遥乃陽 novels

ちょっとだけ体験を入れたオリジナルの創作小説

人生は一回ぽっきり…。過ぎ去った時間は戻せない。

弓と矢 (僕 高校二年生) 桜の匂い 第六章 壱

 二学期に入って直(す)ぐに、弓道部の部長に選ばれた。早々に自分専用として今まで使っていた弓道部備品の弓矢と懸(か)けを後輩に譲(ゆず)り渡して、市内の弓道具屋で新しい弓矢と懸けを購入した。道着も新調する。全(すべ)て親父(おやじ)の工場でアルバイトをした報酬の金銭で買った。

     *

 高校生になってからは『モノ造りを目指したい』と言った所為なのか、請(う)け負(お)った仕事の納期間近になると親父から度々(たびたび)、僕は加工の手伝いを依頼されていた。試合の無い日曜は朝から晩まで、親父の工場で働く。平日も部活が終わる頃に、親父は愛車のスポーツカーで校門まで迎(むか)えに来る。二年前の黒壁山(くろかべやま)に御参(おまい)りへ行った帰りに、言霊(ことだま)で祟(たた)られてしまった親父のお気に入りだ。

 そのスポーツカーの市販車名称はコスモと言い、厳密に分類するとパワフルなエンジンを積んだスポーツカースタイルのツードア普通車で、どちらかというと中年以上のオッサンが運転する機能充実、安全性重視の高性能ラグジュアリーカーだ。重い車重は、気軽にブラインドコーナーでドリフトの真似事(まねごと)をするのには不向きだろう。

『ハイオクタンガソリン仕様のスリーロータリーエンジンは、燃費が悪くてエコロジーに逆行だけど過激な吹け上がりと、滑(なめ)らかに素早く伸びる加速のレスポンスの良さが堪(たま)らない。必要な時に望んだパワーで、イメージ通(どお)りのポジションへ速(すみ)やかに動き、それが、ステアリングにがっちり来るのが気に入っている。それにボディデザインに自己主張が有る。エアロなスタイルは高速になると、空気の流れでボディを、路面に張り付くように押さえて安定させるんだ。なんかネバッとする感じかな』と、親父は自分の言葉に感慨深(かんがいぶか)く頷(うなず)きながら言っていた。でも、自動車(くるま)にあまり興味の無い僕には何の事か殆(ほとん)ど分からなかった。

 そんな拘(こだわ)りで親父の乗るユーノスコスモは、かなり以前に車種とブランドが絶版になっていて、結構な希少車になっているらしい。

 工場でのアルバイトは自動加工機の素材セッテングと加工プログラムの作成、そして、加工完成品の仕上(しあ)げだった。数値制御された自動加工機とは、ATCと呼(よ)ぶ自動工具交換装置を備(そな)えて多軸で加工するマシニングセンターや、CNCと呼称(こしょう)される切削加工機だ。他にも電気スパークの熱で金属ブロックの一部を溶融して燃焼除去させ製品形状を残す放電加工機や、そのスパーク熱で金属板を融解切断するワイヤーカット加工機などを扱(あつか)わされた。

 殆どの加工機は、僕がプログラミングした加工のアルゴリズムに従(したが)って自動で稼働(かどう)してくれる。それ故(ゆえ)に、客先から受注した製品の仕上がりと納期は僕の作成したプログラム次第なので、責任は重大だった。

(親父ぃ、もっとバイトの時給を上げてくれ!)

 平面的に描(えが)かれた2D図面や立体で作成された3D図面のCADデータを、CAM『キャム』と言うコンピューターソフトウエアを使い加工プログラムに変換して加工機に入力する。親父はこのプログラミングや加工を、サーバーコンピューターを介(かい)したウィンドウズノートパソコンで、オンライン化していた。

 世間一般的に図面と言うのは、専門的に2D図や二次元図と呼ばれる紙面へのプリントやパソコン画面へ映(うつ)し出す製品の六面を平面へ展開した図だ。前から見て、横から見て、上からや下から見て、後ろからも見てといった具合で、見た方向の面の図が図面用紙のそこここに作図のルールに従って描かれている。

 最初に見た時は、そこに描かれた横や縦や斜めに走る線と、ごちゃごちゃと並ぶ数字や文字がさっぱり理解できなかったけれど、作図法の一角法や三角法の読み方と記号や数字や文字の意味を、親父から説明を受けると学校で習(なら)う製図の知識も手伝って、直ぐに立体の形が想像できるようになった。

(絵を描き出す時と、彫刻を作り始める時のイメージ造りに似(に)てるかも)

 コンピューターの画面上に立体で物体その物の形を描き、ぐるぐる回転させたり、半透明にしたり、適当な位置でカットして断面を見たりする3D図や三次元図と呼ぶ図面も、直ぐに親父からCAD『キャド』と呼称されるコンピューター作図支援ソフトの操作を教え込まれて、パソコンで2D図や3D図で解(わか)らない部分や寸法を確認できるようになった。今では、2DCADも3DCADも自由に操作して快適な作図ができる。

