遥乃陽 novels

ちょっとだけ体験を入れたオリジナルの創作小説

人生は一回ぽっきり…。過ぎ去った時間は戻せない。

誰? ……幻?(僕 中学一年)第二章 壱 縦書きPhoto

 画用紙に油性サインペンで下書きを描(えが)いて行く。

後で塗(ぬ)り入れる色の発色を妨(さまた)げないように、少し太目の線で外輪郭(そとりんかく)を、細い線で中の模様(もよう)を描き込む。

そして、光が当たる明るい部分と影になる暗(くら)い部分との境界(きょうかい)線を、細く削(けず)り出した鉛筆で薄(うす)く入れた。

それは色遣(いろづか)いのフラットではっきりした光と影を分ける境(さかい)になる。

 下書きの輪郭線と境界線を描き終わると、線で分けられた範囲に小さく色番号を描き上がりをイメージしながら、色番号表と色範囲を良く確認して慎重(しんちょう)に書き込んだ。

 色番号表はプラスチックモデルを塗装(とそう)する為(ため)に買ったものを使う。

小さなスケールモデルはシャドーの暗さとハイライトの明るさを、はっきり塗り分けると立体感が増(ま)すのはジオラマ作りで分かっている。

 僕はその技法を水彩画(すいさいが)で試(ため)そうとしている。

指定番号の色を分けられた範囲に落して色境(いろざかい)を暈(ぼか)さずに、くっきりさせると、リトグラフのようになりそうだけど試してみたい。

 不透明(ふとうめい)の水彩絵の具を番号色に合わせてから、水を少なめに濃(こ)い感じで塗る。

光の反射する明るいハイライト部分は白に近い色、他(ほか)の陽(ひ)に照(て)らされる部分は、それぞれの明るい色を入れた。

影になる暗部は、影の重(かさ)なりが増(ふ)えるに連(つ)れて暗く濃い色へ変化させて行く。

 描いているのは校舎の四階から見た旧校舎だ。

直(じき)に九月が終(お)わろうとしているのに、秋の気配(けはい)を全(まった)く感じさせない暑(あつ)い日が続(つづ)いて、まだまだ強いその陽射(ひざ)しは、深緑に包(つつ)まれて聳(そそ)り立つ尖塔(せんとう)の銅板張りの屋根を染(そ)める緑青(ろくしょう)の錆(さ)びを、灰色がかった明るい青緑色に美しく発光させている。

 学校の応援歌にも歌われる尖塔は三尖塔と呼(よ)ばれているけれど、尖塔は両側の二つがどっしりと大きな角錐形(かくすいけい)なのに、真ん中のはとても小さくて尖塔に見えない。

デザイン的に小さくしたのか、理由は良く分からないけれど、形的には凝(こ)った避雷針(ひらいしん)のようだ。

(三つとも大きいのだったら、格好(かっこう)良いのにな……。でも、それはそれで、やっぱり、……ちょっと変かも)

 金沢市の有形文化財指定になっている旧校舎は現在、『金沢くらしの博物館』として、民俗文化財の展示に使用されている。

学校の近くに在る『石川県立歴史博物館』の重厚(じゅうこう)な建築と共に、僕のお気に入りの建物だ。

 コンクリートやパネル合わせの外壁の箱物建築や、軽(かる)めのデザインと浮(う)き過(す)ぎの色使いや、環境(かんきょう)的にコーディネートされたガラス張りの建築物などとは違(ちが)って、十九世紀末の西洋木造建築『金沢くらしの博物館』と、二十世紀初頭に建てられた総赤レンガ造(づく)りの『石川県立歴史博物館』には、過去へ馳(は)せる想(おも)いと、未来を目指す憧(あこが)れのような重みと、そして造形(ぞうけい)への志(こころざし)を感じている。

