遥乃陽 novels

ちょっとだけ体験を入れたオリジナルの創作小説

人生は一回ぽっきり…。過ぎ去った時間は戻せない。

擦れ違い(私 中学一年生)第二章 弐 縦書きPhoto

 全校集会が終わり、講堂から教室に戻る途中、あいつを見た。
 講堂と教室棟を繋(つな)ぐ連絡通路の中程で、溜(た)まっている五、六人の一年男子の中に、あいつがいて、横を通る私には話しに夢中で、気付いているように見えなかった。
 去年の春の日以来、あいつとは一度も言葉を交(か)わしていない。
(私の爪の形を指摘した、あいつ……)
 あいつの問いは、私の爪へのコンプレックスを強めさせた。
 あれから、ぼんやりと自分の爪を眺(なが)めている事が多くなったと思う。
 私のオリジナルな爪を、『四角い爪』と表現されたのは初めてで、新鮮な感じがしたけれど、どこかロボチックで好きじゃない。
(四角い私の爪か……)
 爪を見る度(たび)に、耳の奥で、あいつの声が響(ひび)く。
 私に嘘(うそ)を吐(つ)かさせた、あいつ。
 あの頃から、私はあいつを意識している。
 今度、話し掛けて来たら、話の内容に関(かか)わらず、強い言葉で突き放して、みんなの前で見下して遣(や)ろうと思っている。
 音楽の授業の時のようにあいつが、また、恥を掻(か)くのを見たい。けれど……、その後は一度も私の近くに来ないし、顔も向けて来なかった。
 去年の夏に、あいつは一度もプールへ入らなくて、体育の水泳の授業は、いつもプール脇で見学をしていた。
(夏風邪を引いているんだってぇ? 本当は、水が怖(こわ)くて泳げないんじゃないのぉ?)
 泳げないのなら、プールに入った時にワザとぶつかって遣る。
(水中へ引き倒して、あいつをパニックにさせて遣ろう)
 そう考えてチャンスを狙(ねら)っていたけれど、とうとうあいつは水泳の授業を全(すべ)て見学や欠席で通してしまった。
 中学一年生になった今年も、あいつは仮病を使って水泳をサボっているのに違いない。
(泳ぎも、歌も…。意気地無(いくじな)しのあいつ……)
     *
 朝、廊下の掲示板に幾つかの絵が貼(は)り出されていて、その中の一枚が目を引いた。
 モザイク画のようで違う。
 細かく濃淡(のうたん)に色分けされた翠色(みどりいろ)の中、夏の終わりの光に照らされる学校の三尖塔が、浮(う)き上がるように描かれていて美しい。
 その計算したような色遣(いろづか)いの絵に、私は暫(しばら)く見惚(みと)れてしまった。
(どんな感性や観察眼や想像力が有れば、こんな絵が描(えが)けるのかな?)
 その作者が気になって、絵の横に金のリボンといっしょに押しピンで留(と)められたネームカードを見るば、あいつの名前が書かれていて、不意に『ドーン』と、背中を強烈に突き飛ばされたくらいに驚(おどろ)いた。
(……あいつが描いたんだ! あいつに、こんな絵を描ける才能が有るなんて、マジ信じられない……)
 あんな無作法でデリカシーの無い奴が、綺麗(きれい)で繊細(せんさい)な感性を持っていた……。
 いつの間(ま)にか周りに十数人の生徒が集まって来ていて、みんながあいつの絵を見ていた。
 その人垣の向こうに下駄箱へ寄り掛かって内履(うちば)きに履き替える、あいつが見えた。
 あいつの絵に見惚れていたのを悟(さと)られたくない。
 私はそそくさとスキップをして、その場を離れた。
 教室を二つ過ぎて視線を後ろに流すと、掲示板を見る人だかりの前に立ち、私を見ているあいつが視界の隅(すみ)に映(うつ)る。
 視線を戻(もど)し切る直前に、あいつが走り出す姿勢へ移るように見えたと思ったら直(す)ぐに、『ダッ、ダダダダッ』と、あいつの駆(か)けて来る慌(あわ)ただしい足音が聞こえて来た。
 背後に追い掛けて来る、あいつの気配を感じて、私はスキップのテンポを速め、自分の教室へは行かずに途中の階段脇に在る女子トイレに隠(かく)れた。
