遥乃陽 novels

ちょっとだけ体験を入れたオリジナルの創作小説 『遥乃陽 novels』の他に『遥乃陽 diary 』と『遥乃陽 blog 』も有ります

人生は一回ぽっきり…。過ぎ去った時間は戻せない。

越の国戦記 後編 1945年 秋(五式中戦車乙二型/チリオツニの奮戦)

f:id:shannon-wakky:20191103162831j:plain

 

 

● 越の国(越乃国(こしのこく)/高志国(こしのくに)/越洲(こしのしま))とは、大和朝廷(やまとちょうてい)に征服支配される以前の古代(こだい)の統治国家です。

 『天皇陛下は、去(さ)る昭和20年9月5日に帝都から長野県松代町(まつしろまち)へ動座(どうざ)なされた。動座に伴(ともな)い、各省庁などの政府機関及び大本営(だいほんえい)も、松代宮殿近くの地下壕へ移動した。動座される噂(うわさ)は昨年から有ったようだが、切迫(せっぱく)している連合軍の侵攻(しんこう)に、まだ安全な今の内に、皇室の方々は専用の大型半装軌動車で、岩山地下の宮殿へ動座なされました』
 当初は、来年の1月に動座なされると伝えられていたのが、アメリカ軍の関東上陸が8月31日と、予想以上に早まり、其(そ)の強力な上陸軍の大群の勢(いきお)いは、九十九里浜(くじゅうくりはま)から次々と我が独立戦車旅団を全滅させながら防衛線を突破して、帝都に急迫(きゅうはく)していた。
 房総(ぼうそう)半島から後退して帝都外周地区に展開し、帝都の最終防衛を支援する第四戦車師団の第28、第29、第30の各戦車連隊は、1式、3式の中戦車をもってM4シャーマン戦車の大群と激(はげ)しい戦車戦を交(まじ)えていたが、撃滅されて帝都に突入されるのは時間の問題だった。
 新鋭の4式中戦車も参戦しているのを知らされているが、2輌の試作車以外に何輌が量産されて、何処(どこ)の連隊へ配属されたのか、全(まった)く情報が無かった。
 更(さら)に、9月3日には、三浦(みうら)半島の葉山(はやま)海岸、湘南(しょうなん)海岸、鎌倉市(かまくらし)の浜辺(はまべ)と神奈川県(かながわけん)にも上陸した連合軍が、第2、第41の戦車連隊を撃破して相模原(さがみはら)から川崎(かわさき)までの多摩川(たまがわ)を背(せ)にした防衛線に迫(せま)り、陸軍兵器開発研究所が在(あ)る各工場からは、試作自走砲や製造途中の戦車が戦線に投入されて善戦しているそうだ。
 想定以上に強力で素早(すばや)い連合軍の帝都を包囲(ほうい)する急進撃に、慌(あわただ)しく3ヶ月以上も早い動座が成(な)される事になった。

▼昭和20年 9月10日 月曜日
 試作量産される5式中戦車乙2型は、骨組みと枠組みの材料取りが殆(ほとん)ど終わり、鉄鋲(てつびょう)の打ち込みや溶接での組み付けが始(はじ)まっている。
 装甲板の溶断(ようだん)や焼き入れ、更に、調質(ちょうしつ)を兼(か)ねた内部応力の除去と反(そ)りの加熱矯正(きょうせい)もしていて、平面度と平行度を正(ただ)された装甲板(そうこういた)が、完成した88㎜砲の搭載(とうさい)に因(よ)って、形状を一新(いっしん)した砲塔の枠組みに溶接接合されて行く。
 車体は、長い側面装甲板を2分割して従来(じゅうらい)の製造工程を使えるようにした。そして、後部は傾斜を大きくして被弾経始(ひだんけいし)を増し、燃料タンクの防備を高めていた。
 対戦車戦闘に役に立たなくて破壊効果の小さい37㎜砲は廃止(はいし)して、7.7㎜機銃のみにした前面装甲板は傾斜を大きくした上に操縦手の開放式の窓も止めて、3方向の外部の様子を視認できる潜望鏡(せんぼうきょう)式覗(のぞ)き窓の四角い視界だけになったが、耐弾性(たいだんせい)は格段(かくだん)に向上した。
 機銃手兼無線手の視界も、2方向の潜望鏡式の覗き窓にされた。
 搭載弾薬は、88㎜砲弾が砲塔後部の左右のラックに12発ずつ計24発、砲塔内の左右の側面に3発ずつ計6発、車体の両側の袖部(そでぶ)に6発ずつ計12発、車体の床下に4つに分けた仕切(しき)りの中には、2段積みの6発ずつ計24発と、合計66発を収納して、弾種は徹甲弾(てっこうだん)、徹甲榴弾(てっこうりゅうだん)、着発榴弾(ちゃくはつりゅうだん)の3種類で、それぞれ22発ずつ積み込まれた。
 7.7㎜機銃の弾薬は20発入りの弾倉式(だんそうしき)で、88㎜砲と平行動作する同軸機銃用が、砲手脇(わき)の砲塔内の側面と、私の後部の主砲弾ラックの上に棚仕立(だなじた)てで、それぞれ40個が置かれた。
 車体前面の車載機銃も、車体前部の両側の袖部と座席背後に、それぞれ40個ずつ、計120個の弾倉が、同軸機銃の銃身の予備(よび)も含(ふく)めて収納された。
--------------------
 縦(たて)に1列に並んで、流れ作業で進む車体の脇には、搭載する大型のクラッチと複雑に歯車を組み合わせた変速装置と、低回転で高馬力の高トルクに調整し直(なお)した液冷V型12気筒のガソリンエンジンが、予備を含めて並(なら)べられていた。
 他の部品や工具も揃(そろ)えられて、整理整頓(せいりせいとん)された工程現場は作業効率が良さそうに思えた。
 高回転での高出力を、低回転での高トルクに調整し直した航空機用のエンジンは、ドイツのBMW社製で、最高出力位置を低回転域に変更(へんこう)しても、信頼性(しんらいせい)は高いそうだ。
 プロペラを高回転させて空気を前方から後方へ高速で流すエンジンから、重い履帯(りたい)を回転させて凸凹の不整地を力強く走らせるエンジンへと、出力調整が終わり次第に、走行装置が取り付けられて内部装備の組み込みと仕上げが済んだ車体に搭載して、エンジンの動力伝達は駆動輪へと接続された。

▼昭和20年 9月18日 火曜日
 75㎜厚から100㎜厚へと増加した前部装甲板の重さ、容積を大きくした砲塔の増加分の重量、更に、口径75㎜砲より大口径の88㎜砲へ換装などでの重量増加は、37㎜砲を撤去しても、全備重量は2t以上も増えて39tになってしまった。
--------------------
 3連の発煙筒発射装置も左右の砲塔側面後部に取り付けて、前方へ300m~500mの中距離へ扇状に飛ばして煙幕を張り、窮地からの緊急脱出が容易になるようにした。
 煙幕は非力な我が軍の戦車が有効射程距離に近迫するまで敵戦車から射撃を受けないようにする目潰しだったが、敵戦車群の全面に煙幕を張れば、敵は歩兵の肉迫攻撃を恐れて前進追撃を思い止まると考えた。
 当初は、海中で烏賊が噴き散らかした墨で目隠しをするような既存の瞬間発煙装置の装備を考えたのだが、間近で展開する白煙の煙幕は自車位置を敵に知らせる事にもなるので、搭載は中止していた。

▼昭和20年 9月20日 木曜日
 88㎜砲の搭載による大型化で重量が増加した砲塔を旋回させる電気モーターの出力不足が危惧されたが、主砲の搭載以外は完成している試作車を量産試作仕様に改造した初号車の稼動試験に於いて、20度の傾斜地でも問題無く砲塔を旋回できる事が確認された。
 御殿場での試験時よりも、空重量で3t近くも重くなっているのに走行性能は、強化したコイルスプリングのサスペンションとBMW社のエンジンの安定した高馬力の御蔭で計画値通りに達成できていたし、小松製作所が得意とする高マンガン鋼製の幅600㎜の履体は予想以上に強度が有り、チリオツニを軽快に走らせてくれた。
 其の、初めて見て体験した最高速度が時速40㎞以上にもなる全力走行の巨体は、恐ろしいくらいの迫力だった。

▼昭和20年 9月22日 土曜日
 99式高射砲の動作部分を小さく纏め直して強引に搭載した最初の車輌が完成すると、直ちに小松製作所小松工場から無蓋の平床貨車に積載されて大聖寺駅まで運ばれ、新設された重量貨物用のプラットホームから降ろされた。
 其処からは、走行試験を兼ねながら片道8㎞の丘陵地帯の砂地の道を自走してから、砂漠のような低い砂丘を越えて到着した長い直線の砂浜が広がる片野の浜で、主砲の45口径88㎜砲の試射は行われた。
 試射は、徹甲弾を500m、1000m、1500mの距離で、それぞれ10発ずつ、舞鶴や敦賀や七尾の海軍工場から無許可というか、勝手に探して貰い受けて運んで来た、貫通可能と予想された1m四方大の100㎜厚の防弾鋼板を倒れ角度40度で固定して、照準精度、集弾性、貫通力、そして、搭載強度などの射撃の反動による影響の調査が行われた。
 結果は全ての射距離で、徹甲弾が海軍の100㎜厚防弾鋼板を貫通した。
 徹甲弾の弾頭は従来の炭素工具鋼へ、マンガン、クローム、モリブデンを更に高含有させた鋼を高圧力鍛造で形にしながら高比重にしてから、数度の焼き入れと焼きなましを経て分子結合強化と硬度鈍化の調質がされている。そして、弾頭内には空洞が有り、其処に詰められた200gの炸薬で敵装甲板を貫穿後に爆発するが、計測では弾頭から炸薬が抜かれて、代わりに同重量の砂が詰められていたから爆発はしない。
 呼称と記載名は徹甲弾だが、実際の弾種は徹甲榴弾になる。
 計測された初速は秒速800mで高射砲仕様と同じで、変化はなかった。
 初弾から500m先の標的に命中して立ち会った関係者全員に感嘆を吐かせ、更に、実際重視で行われた射距離1000mと1500mの試射でも、初弾からガン、ガン、スパッ、スパッと連続で命中して、其の集弾性と綺麗な円形で貫く貫穿力に歓声を上げて小躍りさせた。
--------------------
 集弾性は射距離全てに於いて装甲板の中心へ直径30㎝の範囲以内に命中していて良好と判定された。
 低伸性は1000mで2㎝、1500mで5㎝の下がりだったが、800m辺りまでは弾道が低伸しているとされて、上下角の修正は1500mまで不要の判断となった。
 30発の射撃の反動と衝撃で、砲塔と砲架を接合する溶接の一部が剥がれたり、取り付け固定のボルトが何本か緩んだだけで、対策は強度向上の補強骨組みの増加装着と締め付けたナットの緩み防止線材を溶接するだけで、構造の見直しには至らなかった。
 以後、車輌が完成する度に片野の浜で試射と走行試験が行われ、帰りは大聖寺駅近くの料亭で宴会と宿泊するのが常套となった。

▼昭和20年 10月5日 金曜日
 早朝から6輌全車が大聖寺駅前の広場に集結して、午前7時に内定していた部隊の結成式を行い、部隊は『独立戦車梯団 越乃国』と正式に名称を賜った。そして、事前に知らされてはいたが、梯団長として私の任命が改めて発表された。
 結成式は必勝祈願の御払いの後、福井県から呼ばれた陰陽道の先生が護摩を焚いて呪詛を唱えた。
「……逆しに行くぞ。逆しに行け下せば、向かふわ、血花を咲がすぞ。微塵と乱れや。燃え行け、他へ行け、枯れ行け。生霊、狗神、猿神、水官、長縄、飛火、変火。其の身の胸元、四方散ざら。微塵と乱れや。向こうは知るまい。此方は知り取る。向ふわ、青血、黒血、赤血、真血を吐け。血を吐け。泡を吹け。七ツの地獄へ、打ち落とす……」
 呪詛と祈りが済むと、一同の万歳三唱で締め括られた。
 結成式が済み、無線交信や通常連絡でも使う各車の暗号名が決められると、其の後は完全迷彩擬装を施し、交信訓練をしながら全車が隊列を組んで移動した片野の浜で、午後3時過ぎまでの間、形ばかりの連携戦闘訓練が実施された。
 訓練後は擬装を外して、点検整備と清掃が徹底して行われた後に、守備地への移動と防衛の命令を承り、夕方までに全車が大聖寺の駅前広場へ移動して弾薬と燃料の補給を済ませてから整列停車をさせ、それぞれの守備地へ分散配備を各車に命ずる分派式を執り行った。
 夕陽に照らされる中、車長達に辞令を渡して武運長久と大勝利を祈願し、万歳三唱で締め括った。それから、宵闇の訪れで足許が危険になる前の黄昏の薄暮には、1輌を残した5輌が平床貨車への積載を無事に終えた。
 大聖寺駅の引き込み線路と貨物ホームへ昼過ぎに到着していた5輌の平床貨車からは、既に燃料と弾薬及び補修部品と工具を満載した2台の6輪自動貨車と乗車して来た部隊の整備兵全員が降りていて、分派式に参列していた。
 其の夜は貸し切りにした駅前周辺の料亭や旅館で、今生の別れになるだろう無礼講の宴会が催され、互いの武運と己の勇戦を誓い合った。

