遥乃陽 novels

ちょっとだけ体験を入れたオリジナルの創作小説

人生は一回ぽっきり…。過ぎ去った時間は戻せない。

性格ブス (私 中学三年生) 桜の匂い 第四章 弐

 ピアノ演奏で得意な曲が十曲ほど有っても全然ダメだ。ただ弾きたい曲だけを遊び半分で習っていただけの私は、基礎が全く解っていなかった。お姉ちゃんの友達に基礎をしっかり教えて貰ったつもりだったけれど、それは当時、中学一年生だったお姉ちゃんの友達の指導で、小学四年生の私が理解した程度の基礎でしかなかった。

 多くの練習曲に私の指は動いてくれない。指が速く動かなくて音を出せていないのが分かった。リズムに乗れなくて体が拒否しているみたいだ。意識して動かそうとすればするほど、手の動きまでぎこちなくなってしまう。

 そんな不安を問う私にピアノ教室の先生は、『とても上達していますよ。もう少し練習するだけで、また発表会で上位に入りますね』と言ってくれる。

『素敵に弾くね』時々いっしょになる社会人の男の人が、誉めてくれた。

『お姉ちゃんの音、綺麗な音』幼い女の子が、私の音色に憧れている。

『あなた上手よ』一つ年上の、私よりずっとハイレベルな女子高校生が、笑顔で声を掛けてくれる。

『あのお姉さんのように弾けるといいね』小学生の男の子を連れたお母さんが言っていた。

 私のピアノを聴いた人は一様に低い評価をしない。誉められるのは嬉しいけれど、これ以上ピアノは上手にならないと思っていた。上達するにしてもジリジリとしか進歩しなくて、ジレンマに陥る私は、きっとピアノが嫌いになる。

 私は弾けるピアノの限界に気付いて既にピアノレッスンは苦痛になっていた。笑顔で声を掛けてくれた女子高校生のレベルになるのは無理だ。私はピヤニストにはなれないと思う。

 金沢市内や石川県内での地方コンクールなら、何度か決勝に残れていたけれど、全国レベルの大会では予選通過が精一杯で、一度も地方代表の決勝まで達してはいない。それが、私の実力で才能の限界だった。

 私の夢は現実を知らない子供の想像でしかなかった。私のピアニストになる夢は諦めるしかないと思う。努力だけでは、できない事が有るのを思い知らされた。完全にピアノが嫌いになる前に、週二回のレッスンを一度も休まずに通っているピアノ教室を辞める事にした。私にとって悲しい初めての挫折だった。

 ピアノへ注いでいた情熱は薄れ、才能の無さが探し求める自分を見失なわせる悔しさと不安に、私は泣いてしまう。

 七月初めに開催される学年別クラス対抗の合唱コンクールのピアノ伴奏者に、自ら名乗り出たら、すんなりと私に決まった。既にピアノ教室は辞めていたけれど、ピアノを辞める最後に大勢の前で弾きたい。コーラスの伴奏だから自己主張はできないけれど、それでもう、私の気持ち的にはピアノを弾かないつもり。

     *

【見えない赤い糸の絆って、信じていますか?】

 何の脈絡も無くあいつから、運命の赤い糸の信憑性を問うアンケートメールみたいのが来た。捻りが足りな過ぎて、あいつの意図が見え見えだ。

(これって、赤い糸で繋がる男女は結ばれる運命にあるっていう、占いか呪いの類いでしょう)

 去年の春休みに読んだライトノベルにも赤い糸が出ていて、その不思議さに興味を持った私はインターネットで調べていた。それは中国の古い伝承で、年寄りの姿をした婚姻の寿神が持つ縁結びの糸が赤く見えて、両端がそれぞれ夫婦になる運命の男女に結ばれると見え無くなると記されていた。

 赤い糸は今に伝えられる左手の小指じゃなくて足首だそうで、どちらの足か知らないけれど、まるで重い枷のようだ。

 伝承は、結婚して幸せに暮らす赤い糸で結ばれた二人なのに、夫が妻の隠していた秘密を見て人非人の罪を自白する話だった。妻は、夫が部下に命じて殺したはずの幼女、妻の秘密は顔に残る殺され掛けた時の刃傷だ。そして、夫は自分を殺そうとした男……。顔を刺したなんて、凄く残忍なシュールさに気持ちが悪くなってしまう。

 いくら赤色が寿な色で、運命的に結ばれた一夫一婦制の二人でも、伝承のような幸せな日々を覆すような告白の結末なんて、私が妻なら自殺したくなるくらいで、巡り合わせの運命を呪いたい。呪いながら人非人を告白された後も添い遂げ続ける運命なのだろうなと考えてしまう。でも、それは互いにとって決して幸せじゃないと思う。

 伝承は極端な例え話だけど、そんな非情な運命も赤い糸で結ばれた由縁というならば、赤い糸を結ばれるのも、赤い糸で繋げられるのも、私はお断りだ。それに未来は既に決まっていて変えられないみたいな、無常観や色即是空感に陥りそうで厭らしい!

【そういうのって、有るのかも知んないけど……。見えない糸なのに赤色って分かるのは、なぜ? なんで赤くて糸なのよ?】

 訊かれた以上、一応、答えるけれど、今は興味も全然無くてワザと適当な質問を返しをして遣る。そんな糸が有ろうと、無かろうと、見えようが、見えまいが、私にはどうでも良かった。定められた運命なんて知らないし、考えたくも無い。

【さぁ? そう一般的には言われているけど、単純に目立つから赤いのだと思うよ。色も糸も見た人の例えれる知識が、そこまでだったんだろう。うーん、本当は知らないです】

 知らないくせに適当な返答を寄越すあいつに腹が立つ。たぶん、赤いのは寿カラーだからで、糸は麻や木綿じゃなくて丈夫で艶々した高貴な絹糸っぽいのをイメージしていると思う。

(大体、運命ってなによ! 赤い糸で結ばれている相手は変えられないの?)

 あいつの事だから、赤い糸の絆を意識して私と結ばれると思っているに違いなくて、そんな、あいつが抱く根拠の無い幻想に、私は巻き込まれたくない。

【もしかして、私と見えない赤い糸で繋がっていると思っているの? 確かにいろいろ有ったけどさぁ、あんたと私に絆なんか無いから。赤い糸なんか、見えても、見えなくても、無いからね】

 否定し突き放す幻想を見させない薄情で酷い内容を送り付けてしまったと思うけれど、私の冷たい感情はあいつに拒否の追い討ちを掛ける。

【あんたが、私と赤い糸で結ばれているって信じ込んじゃうと、それ呪いになるから本当に止めてよ。呪われるなんてイヤよ! それにキモイから】

 送信してから『しまった! 言い過ぎた!』と、思った。

(『キモイ』は良くないわ。その『キモイ』のと、私はメル友してるんだっけ……)

【あんたと私の糸は赤くないわね。……今のところは】

 直ぐに遠まわしの取り繕いメールで補完する。だけど、これはこれでテレが入って脈有りって期待を持たれそう。何度か読み直して『今のところは』も、取り消し補完しようとパネルに触れ掛けた時に、図に乗ったあいつの返信が来た。