 親父が言うには2D図を見て3D図を、3D図を見て2D図をイメージできなければ、金型技術者と言えないそうだ。その加工する金型の部品の形状から、流し込まれるプラスチックに転写されてできる製品の形まで、また、その逆からも金型の形状を想像できて当たり前だとも言っていた。

 終業時は加工材をセットした機械のプログラムをチェックしてから加工をスタートさせて帰る。プログラムした加工は所要時間を正確に管理されて、大抵(たいてい)は朝までに終了していた。トラブルは稀(まれ)にしかなかったけれど、機械が異常停止すると親父の携帯電話に状況を知らせて来る。トラブルの詳細状況は家のパソコンでも確認できて、火急(かきゅう)の案件だと親父は急(いそ)ぎ工場へ向かう。

 親父は全ての加工機の動きをパソコンでモニタリングするデータ管理をしていて、稼働状態や異常時の製作状況と、各加工機のカッターの送り速度の変動や過負荷(かふか)などのパフォーマンスを、リアルタイムに履歴(りれき)を記録監視していた。

 更(さら)に自動加工のプログラムを最短加工工数になるようにアルゴリズムを工夫(くふう)して、加工時間を短縮し生産性をアップさせ、客先から定期的に要求されるコストダウンに応(こた)えている。短納期で安価、品質も維持(いじ)どころか向上させ、それでいて時間と気持ちに余裕を持って仕事と人生を楽しんでいる親父を、僕は心底凄(すご)いと思っていた。

 親父は褒(ほ)めて人を使うのが上手(うま)い。よく煽(おだ)てられてムズいのや面倒(めんどう)なのを遣(や)らされている。古い加工機の取り扱いに慣(な)れてくると、いくつのも最新の自動加工機を任(まか)されて、アルバイトといえどもかなりハードで忙(いそが)しかった。今では、汎用(はんよう)の手動加工機も普通に扱えるようになったけれど、砥石(といし)の円盤が高速回転する成形研削盤だけは、五感に頼(たよ)るところが多くて苦手(にがて)だ。

 時給は良くて、親父は仕事の結果に見合った分だけ払(はら)ってくれた。親父の工場の最新加工機械に比(くら)べたら、学校の機械実習で使う教材の機台はレトロなおもちゃみたいな物だった。

     *

 和弓(わきゅう)は平安京(へいあんきょう)時代に、ほぼ現在の形に成(な)ったらしい。以来、力学的に変化は無く僅(わず)かな改良のみで基本の形状や仕組みや部品とその位置は同じだ。南北朝(なんぼくちょう)や鎌倉(かまくら)や室町(むろまち)の時代に描かれた絵画の武士達も、同じ形の弓矢を持って戦っている。

 平安京の蔵人(くろうと)や検非違使(けびいし)に端を発する侍(さむらい)が体得する武術は、体術、剣術、槍術(そうじゅつ)などがあり、そして弓術と馬術は必須(ひっす)の武芸だった。

 飛び道具が卑怯(ひきょう)とする考えは、江戸(えど)時代に庶民(しょみん)や下級武士の間に広まったが、兵法的には弓や鉄砲などの遠距離戦術は最重要戦力であった。

 ドラマや映画では鍛(きた)え上げられた剣の腕前を斬(き)り結(むす)ぶこともなく、離れた場所から異(こと)なる武器で狙(ねら)われた時、それは『卑怯だ』と言っている。しかし狙われる相手も、その術(じゅつ)に於(お)いて鍛錬(たんれん)しているのだから、予(あらかじ)め約束や決め事が無ければ卑怯じゃないと思う。

 戦いでの有効な手段をどれだけ多く持つかが、勝敗を左右し決定付けるので僕は全然卑怯じゃないと考えている。所詮、『卑怯』は負けそうになる時に対戦相手へ向けて言う、言い訳染(じ)みた罵(ののし)りと僻(ひが)みに過(す)ぎない。

 弓道部指針として弓道部は、今まで通り、『精神修業の弓道により人格の完成を目指す場とする』とし、部員には、『弓道の礼儀作法と精神鍛錬と射法を教え指導していく』とした。しかし、これは建前だ。

 スポーツとして弓道が在り、的中数(てきちゅうすう)を競(きそ)う試合に参戦して、部として活動予算が学校から支給されるのであれば、それなりの努力をして向上させた結果を出し、学校の名誉に貢献すべきで、そうしなければならないと思う。僕個人は試合に勝つことを目標にしていた。これからは、『勝つ』を弓道部全体に徹底させて行く。