 静かにトイレの個室のドアを閉めるけれど、鍵は掛けず、表の表示は空きのままにしておく。
 女子トイレの中に、人の気配はしてしない。
 あいつは中まで入って来ないと思うけれど、便座の上に立って息を殺して待つ。
 突然、静まりかえったトイレに水を流す音が大きく聞こえた。
 その水洗の音に、息を顰(ひそ)めて辺りのようす窺(うかが)っていた私は、飛びあがらんばかりに驚いて便座から落ちそうになった。
 ガラガラガラ、ビッ。トイレットペーパーが巻き出されて切り取られた音が響き、そしてもう一度、水を流す音が聞こえる。
 続いて衣擦(きぬずれ)れが聞こえ、それから個室の戸が開(あ)く気配と、水道で手を洗う音に、トイレのドアを開ける音が連続して、そして、人が出て行く音がした。
 誰もいないと思っていたのに、先客がいた。
(びっくりしたぁ、これで、ここには私だけ?)
 トイレのドアが開いた時に、あいつの気配がした。
 先客が外へ出るのを躊躇(ためら)ったのか、ドアを閉めるのに少し間が有った。
 あいつは、まだ、私を捜(さが)しているのだろうか?
(まだ、そこにいる! 早く、どこかに行けっちゅうの!)
 今度こそ、あいつが私を捜しにトイレに入って来ると思ったけれど、あいつは捜しに来なかった。
(あいつが、女子トイレに入って来たら、それはそれで、大問題にして遣る!)
 五分ほど経(た)って、辺りを窺いながらトイレから出てみると、あいつは既(すで)にいなくなっていた。
 廊下や階段には登校して来た大勢の生徒達が行き来していて、その中に、あいつの姿は見当たらなかった。
 正直言って私は、男子が苦手(にがて)だ。
 共通の話題なんて思い付かないし、何をどう話して良いのか分からない。
 金沢市(かなざわし)へ越して来る前に暮らしていた穴水町(あなみずまち)諸橋(もろはし)地域の明千寺(みょうせんじ)地区には、同級生の男子はいなくて、二才上の上級生と一つ年下の男の子が住んでいて、引っ越した年は、お姉ちゃんが中学二年生に進級する時だったから、地区の小学生は私を含めて三人だけになっていた。
 いつもいっしょに遊んでいるその二人は、私を見付けると、何も覚(おぼ)えが無いのに追い駆けて来て、逃げ出す私に笑いながら蛙(かえる)や蛇(へび)、それに、どうやって捕(つか)まえたか知らないけれど、モグラまで投げ付けて来た。
 遠くから勢(いきお)い良く投げられて、目の前の路面に叩(たた)き付けられるようにドサリと落ちて来た牛蛙(うしがえる)やモグラは、落ちて転(ころ)がった姿勢のままじっと動かずに、ただ、断末魔(だんまつま)にピンと伸ばした手足をヒクつかすだけで、とても可愛(かわい)そうだった。
 そんな嫌(いや)がらせに怖がりもせず、泣きもしない私の態度が面白(おもしろ)くなかったのか、二度ばかり追い付かれて蛭(ひる)と糸ミミズだらけの田んぼに突き倒(たお)された。
 だから、とてもじゃないけれど、遊びには交(まじ)りたくなかった。寧(むし)ろ、いつも構(かま)われたくないから警戒して避(さ)けていたし、逃げていた。
 同じ諸橋地域に居る女子の同級生は、海岸沿いの宇加川(うかがわ)地区と沖波(おきなみ)地区に二人ずついたけれど、他の前波(まえなみ)地区などには男子も、女子も、居なくて、上級生と下級生が数人いるだけだった。そして、近くの花園(はなぞの)地区には女子がいなかったし、明千寺地区の小学生の女子は私一人だけだった。
 時々、スクールバスを宇加川で降りて同級生と遊んでいたけれど、一人で帰る夕暮れの田んぼの中の道は、本当に寂(さび)しくて心細かったのを覚えている。それが億劫(おっくう)で、遊ぶと楽しいのだけど、時々しか行かなかった。