【ほんのちょっとでも、うっすく赤くなってない? ピンクっぽくもない?】

 私は唇を噛んだ。本当は私の迷い色が付いていて、少しは赤色も混ざっていると思う。

【全然、なってないわよ!】

 送り終わっても、私は唇を噛み続けている。完全否定して遣ったのに何故か悔しい。返信をし過ぎてしまった。あいつを意識しているのが気付かれたかも知れない。

『あんた、なんか勘違いしてるんじゃないの?』も、付け加えて遣れば良かった。でも、それをしてしまうと、テーマが堂々巡りになりそうな気がして、尚もパネルの文字アイコンにタッチしようとした指をずらして、電源アイコンをオフにする。

(なっ、なに意識してんのよ、私! あいつの冗談みたいな釣りメールにマジ答えして……。バッカじゃないの)

 電源を切った携帯電話をベッドの上へ投げ付けて、今日のメールは終わりにした。続けてもツンデレっぽさが強まるだけで、いつ、あいつを意識しているのを曝け出してしまうか分らない。それに今日はもう、あいつからのメールは来ないと思う。

     *

 学校行事のコーラス祭は、春先のピアノコンクールが行われた市内の多目的ホールで毎年開催された。自薦して選ばれたコーラス伴奏のピアノ演奏は、リズム重視で個性的な主張は抑えなければならない。

 何の感動や感傷も無かった。手の動きがリズムに呑まれて、指が余計にキーを押さえようとするのを懸命に抑えながら弾いた。いつもは、曲の流れを指や身体が独りでに音を先読みして、楽譜を読む視覚や音を感じる聴覚で、脳が判断するよりも速くキーを敲いてしまうのに……。

 コーラスが歌い終わり、私のピアノ伴奏もラストの一音が余韻を響かせて終了した。伴奏はノーミスで上手く弾けて完璧だった。トレースするだけの発表会では間違いなく高得点だろう。

 指の走りを抑えた演奏は全然、感情移入をできなくて、結局、最後のピアノと決めたコーラス伴奏は、ピアノ教室を辞めようと思った時と同じようにフラストレーションだけを残した。

 伴奏中は何度もコンダクターを見る視線を客席に流してあいつを探した。きっと、あいつは私を食い入るように見て、私が敲くピアノの音に聞き耳を立てているだろうと、その表情が気になった。絶対、三年前のような驚きと感慨が籠もった瞳で見ていなくて、インパクトの無い響かない音色にがっかりして曇り、憂いた顔で私を見ていると思った。

 コンダクターに促され起立する。今も客席の大勢が拍手する中にあいつを探す。

(今回は感動に浸り切って忘れているのじゃなくて、失望の極みで拍手をしていないだろう)

 あいつの反応と態度を知りたくて、客席の中へ何度も探したけれど、とうとう見付け出せなかった。

 クラスのみんなに合わせて終わりの一礼をする。こうして私のピアノは無念さだけを残して終わった。いつになるか分からないけれど、改めて鍵盤に向き合える気持ちになる時まで、私はピアノを封印する。

 退出する私のクラスと入れ替わりに、あいつのクラスが客席から移動してステージに上がり並び始める。私のクラスが客席に着席し終わる頃、指揮台に立つコンダクターが、並び終わった各パートのメンバーやピアノ伴奏者に最終確認や指示を出していた。あいつは最前列のほぼ中央にいてコンダクターの問いかけに頷いている。

 綺麗に並んだメンバー達が姿勢を正し終えてステージの準備は整い、会場から騒めきが消えて行く。

 静まりかえった客席とステージにピンと空気が張り詰めた僅かな間の後、一瞬の溜めを置いて振られたタクトに合わせて、微動だにしなかったメンバー達が一斉にウェーブを描いて歌いだした。

(凄い!)

 一斉に発せられた歌声はダブりも濁りも無く澄み切り、揺れるウェーブの動きと合わせて綺麗に揃っている。

 私のクラスのコーラスはノーミスのピアノ伴奏に合わせて軽やかに揃えていたし、揃えたみんなの声は伸び伸びと鮮明に響いて、終わりの余韻まで上手に歌えていたから採点はトップになるだろうと考えていた。だけど、このクラスに比べると明らかに自分達が聴き劣りして、見劣りもすると思う。

 あいつもみんなに合わせて体を揺らし、ちゃんと声を出して歌っているように見えて、時々、あいつの声が聞こえた気がした。一体どれだけ、あいつのクラスは練習をしたのだろう?

 曲は以前、FMラジオかWEBラジオで聴き知ったものだった。確か女性のシンガーソングライターがソロボーカルで歌っていた曲で、コーラスプログラムにも独唱と記載されていた。一つ目のソロパートを最前列の男子が一人、前へ数歩踏み出してソロで歌い出した。次のパートでソロの声が徐々にコーラスに呑まれて行き、耳に触り良く聴こえる。

 ソロパートが二つ過ぎた。今程のソロは、あいつの横の男子が歌っていた。そして、最初のソロはその男子の横の子だった。合唱はまだ終わりそうもなく歌の流れからもう一度ソロが有りそう。

(ん? もしかして……)

 最前列のあいつの立ち位置から、私は気付いた。

(まさか……、次のソロはあんたなの?)

 小学六年生の時に何度もの遣り直しで真っ赤になって震えながら、か細い声で歌っていたあいつを覚えている。同じクラスだった去年は私の斜め前で、あいつは怠そうに歌っていた。

(ちゃんと歌えるの、あんた?)

 合唱が短く伸びてソロに移行する気配を感じさせ、あいつが前へ動いて合唱のリズムから外れて行く。私は目を見張った。 

(おっ、驚きだ! あいつがソロを歌う!)

 見ている間に、あいつはススーッと三歩ばかり踏み出して歌い始めた。コーラスはピタリと止まりあいつの歌声だけが会場に響く。リズムに合わせてあいつの伸びやかな手足の動きと身振りが、見事に揃ったみんなのウェーブとシンクロして、聴覚で聴かせるだけでなく視覚でも見せ付けてくれる。

 しっかりした澄んだ声で少しも滲まないあいつの歌声に更にびっくりした。踏み出す時にあいつは私を見て、明らかに私を意識して、私だけに歌っていた。

 あいつが唄う。

 『♪ あなた……』は私だ。そして唄う歌詞はあいつの私への想い。

 私の憂いた気持ちに、歌に込めたあいつの想いが被って来る。いつしか私はあいつの歌に聴き入ってしまっていた。

 私を見詰めながら指を広げた手を胸に当てて熱唱する、あいつの熱い想いが私の中で跳ねた。

 あいつは、ソロパートが過ぎても下がらずに、そのまま、再び始まった合唱をバックコーラスにして歌い続けた。両手を握り閉めて声の有らん限りに私へ歌い掛ける。力強いスタンスでしっかりとステージを踏み締め、あいつは全身全霊に込めた私への想いを唄う。

(ああっ、なんてことなの……!)

 目が潤んで涙が出そう。あいつは私を求めている……。あいつの声が、あいつの願いが、ビシッ、ビシッと私の心を揺さぶり感動させ続ける。

(どうして……、つれなくする私に、そんなふうに歌えるの?)

 両手を私へ広げて、あいつが必死な形相で叫ぶように歌っている。私を貫いて行くあいつの声が胸の奥を何度もキュンと鳴らして、速くなる動悸の高まりがズキズキと耳の後ろや米神から聞こえた。

 あいつは左手で胸を押さえ、伸ばした右手の指は私を指し示す。

「♪ ……あなたとー」

 ラストのワンフレーズをソロで歌い切り、曲が静かに終わった。

(はっ、肌がゾクゾクして来る。全身に鳥肌が立っているみたい……)

「良かった……。凄く、良かったよ!」

 言葉が呟くように自然と出た。滲んで見えていたあいつが、水の中のように揺ら揺らと見えて、溜まった涙が頬に熱く流れ伝って行き、私は泣いていた。

 深く吸い込んだ息がブルブル震えながら吐き出されて行く。

(ああっ、そうだ、拍手をしなくっちゃ!)