 団体戦は、二位以上で評価されるが二位ばかりだと、弓道部の年間予算の現状維持が精一杯だった。個人戦だと一位でないと学校側に認(みと)めてもらえない。ここ数年、団体戦で優勝は無くて個人戦も二位止まりだ。

「団体戦も個人戦も勝たなければ意味が無い! ヒーローに、ヒロインになれ! 男子部員も女子部員も各自、トップを目指せ!」

『各自奮闘努力せよ』だ。弓道部部長方針の第一声で僕はそう言い放つ。

 よく継続はパワーで、努力の継続は報(むく)われると語られるけれど、試行錯誤の無い努力を続けているだけなら結果を表現できない。希望・目標への堅(かた)い決意だけの何処(どこ)か無作為な努力モドキを繰(く)り返す、そんな努力は報われが足りなくて間違っていると思う。

 僕は今、成長期だ。一日一日と体格や動作が変化している。呼吸のリズムもそうだ。でも、肉体の急速な成長に精神の成長が追い付いていなくて、その鍛錬にいつも試行錯誤していた。『健全な精神は健全な肉体に宿る』とされているけれど、精神の健全化は後付けなのだろうか?

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 偶(たま)に中学生で弓道を始める人がいるけれど、高校三年生の今も以前と比べて幾分か遅くなりはしたが成長し続けているのに、急速に体格が成長する十代前半の発育期に右手で弦を強く引かせ、左手を真っ直ぐに伸ばして弓を押す、そんなアンバランスな負荷を両肩に加えて良いものだろうかと思う。

 とある試合会場で加賀(かが)の小松(こまつ)市と能登(のと)の七尾(ななお)市の高校の顧問先生が、そんな事を話していたのを近くで聞いていた。

『肩と腕の筋肉が……、特に右の筋肉が発達する弓道を著しく骨格が成長する十歳から十五歳の時期にさせても良いものだろうか』と、意見を交換していて、二人とも、骨格や筋肉の生成が完成しつつある高校生や大学生でも偏(かたよ)ってしまうのだから、将来的な身体全体の健康を考えると奨励(しょうれい)できないだろうの結論で一致(いっち)していた。

 そう言えば、小学生低学年児童が背負うランドセルやバックパックと、それに入れて持ち運ぶ教材の重量にも問題が有ると思う。ランドセルと教材の重さは約四キログラム以上、しかも嵩張(かさば)る荷物で街中の狭(せま)い通学路では危険だし、危機回避の俊敏(しゅんびん)な動作の妨(さまた)げになる。まったく、こんな幼少の時期から背負わされている学校の道具こそ、日本人の猫背やヘルニアの原因ではなかろうかと考えてしまう。

 重さに耐えられなくなったのは小学校二年生の時、以後、積極的に委員や係りに立候補して、それらの用具準備室に教材を金属の缶に入れて隠していた。先生へ提出用は別にしていたけれど、ノートは全教科通しで使うレポート用紙一冊だけ、それとペン入れだけを薄いバックパックで運んでいた。中学校も、高校の今も、教材は全て愛用の缶に入れて部室に置いてある。だから、『好(い)い加減、気付いてくれよ。大人社会!』って感じだ。

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 射場に立つ時は気持ちや動作やリズムを安定させなければならない。毎日落ち着いた気持ちで弓を構(かま)えられるように、その日、その日の最初の一射で自分の状態を掴(つか)み調整する。放課後の弓道場で放つ最初の矢の飛びが、その日の僕の身体の成長と精神状態を現(あらわ)していた。

 基本的に弓道は弓で矢を射(い)て的(まと)に当てるだけの単純なスポーツだ。自分が弓を引いて矢を放つだけで、誰(だれ)かのサポートで得点することはない。相手から攻(せ)められることも無い。全くの個人プレーだ。

 気持ちを静め姿勢を正して礼を用(もち)い、弓と矢と己(おのれ)の技量を知り、技量と精神力を向上させるべく常(つね)に意識して繰り返し練習する。道で在る以上、日々の練習から平常心を保(たも)ち、モチベーションを上げ、集中させる術(すべ)を見付け出し、己なりの工夫をして、常に身に着くよう努力しなければならない。

 僕は弓を射る以外の普段の生活でも、それらを常に意識し考え行動した。今日の自分を明日(あす)の自分が超(こ)えるという、精神的な鍛錬が必要だった。

     *

 購入した弓矢をイメージカラーでコーディネートする。こんな些細(ささい)な事が射場に立つ気持ちを静め平安に保ち集中させてくれる。弓を包む巻き布の弓巻(ゆみま)きに、弓巻きの上から被(かぶ)せる石突(いしつき)のカバー、矢を入れて持ち運ぶ矢筒(やづつ)、矢筒を弓に留(と)める飾(かざ)り紐(ひも)も好(この)みの色調柄のを購入して無ければ自分で作った。