 でき上がった絵は、近くから見ると迷彩(めいさい)柄(がら)か色覚(しきかく)検査(けんさ)の同色パターンのようだ。

でも、少し離(はな)れると尖塔の有る屋根と、周囲の木々がはっきりと立体的に見える。

初めて試した描き方が狙(ねら)い通りに上手(うま)く行って、僕は凄(すご)く嬉(うれ)しい。

 予想以上の出来栄(できば)えになった尖塔のリトグラフみたいな絵を写真に撮(と)り、その晩(ばん)は自分のパソコンのディスプレーに映(うつ)して観(み)ながら、牛乳割りしたサイダーで自分自身の可能性、何処(どこ)かで聞いた何かのコピーみたいだけれど、結構気に入っているフレーズ『自分の内なる神』にと、呟(つぶや)いて乾杯(かんぱい)していた。

 行き当たりばったりの湧(わ)き出したイメージに合わせるだけの創作(そうさく)。

僕は誰(だれ)の為(ため)でもなく、僕自身の満足の為だけに創作している、……はずだった。

     *

 リトグラフみたいになった僕の絵が廊下(ろうか)の掲示板(けいじばん)に貼(は)り出されていた。

しかも、金色のリボンまで付けて……。

 朝、校舎の玄関(げんかん)に入ると、靴箱(くつばこ)の向こうに有る掲示板を十数人の人だかりが囲(かこ)んで貼り出された絵を観ていて驚(おどろ)いた。

恥(は)ずかしくて躊躇(とまど)いが有ったけれど、イメージ通りに上手く出来た僕の作品をみんなに観て貰(もら)えるのは嬉しいと思う。

どんな評価(ひょうか)をされようが、悪い気はしない。

 その人集(ひとだか)りの中の一人の後ろ姿(すがた)に、僕は内履(うちば)きに履(は)き替(か)えるのも忘(わす)れて視線が釘付(くぎづ)けになった。

(見付けた!)

 あの後ろ姿は、先日、教室棟と講堂を繋(つな)ぐ連絡通路で見掛けた女子だ。

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 全校集会が済(す)んで教室へ戻(もど)る途中(とちゅう)、クラスで連るんでいる男子達と通路の手洗(てあら)い場(ば)で集まっている時に、視界の隅(すみ)に近くを通り過ぎる彼女が映った。

それは、大勢の生徒の中で彼女の顔だけが光を帯(お)びて輝(かがや)いているように見えて、ドキドキする胸のときめきに僕の見開いた目の瞳(ひとみ)は、通り過ぎて行く彼女の横顔と、過ぎ去る彼女の後ろ姿を追い続けていた。

 薄(う)っすらと微笑(ほほえ)むような優(やさ)しげな顔付きの中に意志(いし)の強そうな感じがする、ちょっと可愛(かわい)い系(けい)の顔の女子で、知っているような気がするのだけど、誰(だれ)だか思い出せない。

(……気になる。知っている? ……そんな気がする?)

 視線が追い掛けるけど、教室に戻る大勢の生徒の後ろ姿に紛(まぎ)れて、直(す)ぐに分からなくなってしまった。

(どのクラスなのかな? でも背丈(せたけ)と体格からすると、上級生かも知れない)

 彼女が通り過ぎて行く時に、懐(なつ)かしい風と匂(にお)いを感じた気がした。

(どこかで、同じような感じに触(ふ)れた気がする……)

 それはデジャビュと言われる既視(きし)感だと思う。

でも、僕は彼女を思い出せない。

(君は、誰?)

 その時から移動の時や集会で、僕は彼女を捜(さが)している。

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(くそっ、面倒臭(めんどうくさ)いな! そのままでいいじゃんか!)

 こんな内履きなんか廃止(はいし)して通学の靴のまま入れるようにすればと思う。

どうせ教室の床(ゆか)や廊下、玄関周(まわ)りも、掃除(そうじ)するのは生徒達だ。

それに体育館を使用する行事には体育の授業で使うスポーツシューズを携行(けいこう)して履けば良いし、校舎外での運動行事は普段履(ふだんば)きのスポーツシューズで登校すれば問題無いでしょう。

(こんな面倒な事をさせているのは、日本の学校だけじゃないのか?)