 小学六年生の時、あいつは私のピアノ演奏に拍手をしてくれなかった。

(私は、あいつとは違う。強烈に貫かれたショックで我を忘れていても、心から感動した喜びや嬉しさを伝え手に、ちゃんと知らせなきゃ駄目よ)

 感極まった私は我を忘れ、立ち上がってあいつに拍手を送る。

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 二年生最後の終業式の日、帰り掛けに持ち帰り忘れが無いか、再チェックした私の机の中には、ローマのスペイン広場のショップで買うのを諦めたレター挿しが入れられていた。そのレター挿しの入った小箱を包んでいたのは綺麗な色彩の絹のスカーフだった……。

 初めて経験した地球を半周近くも飛ぶ長時間フライトは、窮屈なエコノミークラスのシートによるストレスと時差ボケで身体をフラ付かせ、伴う頭痛は吐き気を催して気分を最悪にさせた。

 ミラノ空港に到着後は徐々に体調を戻して来ているけれど、最初のツアー地のスイスアルプスの麓まで長く広がるコモ湖の南端の古い街に着いても、ショッピングや観光に行く元気は無くて、私は広場脇の駐車場に停めた乗客が降りてからっぽの大型観光バスの中で寝かせて貰った。

 揺れの無いバスの中でシートをフルに倒して暫く横になると、吐き気を催す頭痛や体の揺れが治まり気分はすっきりして来た。気分が良くなると、車窓から見えるコモ湖の風景に、真冬の北イタリアの淡い陽光を浴びながら冷たい大気を吸い、湖面を渡るアルプスから吹き降ろす風を感じたい欲求が出て来る。

 運転席で靴を脱いだ足をダッシュボードの上に投げ出して寛ぐデカい図体の若い運転手は、どう見ても地元のイタリア人ぽくって英語が通じるか分らない。だけど、キラキラと光る水面の輝きに、とうとう我慢できなくなって、これまで学び覚えた英語の全力と身振り手振りで私は外へ出たいと訴えると、若い運転手は思いの他、英語に堪能で、彼の『目の届く範囲で』を条件に快く外に出してくれた。

 湖畔の欄干に凭れて、北イタリア冬の太陽の薄い暖かさに頬が擽られるのを感じながら、駐車場へ到着したばかりの大きな観光バスから降りて来る乗客達を眺めていた。コモの金沢と違う匂いの軽い湿気が混ざる冷たい大気を、大きく両手を広げて胸深く吸い込みギュウッと肺が凍えて息苦しくなったその時、……あいつがバスから降りて来た!

 見た瞬間、心臓が大きく跳ねて、目が険しく見開いた。次に否定が来て疑り、更に真贋を見定めようと眼を鋭く凝らす。

(似てる……。すっごく似てる。他人の空似? ……でも身体付きも、動きや感じも…… そっくり!)

 疑る思いに息が詰まり、その息苦しさに呼吸が喘いでしまう。

(でも! でも! でも! あいつがここに来るわけないじゃん! ……でも、……いるかも…… 知れない)

 眼が勝手に忙しなく瞬きを繰り返す。

(ええーっ、そっ、そんなぁー? あっ、あいつ……? 本当に、あいつなの? うそでしょう?)

 その信じられない光景に、声にならない言葉を吐き出す息が震えて途切れ途切れになるほど、全身から熱が奪われてプルプルと引き攣るように緊張して驚いた。くらくらっと目眩までする。

 私は家族旅行で行った三月初めのイタリアで、あいつと信じられない出逢いをしていた。

(あんたぁ、なんで、ここにいんのよ? あんたと、こんな素敵な場所で遇うなんて、全然、納得できないよ!)

 今、あいつと北イタリアのピンポイントでいっしょになっているのを、どこか物陰に隠れて逃げ出したいくらいに信じられないし、否定したい。

 顔を逸らしながら横目であいつの様子を見ていると、どうも父親と二人でツアーに参加しているみたいだった。そんな関心や勘繰りを頭から振り払うのと、あいつに気付かれないように体ごと、右手の湖上を間切るアニメムービーに出て来るような白と黒のツートンカラーの汽船へ向ける。船上で作業をするセーラー服姿の乗員達がクールでキュートだ。

 湖沿いの道の端をあいつのツアーグループが左へ折れて行き、行き違いに観光客の一団がこちらへ歩いて来るのが見えた。この地の特産品、コモシルクのアウトレットへ行った私のツアーグループの人達だ。戻ると広場の周辺を三十分余りショッピングや散策するスケジュールになっている。

 アウトレットへ向かう人達の中にあいつの姿は無かった。たぶん、向かわなかった人達と広場や周辺の土産物屋にでもいると思う。でも、コモ湖を眺めに私の横に来るかも知れない……。あいつに顔を晒さしてしまわないように少しずつ顔の向きを変えながら、視界の隅にあいつを探す。

 いた! あいつは後ろの離れたベンチで私にカメラを向けていて、あいつに気付かれたかもと思った瞬間、後方から吹き上げた強い風に目を瞑った。その風は今まで私の頬に吹き寄せていた穏やかに湖面を渡るアルプスからの冷たい風でなくて、逆方向の地中海から吹き上げて来た一陣の疾風だった。

 ビイュゥゥゥゥゥ、風鳴りがした途端に背中から私の全身を風圧が抑え付けた。沸騰させるようにはっきりと湖面に風波を泡立たせて、暖かさを感じさせた疾風が吹き抜けて行く。コートの裾を捲り、フードをバタつかせて吹き流し、髪を舞い上げて掻き乱す。思わず私は舞い上がる髪と飛ばされそうになったカチューシャを両手で押さえた。

 あっという間に風波が湖の奥の方へ去って見えなくなると、何事も無かったように再び穏やかな北風が頬を擽って来る。冷たい風に戦ぐ乱れた髪を指で梳きながら纏めて、フードのズレを整え直そうとした時に、ふいにお姉ちゃんが目の前へ現れて私の首に何かを巻いた。

「はい、お土産。首に何も巻いてなくて寒そうだからさ。私と、お母さんと、お父さんの三人からのプレゼントよ。ほうら、やっぱり似合うわ。これ私の見立てね。体調が良くなったみたいだけど、ちゃんと首元を温めて、風邪引かないようにね。また体調を崩したら損でしょう?」

 お姉ちゃんが私の首元に巻いた、軽くて薄い布はシルクのスカーフだった。

「うん! ありがとう、お姉ちゃん! ありがとう、お母さん、お父さん」

 三人からプレゼントされた風を通さない温かなお姉ちゃん見立てのスカーフは、あいつから贈られたコモシルクのスカーフと同じ柄の色違いだった。

 あの時も手を振って知らせれば良かったと思う。次のツアー先へ向かう大型観光バスに乗り込む前から、あいつはコモ湖の風景そっちのけで私を探していて、それに見付かるまいと私は家族の影に隠れたりしていた。それなのに動き出したバスの車窓からも、まだ私を探し続けるあいつに切なさと憐れみを感じてしまって、仕方なく影から出てあいつに身を晒すようにツアーの人達の間を歩いた。

