遥乃陽 novels

ちょっとだけ体験を入れたオリジナルの創作小説

人生は一回ぽっきり…。過ぎ去った時間は戻せない。

弓と矢 (僕 高校二年生) 桜の匂い 第六章 壱

 二学期に入って直(す)ぐに、弓道部の部長に選ばれた。
 早々に自分専用として、今まで使っていた弓道部備品の弓矢と懸(か)けを、後輩に譲(ゆず)り渡して、市内の弓道具屋で、新しい弓矢と懸けを購入した。
 道着も、新調する。
 全(すべ)て親父(おやじ)の工場で、アルバイトをした報酬の金銭で買った。
     *
 高校生になってからは、『モノ造りを目指したい』と言った所為なのか、請(う)け負(お)った仕事の納期間近になると、親父から度々(たびたび)、僕は加工の手伝いを依頼されていた。
 試合の無い日曜は、朝から晩まで、親父の工場で働く。
 平日も部活が終わる頃に、親父は愛車のスポーツカーで校門まで迎(むか)えに来る。
 スポーツカーは、二年前の黒壁山(くろかべやま)に御参(おまい)りへ行った帰りに、言霊(ことだま)で祟(たた)られてしまった親父のお気に入りだ。
 そのスポーツカーの市販車名称は、コスモと言い、厳密に分類すると、パワフルなエンジンを積んだスポーツカースタイルのツードア普通車で、どちらかというと中年以上のオッサンが運転する機能充実、安全性重視の高性能ラグジュアリーカーだ。
 重い車重は、気軽にブラインドコーナーで、ドリフトの真似事(まねごと)をするのには不向きだろう。
『ハイオクタンガソリン仕様の、スリーロータリーエンジンは、燃費が悪くて、エコロジーに逆行だけど、過激な吹け上がりと、滑(なめ)らかに素早く伸びる、加速のレスポンスの良さが堪(たま)らない。必要な時に望んだパワーで、イメージ通(どお)りのポジションへ速(すみ)やかに動き、それが、ステアリングに、がっちり来るのが気に入っている。それに、ボディデザインに自己主張が有る。エアロなスタイルは、高速になると、空気の流れでボディを、路面に張り付くように押さえて、安定させるんだ。なんか、ネバッとする感じかな』
 親父は、自分の言葉に感慨(かんがい)深(ぶか)く頷(うなず)きながら言っていた。でも、あまり、自動車(くるま)のメカニズムに興味の無い僕には、殆(ほとん)ど何の事か、理解できなかった。
 そんな拘(こだわ)りで親父の乗るユーノスコスモは、かなり以前に、車種とブランドが絶版になっていて、結構な希少車になっているらしい。
 工場でのアルバイトは、自動加工機の素材セッテングと加工プログラムの作成、そして、加工完成品の仕上(しあ)げだった。
 数値制御された自動加工機とは、ATCと呼(よ)ぶ自動工具交換装置を備(そな)えて多軸で加工するマシニングセンターや、CNCと呼称(こしょう)される切削加工機だ。
 他にも、電気スパークの熱で金属ブロックの一部を溶融して燃焼除去させ、製品形状を残す放電加工機や、そのスパーク熱で金属板を融解切断するワイヤーカット加工機などを扱(あつか)わされた。
 殆どの加工機は、僕がプログラミングした加工のアルゴリズムに従(したが)って、自動で稼働(かどう)してくれる。
 それ故(ゆえ)に、客先から受注した製品の仕上がりと納期は、僕の作成したプログラム次第なので、責任は重大だった。
(親父ぃ、もっと、バイトの時給を上げてくれ!)
 平面的に描(えが)かれた2D図面や立体で作成された3D図面のCADデータを、CAM『キャム』と言うコンピューターソフトウエアを使い、加工プログラムに変換して加工機に入力する。
 親父はこのプログラミングや加工を、サーバーコンピューターを介(かい)したウィンドウズノートパソコンで、オンライン化していた。
 世間一般的に図面と言うのは、専門的に2D図や二次元図と呼ばれる紙面へのプリントやパソコン画面へ映(うつ)し出す製品の六面を平面へ展開した図だ。
 前から見て、横から見て、上からや下から見て、後ろからも見てといった具合で、見た方向の面の図が図面用紙の、そこここに作図のルールに従って描かれている。
 最初に見た時は、そこに描かれた横や縦や斜めに走る線と、ごちゃごちゃと並ぶ数字や文字が、さっぱり理解できなかったけれど、作図法の一角法や三角法の読み方と、記号や数字や文字の意味を、親父から説明を受けると、学校で習(なら)う製図の知識も手伝って、直ぐに、立体の形が想像できるようになった。
(絵を描き出す時と、彫刻を作り始める時の、イメージ造りに似(に)てるかも)
 コンピューターの画面上に立体で物体その物の形を描き、ぐるぐる回転させたり、半透明にしたり、適当な位置でカットして、断面を見たりする3D図や三次元図と呼ぶ図面も、直ぐに、親父からCAD『キャド』と呼称される、コンピューター作図支援ソフトの操作を教え込まれて、パソコンの画面で、2D図や3D図の解(わか)らない部分や寸法を確認できるようになった。
 今では、2DCADも、3DCADも、自由に操作して快適な作図ができる。
 親父が言うには、2D図を見て3D図を、3D図を見て2D図を、イメージできるのが、金型設計者の技能の基本で、イメージできなければ、金型技術者や金型職人とは言えないそうだ。
 その加工する金型の部品の形状から、流し込まれるプラスチックに転写されてできる製品の形まで、また、その逆からも、金型の形状を想像できて当たり前だとも言っていた。