 更に集中力を高め必中必勝の願掛(がんか)けのアクセントとして、パソコンで描いた魔法円陣を小さなシールにして弓と矢筒に貼(は)り付けた。

 春の試合で黒いカーボン製の弓に白漆(しろうるし)で細かい漢字で、たぶん願掛けだと思うけど、びっしりと呪詛文(じゅそぶん)か漢文を書いて有るのを見ていた。それは裏表の隅々まで小さな白い漢字を書き込まれた弓で少し離れて見ると、全体が灰色のように見えて、その初めて見る灰色の材質を知りたくて近寄り、まじまじと見て解かった。

 灰色に見えた弓は漢字との和風合わせだったけれど、僕は全世界からパワーを得ようと魔方陣も使って和洋折衷(せっちゅう)にした。魔方陣も専門書で調べた剛健最強必中攻撃型陣の寄せ集めで、術式の反動除(よ)けに陰陽の九字(くじ)も入れてある。しかも赤紫と青紫が主体の蛍光色仕立(じた)てだ。魔方陣は目立たなくてはならない。

 引きの強い弓は、流行のカーボンファイバー製じゃなくて、竹と木を膠(にかわ)で貼り合わせた古来からの伝統的な製法の三層構造の竹弓にした。自分好みの想い入れをする為(ため)に、弓の両端に明るいグリーンと淡(あわ)いピンクのラインを巻く。

 弓は弦(つる)を外(はず)した状態で裏反(うらぞ)りしている。裏反りしている弓の上端の『ウラハズ』に弦端(つるばた)の赤布を巻いた日輪(ひのわ)を引っ掛けてから、体重を掛けて弓を逆反りさせ、弦を紙縒(こよ)った向きへ二、三回転させてから、弦末(つるすえ)の白布に巻かれた月輪(つきのわ)を下端の『モトハズ』に嵌(は)めれば、弓は矢を射れる形と成る。

 大抵は弦を折り曲げないように気を付けながら、月輪を口に咥(くわ)え慎重に行う。これが結構きつくて、体重を掛け損(そこ)なうと弓は撓(しな)らないし、滑(すべ)ってバランスを崩(くず)すと弓が跳(は)ねて打撲する事も有った。

 市販されている矢は、矢柄(やがら)の材質に竹、ジュラルミン、カーボンファイバーなどが有る。でも僕は親父に頼み込んで、チタン合金製の矢柄を造って貰(もら)った。チタン合金はジュラルミンより少し重いけれど、矢を重くした方が強い弓の射出力に負けないで良く飛ぶ。表面も親父の知り合いの工場で鏡のように磨(みが)いた。

 矢尻(やじり)と筈(はず)も、親父の工作機械を使ってチタン合金を削り出して造った。加工精度はバッチシで、矢柄の内径との合いはしっくり嵌まり、外径も段差は無くて磨くと、まるで削り出した一体物のようだった。

 矢羽(やばね)は弓矢といっしょに弓道具屋で何の鳥の羽根か知らないけど、丈夫(じょうぶ)そうな白い羽根を買って来た。羽根も後端(うしろはし)にグリーンとピンクのラインを入れる。矢の羽は一枚の鳥の羽根を真ん中の芯で半分に分けて作るから、一セット四本の矢には六枚の同じ模様や色の鳥の羽根が必要だ。羽は矧(はぎ)と言う細い糸で矢柄に固定する。矧もグリーンとピンクに染めた。

 羽を着けるが一番手間が掛かって面倒臭い。羽の位置と角度を揃(そろ)えなくちゃいけなくて、一本の矢に三枚の羽を百二十度の角度開きで均等間隔に取り付ける。羽の先端は二通りに曲がっていて、一本の矢に使う三枚の羽の先端は全て曲がりの向きを同じにしなければ真っ直ぐに飛ばない。

 矢を番えて羽根の先端が手前へ曲がっているのを甲矢(はや)と言い、右回転しながら飛ぶ。向こうへ曲がっているのは左回転で飛び、乙矢(おとや)と言う。矢を回転させて飛ばすと直進性が増して飛翔は安定する。なぜ安定するのか、もっと直進性を強めて低伸(ていしん)させれないのか、調べてみると、この矢の自転運動で飛翔姿勢を乱(みだ)さないのはジャイロ効果の作用で、学術的には転向力やモーメントの性質がどうのと難(むずか)しい法則が有るらしい。それで高回転になると直進性が良くなるけれど、回転の抵抗で矢がケツを振って失速しまうって事だ。だから、鳥の羽根の先端の曲がり以外に回転の要素は加えない。

 甲矢と乙矢を交互に射るのが基本らしいけど、僕は全く見分けずに構え、全く気にせずに射る。矢を射る直前に余計な神経を使いたくないし、細かい事に囚(とら)われて集中力を削(そ)がれたくなかった。当たるものも当たらなくなってしまう。僕は敢(あ)えて無視した。それに、こういうのは本当に面倒臭い。