 などと、凄(すご)く急(いそ)いでいる今も、そんな事を毎日の如(ごと)く考えてしまう自分に苛立(いらだ)ち、踏(ふ)みつけて踵(かかと)の潰(つぶ)れた内履に上手く突(とつ)っ込(こ)めない爪先(つまさき)がもどかしいくて、よろける身体が転(ころ)びそうだ。

 その彼女が僕の絵を見ていた。ドキドキする胸の高鳴りを感じながら、大急ぎで靴を内履きへ履き替えて廊下に出た。

(いない……)

 掲示板の絵を観ていた彼女は既(すで)にいなくなっていて、僕は慌(あわ)てて辺りを見回した。

さっと、人集りを流し見してから廊下に視線を移(うつ)すと、三つ向こうの教室の前をスキップをしながら彼女は遠(とお)ざかって行く。

まるで、そのまま舞(ま)い上(あ)がってしまいそうな、軽く跳(は)ねるような足取りで去って行く。

 下げていた鞄(かばん)を抱(かか)えてダッシュした。

今こそは正面から顔を見て、はっきりと誰か確(たし)かめて遣(や)る!

(……跳ねるような軽い足取り……、以前にも、どこかで……)

 スキップする彼女の後ろ姿を見て、またデジャビュが来た。

いつかどこかで既に経験した気がする錯覚(さっかく)だ。

でも本当に錯覚なのか?

記憶(きおく)じゃないのだろうか?

(この懐かしくて安(やす)らぐ感じは何故(なぜ)……?やはり、僕は彼女を知っている……)

 殆(ほとん)ど追い着けないまま、彼女は廊下の角(かど)を曲がって視界から消(き)えてしまった。

彼女を見失(みうしな)った場所には、階段と女子トイレが在る。

二階から上の上階は上級生の教室だ。

 女子トイレから出て来た女子が、立ち尽(つ)くす僕を見て怪訝(けげん)そうに眉(まゆ)を顰(ひそ)めた。

女子が出た後のトイレから物音一つしなくて静(しず)かだ。

階上からは、ざわざわと上級生達の声が聞こえて来る。

(上級生なのか……、でも、上級生に知っている人はいないはずなのに……?)

 また幻(まぼろし)のように彼女は消えてしまった。

     *

 あれから殆ど彼女を見掛けていない。

集会などの集まりで移動する際(さい)に、たまに遠くにチラッと見付けても直ぐに見失う。
(彼女をもっと近くで良く見てみたい。そして、誰なのか確かめてやりたい)

 僕は考える。

彼女を見掛け易(やす)くするにはどうすれば良いのかと。

(確か彼女は、靴箱前の廊下の掲示板に、貼り出された僕の絵を見ていたな……!)

 彼女は評価を受けた掲示物や展示物に、興味(きょうみ)が有るのかも知れない。

(ふつう誰でも、興味が有るのかも知れないけれど……、となれば、また、評価されて展示されればいいんだ)

 考え抜(ぬ)いた挙(あ)げ句(く)の単純(たんじゅん)な結論で、僕は今、紙粘土(かみねんど)を捏(こ)ねている。

今日の美術の授業のテーマはアニマルの彫刻(ちょうこく)で、紙粘土を使って造形しなければならない。

 僕は教材の紙粘土を使いたくなかった。

それはいくら捏ねても粘(ねば)らないし、その癖(くせ)、やたらと指や手にくっついて始末(しまつ)が悪い。

酢(す)のような臭(にお)いも好きになれない。

それに、重くて乾(かわ)きも遅(おそ)い。

 教材の選定に疑問を抱(いだ)く。

(どうして、こんな身体(からだ)に害(がい)が有りそうな安物を使うのだろう? 安物じゃなくても、使う子供達の気分が悪くなりそうだとか、健康(けんこう)を害しそうだとか、考えないのだろうか?)