▼昭和20年 10月6日 土曜日
 白山の山頂辺りが白んで来た暁に、乗員達が搭乗した5輌のチリオツニを積んだ平床貨車は機関車へ連結されて大聖寺駅を出発した。
 途中、2輌は小松駅で連結を解かれ、それぞれ補給物資を満載した2台の6輪自動貨車と小隊を組んで守備位置へと移動する。更に、金沢駅の貨物ヤードでは、小松駅で連結した6輪自動貨車を2台ずつ積んだ3輌の内の2輌の平床貨車が2輌のチリオツニと供に切り離されて、積載した車輌達が降されると、それぞれに小隊を組んで待機位置の大乗寺山と卯辰山の麓へと自走移動した。そして、残された1輌のチリオツニと2台の6輪自動貨車は富山県の高岡市へと運ばれた。
--------------------
 チリオツニ1輌に整備兵と補修部品、それに、補給物資を満載して随伴する2台の6輪自動貨車は、正式名称が94式6輪自動貨車という3軸6輪のトラックだ。
 後部2軸の4輪が駆動して泥濘みや礫地のような不整地の走行に優れているし、運転席は強度の有る鋼板製の箱型で、極寒の満州でも充分に風雪に耐えて運転手は守られていた。
 空襲を受け難い能登の七尾港や富山の伏木港や福井の三国港に集められて、中国大陸へ送られる予定だった大量の6輪自動貨車は、極めて悪化した戦局で積み込む船舶や安全な航路が無くなった5月頃から、福井県北部、石川県、富山県の駐屯部隊へ配備されて多用していた。
 航空燃料の備蓄が豊富な石川県では、ガソリンエンジンの甲型が多用され、福井県と富山県では、軽油を燃料とするディーゼルエンジン仕様の乙型が防衛資材と人員を運んでいる。
 帝都圏では、軍用車の木炭ガス仕様への改造が進められていて、越の国でも民間のバスや公用車の半分くらいが木炭ガス仕様になっていたが、軍関係車輌の改造は、全くされていないし、今後の改造計画もなかった。
--------------------
 特命に因り、便乗させて貰った双発輸送機が、海南島(かいなんとう)から大陸の沿岸沿いを飛行して降り立った内地の最終目的地、神奈川県の海軍厚木(あつぎ)飛行場で私を迎えに来たのは、相模原の陸軍兵器開発司令部が民間から調達したアメリカ車のキャデラックだった。
 出迎えた曹長と供に後部座席に座るが、一向にエンジンが掛からない。
 キャデラックは木炭ガス仕様に改造されていて、どうも、着火燃焼が上手く成されないようだ。
「おいっ、押すぞ!」
 隣の曹長がドアを開きながら、運転兵は其の儘に、助手席の下士官を小突いて声を掛けた。
(押し掛けをするのか……?)
 次にすべき事を察した私も降りて車体に取り付くが、降りた下士官はボンネットを上げて、何やらエンジンを弄ると、助手席に置かれていたのか、2本の1升瓶の酒をキャデラックの燃料タンクに全部入れた。
「曹長、いいですよぉ」
「よし、押すぞ!」
 曹長の掛け声に、ギアを中立にしたキャデラックを力任(ちからまか)せに押すと、3人に押されたキャデラックが、滑走路の平面を滑るように加速しだした。
「今だ! 繋げろ!」
 押されたキャデラックの速度に駆ける足の回転が追い付かなくなる頃合いで掛けた曹長の指示に、運転兵がギアを入れると、ガックンと速度が落ちた一呼吸後に、バコッ、ブロロッ、ブロロロッとエンジンが掛かった。
 其の軽快なエンジン音は、危険な木炭ガスの燃焼音と全く違って、力強さが溢(あふ)れていた。
 何と、下士官は技術兵で、燃料タンクからの送油管をキャブレターに繋ぎ直すと、ポケットに持っていた薬品瓶に入れたガソリンを直接キャブレターに注(そそ)いでいた。
 日本車のエンジンとは違い、シリンダーとピストンの隙間が極めて小さいアメリカ製の大馬力エンジンは、木炭ガスが燃焼して残る滓(かす)の煤(すす)を、排気工程だけでは除去し切れずに、隙間にコビリ付かせてエンジンを止めてしまうのだ。
 一升瓶に入れていた液体も、飲んだ事の無い火が点(つ)くような高純度の焼酎(しょうちゅう)などではなかった。
 コビリ付いた煤をキャブレターに注いだガソリンで溶かした後は、燃料タンクに入れ終わった一升瓶の中身のハイオクタン価のガソリンで、本来のガソリンエンジンによる走行をしたのだった。
 この一件は、改めてアメリカと日本の工業製造技術の差を認識させられ、優れた基礎技術による高品質は、戦争の勝敗を左右する極めて需要な戦略要素だと肝に銘じた。
--------------------
 5式中戦車乙型2と94式6輪自動貨車は優秀な兵器だが、整備の精度を怠ると、忽ち息を吐くようにエンジンは不調になり、行動不能の自滅に至るのを理解しているからこそ、慎重に取り扱わないと其の強力さを発揮して維持する事ができない。
 アメリカと日本の基礎工業力の大差に、敵に餌を与えて自滅するような、チリオツニの初撃で怯(ひる)んで後退する敵を追撃して玉砕に至ってしまうという、例え、命令であろうと敵陣深く切り込む猪突猛進の無謀な突進はしないと心に決めている。
 擬装と守備位置の遮蔽と位置変更、それに、煙幕の常用を徹底させ、侵攻して来るヤンキーの戦車を何度でも撃退して攻勢には転じない専守防衛に徹する戦法は、全梯団員を集めて演習を伴なう研究と教育をして理解させ、決して突貫玉砕はしないと誓わせた。
 各車の待機補給陣地には燃料と弾薬を備蓄させ、守備陣地へは深夜に夜這いさせる事にした。
 チリオツニが後退できるのは市街地でも、郊外でも、国道線までだ。
 それ以上の山間部へは、チリオツニが通れる道も、場所も無くて、立ち往生すれば、自爆するしかない。
 チリオツニが失われると、忽ち金沢市や小松市はアメリカ軍の戦車に蹂躙されて、急迫する敵の侵攻に自暴自棄になる狂信的で狭隘な信条の軍人達は、義務で有る守るべき天皇の臣民と日本国土を自ら踏み潰す、無思考、無策の玉砕戦闘に走り、山間に逃れる市民達には、『生きて、虜囚の辱めを受けるな』や『死んで、罪過の汚名を残すな』と、潔い自決という日本の将来を無にする集団自殺を身勝手に強要するだろう。
(それだけは、絶対に避けなければならない!)
 だが、私には目論見が有った。
 もう直ぐ、遅くとも年末までに、大日本帝国の敗北で戦争は終わるだろう。
 長野県の松代へ移されたと聞いた大本営の陥落は、時間の問題だ!
 擬装守備に徹底させて温存するチリオツニによって、1日でも長く、アメリカ軍の侵攻を阻めば、必ず、市街地も、市民達も守り切り、天皇陛下の玉音放送を聴かせて生き残らせる事ができる。
--------------------
 4月頃に新設されて帝都周辺や九州へ配置している戦車連隊は、編成すべき戦力の3式中戦車と4式中戦車の製造が停滞気味の所為で、定数の4分の1か、5分の1しか保有していない有様だと聞いている。
 完成した6輌のチリオツニは製造中から、3輌ずつで2小隊にするか、2輌ずつで3個小隊にするか、そして、何処に何輌を配備するかで検討が重ねられた。
 少ない数輌での遣り繰りだが、チリオツニは1輌で3式中戦車の1個中隊以上の強力な戦力になるとされて、6輌という侘しさなのに、『独立戦車梯団 越乃国』という部隊名で、連隊規模の戦力扱いになった。そして、越乃国梯団は結局、3個中隊編成になり、1個中隊はチリオツニが2輌、梯団戦力は1個連隊相当の扱いに決定された。
 梯団というのは、本来、戦闘単位、兵力単位ではなくて、進軍や行進や編隊での部隊分けの隊形や隊列を示す一般的な呼称だが、戦闘団の戦力を紛らわせて秘匿する為に、敢えて用いられた。
(まあ、実際、梯団を組める程度の車輛数だ)
 5色の市松柄の迷彩塗装を施されて大聖寺駅前の広場での結成式に、ずらりと並ぶ6輌のチリオツニは如何にも強そうで頼もしい限りだが、『越乃国』の指揮官を拝命している私にすれば、たった6輌で『独立戦車梯団』とは、恥ずかしくも寂しい思いがする。
 小松工場で行われた梯団設立式には、5式中戦車乙型2の開発製造の総責任者である井上芳佐中将も御出でになっていて、中将からの手渡し辞令交付と車長達6名の1階級の昇進が告げられ、私は、中尉を排任(はいにん)してから僅か2ヵ月余りで大尉になった。
 大尉とは大隊長になる階級で、梯団の長とはいえ少人数の部隊なのに、其の昇進の大盤振る舞いは、既に末期の様相の戦争に終焉が近い事を感じさせた。
--------------------
 チリオツニの配備は、第2中隊の1号車が小松製作所の小松工場を、2号車が小松飛行場を含めた粟津工場の防衛を担当し、大聖寺の駅前で別れた第3中隊の1号車は、大聖寺町の南外れの城跡付近の待機場所の神社境内へ移動して、福井県と石川県の境になる大聖寺川河口の塩屋町や片野砂丘を越えて進攻して来る敵の撃破を命じている。
 軍管区司令部の在る金沢市の防御は第1中隊が担当し、1号車は金石街道の中程に防衛陣地を構え、宮腰の漁港町からの敵の進軍を防止し、2号車は浅野川沿いの鉄道路を守備位置として大野の湊町から来る敵を撃退する。
 私が乗車指揮する1号車は、海岸線が一望できる寺町台地の上辺で大乗寺山麓の泉野の竹林の待機位置へと移動して、敵の上陸が迫るまで監視待機する事になっている。
 富山県西部の伏木・新湊から高岡市の防衛には、高岡市内の古城公園へ第3中隊の2号車が配備と、かなりの広範囲に梯団は分散される事になった。
 故に、統一指揮は困難で、各中隊長と車長の判断で行動して、状況は定時と緊急時の報告のみと定め、必要ならば指示を仰いで命令を受ける事とした。
--------------------
 広い竹林の中で待機する、私が車長として指揮を執(と)るチリオツニの擬装に使う竹の枝は、この辺り一帯の竹林を所有する地主農家の小作人達が、毎朝の日課として奥の竹林から伐採(ばっさい)したばかりの真竹(まだけ)や孟宗竹(もうそうたけ)を大八車に積んで来て、葉が萎(しお)れた竹枝と交換してくれている。
「お早うございます。御苦労様です。10月下旬なのに、朝から日差しが強くて暑いですねぇ」
 黒っぽい国民服を開襟にして着こなす、50代後半らしき年配の男性達に、いつもの朝の挨拶を交わす。
「お早うございます、大尉さん。今年の秋は、いつまでも残暑が長引いて、秋らしゅうなんのは、11月になってからかも知れんがやわ。こんな暑いんは、10月下旬でも、暖流の対馬海流が日本海の北の方まで、流れ続けている所為やからやね。海が暖かいからから、台風がみんな、こっちまで遣って来るやろ」
 黄海や南支那海からの暖流が、北海道の間宮海峡辺りの高い緯度まで達し続けていれば、オホーツク海からの寒流やシベリア寒気団の南下は押し戻されるだろうし、寒帯からの冷気も温まってしまうだろうという理屈だ。
「どうして、まだ海が熱いのですかね? 公転軌道の地球の位置が、例年よりも太陽に近いのですかね? 熱帯域の海水の膨張が大きいとか? 日本の地下のマグマの動きが速いとか? 地殻近くまでマグマが上がって来て、そんなのがあって、陸も、海も、温められているのでしょうね」
 昨年の後半のレイテ島は、昭和16年12月末に第16師団がフィリピンのルソン島へ上陸侵攻して、昨年の四月にレイテ島へ転進して12月末に脱出するまで、駐留して戦っていた3年間で1番暑いと感じていた。
「やっぱり、地脈というんか、地の気というんか、分からんけど、そんなんが動とる所為やがろうか?」
 たぶん、赤道付近から大気も、海水も、地殻も熱くなって、熱膨張が治まっていないのだろう。
「大きな地震が、鳥取、紀伊、東海、三河と続いているのも、そんなのが原因で、日本海の海水を未だに熱くしているのだろうなぁ」
 頻発した大きな地震によって、地殻の熱膨張は開放されて、其の歪は小さくなっただろうが、地殻沿いの海底火山帯は高温の地熱を大量に放出し続けているから、其処で温められた海流と海上の大気の所為で、秋の台風の悉くが日本列島を縦断させていると、男性達と話していて考えた。
「大尉さん。今年の秋は短いやろ! 此の調子やと、11月初めを過ぎると、急に寒くなって冷たい時雨が降り続くやろ。直ぐに枯葉混じりの紅葉になってぇ、1週間もせん内に落ちてしもうし、下旬になったら、時雨は凍える霙と霰に変わるんやわね。そんで、そのまんま遅い初雪になるやろうね」 
 冬季の軍装の支給を要求しているが、まだ、届いてはいない。
「木枯(こが)らしも吹かんと、いきなり寒波やねぇ。12月は大雪んなってぇ、1月になったら、地吹雪続きでカチンカチンになるがやわ。そりゃあ、寒うて、寒うて、大変やわ」
 10月初旬の今は、日の出から日没まで暖かく、夜半に涼しくなるくらいで、まだ半袖の上着とシャツの夏季戦闘服で過ごせているが、行き成り、真冬日のような寒さになると、発動するエンジンの熱気で温まるチリオツニの中から、出られそうもなくなるだろう。
「……霙が降る前に、戦争が終わって欲しいと、ワシらは思っとるんやね」
 戦火が此処まで及んで、我が軍が徹底抗戦を続けると、辺りの住居は破壊され、蓄えて来た食糧は尽き、住民達は雪が積もる冬場を生き残る事が出来なくなって、寒さや飢えで死ぬくらいならと、非力な武器を手に敵陣へ突っ込んだり、自決を選んだりして大勢が亡くなるだろう。
 レイテ島の戦闘では、アメリカ軍に占領された地域の島民達の衣食住は、日本軍が管理していた時よりも豊かになっていたと、食料調達の夜盗になって敵の占領地へ行き来して感じていた。
「大尉さん……、どうか、金沢を守って下され。戦争が終わんのが冬になってしもうても、帰れる家を残しておいて下され。お願ぇしますだ……」
 チリオツニが上空から視認できないように、上の方の笹葉を自然な感じにしながら、切り竹を地面に打ち込んだ杭に結わえている小作人達の話を聞いて思う。
(たぶん、……戦局は、彼らの望む通りになりそうだ……)
--------------------
 日本本土全体の防衛戦は非常に切迫していて、妙高(みょうこう)高原の赤倉(あかくら)温泉や黒姫山(くろひめやま)の防衛線を突破したイギリス軍と、甲府(こうふ)市から諏訪(すわ)湖の防衛戦を破って松本市への西進と飯田(いいだ)市への南進に長野盆地を北上して迫って来るアメリカ軍に、大本営は松代町(まつしろまち)の地下壕を天皇陛下御家族と共に離れ、小人数のグループに分散して脱出を図(はか)っている。
 天皇陛下御家族一行と其の護衛に同行する近衛中隊は、長野市近郊の松代御所から戸隠(とがくし)街道を通って神城(かみしろ)村へと抜けて、更に、立山連峰の山際を青木湖、大町(おおまち)へと進み、穂高(ほたか)連山の南際から安房(あぼう)峠を越えて岐阜県の高山市に行き、其処から北へ少し進んだ飛騨(ひだ)地方の丹生(にゅう)地区まで至る道程(どうてい)半(なか)ばだと、昨日の防衛陣地の構築状況を確認したついでに寄った司令部で知らされていた。
 御一行は、戦況に由(よ)っては白川(しらかわ)郷へ逃れて庄川(しょうがわ)沿いを下り、五箇(ごか)山(やま)村からは徒歩でブナオ峠を越えて小矢部川上流の刀利(とうり)の地へ最終的に動座されるらしいと聞かされた。
「刀利の地? 陛下が自(みずか)ら御歩きになられて来られるほどの、動座される其の地は、何処なのでしょうか?」
『其処はな……、金沢市内を流れる2つの川の1つ、犀川(さいがわ)の源流がブナオ峠だ。そして、もう一つの浅野(あさの)川(がわ)の源流は、湯治宿が並ぶ湯涌(ゆわく)の温泉地だ。其の湯涌の板ヶ谷(いたがたに)から県境の山を越えた向こうが、加賀藩期まで外界から隔離(かくり)されていた刀利の隠れ里だ。直ぐ傍(そば)だろう。だから、敵に高岡や金沢を占領させる訳には、ゆかんのだ!」
 刀利の地へ富山県側から行くには、小矢部川の上流の川幅を狭めて延々と急流にさせる急峻(きゅうしゅん)な深い谷の急斜面を歩いて行くしかなく、そして、其の果てには、外界を拒(こば)んで隔(へだ)てる九十九(つづら)折りの激流を造り出す最難関の防壁が在った。
 それは、高い岩盤の垂直の城壁のような絶壁で、其処を超えなければ、小矢部川流域から刀利の地に至らないが、金沢市を流れる犀川源流域の倉谷(くらたに)集落と、浅野川源流域の湯涌の温泉地からは峠1つを越すだけで、刀利の隠れ里に着くと、司令部の参報達から説明された。
 動座によって移り住まわれる御在所は、既に庄川上流の発電所から山を越えて地下に埋設された送電線で供給されている電力に加えて、侵攻して来た敵に占領されてしまった東海地方や一部の関西地方への、今は必要としない九頭竜川(くずりゅうがわ)水系や長良川(ながらがわ)水系や木曽川(きそがわ)水系の水流で発電した電力が安易な送電や変電設備されて、地元民と避難民の男手が総動員で昼夜休みなくの突貫工事で建設されている。
 其の余剰電力は、北陸の地の各軍需工場へも送られて増産される防衛陣地用の資材により、多くの対空砲の砲座や噴進砲の拠点の構築、それにロケット推進機が発進するカタパルトの設置が完成していた。
 1万人近くの人海作業により、岩盤を刳(く)り貫(ぬ)いて造成された太い柱が林立する、小学校の講堂ほども有る広い宮殿の様な地下壕が、幾つか完成して地下道で繋(つな)がれているそうだ。
「故に、独立戦車梯団 越乃国の第1中隊は、金沢市を蹂躙して県境への侵攻を謀(はか)る敵を全力で排除しなければならない。分かるな、大尉。尚、動座と刀利の地はマル秘で、他言無用だぞ」
「承知しました。越乃国梯団第1中隊は、金沢へ迫る敵を全力で撃滅して、排除します」
--------------------
 6輌のチリオツニに搭乗する30名の戦車兵の中で、実戦経験の有る者は私を含めて僅か五名だけで、其の5名を戦車長とした。
 実戦経験者が搭乗しない1輌は、1人だけいた学徒出身の少尉を任命して、彼の乗車を私の僚車、第1中隊2号車にさせた。
 彼の名は、小鳥遊芳光(たかなしよしみつ)帝国陸軍少尉、静岡(しずおか)県清水(しみず)市出身の早稲田(わせだ)大学の3回生で、頭の回転が速い質実剛健(しつじつごうけん)な若者だ。
 去年の12月に入営しているので戦闘は経験していないが、有名な『清水の次郎長親分』を尊敬していると言う事だけあって義侠心(ぎきょうしん)が強く、『弱気を助け、強気を挫(くじ)く』の喧嘩(けんか)に加わっているのを何度も見ていた。
 彼の踏み込んだ間合いの拳(こぶし)は一撃必中で、倒れた相手や逃げる相手が戦意を喪失したと見るや、止(とど)めや深追いはせず、潔(いさぎよ)い引き際をしていた。故に、私は僚車の車長に彼を任命して、金沢市の北よりの海岸、特に大野(おおの)の湊町と粟ヶ崎(あわがさき)や内灘(うちなだ)の浜から上陸侵攻して来る敵の迎撃を命じている。
 第2中隊長の村上宏一(むらかみこういち)帝国陸軍曹長は、国境を越えたインドのインパールの市街へ迫る最中(さなか)に乗車のチハ車が撃破されて左腕に軽傷を負い、其の後のビルマからタイへの後退戦でも右胸に貫通銃創を負けて後送され、シンガポールの病院で治療、治癒後に本土決戦要員として内地へ帰還、そして、戦車操縦の教官として少年兵達を指導していた。
 24歳になる彼の出身地は金沢市だが、血気に逸り、浜辺まで敵を深追いして玉砕してしまいそうな性格故、彼の中隊には、生まれ育った師管区司令部の在る軍都の金沢市よりも、戦略的価値が有る小松市地域の防衛を命じて、1号車が小松製作所の粟津工場から小松工場の海側を、2号車が小松飛行場の安宅(あたか)の部落側を守備する掩蔽壕陣地を作らせている。
 第2中隊2号車の車長、神戸市(こうべし)の生田区(いくたく)出身の鈴宮春二(すずみやはるじ)帝国陸軍准尉は、負傷の治癒養生をしていたサイゴン市から帰還して戦車砲の取り扱いと射撃を教える教官だった。
 彼は、チャンドラ・ボース総裁率(ひき)いるインド国民軍と共にイギリス領インドを独立させる為のインパール作戦で、進撃の先頭の戦車部隊の砲手の1人としてビルマとの国境近くのコヒマの旧市街を蹂躙中に、乗車していたチハ車が敵に砲撃の直撃を受け、左大腿部に鉄片が貫通して刺さる重傷を負って、ラングーンの病院へ急送され、更に、シンガポールの病院で鉄片を摘出する手術を受け、そして、身体機能回復の為に移送されたサイゴンの施設で養生して、治癒(ちゆ)したら前線へ戻ると言い張っていたのを内地へ強制帰還されて、戦車学校の教官に無理矢理させられていた。
 同じようにビルマとの国境近くで、コヒマの隣町のインパールへ進撃していた村上曹長とは前線での面識は無く、お互いが、『越乃国』で初めて御会いしたと言っていた。
 年齢は2人とも、24歳で、階級は中隊長に任命した村上曹長より、鈴宮准尉の方が上だったが、入営時の年齢が16歳の鈴宮准尉よりも、村上曹長は15歳で、中国大陸での駐留と戦闘も1年早く経験していたのを見込んでの任命だった。
 負けん気の強い2人だったが、インパール戦での悲惨な体験が互いを認めさせていて、蟠(わだかま)りも無く、中隊長と補佐を拝命(はいめい)してくれた。
 2人は、『M4戦車の砲弾を弾く装甲と、易々と前面装甲を貫通する砲を備えた新型戦車に乗りたくないか』と誘ったら、嬉々として『越乃国梯団』へ志願してくれた。
 第3中隊長は、大聖寺川河口の塩屋町(しおやまち)や片野(かたの)砂丘を第3中隊の1号車に車長して乗車する、戦闘経験が豊富な岐阜(ぎふ)県飛騨(ひだ)郷出身の千反田一二三(ちはんだひふみ)帝国陸軍少尉で、年齢は私と同じ25歳だ。
 昨年4月下旬に発令された京漢(けいかん)作戦で中国華東(ファドン)地域の河南(フーナン)省の許昌(シュウチャン)市と洛陽(ルオヤン)市の攻略に従軍し、続いて5月下旬に開始された湘桂(しょうけい)作戦にて、長沙(チャンサ)市と衡陽(ホンヤン)市の敵飛行場を占領し、更に、江西省の桂林(グイリン)市と柳州(リュウゾォウ)市の敵飛行場も占領、作戦目標の敵飛行場の征圧は達成されたが、敵のB29重爆撃機部隊は四川省の成都(チャンドゥ)市の飛行場へ後退していた。そして、貴州(グイゾォウ)省の独山を越えて省都、貴陽(グイヤン)市への進出を企(くわだ)てていたが、進撃に負い付かない輜重(しちょう)の所為(せい)で糧秣と弾薬が欠乏して、成都市の敵重爆撃機隊を脅(おびや)かす事無く撤退する事になったと、山砲の砲長として常に最前線で戦っていた彼は、其の戦歴を語ってくれた時に嘆(なげ)いていた。
 奥地へと逃げる国民党軍の主力と連合軍航空部隊に追い付いて包囲撃滅する事は、我が軍の行き詰まった補給に叶(かな)わず、其れ以上の進撃と作戦の完遂(かんすい)は不可能になった。そして、インドシナの友軍との連絡を成功させる支援として、雲南(ウンナン)省の昆明(クンミン)市への進撃を装う陽動(ようどう)作戦で、彼の山砲は手持ちの僅かな弾薬を撃ち尽くした直後に敵弾の直撃で破壊されてしまった。
 其の後は、アメリカ軍の最新式装備で編成された国民党軍機械化部隊に圧倒されて、広州(グァンゾォウ)市まで撤退して来たところへ、本土決戦の新設部隊の指導要員を命じられて、急遽、本土へ帰還する高級軍人や政府要員達と共に中国沿岸沿いから朝鮮を経て帝都近郊の陸軍飛行場へ、今年の4月初めに着いたそうだ。
 結局、京漢作戦と湘桂作戦を合わせた大陸打痛(たいりくだつう)作戦は、インドシナへの連絡成功を含めて、当初の目的は達成して成功とされていたが、連敗が続く太平洋戦域の戦況悪化に因って、大陸での勝利は『時、既に遅し』だった。
 第3中隊の2号車は、高岡(たかおか)市内の古城公園の一角を待機場所にさせて、新湊(しんみなと)港から伏木(ふしき)港までの海岸一帯と高岡市から小矢部町(おやべまち)の広範囲な防衛を任(まか)せている。
 第3中隊の2輌は担当戦域の両端への分散配置になってしまうが、それは、戦力的に止(や)む終えない事で、それだけ私は、両戦車長の技量を信頼していた。
 車長は静岡県焼津(やいづ)市出身で23歳の、小久江清嵩(おぐえきよたか)帝国陸軍准尉だ。
 陸軍軍都の金沢市へ西方の海上から上陸侵攻を企(たくら)む敵に備(そな)える第1中隊に、富山湾へ上陸する敵が県境を越えて北方から攻撃しようとするのを頓挫(とんざ)させる役目を命じてある。
 彼は、フィリピンのルソン島に駐留していた戦車師団で高初速の主砲を搭載した新型砲塔の97式戦車の長を務(つと)めていたが、ソロモン諸島やニューギニアから転戦して来た参報達の噂話(うわさばなし)から、アメリカ軍の反抗作戦の先頭で攻撃して来るM4戦車の厚い装甲と強力な主砲の威力(いりょく)を知ると、整備部隊のトラックに便乗してマニラ港のドックへ行き、其処で破壊放棄された連合軍艦船から装甲板を切断して来て、自車の砲塔と車体の前面に溶接させていた。
 彼が勝手に行った増加装甲を上官達が咎(とが)めると、至近距離から僚車の撃った47㎜徹甲弾が弾(はじ)かれるのを見せ付けて、其の効果を認めさせていた。だが、無断で行った80㎜厚の鋼板の切り出しと溶着、それに、重量増加に因る機動力の低下は独断的な軍規違反とされ、本土決戦要員の要請に応じるのを兼ねて、帝都の戦車学校での再教育とされていた。
 不幸な結果も止むなしとされて、戦略物資を満載して本土へ戻る輸送船に乗せられたが、制海権を失った危険な海域を越えて、台湾の高雄(カオシュン)市と中国山東省の青島(チンタオ)港と京都府の舞鶴(まいづる)港に寄港しながら、今年の4月中旬、彼は新潟県の直江津(なおえつ)港へ無事に到着していた。
 彼の独創性と行動力、そして、軍規違反容疑という逆境にも動じない豪胆(ごうたん)さと臨機応変な知力を知った私は、彼にも『厚さ100㎜の装甲で、M4よりも強力な砲を持つ戦車に乗りたくないか?』と誘い、『是非(ぜひ)とも、喜んで』と、彼は即座に答えていた。
--------------------
 戦車長以外の搭乗員達は、今年の春の試験に合格して戦車兵学校へ入校したばかりの15、6歳の少年兵と、外地に新設される戦車部隊の幹部として養成する外地人で、それまで教練を受けていた少年兵や志願兵士達は、春に幾つか新設された戦車連隊へ配属されていた。
 外地人とは朝鮮人や台湾人や南洋諸島の現地人で、外地にも新設される戦車部隊の中核となるべき人達だった。だが、今は外地の部隊へ帰隊できる状況ではなかった。
 他にも、同盟諸国から新設する部隊の基幹とされる将校達が少人数いて、軍務要領と専門技術を士官学校で学んでいるが、最悪の戦況となっている今は、外地人と同様に母国へ戻る術は皆無だった。
 乗船させる船舶は艦載機の攻撃や潜水艦の雷撃に無事に航行できる確率は極めて低く、絶対防衛圏で死守されるべき南洋諸島は既に守備隊が玉砕して占領されてしまっている。そして、戻れなくなった養成中の外地や同盟国の軍人から、3人が『越乃国梯団』へ召集されていたのだった。
 日清戦争で割譲(かつじょう)させた台湾、北と西に隣接する強国の圧迫で疲弊(ひへい)した韓国王朝の求めで併合(へいごう)した朝鮮、日露戦争で得た南樺太(みなみからふと)、日英同盟から連合軍側として戦った御蔭で委任され信託統治(しんたくとうち)となった南洋諸島、利権と思想的な武力干渉をする強国から朝鮮を保護る為に教育指導的な侵攻で打ち建てた満州国、現在、それらの外地の何(いず)れへも、渡航は命がけで、成功する確率は極めて低いというより、辿(たど)り着くのは不可能になっている。
 内地に来て大日本帝国の悲惨な現状を知り、戦況の悪化で帰郷する事が絶望的になった外地人達には、同情しなければならないと思う。
 彼らが占領地の住民で徴用(ちょうよう)された義勇軍兵士なら、敵国が彼らの国を奪い返した時点で、敵国の国民となり、捕虜として収容されて軍務から開放されるが、外地は大日本帝国の国土であって占領地ではない。故(ゆえ)に、彼らは天皇陛下の臣民として大日本帝国の敵と戦う義務が有り、内地での軍務や徴用作業は続行される。
 聞くところに因ると、外地人には二等国民の朝鮮人、三等国民の台湾人、という区別が有り、内地人は一等国民とされているそうだ。だが、時勢の成り行きで大日本帝国の国土となった地の住民でも、天皇陛下の臣民(しんみん)なのだから、統治上の都合でも公に等級別に格付けするのは間違っていると、私は思っている。
 金沢市と小松市の一角には、外地人達が彼らの習慣や文化で生活して住まう町や部落が在るが、道行く人や職務に励(はげ)む人達に外地人と内地人の見た目の区別は付かず、外地人が虐(しいた)げられたり、蔑(さげす)まわれたりするのを、見た事も、聞いた事も無かった。
 『部落』という名詞にしても、人に非(あら)ず者が集団生活する場所の意味ではなく、単に村よりも小規模な集落という意味で使われている。
 そんな、二等、三等、非人(ひにん)と狭隘(きょうあい)な差別をしない越の国の人々だったが、江戸藩政期に植え付けられた在所の差別意識は、議会政治の世の中になって60余年も経(へ)ても無くなっていなかった。
 加賀藩120万石の中に含まれる支藩の富山藩10万石は、富山県の面積に対して少ない石高(こくだか)だと私は思い、それを年輩の富山市出身の曹長に訊(き)いてみたところ、富山藩とは富山県中央部の婦負郡の地域だけで、比較的大きな町としては八尾(やつお)の町が在るだけで、富山県の2大都市の富山市と高岡市は加賀藩領だったそうだ。
 それならば、加賀藩領に板挟みになった婦負郡(ねいぐん)の人達だけが石川県や富山の加賀藩領域を僻(ひが)むだろうが、何故か、富山県民全体が石川県への僻(ひが)みと地元意識が強いようだ。
 また、聞くところに由(よ)ると、明治の初めに行われた行政改革の廃藩置県(はいはんちけん)に依(よ)って、富山藩から富山県と新川(にいかわ)県が誕生したが、人口が少ない事を理由に富山県と新川県は、加賀地方と能登地方を統合して誕生した石川県に併合(へいごう)されてしまった。だが、石川県議会は越中(えっちゅう)地方を過疎(かそ)地域と決め付けて、治山治水(ちさんちすい)を疎(おろそ)かにしていたらしい。
 この行政の仕打(しう)ちの様な不行(ふゆ)き届きに憤慨した越中全域は分離独立して、新たな富山県と成った経緯(けいい)の恨(うら)みも有るのだと思う。
 現在は先進的な化学工業が発展して、金沢市以上に近代的になった富山市は、不幸な事に戦略破壊の目標にされて、B29の絨毯爆撃で大きな被害が受けていたし、同様にB29の戦略爆撃の目標にされて大被害を被った譜代(ふだい)の越前藩の藩庁城下町だった福井市も、繊維工業で市政は潤(うるお)っていた。
 アメリカ軍の戦略ポイントから外れるような田舎町とされた金沢市よりも、破壊された2つの都市は経済的に優越しているのに、いつまでも過去に囚(とら)われた意識は薄れていない……、……悲しい事だ。
 単なる『黄金の沢』を連想させる『カナザワ』の響きからの妬(ねた)みなら、富山を『トミノヤマ』に、福井を『フクノイ』と呼ぶようにすれば、財や幸の導きを感じさせるのにと思う。
--------------------
 外地人への蔑み差別よりも、藩政から固執する妬み僻みを優先する越の国は、……不思議な地域だと思う。それと、朝鮮人の軍曹が、『富山』は朝鮮語のトヤンが訛った名称ではないかと話してくれた。
 朝鮮半島や大陸から日本海を越えての、越の国なのだろう。
 古事記(こじき)では、何故、コシの発音に『高志』や『古志』の漢字を当てたのだろうか?
 トヤンは朝鮮では人名で、古(いにしえ)の富山湾沿岸や能登半島はトヤンという人物が支配していたかも知れないと思いつつ、海上から迫り来る大和の軍勢と越の国の民は激しい戦闘を繰り返しただろうと、現実の防衛任務に重ねて夢想した。
 古(いにしえ)に日本海沿岸の環地域は盛んに海上交易を行って高度に栄えた経済文化圏が在ったと思うが、後の征服した支配者達の破壊によって荒廃させられ、今では其の多くが失われてしまい、伝承さえも途絶えてしまったのだろう。
 石川県の金沢市を中心とした藩政期の加賀藩は、外様(とざま)でも600万石の徳川幕府に次ぐ120万石の大大名で、雅(みやび)で余裕の有る行政と他藩よりも領民に自由を与えた支配体制が緩(ゆる)い100万石意識を持たせて、差別の意識に鈍(にぶ)いのだろうと、高岡市出身で郷土歴史研究家の警護班長の兵曹長が語ってくれた。
 見ていたところ、富山県の人達も外地人への分け隔(へだ)ては無く、寧(むし)ろ藩政期からの所領地での差別意識が強いと感じた。
 62万石の福井松平藩も、譜代の筆頭石高で加賀藩の御目付(おめつ)け役でしたから、優しく聞こえる福井訛(なま)りからして自領地の身分差には厳(きび)しくても、外地人への妙(みょう)な差別には疎(うと)いのだろうと思う。そして、北陸の地よりも明(あき)らかに表日本の方が、外地人と身分による差別意識が強いと知った。
--------------------
 北陸の主要な港には、朝鮮半島やロシアの日本海側の港と中国の東支那海や渤海(ぼっかい)の大きな港へ行き来する定期航路が多く運航されていて、明治期の初めから大量の物資が運ばれて来たり、大勢の人達が渡航したりしている事も有って、白人系は珍しがられたが、外地人の誰もが自分の出身地と本姓を言っても、北陸の人達は何の抵抗や差別や詮索(せんさく)も無く、彼らを日本人として受け入れていた。
 梯団員の外地人は皆若く、彼らの誰もが生まれながらの日本領土の日本人で、日本名の姓名を持ち、日本語を至極(しごく)普通に、本土出身の少年兵達よりも滑舌(かつぜつ)が良く、流暢(りゅうちょう)で丁寧(ていねい)に話せた。
 私の梯団長車の砲手は台湾人で、勇猛な高砂(たかさご)族から志願して入営した25才の加藤正少尉だ。
 彼もそうだが、梯団各車の砲手は視力が良く、静止目標への照準及び、移動目標への見越し照準が速やかで正確な者を抜擢(ばってき)している。
 高雄(カオション)市出身の加藤正少尉の本名は郭世新(グゥオスーシン)と言い、彼は妻と幼い子供が高雄市に居ると、部族衣装で撮った家族写真を見せてくれた。 
 装填手は、体格の良い24才の朝鮮人だ。
 志願して内地で士官教育を受けていた朝鮮の太田(テジョン)市出身の上杉学准尉は、『朝鮮名が李明照(リションソ)です』と言いながら、恥ずかしそうに内地へ渡る直前に婚約したという許婚(いいなずけ)の美少女の写真を見せた。
 2人共、内地と同等政策で新設する外地軍の機械化部隊の指導士官に成るべく、日本帝国陸軍の士官学校で指導要領を学んでいたが、それぞれの外地に戻れない厳(きび)しい戦局の悪化に、陸軍士官学校から『越乃国梯団』へ転属させられているのだ。
 末っ子の弟のような2人の少年兵には、16歳の指中郁三郎(さしなかいくさぶろう)1等兵が操縦手を、15歳の赤芝真(あかしばまこと)2等兵が前方機銃手を兼ねた無線手の担当をさせている。
 彼らと私は、連日の猛訓練で自分がすべき役割と担当が交代できる必要最低限の任を熟知させていた。
 梯団長車の二人の乗員以外にも外地人はいて、僚車の第一中隊二号車の砲手を担っている。
 彼の名は王徳明(ワンダミン)で、日本名は持っていないのか、名乗っていない。
 日本語は妻と共に南京(ナンキン)で在住していた日本人に月謝を支払って学んでいて、まだ発音に難が残っていたが、会話や読み書きでの意思の疎通に問題は無かった。
 以前は中国大陸で敵対している蒋介石(しょうかいせき)の国民党政府軍の砲兵少尉だったが、昭和12年12月に日本軍が占領した南京市で、昭和15年3月末に共産主義の排除と孫文(そんぶん)の大アジア主義の継承、そして、大日本帝国との共存共栄の和平を政策として、植民地主義の欧米と結託する蒋介石と決別した国民党指導者の1人だった汪兆銘(ワウテウメイ)が主席となって建国した南京政府に、彼は階級を一つ落とした特務准尉として集っていた。
 彼は、強力な日本軍との長期化する戦いと欧米の白人達の言いなりになる犬のような国民党の捨て駒の扱いに嫌気が差して、和平を主張する親日の汪兆銘に賛同したと、胸を張ってが言っていた。
 王徳明准尉は治安部隊に新設される装甲車隊の隊長として、士官学校で部隊の指揮・運用を受講していたのを、火砲の扱いに精通しているのを見掛けているのも有って、梯団へ勧誘(かんゆう)した。
 中国山西省陽曲(ヤンチャウ)市出身の26歳、妻と3人の子供が江蘇省鎮江市で妻の両親と暮らしていて、早く会いに行きたいと言っていたが、『このまま、大日本帝国が連合軍に敗北して降伏すれば、汪兆銘の南京政府も、蒋介石の重慶政府と共産党の八路軍に降伏する事になり、南京政府主席の汪兆銘は処刑、元国民党軍将校の君も裏切り者の漢奸(かんかん)・売国奴(ばいこくど)とされて、不用意に戻れば、家族も君と一緒に処刑になるかも知れないが、君は日本軍の士官学校で学んだ技術将校だ。だから、優秀な将校が不足している蒋介石は、君を必要とする望みも有るだろう』と助言していた。
 実際、彼の砲撃と射撃の成績は最優秀で、梯団各車の砲手に射撃要領を指導させている。
 梯団の各車からも、同様の訓練が出来ていると報告されていて、急造的だが戦力として活躍できる力量になったと期待している。
--------------------
 背後の大乗寺山と野田山の向こう側に連なる三小牛山は、ススキだらけの平らな山頂を利用して南北800m長の滑走路が造営されており、一面が牧草地のように見える陸海軍合同管理の飛行場には、ただの地面の凹凸にしか見えない掩蔽壕も有ったが、飛行機は駐機していなかった。
 三小牛山は、野村錬兵場が在る麓(ふもと)から民間人の立ち入りが禁止されていたが、歩兵第7連隊の留守番部隊の大尉と一緒の時は、すんなりと通して貰えた。
 滑走路で土方(どかた)作業をしていた設営隊の軍属に訊いた話では、カタパルトで崖下(がけした)へ突き飛ばすように発進させる、パイロットが操縦するロケット兵器が配置されているそうだ。
 それは、3本の火薬ロケットを推進力として、時速1000㎞の超高速で沖合の敵の艦船へ突入して行き、1機の命中で空母や戦艦を轟沈させる威力が有るらしい。
 既に、設置が済んでいるように見えるカタパルトは、敦賀湾や七尾湾に退避した帝国海軍のイ号潜水艦の船体から取り外した圧搾空気圧式で、三牛山山頂に滑走路と交(まじ)わらないようにした配置で、ススキの原と松林の中に東西方向へ3基が設置されていた。
 噂では、犀川と小立野台地と浅野川を挟んだ北側の小高い丘の卯辰山(うたつやま)の頂上や南側の富樫(とがし)山城跡にも、桜花を出撃させるカタパルトが1、2基設置されていると聞いている。
 同様のカタパルトは小松飛行場近くや片山津温泉背後の台地上にも設置されていて、神雷隊の1式陸上攻撃機に吊り下げられたロケット機が、1000mくらいの上空から滑空訓練をしていたのを見ている。
--------------------
 昭和18年10月2日の勅令(ちょくれい)により、それまで、徴兵猶予(ゆうよ)を卒業まで与えられていた大学などの高等教育で文科系や農業を学20歳以上の学生を公に招集する学徒動員令が発令され、帝都の明治神宮外苑の国立競技場に関東の召集学生を集合させて盛大な学徒出陣の壮行会(そうこうかい)が行われたのを、マニラの映画館で毎週上映されていたニュース映画で観ていた。そして、昭和19年には早くも、18歳の学生達も学徒動員されていると、ルソン島に駐屯(ちゅうとん)する師団へ補充されて来た若い学徒士官から聞いた。
 海軍神雷航空隊の桜花を操縦する搭乗員は、そんな学徒動員された18歳か、19歳の学力優秀な若者達だ。
 飛行訓練基地で僅か3週間程度の飛行と突入訓練が行われた後、幹部兵教練を受けないまま下士官や下級士官になって各地の最前線基地へ配属され、その多くが1、2週間以内に敵艦へ体当たりして自爆する神風特別攻撃隊員としての、生きて戻って来れない消耗品とされ、尊(とうと)い若い命を無情に散らしている。
 今を生き残れば、敗戦と戦争継続を強行した政府を憂いて、恒久平和の民主的な日本への再建に貢献するはずの若者達なのに、戦争を終結できない軍部と政府の所為で連合軍に大日本帝国本土が征服されるまで、将来の日本を担(にな)う優秀な若者達は体裁の良い礎(いしずえ)という建て前の犠牲にされてしまっているのだ。
(例え、出陣している本人が納得していたとしても、全く、遣り切れない事だ!)

