僕は、このマムートに搭乗するならば、シュパンダウの烏合(うごう)の衆(しゅう)の1人ではなく、乗員として職務を完遂(かんすい)すると心に誓った。そして、必ず戦い抜いてエルベ川を生きて渡れる望みと自信を持った。

 

 後編へ続く

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搭乗人物  《年齢は1945年5月7日時点》

超重戦車E-100Ⅱ《ツヴァイ》 ザ・マムートの搭乗員

車長:メルキセデク Melchisedek《平和》・ハーゼ Hase《兎》

 武装親衛隊の戦車兵軍曹 車長経験者 1926年3月生まれ 満19歳

砲手:バラキエル Barachiel《雷》・リヒター Richter《裁判官》

 陸軍戦車兵伍長 砲手経験者1927年1月生まれ 満18歳

弾頭装填手:ラグエル Raguel《友》・ベーゼ Boese《悪》

 クルップKrupp社の工員1928年2月生まれ 満17歳

装薬装填手:イスラフェル Israfil《喇叭(らっぱ)》・バッハ Bach 《小川》

 クルップ社の工員1928年10月生まれ 満16歳

操縦手:タブリス Tabris《自由》・クーヘン Kuchen《ケーキ》

 クルップ社の工員1928年3月生まれ 満17歳

無線手:アルフォンス Alfons《守護》・シュミット Schmitt《鍛冶屋》

 ヒトラーユーゲント《HJ》の小国民隊の隊員 1930年11月生まれ 満13歳

 

ビアンカ Bianca《未来》・フライターク Freytag《金曜の美神》

 アルフォンスの同級生でドイツ少女団《BDM》の幼女隊の隊員で中隊指導者補佐だった女子 1930年4月生まれ 満14歳

 妹《ヘンリエッタ Henrietta 1937年9月生まれ 満7歳》と弟《フリオ Julio 1939年6月生まれ 満5歳》が同行

 

其の他大勢

避難民、工場作業員、行政官、ドイツ軍将兵、国民突撃隊員、ヒトラーユーゲント《HJ》の団員、ドイツ女子同盟《BDM》団員、ソ連兵、アメリカ兵など

 

 

前編 時系列

1945年

3月29日 木曜日 曇りのち晴れ

パーダーボルン市のクルップ社の工場から鉄道移送

 午後6時 平床貨車に積まれたマムートと無蓋貨車に載せた備品は、パーダーボルン市の工場から鉄道輸送でベルリン市のクルップ社へ向けて移送開始。《移送は夜間のみ》

 

4月2日 月曜日 晴れ

マグデブルク鉄橋手前の退避線

 午前4時半 エルベ川のマグデブルク鉄橋手前の退避線で、年輩の熟練工員の3人が脱走。しかし残った若手工員3人で移送を継続。

 

4月5日 木曜日 曇り

ブランデンブルク市のオペル社の工場

 午前4時 ソ連軍が接近するベルリン市のクルップ社を避けて、ベルリン市西方のブランデンブルク市のオペル社の工場へマムートは運ばれた。

 

4月7日 土曜日 曇り

ブランデンブルク市のオペル社の工場

 午前6時 形にされた砲塔と主砲と装備部品がベルリン市のクルップ社の工場から運ばれる。以後、4月29日まで、砲塔の作動試験と主砲の取り付けの調整と加工修正が繰り返えされる。

 

《マグデブルク市がアメリカ軍に占領される》

 

4月20日 金曜日 曇り

ベルリン市のシュパンダウ地区

中学校最終学年の14歳と15歳のヒトラー・ユーゲント隊員達は召集されて、接収された小学校で国民突撃隊の兵士として軍事訓練を受ける。

携帯火器の取り扱いと体力作りのみの応急的で簡易な軍事教練は、4月23日まで授けさせられた。

 

4月24日 火曜日 曇りのち俄雨

ベルリン市のシュパンダウ地区の大通り

 午前6時 携行食糧が配れ、ヒトラー・ユーゲントの隊員は小学校から大通りの交差点へ移動。

 午前7時半から午後5時 交差点に路面電車を並べてレールの杭で固定する。

 守備場所の大通りの爆弾穴で就寝。

 

4月25日 水曜日 曇りのち晴れ

ベルリン市のシュパンダウ地区の大通りの塹壕

 午前7時から午後3時 固定した路面電車を瓦礫で固めて対戦車障害物として完成させる。

 午後3時から午後6時 守備場所の爆弾穴に塹壕を掘る。

 午後6時半 ファストパトローネが配られる。

 

4月26日 木曜日 晴れ

ベルリン市のシュパンダウ地区の大通りの塹壕

 午後3時 塹壕線がソ連軍に砲撃される。

 午後3時半 路面電車を圧し潰して敵の戦車と歩兵が攻撃して来て、塹壕に潜むヒトラー・ユーゲント隊員達は、アルを残して全滅。

 午後3時40分頃 アルはファストパトローネで反撃してソ連軍の動きを停める。

 午後5時頃 大道りから逃げたアルは、西方へ逃れる避難民達に紛れてベルリン市を脱出。

 