 だから僕は、不快感を伴(ともな)う扱(あつか)い難(にく)い教材をやめて、市販(しはん)の凄く軽くて、乾きの速い紙粘土を勝手に使う。

見た目の色や質感は同じで、誰も気付かない。

 針金で基礎(きそ)を繋げて作るステージは、風に靡(なび)く草原の丘の頂(いただ)きを丸く切り取った感じにした。

 主役は向かい風に頭全体を上に反(そ)らし、大きな角(つの)が有る鼻先をツンと擡(もた)げて、風上から漂(ただよ)う危険(きけん)な臭いを嗅(か)ぎ分けているようなポーズにする。

 鎧(よろい)のように堅(かた)そうな皮膚(ひふ)を、メッキを施(ほどこ)した金属板風にした。

まるで中世の騎士(きし)が跨(またが)る甲冑(かっちゅう)を纏(まと)った馬の犀(さい)バージョンだ。

罅割(ひびわ)れを修正しながら十分に乾燥させてから、黒色のラッカーを塗る。

思案橋(しあんばし)の金箔(きんぱく)屋(や)で買った金箔と銀箔を一センチメートル角(かく)に切り、半乾きの鎧部分に乗せていく。

乾くと箔が細かく罅割れて陶器(とうき)やガラス製の工芸品風になる。

最後に水性クリアスプレーを吹(ふ)き付けて終わり。

 艶(つや)やかな漆黒(しっこく)に輝く重厚なクロサイ戦士の完成だ。

これが僕の見た事も無い黒犀(くろさい)の勝手なイメージ。

(戦士なら、ウォリアーだな)

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 『クロサイ・ウォリアー』も評価をされて展示された。

 だけど、あまりにも現実の動物『犀』から逸脱(いつだつ)した容姿(ようし)なので、作品名の紙にホチキスで留(と)められたピンクのリボンには、『参考品』と書かれていた。

(あれは……!)

 廊下の端(はし)から、玄関の上がり口に展示された作品を見ている彼女らしき姿を又(また)もや発見した。

僕は今度こそと思いを固め、足早(あしばや)で近付いて行く。

逃(に)がさない思いは、急ぎ彼女へと向かう僕の姿と表情を自然と真剣にさせる。

 途中、自分の教室を過ぎようとする僕に、入り口にいた遊(あそ)び仲間が声を掛けて来た。

「おい! 恐(こわ)い顔して、どこへ行くんだよ?」

 その声に、急(きゅう)に我に返り恥ずかしさを感じた。

一人の女の子を見に行くだけなのに、それに固執(こしつ)する余り、傍目(はため)にも分かるほど真剣で恐(おそ)ろしげな顔になっているらしい。

 僕は行動目的を悟(さと)られまいとして、不本意にも言い訳がましい事を言ってしまった。

「なんでもねぇよ。忘れ物を取りに行くだけだ」

 強張(こわば)った険(けわ)しい顔のまま、友を見る。

「忘れ物は何かなぁ~? どこに忘れたのかなぁ~? 重たい物なんだろうなぁ~。それとも~」

 いつも連るんでいるクラスの仲間達は、僕の行動や関心事(かんしんじ)に興味を持っていて、良く僕の視線の先を詮索(せんさく)されて問い質(ただ)されていた。

テレを隠(かく)す僕の睨(にら)みも無視して来る。

「なんだっていいだろう。やめた! 忘れ物は、もう、どうでもいい……」

 小学校からの親しい友は見透(みす)かしたように、意味深(いみしん)な独(ひと)り言(ごと)で返す。

「ふぅ~ん、忘れ物はもういいのか。でも、気になるんだろ? まだ展示品の前にいるか、見に行けば」

(ふん! やっぱりお見通しだ。こいつは、僕が何をしたいのか知っていやがる)