▼昭和20年 11月4日 日曜日
 まだ、曙(あけぼの)にもならない山々の峰縁(みねふち)の空だけが白(しら)み始めた暁(あかつき)から、加賀沖と金沢沖の水平線上まで接近したアメリカ海軍の戦艦群による海岸地帯への艦砲射撃は、日の出と共に出撃した桜花部隊の帰投できぬ特別攻撃によって強制的に止めさせられた。
 突入する桜花の自爆攻撃で戦艦群は撃破されて水平線の彼方の日本海沖まで、桜花の射程圏外へと退避して行った。
 戦域条件が揃(そろ)えば、桜花の威力が絶大な戦果を上げる事を証明した学徒兵搭乗員の自己犠牲精神は、艦砲射撃の爆発と破壊力に驚愕(きょうがく)して慄(おのの)いていた防衛の軍人達や山地へ避難する市民達の目に大戦果を焼き付かせ、喜びの歓声を上げて万歳三唱をさせたが、静寂は敵が退避する一刻(いっこく)余りの間だけで、敵に上陸作戦を完全に断念させるには至らなかった。
 アメリカ軍の艦隊が水平線の彼方へと退去してからは、頻繁(ひんぱん)に敵艦載機の編隊が高空から低空へと飛来して、防御拠点の配置や戦力の偵察をしながら、対空陣地からの反撃を挑発して発見すると、猛禽類(もうきんるい)の獲物狩(えものかり)の様に反復(はんぷく)攻撃をして沈黙させていた。
 他にも、単機のB29が高空を何度も往復して入念に偵察して行った。そして、正午から午後三時過ぎまで何百機という敵機が波状攻撃を繰り返した。
 目標とされたのは、抵抗拠点になると思われる海岸部の集落や学校などの施設や船小屋のような小工場と、桜花が発進した三子牛山や卯辰山や加賀の丘陵地帯の場所に集中していて、鉄道路線や道路や橋梁の物流経路、動力源の電力を確保する発電所や変電所、それに、経済統治する商業地域で労働力が豊富な市街地へは、砲爆撃や機銃掃射をしていない。
 これは思うに、大日本帝国が敗北した戦後の処理を考えての、製造力や運送力を残す戦略なのだと思っていた。
 徹底的な日本の機能の破壊と日本人の殺傷は、生き残る日本人達に激しい憎悪を刻み付け、アメリカ人を悪魔の所業を行う理不尽(りふじん)な侵略者か、魂を刈り取る大鎌を振るう死神に偶像化させて、敬(うやま)うどころか、懐柔(かいじゅう)するくらいなら死を選ばせるほど、頑固(がんこ)で一概(いちがい)な日本人を、更に、意固地(いこじ)にして徹底交戦を絶滅するまで継続させてしまうと考えられるから、アメリ軍は不用意な占領や排除すべき抵抗勢力の目標以外を無差別に攻撃して来ない。
 大きな利潤格差が生じる資本主義経済のアメリカを中心とした西側連合国は、利益の平等分配の限界に必ず至ると考えられる共産主義を輸出するソ連が大東亜戦争終結後の敵だと決めているのだろう。
 将来的にソ連と遣り合う為にも、日本の経済力と日本国民を防共の最前線としなければと、友好的征服策を模索していると思う。
 爆撃と機銃掃射に飛来したのは、沖のアメリカ海軍の空母からの艦載機と、本土の占領された何処かの飛行場から発進したアメリカの陸軍や空軍の双発爆撃機だ。
 まるで、爆撃訓練のように双発爆撃機の大編隊が波状で1000m~3000mの中高度や300m~500mの低高度の水平爆撃を次々と行い、艦上爆撃機は何を狙っていたのか分からないが、編隊のままで急降下爆撃をして地上すれすれで引き起すという、操縦技量の高さを見せ付けていた。
 敵の艦上戦闘機や艦上攻撃機は、対空迎撃の曳光弾を撃ち上げる陸軍の口径20㎜の単装の高射機関砲と海軍の口径25㎜の単装や3連装の機銃に対して、搭載して来たロケット弾の一斉射と四連装から八連装の口径12.7㎜の搭載機銃で激しく交戦していた。
 私が居る場所から見える範囲では、3機の双発機が煙を引き、其の内の1機が火に包まれて、搭乗員が脱出する間も無く、金沢駅近くの市街地に墜落して爆発散華(さんげ)した。
 2機の艦載機が、火を噴いて落ちるのを見た。
 1機は搭乗員が落下傘で脱出した後に空中で火の玉となって爆発四散したが、もう1機は不時着するつもりだったのか、30軒ほどの農家が水田に囲まれて島みたいに見える集落へ滑るように落ちて大火災を起こし、集落の半分以上の家屋と木々を燃やしてしまった。
 交戦している高射機関砲は、東金沢駅や西金沢駅や野々市駅の周辺の陣地に配置された10基と、浅野川や犀川の土手上に擬装された機関砲が2基ずつ計4基、私が居る南側背後の満願寺山から高尾の丘陵の方に五基、それに卯辰山北側の小坂丘陵へも配置されている3基の高射機関砲の、9ヶ所の陣地に分散布陣させた合計22基の高射機関砲で、襲来する敵艦上機群を網で包む様に弾丸を浴びせている。だが、其の対空防衛網は敵機の反復攻撃に因って、徐々に撃ち上げる火線を減らして来ていた。
 小松方面は、海沿いに在る海軍小松飛行場と柴山潟南側の丘陵地帯が集中的に狙われていて、漂う煙で霞む中に10条以上の立ち上る黒煙が双眼鏡越しに見えた。
 爆弾を投下し終え、ロケット弾を撃ち尽くした敵機は、半数程になっても盛んに曳光弾の束を撃ち上げる高射機関砲や機銃の掩体壕陣地の撃破と、海岸付近や水田が広がる平野部に点在する集落への機銃掃射に集中して来た。
 激しい連射で瞬く間に搭載機銃の弾薬を撃ち尽くした双発の爆撃機の編隊が、次々と遣って来た東や南の方角へ機首を向けて帰投へと飛び去って行く頃、北東の方向の空からヴォン、ヴォンと大型犬の鳴き声のような音が途切れなしに聞こえて来て、見上げると、先導機に従えられたB29が24機編隊で1つの梯団になって、それが4つ、数珠繋(じゅずつな)ぎで向かって来ている。
 2つ目までの梯団は上空を素通りして小松方面へ向かい、後の2つの梯団は、それぞれ三子牛山と卯辰山に大型爆弾を一斉に投下した。
 爆弾は正確に目標となった三子牛山と卯辰山の山頂に集中していて、麓の住宅地で爆発するような狙いを外した爆弾は1発も無かった。
 1つ、1つの爆弾の炸裂ではなくて、爆撃目標地点の地面全体を隅々(すみずみ)まで深く掘り返して噴き散らかしながら爆発の炎で焼き尽くす、極めて精密な照準で投弾された絨毯爆撃を、間近で見たのは初めてだった。
 4発重爆の大編隊が投下した爆弾が一遍に爆発する絨毯爆撃は、2つの小山の頂上が火山の如く大噴火して無くなるかと思うほど、高々と広範囲に噴き上がった土砂(どしゃ)の凄(すさ)まじさと大轟音と強い地響きに、艦砲射撃とは違う強烈な破壊の威力に度肝(どぎも)を抜かれてしまった。しかし、爆弾投下は1回の通過時のみで、何時間も続く艦砲射撃の執拗(しつよう)さは無かった。
(これで、焼夷弾の束が何100個もバラ撒(ま)かれでもしていたら、石造りやコンクリートの建物が数えるほどしかない金沢の街は綺麗さっぱり灰塵(かいじん)となり、翌朝には焼け野原の更地(さらち)になった事だろう)
 暫(しばら)く、耳の奥に残るドロドロ、ゴロゴロと、誰も生き残れないと思うしかない破壊の大音響を聞きながら、小松の方はと見ると、やはり、片山津辺りの丘陵と飛行場が目標とされ、土砂の噴き上げと爆発の火炎が遠望された。
 水平線近くに傾いた秋の夕陽の強い輝きは、無塗装のジェラルミン肌のB29の機体を赤い黄金色に染めて、鬼達が乗り込む地獄の業火(ごうか)を纏(まと)う天津船(あまつふね)や月読舟(つくよみふね)の艦隊の様に思え、神罰(しんばつ)を落とされて終焉(しゅうえん)を迎える運命なのは、大日本帝国臣民なのかと、錯覚(さっかく)しそうだ。
 国民投票で選ばれた民主主義の議会政治が漸(ようや)く定着して落ち着いて来たのに、軍閥が政権を握った時から大和の民の幸せの方向が違いだした。
 大東亜の理想は業(ごう)と欲と優越意識の支配に変わり、今、理想と目的を見失った偽善の国へ神仏の鉄槌(てっつい)は激しい炎となって振り下ろされている。
(大日本帝国を取り巻く時勢の流れでの朝鮮併合、満州国設立、大陸内部への進攻や白人支配から開放する、八紘一宇(はっこういちう)の大東亜(だいとうあ)共栄圏への理想が悪だとするならば、其の共存共栄の理想を微塵(みじん)にと、徹底的に粉砕するのは、正義ではなくて、更に、強大で利己的な資本主義の格差だらけの理不尽な民主主義と、間違いだらけの共産帝国主義いう、醜悪非道(しゅうあくひどう)な極悪(ごくあく)に他ならないだろう)
--------------------
 昭和13年の春に大日本帝国陸軍第16師団へ召集されて内地での訓練期間を終えると、中国大陸の武漢(ぶかん)攻略戦中の師団の砲兵隊へ配属された。
 舞鶴(まいづる)港から乗船した輸送船は日本海から東支那海(ひがししなかい)を好天に恵まれて渡り、更に、揚子江(ようすこう)を遡(さかのぼ)って南京(ナンキン)の市城港まで航行して積み込んだ物資を降ろし、兵員を下船させた。
 行けども、行けども、悲しいくらいに疎(まば)らな並木の荒れた農道の両側に広がる手入れの緩(ゆる)い田畑と、廃村のような貧乏臭い集落の点在する田舎風景が広がるばかりの中国大陸の大平原を、フォード社製トラックの無蓋(むがい)の荷台で食い物と弾薬の木箱の陰に蹲(うずくま)って、醒(さ)めぬ船酔いと車酔いのゲロを吐き続けながらの移動は、占領した武漢の兵器工廠(こうしょう)に着いて終了した。
 揚子江の河口の左岸に密集する上海(シャンハイ)の大きな街を眺(なが)めながら上流へと進み、岸辺の斜面を登って見上げた南京の城門の重厚さと左右に延々と続く高い城壁を見てから、陸路を車酔いでフラフラになって到着した武漢で、街を囲む大城郭の中に来ている自分の存在を俯瞰(ふかん)するように想像すると、広漠(こうばく)とした大地の中と悠久(ゆうきゅう)の歴史の果てにいる自分が非常に矮小(わいしょう)で哀(あわ)れにな生き物に思い込んでしまいそうになった。
 大日本帝国と敵対して戦争状態にある中華民国の兵器製造力は、小銃や大砲は製造できても、戦車どころか、まともな自動車や軍用機は造れず、河川や沿岸用の砲艦などの戦闘艇は製作できるが、小型の海防艦や駆逐艦も、まして、巡洋艦や戦艦を建造する技術の蓄積自体が無なかった。
 昭和12年に全金属製の航空機の開発と量産製造に成功した浙江(せっこう)省杭州(こうしゅう)市の筧橋(ジアンチャウ)飛行機製造廠は、既に日本軍に占領摂取(せっしゅ)されている。
 中華民国軍の大砲を製造する6つの兵器工廠の内、上海市の兵器工廠、中原(ちゅうげん)の山西省の太原(タイゲン)兵器工廠、遼東(りょうとう)省と遼西(りょうせい)省の間に在る沈陽(チンヤン)市の兵器工廠、湖北省武漢市の漢陽(ハンヤン)兵器工廠、広東(カントン)省の琶江(パジャン)兵器工廠の5つを占領していたから、対戦車砲や高射砲、そして、大口径の要塞砲に至るまで、全ての大砲の量産製造は激減して、小銃や拳銃の製作も半減しているはずだった。
 後は残る重慶(じゅうけい)市の老牌(ラオパイ)兵器工廠を破壊占領すれば、兵器の量産製造は全て壊滅(かいめつ)してしまうのだが、国民人口が日本の10倍以上の中華民国は軍隊の兵員数も10倍以上で、其の兵隊達が携行する大小の火器は、発展途上の自国産業の生産では足りず、多くを中華民国を援助する外国から購入していた。
 戦争継続に必要な援助の兵器と弾薬は、西方や南方の奥地から山脈地帯や砂漠地帯の国境を越えて陸路で運ばれていて、中華民国を疲弊させて降伏へと追い込む日本軍の戦略と侵攻を阻(はば)んでいた。
 占領地を確保するので精一杯の日本軍には、更に、侵攻する余剰(よじょう)の戦力が乏(とぼ)しい故に、其の危険な搬入路を遮断する術(すべ)は無かった。
 それにしても、いくら大軍といえども、携行火器と小口径の大砲しか装備していない支那(しな)兵達を、列強国の第1線兵器と同等の陸海空の武器や起動兵器を装備する大日本帝国軍が、取り逃がして撃滅できないのは、作戦や戦術は良しとしても、戦法が同じ程度だからだろうと、5、6回の戦闘参加で一兵卒ながら機動兵器の戦車や長距離砲撃の活用不足に気付いて来た。
 山野で狩りをするのに、獣(けもの)と同じ程度の思考では、獣を欺(あざむ)いて仕留(しと)める事はできない。
 作戦で勝利しているのは、演習や訓練の錬度と成し遂げる意思の強さが勝っていたに過ぎず、戦死者と負傷者の数は同じくらいで、投入兵力からの比較では我が軍の損害率の方が大きい。
 支那兵達の戦闘意欲は殺(そ)ぎ易いが、逃げ足は巧妙(こうみょう)で素早(すばや)く、隙間(すきま)だらけの包囲網から易々と列車に乗り込まれて逃げられている。
 支那兵達の戦意を失くさせるのに失敗すると、我が軍の突貫攻撃や白兵戦は逆に圧倒されたり、包囲殲滅されたりして、幾つかの全滅した部隊の噂を聞いた。
 遠望する敵の貨車編成の列車は砲の射程距離内なのだが、補給が追い行かない弾薬の乏しさと圧倒的に大兵力の敵兵達に、乗り込む列車を破壊してしまうと、我が軍の薄い包囲網を破ろうと抵抗して来るのは必須(ひっす)で、抑(おさ)え込むのは不可能と判断された。
 包囲を突破されるのは不可避(ふかひ)だろうが、敵に大損害を与える事はできる。だが、我が方も弾薬は撃ち尽くしてしまい、兵士達の損失も甚大(じんだい)だろう。そして、救援に来る敵部隊に蹂躙され、兵器の全てを損失、兵士は全員戦死の全滅だ。
 後日、部隊が全滅した場所を占領した時の話では、両手を挙(あ)げて降伏した兵や横たわる負傷兵まで、青龍刀(せいりゅうとう)で滅多切(めったぎ)りにされていたそうだ。
 他にも、城壁の櫓楼(やぐらろう)に籠(こも)る強力な敵を撃ち破るのに、崩(くず)れない城壁の隅際(すみぎわ)に積み重なる双方の死体が城壁の高さになるまで攀(よ)じ登れず、陥落させるまでの損害は、圧倒的に我が軍が多かったと、武漢作戦後に駐屯した満州で聞かされた。
 仮に、我が軍は、包囲捕捉できた敵の大軍団が戦意を喪失して降伏して来ても、作戦に従軍した日本兵の10倍にも及ぶ投降兵の始末(しまつ)に、収容場所も、糧秣(りょうまつ)も無くて困(こま)り果てるだけで、其の上、中国大陸の西方彼方に在る中華民国政府は降伏しない。
 そんな中国大陸での中華民国に勝てない戦法で、物量任せの安全戦術で反撃侵攻して来るアメリカの戦略に勝てるはずがないと、レイテ島でアメリカ軍と戦って身に沁(し)みていた。
--------------------
 B29の大編隊が夕焼け空の彼方に天国へ続く真っ赤なハイウェイのような雲の筋を残して消え去ると、死神の手先となった黒い翼の天使の様に飛び回っていた敵の艦載機の群れも、一斉へ西の水平線の向こうの黄昏(たそがれ)の世界へ去ってしまい、解除された空襲警報に夕暮れから宵闇への静寂が訪れたが、やがて、澱(よど)んだような静けさの中に破壊の痕を始末する遠くの音と、近隣からの夕餉(ゆうげ)の支度(したく)の音が聞こえて来た。
 夜の帳(とばり)が降りて、ひっそりと辺りが闇に包まれ始めた時、片手には少し前と足許だけを照らすように墨(すみ)で黒く染めた提灯(ちょうちん)を持ち、もう一方の手には、今からの晩飯と夜半の夜食と明日の早朝の握り飯を入れた籠(かご)に、お茶を入れた大きなヤカンを持って、3人の女学生達が来てくれた。
 出来るだけ彼女達に不安を与えないように、昼間の攻防に触れない話をしながらの晩飯を済ませた今は、若い指中一等兵と赤芝二等兵は、ヤカンを置いた焚き火の炉を囲んで女子達と歓談し、妻子持ちの加藤少尉と婚約者がいる上杉准尉は、それぞれの提灯の灯りの下で、手紙か、日記を認(したた)めている。
 これから仮眠を取り、夜半から未明(みめい)に掛けて守備位置である金石街道の植林帯へアメノウヅメを移動させ、暁(あかつき)までに戦闘配置を完了しなければならないと考えながら、私は『いよいよ、明日は戦闘だぞ!』と、気を引き締めながら、夜の黒い水平線で漁火(いさりび)のように群がる敵艦船の灯りを、チリオツニの前方で眺めていた。
 其処へ女学生達の最年長者の鷹巣(たかのす)淑子(よしこ)さんが近付いて来て、昼間の攻防を体験した思いを話した。
「……はっ、初めて知りました……、せっ、戦争がどういうものなのか……。まだ身体の震えが止まりません……。あの子達もそうです。……防空壕の中では、私達は身を寄せ合って、耳を塞(ふさ)ぎ、震えていました。……警報が解除になって、皆さんの夕餉の支度をしている時も、……ここまで来る時も、そして今も……、震えています。大尉さん、あなた様は、あんなに恐ろしい中から、御帰還なされたのですね」
 初めて身近で戦われた戦争の轟音と激震と火薬と鉄の臭いから意識の底から引き起こされる恐怖で、全身を小刻みに震わす彼女が、歯の根の合わない口を懸命に抑えながら、言葉を整(ととの)えて話してくれる。
「ええ、今日の艦砲射撃と空襲は、まだ下拵(したごしら)え……、いや、明日の上陸の準備ですよ。明日、敵は必ず上陸して来ます。上陸と内陸への侵攻を援護する艦砲射撃と空襲は、今日よりも激しくなるでしょう。上陸した敵の砲兵の激しい砲撃に援護されて、敵は戦車の大群を先頭に攻めて来ます。それを撃退する防衛戦は、厳(きび)しく壮絶(そうぜつ)になります」
 『あんな爆発と炎の中を、どうすれば、生き残れるの?』と、問うように私を見詰める少女に、慰めにならないアメリカ軍の上陸作戦の戦闘手順を、『敵は強力過ぎるから、諦めなさい』と言わんばかりに話してしまう。
「そうなるのなら、私は此処に居て、皆さんの御手伝いを致します。そして、あなた様が御戻りになるのを待ちます。さあ、何をすれば良いのか、命じて下さい……」
 気丈夫(きじょうぶ)な言葉は語尾が小さく掠(かす)れながらも、健気(けなげ)な彼女は涙を湛(たた)える瞳で真っ直ぐに僕を見て、はっきりと言ってくれる。
 気持は嬉しいが、竹林の中の補給部隊の動きが少しでも上空を飛ぶ敵の偵察機に発見されれば、直ぐに大口径弾が無差別に落下する艦砲射撃と執拗(しつよう)な空爆に晒(さら)されて、この広い竹林ごと噴き散らされてしまうだろう。
「この辺りも砲撃や空襲の目標になるかも知れません。流れ弾も飛んで来るでしょう。焼夷弾で市街地が焼かれると、ここも直ぐに燃えてしまいます。そうなると、逃げ道は無くなり……」
「あなた様も一緒に逃げましょう! お願いです! 私と逃げて下さい。……皆さんも、一緒に山奥へ逃げましょう!」
 胸の前で両手を握り締めて思い詰めた、今にも泣きそうな顔の彼女の小さな悲鳴のような声が、僕の言葉を遮る。
「逃げていただけないのでしたら、……私は逃げないで、あなた様と一緒に戦います!」
 僕は手袋を脱いで、言葉を強める彼女の両の肩に手を置いて落ち着かせながら言う。
「それは駄目です。淑子さんに、此処に残って貰っても、戦っても、欲しく有りません。そうされると、僕が此処にいる意味も、敵と戦う意味も、無くなります」
 肩に置いた手が広がり、彼女を抱き寄せたい衝動に駆られた。
「僕は戦うしか有りません。淑子さんを守る為に、僕は戦います!」
「……あなた様は、必ず生きて戻って来てくれますか?」
 潤(うる)む瞳が、僕を見上げている。
「約束して下さい。必ず生きて戻ると……、お願いですから……」
「それは、約束……」
「でも、戦えば……、敵に殺されます。あなた様が……、いなくなったら、私は……」
 言葉がか細く途切れる彼女の目から、ポロポロと涙が溢(あふ)れて頬(ほお)を流れ落ちて行く。
「分かりました。約束します。必ず生きて戻ります。僕だけではなく、搭乗員の皆も無事に戻ります」
「……あなた様は、私に言う事を利かせようと、できない約束をするのでしょう? ああっ、でも、でも……」
 涙目がキッと見開いて、僕を『嘘吐(うそつ)き』と睨(にら)んだ。
「大丈夫ですよ。アメノウズメ達は凄く強いのです。あんな爆弾や砲弾は弾き返す事が出来るから、約束するのです。それに、アメノウズメの大砲は、アメリカの戦車を殺っつけれます。だから、負ける事は有りません」
 爆弾や大口径の砲弾が直撃したり、敵戦車の徹甲弾が装甲板を貫通しない限りは、アメノウズメが遣られる事はないが、負け続きの戦の御蔭で、明日は此処に上陸して来る強力な敵と戦う事になるだろうから、本当は自分の生死など、約束はできない……。
「本当に、……約束できるのですか?」
 僕を睨む彼女が、ギュッと僕の心臓を鷲摑(わしづか)みしたように、凄く愛しくて切ない。
「はい、本当です。だから、約束できます」
「私が戦っては、駄目なのでしょう?」
「そうです。駄目です。戦うのは、兵隊と勤皇隊と防衛隊の男性で十分です。だから、早く、挺身婦人会の方々と一緒に、犀川や浅野川の上流へ逃げて下さい!」
 僕を見上げる彼女の瞳が、再び、涙に潤む。
「湯涌や倉谷の山奥へ私は避難して、あなた様が無事に戻って来ても、その後は、どうなるのですか? 戦争は続いていて、生き残っていても、私達は殺されるだけなのですか?」
「……そんな悲劇には、ならないと、僕は思います。いえ、悲惨な事にも、無残な事にもならないように、僕が、この命に代えて淑子さんを、必ず守り通します」
 僕は幻想を彼女に語っている。
 彼女に向けて振り下ろされる剣先(けんさき)も、突いて来る矛先(ほこさき)も、飛んで来る矢も、僕の盾と矛は彼女の前面に立ちはだかり、其の災厄(さいやく)の全てを討ち払う近さには居られない。
 私が直接、戦闘の指揮を執る『越乃国梯団 第1中隊』の2輌のチリオツニが活躍するのを、丘の上に広がる竹林の、この場所から遠望できるだろうが、私の戦いは、淑子さんだけを意識して守る為ではない事を、もし、見守っていてくれるのならば、彼女は分かっているだろう。
「邑織(むらおり)様、岐阜県は飛騨地方に、福井県は県境の山岳地帯に、富山県は立山連峰に、そして、石川県は奥能登の高原と加賀の湖沼と県境の山奥に、古(いにしえ)から龍神(りゅうじん)の伝説や伝承(でんしょう)が存在します」
 彼女は、八百万(やおよろず)の神的な神憑(かみがか)りの伝承に護られると話すのが察しられたが、僕には彼女が言おうとしている事を否定できなかった。
「此処、金沢の野村地区に住まう私達は、この近くを流れる伏見川の、更に、上流の内川の源流辺りの菊水(きくすい)の集落まで避難します。其処の三輪山にも龍神の言い伝えが有り、きっと、私達は護(まも)られると信じていて、侵入しようとする外敵は拒(こば)まれて酷(ひど)い目に遭(あ)う事でしょう。私は大丈夫です。だから、あなた様は、必ず生きて、私の許(もと)へ戻って来て下さい……」
 僕が生まれ育った滋賀県高島郡朽木村(くつきむら)針畑(はりはた)にも、龍神ではないが、異形(いぎょう)の神の伝承が有り、実際、地区の集落は護られていた。
 集落に近付くに現れた熊(くま)や田畑を荒らした猪(いのしし)や野良犬(のらいぬ)は、内臓を食われた骸(むくろ)となって路上に捨てられていて、村人達は事有る毎に道角(みちかど)の祠(ほこら)に御供(おそな)え物をして、神と崇(あが)めていた。
 其の御供え物は翌朝に無くなっていたが、獣(けもの)が貪(むさぼ)り食ったり、咥(くわ)え去ったりした痕跡(こんせき)は無くて、明らかに住人達以外の知恵の有る異形の何かが、御供え物だけが消えたかの様に、祠や周囲を荒らさずに持ち去っていた。
 僕を含めた地区の住人達は、地区に住まう異形の神を畏(おそ)れ、敬(うやま)い、信心(しんじん)していた。
 龍神ではないが、レイテ島での逃避行で、異形の何かに遭遇(そうぐう)した事が有る。
--------------------
 実際の遭遇は一瞬で、其の後は間近に気配を感じていただけなのだが、聞いていた伝承と辺りの状態と状況に僕は、異形の神の様な存在が居ると、今も確信している。
 リモンの山地から北よりに西へ下った低地ジャングルを抜けた場所は、直径2㎞くらいの円形の湿地が広がっていた。
 湿地の中心には、こんもりとした密林が丸く100mほどの島になっていて、其処を行き来する女性と子供の裸足の足跡が有った。
 足跡を見付けた時は、ちょっと、住居が有るかも知れない島のような密林へ行こうかと考えたが、直ぐに思い止まり、行きつ戻りつしている足跡を何処から来て密林へ向かったのかと、密林とは逆の方向へ辺りを警戒しながら姿勢を低くして足跡を辿(たど)ってみた。
 200mばかり足音を忍ばせて背丈よりも高い葦林(あしばやし)の中を、足跡を頼りに通り筋を歩いて行くと、不吉な異臭が漂って来て、進むにつれて其の屍の腐敗臭が強くなった。
 死臭を嗅(か)いでから、更に、100mほど来ると、円形に葦が薙(な)ぎ倒された広場が有って、其の中央に、明らかに人が積み上げたと思われる死体の山が見えた。
 戦闘の痕跡が無く、防衛戦線から外れた場所に多くの死体が有るのを不思議に思いながら、恐(おそ)る恐る近寄って見た死体は、100人以上も積み上げられていて、死後、1週間から3日ほど経った死体が殆どだったが、1日ぐらいしか経っていないの真新しい遺体も幾つか有った。
 死体は、日本兵にアメリカ兵、フィリピンゲリラと思しき者もいたが、見える半数以上が日本兵で、彼ら装備は新品だった。
 どの遺体も、戦闘で受けた様な傷は無くて、他の著(いちじる)しい損傷も無かったが、全員が首を折られて殺されていた。そして、彼らの雑嚢(ざつのう)や背嚢(はいのう)と衣服のポケットの中身は巻き散らかされて、食料品だけが持ち去られている。
 ただし、缶詰(かんづめ)だけは、衣服、銃、刀剣、弾薬の戦闘装備や私物品などと共に残されていた。
 おおよそ歩哨中、索敵中、伝令で逸れたり、離れたりした兵士が、持ち物の食料強奪の目的で浚(さら)われて殺されたのだろう。
 死体の周囲の剥き出しになった僅かの地面には、辿っていた女性と子供の足跡と、自分の五倍も有る大きな人の物らしき幅広の足跡が残されていて、其の不気味さに、辺りは静かだったが不意に襲(おそ)われないかと非常に不安になった。
 殺して遺体を積み上げたのが、何処の誰かの仕業(しわざ)か分らないが、直ぐに逃げ去りたい衝動を抑えつつ、残されていた手付かずの缶詰を頂戴(ちょうだい)する事にした。
 散らばっていた背嚢と2つの雑脳を拝借(はいしゃく)して、パンパンになるまで持てるだけの缶詰を詰め込んだ後、感謝の気持ちとして缶詰の開け方を教える事にした。
 中身を空っぽにされた雑脳や背嚢を敷(し)いた上に、持ち運べない半分以上の缶詰を積み重ねて、其の内の3缶をアメリカ兵の銃剣で開けて、銃剣と共に供(そな)えた。そして、西海岸を目指して立ち去ろうとした時に、其の気配を感じた。
 広場から出て葦林の中に入った途端(とたん)、背後に足音と咀嚼(そしゃく)の音が聞こえ、直ぐに伏せて覗き見ると、はっきりとはしないがズングリとした人形(ひとがた)の人ではない異形が、開けた缶詰を食べていた。
 それを見て、僕は思い出した
 ルソン島に駐留していた頃に、ゲリラ討伐(とうばつ)で解放した原住民の村の老人から、フィリピンの島々には、古からの原住民を守護する、『ン・バギ』という異形の神が住まうから、戦争に関わらない原住民達に無理強(むりじ)いをしないようにと、聞かされていた。
 其の異形を僕は、『ン・バギ』だと判断して、速やかに湿地から離れて行った。
 湿地から出るまで、異形が着かず離れずで近くにいる気配がしていたが、ジャングルに入ると其の気配はピタッと無くなった。
 あの大量に有る缶詰で、女性と子供と『ン・バギ』の3人? は、食い繋いでいけるだろうと思いながら、西海岸を目指して鬱蒼(うっそう)としたジャングルの中を進んで行った。
--------------------
 金沢に着任してから、周辺の戦闘に有利な地形やチリオツニが通行可能な道路を地図や実際に確めていた。
 其の地図で調べてみた犀川や内川の源流域からは、間道で県境のブナオ峠を越えて富山県の五箇山の集落へ行けるし、更に、東へ岐阜県の白川郷まで行けば、北への峠を越えて飛騨郷まで行ける道が有る。
 但し、徒歩で超えるしかないブナオ峠や飛騨郷への峠道は残念な事に、雪深い豪雪の地なので冬場に通るのは自殺行為だった。
 それに、雪解けの春が来る頃には、飛騨郷や白川郷がアメリカ軍に占領されているかも知れない。
「……淑子さん、僕の予想ですが、きっと、戦争は今週中に終わります。……残念ですが、日本は負けますよ……。でも、絶望しないで、淑子さんは、強く生き抜いて下さい。きっと、日本は今よりも良くなります。日本は平和になります。だから、生きて幸せになって下さい……」
「戦争が終わらなくても……、平和にならなくても……、死が2人を別つまで、……私は、あなた様の傍に居たいです。……あなた様が、私の傍に居て欲しいです」
 悲しみの憤(いきどお)りに赤らめた涙顔を、より紅(あか)く染(そ)める彼女が言った、『死が2人を別つまで』は、キリスト教の結婚の儀で婚姻を承認する神父が、新郎新婦に添(そ)い遂(と)げを確認する言葉の一節だと、フィリピンのマニラ市に駐留していた時に、列席した知人の結婚式を挙(あ)げた教会で知っていた。
 其の神父の言葉は、結婚する2人へ問う「誓いの言葉」で、結婚式で配られた参列者名簿の裏面には、『健(すこ)やかなる時も、病(や)める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富(と)める時も、貧(まず)しい時も、これを愛し、敬(うやま)い、慰(なぐさ)め、助け、死が2人を別(わか)つまで、愛す事を誓(ちか)いますか?』と、日本語訳が書かれていた。
 僕は、其の『誓いの言葉』が、無言で酌(く)み交(か)わす三三九(さんさんく)度よりも解り易い夫婦の在り方だと、感心して覚えていたが、死で別たれる時も愛(いつく)しみ合うのなら、どちらかが死しても愛は続くと信じたい。
 愛するという言葉や愛という単語に馴染(なじ)みも、興味も無かったが、金沢市の飛梅町(とびうめまち)に在るミッション系の女学校へ通う彼女は、上手く理解しているのだと思った。
「暫(しば)しの間でも、わたしは、あなた様と離れたくありません!」
 僕と結ばれたいと誓う言葉を言って、赤面して俯いた彼女が、大声を出して僕に抱き付き、泣き出した。
 『いつまでも、一緒に居たい』と言った、まだ抱擁(ほうよう)も、接吻(せっぷん)も交(か)わさず、乳房(ちぶさ)の愛撫(あいぶ)もしていない無垢(むく)で生娘(きむすめ)なままにしている彼女は、泣き顔になって僕の胸にしがみ付いて、泣きじゃくっている。
「行かないで! 行かないでぇ! 行かないで……」
 僕のすべき事、僕が此処に居る理由、今の僕の責任は義務ではなくて、望みだ!
 すべき望みの明日の戦闘を考えると、とても、約束できる事ではないので躊躇(ためら)う僕は、何も言わずに彼女の肩に手を置くだけに留めた。
 掌に感じる彼女の温かさと柔(やわ)らかさに、僕は思う。
(いつまでも、一緒に居よう)
 だけど、叶(かな)いそうもない、其の想いは、言葉にできない。
 夕陽が水平線に触れる頃から目立たないように動き出して、黄昏時を過ぎた夜の帳が降り切る前に死地の場所まで、アメノウズメを移動させなくてはならない。
 死地へ赴(おもむ)けば、生きて戻れる事はないだろう。
 荒い呼吸が穏やかになり、肩の震えも治(おさ)まって、少し彼女の気持ちが落ち着いて来たのが分かった。
 彼女の僕への想いは、1晩中、手を取り合ってクルクルと踊り明かしたいほど、心底嬉しいけれど、死する覚悟が言葉を詰まらせてしまう。
(すまない、僕は生きて戻れないでしょう……)
「邑織さんに出会えて、嬉しい!」
 彼女の喉から搾(しぼ)り出すような小さな声だったが、はっきりと聞こえた。
「……淑子さん、僕もそうです」
 抱き留めた手を背中に回し、僕は彼女を引き寄せながら言う。
「大好きです! ああっ、今、私は幸せです」
 喘(あえ)ぐような其の言葉に、思わず、彼女の背中へ回した手に力が入り、強く抱き締めた。
 身体は緊張(きんちょう)するのに、気持ちは弛緩(しかん)して安らいだ。
(愛(いと)しい……)
 こんなにも、人を愛しいと思ったのは初めてだ。
 10年間の軍隊生活で、これほど心が安らいだ事は無かった。
「死なないで!」
 小さくても、強い意思を込めた声が、鋭く胸に刺さり、気持ちが動揺する。
「生きて、ずっと、私を幸せにし続けて!」
 嬉しい言葉が、凄く切ない。
「私は、あなた様を愛しています……」
 愛していると、外国映画や翻訳された恋愛小説でしか知らなかった恋情を告白する言葉を、はっきりと彼女は僕に言ってくれる。
 やはり、ミッション系の学校だから、博愛や慈愛や恋愛に素直なのだろうか?
 僕への想いを詰める彼女は、恥ずかしくて僕は言うのを躊躇う愛を言葉にしてくれた。
「此処では、……いつも、私の瞳があなた様を探していました。……此処を……、この場所を……、離れると、あなた様を想う切なさで、胸が痛くて……、ずっと、心はあなた様で一杯です……。愛しています……」
(……何度も、彼女は、僕を『愛しています』と言ってくれている)
 初めて出会ってから、僅か1ヵ月しか経っていないのに、もう彼女を愛しいと想わない時間はなかった。
 気が付けば、自分でも信じられないくらいに、見るもの、聞くもの、匂うもの、味わうもの、触るもの、自分の5感の全てを彼女と結び付けていた。
 自分が5感で得る全ての良き思いを、彼女も一緒にと願っていた。
 僕の第六感は、彼女を感じていたいと常に捜し求めている。だけど、この時局に僕の命などは大風の前の些細な炎の灯に過ぎない。
(アメリカ軍は、非常に強力だ!)
--------------------
 レイテ島での帝国陸軍の敗北は、物量や制海権、制空権だけの差ではなかった。
 戦略と戦術には、臨機応変の柔軟性が欠如していた。
 教えられた事以外や経験の有る事以外の、急がば回れ的な思考と行動が出来ないという、直情的な硬直化が有った。
 師団長や参報の高級将校から一兵卒(いっぺいそつ)まで、従来の全体体制や仕来(しきた)り事(ごと)が優先される、個人が無い教育と個人を認めない社会に自分の命への執着が薄れていて、敵を殲滅する気概がアメリカ兵より乏しいと知った。
 場当たり一辺倒な切り込み突撃は心情的には苦痛だが、誰もが躊躇い無く突っ込んで行き、1人、1人、死ぬまで奮闘して玉砕して果てた。
 この玉砕が敵を抹殺する気概だとするならば、それは、生への執着の乏しい、死する事を義務とする意識がさせた洗脳的な行動だったと思う。
 皆、引き際の判断よりも、死に場所を求めていた。
 死の恐怖を超えて突撃で生き残っても、次の突貫(とっかん)で攻撃の最前列に並ばされて、また死の恐怖に襲われる。
 負傷の度に歴戦の勇士だと嘯(うそぶ)いても、歩けるくらいの負傷なら攻撃に参加させられて、殺される恐怖は無くならない。
 だから、生き残って待ち侘(わ)びる人達に会いたいと願うより、いっその事死んで、繰り返される恐怖から逃れたいと、最前線で修羅(しゅら)の如(ごと)く奮戦して戦死していまうのだった。
 死に切れなかったり、戦意を失ったりすると、大半は食い物と水を求めて山中を彷徨(さまよ)うだけで、敵中に死活を求めず、道端や草葉の影に大勢が飢餓で骸(むくろ)になっていった。
 交戦時の軍隊は、傷病兵には冷酷だった。
 軽傷者以外は部隊の行軍速度に付いて歩けないから、付いて来るなと命令され、あっさりと見放されていた。
 平時の駐屯地の治療所や占領地の大病院と内地の病院へ送還される幸運に恵まれていれば、半年くらいで根治(こんじ)する傷や病状でも、補給の途絶えた前線では、投与する薬も、看病する人も、全く足りていない。
 患部に巻いた包帯は、こびり付いた血と膿(うみ)と泥だらけで、交換される事は殆どない。
 食い物も、薬も無く、衰弱(すいじゃく)が進む身体に傷口や病(やまい)は治癒(ちゆ)するどころか、不潔さと湿度の高い熱帯の天気に蛆(うじ)だらけに化膿して発熱は酷くなり、解熱する手立ても無い39度以上の高熱は、命が尽きるまで苦しませて意識を朦朧(もうろう)とさせるばかりだ。だが、高級将校は別で、重傷でも、重病でも、背負われたり、担(かつ)がれたりして連れていかれた。
 見捨てられ、置いて行かれた者達は、容態が快方に向かう事も、内地への送還も絶望と悟り、急速に生きる執着が薄れて自決へと行動する。
 自決用に手渡されていた手榴弾は人数分の数が無くて、3、4人が重なって爆発させていた。
 今思うと、そのまま仮包帯所で横たわっていれば、其の内にアメリカ兵が遣って来て虜囚(りょしゅう)になっただろうが、出兵を義務や権利の契約の忠誠とは意識せずに、御奉公(ごほうこう)や定めの忠義(ちゅうぎ)と覚悟する大日本帝国将兵は、敵の捕虜になる事を潔(いさぎよ)しとはせず、生きるに堪(た)えられない恥と心していた。
 其の残酷な死中に生への活を求めて僕は運良く生き残り、今日まで生きようと足掻(あが)いて来たけれど、それも、これまでかも知れないと思う。
 明日には上陸して来るだろうアメリカ軍との死闘で、圧倒的な敵の物量に自分のチリオツニは撃破され、自分も斃(たお)れるか、瀕死(ひんし)の重傷を負(お)ってしまうか、そんな終幕になってしまいそうだ。
 それに、明日は撃破されなかったとしても、明後日か、明々後日には、間断無く続く昼夜の戦闘で退避する場所も見付けられないままに、必ず撃滅されてしまうだろう。だから今は、抱き締める彼女に希望を与えるような将来的な言葉を、軽はずみに言ってはならない。
(将来を約束する言葉は、例(たと)え慰(なぐさ)めでも、絶対に彼女へ言ってはならない!)
 僕は彼女の背に回した腕の力を緩(ゆる)め、手を彼女の肩に戻してから、そっと優しく僕の胸から彼女を離す。
 彼女は離れて行く僕の胸に寄り添い続けようとしたのを止めると、瞳が僕の目を見詰めながら涙を溢れさせていた。
 僕は、2、3歩、ゆっくりと後退(あとずさ)り、踵(きびす)を返して背を向け、後ろを振り向かず足早に彼女から離れて行く。
(離れたくない! 離したくない! 好きだ! 愛しい!)
「好きだ! 凄く愛しい!」
 心の中で叫んでいたはずの愛しい女性への言葉が、唇(くちびる)を噛(か)んで愛する気持ちを圧(お)し殺す直前に声になって出していた。
「淑子さん!」
 直ぐ様、自分に駆け寄る音が背後に聞こえると、彼女は勢い良く目の前に来て背伸びをした。
 彼女の両の掌(てのひら)が、涙と鼻水が伝い流れる僕の頬(ほお)を掴(つか)み、閉じていた唇を僅かに開いて僕の唇に強く押し付けて来た。
 僕の求めに感極まったのか、彼女は大胆な接吻(せっぷん)をする。
 これまで、好(す)かれた遊郭(ゆうかく)の女郎(じょろう)や慰安所の遊女(ゆうじょ)と唇を重ねて春を買った事は少なからず有り、気に入った娘もいたが、深入りはして来なかった。
 男女の肉体の交(まじ)わりの全てが、軍隊に入営してからの玄人(くろうと)相手ばかりで、素人(しろうと)の女性に触れる経験は初めてだ。
 まして、世間体(せけんてい)からの打算的な思惑を抜きにした、作戦業務を遂行する上での関係だけの、純粋な生娘(きむすめ)の方から積極的に接吻をされたのは、非常に驚くべき事態で、僕は内心、反応すべき態度を憂慮(ゆうりょ)してオロオロと戸惑ってしまう。
(しかし、これは、彼女にとって、きっと、初めての接吻なのだ!)
 僕の戸惑いは、彼女への感動に変わる。
 僕を強く愛してくれる彼女は、これが今生(こんじょう)の別れになると思い詰めた激情に駆(か)られた衝動的な接吻だとしても、どんなに勇気が必要だったのだろう。
 手が彼女の頭の後ろに支えるように触れて、押し付ける彼女の唇へ、更に、強く僕の唇を押し付けながら、少しずつ唇を開かせて行く。
 少し舌先を絡(から)ませながら、このまま、大人の接吻と性交を教えようかと考えたが、思い留めて支える手を緩めて唇を離す。
 其の離れる僕の唇が、彼女へ言葉を贈(おく)った。
「この戦争が終わって、生き残れていたら、僕は金沢に住み、淑子さんと暮らそう……」
 黄昏(たそがれ)の明かりが薄れて、全ての色が褪(あ)せても、涙を湛(たた)えた彼女の瞳がキラキラと、はっきり見える。
「淑子さんが、好きです! 好きです! 大好きです!」
 僕の手を払って僕に抱き付く彼女が言った。
「嬉(うれ)しい! ……約束だよ……」
「ああ、約束だ」
 僕が愛しい女性に言った無責任な愛の言葉へ、約束ができない約束をした。
(だけど、僕は約束する。僕が戦いで斃(たお)れても、現世(げんせ)より永遠(とわ)に君の幸せを守護すると……。もし……、……もしも、……生き残れたら……、ずっと一緒に居て下さい……)