 終業時は加工材をセットした機械のプログラムをチェックしてから加工をスタートさせて帰る。
 プログラムした加工は所要時間を正確に管理されて、大抵(たいてい)は朝までに終了していた。
 トラブルは稀(まれ)にしかなかったけれど、機械が異常停止すると、親父の携帯電話に状況の詳細を知らせて来る。
 トラブルの詳細状況は、家のパソコンでも確認できて、火急(かきゅう)の案件だと、親父は急(いそ)ぎ工場へ向かう。
 親父は全ての加工機の動きを、パソコンでモニタリングするデータ管理をしていて、稼働状態や異常時の製作状況と、各加工機のカッターの送り速度の変動や過負荷(かふか)などのパフォーマンスを、リアルタイムに履歴(りれき)を記録監視していた。
 更(さら)に、自動加工のプログラムを最短加工工数になるように、アルゴリズムを工夫(くふう)して、加工時間を短縮し生産性をアップさせ、客先から定期的に要求されるコストダウンに応(こた)えている。
 短納期で安価、品質も維持(いじ)どころか、向上させ、それでいて時間と気持ちに余裕を持って仕事と人生を楽しんでいる親父を、僕は心底凄(すご)いと思っていた。
 親父は、褒(ほ)めて人を使うのが上手(うま)い。
 よく煽(おだ)てられて、ムズいのや面倒(めんどう)なのを遣(や)らされている。
 古い加工機の取り扱いに慣(な)れてくると、幾つのも最新の自動加工機を任(まか)されて、アルバイトといえども、かなりハードで忙(いそが)しかった。
 今では、汎用(はんよう)の手動加工機も、普通に扱えるようになったけれど、砥石(といし)の円盤が高速回転する成形研削盤だけは、五感に頼(たよ)るところが多くて苦手(にがて)だ。
 時給は良くて、親父は、仕事の結果に見合った分だけ払(はら)ってくれた。
 親父の工場の最新加工機械に比(くら)べたら、学校の機械実習で使う教材の機台は、レトロなおもちゃみたいな物だった。
     *
 和弓(わきゅう)は平安京(へいあんきょう)の時代に、ほぼ現在の形に成(な)ったらしい。以来、力学的に変化は無く、僅(わず)かな改良のみで、基本の形状や仕組みや部品と、それらの位置関係は同じだ。
 南北朝(なんぼくちょう)や鎌倉(かまくら)や室町(むろまち)の時代に描かれた絵画の武士達も、同じ形の弓矢を持って戦っている。
 平安京の蔵人(くろうと)や検非違使(けびいし)に端を発する侍(さむらい)が体得する武術は、体術、剣術、槍術(そうじゅつ)などが有り、そして、弓術と馬術は必須(ひっす)の武芸だった。
 飛び道具が卑怯(ひきょう)とする考えは、江戸(えど)時代に庶民(しょみん)や下級武士の間に広まったが、兵法的には、弓や鉄砲などの遠距離戦術は最重要戦力であった。
 ドラマや映画では、鍛(きた)え上げられた剣の腕前を斬(き)り結(むす)ぶこともなく、離れた場所から異(こと)なる武器で狙(ねら)われた時、それは『卑怯だ』と言っている。
 しかし、狙われる相手も、その術(じゅつ)に於(お)いて鍛錬(たんれん)しているのだから、予(あらかじ)め約束や決め事が無ければ、卑怯じゃないと思う。
 戦いでの有効な手段を、どれだけ多く持つかが、勝敗を左右し、決定付けるので、全然、僕は卑怯じゃないと考えている。
 所詮、『卑怯』は、負けそうになる時に対戦相手へ向けて言う、言い訳染(じ)みた罵(ののし)りと僻(ひが)みに過(す)ぎない。
 弓道部指針として弓道部は、今まで通り、『精神修業の弓道により、人格の完成を目指す場とする』とし、部員には、『弓道の礼儀作法と、精神鍛錬と、射法を教えて指導していく』とした。
 しかし、これは建前だ。
 スポーツとして弓道が在り、的中数(てきちゅうすう)を競(きそ)う試合に参戦して、部として活動予算が学校から支給されるのであれば、それなりの努力をして、技量を向上させた結果を出し、学校の名誉に貢献すべきで、そうしなければならないと思う。
 僕個人は、試合に勝つことを目標にしていた。
 これからは、『勝つ』を、弓道部全体に徹底させて行く。
 団体戦は、二位以上で評価されるが、二位ばかりだと、弓道部の年間予算の現状維持が精一杯だった。
 個人戦だと、一位でないと学校側に認(みと)めてもらえない。
 ここ数年、団体戦で優勝は無くて、個人戦も二位止まりだ。
「団体戦も、個人戦も、勝たなければ、意味が無い! ヒーローに、ヒロインになれ! 男子部員も、女子部員も、各自、トップを目指せ!」
 『各自、奮闘努力せよ』だ。
 弓道部部長方針の第一声で、僕はそう言い放つ。
 よく継続はパワーで、努力の継続は報(むく)われると語られるけれど、試行錯誤の無い努力を続けているだけなら、結果を表現できない。
 希望・目標への堅(かた)い決意だけの、何処(どこ)か、無作為な努力モドキを繰(く)り返す、そんな、努力は報われが足りなくて、間違っていると思う。
 僕は今、成長期だ。
 一日一日と体格や動作が変化している。
 呼吸のリズムもそうだ。でも、肉体の急速な成長に、精神の成長が追い付いていなくて、その鍛錬に、いつも試行錯誤していた。
 『健全な精神は、健全な肉体に宿る』とされているけれど、精神の健全化は、後付けなのだろうか?