4月27日(金曜日)曇りのち雨

シュパンダウ地区からブランデンブルク市の大学病院へ

 午後5時過ぎ 夜通し、携行食糧の残りを齧りながら避難民達と歩いて来たブランデンブルク市の

大学病院で、炊き出した食べ物が配られる列に並ぶ。

 

(ベルリン市のシュパンダウ地区がソ連軍に占領される)

 

4月28日(土曜日)

ブランデンブルク市のオペル社の工場

 午前7時半 陸軍病院で手当てを受けたメルキセデク軍曹がダブリスに懇願されてマムートの車長になる。

 午前8時 アルはブランデンブルク市の大学病院の玄関脇に居るところを、ダブリスと車長のメルキセデク軍曹にオペル社の工場へ連れて来られる。

 午前10時 マムートにアンテナを取り付けて無線機の送受信を調整する。ラグエルとイスラフェル・バッハは装填を想定した訓練を繰り返す。

 午後1時 工場の車内残存品倉庫と輜重部隊の倉庫へメルキセデク軍曹と一緒に行き、機銃と携帯火器と弾薬に食料品と生活用品を調達する。

 午後4時 メルキセデク軍曹と一緒に同軸機銃と対空機銃を取り付ける。

 

《ゲンティン駅から西方への次の駅になるブルクの町の共産主義者達と民主主義者達が、ソ連軍を無抵抗で向かい入れる》

 

4月29日 日曜日 曇り

ブランデンブルク市のオペル社の工場

 午前7時 戦闘糧食とマムートの迷彩用塗料の調達。

 午後2時 修正された砲身が砲架に組み込まれる。

 午後4時 砲塔が車体に載せられる。

 午後4時半から6時 6人全員で迷彩塗装をマムートに施す。

 

4月30日 月曜日 曇り

ブランデンブルク市のオペル社の工場からゲンティン駅へ

 午前8時 砲手のバラキエル・リヒター伍長が連れて来られる。

 午前9時 主砲の点検操作と稼動試験と仮標準調整。

 午前10時から12時 工場のリフトを使い、弾頭と装薬筒をマムートに積み込み作業。

《徹甲弾頭25発、榴弾弾頭5発、装薬筒30本。規定より5発分多く搭載する》

 午後1時から午後4時 工場敷地内で機動訓練。

 午後4時 平床貨車へマムートを積載する。

 午後7時 避難列車に連結してゲンティン駅へ移動開始。

 

5月1日 火曜日 薄曇り

ゲンティン駅の駅前広場

 午前2時半 マムートを摘んだ平床貨車がゲンティン駅に到着。

 午前3時半 平床貨車から貨物用プラットホームに、それから駅前広場へとマムートを移動させる。

 午前4時半から6時 明るくなりきる前に伐採した街路樹の枝で、マムートをカモフラージュする。

 午前6時から9時半 2台のクレーン装備の牽引車が協力して、無蓋貨車から備品を降ろし、戦闘用履帯を伸ばして並べる。そして、それらもカモフラージュする。

 午前9時から午後6時 敵機の襲来を警戒しながら外側転輪の取り付け。

 

《ブランデンブルク市がソ連軍に占領される》

 

5月2日 水曜日 薄曇り

ゲンティン駅の駅前広場

 午前6時半 無線機で聴いていたラジオ放送が、総統はベルリン市の市街戦で戦死したと報じる。

 午前7時から午後6時 敵機の襲来を警戒しながら戦闘用履帯に交換。

 

《ベルリン市全域がソ連軍に完全制圧される》

 

5月3日 木曜日 晴れ

ゲンティン駅の駅前広場

 午前7時から午後6時 敵機の襲来を警戒しながら戦闘用履帯に交換と、砲塔側面のフックに予備履板を掛ける。

 

 午後5時過ぎ 夕暮れの薄明かりの中を歩くビアンカと家族がいる避難民の列を、ソ連戦車隊が横断して行き、其の際に、母が足に怪我を負ってしまい、陸軍の野戦病院へ運んだ歯はの付き添いに父が残った。そして、両親はビアンカに妹と弟と共にエルベ川を先に渡っていろように指示する。それで、ビアンカ達3人の子供は両親と離れてしまう。

 

5月4日 金曜日 曇りのち晴れ

ゲンティン駅の駅前広場からアルテンプラトウ村の駅舎前へ

 午前6時から午後2時 カモフラージュの補完と整備確認と休養。

 午後2時 低い千切れ雲が多い空を対空監視しながらフェアヒラント村を目指して低速で移動開始。

 午後4時半 アルテンプラトウ村の駅前から東隣のブラッティン村へ進出したソ連軍の威力偵察隊を撃破。