▼昭和20年 11月5日 月曜日 丑三つ時(うしみつどき)
 昨日は夜明けから、三子牛山と沿岸の集落を執拗(しつよう)に機銃掃射と爆撃をしていた敵艦載機の群れが、日没で水平線の彼方に遊弋(ゆうよく)する機動部隊の母艦へ飛び去るのを見届けた後、日没後の薄暗く黄ばんだ残陽の中で、『未明までに所定の守備陣地へ着け』と、独立戦車梯団 越乃国の6輌全車の5式中戦車乙型2に待機場所から、上陸後に侵攻して来る敵地上部隊を迎え撃つ、待ち伏せ位置へ移動する命令を発事した。
 『敵の上陸近し』と、2週間前から市民の疎開(そかい)が始まり、金沢市内と市街地以西の集落の住人は全て、金沢市東側の山麓(さんろく)や谷間の仮住まいする小屋や農家や尋常(じんじょう)小学校などの家屋へと移っている。
 石川県沖に敵機動部隊が接近中と知らされた3日前の木曜日には、既に軍に協力していない市民の大半が富山県との県境の山間部へ避難していて、生活用品や食料などを満載した大八車やリヤカーを押したり、牽(ひ)いたりしながら、大勢の市民が徒歩で犀川の上流を目指して行くのを見ている。
 既に、市街地から海側の平野に点在する集落の人達も避難しているが、彼らは牛や馬に牽かせた荷車へ蓄(たくわ)えていた米俵と種芋や収穫した作物を入れた袋を山積みにして、更に、豚や鶏まで連れて行くのを見ていた。
 夜半の夜の闇の中を進む我々に、市街の要所や主要な交差点を警護する巡査や兵卒達が、灯(とも)した提灯(ちょうちん)や行燈(あんどん)を道標(みちしるべ)代わりに振って案内してくれているが、金沢市へ到着した初日の時のような沿道に並んで見ている市民の姿は、灯火管制の夜間外出禁止令と疎開した後の街頭に、一人もいなかった。
--------------------
 上陸して来た敵を徹底的に打ち砕こうとする本土決戦が現実になる前は、空襲や艦砲射撃の被害を避けて子供達を田舎へ疎開させる事は有ったが、大人は防空壕に退避できるのみで、消火や被災修復の為に他へ移る事は、戦時法に拠って禁止されていた。
 B29の大編隊に因る焼夷弾の絨毯爆撃は、全く防火対策の効果が無く、消火活動が追い着かない広範囲な火勢と、一帯が焼け野原になる状態を鑑(かんが)みると、いつ焼け野原の更地(さらち)にされるか分からない金沢市の市街地や周辺の集落に住民を留まらせるのは無意味と判断されて、金沢市の山間部への避難となった。
 淑子さんや婦人会の皆さん、そして、竹林の地主と小作(こさく)の方々も、既に内川の上流へ避難をしている事だろう。
(どうか、御無事で……)

▼昭和20年 11月5日 月曜日 午前5時 快晴
 昨日と同じ、東の上空が幽かに白み始めたばかりの、まだ暗い内の5時から敵艦隊が小松沖と金沢沖へ接近して、電探照準での間断の無い艦砲射撃が始まった。
 深夜に、再び、接近する敵艦隊を探知した夜間偵察の電探を装備した神雷部隊の彩雲(さいうん)が月明かりの海上に視認して、『敵艦隊接近中』の警報を発していた。
 昨日も標的となっていた小松飛行場では、敵艦載機が帰投して行った夕暮れから、予備機も含めて飛行可能な全機が松林や砂丘斜面に隠されていたコンクリート製の掩体壕から引き出されて、今日の未明(みめい)までに発進を済ませていた。
 越乃国梯団が小松製作所に到着した時には80機余りだと聞かされていた神雷隊の保有機は、一昨日の反撃と敵の爆撃で昨日の全力出撃は40数機になっていた。
 昨日の艦砲射撃と爆撃で、穴ボコだらけに掘り返された滑走路を修復して発進した全機には、木場潟(きばがた)の山側湖畔へ疎開させていた予備の備蓄燃料まで使って燃料タンクを満杯にし、武装と弾薬も完全装備されていた。
 高度200mから300mの低空で集結した帝国海軍飛行隊神雷部隊は、敵の艦隊と夜間戦闘機のレーダー探知を避けて加賀丘陵地帯の上空を同高度で大きく旋回して、艦砲射撃が始まってからも払暁を待った。
--------------------
▼昭和20年 11月5日 月曜日 午前6時
 暁(あかつき)に東の空が白んで白山の頂が紅く染まり、疎らな東雲(しののめ)が金色に輝き出すと、神雷部隊は旋回を止めて各飛行隊毎に編隊を組み直して突撃体勢に移った。
 艦砲射撃の砲弾が落下する中を突きっ切り、海岸線を海上へ出た神雷隊が、更に、高度を低くした時、白山の稜線から除き始めた朝陽の鋭い輝きが、水平線上で盛んに一斉射撃を放つ戦艦群と巡洋艦群を鮮やかに照(て)らし出した。
 雷装した1式陸上攻撃機と既に搭載されるべき航空母艦の無い艦上攻撃機の天山の編隊は夜明けの凪いだ海面スレスレに突撃して行く。
 其の前方を雷撃隊の露払いをする為に防空警戒ラインの駆逐艦や軽巡洋艦を反跳爆撃の爆装した艦上攻撃機の流星が高速で飛翔して行き、其の上空を敵艦隊を守る敵艦上戦闘機の排除に、ゼロ戦隊が急上昇して行った。
 3、40機の艦載機と空戦に入るゼロ戦隊よりも、更に、高空を数機の銀河の水平爆撃隊と彗星の急降下爆撃隊が飛んでいる。
 小松航空隊の司令から頂戴した7倍率の双眼鏡で見ていると、攻撃隊は小松沖と金沢沖へと2手に分かれて、金沢沖へは加賀平野から低空で回り込んでから攻撃態勢になった。そして、海上に出たそれぞれの攻撃隊の上空を丘陵上の爆撃を逃れたカタパルトから射出された桜花が、猛烈な速度で追い越して行った。
 桜花に向けて打ち上げられる弾幕が殆ど無いまま、3隻の戦艦の中央に小さな炎の塊が見えると、それらの艦から曳光弾のカーテンは瞬時に消えて、真っ黒な煙が濛々と2隻から昇り出し、1隻は、チカチカと爆発が連続する小さな光りを瞬かせながら傾いて行った。
 3機の桜花が散華した大戦果を顔面に迫らせながら、攻撃隊の編隊は敵艦船群への射点へと突入して行くのを、昨夜から竹の皮に包んで持たされていた朝飯用のオニギリを食いながら、我々は見ている。
 海岸間際まで接近する防空駆逐艦群と水平線上の艦砲射撃を担(にな)う戦艦と重巡洋艦が並ぶ列の両端と後方に防空巡洋艦群がいて、全艦から間断(まだん)無く射ち上げられる曳光弾が、砂丘の向こうの遠くに光るカーテンのようにも、海上に振る雨のようにも見えた。
 殆ど停止して陸上への主砲射撃を連続して行う敵戦艦群を守る、潜水艦からの雷撃と特攻艇の襲来を警戒する駆逐艦や防空艦は、艦砲射撃の前面への配置は無く、其の手薄になっている陸上側から反跳爆撃と水平爆撃が敢行され、一瞬弱まる対空砲火を衝いて戦艦群への雷撃と水平線の彼方の航空母艦へ急降下爆撃が狙いを定めて突撃している。
 理想的に連続した航空攻撃の直前には、突入した桜花の命中による動揺で敵の対空火線は、更に、乱れていた。
 急降下爆撃機からの爆弾は、機体を引き起こせなくなるギリギリの低空で投下され、大きな標的になる1式陸攻はガンガン命中弾を浴びながらも、撃墜される寸前に、天山は着弾する対空砲火の水柱を翼端で切る超低空で魚雷を放っていた。
 パッパッパッパッと増え続ける黒い煙球(けむりたま)は、彗星隊やゼロ戦隊を狙って猛烈に撃ち上げる高射砲弾の炸裂だ。
 ババッ、ババッと海面が白い壁のように噴き上がるのは、海面スレスレに肉迫する雷撃隊の流星を狙う多連装機関砲の連射だ。
 黒い煙球と白い壁の中に煌くオレンジ色の小さな玉と細く流れる線は、被弾して散華する友軍機だった。
 激しい対空砲火を浴びながらも、不時着帰還したのは12、3機だったが、5体満足で機から降りた飛行士が何人だったのかは、知らされていない。
 無線機からは、攻撃を終えた機が帰還しているとは聞こえて来ない。
 小松飛行場は艦砲射撃や空爆に曝(さら)され、2次攻撃を行う補充機体も無く、飛べる機体が無くなれば、海軍小松飛行隊の将兵は、七尾湾、富山湾、三国港、及び、桜花部隊へ合流して守備の強化と出撃作業要員になるとの命令が出されていたが、現在の戦況では移動は困難で大きな被害を被ると判断されて、現在地で陸戦隊として陸軍部隊と合流して戦うしかないだろうと、また、生還できる機は富山県内か、福井県内の飛行場へ逃れているだろうと思われた。
 水平線上に立つ多くの黒煙の損害にも関わらず、残存する敵の戦艦から艦砲射撃は再開されて海岸の付近の火炎地獄が戻って来た。
--------------------
▼昭和20年 11月5日 月曜日 午前7時
 火炎に覆われる砂丘の向こう、敵戦艦群の前に3列以上の横隊で展開した数100台の水陸両用戦車と大小10数隻の戦車揚陸艦が海岸へ迫って来るのを遠望しながら、其の上空を戦爆連合の艦載機の群れが、艦砲射撃の射線を避けて次から次と飛んで来ては、集落や目に付く家屋や木立を爆弾と銃弾で破壊したり、焼夷弾(しょういだん)で炎上させているのを間近で見ていた。
--------------------
▼昭和20年 11月5日 月曜日 午前8時
 艦砲射撃の弾幕が徐々に海岸部から内陸へ移って行くと、敵の第一波の水陸両用戦車群が、正面南の海岸縁の徳光の集落から正面北の粟ヶ崎の集落までの浜に上陸して、更に、二波、三波と10分刻みで上陸して来る。そして、第一波が砂丘地一帯に進出すると、第二波と第三波の水陸両用戦車から海兵隊が展開して、敵に橋頭堡が築かれたと、粟ヶ崎の砂丘から北へ続く内灘砂丘の高台に隠された監視所から報告が届いた。
 犀川の河口の宮腰の漁港や専光寺の漁港、それに河北潟口に在る大野の漁港には、戦車揚陸艦が直接に埠頭へ接岸して、戦車、車両、大砲を降ろしているとも、無線で報告されている。

▼昭和20年 11月5日 月曜日 午前8時30分過ぎ
 艦砲射撃の弾着が植林帯まで迫って来て、『いよいよ此処も、大木を植えられそうな深さまで掘り返えされるのか……』と、覚悟した時、不意に射撃が止んで、上空高く飛ぶ敵機の爆音以外、辺りは静かになった。
 あちらこちらで、枯らした杉やヒバや松の枝と葉が煙幕代わりに燃やされて、金沢の市街地から植林帯の前面まで、白い煙に覆われ、チラチラと煙の合間に見える敵機は、この煙に攻撃目標が曖昧になるのか、聞こえて来る爆弾の炸裂音と銃撃音が少なくなっている。
(……この静寂は、嵐の前の静けさだな)
『ドン、ドン、ドン、ドン』と突然、我軍の前哨陣地に構えた92式重機関銃の重い発砲音が前方から聞こえ、続いて『パパン、パン、パン、パパン』と乱れ撃つ、アメリカ軍の半自動小銃の発砲が響き、敵の侵攻が始まった事を知らせた。
 当然、敵の戦車部隊も宮腰の集落と金沢市街地を結ぶ街道や、粟ヶ崎からの私鉄線路上を進んで来ているだろう。
「赤芝二等兵、梯団の全中隊へ通達。敵が侵攻して来ている。直ちに九字(くじ)を切れ!」
「復唱、全中隊へ、九字を切れと伝えます」
「よろしい。赤芝二等兵が無線通達を終えたら、我々も九字を切るぞ!」
 九字とは、密教の守護を得る為の真言(しんごん)で、梯団の結成式の時に呪詛(じゅそ)を唱(とな)えた陰陽道(おんようどう)の先生から教えて頂いた、右手で作る手刀を胸の前で、『臨(リン)、兵(ピョウ)、闘(トウ)、者(シャ)、皆(カイ)、陣(ジン)、列(レツ)、在(ザイ)、前(ゼン)』と唱えながら、一文字ずつ縦と横の順で交互に空(くう)を切り、唱え終えると、手刀を左手で握って呪詛を結(むす)び、手刀を仕舞う。
 これの願う意は、『我を守護する者ども、我の前に並びて陣を張り、我を守れ』と、守護神達を召喚(しょうかん)する呪文(じゅもん)だ。
 九字に添(そ)える、召喚を固める言葉と効力を消す言葉が有るが、召喚した守護神達が常(つね)に前に並び、盾(たて)と矛(ほこ)に成って攻防して頂きたいので、添える言葉は唱えない事にした。
 私は九字とは別に、自分が生まれ育った地域に伝わる呪いの言葉も続けて無言で唱える。
 括(くく)り殲滅(せんめつ)する相手の事を思いながら、3度、心の中で繰り返した。
(目を縛(しば)る。鼻を縛る。耳を縛る。口を縛る。胸を縛る。手を縛る。脚(あし)を縛る。いつも、仇名(あだな)す敵に、不幸が有る様に……)
 神主(かんぬし)を招(まね)いて部隊や兵器の御払(おはら)いや御清(おきよ)めを行う事は有ったが、陰陽道の呪詛返(じゅそがえ)しや、忍術(にんじゅつ)の様な九字に願う事など、これまでには無く、いかに形振(なりふ)り構わずの必勝祈願か、心身ともに極(きわ)まった。
--------------------
 漂う灰白色の煙幕は海からの浜風で、防衛最前線の集落列まで薄れて来ているが、金沢市街地の方は逆に濃くなっているように見える。
 夜風は昼間とは逆向きで、温かさが残る海の方へ冷えて行く陸上から風が吹くから、海岸の砂丘辺りは流れる煙幕で覆われて、敵戦車の揚陸状況や砲兵隊の布陣、物資の集積具合など、接近して上陸した敵兵力を確かめる偵察には都合が良い。
 水田よりも少し高くなった集落の乾いた土地の海側になる西辺を重点に、北側と南側を含むさ3方の辺を形成する家屋の床下に掘られた機関銃座や蛸壺の塹壕からは、砂丘を越えて金石や大野の集落を抜け、水田の畦道を1列になって進んでくるアメリカ兵達が丸見えだった。
 徹底した爆撃と艦砲射撃と砲兵隊の射撃で集落の家屋の殆どを爆発で破壊して炎上させ、乾いた土地を深く鋤(す)き返す、集落全体が火炎地獄のような光景は、其処に生き残って抵抗する日本兵など1人もいないと信じ込まさせてしまう。
 艦砲射撃を受けた経験が有る南方帰りの古参兵の指導で、農家の母屋や蔵の築(きず)き固めた床土に深く掘って作られた塹壕は、砲弾や爆弾の爆発で掘り返す範囲に入るような直撃にならない限り、底に伏せていれば、五感や精神の異常は別として生き残れる確率は高かった。
 砲撃や爆撃で破壊を免(まぬ)れた機関銃座の射界には、数百m離れた隣の集落まで水田と畑が広がり、遮蔽物と成るのは、浅い小川程度の用水に肥料にする人糞や家畜糞を溜めて置く肥溜(こえだ)めで、泥を盛っただけの畦と共に機関銃弾は易々と貫通して来る。
 機関銃小隊の指揮所と予備弾薬は大抵、鎮守(ちんじゅ)の森の木立に囲まれた集落の神社に置かれて、其処から各機関銃分隊へ命令が下された。
 敵歩兵に対しては、予(あらかじ)め、50mまで引き寄せてから発砲するように命じられていて、複数の竹竿(たけざお)を田畑に挿(さ)して50mの距離を示させていた。
 近距離に接近する敵兵へ各集落の機関銃から一斉射が開始され、バタバタとアメリカ兵は薙(な)ぎ倒されて行くが、1分と経たずに敵重砲の効力射に因(よ)って半数以上の機関銃座は沈黙してしまう。
--------------------
 アメノウズメの周囲を警戒している勤皇隊員の1人が、全身泥塗(どろまみ)れの少年兵を連れて来た。
 少年兵は、此処から1000mほど海よりに在る集落に配置されている機関銃隊の兵士で、敵砲兵の効力射が着弾する前に視認した敵戦車縦隊の侵攻を、アメノウズメへ知らせる伝令として、水田の泥の中を泳ぐように来たのだった。
「報告します! 金石街道を敵戦車が1列縦隊で進んできます。確認できた数は、8輌です。以上!」
「御苦労! お前の守備陣地は、まだ健在か?」
「敵の効力射で重機が飛ばされるのを見ましたから、たぶん……。でも、伝令任務の達成の報告に戻ります!」
「そうか、ならば、戻る事はならん。此処の勤皇隊に加わって戦え!」
「……ですが、大尉……。わっ、分かりました。自分は、此処で守備任務に就きます!」
 直立不動で敬礼した後、少年兵は勤皇隊員達に水筒の水を掛けられて泥を落としながら、植林帯の前面に在る集落の守備陣地へと連れて行かれた。
 直に其処も、敵の歩兵と砲兵の激しい攻撃に晒されて、少年達が生き残るのは難しいと思えたが、防衛作戦上、守備に就かせなくてはならない。
「赤芝あ、無線で金沢前面の敵戦車隊が侵攻を開始したと、梯団各小隊へ伝えろ! 」
「第3小隊2号車には、海上に敵艦船が現れて上陸行動を行わないか、警戒を厳重にせよと、命じろ!」
「大尉、赤芝は、敵戦車隊の侵攻開始と戦闘行動を、各車に伝えます!」
「大尉! 敵戦車です。伝令の報告通り、街道を縦隊で進んで来ます」
 砲塔上面のハッチを開けて双眼鏡で索敵していた上杉准尉が、逸早(いちはや)く敵戦車を発見すると、砲塔内に戻ってハッチを閉めた。
--------------------
「上杉准尉、徹甲榴弾を装填しろ」
「徹甲榴弾、装填完了!」
 閉鎖器が閉まり砲尾の薬室に砲弾が装填された事を示す赤いランプが、砲手の照準器脇に灯るのと同時に、装填手の上杉准尉の報告する声がレシーバーから聞こえた。
「加藤少尉、敵戦車は8輌、単縦陣の1列で来るぞ!」
「敵縦隊の車間は30m~50m、先頭車を400mまで引き付けてから、撃つぞ!」
「初弾は、先頭のM4の左側正面、操縦席を狙って停車させろ!」
「次弾は、砲塔基部を狙い、砲の旋回を出来なくするんだ!」
 双眼鏡で約1000mの距離の遠方に視認した、此方へ向かって来る敵戦車隊の状況を、砲手の加藤少尉へ知らせてから、射撃要領の指示をする。
 敵戦車隊は、少年兵が守備をしていたと思われる集落の残骸へ機関銃の連射を済ませると、他にも日本兵が潜(ひそ)みそうな遮蔽物へ機銃掃射をしたり、まだ形を留めている集落の家屋を榴弾で吹き飛ばしたりして、進攻方向を警戒しながら、追従する歩兵部隊が歩む速度に合わせて、ゆっくりと近付いて来ている。
 車体の前面装甲板に搭載されている機関銃と砲塔上面に増設した2挺の機銃が長い連続射撃で、街道の両脇に点在する家屋や茂(しげ)みを掃射している間に歩兵が近付き、ホースで水を遠くへ撒(ま)く様に放射した火炎を浴びせて焼き払っていた。
 まだ非難せずに留まっている住人や命令に背いて敵を迎え撃とうと潜んでいた防衛隊員が、火達磨(ひだるま)になって飛び出して来たり、炎の中で蠢(うごめ)く人影になっていたりしていないかと心配したが、確かに、どの火事場も無人の様だった。
「先頭車を撃破した後は、最後尾の敵戦車の足回りを狙って、停止させるんだ」
「それから、縦隊を外れて後退しようとする敵戦車を、順は任せるから、全車を仕留めてくれ」
「了解」
 まるで、ラジオ放送のニュースアナウンサーのような加藤少尉の息を乱していない落ち着いた返事が、レシーバーに心地好く響く。
「上杉准尉、敵から砲撃されて、位置が知られたようなら、煙幕弾を敵戦車隊の前面と手前側へ発射して、位置を変更する」
「命じたら、発射しろ」
「大尉、了解しました」
「煙幕が敵の視界を遮ったら、指中1等兵、右側の集落の北西角へ移動して、加藤少尉、敵戦車の残りを殲滅するぞ!」
「赤芝2等兵、其処から敵兵が見え次第、直ちに機銃で撃ち倒せ!」
「了解!」
--------------------
 アメリカ軍の機甲戦力の多大な投入と強引な進攻に焦りが感じられた。
 ソ連の本州上陸を阻止するのなら、海上封鎖だけで事が足りるだろうが、大日本帝国を無条件降伏に導けず、日本全土の完全占領に遅延しているとなれば、ソ連は洋上の連合軍の艦隊を圧し退かせて通り、本州への上陸を果たすだろう。
 そうなれば、戦後の日本国土の分割統治にソ連は強い発言力を得る事になる。
 それは、先ず日露戦争で割譲された南樺太の帰属、それから、満州国の保護保全と治安の維持を建前に傀儡政権を樹立させるまでの暫定統治、千島列島と北海道全域と本州の東北地方を統括占領、不義な南朝鮮を見放して北朝鮮の分断占領、それに東京都と大阪市の沿岸部の分割統治を確実に主張して、ほぼ罷り通る事になるだろう。そして、戦後日本は赤化の動乱だ。
 共産イデオロギーに洗脳されて行く日本人は、アメリカやイギリスなどの西側連合国との矢面(やおもて)に立たされ、世界経済の最前線で敵対するだろう。
 自由競争の資本主義と相反する能力的平等分配の共産思考は皇族の廃止を要求し、天皇陛下が世間に下野して庶民となるような、日本歴史上のドス黒い汚点として慟哭すべき不幸が起きるかも知れない。
 それは正に、決して起きてはならない事だ! だが、アメリカ軍に一矢(いっし)を報(むく)いて、最低でも、降伏条件を体制維持へ留め置くという僅かな有利へと導きたいという願いと、陛下が立て籠もる刀利の地へ易々と進攻されない為にも、簡単に防衛線を突破されて金沢市街を抜け、県境の山峡へ至らす訳にはいかない。しかし、大日本帝国は天皇陛下が統治する立憲君主制の国家体制だ。
 まかりなりにも大日本帝国憲法には、臣民の権利と義務、帝国議会の行政府、司法の3権を分立が明記され、選挙による衆議院と貴族院の2議会制の民主主義政治が行われているが、3権の最終裁定は天皇陛下の権限で執行される。
 天皇陛下は、帝国陸海軍の統帥権と大日本帝国の統治権を持ち、立法と行政と司法の議会決定を承認か否かの決議をなされる。
 臣民は兵役と納税の義務が有り、人権の法律は天皇陛下からの恩恵なのだ。従って、帝国陸海軍の参報本部及び大本営が立案する作戦の遂行決議は、天皇陛下が下し、作戦終了も天皇陛下が承認して決定される。
 故に、天皇陛下しか、この大東亜戦争を終結する事ができない。
 天皇陛下がなされようとした八月十五日の大東亜戦争の終結は、本土決戦や一億総玉砕を熱狂的に謳い掲げて狂人の如く盲信する一部の幹部軍人達が起こした宮城事件というクーデターによって、現在も継続されている。
--------------------
「大尉殿、敵戦車縦隊の最後尾の後方、300mにも敵戦車縦隊です。其の後ろにも敵戦車が続いています」
 照準眼鏡を除く加藤少尉が報告した。
「加藤少尉、第1縦隊の先頭車を狙うのはヤメだ! 前言の命令は撤回する! 先に敵の第2縦隊の先頭車を狙え!」
「了解! 第2縦隊の先頭車に狙いを変更します。……大尉殿、照準眼鏡に、第2縦隊の先頭車を捉えました」
「よし、そいつから殺って、第2縦隊を足止めするぞ。それから、第1縦隊の最後尾から前へ、逃げ場を無くしながら、順番に始末して行くんだ」
--------------------
 仕留め方は、レイテ島で叢の1本道を1列で迫って来るゲリラを皆殺しにした射ち方だ。
 私を殺すか、捕らえようと、15、6人のフィリピン人ゲリラが駆けて来るのが見えたが、胸近くの高さに生い茂った草原の1人が通るだけの幅しかない真っ直ぐな小道だったから、撃ち掛けて来たのは先頭の2人ぐらいだった。
 ゲリラ達が持つ小銃は日本兵から奪った、ボルトアクションの38式歩兵銃ばかりだった。
 38式歩兵銃は5連発だが、1発撃つ度(たび)にレバーを起してからボルトを引いて排莢(はいきょう)させ、それからまた、ボルトを押し込みながら弾倉の弾を装填させる。そして、レバーを元の位置へ倒して固定すると、引き金を引けば、弾丸を発射できる状態になる。
 この一連の弾込め動作を走りながら行って狙い射っても、息切れで喘(あえ)ぐ胸の上下する動きと、駆ける体の左右の揺れで定まらない弾道に、直撃は無くて、敵弾は至近を掠(かす)める程度だった。
 直ぐに私は、脇の叢に2mほど入って、最後尾のゲリラから先頭へ百式短機関銃の弾倉に残る20数発の全残弾の連射で全員を射ち倒すと、後は弾倉を交換しながら小道へ出て、倒れているゲリラ達の見える頭や胸や腹を1人、1人、狙い撃ちで止めを刺した。
--------------------
 ゲリラ達を仕留めたのと同じ、逃げられ易い最後尾から撃破して逃げ場を無くし、先頭の縦隊の全車を屠ってやろうと、私は決めた。
「第2縦隊の先頭との距離が、1000mを切ったら、発砲しろ! 初弾必中で動きを止めてくれ!」
「上杉准尉。聞こえたか? 当分は、徹甲榴弾を矢継ぎ早に装填してくれ」
「大尉、了解です。迅速に徹甲榴弾を装填します」
「敵の歩兵部隊も続々と遣って来るな。赤芝二等兵、指示は同じだ。全て、撃ち倒せ!」
「了解!」
 3人の返事の声が頼もしく揃うのを聞きながら、双眼鏡でジリジリと迫る敵戦車縦隊を見ていた昨日を思い出しながらも、ふと、一昨日の晩飯の後、宵闇の中で会っていた彼女との語らいを思い出した。
--------------------
(死なないで……か……!)
 彼女は私の顔を見据えて小声ながらも、はっきりと言っていた。
 大陸で国民党政府の首都で在った武漢市の攻略戦や、それに続く襄東(シアンドン)平野の戦いでも、フィリピン攻略戦でのバターン半島の進撃でも、レイテ島での苦しい後退戦でも、部下達や周りにいた多くの戦友達が斃れていった。
 『靖国で会おうぞ!』、親しくしていた戦友は、そう言うと軍刀を振り翳して硝煙に煙る中を敵陣へ切り込んで行った。
 『先に行って、待って…… いる…… ぞ……』、逃げ場の無い大量に落とされる敵の爆弾で大怪我を負った、出征時から苦楽を共にして一緒に戦って来た戦友は、今際の際に靖国神社で待つと言って事切れた。
 『敵を殺つけて、日本を勝利に導くのだ』という、出征での大儀の志は、己の最期に死に華を咲かそうとする、死を受け入れた捨て鉢な玉砕の心境に今はなっていた。だが、戦友達の今生の別れの言葉を聞きながら、私は思う。
(大日本帝国の軍人なら靖国神社か……。中華民国兵は太平の天国か……? アメリカ兵だとヴェルハラか、ヘブンだろうか……? 誰も地獄やヘルへ落ちなくても良いのだろうか? 死後に待っている事ができる処が在るのだろうか? そもそも、何故、靖国へ行かねばならないのだろうか? 死後の世界など、本当に在るのだろうか?)
 勝ち戦では、別けて整然と並べられた敵と味方の骸を眺めていて、負け戦では、野山に累々と朽ち果てた友軍の屍を横目で見ていた。
(もし、戦死した先達や戦友達が英霊となって靖国神社に集ったり、亡霊となって死地の戦場を彷徨っているのなら、戦争は、既に、終結しているはずだろう?)
 霊となって家に帰れるなら、親の平穏な長寿と兄弟姉妹の成就と幸せを願い続ける。
 決して兄に、『俺は靖国で待っているぞ』や、弟に『早く出征して武勲を立てろ。誉れ有る靖国へ来るんだぞ!』とか、姉と妹には、『お国の為に、たくさん男の子を産んで、お役に立ってくれ』などとは望まない。
 私が兄弟姉妹に望み、願う事は、全くの真逆だ。
 『しっかりと家督を継いでくれ、兄貴』、『良い家庭を築きな、弟よ』、『良縁に嫁いで幸せになりな、姉と妹よ』と告げに、必ず枕許に立つだろう。だけど、私は死後の世界は無いと思っている。
 産まれ生ずる肉体に生命が宿り、朽ち果てる肉体から魂魄が離れて死に至るのは、この宇宙の世界が始まった時からの摂理の現象なのだと考えている。
 例えば、真っ暗な夜空に突然、打ち上げ花火が炸裂して四方八方(しほうはっぽう)に輝く火花が飛び散り、直ぐに光りが衰えて行く火花は、弱く瞬きながら消えて行き、夜空は真っ暗に戻ってしまう。
(マッチの炎も、似ているな)
 生命は高度で複雑な進化をする有機物に、必ず発生する摂理の現象に過ぎない。
 其処には残照が有っても、しがみ付く亡霊のような得体の知れないモノは存在しない。
 暗黒から産まれた輝きが消えて、漆黒に戻るだけだ。
 死の虚無から混沌の闇になる暗黒の中には、生命の連接のような繋がりは無い。
 闇を照らし、闇に消える命は、儚くて虚しい。そして、死の果ての世界は無い。
 私は、死んで漆黒の無に帰るが、私が生きていた事を私と接していた人達が、善にせよ、悪にせよ、知り憶えていて、命が育む世界で記憶として残り続ける。
 私を知る人達の記憶の中で私は、過去の人として生き続けるだろうが、それは、決して亡霊ではなくて幻影なのだ。
 どうせなら私は、邪悪な漢(おとこ)よりも、善(よ)き思い出の中の男として記憶に留まりたい。
 そう思えばこそ、一度切りの有限な命の自我を輝かせて生きなければならないと思う。
 たった一度切りしかなくて、遣り直す事が出来ない人生は、嬉しくて、楽しくて、幸せに思えるように生きるべきだろう。
 其の様に生きるべき事を、敗戦のレイテ島から逃げ戻るまで、私は知らなかった。
 戦地で人の死を多く見過ぎた所為かも知れないが、死後の世界は無くても、神が居る世界は在るのかも知れないと思った。
 其処は我々が存在する時空に隣接して、神と言うべき目には見えない存在が行き来していて、宿る神のように、人が祈る願いを聴き入れてくれているのかも知れない。
 もしかして、肉体の死で離れた魂も、行き来している存在なのかも知れないと思っている。
 魂は、個人の意識ではないだろう。
 それは、意識を目覚めさせる引き金のようであり、自我を発動させ続ける力の源(みなもと)のようでもある。
 故に、肉体から魂が離れると、個人の意識の自我は、其処で消え去って終わるのだ。
(私は、淑子さんの為に死ねる!)
 私が死んでも、明るくて楽しい彩(いろど)りが豊かに溢れる、彼女の人生で有って欲しいと切に願う。
 淑子さんには、幸せに長生きして欲しいと心から思う。
(其の為に、私は、喜んで命を捧げよう……!)
--------------------
「あのう……、これ、去年の4月、進級した時に撮った写真です。幼(おさな)く写っているので、恥ずかしいのですが……、これしかなくて……。……受け取って貰えますか……?」
「もっ、勿論です。受け取らせて頂きます!」
 頂いた写真に写る彼女は、両手は、少し斜めにした体の前で淑やかに重ねて、顔は此方に向けていた。
 今此処にいる彼女が着ているのと同じ女学校の制服は、綺麗にアイロン掛けをしたセーラー服に折り襞(ひだ)のスカート、より素足を白く見せる白いソックスは足首で折り返して、優しい茶色と思われる色の革靴を履いている。
 彩色をしない白黒の写りなのだが、光りの反射加減に濃淡(のうたん)が鮮やかな制服の紺色(こんいろ)、真っ白な靴下、磨(みが)き上げた革靴が陽の光に照されて放つ、茶色の輝(かがや)き。そして、色白の足の素肌と、恥じらいに、ほんのり紅(あか)らむ端正な顔の表情を際立たす、明るい背景の桜吹雪が、はっきりと僕の視覚の中に思い描けていた。
「おおっ、全然、幼くないですよ。寧(むし)ろ、大人びています。それに……、とても可愛いですし、凄く綺麗です」
 サインを入れて新星の映画女優のブロマイドだと渡されても違和感は無く、全く疑わずに信じてしまうくらいの容姿の写りで、目の前の本人のイメージ其の儘(まま)だと思う彼女の写真は、軍服の胸のポケットに入れて血生臭(ちなまぐさ)い戦場を持ち歩くには相応(ふさわ)しくなく、チリオツニの車内に神棚が有れば、其処に祀(まつ)りたい。
「ありがとう。頂けるなんて、恐悦至極です。この左の胸ポケットに入れて置きますよ」
 想いを寄せる彼女の写真を大切に仕舞いながら、今生の別れになるかも知れない今、私物として彼女に受け取って貰える物を何も持っていない事に気付いたが、形見として相応しいと咄嗟に思い付いた言葉を言った。
「ええっと……、ぼっ、僕もですね……。しゃ、写真を渡したいと思っていました。入隊した時の記念です。戦地でも、ずっと、雑納の中へ油紙に包んで持っていました。もう色褪せたり、皺や折れ筋が有ったりで、すみません。これしか、貰っていただける物が無いんです。……あっはは、18歳になったばかりので、ちょっと若過ぎるかもですねぇ……」
 驚きと嬉しさが混じった顔で、優しく写真を受け取った彼女は、優しい瞳で写真を見ると、目許と口許が微笑んだ。
それから、裏面の走り書きを見て、手を鼻先と目の縁を隠すように当てる彼女の瞳が、ウルウルと涙で揺らぎ、肩を小さく震わせた。
 渡した写真は、京都の歩兵第16師団に入隊した新兵の時の記念撮影で、最初の外出許可で兵営の門前に在る写真館で撮った。
 2枚を焼いて貰って、1枚は家へ送った。
 兄が祝言(しゅうげん)を挙げて嫁を貰ってから、家業の人手は足りるようになり、以前から考えていた世の中を広く見たて学びたかったのと、口減らしをして家族の生活を少しでも楽にしたいという気持から、兵役法の20歳(はたち)の招集を待たずに召集令状を18歳になる年に送ってくれと、兵舎の志願者受付へ頼みに行った。
 『それでは志願しろ』と、受付の志願者担当係官に言われたが、事情と2年で除隊して世間で働きたい旨を話すと、係官は私の身体を見て、『上背が有る。ガタイもガッチリして筋肉質だ。受け応えもしっかりして、意思が強そうだな』。そして、『見た目は甲種合格だな。よし、特例として収集令状を送って遣る。徴兵検査を受けろ』となった。
 裏面には、撮影日時、撮影場所、姓名、本籍住所、祖父母と両親と兄弟の名前と歳を、墨字で書いている。
「ありがとうございます。……私も、御写真を頂きたいと思っていました。とても嬉しいです。……あら、良く撮れていますわ。凛々しくて素敵です。……ううっ、昭和15年ですかぁ……。うふっ、あなた様も、ちっとも幼くなくは見えません。今の私と、1つ違いの時の御写真なのに、今と変わらず、とても逞しく思えます」
 入営当時の逞(たくま)しさは、家の野良仕事と山や谷を歩き回って集める薬草採りで鍛えられた体格だったが、軍隊で作られた、戦って死ぬ為の身体から臭う逞しさだろう。
 小銃と弾薬や軍服など、総重量が30㎏を超える装備を身に付けて、更に、砲弾を持ちながら大砲を牽いたり、押したりして、山野を駆け、泥の中を這いずり回り、1日中、地平線の彼方まで歩き、そして、上官に殴られたり、蹴られたりして作られた、強靭な神経が宿った逞しい身体だ。
 撃ち倒した敵兵の数は、思い出せるだけで30を優に超えていて、明日も殺そうとしている。
 君を守る為なら、どんな戦いでも、勇猛果敢に奮闘して、多勢に無勢でも、いや、最後の一人になろうとも、僕は死を恐れはしない。
 血に染まる体に血塗られた手、死に迫られて不整脈続きの心臓からの咳(せ)き込みと疲れ切って奮(ふる)えもしない心、鈍(にぶ)い反応で死を求めるように単純思考する脳、それは、戦争だから仕方が無いのかも知れないが、そんな俺は、君に君が望む幸せを本当に与えられるだろうか?
 そんな自責に苛(さいな)まれた昨日の夜の自分を思い出しながらも、敵戦車隊を徹底的に射ち竦(すく)めようとしている現在に、自分の意識を戻した。
--------------------
 先程まで頻繁に聞こえていた対空射撃音が疎らになっていた。
 完全偽装で空からの脅威から逃れ、艦砲射撃の弾着に耐えていた海軍の3連装25㎜機銃は、西洋の死神の大鎌の様に敵歩兵を薙ぎ払って輸送車両や装甲車を穴だらけにする発砲で位置を晒してしまい、薄れた煙幕も相俟(あいま)って正確な位置が判明すると、忽(たちま)ち砲弾の嵐や爆弾と機銃掃射の暴風雨で、極短時間の敵の戦闘爆撃機との撃ち合いも稀に、マッチ棒細工の如(ごと)く潰されていた。
--------------------
 犀川の河口の南岸、専光寺(せんこうじ)地区の浜に上陸した敵の歩兵と揚陸された戦車は、有効な対戦車兵器が地雷と携行式憤進弾のみの防衛戦線を破って、西金沢の駅へ1㎞余りに迫る、植林帯手前の稚日野(わかひの)と北塚(きたづか)の集落まで侵攻して占領していた。
 今日の犀川の流速と水量を確認していないが、水位が高くても、アメリカ軍の架橋装備や水陸両用戦車で、日本の2級河川など易々と渡河してくるだろう。
 我々の側面位置になる対岸から煙幕に隠れて渡られると、金石街道の防衛隊の側面を攻められる事になり、金沢正面の戦線が総崩れになってしまう非常に危険な状況に陥(おちい)る。