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 偶(たま)に中学生で、弓道を始める人がいるけれど、高校三年生の今も、以前と比べて幾分か遅くなりはしたが成長し続けているのに、急速に体格が成長する十代前半の発育期に、右手で弦を強く引かせ、左手を真っ直ぐに伸ばして弓を押す、そんな、アンバランスな負荷を、両肩に加えて良いものだろうかと思う。
 とある試合会場で、加賀(かが)の小松市(こまつし)と能登(のと)の七尾市(ななおし)の高校の顧問先生が、そんな事を話していたのを、近くで聞いていた。
『肩と腕の筋肉が……、特に右の筋肉が発達する弓道を、著しく骨格が成長する、十歳から十五歳の時期に、させても良いものだろうか』と、意見を交換していて、二人とも、骨格や筋肉の生成が、完成しつつある高校生や大学生でも、偏(かたよ)ってしまうのだから、将来的な身体全体の健康を考えると、奨励(しょうれい)できないだろうの結論で一致(いっち)していた。
 そう言えば、小学生低学年児童が背負う、ランドセルやバックパックと、それに入れて持ち運ぶ教材の重量にも、問題が有ると思う。
 ランドセルと教材の重さは、約四キログラム以上、しかも、背負いの嵩張(かさば)る荷物になるから、街中の狭(せま)い通学路では危険だし、危機回避の俊敏(しゅんびん)な動作の妨(さまた)げになる。
 まったく、こんな幼少の時期から、背負わされている重い学校の道具こそ、日本人の猫背やヘルニアの原因ではなかろうかと考えてしまう。
 重さに耐えられなくなったのは、小学校二年生の時、以後、積極的に学年委員や係りに立候補して、その関係の用具準備室の隅にに、金属の缶に教材を入れて隠していた。
 先生へ提出用は、別にしていたけれど、ノートは全教科通しで使うレポート用紙一冊だけ、それと、ペン入れだけを薄いバックパックで運んでいた。
 中学校も、高校の今も、教材は全て、愛用の缶に入れて部室に置いてある。だから、『好(い)い加減、発育傷害の懸念(けねん)と、安全性の不安に、早く気付いてくれよ。大人社会!』って、感じだ。
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 射場に立つ時は、気持ちや動作やリズムを安定させなければならない。
 毎日、落ち着いた気持ちで、弓を構(かま)えられるように、その日、その日の最初の一射で、自分の状態を掴(つか)んで調整する。
 放課後の弓道場で放つ、最初の矢の飛びが、その日の僕の身体の成長と精神状態を現(あらわ)していた。
 基本的に弓道は、弓で矢を射(い)て、的(まと)に当てるだけの単純なスポーツだ。
 自分が、弓を引いて矢を放つだけで、誰(だれ)かのサポートを得て、得点をすることはない。
 相手から攻(せ)められる事も無いが、的に中(あ)てれない技量不足や、中て続けれないような鍛錬不足の軟弱な精神だと、試合での優勝や上位入賞は望めない。
 全くの、個人プレーだ。
 気持ちを静め、姿勢を正して、礼を用(もち)い、弓と矢と己(おのれ)の技量を知り、技量と精神力を向上させるべく、常(つね)に意識して繰り返し練習する。
 道で在る以上、日々の練習から、平常心を保(たも)ち、モチベーションを上げ、集中させる術(すべ)を見付け出し、己なりの工夫をして、常に身に着くように、努力しなければならない。
 僕は、弓を射る以外の普段の生活でも、それらを常に意識し、考えて行動した。
 今日の自分を、明日(あす)の自分が超(こ)えるという、意識的な精神的の鍛錬が必要だった。
     *
 購入した弓矢を、イメージカラーでコーディネートする。
こんな些細(ささい)な事が、射場に立つ気持ちを静め、平安に保ち、弓を構えて矢を射る事へ集中させてくれる。
 弓を包(くる)む、巻き布の弓巻(ゆみま)きに、弓巻きの上から被(かぶ)せる石突(いしつき)のカバー、矢を入れて持ち運ぶ矢筒(やづつ)、矢筒を弓に留(と)める飾(かざ)り紐(ひも)も、好(この)みの色調や柄の物を購入しているが、市販品に無ければ、自分でデザインして製作していた。
 更に、集中力を高め、必中必勝の願掛(がんか)けのアクセントとして、パソコンで描いた魔法円陣を小さなシールにして、弓と矢筒に貼(は)り付けた。
 春の試合で、黒いカーボン製の弓に細かい漢字が白漆(しろうるし)で書かれているのを見た。
 たぶん、願掛けだと思うけれど、びっしりと呪詛文(じゅそぶん)か、漢文を書いて有るのを、まじまじと見ていた。
 その弓は、裏表の隅々まで小さな白い漢字が書き込まれて、少し離れて見ると、全体が灰色のように見えた。
 初めて見る、その灰色の材質を知りたくて近寄り、書き連ねた文字を読んで、僕は、文章が自己主張の写経文だと理解した。