「もういいってば!」

 そう言い捨て、教室への入り掛けに玄関方向を見ると、既に彼女らしい女子はいなくなっていた。

またしても彼女が誰なのか分からないまま、見失ってしまった。

次は、いつどこで彼女を見付けられるのか分からない。

 彼女を見掛けるだけで僕は、とても気になりそわそわする。

その気持ちはデジャビュだけじゃなくて、緊張(きんちょう)感と圧迫(あっぱく)感が有った。

胸をグッと強く抑(おさ)え込まれて息が苦しくなるような不快な感じと、大勢の人の前に晒(さら)される自分へ集まる視線でブルブル震えて動けない身体のような、血液が耳の後ろをズキズキと痛(いた)めて頭に昇(のぼ)って行くような、そんな劣等(れっとう)感や羞恥心(しゅうちしん)の萎縮(いしゅく)させる厭(いや)らしさが有った。

 だけど、その時だけの思いで、仲間達からの誘(さそ)いが有ると、忽(たちま)ち気分が軽くて浮かれるような、ふざけた話しや遊びに夢中になって、彼女への探索は忘れ去られてしまう。

僕は彼女を気には留めていたけれど、まだ、遊び仲間達との楽しい時間を退(の)けるほどの想いじゃない。

 朝早く学校に来て靴箱の脇で彼女を待(ま)ち伏(ぶ)せた事もある。

その時は先に来た友人に見付かって咎(とが)められた。

(あいつの言う通り、ただ見るだけの待ち伏せは、フェアじゃないな。それに変質者っぽいしな……)

 たぶん防犯カメラにも写(うつ)っているだろう。

それに仲間達以外に見咎められたら良くない噂(うわさ)が立ちそうだ。

だから、そういうのは、それっきり止(や)めにした。

     *

 後期の真冬日(まふゆび)、美術の授業で僕は懲(こ)りもせずに、また、参考品程度の評価しか受けないような石膏(せっこう)彫刻の作品製作に励(はげ)んでいる。

今回のテーマは海の生物さんだ。

軟体(なんたい)動物のアメフラシか、超深海の古代魚みたいのにしようかと迷ったけれど、あんまりマイナーなのもダメだから、サメ目(もく)のシュモクザメにする。

 シュモクザメ、別名ハンマーヘッドと呼ばれる獰猛(どうもう)で攻撃的な鮫(さめ)だ。

頭の形がユニークで、『こんなに目が離れて意味があるのだろうか?』とか、『どんなふうに世界が見えるのだろうか?』と、思ってしまう。

 ふつう群(む)れをなすことが多いようだけど、僕は単体で海底近くを高速で獲物(えもの)に急速接近中の姿にしようと考えていた。

 胴体(どうたい)を泳(およ)いでいるようにくねらせて、幾つもの鰭(ひれ)は運動力学的な動きの向きに合わせ、それに水の抵抗を受けて撓(しな)っている感じを加(くわ)えた。

イメージのラフ絵を基(もと)にアルミ製の太い針金と細い針金を曲(ま)げたり、巻(ま)き付けたりして骨組(ほねぐ)みを作る。

 シュモクザメの泳ぐ海の設定は白い砂地の浅い珊瑚礁(さんごしょう)のリーフだ。

海底になるベースの厚(あつ)めの発泡(はっぽう)スチロールの板は、なだらかなうねり付けて表面を削り出す。

次に明るい灰色と淡(あわ)い空色に着色した石膏を固まらせた後、粉になるまで砕(くだ)いてしてから、うねりを付けたベースの表面に木工ボンドを厚く塗り付け、そこへ砕いた石膏粉を上から珊瑚の砂に模(も)して、たっぷりと降(ふ)り掛けて敷(し)き詰(つ)める。