▼昭和20年 11月5日 月曜日 午前8時45分頃
「大尉、敵戦車縦隊は、金石街道を、尚も接近して来ます」
「はっ! ……そうか!」
 レシーバーに聞こえた砲手の加藤少尉の声が、白昼夢を見て瞼を閉じ掛けていた私を目覚めさせた。
「大尉、第2縦隊の先頭車との距離が、1000mを切りました。第1縦隊の先頭は500mです。射撃を開始しますか?」
「よぉ~し、第2縦隊の先頭に狙いは付けているな?」
「はい! 狙いを付けています、大尉」
「よろしい、撃てぇ!」
「撃ちます!」
バゥン!
 訓練射撃と同様に短い発射音が響き、砲身が勢い良く70㎝ほども後ろへ滑り、自動機構で閉鎖器が開くと、炸薬を爆発燃焼して弾頭を撃ち終えた空の薬莢が薬室から抜け落ち、床の用意された木箱の中でガランと音を立てた。
 砲身は排莢すると直ぐに復座機で元の位置へ戻ると、直ぐ様、上杉准尉が次弾の徹甲弾を装填し、赤いランプが灯った。
 発射から次弾装填完了まで、僅かに四秒。
 加藤少尉が照準を定める間に、上杉准尉は装弾庫から次に装填する徹甲榴弾を取り出している。
「命中! 横を向いて止まったぞ。だが、履帯を切断しただけだ! もう1発だ。側面に命中させろ!」
「了解! 撃ちます」
バゥン!
 敵の第2縦隊の先頭戦車の曝(さら)した側面の中央に火花が散って、ポコッと穴が開いた刹那、爆発の炎が噴き出て砲塔を路肩に飛ばした。
 ガラン、カコンと上杉准尉が装填した音に混じって、ドドーンと、落雷のような搭載弾薬の爆発する音が聞こえた。
「よし! 上手いぞ、加藤少尉。次は第1縦隊の最後尾を撃て!」
「撃ちます!」
バゥン!
 狙われた敵の第1縦隊の最後尾の戦車は、砲塔の右側前面に命中の火花が飛び、穿貫して内部で爆発した徹甲榴弾に、砲塔上面のハッチを開けて周囲を覗いていた車長と装填手が、押し出されるようにハッチの縁に凭れ掛かると、そのまま2人と戦車は動かなくなった。
 其の砲塔上のハッチから上がり出した黒煙が直ぐに炎に変わり、誰も脱出しないままに最後尾の敵戦車は大きな炎に包まれた。
「またもや、1発で撃破したな加藤少尉! この調子で行くぞ! 次は、その前の奴だ」
「ありがとうございます、大尉。次を撃ちます」
バゥン!
 少し車列から外れて正面の半分以上が見えていた最後尾から2輌目の操縦手前面の装甲板にポツンと、丸く徹甲榴弾が貫穿した黒い孔が開く。
「加藤少尉、残りの6輌は自由に撃て。ただし、1輌も逃がすな!」
 残りの6輌は、漸く最後尾から撃たれている事に気付いて、左右に列を乱し始めた。
 列を離れたのが、此方側に3輌、内2輌は砲身を左右に振って仲間を殺った相手を探しているが、どうも、其の動きから察するに複数の対戦車砲か、水平に構えた高射砲に狙われていると考えているようだ。
 後方から3両目のM4戦車は、最早、隊列の体を成さなくなった列から離れて行き、そして、後方へ逃れようと反転してエンジンを吹かした。
「了解! 全て撃破します。撃ち漏らしません、大尉」
「撃方、始めます」
バゥン!
 88㎜砲の鋭い乾いた発砲音と後座する砲身に車内の空気が乱れ、潜望鏡越しに見える薄い硝煙の中を赤い火の玉が小さくなって吸い込まれ、反転して見せた後部の上面から火を噴き上げた。
 敵前で防御の弱い後面部を晒すなんて愚かな判断は、忽ち燃える鉄の棺となって後悔をする間は無かったようだ。
 まだ、列に留まって停車しているのが1輌、これは、列を乱した僚車に遮蔽されて角度的に命中しても、弾頭が滑ってしまいそうだ。
 残りの1輌は、反対側へ列を外れて、砲身を上下左右に振って索敵をする砲塔の一部が見えるのだが、砲塔の大半と車体は撃破された僚車で死角になってしまい、此処からは良く見えない。
「まだ、敵はこっちを見付けていないぞ! 加藤少尉、此方側へ出た3輌から始末するんだ! 先に後方のを殺(や)ってくれ!」
「了解、後方から始末し……」
バゥン!
 復唱が言い終わらない内に発射された砲弾の曳光(えいこう)は、後進を加速し始めた後方のM4戦車へ吸い込まれて、ガックンと膝(ひざ)が折れたように停車すると、乗員達が我先にと脱出して行く。
ブオォ、ブオォ、ブオォォォ!
 其の時、右前方200mの畦道から長く炎の尾を引く大きな噴進弾(ふんしんだん)が一斉(いっせい)に打ち上げられて、遠く金石砂丘の手前際に家屋が連なる宮越と大野の集落へ向かって飛んで行く。
 既に住民達は、金沢市の山手へ避難して無人だったが、今は、戦車隊に続いて進撃し掛けた敵の歩兵部隊が、撃破される戦車を見て発起位置の集落内へ戻って行ったのが見えていた。
 抵抗火点と思しき、植林帯や周辺の集落を砲撃と空爆で灰塵と化してから、再度、戦車隊を先頭に侵攻して来るつもりだったのだろう。
 実際、それが彼らの常套手段で、それが出来る戦力の余力を敵は持っていた。だが、其の作戦を練り直して進撃隊形を組む前に、52発もの直径20㎝のロケット弾が時刻を合わせて一遍(いっぺん)に発射された。
 ロケット弾は橙色(だいだいいろ)に輝く炎を噴きながら濃い灰色の太い煙の尾を伸ばし、集落の家々の大屋根を高く越える弧(こ)を描いて敵陣へと落下すると、半径100mの範囲へ死の破片と火炎を飛び散らす大爆発を起こした。更に、射程を伸ばして、宮腰漁港から大野湊までの金石砂丘の海側一帯へも、同数以上の大型噴進弾が放たれて、弾道を示す燃焼煙を引きながら着弾した。
 金石砂丘の手前際と向こう側へ一遍に着弾して、一斉に大爆発した噴進弾は、再度の前進の為に集結していた敵歩兵部隊と海岸に大量に集積した敵の弾薬や燃料を爆砕して、大音響を伴う地震のような揺れと夕陽よりも大きな火の玉を見せてくれた。
 金石砂丘を挟んで大きな炎の立ち壁ができ、何者も熱の災厄から逃れられないと思わせた。
 噴進弾の発射陣地が並んで配置されていた2つの長い畦道(あぜみち)は、発射台や陣地壁として組まれた線路の枕木(まくらぎ)と秘匿の為に被せられていた幾重もの筵(むしろ)と肥溜(こえだ)めに模していた板材が燃やされて、白煙や黒煙がもうもうと立ち昇って空を覆うとしていた。
 他にも犀川や浅野川の土手沿いに分散して集められた籾殻(もみがら)の山が順番に燃やされて、朝靄(あさもや)のような霞(かす)ませる煙を絶やさないようにしている。
 発射する予備弾が無い噴進弾発射陣地を燃やして火事にしていたのは、発射操作を行っていた勤皇隊の少年達と国民服を着た壮年(そうねん)の国防隊員達だった。
 陣地が燃え盛るのを確認した彼らは、一目散(いちもくさん)に駆けて来て植林帯を通り越し、後方の金沢駅西側の集落間に、同様な噴進弾の発射陣地を秘匿配置した畦道へと移って行った。
 彼らが去ると入れ違いに、対戦車噴進砲を携帯した勤皇隊と留守部隊の陸軍兵達が機関銃を装備して植林帯まで来る予定になっていたが、予想される敵の砲撃と空爆が済むまで後方で待機しているようだ。
バゥン!
ガラン、バサッ、ガサッ、ガコン!
バゥン!
 噴進弾が発射されている最中に、上杉准尉が急いで装填して加藤少尉が続け様に放った砲弾は、こちら側を前進して来た敵戦車2輌へ見事に命中して、敵戦車群の戦闘意欲を粉砕していた。
 上陸したアメリカ軍は既に金石砂丘の海岸側へ砲兵陣地を構築しているはずだが、未だに制圧射撃を加えて来ないところをみると、噴進弾の爆裂で損害を被っているのだろう。
「上杉准尉、まだ敵に位置が知られていない。敵戦車隊の前面と右側の集落と敵側前面に煙幕弾を発射して、目隠しをする」
「狙いが定まったら、発射しろ!」
「大尉、了解しました。頃合いを見定めて、煙幕弾を射ちます」
「指中一等兵、煙幕が展開されたら、植林帯から金石街道へ出て、全速で右側の集落へ移動して、集落の北西角へ行き、塀や庭木の影、もしくは家屋の中に隠れろ」
「加藤少尉、残った2輌を始末するぞ!」
「了解です、大尉』
「移動途中で、敵戦車を撃てそうなら、知らせろ。停めて殲滅するぞ!」
「赤芝二等兵、敵の戦車兵でも、歩兵でも、いたなら、機銃で射竦めろ!」
「大尉、発煙弾、照準良し!」
「上杉准尉、発煙弾を発射ぁ!」
バスッ、……バスッ。
 僅かな間隔を置いて放たれた発煙弾は、狙った場所で予想していた以上の、打ち上げ花火の1尺玉よりも大きく破裂して完全に敵の目隠しをしてくれた。
「よし、指中1等兵、アメノウズメの御光臨だ! 次は、第2縦隊の残りを殺るぞ!」
「大尉、アメノウズメの向きを変えて、林の中を街道へ出て、煙幕の中を全速で右側の集落まで移動します」
 車体後面の排気管から大量の青白い燃焼煙を吐かせながらアメノウズメの向きを変えた指中1等兵は、片野の砂丘での走行訓練の時の全速力と同じくらいの速度で金石街道上を進み、大きな家の塀と横手の納屋を潰して止まった。
「指中1等兵、このまま庭先を通って、集落の西端の家まで進めろ」
「了解しました、大尉。このまま前進します」
 集落内の数件の家の塀や生垣や庭の池を潰し、納屋や石の灯篭を倒壊させながら指中一等兵は、集落の金石側の端に在る屋敷森に囲まれた大きな農家の広い庭でアメノウズメを停止させた。
 司令塔のペリスコープから、アメノウズメに撃破されて金石街道上に燻る敵の第1戦車縦隊の車列の中で、撃ち洩らしていた2輌の方向を反転させて後退寸前の側面が見えた。
「加藤少尉、砲塔は、砲身を何処にも引っ掛けないで、旋回できるな」
「右の母屋側以外は、問題無く、旋回できます。大尉」
「加藤少尉、砲を左へ回して、残りの2輌を殺ってくれ!」
 砲塔が左に回り、砲身が狙いを定めて行く。
 右のペリスコープの長方形の鏡に映る街道に、先頭車が燃える敵の第2戦車縦隊と街道脇の溝や線路へ退避して、こちらを隠れ見ている敵の歩兵達がいた。
 左側のペリスコープに集落の中を隠れながら敵に迫る防衛隊員達と、小型化した対戦車噴進弾兵器を携行した若い挺身勤皇隊員達が背を低く屈めて、畦道を進むのが見えた。
「赤芝二等兵、敵第2縦隊の車列横に敵の歩兵どもが伏せている! 見えるか? 脇の線路や溝にもいるぞ! 射ち倒せ! それから、防衛隊と勤皇隊が前進しているから、機銃の射線に入れないように、気を付けろ!」
「道路上と脇溝に敵兵が見えます。見方を撃たないようにします、大尉。撃ちます!」
ダダッ! ダダダダッ!
 車体前面に搭載する口径7.7㎜の97式機関銃が射ち始めて、籠るような連射音が聞こえ出した。
 其の連射音に合わせて小気味の良い振動が手を置く司令塔の鋼板から伝わって来ると、薄く漂い出した戦車砲弾の発射薬の燃焼とは違う色と臭いの発砲煙が臭覚を刺激した。
 機銃弾の発に1発ずつ入れられている曳光弾が、低い弾道から敵兵へと集弾して行く狙いの良さを、出そうになるくしゃみを堪えながら感心して見ていると、敵戦車へ照準を合わせ終えた加藤少尉が発砲した。
「撃ちます!」
バゥン!
 逃げようと向きを変えていた敵戦車へ橙色の曳光が吸い込まれて行き、暗い緑色の車体に真っ黒な孔がポコッと開いた。
ガラン、バサッ、ガサッ、ガコン!
 次の88㎜砲弾が装填されている間に、全部のハッチが開いて敵の搭乗員達が被弾した戦車から脱出して言った。
 装填を終えた事を上杉准尉が、砲手の加藤少尉へ知らせると、加藤少尉は一瞥して上杉准尉の安全を確かめて引き金を引く。
バゥン!
 放たれた砲弾は、被弾した僚車の向こうを後退して行く第1縦隊の最期の1輌の後部側面へ命中して、忽ち炎上させた。
「よし! これで先頭縦隊の8輌全部と、後続の縦隊の2輌を仕留めたな。良く遣った加藤少尉! 後続の縦隊の残りは、前から後方へと、確実に狙える奴から撃って行け!」
「はい、大尉。ありがとうございます」
 砲塔が右へ少し旋回して、加藤少尉が次の獲物に狙いを付け始めた。
 勤皇隊の少年達が畦道から街道上に出て携行した噴進弾や擲弾筒を撃ち、敵歩兵と激しく交戦しているが見えるが、自動火器を装備するアメリカ軍に圧倒されている。
 畦道を駆けて街道の敵兵の側面を攻めようとした防衛隊も、逆に間断無く放たれる敵の自動火器の弾幕で近寄れず、畦や農道の僅かな窪地に伏せているしかない状態に見える。
 水浸しの水田にボチャン、ボチャンと何かが頻繁に落ちて来て、時々、爆発していた。
 直ぐに、其の爆発は、勤皇隊と防衛隊の決死の反撃を阻(はば)む敵の迫撃砲弾で、疎(まば)らに炸裂するのは、落下して来る口径が60㎜や81㎜の軽い迫撃砲弾では、深く軟(やわ)らかい水田の泥と溶(と)けた粘土の層を貫けずに弾頭先端の着発信管が作動しない所為で、多くが不発弾になっているからだと理解した。
 暫(しば)し見守っていると、着弾した半数以上が炸裂していなくて、防衛隊の損害を軽微にさせている事に喜んだが、季節外れの水張りをした上に台風の豪雨が冠水させて土壌を深くまで緩(ゆる)めた水田は、履帯幅が60㎝のチリオツニでも忽(たちま)ち嵌(はま)って仕舞い、其の遮蔽物の無い水田地帯での緩慢(かんまん)になる動きは、敵の恰好(かっこう)な標的になるだろう。
 連絡に使われている履帯仕様で軽量な94式軽装甲車でさえも、着底する車体の腹に履帯は空転して立ち往生してしまうだろうから、集落内の乾燥した土地や造成した陣地への通路、それに、金石街道と金石電車軌道の線路上しか、安心して走行できない。
「加藤少尉、発砲後、直(ただ)ちに同軸機銃で敵歩兵を射撃して、赤芝二等兵に加勢しろ! 俺は信号弾を上げて、防衛隊と勤皇隊を後退させる!」
「了解しました、大尉」
「指中一等兵、信号弾で敵に位置が知られるから、発射後は来た道を戻って、集落の反対側へ動くぞ!」
バゥン!
ダダダダッ! ダンダンダンダン!
パンッ! パンッ!
 加藤少尉が発砲して、1番近くに見える敵戦車から内部で炸裂した徹甲榴弾の爆炎が開いていた砲塔上のハッチから上がった。
 続いて同軸機銃が撃ち掛けて、主砲と砲塔が首を振るように動いて、敵兵が伏せている辺りを掃射して行く。   
 赤芝二等兵が撃つ前方機銃の着弾の土煙に同軸機銃の着弾が加わり、舞い上がる土煙で敵兵の姿が全く見えなくなった。
 ダダダダッ! ダンダンダンダン!
 前方機銃の低く篭(こも)る射撃音に同軸機銃の高く響かすような発砲音が重なって、ピアノの低音と高音の和音の連弾みたいに1つの音になって聞こえて来る。
 同軸機銃も前方機銃と同じ97式機関銃なのに、どうも、取り付け枠の何処かが振動で共鳴しているようだ。
 それに合わせて、勤皇隊の頭上と防衛隊の頭上へ低い山なりで飛ぶように、後退を命令する赤色の信号弾を続けて撃つ。
 背後から頭上を超えて前方に飛んだ信号弾に気付いた勤皇隊員の1人が後ろを振り返り、後退を始めるアメノウズメを見て、横に伏せている勤皇隊員達へ声を掛けているのを確認してから、指中一等兵へ後退を命じた。
「指中ぁ、後方の村外れの家屋の残骸の影へ移動させろ!』
「上杉准尉、移動後に発煙弾を再装填してくれ!」
「了解です。大尉!」
「加藤少尉! 上杉准尉の作業が終わったら、後続の縦隊の狙(ねら)える奴から、連続射撃だ!」
「了解!」
「大尉、発煙弾、装填終わり!」
 そう、報告しながら上杉准尉が砲塔内に戻って、砲塔後面のハッチを閉めた。
「ご苦労。これから連続射撃を行うぞ、上杉准尉。装填位置へ就(つ)け!」
「了解です!」
「指中、金石街道へ出て、後進で南側の掩蔽壕へ入るぞ!」
 既に目標を視認している加藤少尉は、アメノウズメの砲塔と砲身を僅かに振れさせた。
「撃ち方、開始します」
バゥン!
 撃ち終えると、砲塔と砲身が少し動き、上杉准尉が88㎜徹甲榴弾を、急ぎ装填する音が聞こえた。
「装填完了」
バゥン!
 この一連の動作が、更に一度繰り返される。
「大尉、視認可能な3輌を、全て撃破しました」
「良く遣った、加藤少尉。これで、敵に気付かれずに後退できるだろう」
 先頭縦隊の8輌に加えて、後続縦隊のM4戦車を5輌撃破で、合計13輌の戦果を上げたが、一瞬の油断で我々も同じ不運を辿(たど)る事になると、勝って兜(かぶと)の緒(お)を締めるが如(ごと)く、司令塔の潜望鏡型覗き窓から周囲を確認して、操縦兵の指中一等兵に命じた。
「指中、金石街道へ出て、後進で南側の掩蔽壕へ入るぞ!」
 敵の後続縦隊の残り3輌のM4戦車が、クルリと180度向きを変えて、追従して来た車両部隊と共に後退して行くのを見計らって、金石街道南側の植林帯内にも設営して完全擬装の掩蔽壕へ速やかに移って戦闘を継続する事にした。
 南側の植林帯は、まだ、艦砲射撃や空爆を受けていないので雑木に紛(まぎ)れ易い。それに、其処の掩蔽に入れば、砲塔のみを地表から出すので、敵からは小さな的(まと)になるだろう。
 現在位置に留まれば、海岸に展開する敵砲兵からの制圧射撃と、敵戦艦の主砲が密に降り注ぐ艦砲射撃、そして、敵空母から発進する戦闘機が搭載するロケット弾の集中発射や、攻撃機が急降下爆撃で投下する大型爆弾の的になるだけだ。
 侵攻して来た敵戦車部隊が後退したのに、戦艦の主砲弾も、爆弾も、落ちて来こない。
(敵の地上部隊が、まだ近くにいる……!)
「全周囲を警戒しろ! 敵が近くに潜んでいるぞ!」
「上杉准尉、今、発煙弾を2発、発射しろ! 残り4発は、金石街道へ出てから、順次発射だ。敵からアメノウズメの動きを隠せ!」
「発煙弾を撃ちます」
バスッ、バスッ。
--------------------
 100mほど離れて着弾した発煙弾は、炸裂して直ぐに白煙を広がらせた。
 それを見て、車体前面を敵へ向けて後進しようと街道に出て、残りの発煙弾の発射を始めた時に、右手100mの近距離からアメノウズメに狙いを付ける2、3人の敵歩兵が見えた!
「敵歩兵!」
 其の刹那、後方へ煙の尾を噴かす鼠花火のようなロケット弾を発射して来た。
「2時方向からロケット弾! こっちに中るぞ!」
 紅い炎と白い煙を噴きながら真っ直ぐに飛んで来たロケット弾は、私の直ぐ右斜め前の砲塔側面に命中して爆発した。
 敵兵がロケット弾を放った携行武器は真竹ほどの太さの長さ5尺の金属筒で、ロケット弾の爆発力は前方へ集束して装甲板を溶かし、瞬時に融解した鋼鉄は爆発の勢いのまま、噴流となって孔を開け、戦車内部へ溶けた鉄を迸(ほとば)せてくれる。
 融解噴流(ゆうかいふんりゅう)をマトモに浴びた乗員は、超高速の土砂降りの雨の様な噴流に晒された身体の部分が、1500度以上の高温で重い液状の鉄に因って蒸発してしまい、一瞬で即死してしまう。
 周囲に飛び散る溶けた鉄は、浴びた弾薬を暴発させ、燃料などの可燃物を燃やし、乗員を大火傷させて殺傷する。
 敵のロケット弾は、勤皇隊が装備する対戦車噴進弾と同じ弾体構造と命中効果だ。
ガガーン!
 見事、命中してくれた敵のロケット弾は砲塔側面に掛けていた予備履帯を2枚ほど吹き飛ばして、装甲板の融解穿孔へは至らなかった。だが、爆発の衝撃でエンジンが止まって仕舞った!
「指中ぁ! エンジンの再始動だ!」
「エンジンを、再始動させます」
 直ぐに指中一等兵の返答が有り、始動させる電動機の回る音が、キュルキュルと静まった車内の後方から聞こえて来る。
「赤芝ぁ! 今、撃って来た敵兵が見えたかあ! 殲滅しろ!』
 車内への被害に至らなかった事に安堵しつつ放った命令に、赤芝二等兵からの返事は無く、代わりに前方機銃の連続発砲音と、排莢された空薬莢が床に落ちて転がる乾いた金属音が戦闘室内に響いた。
(まだ、エンジンが掛からない……)
「指中ぁ! 電動機を20秒休ませてから、もう一度だ! ゆっくり数えるんだぞ!」
「電動機を止めて、数えます!」
 回っていた電動機の音が止まった。
 赤芝二等兵の照準は敵兵の周囲に弾着の土煙を舞い上がらせて、ロケット弾を放つ携行火器を弾き飛ばされた敵兵は仰け反って倒れ、脇で援護していた1人は膝から崩れる様に側溝へ倒れ込み、残る1人の敵兵は近くの何処かに逃げ隠れたのか、側溝の底にでも蹲っているのか、指令塔の潜望鏡式覗き窓からは見付けられない。
 キュルキュル、暫し休ませて蓄電池の電圧を回復させてから、再び、電動機が回り出すと、ブロッ、ブロン、ブロン、ブロロロォと、今度は1発でエンジンが愚図(ぐず)る様に掛かった。
 ロケット弾の爆発で熔かされた鉄の溶融温度は1500℃以上だが、直径2、3㎝の貫通孔を開けて内部へ噴出する鉄量は、余り多くない。
 噴出は一瞬で、飛沫の様に迸(ほとばし)る白熱した鉄の粒は真正面で浴びない限り、即死する事は少ないが、手足に浴びれば、骨まで達する烈(はげ)しい深層火傷になり、損傷した部位は切断するか、癒(い)えるまでに数年を要するかだ。しかし、治癒は容態が落ち着くだけで、部位の機能と外見が元の状態に戻る事はない。
 少量とはいえ、1500℃以上で沸騰(ふっとう)する鉄の重い噴流を搭乗員達が浴びれば、忽(たちま)ち衣服の生地を貫通しながら燃え上がらせて、肉体を溶かして蒸発させながら貫通して行き、更に、周囲に飛び散る鉄の飛沫が、全身へ突き刺さるように無数の孔を開けてしまう。
 応急処置としては、燃える衣服を消したり、脱がせたりしながら、皮膚に付着して孔を開けて行く熔けた鉄の粒に素早く水筒の水を浴びせ、冷やして固まらすしかない。
 主砲と弾薬を守る為に砲塔の前面と側面に、操縦と戦闘室の弾薬を守る為に車体の前面と側面の前半に鋼の角材から製作した引っ掛け金具と、鋼板から切り出して作られた立て掛け枠が溶接されて、予備の履帯を出来るだけ隙間無く、増加装甲代わりに掛けたり、差し込ませたりさせている。
 掛けている履帯は、2枚繋げと3枚繋げのみで、人力で扱える重さと大きさにしていた。
 増加した25㎜厚の装甲鋼板と予備履帯の掛け金具の溶接は小松製作所で行われ、帝都圏での試作構想や構造会議では全く発表も、記載もしていなかった。
 それは、本土決戦が逃れようのない決定となった8月中旬に於いても、帝国陸軍中枢の御歴々の高級将校達の干渉を避ける為で、確実に上陸侵攻して来るだろうアメリカ軍のM4主力戦車を凌駕する攻撃力と防御力を備える新型中戦車の極短期間での開発と試作量産が必要なのに、大本営の連中を含めて狭隘な精神論をほざく御歴々には、切迫の理解も、新たな発想も無い。
 余りにも、易々と貫通されて甚大な被害を被っていた89式中戦車の前面や、97式中戦車改の新型砲塔の前半分には、増加装甲板を重ねるのは、『已む無し』とされていたが、土嚢や予備履帯で、更なる防弾を行うのは、帝国軍人の忠義心や敢闘意欲を削ぐ恥ずべき行為だとして許可されず、孤立した最前線の現地部隊でしか施工されていなかった。
 『増加装甲板を付けて重量を増やすだとぉ!』、『大事な予備履帯を装甲代わりにするだとぉ!』、『下賜される兵器の権威を無くす気かぁ!』、『命を惜しむとは、何事だぁ!』などなど、開発の中核将校や技術者を非国民や敗北主義者やスパイと罵った挙句、開発や指導に有能な人材を閉職へ追い遣らってしまうような連中ばかりだ。
 帝国陸軍中枢で権威をひけらかす上層の高級軍人達は、『弱者が、強者に勝つ』、『少人数で、敵の大軍を押し留める』、『竹槍や銃剣で、自動火器の敵に打ち勝つ』、『1振(ひとふ)りの日本刀で、敵の小隊を全滅させる』、『僅か1人の自己犠牲で、不利な戦闘を覆(くつがえ)す』、『義(ぎ)に忠(ちゅう)じて固い不撓不屈(ふとうふくつ)の信念が有れば、敵が幾万居ようとも全て烏合の衆に過ぎず』など、神憑(かみがか)り的な戦国時代の勇猛果敢さを理想として、戦局の回天を求めている夢想家だった。
 それ故に、帝都圏での開発続行は、アメリカ軍に一矢を報いる新型中戦車の実現が夢のまた夢になってしまうだけだった。
--------------------
 まだ、敵の砲兵は沈黙しているが、戦車縦隊の全車が破壊された今、直ぐにでも敵機が来襲して、艦載機はロケット弾と銃撃で、双発や4発の爆撃機は絨毯爆撃で、防衛線陣地と考えている植林帯や周辺の集落を根こそぎ無くしに来るだろう。
 煙幕と火事の煙が晴れない内に、私はアメノウズメを金沢駅南側近くの中橋の踏み切り脇まで後退させてから暗くなるのを待って、弾薬と燃料を補給する事にした。
 擬装とアンテナ線張りを済ませて待機に入ると、各姫様達に戦況を報告させた。
「こちら、アメノウズメ。敵戦車縦隊16輌の内、15輌を撃破。後続する敵無し。被弾多数。軽傷者3名。戦闘、移動、共に可能。順次報告せよ」
「ククリヒメ、進攻して来た16輌の内、12輌を撃破。被弾3発有るも、貫通弾無し。戦闘行動に支障無し」
「セオリツヒメ、敵戦車20輌と交戦、半数を貫穿炎上させるも、被弾多数。戦闘に支障無し。現在も交戦中。軽傷1名」
「ワカヒルメ、安宅関に上陸して侵攻する敵を、海軍兵と協力して撃退。敵戦車6輌を撃滅。被弾多数。負傷2名。戦闘可能なれども履帯切断、現在、修理中」
「スセリビメ、塩屋漁港と片野海岸から大聖寺へ川沿いに侵攻する敵を撃退。敵水陸両用戦車18輌及び兵員輸送装甲車8輌を破壊。敵は後退。被弾多数も支障無し。負傷者2名。現在、弾薬の補給中」
「イワナガヒメ、敵上陸部隊の艦船は見えず。富山湾中央で敵駆逐艦と我が海軍哨戒艇の交戦を遠望する。我、損傷無し」
 小松方面の戦況は、かなり強力な敵の上陸兵力との戦闘だと知ったが、3輌のチリオツニは防衛戦線を維持し続けている。
 今、海軍兵が守り通す小松飛行場と全力操業中の小松製作所を失うと、大きな側面脅威が無くなった敵は容易に手取り川を渡河して、其の小松方面に上陸した全兵力を以って金沢市を南部から攻めてくるだろう。
 それに、金沢市南部の西金沢駅、野々市駅、松任駅には、アメリカ軍が迫り、占領されるのは時間の問題だった。そして、小松方面では、既に安宅駅から根上駅までの鉄路が敵の占領下になっていて、国鉄の貨車を利用した移動は不可能になっている。
 それ故に、『小松を防衛する三輌のチリオツニを、金沢へ移動させる』の、戦闘状況の現実を無視した
命令は管区参報へ再考を打診する事なく、私の独断で無視する事にした。
「第3中隊2号車を除く梯団各車に告ぐ、敵が肉薄攻撃を行う公算大なり。各車、周辺に勤皇隊、国防隊を配して、警戒を厳重にせよ!」
 強固な敵陣に突貫(とっかん)して粉砕する夜戦は、大日本帝国陸軍の十八番だが、アメリカ軍の強行偵察隊の攻撃は大胆且(か)つ強力、そして、柔軟な判断と果敢(かかん)な戦闘行動で、決して侮れない事を知っている。
(そんなチリオツニの破壊を目的とした敵の小部隊との戦闘で、唯一、敵戦車部隊を撃滅できるチリオツニを、1輌足りとも失う訳にはいかない!)
 日没後の太陽の黄昏時になると、敵の攻撃機はいなくなり、殆ど一方的な敵の砲火は散発的になって、敵の地上部隊の主力は周囲に鉄条網を張り巡らした塹壕陣地で、夜通し照明弾を打ち上げて待機の守りに就く。
 この落ち着いた時間に、我々は晩飯を食らってから、早々(はやばや)と交代で眠る。
 今晩の晩飯は、飯盒(はんごう)に入った炊き立ての白米に、味噌漬けの豚肉、梅干、白菜の漬物、小魚の佃煮(つくだに)、それに、味噌汁が出て旨い飯だった。
 朝飯と昼飯は、握り飯、太巻き、稲荷寿司が順番で出ていて、浅漬(あさづ)けや味噌漬けが添えられて、それを水筒に入れた番茶か、麦茶を飲みながら食べていた。
(全く、これまで戦災に見舞われていない石川県は、食い物にも豊富だな。……レイテでの強盗殺人の醜態(しゅうたい)とは大違いだ)