 灰色に見えた弓は、漢字との和風合わせだったけれど、僕は全世界からパワーを得ようと、魔方陣も使って和洋折衷(せっちゅう)にする。
 魔方陣も、専門書で調べた、剛健最強必中攻撃型陣の寄せ集めで、術式の反動除(よ)けに、陰陽の九字(くじ)も入れてある。
 しかも、赤紫と青紫が主体の蛍光色仕立(じた)てだ。
 魔方陣は、目立たなくてはならない。
 引きの強い弓は、流行のカーボンファイバー製じゃなくて、竹と木を膠(にかわ)で貼り合わせた、古来からの伝統的な製法の三層構造の竹弓にした。
 自分好みの想い入れをする為(ため)に、弓の両端へ、明るいグリーンと淡(あわ)いピンクのラインを巻く。
 弓は、弦(つる)を外(はず)した状態では裏反(うらぞ)りをしている。
 裏反りしている弓の上端の『ウラハズ』に、弦端(つるばた)の赤布を巻いた日輪(ひのわ)を引っ掛けてから、体重を掛けて弓を逆反りさせ、弦を紙縒(こよ)った向きへ、二、三回転させてから、弦末(つるすえ)の白布に巻かれた月輪(つきのわ)を、下端の『モトハズ』に嵌(は)めれば、弓は矢を射れる形と成る。
 大抵は、弦を折り曲げてしまわないように気を付けながら、月輪を口に咥(くわ)えながら慎重に行う。
 これが、結構きつくて、体重を掛け損(そこ)なうと弓は撓(しな)らないし、押さえる手が滑(すべ)ってバランスを崩(くず)してしまうと、跳(は)ねる弓が足に当たり、赤痣(あかあざ)になるような打撲を負(お)う事も有った。
 市販されている矢は、矢柄(やがら)の材質に、竹、ジュラルミン、カーボンファイバーなどが有る。でも僕は、それらの市販品を買わずに、親父に頼み込んで、チタン合金製の矢柄を造って貰(もら)った。
 チタン合金は、ジュラルミンより少し重いけれど、矢を少し重くした方が、強い弓の射出力に負けずに良く飛ぶ。
 表面も、親父の知り合いの工場で、鏡のように磨(みが)いた。
 矢尻(やじり)と筈(はず)も、親父の工作機械を使って、チタン合金から削り出して造った。
 加工精度はバッチシで、矢柄の内径との合いは、しっくり嵌まり、外径も段差は無くて、磨くと、まるで削り出した一体物のようだった。
 矢羽(やばね)は、弓矢といっしょに弓道具屋で、何の鳥の羽根か知らないけど、丈夫(じょうぶ)そうな白い羽根を買って来た。
 羽根にも、後端(うしろはし)に蛍光のグリーンとピンクのラインを入れる。
 この、映(は)える色を入れるのには理由が有り、大砲から撃たれた砲弾の飛翔(ひしょう)を確認する曳光(えいこう)のように、的や安土(あづち)に刺さった矢の位置を知る為で、故(ゆえ)に二十八メートルも離れた、モノクロの的や赤茶色の安土をバックに、遠目にも目立って、良く視認できる映える色として、イメージカラーを用いた。
 放った矢の刺さった場所を正確に知る事ができれば、次に射る矢の照準とタイミングを大体などではなく、微調整する事が可能になる。
 矢の羽は、一枚の鳥の羽根を真ん中の芯で半分に分けて作るから、一セット四本の矢には、六枚の同じ模様や色の鳥の羽根が必要だ。
 羽は矧(はぎ)と言う細い糸で、矢柄に固定する。
 矧も、グリーンとピンクの色に染めた。
 羽を矢柄に正確な向きと角度で着けるのが、一番、手間が掛かって、面倒臭い。
 羽の位置と角度を揃(そろ)えなくちゃいけなくて、一本の矢に三枚の羽を、百二十度の角度開きで、接着剤を薄く塗り付けて、均等間隔に接着して取り付ける。
 羽の先端は、二通りに曲がっていて、一本の矢に使う三枚の羽の先端は、全て曲がりの向きを同じにしなければ、ジャイロ効果の有る回転はせず、真っ直ぐには飛ばない。
 矢を番えて、羽根の先端が手前へ曲がっているのを甲矢(はや)と言い、右回転しながら飛ぶ。
 向こうへ曲がっているのは、左回転で飛び、乙矢(おとや)と言う。
 矢を回転させて飛ばすと、直進性が増して飛翔は安定する。
 なぜ、安定するのか?
 もっと、直進性を強めて低伸(ていしん)させれないのか?
 それらを調べてみると、これは、矢の自転運動で飛翔姿勢を乱(みだ)さないのは、ジャイロ効果の作用で、学術的には、転向力やモーメントの性質が、どうこうと難(むずか)しい法則が有るらしい。
 それで、高回転になると、直進性が良くなるけれど、前進させる飛翔力に対して横方向への回転の抵抗で、回転を発生させる矢羽根の部分から振動し始めて、矢はケツを振って失速しまうって事だ。
 だから、鳥の羽根の先端の曲がり以外に、回転の要素は加えない。
 甲矢と乙矢を、交互に射るのが基本らしいけど、僕は、全く、見分けずに構え、全く、気にせずに射る。
 矢を射る直前に、余計な神経を使いたくないし、細かい事に囚(とら)われて、集中力を削(そ)がれたくなかった。
 当たる矢も、羽根先の曲がりが、どっちだなんて気にしていたら、外れてしまう。
 アホ臭くて、僕は敢(あ)えて無視している。それに、こういうのは、本当に、面倒臭い!