更に指やヘラで波紋を描くように押さえてから、丸一日は乾燥させ固まらせた。

 固まるまでの間にカラフルなパステル調に着色した石膏で、薄い赤や黄や青のアメフラシと淡いピンクと白の縞(しま)模様のエビのミニチュアを作り、シュモクザメを支(ささ)えて固定する太い鋼製(はがねせい)の針金を通したウエイトに、それらしく石膏を被(かぶ)せて模した海底の岩へ配置する。

 この作品にイメージを逸脱するような塗装はしない。

 『クロサイ・ウォリアー』のように素材感を無くしてはダメだ。

 石膏の質感が失われないように、色は小さなバケツの中に水を入れて水彩絵の具を溶(と)かしてから、石膏粉を素早(すばや)く撒(ま)くように降り落としながら沈めて水面まで積(つ)もらせると、着色した石膏を泡立(あわだ)てないように撹拌(かくはん)させて粘(ねば)ってきたら濡(ぬ)らした包帯(ほうたい)を浸(ひた)す。

そして、石膏が浸(し)み込んだ包帯をアルミの針金で形にした骨組みへ巻き付け、その上に石膏を手で塗るようにして盛(も)り付ける。

 シュモクザメの背は明るい曇(くも)り空の色、お腹は青みが入った白、背と腹の境界は淡くした青っぽい灰色で暈す。

 今度も支給された教材の石膏は扱い難いので、これも歯科用のを勝手に使った。

これは木目細(きめこま)かくて強いのだけど、乾きが速いので段取りを整(ととの)えて行わないと、石膏の固まるスピードに作業が間(ま)に合わないくて焦(あせ)ると、慌(あわ)てる力加減が形を歪にさせてしまい失敗(しっぱい)してしまう。

 表面を石膏が固まる寸前の、まだ軟(やわ)らかいうちに小さな剣山(つるぎさん)の針で繰(く)り返(かえ)し軽く叩(たた)くようにして、粗(あら)い鮫肌(さめはだ)のようにする。

強く叩くと表面がごっそりと剥(は)がれてしまうので、気を付けながら素早く、且(か)つ繊細(せんさい)に、辛抱(しんぼう)強く行わなければならない根気(こんき)がいる神経質な作業だ。

 乾いたらあちこちに削(けず)りや修正を加えて、イメージに近い納得(なっとく)が行く造形になると完成だ。

 僕はイメージ通りになるまで作り込んだりはしない。

友が言うには、どうも僕の拘(こだわ)りの造り込みは、遣り過ぎてしまい返って歪(いびつ)にしてしまう傾向が有るらしい。

 『しつこくて、厭らしくなる』とまで言われた。

実際、僕も時々そう思うことが有る。

今回は仲間達の意見を聞きいれて八分(はちぶ)の拘りで完成だ。

 最後に完成したシュモクザメとベースに、水中を透過(とうか)する海面の揺(ゆ)らぐ陽光(ようこう)が作るミラーウェーブに見立てて、スプレーガンでウネウネとした細い筋(すじ)模様を薄い白色で描き、シュモクザメが海中で泳いでいる雰囲気(ふんいき)を演出(えんしゅつ)する。

 ほぼ思った通りのイメージで納得の行く作品ができると凄く嬉しい。

他人の評価などはどうでもよくて、自分自身の評価が高得点で満足するなら、それで良いと思っている。

それに納得できる出来具合なら、作品に込めた思いや意識が観てくれる人にも伝わると思う。

それは作品からオーラのように放(はな)たれて観る人達を惹(ひ)き付けるだろう。

 遣り遂(と)げた満足感と開放感は、どこか高い頂(いただ)きに登(のぼ)り切れたよう感じで、いろんなストレスを打ち消して僕の気分をスカッとさせた。

 僕にとってプラスチックモデル作りや絵描き、それに彫刻や造形などはストレス解消だ。

確かに不安や焦りや我慢からのイラつきが薄れて消えて行き、やがてイメージと目的を持って自分の中に必ず遣り遂(と)げようとする強い意思が、現(あらわ)れているのに気付かされた。