▼昭和20年 11月6日 火曜日 午前6時30分
「おおっ、上手く躱(かわ)したぞ!」
 ドドドドッと、至近距離から落雷で弾薬庫が爆発したような轟きと其の大地震のような激しい揺れで、瞬発的に全身が驚くと同時に、レシーバーに響く砲手の加藤少尉の大声が、緊張と疲れから瞼を閉じ掛けていた私を覚醒させた。
「どうした加藤少尉! 何事か?」
「大尉。艦砲射撃が、昨日居た植林帯と集落を狙って着弾しています。大尉の命令通り、前進せずに、この場所へ移って良かったです」
 早朝に加藤少尉は、漂う煙が薄れると見通しが広くなる、昨日と同じ集落の焼け跡に潜めば、敵を狩り易いと前進防御を進言していた。
 それを、今日の午前中にも、西金沢駅を敵に占領されそうで、線路上を進まれて犀川の鉄橋や河川敷からの架橋に拠って渡って来るかも知れないと、最新の戦況に照らし合わせて、却下していた。
 轟音と地響きに震える司令塔の覗き窓から見る北方向は、200mほど先から向こうが噴き上がる土砂と火炎で全く見えない。
 あの着弾する戦艦の主砲弾がチリオツニへ直撃すれば、車体はバラバラになって乗員は蒸発してしまう。また、1発でも10m以内の極至近に落ちて来ても、我々は万事休すだ。
 先程来た伝令は、野々市駅と西金沢駅までアメリカ軍は到達していて、両駅の駅前広場には水陸両用戦車に乗る歩兵とM4戦車が終結していると、知らせている。
「そうか。艦砲射撃が止むと、敵の戦車部隊が突進して来るぞ。視認したら、全部始末してくれ!」
「大尉、勿論です! 加藤は、敵戦車部隊を殲滅します!」
 稲作の水郷地帯は、僅かに水面より高い土地の周囲を畑にした集落が一面の水田の中に島のように点在して見える。
 この集落の島や工場地区や市街地の乾いた固い地面へ砲弾や爆弾が着弾すれば、仕様書通りの範囲に爆発の衝撃と火炎と爆風を飛ばせ、更に鋭く割れた無数の弾片を飛び散らかせて殺傷を齎した。
 大口径の艦砲弾や大型爆弾は、着弾爆発で大きく土地を抉(えぐ)ってくれるが、水を張った田に着弾すると、其の弾体は水を吸った深い泥と底の粘土層を貫いて浸透水に満たされた砂礫や川原石の堆積層で破裂して、狭い角度での噴き上がりとなってしまい、周辺への飛翔を阻まれる弾片の殺傷力は減滅してしまう。
 其の対策として時限信管付の砲弾を敵の10~20mの上空で爆発するように調整して真下への殺傷を狙うが、剥き出しの人員や機材にしか効果は無く、畦道沿いの塹壕とタコツボに枕木などの厚い木材で屋根や蓋をするだけで、十分な防壁効果が有った。
 艦砲射撃後は、午前6時半の日の出から定石(じょうせき)通りに艦載機の空爆と、昨日の夕方から上陸して金石砂丘に再編成して布陣したと思われる砲列からの砲撃が、きっかり2時間も続けられた。
 敵の砲兵隊の射撃も、着発と時限信管での空中爆発や延滞炸裂の混合で、艦砲射撃が止むと直ぐに前進布陣した植林帯が攻略目標なのか、激しい砲撃に晒されて、全周囲から機関銃に狙われているかのように、砲弾片が途切れなく車体や砲塔に当たって弾(はじ)かれた。
 砲弾の炸裂で噴き上がる土砂の合間に、撃破された敵戦車が夜間に回収されて障害物が無くなった金石街道を、速い前進速度で迫って来る敵戦車の縦隊が見え、既に射程内に入られていると判断して、砲手の加藤少尉に発砲を命じた。
「照準が定まり次第、撃て! 連続で発砲、撃破しろ!」
「了解! 大尉。敵戦車縦隊を殲滅します!」
 直ぐ様、発砲された砲弾は高速で接近する敵の先頭車に命中し、街道脇に外れて停止した。更に、次弾も命中させて砲塔を爆発で噴き飛ばした。
 其の後は、迫り来る敵戦車を炎上か、爆発させるまで、加藤少尉は砲弾を撃ち込み、次々と廃棄処分行きにさせて不意の反撃を無くす事に徹底していた。
 乗員の皆は分っていた。
 多数の敵戦車を撃破して、此処は通れない事を敵の肝に命じさせて侵攻を緩慢にさせなければならないと。
 例え、残弾が僅かになっても、突撃して討ち死に至る事はせずに、今は此処で砲弾を撃ち尽くすまで戦い、其の後は頃合を見計らって、速やかに中橋の踏み切りまで後退。そして、弾薬を補充して待ち伏せをさせる。
 常に『アメノウズメ』を戦闘可能状態にさせて、隠れさせている事が敵への強大な脅威になる事を、皆は知っていた。
 発砲後の排莢時に砲尾から漏れ出る火薬の燃焼ガスが、連続発砲で換気が追い着かず車内に充満して視界を霞ませ、私を含めた全乗員が噎せて咳き込んでいる。
 砲塔の上面や後面のハッチを開放して外気を入れたいが、間断無く炸裂する敵の砲弾の断片が、ガンガン当たり続けている状況では不可能だった。
 司令塔の覗き窓から見える周囲の植林帯は、せっかく植えた樹木の多くが集中砲撃で根こそぎ砕かれて、凸凹の荒地に変わってしまった。
 燃焼ガスでチクチク痛む涙目の視界に、犀川の土手上を進んで来たのか、300mほど離れた左側の荒地に到達している敵戦車が見え、停止して砲塔を回して砲を此方へ向けようとしている。
 靄のような燻りの煙幕は、此方の所在を曖昧(あいまい)にすると共に、敵の接近を許していた。
「10時方向に敵戦車! 敵が先に発砲するぞ!」
叫びながら車内を覗き込む視界の端に、敵戦車の発砲炎が写る。
「撃った! 左に当たるぞ!」
 私が叫び、装填手の上杉准尉が、砲弾を撃ち尽くして空になった砲塔内の砲弾の収納棚へ、床下の収納から砲弾を移そうと屈み込んだ刹那、ガガーン! と、大音響が砲塔内に響いて『アメノウズメ』は震えた。
 砲塔の左後面の装甲板を貫通した敵の徹甲弾は勢い余って、砲塔内の後部左側に設置した収納棚を、貫いた装甲板と徹甲弾の粉砕破片が弾き飛ばして、ぶつかった右側の収納棚も一緒に一瞬で潰してしまった。
「上杉准尉! 大丈夫かぁ! 発煙弾の配線が無事なら、直ぐ発射しろ!」
「上杉は掠り傷だけです。発射機への配線を点検して、撃てそうなら、直ちに発射します」
「加藤少尉、砲塔は回るかぁ? 撃って来た10時方向の敵戦車を狙い撃て!」
「上杉准尉! 加藤少尉が発砲したら、発煙弾を全部、発射だ!」
「エンジンは止まっていないな、指中ぁ! 後進で煙幕の中を中橋の踏切まで下がるぞ!」
「了解、大尉。発砲後、後進で中橋まで移動します」
「敵戦車を見付けました! 照準良し! 撃ちます!」
バゥン!
 敵戦車の砲塔左正面に被弾の火花が散り、黒い孔が開いたのが見えた。
「命中だ! 上杉准尉」
バスッ、バスッ、バスッ!
 砲塔の右側後部から、連続して発煙弾を撃ち出す音が響いた。
「左側の発煙弾は、発射筒が被弾で変形していて射出不能です、大尉! 右側のみ、発射しました。次を装填すれば、残りは3発になります」
 司令塔から上半身を出して、素早く周囲を索敵するが、動いている敵も、発砲して来る敵もいない。
 辺りで敵歩兵と交戦していた勤皇隊達は立ち上がって、植林帯の東側に秘匿された塹壕へと後退を始めている。
 植林帯西側の集落から撤収した機関銃隊が艦砲射撃で鋤き返された植林帯に陣取り、時折、植林帯近くの集落へ迫る敵兵達を撃つ、断続的な射撃音が聞こえている。そして、其の射撃音は、次第(しだい)に間隔が短くなって来ているようだ。
 アメリカ軍は、焼けた植林帯に残骸が見付からないアメノウズメと、防衛隊員が携行する噴進砲を警戒してか、迫って来るM4戦車の報告は来ていない。
 敵は防衛隊の残存戦力を知ろうと、砲爆撃に援護されながら、煙の煙幕で見通しの悪い植林帯の占領を試みていて、防衛隊は、僅かに残った機関銃を塹壕線まで後退させている。だが、植林帯の東縁にアメリカ軍が到達するのは、数時間の問題だった。
 市街地から塹壕線へ増強される防衛隊の戦力次第では、アメノウズメを遠巻きにして金沢駅の西方面から金沢城跡の方面軍と防衛隊の司令部、それに、広坂通りの市役所を占領し、更に、兼六園(けんろくえん)から小立野台へ上がった出羽町(でわまち)から湯涌街道を進軍して、刀利の地を見下ろす県境に至る計画だろうと、司令部から知らされていて、アメノウズメを『敵の侵攻線上の武蔵が辻交差点まで移動せよ』の命令を受け取っていた。
 湯涌街道は小立野台地の付け根、土清水(つっちょうず)の地から河岸段丘へ下りて浅野川に沿って通っているが、途中、浅野川に掛かる幾つかの橋を渡らなければならないが、どの橋もチリオツニの重量に耐える強度が足りなくて、板屋(いたや)集落から七曲(ななまがり)集落での最終防衛線の配置への移動を辞退していたが、物量に勝るアメリカ軍ならば、短時間に橋梁を強化して戦闘車両部隊を通過させて来るだろう。
 敵の総攻撃に呼応して刀利の地へ落下傘攻撃が懸念されたが、大きな町が納まるような広い盆地ではない刀利の地は、急峻な山々に囲まれる3集落が連なる程度の河岸段丘の平地で、大部隊の降下作戦に不向きだとされ、小部隊の降下なら稜線や尾根上にも守備陣地が構築されているので撃退が可能と、相変わらず甘い判断がされていた。
--------------------
 日没後の定時連絡では、第3中隊2号車から『敵影見ず。情勢に変化無し』、第3中隊1号車は『大聖寺の守備位置を死守。現在、交戦無し。膠着状態』と、入電しているが、第2中隊の2車は昼過ぎから連絡が途絶えたままだ。
 第2中隊1号車の「セオリツヒメ」と2号車の「ワカヒルメ」が、新たに出現した敵の強力な新型重戦車と交戦して、それぞれ、1輌を撃破したと報告して来た以後、連絡が途絶えている。
 重戦車に搭載された砲は、チリオツニの88㎜砲と同等以上の威力らしい事と、こちらの砲弾が弾かれている事も知らせて来ているから、2輌とも撃破されたのかも知れない。
--------------------
 侵攻してくる敵戦車縦隊を撃滅した小松製作所で試作量産されたチリオツニは、僅か6輌しかなく、しかも、たった一度の戦闘で、M4戦車には圧倒的に優位だったチリオツニの2輌が、敵の新型重戦車に撃破されてしまった。
 残る越の国梯団のチリオツニは、高岡市方面の1輌を除いて3輌が被弾多数の満身創痍(まんしんそうい)の状態で、明日も、チリオツニの前面装甲を貫通する強力な砲を備えた新型重戦車が先頭になって侵攻して来れば、我が梯団は刺し違えるしかないだろう。
 上陸した敵に大打撃を与えた噴進弾は、緒戦の2度の一斉射で撃ち尽くしているし、水平線上に並んでいた敵の戦艦や空母を撃沈破した桜花や海軍航空機は、ただ1回の総攻撃で全てを失ってしまった。
 撃墜されなかった機の全てが被弾していて、其の殆どが砂浜と波打ち際に不時着していた。
 ほんの僅かな軽微な損傷の機体だけが、富山県と福井県の飛行場へ着陸できていたが、既に枯渇している燃料と搭載する弾薬も無く、再度の出撃は不可能だった。
 飛び立てる機体が全く無くなった小松航空隊に残された爆弾や魚雷は、信管の着発感度調整をされて、飛行場から小松市街地へ通じる道路に地雷として工兵小隊が埋設したと、深夜の伝令で知らされている。
--------------------
 敵の海上部隊に被(こうむ)らせた損害は甚大だと思えたが、それが軽微な被害だと見えるくらい、敵は新たな艦隊を海岸近くまで進出させて、猛烈に連射する艦砲射撃と、乱舞する艦載機と空を覆う飛行機雲の重爆群の爆撃に援護されて、沖の貨物船団から降ろされる多数の上陸用舟艇や水陸両用戦車に拠って、続々と兵員や物資が揚陸されている。
 漁港の埠頭に次々と接岸して離岸して行く大型の戦車揚陸艦は、大量の戦車や車両や大砲を運んで来ている。
 敵に制海権も、制空権も、完全に奪われている戦況で、2日間続けての上陸した敵の侵攻を撃退できたのは防戦に徹した故の、束(つか)の間の勝利に過ぎず、今後、地上の防戦の要とするチリオツニの動向が正確に捕捉されて行けば、忽ち、各個撃破されて越乃国梯団は全滅してしまう。
 この彼我の圧倒的戦力差に、天皇陛下が動座する刀利の地を守り切れない状況でも、金沢師管区司令部や師管区小松分室の若い参報達は、しきりに水際での敵殲滅を主張して盛んに突撃命令を叫んでいるらしいが、インドシナやソロモンから重い傷病で内地へ送還されて予備役となり、本土決戦で再び招集された兵士達が中核として務める最防衛前線の諸部隊は、是(これ)に従わずに事前から取り決められていた持久戦を維持していた。
 断固たる意思で上官の参報達に抗って全くの無視を決め込めれたのは、再召集された兵達が悲惨な実戦闘を経験した将校や古参の下士官兵ばかりで、士官学校を出立ての若い将校がいなかった御蔭でも有った。だが、予想していた通り、『防衛隊の歩兵どもが動かないなら、戦車が戦闘に立って手本をみせろ!』とばかりに、敵戦車縦隊の撃破っぷりを見ていた金沢防衛管区の参報が発令した命令文を、伝令となった初年兵が畦道沿いの小川や朽ちた家屋の影に隠れながら持って来た。
 すっかり辺りが暗くなった午後7時頃に、『ゼーゼー』と息を切らして遣って来た若い二等兵は、喘ぎながら直立して敬礼すると、綺麗に折り畳まれた命令書を差し出した。
 『御苦労』と返礼をして受け取ると、16歳の指中一等兵と同い年に見える伝令兵は最敬礼の御辞儀をしてからクルリと踵を返し、来た道筋を走って戻って行った。
 『未明に出撃を命ずる。金石街道上の敵を一掃(いっそう)し、その勢いを持って、金石海岸に上陸した敵を、海へ追い落とすべし』と、命令文に書かれていた。
 既に、先が見えている国体護持の為に、なぜ、沖縄やフィリピンや南方諸島で繰り返した無謀な玉砕をするような突撃じみた戦闘をしなければならないのかと、甚(はなは)だ疑問に思う。
 突撃奮戦するチリオツニが金石の浜辺まで到達できても、多数の自動火器を有するアメリカ軍に碌(ろく)な武器を所持していない防衛隊員達は全滅させられ、其の後は、チリオツニを嬲(なぶ)り殺しにしてしまうだろう。そして、撃破された車内から打って出る搭乗員達も、機関銃に蜂の巣のようになるまで撃たれて生き残る事はない。
 命令文には師管区参報本部の印が押されていたが、師管区長の捺印(なついん)は無かった。
 全てのチリオツニを失い、越乃国梯団が全滅して防衛隊の戦力が激減した後の、動座する刀利も地を守る為の防衛戦闘の展望について、きっと、軍管区の参報連中は無策な事だろう。
 狭隘(きょうあい)な目先の華々しい散り際だけに囚(とら)われて、真の国体護持と日本臣民の存続と安寧(あんねい)など、職業軍人の高官どもは誰も考えていない。
 最早(もはや)、数日以内に大日本帝国の敗北で大東亜戦争は終結する。
 敗戦後、もし、新たな日本国が平和に新興するならば、そういう狭隘思考の軍人達こそが全員自決すべきで、平和な日本国に必要はない。
 此処まで、日本を疲弊(ひへい)させた狭隘思考の自分を責め、悔(く)い改めた反省の陳述(ちんじゅつ)をして、責任を執(と)る死罪となる本人自覚が有るならば、仏教の悟(さと)りの通りに鬼門に入る事が許されるだろう。
 そうでなければ、其の人物を死後も許すわけにはいかない!
 故に私は、非常に腹立たしい思いで、金沢防衛管区の参報の突撃命令を無視する事にした。
 たぶん、いつまでも梯団に突撃命令を発しなければ、命令を立案した当の参報将校が『行動を起こせ』と詰め寄りに来るだろう。
 それでも、私が言う事を聞かなければ、帯剣で成敗(せいばい)しようとするだろうが、師管区長の捺印が無い命令文は無効だ。
 従って、独断専行の身勝手な命令文を作成し、執行しようとする血気に逸(はや)る若い参報将校は、命令系統を無視した反逆罪で射殺する事もできる。