 地元の男子とは、キャーキャー逃げ回るだけで、まともな会話はしていなかったし、スクールバスやクラスでの纏(まと)まりは、はっきりと男子と女子で分かれていて、クラスメイトの他地区の男子にも、授業以外で面と向かって話した事は無い。
 家に帰ると一人でブラブラするのが多かったけれど、一人で遊ぶのは嫌じゃなかった。それに、お婆(ばあ)ちゃんやお姉(ねえ)ちゃんが良く構ってくれたから寂しくもなかった。
 故(ゆえ)に、男子には品の無い乱暴者のイメージと、意地悪で酷(ひど)い事をされた思い出しか持っていない。
     *
 小学校では、『私を好きだ』という噂(うわさ)を全(まった)く聞かなくて、全然モテなかった私が二学期の中頃に初めて男子から告白された。
 帰り掛けの校舎を出ようとしたところを、私はギュッと腕をいきなり掴(つか)かまれた。
「あっ、痛い!」
 更(さら)に引っ張られる腕に、グイッと振り向かされた。
(誰? 痛う! ……痛くしないでよ!)
「俺と交際してくれ。お前を好きになった!」
 痛いと顔を顰める私は、突然、腕と肩を痛めてくれる男子から、御付き合いを申し込まれた。。
 小学校が違って名前は知らないけれど、隣のクラスで割と人気(にんき)が有る、ちょっとカッコイイ男子だ。
 照れと緊張と興奮からなのだろうか? 上擦(うわず)った大きな声で言われた。でも、この痛い体制で、その言い方は無い。
(それって、命令調じゃん! ふつう、私に御願いか、伺(うかが)うように言うんじゃないの? いきなり掴んで、肩と腕を痛くしてくれて、ちょっとぉ、先に謝んなさいよ!) 
「いいよな! なぁ! なぁ!」
 強引に自分の都合(つごう)で迫(せま)って、一方的に私の返事まで決め付けてくる。
(隣のクラスの人気者か、何だか、知らないけど、ちょっと頭、おかしいんじゃないの? 不躾で、不作法で、すっごくムカつくじゃん!)
「いやよ! なに勝手なこと言ってんの。あんたなんかに、全然、興味ないから。交際なんてしないよ」
 掴まれた手を振り払った。
「付き合っている奴がいるのか? 好きな奴は?」
 はっきり断(ことわ)られたくせに、腹立(はらだ)たしいことを訊(き)いてくる。
「そんなの、いないよ! あんたに関係ないじゃん!」
 吐(は)き捨てるように言って、逃げるように小走りで私は家に帰った。
 それから、二学期が終わる年の瀬までに、更に二人の男子から『好きだ』だと告白されたけれど、二人ともリベンジしないように、とても寒くて優(やさ)しい言葉で丁寧(ていねい)にお断りした。
 二人とも素直(すなお)に退(ひ)いてくれたと思う。
 一人は、『お母(かあ)さんと姉さんも、お前が良い子だと思うと言っていた』と、ぞっとする事を言って背中に悪寒(おかん)が駆け抜けた!
 口には出さなかったけれど、二、三歩、後退(あとずさ)りしながら思う。
(勘弁(かんべん)してよね。中学生にもなって、マザコンやシスコンは願い下げ。キモイよ)
 彼らのリベンジは無いけれど、出逢(であ)った時の気不味(きまず)いムードと、再び、好意をもたれるのが嫌で、見掛けると私の方から避けた。
 フッた男子達に、避ける態度を見せ付けて、如実(にょじつ)に嫌がっているのを分から締(し)めてやる。
     *
 あいつの美術作品は、その後も度々(たびたび)展示されていた。
 銀ピカの鎧(よろい)を纏った黒い犀(さい)……?
(何これ? インパクトは有るけど、ネーミングが変じゃん! どこが、どう戦士なのか分かんないよ。鎧を着ただけで、武器や戦闘傷なんかは無いの)
 おもしろい作風だけど、調子放(こ)いてるみたい。
(真面目(まじめ)に遣ってんの? あいつは!)
 でも、良くできていて、エスニック風? らしき造形は、オブジェとしてリビングのサイドボードの上に置いても可笑(おか)しくないと思う。