 横目で見たあいつは私に気付いてじっと見ていたけれど、あいつを乗せた観光バスは直ぐに通りを曲がり石造りの街並みの中へ見えなくなってしまった。

 奇跡のような凄い偶然の出逢いだったのに、私は決して運命的だと思いたくなかった。あいつの目に捕まりたくない私は素直になれずに、コモ湖でツアーが重なっていた間中、視線や体の向きを合わせはしなかった。そして、そんな狭くて偏った考えしかできなかった私を後悔していた。

(この時間だと、日本は朝の八時十分前になるのか……。しかも、明日の朝ね)

 昼間の後悔もあって、コモ湖で出逢った日の夜に、あいつへメールして遣った。

【おはよう。今、どの辺?】

 私に気付かれているのを、あいつは知らないと思う。だから意地悪く、日本に居れば登校途中の時刻に、あいつへ現在位置を訊いて遣る。

(返信は来ると思うけど、きっと、イタリアにいるなんて、正直には答えないだろうな)

 お姉ちゃんは、もうベッドですやすやとじゃなくて、ガォウガォウと獣っぽい大きな鼾を掻いて寝ている。疲れたお姉ちゃんのいつもの寝入り姿だ。化け物の霊に取り憑かれているみたいで、なんか怖い! それに煩くて眠れやしない! そんな人っぽくないお姉ちゃんを見ながら、コモ湖でのあいつの怪しい行動を思い出していると、サイレントモードにした携帯電話がメールの着信カラーで光り出した。

【上野本町の通り、鶯坂と亀坂の中間ぐらい。雪で滑るし歩き難いな】

(あはは、降り積もった雪が多くて歩き難いなんて、なに書いてんだか。嘘吐き! こっちに雪なんて全然無いじゃん。あいつもミラノか、その近郊のホテルに泊まるはずでしょう)

 やはりそうだった。あいつは私に気付かれていないと思っている。

(あっ、でも……)

 ここで反省しなくちゃと思う。次に出逢う事が有れば、その時はちゃんとあいつを見て近寄って遣ろうと思う。

(そう、近寄ってあいつの反応を見るだけよ。声を掛けるのは、その時、その場のムードとシチュエーション次第でしょう)

【そう? 歩きにくいかしら?】

 送信してから、ちょっと意味深になってしまったと思う。だけど、だけど! 限り無くゼロに近い稀少な遭遇の縁なんて……、限り無く透明な希薄で消えそうな赤っぽい色なんて……、そんな偶然の縁なんて今の私には無数に有って、あいつとだけじゃない! オラクルなんて有り得ない! あいつに引き摺られたり、引き込まれたりしそうな私を認めたくない……。

【近く? どこにいんの?】

 あいつから返されたメールは、フリなのか、ミラノのリアルを指した問いなのか分からない。いささかマクロ化されて来た質問メールに、もう私は答えない。

 普段のメールの遣り取りでは有り得ない内容だった。冗談めいたメールを送り合う事が有っても、登校中にあいつと現在位置を訊いたり教えるなんてした事が無い。いつもあいつは知らぬの間に横や後ろの近くにいたし、通学中も何も今まであいつは、面と向かって私に会いに来た事は無かったし、会う度胸も無いと思う。

 でも、もしここで、リアルに宿泊しているホテルを教えたら、あいつはどうするだろう。イタリアでどのくらい英語が通じるか分からないのに……。大胆にも成績が良くないレベルの英語力を駆使して、ホテルのフロントで手配したタクシーに乗って会いに来るだろうか? そして、例えホテルのロビーでもミラノのミッドナイトに、あいつに会うような冒険をする勇気が私に有るだろうか?

 日本的な枷が何も無いミラノの地を駆け、深夜にエトランジェの二人が会えば貴重な行動で面白いかもって思うけれど、やはりリアルにしたくない私は素直に冒険できなかった。

 帰国してから私は後悔した。もし、ミラノで互いがイタリアにいる事と旅行日程を知らせていて、フリータイムの日に、もし二人が近くにいたらフェレンツェのドオモの天辺へ上ったり、ナポリの坂道を歩いたりできたかも知れない。初日のミラノじゃなくて日程の途中や最終日のローマでも知らせれば、互いの楽しさを二乗で補完できていただろうと反省していた。

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 だから私は今、素直な気持ちで感動させてくれたあいつへ、感謝の拍手を送る。

(ねぇ、あんたは何故、そんなに私を好きでいられるの?)

 素直な感謝の思いに無意識の声が出て、あいつへ呼び掛けるように呟いていた。

「ねぇ……?」

 辺りから聞こえるどよめきに、ハッと我に帰り周りを見ると、客席の大勢が拍手をしながら立ち始めていた。

(スタンディングオベーションだ。あんたぁ、良かったじゃん。……ん?)

 会場の全ての生徒が私を見ていた。最前列の審査員席や壁際に座る先生達も顔を向けたり、振り返ったりして私を見ている。

(あっ!)

 私は真っ先に一人立ち上がりあいつに拍手を送っていたのを知った。

 イタリアから帰国した後は暫く、あいつと同じ期間を休んでいた事が、二人に何か関係が有るとばかりに根拠の薄い噂でクラス中に広まり、それが有らぬ尾鰭を付けて他クラスにまで拡散して行き、私を見掛けてヒソヒソと小声で言い合う同級生達の態度に、以外にも私は注目されていた事を知った。

(まあ、けっこう私はモテて、告って来た男子は悉く『ごめんなさい』していたし、そんなのがクラスメートと家族ぐるみで海外旅行していたかもと噂されりゃ、本当はあいつとデキていて、イタリアでデートしたいから親を説得したとか、あいつと二人っきりのローマの休日してたとか、話されてもしょうがないかぁ)

 漏れ聞こえて来る噂の断片を纏めると、今じゃもう、家族公認の仲というフィアンセまがいになっているらしい。

 そして、この一人オベーションで既に学年まで広まっていた憶測だらけの噂が、これから学校中で囁かれるのは決定的になってしまった。

(どこまで、あいつが噂を聞いているのか知んないけど、まったく、なんてこったいだわ……)

 顔が俄かに火照って来て、熱が出る時みたいにクラクラしている。きっと私は、真っ赤な顔になっていると思う。直ぐに両手で顔を覆ってしゃがみ込みたいくらいに恥ずかしいけれど、私は顔を上げたまま平気なフリを通す。でも、もう、胸の前で握り締めている両手は拍手をしていない。

 周りが見えなくなるくらいに興奮して、今もプルプルと全身が小さく震えるほど感じている。

(こんなに感動させて……、なんて奴なのよ!)