 僕の弦は、伝統的な麻弦(あさつる)を使う。
 強靭(きょうじん)なアラミド繊維やナイロン繊維などの化学合成繊維製が主流だけれど、ネチャネチャと粘(ねば)って指に纏(まと)わり付いて来る麻弦の方が、合板の弓と共に、生き物ぽくって好きだ。
 それに、矢を放った弦の音(ね)が、耳に心地良いと思う。
 弦には、矢の筈をガタつかずに上手く嵌める為の中仕掛(なかじかけ)を、張り詰めた弦の適所へ、切れたり折れたりして使えなくなった麻弦を解(ほぐ)して、繊維状にしたモノを巻き付けながら、木工ボンドで固めて作るのも楽しい。
 筈がガタつかずに中仕掛へ嵌り、且(か)つ、離れ易いようにするのが肝心だ。
 ガタが大きいと、矢はブレるし、キツく嵌ると、筈の離れに加わる抵抗で、失速した矢が的の手前で落ちたり、予期しない方向へ飛んだりする。
 酷(ひど)い場合は、筈だけが中仕掛に嵌ったまま、残ってしまう。
 これは、銃砲用語で謂(い)う所の、暴発やジャムになって、非常に危険だ。
 だから、当然、筈の溝幅や深さを自分で均一にする。
 矢柄と筈の嵌り具合もそうすべきで、溝幅と中仕掛の太さは、自分でチェックゲージを作ったり、ノギスで寸法を測ったりして確認と微調整をしている。
 弦を引く右手に着ける『懸け』は、『弓懸(ゆが)け』とも呼ばれ、弦を引っ掛けて引き易くし、指と手首を保護する道具だ。
 僕は、弦を掛ける段差の角(かど)を削(けず)り、緩(ゆる)やかで滑らかなスロープにした。これで、僅かに親指を開くだけで矢を放てる。
 懸けの巻き帯(おび)も、グリーンとピンクのツートンカラーにした。
 僕にとって、明るいグリーンと淡いピンクは、彼女のイメージカラーだ。
 彼女に……、(まだ、試みもしていなくて、未経験だけど……)触れるように、優しく丁寧に弓矢を扱う。
 強くて扱い難(にく)い弓、光輝いて眩(まぶ)しい矢、弦を引き易く、そして、放ち易くする為の工夫を施(ほどこ)した懸け、どれも、彼女と同じように気難しい気がしているけれど、優しくだ。
 急速に弓道部の練習内容を変えて、試合に勝つ為のカリキュラムにしていった。
 金石(かないわ)の浜までの走り込みは、週に二回。
 筋力アップのサーキットトレーニングは、シングルトーレーニングにする。
 立ち姿勢を保ち難い砂浜では、基本の八節(はっせつ)の練習を主体にした。
 弓道場に戻(もど)っても、ダンシングスクールのように、一面の壁全体に貼られた大きな鏡の前で、弓を持たせて八節の形作りを徹底させる。
 八節は、矢を和弓で射るのに、理に適(かな)った動作の形だ。
 部員全員で互いの形を修正し合っているが、特注の移動式で大型の鏡と巻き藁(わら)をセットにして、矢を射る全身姿勢を、自分で確(たし)かめながら、己の癖(くせ)を自身で理解して直(なお)せるようにもした。
 部員のみんなと話し合って、練習カリキュラムを補正し、部活全体を矢を的へ当てる事に徹底させて行く。
 座学も良く行い、弓道の作法や礼儀や精神鍛錬、それに、名称呼称や道理などを話したが、盛(も)り上がるのは、的に当てる為の、技法と集中力強化のメンタルだ。
 どうすれば……、どんな練習をすれば、アニメや映画や日本史のエピソードのように、遠距離から確実に、小さな的に当てれるのかだった。
 的に当てるには、当てるなりの工夫や研究や根拠が必要だ。
 無心に心を静め、精神を集中させて、己自身と戦うだけの精神鍛錬の繰り返しは、個人の自己満足の悟(さと)りのみで、弓道部としての結果を、何も導(みちび)く事はできない。
 そう、精神論には、科学的なセオリーとロジックが欠けている。
 一年生の射場に立つ回数を増やし、力量が有れば、試合に出して試合場面を経験させる。
 他校との交流試合も、毎週のように行って、部員全体の力量を上げた。
 センスは、確かに大切だが、場数を熟(こな)した経験値も大事だ。そして、試合に勝てば、部員達の士気は上がり、より、情熱的に練習に励(はげ)んでくれるだろう。
 顧問の先生は、弓術に偏り過ぎだと、異議を唱(とな)えるけれど、やはり、現実は、矢を的中させていなければ、結果として認められる事はなかった。
 顧問の先生や大人達やOB連中にすれば、『今まで、先輩達に従ってきたから、今年も、これからの将来も、今までと同じようにする。
 我々は、酷くても、辛(つら)くても、先輩達から、そう教わってきたし、先輩達も、そうしてきた。
 理由は、いろいろ有るが、今まで通りするのが、一番いいんだ』と、まるで、過去をなぞる伝統は、洗練された事だと思い込まされて……、いや、洗脳されているみたいだった。
 そんな、説教じみた返答をされるだけで、面倒の無い、無難な、思考が停止しているような言い分でしかない。
 大抵は、そんな在り来たりの一辺倒な、説明にならない理由を良く考えもしないで言ってくれた。
 精神論的にショートしているのは、全体的にクリエイティブじゃない連中の発想だ。
 管理し易い社会人を育成する、屈折(くっせつ)した大人達都合の考えだ。
 その、非進化的で愚鈍(ぐどん)な指導を、僕は理解も納得もできない。
(もっと、今まで、当たり前だと思っていた、全ての事柄(ことがら)に、疑問を持て!)