 僕の弦は伝統的な麻弦(あさつる)を使う。強靭(きょうじん)なアラミド繊維やナイロン繊維などの化学合成繊維製が主流だけれど、ネチャネチャと指に纏(まと)わり付く粘(ねば)りの有る麻弦の方が、合板の弓と共に生き物ぽくって好きだ。それに矢を放った弦の音(ね)が耳に心地良いと思う。

 弦に矢の筈をガタつかずに上手く嵌める為の中仕掛(なかじかけ)を、張り詰めた弦の適所へ、切れたり折れたりして使えなくなった麻弦を解(ほぐ)して繊維状にしたモノを巻き付けながら、木工ボンドで固めて作るのも楽しい。

 筈がガタつかずに中仕掛へ嵌り、且(か)つ離れ易いようにするのが肝心だ。ガタが大きいと矢はブレるし、キツく嵌ると筈の離れに加わる抵抗で失速した矢が的の手前で落ちたり、予期しない方向へ飛んだりする。酷(ひど)い場合は筈だけ中仕掛に嵌ったまま残ってしまう。これは銃砲用語で謂(い)う所の暴発やジャムになって非常に危険だ。

 だから当然、筈の溝幅や深さを自分で均一にする。矢柄と筈の嵌り具合もそうだ。溝幅と中仕掛の太さは自分でチェックゲージを作ったり、ノギスで寸法を測ったりして確認と微調整をしている。

 弦を引く右手に着ける『懸け』は、『弓懸(ゆが)け』とも呼ばれ、弦を引っ掛けて引き易くし、指と手首を保護する道具だ。僕は弦を掛ける段差の角(かど)を削(けず)り、緩(ゆる)やかで滑らかなスロープにした。これで僅かに親指を開くだけで矢を放てる。懸けの巻き帯(おび)もグリーンとピンクのツートンカラーにした。

 僕にとって、明るいグリーンと淡いピンクは彼女のイメージカラーだ。彼女のように弓矢を扱う。強くて扱い難(にく)い弓、光輝いて眩(まぶ)しい矢、弦を引いて放ち易くする為の工夫を施(ほどこ)した懸け。どれも彼女と同じように気難しい気がしている。

 急速に弓道部の練習内容を変えて、試合に勝つ為のカリキュラムにしていった。金石(かないわ)の浜までの走り込みは週に二回、筋力アップのサーキットトレーニングはシングルトーレーニングにして、浜の砂地では基本の八節(はっせつ)の練習を主体にした。弓道場に戻(もど)ってもダンシングスクールのように、一面の壁全体に貼られた大きな鏡の前で、弓を持たせて八節の形を徹底させる。

 八節は矢を和弓で射るのに理に適(かな)った動作の形だ。部員全員で互いの形を修正し合っているが、特注の移動式で大型の鏡と巻き藁(わら)をセットにして、矢を射る全身姿勢を自分で確(たし)かめながら、己の癖(くせ)を自身で理解し直(なお)せるようにもした。

 部員のみんなと話し合って練習カリキュラムを補正し、部活全体を矢を的へ当てる事に徹底させて行く。座学も良く行い、弓道の作法や礼儀や精神鍛錬、それに名称呼称や道理などを話したが、盛(も)り上がるのは的に当てる為の技法と集中力強化のメンタルだ。どうすれば…、どんな練習をすれば、アニメや映画や日本史のエピソードのように、遠距離から確実に小さな的に当てれるのかだった。

 的に当てるには、当てるなりの工夫や研究や根拠が必要だ。無心に心を静め精神を集中させて己自身と戦うだけの精神鍛錬の繰り返しは、個人の自己満足の悟(さと)りのみで、弓道部としての結果を何も導(みちび)く事はできない。そう、精神論には科学的なセオリーとロジックが欠けている。

 一年生の射場に立つ回数を増やし、力量が有れば試合に出して試合場面を経験させる。他校との交流試合も毎週のように行って部員全体の力量を上げた。センスは大切だが、場数を熟(こな)した経験値も大事だ。そして、試合に勝てば部員達の士気は上がり、より情熱的に練習に励(はげ)んでくれるだろう。

 顧問の先生は、弓術に偏り過ぎだと異議を唱(とな)えるけれど、やはり、現実は矢を的中させなければ、結果として認められなかった。

 顧問の先生や大人達やOB連中にすれば、『今まで先輩達に従ってきたから、今年も、これからの将来も今までと同じようにする。我々は酷くても辛(つら)くても先輩達から、そう教わってきたし、先輩達もそうしてきた。理由はいろいろ有るが、今まで通りするのが一番いいんだ』と、まるで過去をなぞる伝統は、洗練された事だと思い込まされているみたいに説教じみた返答をされるだけで、面倒の無い無難で思考の停止しいる言い分でしかない。

 大抵は、そんな在り来たりの一辺倒な説明にならない理由を良く考えもしないで言ってくれた。

 精神論的にショートしているのは全体的にクリエイティブじゃない連中の発想だ。管理し易い社会人を育成する屈折(くっせつ)した大人達都合の考えだ。その非進化的で愚鈍(ぐどん)な指導を、僕は理解も納得もできない。

(もっと、今まで当たり前だと思っていた全ての事柄(ことがら)に、疑問を持て!)