 会場のホールは、みんなの大きな拍手と喚声で割れんばかりに湧いていた。シートに腰を下ろして、ステージから退場して行くあいつを見て思う。

(なんか終わりは、コーラスのステージじゃなくて、あいつと……、私の為だけの……、リサイタルみたくなっちゃったな)

 私だけを見詰めて歌い続けたあいつのソロを、嬉しくて心地良いと感じている私がいた。だけど、心地良い気持ちを苛むようにレター挿しの……、あいつ旅行土産の御返しをしていない引け目があった。

 ツアーコースで寄るブランドショップの並びに在った小さなインテリア雑貨の店で、サーベルの形をしたシックなペーパーナイフを見付けた。それを、あいつから三月末の終業式の日にプレゼントされたレター挿しとスカーフの御礼として、春休み明けの初日にあいつへ贈ろうと思い付いたけれど、それは既に何日も前に包装を解いて使っているモノで、私の雑な扱いに刃先はこびり付いた紙の切り滓に塗れ、刃面も所々に印刷のインク染みを作り変色していた。こうなると汚れを拭い取っても新品の綺麗な状態には戻らない。

 そんなモノを贈るべきか私は迷った。入っていた化粧箱も捨ててしまっているし……。

(私の使用済みでも、それはそれで、あいつは絶対、喜ぶに決まってる……)

 結局、私は使用済みを贈らなかった。千代紙に包みバッグに入れてあいつの下駄箱の前まで持って来たけれど、やはり、染みの有る使い止しは良くないと思う。それに、土産やプレゼントを交換するような親しい仲にもなっていない。クリスマスイブも、年賀状や初詣も、バレンタインディーも、ホワイトディーも無碍に断っている。

 そして私は今、あいつの靴箱にペーパーナイフナイフを入れなかった事を後悔していた。でも、あいつのクラス全員が、綺麗に揃っていた素晴らしいコーラスは、あいつの独善の所為で最優秀賞に選ばれないと思うから、賞品も記念品も無しね。

     *

 卒業記念の銅像造りに美術部のあいつも加わっていて、そのモデルになっている事は聞こえて来る周りの女子達の話題から知っている。あいつは学校行事でそういう何かをしているって事や、部活の出来事をメールに書いて来なくて、私はあいつの私生活を全然知らない。

 自分の思いや悩みをはっきり送って来る癖に、私生活や何かに熱中するのを知られるのは格好悪いとでも思っているのだろうか?

(そんなのを話題にすれば、もっと相手の思考が解ると思うのに。話題に発展性が有れば楽しく盛り上がるかも。まぁ、私もピアノのことはメールに打たないけれどね)

 制作中の像は男子と女子が寄り添うような姿らしい。

(中学生の三年間が良き思い出になれば、きっと、懐かしくて楽しい気分が私を仰ぎ見させてくれると思う。でも、思い出すたびに気持ちが悪くなることばかりだったら、ここに来るたびに石をぶつけてやるわ)

 ちょっと近未来を想像してみる。

 卒業後、中学校の前を通って視界に卒業記念の銅像が入ると、あいつを思い出すだろうか? もし、あいつと親しくなっていれば、寄り添う女子の像を私に置き換えて見るのだろうか?

(ううっ、ないない! それは恥ずかしいかも……。今のヘタレなあいつとじゃ、絶対ないよ!)

 私が惚れるような、優しくて、思い遣りが有り、逞しく、勇敢で、夢を実現しようと足掻き続け、努力と向上心と探究心を持ち、なにより一番に私を大切に想い大事にしてくれて、私に幸せを与え続ける男性にあいつがならないとね。私は恋愛対象を外身の見てくれで選ばない。男は顔やスタイルじゃないと思う。

(そんな男に成らないと私はあいつに恋をしないわ。でも…… 稼ぎがないとね。お金が無いと愛が潤わないと、お母さんが言ってたな。……あっ、ちゃうちゃう。何考えてんのかなぁ、私は……)

 否定するところなのに想像して、あいつの将来を危なく肯定しようとしている私がいた。しかも顔が火照り、熱っぽいのを感じる自分が腹立たしい。

     *

 コーラス祭が開催された日の夜に、私は考え悩んだ末に律儀に通っていたピアノ教室を、高校入試の受験勉強に集中したいという言い訳を添えて前期半ばで辞める事にした。受験を理由にピアノ教室を辞める旨を告げると、お母さんは悲しそうな顔をして私に思い留まるように諭す。

 才能の無さに気付かされ、モチベーションは上がらなくて、もうメンタルに限界なのと泣きながら本当の事を話すと、『今は、おまえがそれで良いのなら』と、お父さんは納得してお母さんを説得してくれた。それほどピアノに励む私を両親が喜んでいてくれたかと思うと、寂しくなって続けようかと考える。けれど、悲しい現実はどうにもならない。

 我が儘な私はピアノも処分してケジメを着けたかったのだれど、両親の強い意向で私の指に馴染んで大切にしていたアップライトピアノは、処分せずにいつでも気が向いたら弾けるように、今まで通りそのまま私の部屋に置いておく事になった。

     *

 コーラス祭以後もあいつは以前と同じで、廊下や階段で擦れ違ったり登下校や下駄箱で近くになっても、ちょっとした目配せも無く無表情で挨拶の一言も掛けては来やしない。それは私も同じだけど無表情なあいつの態度に、ポーカーフェイスを崩せなかった。

 挨拶ぐらいしてくれば明るく返礼しようと思っているのに。ただ、私からはアクションしたくない。あいつから動くのが筋でしょう。

(メールでは大胆なくせに、近くにいる時でも話し掛けても来やしない。ヘタレな奴!)

 ヘタレな奴……? でも本当にあいつはヘタレなのだろうか? 記憶を探りながら、あいつがヘタレかどうか過去に問う。

(違う、ヘタレじゃない。あいつは私以外にはヘタレでなくて、私だけにヘタレなんだ)

 美術作品に見られるあいつの発想力や造り上げる根気。コーラス祭での大胆な意志表示に音痴な歌唱を克服し、去年の体育祭では驚きのリズム感で終始フォークダンスをリードされた。困難から逃げるヘタレじゃ成しえない。根気と努力で結果を出しているあいつは、

(ヘタレなんかじゃない! リアルじゃ私だけを避けて、私だけから逃げる、私だけのヘタレ……)

 クラスのみんなには、私の後ろ姿を描いたあいつの鉛筆画で二人の仲を勘繰られ、他クラスの女子達に言い詰められて困っていた私をあいつは救ってくれた。フォークダンスでは無言の見詰め合いでみんなから二人に何か有ると思われてしまう。そして、私を指差して歌うあいつに、一人立ち上がり拍手で応えたコーラス祭は、二人の関係を全校の生徒と先生に誤って認知させる結果になってしまった。

 あいつが私に告白しただけで、その想いに私は応じていない。みんなが勘繰って想像するような事は一つも無い。付き合うどころか私はメール以外を拒絶している。それなのに私の意志や思いや実情に関係無く、あいつとの仲は公認されたみたいになり、二人は密かに交際していたと囁かれている。

 今じゃ下駄箱に手紙が入る事も無くなって、少し詰まらない。

     *

【性格ブスのほうが、余っ程、醜いと思うけどなぁ】

『あんたのブス判断はなんなの? 顔? スタイル? そんな外観重視?』と、あいつのちょっとした素行が気になって訊いてみたら、即行で回答された。

 性格ブス……。たぶん、素直になれない私は性格ブスだ。……と思う。あいつも気付いているだろう。でも認めたくない。

 或る日あいつのクラスの前を通ると、開いたドアの向こうに三人の女子達と楽しそうに話すあいつが見えた。

 私に話し掛けるのは駄目出ししているから、あいつは楽しげなメールを打って来ることはあっても、そんなふうに私へ親しげな態度を見せた事は無いし、睦まじいムードになる事も無かった。きっと、私に拒絶されるのを恐れていると思う。

(まあ、私は誰にでも無情で、無愛想なんだけどね)