 この鵜呑(うの)みにできなくて疑(うたが)う思いは、今後の僕の人生の信条になりそうだ。
(過去に、例が無ければ、新たに、例を作ればいいじゃんか!)
     *
 弓矢を自分好みに整(ととの)え、部長方針の練習方法も徹底された頃、弓道の認定審査会以後、一ヶ月余りも、途絶(とだ)えていた彼女からのメールが着信した。
 気不味(きまず)さに、僕からのメール交換を中断していたので、彼女から先に送られて来たメールは、僕を嬉(うれ)しさで興奮させた。
 久々のメールには、長距離を歩く学校行事に挑(いど)む、彼女の心境が綴(つづ)られていた。
【明日は、学校行事で長距離を歩く。しんどいから歩きたくない。歩く意味理解不能! 強制で、強行なんだぞ! 強歩(きょうほ)だよ! しかも、タイトルに『祭り』が付くんだ。泣きたくなるフェステバルなんて、笑っちゃうわ。それに、歩行祭のスローガンは、『精神力』、『思い遣り』、『自己管理』で、意味不明。捻(ひね)りの無さは、毎年同じだよ……】
 一年生の時は雨天でも決行されて、散々ブー垂(た)れたメールを送り付けて来た彼女だが、今年は意味や効果や発想原点を、少しは考えているようだ。
【こっちは、十キロメートルを走るのがあるよ。僕は部活のノリで遣っているけど、そうでない人らにゃキツイだろうな。真面目(まじめ)に遣んない人も多いし。あっ、僕も真面目に遣ってるわけじゃないよ。ただ自分のタイムに挑戦しているだけ。他に意味は無い。去年も、今年も学年で十位以内だぞ。これってスゲくねぇ? まぁ、そっちのただ歩くだけっちゅうのは、キツイね! 全然、笑えないね! 泣きたくなるのは解る。同情するよ。学校行事だから、バックパッカーのような自由さや、自分探しみたいなのも、無さげだしね。それって、意味有るん? 筋が通る理由付けのボイコットをしても、内申に影響するんだとしたら、最低最悪の大人都合だよな!】
 たぶん『長距離歩行祭』とか、単に『歩行祭』とかいう行事名で、理不尽に開催されて参加を強要するのだろう。
 僕は直ぐに、不可解さと哀れみの同情メールをフレンドリーな文体で返信した。
 彼女の気持ちは、良く分かる。
 彼女が感じているように、ジャパン・ディフェンス・フォースや企業の新入社員教練じゃあるまし、公立の進学主体の普通高校が行うべき、学校行事なのだろうか?
 しかも、雨天の決行も有りなんて、三つの標語の『精神力』、『思い遣り』、『自己管理』は、雨天でも歩き通す事で、その意味と繋がるのだろうか?
 標語の内容は、強制される団体行動で大勢が助け合い、励まし合って成し遂(と)げる事に在るのだろうか? それとも、管理し易い従順な人々を育成する事が目的なのだろうか?
 恐らく、その両方が目的だと思うけれど、理屈と整合しない不合理で無意味だ。
(それは、前世紀の未成熟的な考え方で、グローバル化しているジェネレーションやビジネスと、ギャップが有り過ぎだろう)
 バリバリの進学主体の普通高校の生徒達が、立ち向かうべき、個人個人の大学受験戦争は、団体による勝ち残り戦じゃないのに…… と思う。
 現実に沿ぐわない大儀名文が、不自然な啓蒙意識を参加した多くの生徒達に植え込み、疑問を感じる少数の生徒達を脇へ追い遣り、差別化して行くのかも知れない。
 憂国(ゆうこく)に扇動(せんどう)された、全体主義思想全盛時代の反戦運動のように……。
 こんな、教育課程を経(へ)た社会は、きっと、協調性と適応力が有る、従順で忍耐強い優秀な若者を求めているって事だろう。
 より、レベルの高い大学を受験させる学校側都合の為に、各生徒の学力の限界超えを啓発させる能力開発ならば、学校の強制力で行うのは理解できる。
 確かに、歩き通した達成感は得難(えがた)いと思う。でも、三つの標語の意義との繋がりは疑問だ。
【明日の天気は、好さそうだけど、体調を崩(くず)さないように気を付けて下さい】
 彼女が高校の三年間に毎年、ゴルゴダの丘へ向かわされるイエスのような、負わされる理不尽な枷(かせ)を、僕は腹立たしく思いながら、彼女の心身を心配する優しさを込めた、メールを送る。
「ナンセンス! やはり、お役所さんは、民間業界の生存競争の厳(きび)しさを知らねぇなぁ。強制による従順さからは、クリエイティブな発想は生まれないね。まあ、そもそも、進学校にクリエイティブなんて無いし、求めないだろうけどな」
 そんな長距離を歩く行事を行う公立の普通高校が在ると親父に話すと、そう言い切られた。
「自分で決めた、遣りたい事での達成感と違う、自分の目的でも、目標でもないイベントに強制参加させられて、味わう達成感なんて、一時的な錯覚でしかねぇんだよ。強いられて五、六時間から二十四時間も歩き通した達成感は、生き残る為だったとはいえ、実際に経験して来た身にとって、人生の糧(かて)や支えになってなるどころか、必要も無い苦しみへの疑問と、不可解さしか残ってねぇわ」
(……生き ……残る? 親父は何時、何処で、何をしてたんだ? 砂漠でも彷徨(さまよ)っていたのかよ?)