▼昭和20年 11月6日 火曜日 午後10時過ぎ
 アメノウズメを修理と整備を行っている中橋の踏み切りの後方、六枚町から一直線に金石の町まで続く街道の果て、暗闇の中に小さく蠢(うごめ)く幾つも敵の光を双眼鏡で見ながら、夜食の稲荷寿司と牛缶を月明かりの中で食べ終えて熱い番茶を啜(すす)っていた。
(これで、この旨(うま)い稲荷寿司も、毎度、中の具を変えてくれる美味(びみ)な握り飯も、明日の朝で食べ納めになるだろう。あの光で揚陸されているのは、第2中隊が殺(や)された敵の新型重戦車だろう。明るくなって敵の地上侵攻が始まれば、アメノウズメと我が命は風前の灯(ともしび)になる。せめて、乗員達の幾人かでも生き延びてくれると良いが……)
 日没で煙幕の煙を立てる火が消されてから凪(なぎ)の時間が過ぎると、澱んで眼に沁みる燻煙を陸から海へと吹く夜風が海上へ掃き散らして、見上げる上空の晴れ渡った晩秋の夜空は、細い三日月の繊月が暫く見えていたが今は消えて、満天が星明りに満ちていた。
 昨夜は月が出ない暗夜の朔(ついたち)だったから、敵と見方の偵察隊が暗闇の中で出会ってしまい、其の遭遇戦の銃声が散発的に暁まで聞こえていた。
 今夜も既に暗夜になっているが、昨夜と違って最前線が荒地となった植林帯を挟むだけの近さだから、敵は暗闇の中を自ら標的に成り易い照明弾や星弾による光で照らさずに、粛々と我が方へ浸透攻撃をして来るだろう。
 直に敵の先頭で探りを入れる偵察隊と味方の前哨部隊の斥候とで戦闘が始まり、昨夜に増しての激しい銃激戦になるが、用心すべきは銃声がしない場所だ。
 当然、防衛隊でも忍び足で迫る敵に備えているだろうが、星明りの影に潜んで待ち受ける勤皇隊や古参兵と銃剣や白刃での切り合い、或いは棍棒や素手での殴り合う、凄惨な白兵戦となるに違いない。
 そう暗く思いながら、近くで横になって寝ている16歳の指中1等兵と15歳の赤芝2等兵の幼い赤ら顔を見て、少し黄昏(たそがれ)ていると、突然、前面灯に遮光覆いをしたサイドカーと数台の乗用車とトラックが近くまで来て止まった。
『増援部隊でも来たのか? だが、増援の連絡は受けていないぞ』と、司令塔から身を乗り出そうとした時、指中1等兵と赤芝2等兵がスックと立ち、確認に行く旨(むね)を伝えた。
「指中1等兵と赤芝2等兵は、何が来たのか、様子を見て来ます」
「分かった。見て来てくれ。夜半だから敵の威力偵察かも知れないぞ。自動小銃を持って警戒して行け」
「了解しました。」
 自動小銃を携(たずさ)える音と微(かす)かな衣擦(きぬず)れの音が消えて、忍(しの)び足の2人は夜の闇に紛れて行った。
 暫くして、2人が向かった闇の中から、日本語らしい大勢の大人の男の声と、若い女の泣き声に赤芝2等兵らしき泣き声が聞こえて来た。
 これは、何やら由々(ゆゆ)しき事態かもと、司令塔からアメノウズメの横に降り立つと、闇の中に大勢が急ぎ、此方に来る様子が見えて、直ぐに、先頭で案内する指中1等兵と赤芝2等兵の姿が判別できる近くまで来た。
「大尉、報告します。敵の偵察隊では有りませんでした。全員、日本人です」
 指中1等兵が遣って来た連中の事を報告し始めた。
 彼の直ぐ後ろには赤芝2等兵がいたが、何故か竹林の待機場所で日常の御世話をしていただいた天池真木子さんが一緒にいて、彼女の手を赤芝2等兵が握っていた。
(何時の間にか、真夜中に最前線で戦う赤芝に会いに来るほどに、人前で躊躇(ためら)う事無く天池さんの手を繋ぐほどに、御前達の想いは強くなっていたのか……! だが、何故今なのだ? それに、後ろの連中は何だ?)
 天池真木子さんの後ろの月明かりの中に、20人ほどの年配者らしい身なりの良い男達が並んでいるのが見える。
「この方々が、大尉に御会いして、御話が有るそうなので、御連れしました。」
 指中1等兵が続けた言葉に、2人の後に続いて来た人達が名乗り始めた。
 彼らの後ろに来た宮司装束(ぐうじしょうぞく)の男性は、『天池真木子の父親です』と頭を下げた。
 続いて国家神道を司る内務省神祗院(しんぎいん)の石川県地域の社司(しゃし)と社掌(しゃちょう)が挨拶して、石川県知事、金沢市市長、国家地方警察石川県本部の本部長と副本部長の地方行政の首長達が名乗った。そして、我々を取り囲むように並んでいたのが、其の御付(おつ)きと警護の者達だった。
 滅多(めった)に集(つど)う事のない御歴々(おれきれき)の顔ぶれに徒(ただ)ならぬ事態だと、直感的に察っした。
 先ず、神職に就いていると思われる彼女の父親が話した。
「娘と私達は、これから、犀川の支流、内川の上流に在る菊水の部落に行きます。そして今夜は、菊水の部落に泊まり、明日は、暗くなる前に目的の山の上に行きます。其処で、娘が役目を果たすのですが、行く前に、一目、赤芝様に御会いして、御別れを申したいと言うので、連れて来た訳でです」
 父親は言葉を続けた。
「それで、娘は御別れの挨拶をしたのですが、別れの悲しみから泣きじゃくってしまい、娘から果たすべき役目を聞いた赤芝様も、御泣きになられたのです。そして、是非、大尉殿に詳しい話をして欲しいと言われ、此処に参りました」
 菊水の部落と聞いて、私は鷹巣淑子さんが語った事を思い出していた。
(確か……、避難先が菊水の集落で、三輪山の竜神が守ってくれると言っていた……)
 父親の話の内容は、正に鷹巣淑子さんから聞いた伝承を裏付ける物だったが、まさか、其の役目を天池真木子さんが担うとは……。
 菊水の集落から、更に、東谷(ひがしだに)の奥へと進むと、沢の北側に急斜面の水葉山(みずはやま)が見えて来る。
 この水葉山には、龗神(おかみのかみ)神社の奥の院が頂上付近の大きな岩棚の根に建立(こんりゅう)されていて、其の小さな社(やしろ)には祭神の雨神の御神体が納められているそうだ。しかし、其処は雨乞(あまご)いの霊場(れいじょう)で、天池真木子さん達が向かうのは、本当に嵐を呼ぶ竜神を鎮(しず)めている山の頂だった。
 其の山は水葉山から、更に、東谷を割り行った内川の源流に聳(そび)える三輪山(みわやま)で、山頂に立つ角岩(つのいわ)という天を突くように尖(とが)った大岩には、京都の貴船(きふね)神社の祭神と同じ、淤加美(おかみ)の女神が祭られている。
 満16歳に満たない純真無垢(じゅんしんむく)な生娘(きむすめ)が、角岩の天辺から眼下の崖下(がけした)へ身を投じて、沢の源流となる湧水溜りを清(きよ)き鮮血で朱(あけ)に染めれば、龍神の淤加美姫を目覚めさせる事ができると言う。
(……淑子さんが言っていた言い伝えは、本当だった!)
 安寧(あんねい)の眠りからの目覚めを無理強(むりじ)いされた姫は怒(いか)り、寝起きの悪さの愚図(ぐず)りのように解き放つ神の通力は、暴風と天地を逆様(さかさま)にした暴雨の凄(すさ)まじい嵐を巻き起こす。そして、其の矛先(ほこさき)を加賀の国と能登の国の安らぎに災(わざわ)いを為(な)す敵の軍勢に振り下ろし、一夜にして一掃(いっそう)して仕舞うと怒りは鎮まり、明け方には安寧の眠りに、再び就(つ)いしまうのだと、古(いにしえ)から伝承されているらしい。
 加賀平野の扇状地(せんじょうち)の広がり始めの地に鶴来(つるき)の町と獅子吼(ししく)の山が在り、其の麓(ふもと)に建立されている加賀一宮(かがいちのみや)の白山比咩(はくさんひめ)神社は、菊理姫(くくりひめ)を白山の祭神と祀(まつ)ってはいるが、社殿(しゃでん)は菊理姫を鎮守(ちんじゅ)の神と祀る白山の山頂ではなくて、三輪山の頂(いただき)の方を向いている。
 それは、溶岩の湯を潜(くぐ)りて統(す)べる夜見国(よみのくに)を行き来する菊理姫が、暴風竜に化身した淤加美姫の暴走を鎮めて、休火山である白山の胎動(たいどう)を抑(おさ)える、加賀の国と能登の国の安泰(あんたい)を守る大社(たいしゃ)の大神(おおかみ)なのだからとも、神祗院の石川県地域の社司と社掌は話してくれた。
 故に、現在、未曾有(みぞう)の危機に脅(おびや)かされている加賀と金沢を救う為に、菊水の集落に在る龗神神社の宮司の末裔(まつえい)である天池真木子さんが人身供犠(じんしんくぎ)にされようとしているのだ。
 竹林の待機場所で彼女と仲良くなっていた赤芝2等兵が言うには、天池真木子さんは11月9日うまれだから、9日の午前零時を過ぎて彼女が満16歳になる前に、人身供犠という生贄(いけにえ)の役目を果たさなければならないそうだ。
 天池真木子さんは、真っ暗な深夜に人里離れた山奥の頂から断崖絶壁の奈落(ならく)の底へ真ッ逆様(まっさかさま)に落ちて、其の儚(はかな)き命を自ら絶つ前に、初めて仲良くなった異性の赤芝2等兵へ使命を果たす故の、別れを告げに来たのだった。
 伝承の話しを聞き終えて、以前に龍神が暴走したのは、どれだけ昔の事で、湧水を朱に染めたところで、果たして本当に天変地異が起きるのかと、半信半疑だったが、天池真木子さんと御歴々が訪れた事情は理解した。
 恋心に目覚めた赤芝2等兵と人身供犠になる天池真木子さんを見ると、死の飛翔(ひしょう)を覚悟した気丈夫さで私を見据えていたが、其の小さな身体は小さく震えているようだった。そして、赤芝2等兵は私を睨(にら)み付けて眼光を輝かせ、今にも彼女を浚って契(ちぎ)りを結び、使命を果たせなくしていまう決意の気を放っている。
(おいおい、そんなに殺気立つとは、若気(わかげ)の至(いた)りだな)
 それぞれの家庭で躾(しつけ)けられているはずの、『男女七歳にして席を同じゅうせず』の礼記(らいき)の教えも何処へやら、何ともはや、慎(つつし)みも、恥じらいも無く、年配の御偉いさん達の前で堂々と手を繋いでいる2人を見て、自分も淑子さんと、このようにあるべきなのかと考えてしまう。そして、これからの時代は、そんな自由さに溢れて明るく過ごせるような日本になれば良いと、戦闘警戒も忘れて私は無意識に願っていた。
「大尉、聞いて下さい! ぼっ、僕は、天池真木子さんを失いたくありません!」
 月明かりでも、はっきりと分かる涙一杯に湛(たた)えた両目で私を見ながら、彼女への愛おしさと自分の無力さに胸が張り裂けそうな形相(ぎょうそう)の赤芝2等兵は懇願(こんがん)する。
「……分かった。この場は納めて、天池さんを菊水の集落へ行かないようにしてやるから、まあ、落ち着け。そして、気持ちの高ぶりが静まったら、天池さんを放してやれ」
「はっ! ああ、もっ、申し訳有りません、大尉」
 急速に気持ちの高ぶりが萎(な)えて行く赤芝2等兵は、御詫(おわ)びの言葉を言って、握っていた彼女の手を離した。それなのに、今度は、彼女が赤芝2等兵の袖に縋(すが)ってしまう。
 それを身ながら、私は御歴々に向き直って御願いした。
「今は6日の夜です。天池さんが人身供犠の使命を果たす期限は、8日の午後12時前です。現在の戦況は、陸海空と侵攻して来る敵の兵力は強大で、我々は防戦一方ですが、海軍航空隊の桜花部隊と、私の越の国梯団は強力で、敵の侵攻を跳ね返して食い止めています。ですから、戦況の変化を望めるかも知れないので、あと一日、天池さんが三輪山へ向かうのに猶予(ゆうよ)を頂けるよう、御願い致します」
 直角に腰を折り、私は深々と頭(こうべ)を垂(た)れて御願いする。
 伝承が、ただの迷信で、天池さんの命を奈落に捧(ささ)げても何も起こらず、気象予報の通りに天気の良い朝を迎えたら、其の死は人知れずに龍神伝承の闇の中に消し去られてしまうのだろう。だが、そうならずに彼女の死が報(むく)われて、伝承通りの荒(あら)ぶる神に由(よ)る天変地異の大災害が発生すれば、連合軍の軍勢も、防衛隊と石川県の人達も、途方も無い被害を蒙(こうむ)ってしまう。
「大尉さん、そうおっしゃられても、敵は其処まで来ているのですよ! 明日は市街戦になって、明後日は敵兵達が隊列を組んで市内の大通りを闊歩(かっぽ)している事でしょう。もう時間の猶予は無いのです!」
「鎌倉幕府の防人(さきもり)達が戦った文永(ぶんえい)と弘安(こうあん)の役(えき)で元寇(げんこう)を退(しりぞ)かしたように、神風が我々を救ってくれるのです!」
 市長と知事が言葉を繋げて、『今遣(や)らねば、事すでに遅しになってしまう』と、私を説得しまいが、しようが、関係無しに人身供犠を行うと、切迫して重みの有る言葉は暗に言っている。
「ですが、あと24時間だけ、待って下さい。我々と防衛隊は必ず、明日、持ち堪(こた)えます。どうか、御願いします。」
 膝を地面に着け、両の掌と額(ひたい)も着けて、私は土下座で御願いを繰り返す。
「何も、其処までしなくても……、大尉さん……。……知事、どうしましょう……」
 市長は説得を続けようとするが、土下座までする私を見て、知事に判断を仰(あお)いだ。
「大尉。……分かりました。24時間だけ待ちましょう。ですが、敵が市内に突入した時点で、私達は三輪山へ登らせますよ。それで良いですね。大尉」
 知事と市長と一緒に最前列に並ぶ神祗院の社司が言葉を継ぐ。
「三輪山で神事を行う我々は、これから菊水の部落へ行き、其処で待機します。現状悪化の知らせが届き次第、禊(みそぎ)を済ませてから山頂の角岩で修祓(しゅうばつ)をします」
 体を起こして土下座の姿勢から立ち上がると、私は彼らに御礼を言った。
「ありがとうございます。越の国梯団は全力で最善を尽くし、必ず、持ち堪えてみせます!」
--------------------
 赤芝2等兵が腕に縋る天池さんの手を優しく離す際に、2人が抱き合って接吻を交わして、天池さんを穢れさせないかと、内心心配して見ていたが、時間の猶予を得て落ち着いた2人は冷静で、何度も振り返りながら夜の闇へ紛(まぎ)れて行く天池さんを、赤芝2等兵は黙って見送っていた。
「赤芝2等兵。これで、明日は夕刻まで討ち死にできないな」
「ありがとうございます、大尉。申し訳有りません」
 本来ならば、拳骨の2、3発を顔面に食らわして遣るところだが、明日になれば、終わるかも知れない若い命と、何か、彼の為に戦況の変化が起こりそうな予感がして、其の験担(げんかつ)ぎで彼の根性の入れ直しは止めておいた。

▼昭和20年 11月7日 水曜日
 昨日の早朝から空爆と艦砲射撃で侵攻を開始したアメリカ軍を撃退した防戦は、一昨日(おととい)よりも激しい砲撃と空爆に援護されながら、植林帯を東側へと越えて金沢市街地へ迫ろうとしていたアメリカ軍を、高射機関砲や噴進弾の水平射ちと防衛隊の総反撃による白兵戦によって、今日の午前中に無残な山火事痕のような植林帯の東縁まで撃退していた。
 昨日の午前中に金石街道を侵攻して来た敵戦車縦隊は早々に撃退していたが、アメノウズメの砲塔後部を貫穿被弾されて、中橋の踏み切り近くまで後退している。
 幸いな事に、昨日の午後から今日の未明まで、敵の地上部隊は歩兵による威力偵察の交戦に徹していて、深い泥濘(ぬかるみ)の水田を走破して来る敵戦車はいなかった。
 低速で慎重な操縦ならば、敵のM4戦車も、我がチリオツニも、通って来る事ができるだろうが、低速走行故に標的に成り易く、狙い済ました砲撃や爆薬の攻撃を受ける動揺で、少しでも加速すると、履帯は軟らかい泥を穿(ほじく)り返して車体は沈み、其の場に立ち往生してしまうのだ。
 それは、被弾や破壊の損傷でなく、無傷のままに戦闘行動が不能になるという、作戦指揮官の評価が汚点として残る無策の機甲戦力の投入になる。
 今朝も艦砲射撃と空襲に始まり、植林帯を越える歩兵部隊を援護する戦車縦隊が金石街道を侵攻して来ていたが、防衛隊の肉弾戦で撃退された敵歩兵部隊と共に、アメノウズメによって殲滅している。
 深田と蓮根畑が広がる浅野川沿いを私鉄線路上で守備するククリヒメと防衛隊も、此処と同様な激しい敵の攻撃に晒されていたが、激戦の果てに撃退していた。
 我が越乃国梯団の第1中隊の2輌は、被弾多数なるも、照準器に入る敵戦車を悉(ことごと)く屠(ほふ)っている。だが弾薬は、主砲も、機銃も、指折り数えるほどしか残っていない。
 防衛隊は半数以上が死傷して、補充できる兵員は既に無く、噴進弾や擲弾、迫撃砲弾は撃ち尽くし、携行噴進砲と手榴弾は極僅かで、高射機関砲陣地も3分の2が破壊されて、残っている機関砲の弾薬は数弾層だけだ。
 自車「アムノウズメ」の徹甲榴弾も10発を残すのみで、着発榴弾と時限榴弾は撃ち尽くしている。
 午前中の戦闘には、揚陸が間に合わなかったのか、両車を妨げる敵の新型重戦車は確認されていなかったが、昼過ぎにでも、敵が新型重戦車を繰り出して波状攻撃を再開すれば、早々に弾薬を撃ち尽くしてしまう越の国梯団第1中隊は壊滅して、防衛戦線は崩壊(ほうかい)してしまうだろう。
 集めてあった廃材と籾殻や針葉樹の枯葉を全て燃やし切ってしまったのか、霞(かすみ)のように薄れた煙幕を通して秋晴れの蒼空を見上げると、上空に乱舞する敵機は、更に増えて、鷹狩(たかがり)の如く、地べたを這い回る鼠どもを食い散らかす順番を決めているように見えた。
 上空から悟られないように秘匿されていた塹壕線は擬装が吹き飛ばされ、其処に潜む防衛隊員達の真上を旋回する猛禽類の群れから遮蔽する物は何も無く、無慈悲な狩りの眼に晒されている。
 対人殺傷の焼夷弾やロケット弾、それに機銃掃射の空襲を数回繰り返せば、塹壕線の防衛隊は全滅してしまい、そうなると、植林帯を超えて来る敵地上軍は、然程(さほど)の抵抗も無く金沢市街地へ侵攻して、更に、山間部の隘路(あいろ)の避難民を蹂躙しながら、県境の向こうの刀利(とうり)の地を目差して進軍するのだ。
 最早、現在地での防衛戦闘を維持するのは難しく、生き残っている防衛隊員達は市街地の縁や鉄道線まで後退するしかない。だが敵は、想定以上の防衛戦力に市街戦の防備を固めていると判断して、艦砲射撃が金沢市の市街地を駅周辺から中心街へと粉砕して行くだろう。
 一昨昨日(さきおととい)の11月4日は、艦砲射撃を担う戦艦群が、海軍航空隊の攻撃に因って緒戦で撃破され、敵の上陸は中止された。
 一昨日の11月5日は、海上戦力の大損害を顧みずに始まった上陸決行と、其の後の内陸への侵攻は、防衛隊の全力抵抗と梯団の勇戦に因って海岸近くまで後退させていたが、海岸に敵の橋頭堡は確保されていた。
 11月6日の昨日は、市街地への進攻を白兵戦で辛(かろ)うじて撃退したが、夜間には植林帯まで敵の前進到達を許している。
 最早(もはや)、これまでかと覚悟していた今日、11月7日の戦いは、夜通しの敵の侵攻を白兵戦で撃退した後(のち)、朝の握り飯を頬張(ほおば)っていた早朝に始まった艦砲射撃で、再び幕を開(あ)けた。
 まだ燻(くすぶ)り続けている集落と植林帯を密度の高い弾着で粉砕して、更に、奥深く金沢駅と国鉄北陸線の線路へ徐々に迫ろうとしていたが、近岡町の踏み切り脇に潜(ひそ)む『アメノウズメ』の手前30メートル辺りで、艦砲射撃は止んだ。そして、続いた砲兵の射撃は、時限信管による高さ10~15mほどの空中爆発で無数の砲弾片を地上に撒き散らし、多くの水田を使い物にならなくしてくれた。
 だらだらとした間合いで空中爆発する其の砲撃は、太陽が昇って陽射しが強くなるまで、たっぷり2時間近くも続いてから静かになった。
(さあて、いよいよ、正念場になるか……)
 敵の強力な新型重戦車と合間見える事になるなと、気を引き締め、刺し違えても、夕刻までは此処を死守すると誓ったからには、例え屍になろうとも、此処は通さないと、強い覚悟で待ち構えていたが、来襲して来るはずのアメリカ軍は発砲を控(ひか)えて聞こえていた銃声も静まり、双眼鏡の眼鏡に薄い煙幕を通して見える街道の果ての敵戦車隊は、停車し続けて攻撃して来るようすは無かった。
 やがて静まり返る戦場に防衛隊の生き残り達は、重傷者と遺体を運びながら後方の市街地まで後退すると、白旗と赤十字旗を掲(かか)げたアメリカ軍の衛生兵達が自軍の死傷者を収容して行き、其の様子を、防衛隊の隊員や兵隊が立ち上がって眺めていた。
 復讐の憎悪に怒る互いの誰かが発砲するだろうと思って警戒していたが、誰も発砲しなかった。
 多分、アメリカ軍には交戦不可の命令が出ているのだ。
 此方の防衛隊員達は、身体に銃口を押し付けたり、1m以下の近さでの射ち合いに、刺し殺しに、殴り合いや取っ組み合いの殺し合いに、噛み付きと掻(か)き毟(むし)りで戦意を失わさせ、目玉を圧(お)し潰(つぶ)したり、喉(のど)を締め上げて窒息(ちっそく)させるなど、特に2度目、3度目の召集兵は2度と経験したくなかった疑問を抱いた戦いに……、勤皇隊は始めての白兵戦での恐怖に……、戦闘に嫌気が差して厭戦気分なのだ。
 戦闘が終わった頃合を見計(みはか)らって金沢城の司令部から遣って来たような数名の若い参報将校達が、『奴らを撃て』とか、『切り込み隊を結成する』と、前日に私の許(もと)へ届いたような突撃命令を叱咤号令(しったごうれい)するが、立ち上げる者はいるけれど、誰も言う事を聞かず、武器を持とうとはしないし、集合もしない。
 昭和16年1月25日に陸軍省が検閲済にして正式発行した、当時の東条英機陸軍大臣が自ら認めて定め、大日本帝国の軍人と臣民に広く知らしめた戦陣訓の第八項『生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかし)めを受けず……』に洗脳された仕官学校出の若き士官立ちは、『大儀(たいぎ)の為に死ね。生き残るのは恥だ!』、戦争に勝てないなら天皇陛下の臣民は皆、『自決して絶滅すべき!』の考えを実践しようとしている。
 余りにも玉砕の死を美化した考えには、勝ち残るか、死に絶えるかの二者択一の選択しかなく、日本人固有の『察(さっ)しと、和(わ)を以(も)って尊(とうと)しとする』という古来から受け継ぐ融和と調和の美徳の精神を、真っ向から完全否定する訓示で、悠久(ゆうきゅう)の大儀(たいぎ)、『八紘一宇(はっこういちう)』や『共存共栄』に反すること甚(はなは)だしい思考だと思っていた。
 敵が攻めて来たら、全力で戦って郷土を防衛するが、それまでは此方(こちら)から反撃戦を仕掛けるつもりは無いらしいと、不貞腐(ふてくさ)れた態度の防衛隊員達だったが、彼らの瞳に宿る鋭い眼光から無意味に戦わない決意が察しられた。
 『此処は自分達が暮らしている土地だから……、家族と親戚縁者がいる生活の場所だから……、此処を守る為の防衛戦闘をしているのに、無謀な切り込みをして玉砕すれば、一体誰が、大切なモノを守って行くというのか?』という、毅然(きぜん)とした意思が彼らの表情に表れていた。
 彼らが戦い守りたいのは、自分達が生まれ育った郷土と、其処に暮らす愛しい人達なのだ。
 彼らが斃(たお)れたら、彼らの大好きな場所と、大好きなか弱き人を、本当に、誰が代わりに守り抜き、生活を支えてくれるというのだろうか?
 本州の中でも地の利の無い不便な辺境にまで、大挙して上陸を敢行して来た敵との僅か数日の戦いで、多数の死傷者と共に徹底抗戦する為の兵器や弾薬を殆ど消耗してしまっていたが、在郷の兵士達と防衛隊員達の誰しもが、自決する意思など全く無かった。
 住み慣れた町や村は蹂躙されて灰燼(かいじん)と化し、美しき風景は掻き乱されて崩され、生き残った少数の軍人に投降を阻(はば)まれてしまう優しく暖かな人々は、山奥の深く狭い谷間で弄ぶように降り注ぐ爆弾や砲弾で嬲(なぶ)られるように惨殺される。
 明るく優しい人達は、岩陰や木の根の陰に隠れて互いを庇(かば)い合いながら、業火(ごうか)の大鎌に刈られて死に絶えて行く。
 そうなる前に、出来る限り長く寄り添って守りたい彼らが、自分達へ死を強要する高級将校などの軍人達を排除しようと行動するのは、至極当然で、真っ当な事だと思う。
--------------------
 満州国は中華民国が主体でソ連と分割され、朝鮮半島はソ連主導での傀儡独立を果たし、台湾は中華民国に帰属、北海道はソ連に占領された状態でアメリカ主体での日本の神州が分割統治されるのは必須の戦後を招く、散々騒いで謳い上げて戦意高揚させた本土決戦を、上陸した敵に神州を蹂躙占領された大敗北で終わらせる大日本帝国の大本営と軍指導部は、余りにも投げ遣りで無責任だ!
 大日本帝国への反乱とも取れる防衛隊員達の反抗だが、この戦争の最末期の状況に至っても、無為に死ねと強要するしかない無策の軍部への批判の行動は当然で、降伏の白旗を揚げないのが不思議なくらいだ。
 険しい怒りの鬼顔になった参報将校達が無理矢理にでも命令を通そうと、拳銃を抜こうとしたり、軍刀の柄に手を掛けるが、大勢に詰め寄られて捕縛され、携帯する武器は全て取り上げられた。
 それ以後、昼過ぎになっても、艦砲射撃と空爆の轟音も、侵攻して来る敵地上部隊の騒音も、聞こえて来ない。
 防衛陣地の修復と敵の撃破された車輌を回収する騒音、それと、海岸で物資や兵員を揚陸する音が聞こえて来る以外は、平穏な午後が過ぎて行った。
 物量に無理圧して来るアメリカ軍らしからぬ様相に、これはもしかしてと思い始めた午後2時頃、受信したラジオ放送が深刻を予知させるようなニュースを伝えた。
「明日、午前8時、天皇陛下の玉音による重大発表が有ります。全臣民はラジオも前に集い、神妙に拝聴して下さい。……繰り返します……」
 もしも、天変地異が起きて相打(あいう)ちのように敵を一掃できても、強大な連合軍は数日後に再侵攻して来るだろう。だが、そう成らずに済んだ。そして今、天池真木子さんは人身供犠にされる事も無くなった。
--------------------
 以前に玉音放送のレコード盤の存在を聞いていた私は直感した。
 私は思う。
(漸(ようや)く戦争は、終わった!)
 梯団の各車の状況と状態を報告させて、待機位置への速やかな移動を命じた。
 戦闘を交えていない第3中隊2号車を除く梯団の残存チリオツニの各車は、いずれも被弾多数の満身創痍の状態だが、運良くというのか、辛うじて戦闘行動可能を維持している。
 燃料は路外の不整地で激しい機動戦闘を行っていないので、予備燃料には手を付けていなかったのが、弾薬の消費は甚(はなは)だしくて、横付けした94式6輪自動貨車から受け取って搭載した分が最後の予備弾薬だった。
 現在、搭載している砲弾を射ち尽くせば、急ぎ小松製作所で88㎜高射砲弾を改造して、少量しか製作されなかった徹甲榴弾を僅かに増やした手作りの如き製作しか、補給する方法は皆無(かいむ)だ。
 当初から、弾薬を節約できない激戦では、3日間が限界だと見込まれていただけの少ない生産量だった。
 故に、今日の休戦状況にならなければ、敵の新型重戦車と交戦しなくても、戦闘の最中に砲弾を射ち尽くして仕舞うと、弄(もてあそ)ぶような包囲攻撃で次々とチリオツニは嬲(なぶ)り殺され、『越の国梯団』は全滅するだろう。
「こちら、アメノウズメ。敵戦車14輌と交戦、全車を撃破。被弾多数にて右側転輪2個欠損と履帯切断。現在修理中。死傷者無し。敵は戦闘停止中。各車、状況と状態を報告せよ。報告後、移動可能ならば、後退して随伴部隊と合流。修理と補給を急げ」
 昨夜から午前中までの防戦で被弾は増え、狙われた足回りに、履帯の切断と2つの転輪を飛ばされて仕舞った。
 履帯の切断は、最後の発煙弾での煙幕に隠れて、損傷した履板を交換して繋いで走行可能な状態にした後、低速で中橋の踏み切りまで退避した。そして、昨夜から踏み切り近くまで来させていた随伴の整備部隊に、無人になっている民間の工場内で、破損した懸架(けんか)装置と失った転輪を予備品と交換修理させた。
--------------------
「ククリヒメ、視認できた12輌の全てを撃破。被弾多数なるが走行に支障無し。砲塔側面を1弾が貫通、駐退機損傷故、主砲の発砲不可。死傷者無し。敵は後退。現在、戦闘停止中」
 失われた第2中隊の乗員達の消息は、第2中隊1号車「セオリツヒメ」が車体前面機銃部分を穿貫されて炎上、無線手と装填手が貫通した徹甲弾の断片を受け戦死、脱出した車長の村上曹長他2名は火傷など軽傷で、小松製作所小松工廠内の診療所で治療を受けていると、工廠の業務無線で知らせて来ている。
 第2中隊2号車「ワカヒルメ」は、定時無線連絡での敵新型重戦車1輌の撃破に加えて、更に1輌を炎上させた直後、立て続けに新型重戦車群からの徹甲弾や粘着榴弾が命中して爆発、砲塔が吹き飛ぶのを遠方から見たと、消息を知らせる無線で村上曹長が報告していた。
 鈴宮准尉以下、搭乗していた5名全員が、脱出する間も無く戦死している。
「スセリビメ、大聖寺町を包囲せんと迫る敵水陸両用戦車多数の内、7輌を撃破するも敵の侵攻を防止できず。防衛戦線は動橋川(いぶりばしがわ)東岸へと後退。我も鉄道軌道上を作見(さくみ)駅を経て動橋駅へ移動中」
「イワナガヒメ、富山湾に敵影無し。待機位置の高岡古城公園へ移動中」

▼昭和20年 11月8日 木曜日
 雲1つ無い秋晴れの、銃声も、爆音も聞こえて来ない静謐な大気の朝、動く事ができる老若男女全ての日本人が、ラジオや無線機の前に直立不動で並び、スピーカーからの天皇陛下の御声を拝聴した。
 天皇陛下の玉音(ぎょくおん)放送は午前8時丁度に、ラジオ放送の周波数に合わせた無線機のスピーカーから聞こえて来た。
 『朕(ちん)、深く世界の大勢と帝国の現状に鑑(かんが)み、非常の措置(そち)を以(もっ)て時局を収集せんと欲し、茲(ここ)に忠良(ちゅうりょう)なる爾(なんじ)臣民(しんみん)に告ぐ。……堪(た)え難(がた)きを堪え、忍(しの)び難きを忍び、以て、万世(ばんせい)の為の太平(たいへい)を開かんと欲す。……爾臣民、其れを克(よ)く朕が意を体(てい)ぜよ』
 天皇陛下による、大日本帝国は連合国軍との戦争に敗れたという意味の御言葉で、昭和16年12月8日に始まって3年11ヶ月間を戦った大東亜戦争と、昭和6年9月18日から満州事変、上海事変、日支事変と、20年3ヶ月も続いた中国大陸での戦争も終結に至った。
 放送が終わると、誰もが頭上や彼方を仰ぎ見て、安堵の息を吐いていた。
 顔を上げて、最初は細く、2息目、3息目は大きく深く息を吸い込んで、静かに長く吐き出す。
 悲しみに蹲っている者は誰もいない。
 肉親や友を戦火で失った人も、気丈夫に立って蒼天を仰ぎ見ていた。
 深呼吸で息を整えると、顔を見交わして微笑んでいた。
 昨日の午後からは、砲弾や銃弾が飛んで来る事と、爆弾が落ちて来る事は無くなったと噂されていたが、今は、其れが本当の事で保障されている。
 山間部に逃れていた人達は、昨日の午後には殆どが戻って来ている。
 非常事態宣言と灯火管制と夜間外出禁止の戒厳令は解除されて、昨夜から外灯が点り、家々の窓から明かりが溢れて、深夜まで出歩いても咎められていない。
 身内を亡くした市民は多かったが、亡くなった人達が戦った誇りと、軍政の抑圧が無くなった平和の到来の喜びと嬉しさが、悲しみよりも大きかった。
 市民達と兵士達は知っていた。
 今日まで戦闘が続いていれば、金沢市西側正面の防衛線はアメリカ軍に突破されて、市街地が縦横無尽に蹂躙されたであろう事と、山間部へ逃れている人達が空襲と砲撃で殲滅されたであろう事を。
 天皇陛下の御聖断に依って、大日本帝国臣民が絶滅の危機を免(まぬが)れた事は、真に喜ばしいと思う。
--------------------
 か細くて掠(かす)れる聞き取り難い玉音放送の内容を、どうにか頭の中で纏めて理解した私は、直ちに梯団各車に無線で最後の命令行い、徹底させた。
「天皇陛下の御言葉に従わない者は、軍民問わず逆賊と判断する! これより我が第1中隊1号車は金沢城の師管司令部へ赴き、徹底抗戦を扇動する逆賊どもを、武装解除して拘束する!」
「第1中隊2号車は金沢駅へ行き、扇動する逆賊がいたら、武装解除後、拘束して監禁せよ!」
「第3中隊1号車は師管司令部小松分室へ行き、2号車は高岡駅で、我と同様に逆賊どもがいるなら、武装解除して拘束せよ!」
「途中、憲兵隊や警察隊に協力させ、反乱目的に集まる者どもや、扇動する輩も拘束せよ!」
「状況如何によっては、発砲を許可する! 逆賊の殺傷、拘束、監禁も已むなし!」
「繰り返す、御言葉を敬う臣民を迫害する逆賊は、躊躇う事無く、速やかに殲滅せよ!」
「急変した時世(じせい)に激高する者、自暴自棄になって暴れる者、行き場を失った血気に自決を図ろうとする者、それらの事態を理解できぬ輩を、他人を巻き込む前に急ぎ、捕縛しろ!」
「尚、移動路沿いの呉服屋に協力を求め、全車のアンテナ間に御旗の旗印替わりになる加賀友禅の着物を掲げよ。それを仰(あお)ぎ見させて、逆賊どもを、天皇陛下の御言葉に従わせよ!」
「繰り返す、天皇陛下の御言葉に従わず、武器を持って抗う者どもは、射殺も已む無し!」
「以上! 全車、速やかに状況を開始せよ!」
--------------------
 大日本帝国の敗戦を知り、自刃(じじん)する軍人と政治家が数人いたとの噂を聞いたが、徹底抗戦を叫ぶ暴力的な輩(やから)はいず、防衛隊や軍の兵士や官僚と警察から携帯する武器弾薬の放棄を殆ど完了した正午頃、降伏を締結して進駐する為の連合軍高官達と護衛の部隊の車輌隊が金石街道から猛烈な速度で市内へ入って来て、金沢城内の方面軍司令部前に展開した。
 以後、無条件降伏は速(すみ)やかに締結されて、国民義勇兵達と勤皇隊員達と軍人達は正式に武装解除され、氏名と生年月日と戸籍、所属、配置、戦闘状況、今後の連絡先などを聞き取りされてから、俘虜(ふりょ)収容所へ集められる事も無く開放された。
 多くの後始末が山積みの如く残されているが、漸(ようや)く徴兵や殺し合いの不安の無い平和な日常が訪(おとず)れ、生き残った人々に満面の笑顔と大きな笑い声が戻って来ていたが、安堵(あんど)と安寧(あんねい)の幸せに私が包まれるのは、更に1年後の事になる。
 進駐して来たアメリカ軍は直ぐに、越の国梯団の残存している車輌と弾薬と補修部品は小松製作所の貨物棟へ運び、団員の兵士達をチリオツニの補修整備の為に収監させろと、私に命じた。