だけど、無心(むしん)にはなれない。

 それは自分を見詰め直(なお)す時間でもあった。

他人の言葉や態度と自分の言動、学校や勉強や先生、家族の事、現実のハードルとバーチュアル的な、もしもの将来。

そして、彼女のことなどを考えた。

 自分を見詰め直すというよりも、自分を知ろうとあれこれ思い考えていた。

でも、黙々(もくもく)と手を動かしながら出した大抵(たいてい)の結論は、軽率(けいそつ)で、大雑把(おおざっぱ)で、綱渡(つなわた)りのような危(あや)ういもので、とても、その通りにならないし、できない。

 自分の思い通りに製作が進まないと、逆にストレスが溜(た)まった。

手直しができないほどに、イメージのズレたダサい物ができ上がったら最悪だ!

即行(そっこう)、破壊(はかい)して可燃(かねん)ゴミ行きにする。

     *

 美術の授業が終わり、教室を出ようとする僕を先生が呼び止(と)めて言った。

「おまえを美術部の籍(せき)に入れた。時々でいいから参加して何か造れ。どうせ部活は何もしていないのだろう。いいな!」

 『はあ?』と思いつつも、その強引で命令的な先生の言い方に僕は抗(あらが)えなかった。

クラスの担任(たんにん)の先生は美術の担当教諭(きょうゆ)で、美術部の顧問(こもん)先生だった。

 先生はいつも大きな範囲のテーマで……、例(たと)えば絵を画く授業では、絵を描く手法は自由で水墨画(すいぼくが)やデッサン画でも、切り絵や版画(はんが)やモザイク画でも、もちろん油絵(あぶらえ)や水彩画も、絵になるのならば何でもOKだった。

描く対象(たいしょう)も自由。

生徒が作ったどんな作品にでも、意義(いぎ)と個性(こせい)を見い出して真(ま)っ当(とう)な評価をしてくれた。

 造形や彫刻の授業でも、各自の感性と発想と経験で、様々(さまざま)な形に盛り付けたり、彫(ほ)り込んだりすれば良くて、そんな先生の広くて大きな考え方と感覚が好きになっていた。

「はい…… 時々で良いなら、いいですよ」

 芸術(げいじゅつ)で身を立てる気は無いけれど、美術は好きだった。

それに、スカウトされたみたいだったから悪い気はしない。

 それから中学校を卒業するまで僕は先生から、カンバスに向かってデッサンの指導を受け、表現の種類や技法の特性を教えられながら粘土と石膏を捏ね繰り回して、造形のテクニックとセンスを習(なら)う。

 美術部の籍に入れられたことで小心(しょうしん)な僕は狼狽(うろた)えてしまい、肝心(かんじん)の金色リボンが付けられたシュモクザメを彼女が見てくれるのか、小賢(こざか)しく見張るつもりだったのを忘れてしまった。

 奥能登(おくのと)でのオリエンテーション合宿や球技大会やコーラス祭、そして運動会や文化祭でも、それとなく彼女を探していた。

それらしい女子を見掛けたけれど、近付くチャンスが無いまま見失ったりして、はっきりと見極(みきわ)めれなかった。

たった数クラスで女生徒は百人にも満たない学年なのに誰だか特定できず、確かに見知っている気がするのに思い出せなかった。

(もしかして、僕は避(さ)けられている……?)

 結局、終業式でも彼女が誰なのか分からず仕舞(じま)いで、中学生の初年度は過ぎてしまった。

明日からの春休みが明ければ二年生だ。

(彼女が転校でもしない限(かぎ)り、また見掛けるチャンスは有るし、きっと、誰だか分かるさ)

 そう、僕は新年度になったら、彼女が誰なのか必(かなら)ず突き止めて遣ろう考えていた。

 

 つづく

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