 雪の降り積(つ)もる真冬日には、あいつ作の長さ四十センチメートルぐらいも有る、デカイくて変てこな頭のサメが展示されていた。
 確(たし)かハンマーヘッドと言う種類のサメだったと思う。
 そのサメが海底を泳ぐ作品で、明るい色遣いから南の珊瑚礁の海らしいと想像できた。
 真(ま)っ青(さお)な空の太陽から降り注(そそ)ぐ熱い陽射(ひざ)しに射貫(いぬ)かれた、透明で温(あたた)かなコバルトブルーやエメラルドブルーの海を、泳いでいるハンマーヘッドのイメージなんて、絵画的想像力の乏(とぼ)しい私は寒風吹き荒(すさ)ぶ、この雪臭(ゆきくさ)い季節に浮かばない。
(そのイメージが思い描ける、あいつって、……もしかして、スゴイのかも……)
 真心の想像力も無い私は、少しジェラシーを感じてしまう。
 噂で、あいつが美術部に入籍させられたと聞いた。
(きっと、あの先生が、強引に美術部に入れたのかもね)
 美術部の顧問先生で美術の先生は、あいつのクラスの担任だ。
 将棋の駒を逆(さか)さにしてような角張(かくば)った顔に、ギロっとした目と上がり眉(まゆ)と一文字に結(むす)んだ薄い唇(くちびる)が、意思の強さを知らしめる。
 芸術家らしい早口のキビキビした物言(ものい)いの恐(おそ)ろしげな先生だ。
 授業中に先生と目が合い、怪光線を放つような眼光で見据(みす)えられた時は、その貫(つらぬ)くような鋭(するどい)い視線に透視スキャンされて、心根の審判を裁定しているみたいで恐ろしかった。
(あいつは、あんな作品を作っているくらいだから、素質が有ったんだろうなぁ)
 あいつが放課後に、ちゃんと美術室へ行って、美術部員らしく絵や彫刻を創作しているなんて想像が付かない。
     *
 見蕩れていた翠(みどり)の三尖塔が、あいつの作品だと知った時に、あいつの美術の才能に負けないよう私も頑張(がんば)ろうと思った。
 小学校の卒業文集に私の夢は、『ピアニストになること』と書いていた。
 お姉ちゃんの友達は、ピアノ教室の先生の指導をそれなりに理解した上で、私に教えてくれていると思う。でもそれは、お姉ちゃんの歳での知識と経験と感受性でアレンジした理解だった。だから、とても大人の先生のテクニックには及(およ)ばない。
 私はピアノに凄(すご)く惹(ひ)かれていて、生意気(なまいき)にも音の美しさや魅力的な深みを、もっと、もっと知って、今は到底挑戦できそうもない超絶技巧まで学(まな)ぼうかと考えていた。
(もっと上手(じょうず)に、いろんな曲を弾(ひ)けるようになって、大勢の人達を、いっぱい感動させたい)
 ピアニストになりたいと、熱くなって行く思いで、お姉ちゃんに相談してみた。、
「いいね。賛成だよ。応援するからね」
 そう言ってくれたお姉ちゃんは、私にピアノのレッスンを受けさすようにと、お父(とう)さんとお母さんにお願いしてくれた。
(お姉ちゃん、ありがとう!)
 レッスンは、お姉ちゃんの友達の薦(すす)めで、通学路の途中に在る金沢市内じゃ名の知れたピアノ教室で習(なら)う事になって、週に三回も通っている。
 お父さんは中古だけど、立派なアップライトピアノを買ってくれた。そして、ピアノの音が部屋から漏(も)れないように、防音工事もしてくれた。
 ピアノのレッスンは今、一番に私の好きで楽しい事で、ピアノ教室へ通う為(ため)に部活は参加しないし、レッスンが有っても、無くても、毎日、家で何時間も練習している。でも、成績が下がるとピアノ教室を辞(や)める約束だから、学校の勉強は疎(おろそ)かにできない。
 いつか私は、ピアニストになって六年生の時よりも、びっくりするようなピアノの音色を、あいつに聴(き)かせて、これ以上も無いくらいに目を見開かせて遣りたいと思う。

 

 つづく

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