 この鵜呑(うの)みにできなくて疑(うたが)う思いは、今後の僕の人生の信条になりそうだ。

(過去に例が無ければ、新たに例を作ればいいじゃんか!)

     *

 弓矢を自分好みに整(ととの)え、部長方針の練習方法も徹底された頃、弓道の認定審査会以後一ヶ月余りも途絶(とだ)えていた彼女からのメールが着信した。気不味(きまず)さに僕からメール交換を中断していたので、彼女から先に送られて来たメールは僕を嬉(うれ)しさで興奮させた。久々のメールには長距離を歩く学校行事に挑(いど)む、彼女の心境が綴(つづ)られていた。

【明日は学校行事で長距離を歩く。しんどいから歩きたくない。歩く意味理解不能! 強制で強行なんだぞ! 強歩(きょうほ)だよ! しかもタイトルに『祭り』が付くんだ。泣きたくなるフェステバルなんて、笑っちゃうわ。それに、歩行祭のスローガンは、『精神力』、『思い遣り』、『自己管理』で、意味不明。捻(ひね)りの無さは毎年同じだよ……】

 一年生の時は、雨天でも決行されて散々ブー垂(た)れたメールを送り付けて来た彼女だが、今年は意味や効果や発想原点を、少しは考えているようだ。

【こっちは十キロメートルを走るのがあるよ。僕は部活のノリで遣っているけど、そうでない人らにゃキツイだろうな。真面目(まじめ)に遣んない人も多いし。あっ、僕も真面目に遣ってるわけじゃないよ。ただ自分のタイムに挑戦しているだけ。他に意味は無い。去年も、今年も学年で十位以内だぞ。これってスゲくねぇ? まぁ、そっちのただ歩くだけっちゅうのはキツイね。全然、笑えないね。泣きたくなるのは解る。同情するよ。学校行事だからバックパッカーのような自由さや、自分探しみたいなのも無さげだしね。それって意味有るん? 筋が通る理由付けのボイコットをしても、内申に影響するんだとしたら、最低最悪だな】

 たぶん『長距離歩行祭』とか、単に『歩行祭』とかいう行事名で、理不尽に開催されて参加を強要するのだろう。僕は直ぐに不可解さと哀れみの同情メールをフレンドリーな文体で返信した。

 彼女の気持ちは良く分かる。彼女が感じているように、ジャパン・ディフェンス・フォースや企業の新入社員教練じゃあるまし、公立の進学主体の普通高校が行うべき学校行事なのだろうか? しかも雨天の決行も有りなんて、三つの標語の『精神力』、『思い遣り』、『自己管理』は雨天でも歩き通す事で、その意味と繋がるのだろうか? 標語の内容は強制される団体行動で大勢が助け合い励まし合って成し遂(と)げる事に在るのだろうか? それとも管理し易い従順な人々を育成する事が目的なのだろうか?

 恐らく、その両方が目的だと思うけれど、理屈と整合しない不合理で無意味だ。

(それは、前世代的な考え方で、グローバル化しているジェネレーションやビジネスと、ギャップが有り過ぎだろう)

 バリバリの進学主体の普通高校の生徒達が、立ち向かうべき個人個人の大学受験戦争は、団体による勝ち残り戦じゃないのに…… と思う。

 現実に沿ぐわない大儀名文が、不自然な啓蒙意識を参加した多くの生徒達に植え込み、疑問を感じる少数の生徒達を脇へ追い遣り差別化して行くのかも知れない。憂国(ゆうこく)に扇動(せんどう)された全体主義思想全盛時代の反戦運動のように……。

 こんな教育課程を経(へ)た社会は、きっと、協調性と適応力が有る従順で忍耐強い優秀な若者を求めているって事だろう。よりレベルの高い大学を受験させる学校側都合の為に、各生徒の学力の限界超えを啓発させる能力開発ならば、学校の強制力で行うのは理解できる。確かに歩き通した達成感は得難(えがた)いと思う。でも、三つの標語の意義との繋がりは疑問だ。

「ナンセンス! やはり、お役所さんは民間業界の生存競争の厳(きび)しさを知らねぇなぁ。強制による従順さからはクリエイティブな発想は生まれないね。まあ、そもそも進学校にクリエイティブなんて無いし、求めないだろうけどな」

 そんな長距離を歩く行事を行う公立の普通高校が在ると親父に話すと、そう言い切られた。

「自分で決めた遣りたい事での達成感と違う、自分の目的でも、目標でもないイベントに強制参加させられて、味わう達成感なんて一時的な錯覚でしかねぇんだよ。強いられて五、六時間から二十四時間も歩き通した達成感は、生き残る為だったとはいえ、実際に経験して来た身にとって人生の糧(かて)や支えになってなるどころか、必要も無い苦しみへの疑問と不可解さしか残ってねぇわ」

(……生き ……残る? 親父は何時、何処で、何をしてたんだ? 砂漠でも彷徨(さまよ)っていたのか?)