 僕は、親父の言いたい事を理解する。
 学校という閉鎖的社会では、内部の全てを、内部で絡ませて終わる可能性が有る。
 日常の常識を逸脱した、身体に過酷な負担を強いる、理不尽な長距離歩行祭の行事を開催して、その閉鎖的社会から逃(のが)れられない生徒達に、参加を強制するのは、無意味で無駄という事だ。
「体育系の部員なら、未(ま)だしも、文科系部活や帰宅部や塾通いの生徒には、堪ったもんじゃねぇよな。それに、成長期の身体に、大きな負担を一時的に懸け過ぎて、体調を崩してしまうのは、もっともだと考えるね。強歩大会後の一週間から二週間は、身体のあちこちが痛いとか、動かないとか、不自由になって、集中力も殺(そ)がれてしまうのは、容易に想像できるだろうに。全く、学校側の驕(おご)りのような困ったイベントだと思うぜ」
 学問を学ぶ学校で、軍事教練の行軍のようなイベントを強制・強行で開催し続ければ、いつかきっと、八甲田山の死の彷徨(ほうこう)みたいな、取り返しの付かない惨事が起きるかも知れない。
 もし、彼女が体調を崩して後遺症を患(わずら)ったり、惨事に巻き込まれてもしたら、僕は開催を強行した首謀者を、血には血で、重い傷害には重い傷害で、償(つぐな)わせて遣る!
「理不尽(りふじん)や不条理を感じて、お前に知らせて来た友達は、マトモだよ」
 協調性が乏しいけれど、それだけ、冷静で客観的に見えている彼女は、僕もマトモだと思う。
「でも……、そんな、理不尽極(きわ)まりないイベントが、授業として開催されるという、学校の行事実績は、何処の誰に、プラスになるんだろうなあ?」
 意味が乏しいといて長距離歩行の否定で話は済(す)んだはずなのに、親父は続ける。
「そんで、実行委員会やPTAに学校の担任先生達、そして、強制参加させられる生徒達は、体裁(ていさい)良く利用されてるんじゃねぇーの?」
 それは親父が、たぶん、憶測(おくそく)で言っているのだろうけれど、確かに、開催やプログラムが決まる裏事情なんか、圧(お)し付けられて行う当事者の生徒達が、疑問を感じない限り、知る由(よし)も無い。
「まっ、しょうがないか。それが御役所仕事だしなぁ。現実に即(そく)さない精神論や指導プロセスなんか、少しでも効果や利が有りって判断すると、強制的に行っちゃうんだよな。採算なんて、あんまり考えて無いし、儲(もう)けが出ても、予算として繰り越せないから、年度内に使ってしまうしかないんだよ。残すと、次年度から予算を削られてしまうからな。公立の学校なんて、基本、税金使いの奉仕みたいなもんだからさ。当たり前のように、大人社会の判断に委(ゆだ)ねられれて、将来を左右させられる今のお前達の立場には、けっこう同情しちまうけどな。さあっ、納得するまで精々(せいぜい)頑張(がんば)って、抗(あらが)ってみろ!」
 否定が、肯定するみたくなって、いつもの親父らしくない。
「なに、それ?」
『考えがブレてるじゃん』と返すと、どうも親父の初恋相手が、石川県警の中間管理職らしくて、その人の仕事を批判したくないような事を呟(つぶや)かれた。
(おいおい、どんだけ好きだったんだよ、親父ぃ……)
 フラれて否定され続けられているだけの、彼女から恵(めぐ)んで貰っているような僅かな優しさに、しつこくしがみ付いている僕は、親父の恋愛事にツッコミを言えはしない。
 家に居る時の親父は、顧客からの電話と工場で稼動中の工作マシンのチェックをする以外は、ゆるゆるゴロゴロして緊張感なんて、さっぱり無い。
 一人で運営している金型部品加工の工場にいる時の親父は、仕事以外に何をしているのかは、良く分からなくて得体が知れない。それでも、僕は頼りになる親父だと思っている。
 だけど、彼女が参加している長距離歩行は、きっと近い将来、未来志向を持つ一部の参加者は、ただ肉体を酷使させ、体力と精神力を消耗し切って得た達成感が、疲れ切った身体(からだ)と朦朧(もうろう)とした意識の思考低下から来る、解放感でしかない、フェイクで、疑(まが)い物のリスペクトだと知るだろう。
     *
 陽炎(かげろう)立つ真夏の日曜日、昇段審査の射場に立つ。
 昨日は、百射ほどして八節の姿勢と間合いを整え、的中率も上々だった。
 執弓(しっきゅう)の姿勢も、射る度にばっちり練習した。
 審査では、甲矢と乙矢を一本づつ、二本の矢を放つ。
 先に射る甲矢は、手先の方に持ち、取矢(とりや)で矢羽の曲り向きを、ちゃんと確認するフリをする。
 これで、礼節良く、一本でも矢が当たれば、審査は合格して初段認定だ。
 一射目の会(かい)、最初の息の吐(は)き出しで、狙いのタイミングが合わず、二息目に入った。でも、間合いが持たない。
 腕や肩が、プルプル震えて来て、やっとの思いで矢を放った。
 矢羽を振らしながら飛翔した矢は、外枠ぎりぎりに的中したけれど、構えの維持に力が入った肩は上がり、会の間合いは長過ぎで、全然、射姿勢が美しくない。
 二射目は、弓の震えと息の吐き出しが、シンクロして狙いが定まる。
 引き絞(しぼ)った弦を、滑らすように放した瞬間、『ブチッ!』と、弦が切れて『カラン、コロン』と、矢は軽い金属音を響(ひび)かせて、足元に落ちて転がった。
 弦の手入れを、怠(おこた)っていた!