 あいつと話す三人は男子から嫌われている女の子達だった。私が拒絶してつれない態度をとるから、あいつは他の女子と親しくしているのかもと思っていた。

 些細な事でみんなは一部の男子や女子をスケープゴートにする。灰汁の強い数人の生徒から始まるそれは、他の同じ目に遭いたくない生徒達も加担して、犠牲者を生け贄や身替わりのように、除け者にしてしつこく陰湿に虐めた。学校やクラスのような単純で狭い閉鎖的な組織や空間では、虐めは加速される。そして、過激な虐めは時として深刻で悲惨な結末を迎えてしまう。

 思春期の不透明な現実や未来への不安と不自由さは、遣る瀬無さの捌け口にスケープゴートの経験の無い痛みを常に求めていた。

 虐めの理由はどうでも良いような、ほんの小さな様にこじつけたことばかりだった。ブスだとか、目

付きが悪いとか、不潔っぽくて臭いとか、無口でおとなしいしくて、ちょっとオドオドしているとか、薄気味悪いとか、バカでトロいとか、動作や成績の悪さもそうだ。背丈や体格などの外見、それに本当にとんでもない事だが、虐める側達基準の身体的欠点…… 欠損や不自由な部位、疾病に虚弱体質、色素の違いまでも…… 見下す対象になる。他にも、どこそこの出身だとか、何人だとか、本人が抗えないどう仕様も無い事までネタにする。全く酷い言い掛かりばかりで許せない。でも私が知る限り、そういうのにあいつが加わっているのを見たり、聞いたりした事はなかった。

 三人の帰宅方向はあいつといっしょで、時々、四人で小立野三丁目の旧道へ歩いて行くのを見掛けたていた。

(なんで、私が歩く、向かい側や、近くの後ろにいないのよ!)

 性格ブスの私は、それを見る度にムカついて毒突く。

(あんた、私が好きなんじゃないの? バカ!)

【あんた。私をやめて他の女子達にしたの?】

 初っ端からストレートど真ん中勝負でいく。別に、あいつが勝手に他の女子を好きになれば良いのだけど、黙って乗り換えられるのは面白くない。あいつはちゃんと、私に御詫びと御礼を言って去るのがケジメだろうと思った。

 コーラス祭以後、女子と話すあいつを見掛ける事が多くなった……。あいつに話し掛ける女子が増えている…… 気がする。

【違うけれど、なぜそう思うわけ?】

 あいつの返信は私を苛立たせ、不快なプレッシャーとジレンマをあいつへぶつけさせる。

【あんた、八方美人でしょう?】

(いきなり、こんなメールを送られても、返答に困るだけだろうな?)

 そう思うけれど、イラつく私は問い質さずにはいられない。

 コーラス祭で全校の女子は、あいつが好きなのは私だって知ったはずなのに、明るく声を掛けて楽しそうにあいつと話す女子が腹立たしい。それを嬉しそうに応じてヘラヘラと笑顔で受け応えするあいつは、もっとムカついた。

 先日の野外学習で行われた長距離歩きでもそうだった。終始あいつは私の後ろの方を歩いていて、最初は五、六人の男子だけの連れ合いだったのに、キャッキャッと聞こえて来る騒がしい声に振り向くと、多くの女子が加わって十五、六人ほどのグループになっていた。その煩わしい声達の中心に女子達に取り囲まれて、笑いながら楽しそうに話しているあいつがいた。

【……そうかも知れない。そんなところが有ると思う。でも…… なぜ、そう思うの?】

 素直に認めるのが気にいらない。しかも、また質問で返してくる。

(やっぱり八方美人だ)

 あいつから女子に話し掛けていないのを知っているのに……、なんか厭だ!

【あんたのクラスに、まわりから嫌われて避けられている三人の女子がいるでしょう。あんたがその子らと、いっしょに帰っているって噂になっているよ】

 自分を心の狭い女だと思った。

(きっと今、私のメールを読んでいるあいつも、私をそう思っているだろう)

 あいつはどうでもいいメル友で、それ以上でもそれ以下でもない。でも、私を好きな癖に、他の女子と親しげに楽しく話すあいつの態度は、とても私をイラつかせた。

【それで?】

(それでって……。どうして察してくれないの?)

 私を心の狭い女にさせてまで、こんなメールを打たせる理由が解らないのだろうか?

【この前、見たよ。教室で楽しそうに、その三人と話しているのを】

 うろたえるあいつが返信して来ると思う、言い訳じみたメールに期待した。

【君には、どう見えたの?】

(うっ! なぜ、そう返して来る? どう見えたか分かるでしょう?)

 予想に反して冷静なあいつのメールに、ワザと鈍い振りをして惚けていると思った。

【親しそうに見えた。付き合っているんじゃないかって?】

(ここまで打たせないでよ。ふつう、察するわよね?)

【三人と?】

 絶対、ワザとボケていると分かった。あいつは惚けながら楽しんでいる。トライアングラー以上なんて、あいつに有り得ない。あいつに問い質すだけなのに、追い込まれてるのは私の方だ。

【そう……】

 あいつに遊ばれていると知っても、このまま引き下がれない。

【でね、思ったの。あんたは誰でも好きになるんだなって?】

(くそう、何、この遣り取りは……。私がジェラシーいっぱいにしか思われないじゃない)

 あいつを気にする私を否定したい。このまま心が狭い女と思われて嫌われれば良いと思った。

【あの子たちは、みんなに嫌われているじゃない。あんたは、そんな子らと仲良しで、良く付き合っているなって?】

(あーあ、送信しちゃったよ。このまま、あいつに嫌われるしかないか……)

 これで『心が狭い』に『厭な』が加わった女になってしまった。なのに、あいつに嫌われたくない私がいる。

(拒絶した私があいつをフラなくちゃならないのに、嫌われるなんて……)

【みんなじゃない。嫌っていない人達もいるよ】

(違う! 私が読みたいのはこんな言葉じゃない。知りたいのよ……。ただ、あんたを確かめたいだけなのに……)

 いつまで経っても望む回答をよこさないあいつに、私は結末を急ぐ。

【いないよ! みんな嫌っているよ。あんたもそっち側だったんだ】

『心の狭い厭な女』に、更に『偏見持ち』もプラスされた。

【ふ~ん、そう見えたのか。だけど恋愛感情じゃないよ。クラスメートじゃん。それに、なぜ嫌う必

要があるの? そういう仕切りや壁を作らないといけないのかなぁ?】

 本当は私も彼女達を嫌っていない。でも、人を括る仕切りじゃなくて他人を寄せ付けない壁は持っている。

 友達は……、親友や心の友と呼べる子はいないと思う。学校や通学路で挨拶を交わしたり、勉強や学校行事などの公なテーマで意見や相談する子はいる。そもそも友達の仕切りや枠やボーダーラインが分からない。それに大抵の事柄や悩みの相談はお姉ちゃんやお母さんにしていて、二人から真剣に構って貰っていた。

 少なくても互いの家へ遊びに行ったり放課後にいっしょに出掛けたりするような親しい子は、一人もできなかったし拵えてもいなかった。

【君やみんなは嫌っているかも知れないけれど、僕には嫌う理由が無いよ。彼女達は僕に酷いことをしていないし、悪口や陰口も言ってはいない。避けたり嫌ったりする事はできないよ】