 僕は、親父の言いたい事を理解する。

 学校という閉鎖的社会で内部の全てを絡ませる可能性が有る、日常の常識を逸脱した、身体に過酷な負担を強いる理不尽な行事を開催して、その閉鎖的社会から逃(のが)れ得ない生徒達に参加を強制するのは、無意味で無駄という事だ。

「体育系の部員なら未(ま)だしも、文科系部活や帰宅部や塾通いの生徒には、堪ったもんじゃねぇよな。それに、成長期の身体に大きな負担を一時的に懸け過ぎて、体調を崩すのは、もっともだと考えるね。強歩大会後の一週間から二週間は、身体のあちこちが痛いとか、動かないとか、不自由でさ。集中力も殺(そ)がれるんだよなぁ。全く学校側の驕(おご)りのような困ったイベントだと思うぜ」

 学問を学ぶ学校で軍事教練の行軍のようなイベントを強制・強行で開催し続ければ、いつかきっと、八甲田山の死の彷徨(ほうこう)みたいな惨事が起きるかも知れない。もし、彼女が体調を崩して後遺症を患(わずら)ったり、惨事に巻き込まれてもしたら、僕は開催を強行した首謀者を、血には血で償(つぐな)わせて遣る!

「理不尽(りふじん)や不条理を感じて、お前に知らせて来た友達はマトモだよ」

 協調性が乏しいけれど、それだけ冷静で客観的に見えている彼女は、僕もマトモだと思う。

「でも……、そんな理不尽極(きわ)まりないイベントが、学校で開催される実績は、何処の誰にプラスになるんだろうなあ?」

 否定で話は済(す)んだはずなのに、親父は続ける。

「そんで、実行委員会やPТAに学校の担任先生達、そして、強制参加させられる生徒達は、体裁(ていさい)良く利用されてるんじゃねぇーの?」

 それは親父が、たぶん憶測(おくそく)で言っているのだろうけれど、確かに開催やプログラムが決まる裏事情なんか、圧(お)し付けられて行う生徒達が知る由(よし)も無い。

「まっ、しょうがないか。それが御役所仕事だしなぁ。現実に即(そく)さない精神論や指導プロセスなんか、少しでも効果や利が有りって判断すると行っちゃうんだよな。採算なんてあんまり考えて無いし、儲(もう)けが出ても予算になってしまう。基本、奉仕みたいなもんだからさ。大人社会の判断に委(ゆだ)ねられれて、将来を左右させられる今のお前達の立場には、けっこう同情しちまうけどな。さあっ、精々(せいぜい)頑張(がんば)って、抗(あらが)ってみろ!」

 否定が肯定みたくなって、いつもの親父らしくない。

「なに、それ?」

『考えがブレてるじゃん』と返すと、どうも親父の初恋相手が石川県警の中間管理職らしくて、その人の仕事を批判したくないような事を呟(つぶや)かれた。

(おいおい、どんだけ好きだったんだよ、親父ぃ……)

 フラれて否定され続けられているだけの、彼女から恵(めぐ)んで貰っているような僅かな優しさに、しつこくしがみ付いている僕は、親父の恋愛事にツッコミを言えはしない。

 家に居る時の親父は、顧客からの電話と工場で稼動中の工作マシンのチェックをする以外はゆるゆるゴロゴロして緊張感なんて、さっぱり無い。一人で運営している金型部品加工の工場にいる時の親父は、仕事以外に何をしているのかは、良く分からなくて得体が知れない。それでも僕は頼りになる親父だと思っている。

 だけど、彼女が参加している長距離歩行は、きっと近い将来、未来志向を持つ一部の参加者は、ただ肉体を酷使させ体力と精神力を消耗し切って得た達成感が、疲れ切った身体(からだ)と朦朧(もうろう)とした意識の思考低下から来る解放感でしかない、フェイクで疑(まが)い物のリスペクトだと知るだろう。

     *

 陽炎(かげろう)立つ真夏の日曜日、昇段審査の射場に立つ。昨日は百射ほどして八節の姿勢と間合いを整え、的中率も上々だった。執弓(しっきゅう)の姿勢も射る度にばっちり練習した。