 切れてしまった弦には、小さな草鞋(わらじ)に編(あ)んだマグスネに、松脂(まつやに)の粉を含ませ、充分に擦(こす)って粘りを持たせてはいなかった。
 それに、弦の損耗(そんもう)状態を確認していなかったし、それを、新品の弦に交換(こうかん)しようとも考えていなかった。
 下唇を噛み、僕は自分の愚(おろ)かさを呪(のろ)う。
 結果は、当然の如(ごと)く、昇段審査に落ちてしまった。
 強い弓に、僕の技量と筋肉が負けている。
 昨日(きのう)は帰宅後も、深夜までプラスチックモデルを作っていたり、コミックを読んだりして睡眠が少ないなど、全(まった)く、昇段審査に気持ちを集中していなかった。
 自己管理をする意識が無くて、僕は、昇段審査を嘗(な)めていた。
(僕も、彼女の学校の歩行祭に参加して、……自己管理を啓発しなければならない…… かな?)
【しょうがないわね。それが、今の自分じゃないの】
 全く彼女の文面の通りだ。
 言葉で言われるより、携帯電話の画面に、はっきりと発光表示される文字の分だけ、僕の心に重く深く突き刺さる。
     *
 傾(かたむ)く午後の陽光の翳(かげ)りに、的場(まとば)の上げ絞った垂れ幕を翻(ひるが)し始めた秋風の中に冬の匂(にお)いが混(ま)ざり、ツンと鼻孔の奥を刺激する今、僕は石川県立武道館にて高校弓道新人大会の個人戦の決勝の射場に立ち、弓を引き絞り的に狙いを定めている。
【次の日曜は、石川県高等学校新人大会です。弓道部の部長になって初めての試合だから、暇(ひま)があっても、無くても一度、弓道の試合を見ようかなって気になったら来て下さい。必ず、団体戦と個人戦の決勝まで、勝ち残るから】
 僕が弓道部の部長になって、初めての大きな試合だ。
 最近の練習成果から勝ち残る自信は有った。そして、彼女に僕を見守るように応援して貰いたいと望んだ。
 射場に立ち、的を見詰めつつ僕は静かな応援をしてくれる彼女を、矢取(やど)り道の脇で観戦するギャラリーの中に見付けたいと願う。
 トーナメントを決勝まで勝ち進んだ団体戦は、敗れて二位になった。
 決勝戦で、二射目を構えた時、視界の端に声援をくれるサポーター達の人垣の狭間(はざま)で、彼女の顔が見え隠れしていて、心躍(おど)らせる僕は、個人戦までのインターバルに、彼女を探して廻ったが見付け出せなかった。
 団体戦を全射的中で戦い抜いた出場選手は、僕を含(ふく)めて四人で、個人戦は、その四人が、サドンデス式で争(あらそ)って一位と二位、優勝者と準優勝者を決定する。
 既(すで)に、二人が的を外して脱落し、個人優勝は、残り一人だけを相手に戦う。
(負けても、二位で準優勝だ。今までも、二位か、三位だった。敗れても、恥じゃない……)
 的中を重ねるサドンデスの戦いの最中、一瞬、保険的な思いが過ぎる。でも、それは今までだ。
 これからは弓道部の部長方針で、みんなに伝えたように、『トップを目指すんだ』と思い直して、僕は、僕を見詰めるサポーター達の中に、女神を探し続けた。
 焦る想いで、右に左に視線を流すけれど、僕の女神は見付からない。
 中学三年生のコーラス祭で、ソロを歌う僕を落ち着かせてくれた女神が、やはり、いないと悟った刹那(せつな)、集中力が途切れて、弦を引き切る懸けの親指が緩み、矢が見切りで放たれた。
 不本意に放たれた矢は、矢羽を踊らせながら上反りして飛び、的の木枠の上端で、大きな金属音を鋭(するど)く残して弾(はじ)かれ、安土(あづち)に斜めに突き刺さった。
(外した!)
 敗れた瞬間、応援してくれていたサポーター達の残念がるどよめきが、やけに大きく聞こえた。
 いつも、優勝する瞬間まで歓声を聞きたいと願っているのに、今回も、自分の想いの脆(もろ)さで望みは叶(かな)えられなかった。
 射の終わりの一礼をしながら僕は、いつものように望む意に反する下唇を噛む。
 とても残念で、凄く悔しい。
 もう唇を噛むのが、癖になりそうだ。

 

 つづく