 必ずと言って良い程、大抵のクラスに仲間外れにされたり虐められたりする子が、男子も女子も一人か二人はいる。

 虐めでも慰み者にするだけの甚振りは陰湿で質が悪い。それは傍から見ていても普通のふざけ合いにしか見えないように装っているから、気付き難くて救いの手が差し伸べられる事も無く、特に悲惨な結末に至り易くなっている。

 慰みの対象も、無口で孤立的な子だったり、賢くて真面目だけどひ弱だったり、勉強ができないバカっぽい子だったり、細身や肥満な体格や背丈の低い子だったり、身の回りや容姿を構わない不潔そうな子だったり、不細工が意味も無く移りそうだと言われる子だったり、いずれも大人しくて自己主張をしない内向的な、ただ直向きに耐えるだけの、そんな陵辱されそうな要因を持ってる子達だった。そして、大人しくても毎回そこそこ逆らい、でも全然弱くて、ちょっと脅したり小衝いたりするだけで、嫌々でも言う事を効く子なら色々と面白くて陰湿に虐めれるから最高に楽しい。

 虐める側は一般的に男女とも三、四人から五、六人のグループで、リーダーの冷やかしやからかいの蔑視と虐め言動を、更にいきなり加える仕打ちの暴力を、取り巻き連中が同調して囃し立て実行に加わっている。こいつらは厭らしい奴らばかりだ。それに家庭や環境にも問題が有りそうだ。

 クラスの過半数は普通っぽく? 事勿れ主義者ばかりで自分が虐めの対象になりたくないから、見て見ぬフリや賛同して楽しんでいるフリをする。

(……たく、どいつもこいつも哀れっぽくて、悲しい奴等ばかりだわ)

【いつものように彼女達と日常の挨拶を交わし、何気ない会話をしているだけ。ダチと話すような話

題ばかりで、毎日がそんな繰り返しばかりだよ】

 孤立的で無口なのは私も同じだけど、私の性格を知らずに言い寄って来る男子が多いのと、それ次々と無碍に断っているのが、言動が予測できない気丈でアウトローみたいな女と思われているらしく、虐められる事は無いけれど誰も仲良くして来ようともしない。

 私は虐められている子達の孤立を強めるように避ける事は無いけれど、それはクラスメートとして最低必要限度の行動や言葉のみの接触で、庇ったり助ける事はしないし、あいつのように積極的に優しくフレンドリーにもなれなかった。私もクラスの過半数と同じで事勿れ主義の卑しいへなちょこのカス女だ。

 二年生での他クラスの女子達に囲まれた時、私が机を叩いて立ち上がらなければ……、そして、間を置かずに机と椅子を蹴り倒して立ったあいつが、立ち上がった私を睨まなければ……、今の私は虐めを受る側になっていたかも知れない。

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 珍しく家族四人が揃った晩御飯の食卓で、学校での虐めが話題になった事が有った。

「テレビのニュースやインターネットを見ていると、酷い虐めが多くなってるよねぇ。あんた達は大丈夫なの? クラスの中にも虐めを受けている子がいるの?」

 見たニュースがショックだったらしく、お母さんが私とお姉ちゃんを見て訊いて来た。

「いるよ。虐めっていうより関わり合いたくない、友達になりたくないって感じかな。嫌がらせ的な酷い虐めは、あたしのいたクラスには無かったよ。ねぇ、あんたも性格がドライだから虐められているんじゃないの? なんかされたら、あたしに言いなさいよ。ケジメを付けさせて遣るから」

 お姉ちゃんは、不器用な性格の私を心配してくれている。

(……っていうか、お姉ちゃんの実情を知らないけど、お姉ちゃんはクラスで幅を利かせていそうだ)

 私も暴力や悪戯の虐めは受けていないけれど、敬遠はされている。

「ううん、そんな事は無いよ。大丈夫だから」

(避けられているのは、あいつはヤバいって感じに思われている所為だろうな。それに守ってくれる男子がいる事も知られちゃったしね)

 いくら強い意志を持って虐められないようにしていても、売り言葉に買い言葉で引っ込みが付かなくなり和解なんて有り得ない。やがて勝ち負けと強弱がはっきりして来ると主従関係が出来上がってしまう。抵抗しても力の差が明らかになればどうしょうもない。王様気取りの命令する側と渇上げとパシらされる慰み者側だ。

 大人達の言う、『相談しろ』とか『抗い続けろ』なんて、既に虐められている子には無意味で、もう遅い。

(『耐えろ』や『我慢しろ』の無責任で悲し過ぎるのは、ちゃんちゃら可笑しくて叫びも涙も出ないわ。そんなの、ひどすぎでしょう。言った大人、人間辞めてよ)

 虐めなんてファシズムみたいなもんだから逃げるしかないんだと思う。それも、何処か誰も来れない遠い所へ……。だけどそれは、間違えた自由を求めて飛んでしまうかも知れず、自由になれたのかも気付けない。

「ねぇ、お父さん。虐められたら学校に相談すればいいの?」

 家族の中で一番社会的に経験値が高いと思うお父さんへ訊いてみた。お姉ちゃんとお母さんもお父さんを見る。私の思慮深いお父さんは、ちょっと考えてから口を開いた。

「どんなに陰湿、陰険に虐められても、学校の先生に相談するのは期待ハズレになるだけだぞ。相談してから日数ばかりが経過するだけさ。挙句に何の対策にもならない教育指導という建前の注意だけになるだろう。もしかして、おふざけのじゃれ合いで虐めじゃないって判断されるかも知れない。それに、先生に相談した事が相手に知れて、より酷く虐められてしまうに決まっている」

 確かにそうなる可能性は否定できないし、そうなる事の方が多いと思う。

「なんせ、殆どの先生は大学までの在学期間と学校の教鞭以外に、外の世界を経験していなくて知らないから根本的に無理で無駄だ。大体、痛みや苦しさを理解できるのか疑問だな。虐めは止まなくて何の解決にも至らないさ。更に体育系の先生は理論分析よりも精神力のモチベーションを主張するから、全く虐め被害と噛み合わないし、事態を根深くして悪化させてしまうんじゃないの」

『先輩達が遣ってきたから俺達も遣る。それが伝統だ』と言い切って、当たり前のように縦の主従関係と力尽くの制裁での強要ばかりを繰り返す、そんなイメージが体育系だ。

「そうだねー。事勿れ主義や何かの資料本か事例集で読んだか、見て知ったか、そんなのを押し付けるのばっかだよ。授業のカリキュラムを熟なすのに忙しいから、真面目に学んでケアする時間なんて無いと思うよ。それに、どうせ、生徒は三年もしたら卒業していなくなっちゃうんだからね」

 お姉ちゃんは、さらっと辛辣な事を言う。

「お父さんにとって、学校の先生は自分の将来像の反面教師だったよ」

 お父さんのこの一言に私も納得だ。お父さんにも何かトラウマ的な過去が有るのかも知れない。

「警察も事件にならないと動かなくて悲劇を防げないのよ。それじゃ遅いんだわ。とにかく、あんた達は虐めに合ったら、ちゃんと親に知らせなさいよ。直ぐに何とかしてあげるから、わかったわね!」

 お母さんは私とお姉ちゃんの顔を見て真剣に言う。

 先にお姉ちゃんへ知らせて相談すると思うけど、お父さんとお母さんは絶対に私達を助けてくれると信じている。虐めが酷くなれば登校をさせなくて、どちらかの住所を移してでも転校を強行させると思う。例えば、能登の御里近くの学校へ転校させてしまうくらいへっちゃらだ。