 審査では甲矢と乙矢を一本づつ、二本の矢を放つ。先に射る甲矢は手先の方に持ち、取矢(とりや)で矢羽の曲り向きをちゃんと確認するフリをする。これで礼節良く一本でも矢が当たれば、審査は合格して初段認定だ。

 一射目の会(かい)、最初の息の吐(は)き出しで、狙いのタイミングが合わず、二息目に入った。でも間合いが持たない。腕や肩がプルプル震えて来て、やっとの思いで矢を放った。矢は外枠ぎりぎりに的中したけれど、肩は上がり、会の間合いは長過ぎで全然、射姿勢が美しくない。

 二射目は、弓の震えと息の吐き出しが、シンクロして狙いが定まる。引き絞(しぼ)った弦を滑らすように放した瞬間、弦が切れて『カラン、コロン』と、矢は軽い金属音を響(ひび)かせて足元に落ちて転がった。

 弦の手入れを怠(おこた)っていた。切れた弦で小さな草鞋(わらじ)に編(あ)んだ、マグスネで充分に擦(こす)って粘りを持たせてはいなかったし、新品の弦に交換しようとも考えなかった。下唇を噛み僕は自分の愚(おろ)かさを呪(のろ)う。

 結果、当然の如(ごと)く昇段審査に落ちてしまった。強い弓に僕の技量と筋肉が負けている。昨日(きのう)は帰宅後も深夜までプラスチックモデルを作っていたり、コミックを読んだりして睡眠が少ないなど、全(まった)く自己管理をする意識が無くて、僕は昇段審査を嘗(な)めていた。

(僕も、彼女の学校の歩行祭に参加して、……自己管理を啓発しなければならない…… かな?)

【しょうがないわね。それが今の自分じゃないの】

 全く彼女の文面の通りだ。言葉で言われるより、携帯電話の画面にはっきりと発光表示される文字の分だけ僕の心に重く深く突き刺さる。

     *

 傾(かたむ)く午後の陽光の翳(かげ)りに、的場(まとば)の上げ絞った垂れ幕を翻(ひるが)し始めた秋風の中に冬の匂(にお)いが混(ま)ざり、ツンと鼻孔の奥を刺激する今、僕は石川県立武道館にて高校弓道新人大会の個人戦の決勝の射場に立ち、弓を引き絞り的に狙いを定めている。

【次の日曜は石川県高等学校新人大会です。弓道部の部長になって初めての試合だから暇(ひま)があっても、無くても一度、弓道の試合を見ようかなって気になったら来て下さい。必ず団体戦と個人戦の決勝まで勝ち残るから】

 僕が弓道部の部長になって初めての大きな試合だ。最近の練習成果から勝ち残る自信は有った。そして、彼女に僕を見守るように応援して貰いたいと望んだ。射場に立ち、的を見詰めつつ僕は静かな応援をしてくれる彼女を、矢取(やど)り道の脇で観戦するギャラリーの中に見付けたいと願う。

 トーナメントを決勝まで勝ち進んだ団体戦は敗れて二位になった。決勝戦で二射目を構えた時、視界の端に声援をくれるサポーター達の人垣の狭間(はざま)で彼女の顔が見え隠れしていて、心躍(おど)らせる僕は個人戦までのインターバルに彼女を探して廻ったが見付け出せなかった。

 団体戦を全射的中で戦い抜いた出場選手は僕を含(ふく)めて四人で、個人戦は、その四人がサドンデス式で争(あらそ)って一、二位を決定する。既(すで)に二人が的を外して脱落し、個人優勝は残り一人を相手に戦う。

(負けても二位で準優勝だ。今までも二位か三位だった。敗れても恥じゃない……)

 的中を重ねるサドンデスの戦いの最中、一瞬、保険的な思いが過ぎる。でも、それは今までだ。これからは弓道部の部長方針でみんなに伝えたようにトップを目指すんだと思い直して、僕は僕を見詰めるサポーター達の中に女神を探し続けた。焦る想いで右に左に視線を流すけれど女神は見付からない。

 中学三年生のコーラス祭でソロを歌う僕を落ち着かせてくれた女神が、やはりいないと悟った刹那(せつな)、集中力が途切れて弦を引き切る懸けの親指が緩み、矢が見切りで放たれた。不本意に放たれた矢は矢羽を踊らせながら上反りして飛び、的の木枠の上端で大きな金属音を鋭(するど)く残して弾(はじ)かれ、安土(あづち)に斜めに突き刺さった。

 敗れた瞬間、応援してくれていたサポーター達の残念がるどよめきが、やけに大きく聞こえた。いつも優勝する瞬間まで歓声を聞きたいと願っているのに、今回も自分の想いの脆(もろ)さで望みは叶(かな)えられなかった。

 射の終わりの一礼をしながら僕はいつものように下唇を噛む。とても残念で悔しい。もう唇を噛むのが癖になりそうだ。

 

 ---つづく