「大丈夫だよ。お母さん、お父さん。家は親にも、子供にも、意見や相談ができない家族じゃないでしょう」

 全くお姉ちゃんの言う通りだ。私は家族に守られているのを良く解っている。それに、あいつも救い出しに来てくれるはずだ。

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 続け様に、あいつのメールが着信する。

【僕が彼女達を嫌わない故に、除け者にされたり嫌がらせを受けたりしても、僕は気にしないし構わないよ。それに僕の友人達は、そんなくだらないことで僕を避けたりしない】

(知ってるよ……。あんたも、あんたの友達も、意味も無く差別するようなチンケでセコイ男じゃないって事ぐらい、分かってるよ)

 不安な思いをそのまま返信しようか、どうしようかと迷う内に、更にメールの遣り取りを終息させるような一通が届いた。

【そういう普通な事が偏った意識を持って見ると、そう映るんだね。それは悲しいことだと思うよ】

 私の心の狭さが指摘されている……。私の欲しい言葉を誘う為の私のメールが、鈍いあいつの所為で私を追い込んだ。

【私の見方と意識が、偏っているって言うの?】

 これで更に私を責めるメールを遣すなら、それまでの事だ。心の狭い卑しい女と思われたままでも構わない。決定的な拒絶で断絶してやる。……でも、

(お願い……、違うの。私を誤解しないで!)

 携帯電話が震えながら歌い、あいつからの最後になるだろうメールの着信を知らせた。期待に反した言葉違いだったら、『もう、返信しなくてもいいよ。メールを遣さないでいいから。これっきりね』と、永遠にさようならをするつもりだった。

【君のことじゃない。僕が好きな女の子は一人しかいない。知っているだろ】

(テンパった気持ちギリギリに、やっと来た! この文字が見たかったの!)

 あいつにとっての、……私の存在位置は再確認できた。もう、メールは充分だ。これで私が、『誰を知っているっていうの?』なんて送って、『それは君に決まってるだろ。大好きです』と戻されたら、どう返信しても、返信しなくても、どんな否定と拒絶を文字にして加えても、私があいつへ好意を持っていると、あいつの都合の良いように受け取られてしまうだろう。

(もういい……。ちょっぴり安心したかも……)

 蟠っていた気持ちは落ち着いたからメールを打つのを止めた。これ以上続けると、まだ『好き』という気持ちを寄せても、抱いてもいない私は、きっと、あいつを断絶するしかなくなると思う。

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「例え、虐めに抗う時でも、虐めるつもりじゃない罵りでも、相手の命に関わる言葉や、身体的障害を中傷する言葉を使うもんじゃないぞ! 分かっているよな」

 家族四人が揃った食卓での虐めの話題の終わりに、お父さんは私とお姉ちゃんにそう言った。

「それって、『死ね』とか?」

 お姉ちゃんが問うと、お父さんは頷いて、

「そうだ、命に関わる酷い罵りは、『死ね』『死ねば』『自殺しろ』『いなくなれ』とかで、本当にそうされたらどうするんだ。その時の覚悟は有るのかってところだ。一時の激高の気晴らし言葉が、一生の負い目と罪悪感を齎してしまうんだぞ!」

 確かにそうだ。思春期の私達は感受性が強くて敏感だ。ほんの些細な言葉や態度に傷付けられて衝動的に自らの命で清算しそうになってしまう。

(きっと、間違った自由へ飛んでも、それは永遠の逃避で、求めた自由へ至る事ができないままだ。例え、違う意味の自由を得たとしても、それを意識できずに、全ては終わってしまうんだろうな)

「身体の見てくれのへ中傷もするなよ。他人は自分と同じじゃない。はっきりとジョークだと分かったり、ジョークだと補足できないような言葉は言うな。自分は平気だと思っていても、相手は真剣に悩んでいるのかも知れないぞ。顔や手足の痣や手術痕に火傷痕、髪や眉毛や体毛の量や形、指などの部位欠損に身体の不自由さ、五感の違い、体力の無さや内臓疾患や体質改善の薬の飲用などなど、それらは治療中かも知れないし、もう治療できない状態かも知れなくて、一般の健康的な人達には理解され難いんだからな」

(勉強が出来ない頭の悪さも、それに入るのだろうか?)

 学校の勉強が出来なくても大人の社会で充分に通用する才能が有るかも知れない。所詮、学校の勉強なんて企画化したシチズン造りを目的とした一側面からの修学システムに過ぎない。

「あと、持ち物や服装も中傷したり、からかったりするなよ。人それぞれ、家庭の事情ってモノが有るし、好みや趣味かも知れない。より良いモノや、より良くなるように薦めてもいいけれど、強制やしつこさは不和を招くだけだから、気を付けろ」

 隣で黙って聞いていたお母さんも、『そうよ、お父さんの言うとおり、気を付けなさい』とお姉ちゃんと私を見ている。

「大丈夫よ。そんな私じゃない事は、お母さんも、お父さんも、良く知っているよね。大事にされている事も分かってるよ」

 お姉ちゃんは笑顔で言って両親を安心させていて、それじゃあ、私もって笑いながら言ってみる。

「うん、苛めたいのは一人だけど、そいつは苛めから守ってくれるから、心配しないで」

『そうかぁ』『問題無いから』『良かったわ』と話していたお母さんと、お父さんと、お姉ちゃんの声が消えて、三人が一斉に私を見た。

「なにそれ?」

 お母さんが首を傾げて訊いて来た。

「誰かを虐めて、そいつが、お前を虐めから守っているのか? 何故だ?」

 身をテーブルへ乗り出したお父さんに訊かれた。訊きたい事はお母さんと同じだと思う。

「ふぅ~ん! それ、男の子でしょう。あんたの事が好きなのね。それで、あんたも気が置けないのね」

(よっ、読まれた! やっぱ、侮れないわぁ、お姉ちゃんのスキルは……)

「なっ、なにぃ! すっ、好きな男子がいるのか? そいつは、お前をすきなのか?」

 更に身を乗り出したお父さんが、間近でズレた事を言って来る。ちょっと声が震えて、近付けた表情に『もう、そんな年頃になってしまったか』の驚きと、『信じられない』とか、『嘘ですって言ってくれ』の否定がまざまざと現れている。

(愛娘を案じる気持ちは、良く分かるけど、近過ぎだよ)

「違うって、あいつの片想いだよ。私は……、全然好きじゃないしぃ……」

 お父さんの驚愕の顔に、さっと明るさが差したけれど、直ぐに曇って行く。

(ヤバイ! 疑っている。早く完全否定しないと、先入観で誤解されてしまう)

「いいわよ。御家へ連れて来なさいよ。見定めてあげるから」

 にこにこと笑いながら、お母さんが発展的な事を言う。

「この際、あんた、その子と、お付き合いしちゃえばいいじゃん」

 お姉ちゃんに興味津々な顔で覗き込まれた。

(あーん、しまったぁー。完璧にボケを咬まして、突っ込まれ捲くりになっちゃったよ)

「もう、絶対に全然違うっちゅうの!」

 これはお父さんがしてはいけない事だと戒めて、家族四人が納得して賛同した問題定義の部分で、家族による末娘の人生への中傷で、からかいで、虐めだ。これを毎日の食卓で話題にされたらグレてプチ家出して遣るからとマジに思ってしまう。

 

 ---つづく