▼昭和20年11月末日
 破損部分の修復と整備を完了した残存チリオツニと弾薬と補修部材、それに、第2中隊2輌の残骸は引渡し目録に記載されて、進駐軍の照会確認を済ませると、富山湾の伏木港(ふしきこう)の埠頭(ふとう)に集められた。
 其の伏木港の埠頭に並べられた5式中戦車乙型2を前に越の国梯団の解団式と鎮魂(ちんこん)の儀(ぎ)を行い、大半の兵士達は開放されて、それぞれの思う場所へ去って行った。
 解団によって独自判断の行動になった加藤少尉、上杉准尉、王准尉の外地人達は、戸惑い混じりの複雑な表情をしていたが、やがて彼らも、梯団員達も、皆、笑顔で別れて行った。
 婦人挺身隊の天池さんが無事な姿を見せ、赤芝2等兵に寄り添っていたし、一緒に来ていた錦城さんは、何時の間に親しくなったのか、指中1等兵と手を繋いでいて、2人の元部下は、国内の移動手段が整うまで、暫く彼女達の処に厄介(やっかい)になると言っていた。そして、少し離れた位置で鷹巣淑子さんが微笑(ほほえ)みながら私を見ていた。だが、私は、『当分の間、貴女(あなた)に会えなくなる』と、伝えなければならない。
(それが、当分の間なのか、永遠になのか、分からないが……)
 私の他、3名の車長及び第3中隊2号車の乗員4名と整備要員12名は、アメリカ海軍戦車揚陸艦に積載されるチリオツニの操作と整備の要員としてアメリカへ渡る事になっている。
 揚陸艦は太平洋上の数箇所の港へ寄りながらパナマ運河を抜けてカリブ海へ出た。更に、船はカリブ海を北上してメキシコ湾へ入り、そして、大西洋からアメリカ東海岸のメリーランド州の軍港に接岸すると、陸揚げされて軍用貨物列車に積まれた。
 其の2日後、日本を離れて1ヶ月と1週間、地球を半周もする長い船旅の末、我々はアバディーンというアメリカ陸軍兵器試験場に到着した。
 運ばれたアバディーン兵器試験場では、各種の性能試験を何度も条件を変更して行われ、5式中戦車乙型2は徹底的に調べ上げられた。
 車長達は軍歴と戦闘経過の詳細を尋問された後、チリオツニの走行と射撃の操作、修理と整備を隊員達とおこない、私は軍歴とチリオツニの開発から戦闘の詳細を尋問(じんもん)された。
 アメリカ側の記録と照らし合わせながら、詳細に記憶を思い起こされる1週間の尋問が済むと、連れて来られた越の国梯団員達を纏め、アメリカ側の要求事に従わせる為の長として責任を負わされた。
 我々側からの要求も代表の私を通して行われ、文章と図と私の説明に依ってシャワー以外にバスタブの設置や日本食のメニューが追加された。そして、週に1本程度ではあったがビールも提供されるようになった。更に、個人の場所の仕切りが、士官には板で、兵卒にはカーテンで、各自のベッド周りを広げて囲み、私的空間が確保されるようになると、日常事での不満は殆ど無くなるまでになった。
 既(すで)に、戦争は終結して戦時俘虜ではないにしろ、この待遇の改善は、日本帝国陸海軍の捕虜や敵性国民への嘲(あざけ)りの扱(あつか)いとは雲泥(うんでい)の差で、本土決戦までに至(いた)った日本人が忘れてしまった彼らの言うヒューマニズムの人道主義とディモクラッシーの民主主義を、改めて思い知らされた。
 全周の地平線の果てまで見渡す限りに広がる大森林の中に、これまた、とてつもなく広大な試験場で過ごす日々は、許可と監視付きが必要だったが、試験場内の生活区域の行動は自由で、食事や身の回りの事を含めて快適だった。
 我々が俘虜として行うべき作業内容と生活事の面倒は、日本語に堪能(たんのう)な日系の士官と下士官が通訳を兼ねて、事細やかに教授(きょうじゅ)と世話をしてくれた。
 彼らの面倒見の良さは大助かりで、日常生活での不自由は無くなった。
 特に家族や知人に手紙を書く事が許される事になった時は、自分の安否を知らせてあげられるのが非常に有り難くて嬉しい事だと、皆は心から感謝していた。
 神州日本の本土の大半を連合国の軍隊に蹂躙させた大敗北に因って無条件降伏をした軍事政権の大日本帝国は、統治体制の根本からの崩壊(ほうかい)に至ってしまい、日本を占領統治する連合軍総司令部、通称GHQが、政治に関与する権限を剥奪(はくだつ)した天皇陛下を天孫降臨の神の化身から日本国の象徴とする人格化へ降格して、自由で平等な国民主体のアメリカ方式に、侵略的な戦争を永遠に放棄する平和主義の政治を暫定的に行っていると、日系士官から日本の現状を説明されていた。
 国際郵便物を集配できるようになったのは、それだけ地方の統治と運輸体制が整(ととの)い、日本全体が急速に安定して、戦災被害から復興して来たという事なのだろう。
 本来、無条件降伏して戦勝国に完全統治されている日本は、郵便物の内容検閲を受けないのだが、アメリカ陸軍の重要施設内にいる我々は、定期的に私物検査を受け、投函(とうかん)する郵便内容と宛先を知られるのは至極(しごく)当たり前の事だった。
 私の場合は、滋賀県の田舎に無事でいた両親と、『私は元気です』と返信が来た、金沢市で御世話になっていた彼女へ、1週間に1通は、手紙か、葉書を綴(つづ)っている。
 当初、身内でも無い彼女への投函を訝(いぶか)しんだ日系士官から関係を問われた時に、『彼女は、私の許婚だ』と、戸惑(とまど)いも無く答えた自分に赤面していた。
 各性能試験は始まると、3,4日は連続して行われて、野外の試験現場の近くに張られた大型テントで寝泊りする事も多かったが、試験の準備にも数日を要する事が多く、準備が整うまで暇(ひま)を持て余してしまう我々は、例え、全ての性能試験が終了した先が、戦争責任の裁(さば)きで極刑に処(しょ)せられようとも、知識を学び、身体を鍛(きた)え、体力を維持(いじ)する健康管理に励(はげ)んだ。そして、試験項目の終盤では日常会話程度が可能なくらい英会話を習得していた。
--------------------
 性能試験は10ヶ月の長きに渡り、最終的に第3中隊2号車の『イワナガヒメ』だけが完全整備されて、戦勝記念物として戦争博物館に保存された他は、対戦車戦闘の標的として破壊された。
 多くのM4戦車と水陸両用戦車と軍用車輌を破壊して、数百人のアメリカ軍兵士を殺傷した越の国梯団の幹部である我々は、当然、チリオツニの試験が終了した時点で戦犯として抑留(よくりゅう)され、其の長(おさ)である私は銃殺の処刑になるだろうと覚悟していた。
--------------------
 重量物運搬トレーラーに積まれた『イワナガヒメ』を見送った日の夕方、我々に移動が翌日の朝に通達されて、午後には移動となるから、持ち運ぶ私物を纏(まと)めるように通達された。
 『いよいよ、軍事法廷で裁かれる為に収監(しゅうかん)されるのか』と、覚悟はしていた筈(はず)なのに、重い実感として直面する、2度と日本の地を見る事も、踏(ふ)む事も無い虚(むな)しさの悲しみと、自身の力量と知略で抗(あらが)えない運命の終末の悔(くや)しい憤(いきどお)りが、人生で初めて自分を深く憔悴(しょうすい)させた。
 収監される軍刑務所へ何処まで移動させるのだろうと、銃殺される不安を紛(まぎ)らわす疑問を抱(いだ)かせながら聞いた、我々全員が何度も顔を見合わせ、移動場所を告げた日系士官に3度も聞き直した移動場所は、日本だった。
 有り得ないと望みもしていなかった幸運に、抱き合い、飛び跳ねて熱狂歓喜する我々に、日系士官が航路と寄港地、それに出港日と到着日を告げ、其の内容を副官の日系下士官が黒板に書き連ねた。
 乗船する船は、進駐軍の交代兵士3000人を運ぶ大きな兵員輸送船で、出港する港はボルチモア、寄港地はマイアミ、ニューオーリンズ、サンチアゴ、ハワイ、サイパン、グアム。そして、到着する日本の港は大阪だった。
 午後の移動の前に、帰国を知らせたい人への手紙を書いて投函するようにとの助言を、日系士官は
忘れなかった。
 
▼昭和21年10月初頭
 次から次と、銃殺の処刑や軍刑務所への収監を覚悟していた我々には、信じられない事ばかりが続いていた。
 背負った大きく膨(ふく)らんだリュックと、両肩から袈裟懸(けさが)けに下げた満杯の雑嚢(ざつのう)の中身は、抑留に外部へ出歩く事を許されなかった我々へ兵員輸送船のPX、日本軍でいう兵営内の売店の酒保(しゅほ)から土産(みやげ)代わりに提供された飲食物と日用品だ。更に、下船前に船長と担当士官へ挨拶に行った我々は、暫(しばら)く待たされた後、新しく発行された日本円紙幣が5万円とアメリカ紙幣が2000ドル、抑留中の日当として旅券と共に支給され、預けていた元部下の兵士や下士官の軍隊手帳も戻って来た。
 戦時中、日華事変で戦意を失って投降した国民党軍や共産党の俘虜は、寝返って南京臨時政府軍や満州国軍や敵情報を収集する密偵にならない限り、手っ取り早く処刑で始末しているか、華人労務者として日本へ送られて重労働に就かされるかだと聞いていたし、フィリピンに駐留していた時に見た連合軍将兵の俘虜収容所は、奴隷を使役するような有様で、彼らの容姿は道端の物乞いと変わらなかった。
 俘虜の人間としての扱いを取り決めた国際法の遵守(じゅんしゅ)に大日本帝国も調印しているはずだと思っていたが、俘虜収容所を管理する将校達は、『本当は、地雷や不発弾や戦闘の残骸の処理など危険な事を遣らせたいのだが、処理物を武器に暴動や脱走をされちゃあ、適わんからなあ。だから、重労働までさ』と言っていたくらい、俘虜には処刑と隣り合わせの非人間的で犬畜生同然な扱いをしていた。
 戦時中は、『敵の俘虜になると、拷問の挙句に処刑されるから、俘虜になりそうな時には自決しろ!』と、中国大陸へ出征する前から兵営で散々聞かされていた。
 故に、アメリカ軍の我々に対する、この親切な接し方は甚だ信じられなくて、これが人道的だという事を抑留中から今に至るまで、強烈に身に染み込まされた。
 日本円の5万円については、『1年前と物価が違うから、余り喜ばないでくれ』と、現在の物の価値を説明されたが、それでも、これには、当面の職の宛ても無く、衣食住に大いに不安が有った我々は、信じられないとばかりに大きく見開いた目を輝かせ、正(ただ)しく驚愕(きょうがく)の喜びだった。
 アメリカ海軍の兵員輸送船から、アメリカ陸軍の将兵達と共に大阪港の桟橋へ降り立った我々は、肩に食い込む頂戴物の重さも気にならず、胸板が厚くなったと感じられるほど懐具合(ふところぐあい)も温かく、澄み切った秋晴れの陽射しの眩(まぶ)しさと、吹き寄せる爽(さわ)やかな風の暖かさと、日本の懐(なつ)かしい匂いに、我々の誰もが大粒の涙を流していた。
 漸(ようや)く、5式中戦車乙型2の性能試験の要員としての抑留生活から開放されて、11ヶ月ぶりに日本へ帰国を果たした。
 彼女への最後に投函した手紙には、大阪港への到着予定日を記していたが、到着日は予定よりも3日も過ぎてしまい、滋賀県の実家へ寄ってから行くとも書いていたので、金沢市で待っていてくれるだろうと思っていた彼女が、もしも、大阪港まで来てくれていたとしても、到着の日や港が変更になったかも知れない不安で、金沢市に戻ったとしても仕方が無い事だと、桟橋の隅々(すみずみ)まで探し見ても、彼女らしき女性(ひと)が映(うつ)らない視界の残念さに、気持ちが沈んで行く。
(さあ、此処でメゲていても始まらない。これからアメリカ軍の下士官にでも頼んで、ジープか、トラックに乗せて貰って梅田(うめだ)の駅まで行ってくれるか、交渉してみるかあ)
 彼女にも都合という事情が有るだろうからと自分に言い聞かせたり、彼女は気持ちが薄れて私から離れたのかも知れないと考えそうになる不安を払拭(ふっしょく)して、先(ま)ずは行動だと、澄み切って高く透明な蒼空を見上げた。
 其の時、私の名を呼ぶ声が、風の中に小さく聞こえた。
 其の声が聞こえて来た方を見ると、向かい側の埠頭に膝丈(ひざたけ)のスカートの若い女性が、長い髪を風に靡(なび)かせながら私の方へ手を振っていた。
 片方の手を口の傍(そば)に当てながら、何か叫んでいるけれど、風は向かい風になって、其の言葉は聞き取れない。
 私は、直ぐに分かった!
 ずっと、逢(あ)いたいと願っていた想いが、今、叶(かな)えられている!
(彼女だ! 間違いなく彼女だ! 私へ手を振って叫んでいる!)
 感極まった私は、彼女を見ながら走り出した。
 其処、此処に真新しい修復が目立つ桟橋を、崩れた部分の修理が始まったばかりの、大きな煉瓦造りの倉庫が並ぶ付け根の場所から、向こう側の埠頭へ早く回って行こうと、高まる気持ちに私は大股で駆けて行く。
 探していた彼女は、埠頭の間に着底した駆潜艇(くせんてい)らしき船の上部構造物を解体する青白い溶断の瞬(またた)きが映る視界の中で、私と同じ方向へ走り出して行く。
 大空の青さの、ずっと高いところに掠れるように浮かんでいる白さは、大編隊のB29でも、乱舞する艦載機でもない、鱗(うろこ)雲(ぐも)と筋(すじ)雲(くも)だ。
 港の沖と桟橋を行き来するのは、高潮のように押し寄せる水陸両用戦車や上陸用舟艇の連(つら)なりではなくて、沖仲仕(おきなかし)の荷受けの船だ。
 艦砲射撃の轟(とどろき)も、砲弾と爆弾の破裂音も、小銃の射撃と機関銃の連射も、火炎放射と飛翔するロケットの響(ひび)きも、怒鳴り合う声に、悲鳴に、泣き叫びに、呻き声も、聞こえて来ない。
 命の奪い合いをする忌(い)まわしい戦争は終わった。
 日本は平和になっている。
 聞こえて来るのは、日本国を明るく再建する音と、明日が今日よりも良くなると信じる人々の雑踏(ざっとう)と、大声で『淑子(よしこ)さん!』と、彼女の名前を呼ぶ自分の声と、涙声で『邑織(むらおり)さん!』と、私の名を叫ぶ彼女の声だった。
 泣きじゃくりながら走る彼女を見詰めながら駆ける私は、心から誓(ちか)う。
 絶対に、私達の未来は、幸せに満ちているようにすると。

 

 完

 

f:id:shannon-wakky:20191104215038j:plain


登場人物
邑織 染二郎 帝国陸軍大尉 独立戦車梯団『越乃国』梯団長 第1中隊隊長1号車 車長 滋賀県高島郡朽木村針畑地区出身 25歳
加藤 正 帝国陸軍少尉 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊1号車 砲手 台湾高雄市出身の高砂族25歳 妻帯者 子供が1人 台湾名「郭 世新」
上杉 学 帝国陸軍准尉 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊1号車 装填手 朝鮮太田市出身の朝鮮人 24歳 婚約者がいる 朝鮮名「李 明照」
指中 三郎 帝国陸軍1等兵 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊1号車 操縦手 16歳 福島県白河町出身
赤芝 真 帝国陸軍2等兵 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊1号車 前方機銃手兼無線手 15歳 滋賀県多賀町出身
小鳥遊 芳光 帝国陸軍少尉 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊2号車 車長 静岡県清水市出身
王 徳明 新設南京政府軍准尉 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊2号車 砲手 中国山西省陽曲市出身 汪兆銘の南京政府に賛同した元国民党政府軍の陸軍砲兵少尉 26歳 妻帯者 3人の子供と妻が江蘇省鎮江市で妻の両親と同居
村上 宏一 帝国陸軍曹長 独立戦車梯団『越乃国』 第2中隊隊長 1号車 車長 金沢市出身
鈴宮 春二 帝国陸軍准尉 独立戦車梯団『越乃国』 第2中隊2号車 車長 神戸市生田区出身
千反田 一二三 帝国陸軍少尉 独立戦車梯団『越乃国』 第3中隊隊長 1号車 車長 飛騨郷出身
小久江 清嵩 帝国陸軍准尉 独立戦車梯団『越乃国』 第3中隊2号車 車長 静岡県焼津市出身
天池 真木子 金沢市長坂地区婦人挺身隊 北陸女学校生徒 15歳 11月9日生
錦城 祥子 金沢市長坂地区婦人挺身隊 北陸女学校生徒 16歳 7月3日生
鷹巣 淑子 金沢市長坂地区婦人挺身隊 北陸女学校生徒 17歳 8月11日生
井上 芳佐 帝国陸軍中将 5式中戦車乙型2の再開発と試作量産の総責任者
八原 博通 帝国陸軍大佐 5式中戦車乙型2の再開発室長 元第32軍の高級参報(沖縄本島から生還)
福富 繁 帝国陸軍中佐 5式中戦車乙型2の再開発室長補佐 元第28軍主任参謀(ビルマ戦線から人事移動)45歳
小林 修二郎 帝国陸軍大佐 陸軍大学教官
外山 尚孝 帝国陸軍少佐 陸軍研究部員
野口 剛一 帝国陸軍少佐 陸軍研究部員
金沢師管区司令官 藤田 進 帝国陸軍中将
金沢連隊区司令官 越生 虎之助 帝国陸軍中将
石川県知事 平井 章
金沢市長 沢野 外茂次
5式中戦車乙型2の製造工程長
大阪陸軍造兵廠の砲架技師 帝国陸軍大尉 高岡市出身
神雷航空隊の飛行教官 帝国海軍少尉(南方戦線から帰還)
金沢師管区と連隊区の司令官の副官達
ロケット兵器『桜花』の搭乗員達
金沢市国民防衛隊の指揮官達と隊員達
勤皇少年隊の隊員達
石川県警官隊の警官達
国鉄職員達
小松製作所と協力会社の職工達と親方達
金沢市長坂地区の婦人会会長と婦人挺身隊の隊員達
金沢市長坂地区の地区長と部下達
大聖寺町の料亭の女将と従業員達
『越乃国』梯団の各中隊車輛と通過経路を護衛する帝国陸軍の兵士達と警察官達
小松市と金沢市の市民達
レイテ島の帝国陸軍 第1師団(玉兵団)、第16師団(垣兵団)、第102師団(抜兵団)、高千穂空挺隊、などの兵士と隊員達
レイテ島、タバンゴの港と沖の哨戒艇の帝国海軍の将兵達
レイテ島の住民達
レイテ島のアメリカ陸軍と海兵隊の兵隊達
レイテ島のフィリピンゲリラ達

 越の国(越乃国/高志国/越洲)とは、大和朝廷に越前、加賀,能登、越中、越後として征服支配される以前の古代(縄文・弥生期)の統治国家。
 富山湾と敦賀湾を中心として長期に栄えた、現在の北陸地方と信越地方の西部(福井県、石川県、富山県、新潟県)。
 古代に日本海沿岸地域に栄えた日本海環文化の一部(日本海の潮流と風向きから能登半島と佐渡島へ漂着し易かった)
 住民は蝦夷系の先住民と朝鮮半島北部やモンゴル・シベリアからの渡来人で盛んに交わり、共存共栄していた。
 実在した5式中戦車(チリ車)は、戦局を逆転させるべく密かに開発された戦車で、本土決戦の準備が叫ばれる時期において、列強の戦車と比較して優るとも劣らない「決戦兵器」になる筈でした。
 帝国陸軍においての開発順序の最後で、試作までされた中戦車です。
 自動装填装置を備えた長砲身の75㎜砲を主砲とし、副砲として37㎜砲を車体前部に搭載し、前面装甲厚は75㎜、重量35tと、それまでの帝国 陸軍の戦車と比べ大幅に大型化され、純日本式の最新・最強の戦車となるべく開発されました。
 昭和20年3月に試作車の1輌のみが製作を完了して、走行・射撃試験を実施したと記録が有り、終戦時には主砲を外した状態で占領軍に接収されました。

越の国戦記 前編 1945年 夏(五式中戦車乙二型/チリオツニの開発)

f:id:shannon-wakky:20191103153322j:plain

● 越の国(越乃国(こしのこく)/高志国(こしのくに)/越洲(こしのしま))とは、大和朝廷(やまとちょうてい)に征服支配される以前の古代(こだい)の統治国家です。

▼昭和20年(1945年) 11月4日 日曜日
 今年は残暑が長引いて、9月中旬と10月中旬に北陸地方を通過した台風が、それぞれ、2、3日だけは強風と豪雨で涼(すず)しくしただけで、いつまでも9月の暑さが続き、晩秋の訪(おとず)れが一向に来てくれない。
 それでも、随分(ずいぶん)と涼しくなって寝苦しくなくなった11月初頭の早朝の静寂(せいじゃく)と夢見のまどろみは、突如(とつじょ)として始まったドロドロと遠雷のように轟(とどろ)く艦砲射撃と群(む)れ飛ぶ蝿(はえ)のような空襲の爆音で破(やぶ)られた。
 アメリカ軍の艦隊の接近が深夜未明(みめい)に伝えられていたが、暁(あかつき)に砲撃してくるとは思わずに仮眠をしていた。
 直ぐに飛び起きて、脇に置いていた双眼鏡を掴(つか)み、司令塔のハッチから出て敵情を視認する。
 水平線上に5隻の敵戦艦が連(つら)なり、チカチカと発砲の光りが見えていた。
(これは、上陸前の制圧射撃だ! 4、5時間後には、水陸両用戦車が大挙(たいきょ)して上陸して来るぞ!)
 上陸準備射撃を行う敵情に、顔面から血の気が失せて行くのと、チリチリと痺(しび)れる手の指先から力が抜けて行くのと、ガクガクと震(ふる)える膝(ひざ)に、爪先(つまさき)と踵(きびす)の感覚が消えるのが分かった。
--------------------
 昨夜は、最早(もはや)、この末期の戦局ではレイテ島のように強襲上陸をして来なくて、今日辺りは水平線の彼方に集結して空爆に終始し、上陸の決行は明日だと考えていた。
 戦略的価値が無いと見做(みな)されている石川(いしかわ)県の大きく弧を描く海岸線へ、これまで一度もB29による無差別な絨毯(じゅうたん)爆撃を行わずに上陸作戦を決行して来るとは、徹底抗戦を命令し続ける大本営を長野(ながの)県西部から逃げ道を無くして包囲撃滅する為や、アメリカ軍による北陸(ほくりく)地方の実行支配の必要性から上陸して占領しなけなければならないのだろうと察した。
 それにしても、これまで空爆の予兆(よちょう)も無く、海上に艦船の影も見せず、いきなり夜明けの水平線に現れた敵戦艦群は、死と破壊を降らせて、上陸作戦を強行しようとして来るとは思いもしなかった。
 上陸されて占領された関東(かんとう)地方と九州(きゅうしゅう)地方や侵攻中の山陰(さんいん)地方と山陽(さんよう)地方、それに、東海(とうかい)地方各地の不利な戦況は、無線で知らされているだけの外地の戦闘のようで、平穏な待機の毎日が戦闘への直感を鈍(にぶ)らせていたのだと思う。
(言い訳を幾ら連ねても、気を緩ませた自分の失態だ! 上陸して侵攻して来る敵を迎え撃つ守備位置へ、事前に配下の部隊へ移動を命じていなかったのは、実戦経験からの驕りが有った私の責任だ!)
 速(すみ)やかに移動を行い、守備位置で上陸侵攻して来るアメリカ軍を迎撃せねばと、気持ちは焦った。
--------------------
 敵の航空母艦や上陸部隊の船舶は、水平線の向こう側で姿が見えない。
 レイテ湾の時の様な激しさではないが、砲撃を受けているのは、宮腰(みやこし)の漁村、大野(おおの)の湊町、粟ヶ崎(あわがさき)から内灘(うちなだ)の砂丘で、盛んに土砂と炎が舞い上がっている。
 アメリカ軍は、軍都『金沢』への最短距離の海岸に上陸しようとしていた。
「指中ぁ、エンジンを掛けて、暖気だ! 状況確認後に所定の守備位置へ移動するぞ!」
「赤芝ぁ、無線で2号車にも守備位置へ移動せよと伝えろ。ただし状況判断まで待機だ! 第2中隊と第3中隊の各車へ連絡、状況詳細を報告させろ!」
(観測所のトーチカが点在する程度の守備拠点しかない水際は、砂浜の海岸へ一斉に押し寄せて上陸する水陸両用戦車群によって容易(たやす)く突破されているだろう)
(そして、上陸したアメリカ軍は射程を伸ばす艦砲の制圧射撃に援護されて、雑多な兵科の兵隊達や鉄血勤皇隊が篭(こも)る畦道(あぜみち)沿いや植林帯縁に造られた掩蔽(えんぺい)壕(ごう)の防衛線は、チリオツニが守備陣地へ着く前に越えられてしまうだろう)
(そうなれば、白日の下に曝(さら)される2輌のチリオツニは、地上では敵のM4戦車の包囲攻撃を受け、制空権を失っている上空からは爆弾やロケット弾が降り注ぐだろう)
(自決する間も無く、なんら防衛に寄与する事も無く、多くの日本人の無念を晴らす為に大勢が心血を注(そそ)いで開発したチリオツニは、哀(あわ)れにも無駄死に潰(つい)えてしまう)
 チリオツニとは試作された5式中戦車『チリ』を、更に、この時の為に開発を続けて改良を加え、僅かな数のみが試作量産された、5式中戦車乙型2の秘匿(ひとく)名称だ。
 通り名として関係者の間では極普通に使われているが、本来は関東から関西までの表日本の政治、産業の重要な戦略地帯へ配備されるべき決戦兵器なのだけれど、初期開発の著(いちじる)しい延滞で防衛予定地域の戦闘には間に合わず、完成はしても、既(すで)に、守るべき国土は日本海側の古代に流刑地だった辺鄙(へんぴ)な地域しか残されていなかった。
(それでも、決死の一矢を報いる為、出来る限りの事に尽力しなければならない!)
 圧倒的な敵艦載機の制圧下で非常に移動は困難だが、守備位置へ行くべきだと判断する。
 視界の左端の遠方海上にも黒々と粒が群れているような大船団に、群れから僅かに離れて連なる黒粒のような発砲する敵戦艦隊と、其の近くの海岸から幾条もの煙が上がっているのが見え、加賀(かが)方面の安宅(あたか)から塩屋(しおや)の海岸へもアメリカ軍は上陸をしようとしているのを知った。
 そちらを守備する第2中隊の2輌と第3中隊の1号車が、上陸する敵と交戦する前に艦砲や空爆で全滅してしまわないかと、状況を心配しながら見ていると、加賀沖の海を埋め尽くすアメリカ艦隊の中に、パッ、パッと遠くでフラッシュを焚(た)いたような光りが見えると、黒粒の艦船から黒煙が上がって陸地の方へ棚引(たなび)いた。
(おおっ、何だあ? 海軍小松飛行場の神雷(じんらい)隊が攻撃して爆弾か、魚雷が命中したのだろうか? それとも突入を敢行(かんこう)したのだろうか?)
 直線距離で小松飛行場まで40㎞、秋晴れの澄(す)み切った朝の大気でも距離が有り過ぎて、編隊で対地攻撃を繰り返しているであろう、敵艦載機と、低空で攻撃しているであろう、神雷隊の双発爆撃の機影は、8倍の双眼鏡を通しても全く見付けられなかった。
--------------------
 『ガオォォォーッ!』
 突然、頭上に大音響が響いて辺りを振るわせ、思わず身を竦(すく)めてしまう。
 見上げると、後方の三小牛山(みつこうじやま)から次々と桜花が射出され、更に、犀川(さいがわ)と小立野(こだつの)台地と浅野(あさの)川(がわ)を隔(へだ)てた卯(う)辰山(たつやま)の山頂からも1機の桜花が発進して、甲高い轟音を響かせながらロケット燃焼の長いオレンジ色の炎を輝かせて突入高度と飛距離を得る為に上昇して行く。
 もの凄い速度で上昇しながら、桜花は水平線上に見える敵の戦艦や航空母艦へ一直線に向かっている。
 ロケットを燃焼させて飛べば、絶対に生きては戻れない神風特攻と理解していても、其の力強い轟きと格好良い真っ直ぐな潔さに、畏(おそ)れの戦慄で全身に寒イボが立ち、奥歯を噛み締めて口を一文字にきつく結び、失態を晴らすべき自分もと激しく憤ってしまう。
 泉(いずみ)野(の)の高台の竹林際でエンジンを始動させて排気を噴き上げた自分が乗車指揮する五式中戦車の砲塔の上に立ち、双眼鏡で飛び去る桜花を追った。
 海岸線を越えて海上へ出た辺りで小さな粒で輝いていたロケットの炎が消えて、はっきりした黒点の微粒子に一瞬だけ見えた後は薄い青色の空に吸い込まれたように、全く見えなくなった。そして、砲爆撃の着弾の合間に微(かす)かに聞こえていた、遠ざかって小さくなったロケットの響きがピタッと聞こえなくなった瞬間に、水平線で主砲を斉射し続けていた先頭の敵戦艦の中央に主砲の発砲炎よりも大きく閃光(せんこう)が光った。
 優に20㎞近く離れている遠目にも、側舷の対空砲列が飛び散り、煙突と艦橋が傾いたように見えると、直ぐにもうもうと噴き出す黒煙に船体全体が包まれながら、敵戦艦が沈んで行くのを知った。
 すぅーと艦橋が真横近くに傾いて水平線に没しようとした時、突然に真っ白い水煙を高々と上げる大爆発が起きて、ほんの3分程前まで盛んに艦砲射撃をしていた敵戦艦は完全に沈没してしまった。
 それは、正に身の毛が弥立(よだ)つような素晴らしい轟沈(ごうちん)で、其の戦慄(せんりつ)に全身がブルブルと暫し震えていた。
(血潮が疼(うず)くとは、正(まさ)しくこの事だ!)
 更に、後方に並んで艦砲射撃をしていた2番艦の戦艦にも船尾で閃光が眩(まぶ)しく光り、射撃中の後部砲塔が持ち上がって空中へ飛ばされ、今は、爆発した船尾から沈みかけている。
 後部砲塔近くに命中した桜花は、弾薬庫の誘爆を招いていた。
 大爆発で船尾を失った2番艦は、沈むのを防いでも、大破の大修理で1年以上は戦力外になるだろう。
続いて、水平線の向こうに大きな炎の塊(かたまり)が上がっていた。
 其の位置からして、艦載機を発艦していた航空母艦だと判断した。
 其の航空母艦も、飛行甲板を破壊されたのならば、もう航空戦力として用を成さない。
 それは、物凄い大戦果で、確かに戦闘を交える者達や敵を憎(にく)んで殲滅を望む人達の戦意を激しく高揚(こうよう)させていた。だが、大戦果を上げた戦法は敵艦に体当たりして自爆する特別攻撃とされた神風攻撃で、其の自爆する飛行兵器は搭載機銃や爆弾投下装置も無いが、機首に1tもの高性能爆薬を仕込まれた突入特攻専用のロケット推進機だった。
 ロケット推進機に搭乗して突入の操縦をするのは、優秀な学力と思考力と身体能力に強靭な神経を養った若者達だ。
 地面や水面の2次元平面を走る自動車や汽船の操縦など比べ物にならない、宙に浮いて操るという3次元の操縦を鍛錬して取得した操縦士が、たった1回の最初にして最期となる攻撃で失われるのには、納得のいかない憤りが溜まっていた。
 軍人として立志すれば、輝かしい戦歴と華々しい戦果を達成したいと思い願うが、敵を撃滅して敵陣を占領しても、出来れば初陣での戦死はしたくない。
 これまでのどの戦闘でも、私は決死の覚悟で必死に戦って来たが、無謀な切り込みは部下にもさせて来なかった。
 瀕死(ひんし)の重傷を負(お)い、最早(もはや)、最期だと悟(さと)り、今際(いまわ)の際(きわ)の断末魔(だんまつま)になら、死なば諸共(もろとも)の自爆や自決もするだろう。
(しかし、最初から自殺の訓練をして無情の死神に刈(か)られる為に自殺機械に乗り、無数の爆裂と曳光弾が集中して来る中へ突入して散華(さんげ)するのは、どのような美辞麗句(びじれいく)を書き連(つら)ね、賛辞(さんじ)を浴(あ)びせ並べても、彼ら達の内心、いや、本心は無念に違い無い!)
--------------------
 艦砲射撃と空爆がピタリと止み、風に戦(そよ)ぐ竹林の笹の葉のざわめきだけが聞こえている。
 桜花の突入を免(まぬ)れた後続の3隻の戦艦は、水平線の彼方へと姿を消し、桜花の航続圏外へと逃(のが)れて行った。
 双眼鏡を加賀沖へ向けると、先程の2条の煙は5条の黒煙に増えているのが見え、砲撃を中止した敵の艦隊と船団は、真っ黒な煙を靡(なび)かせる5つの黒粒を残して進行方向を変え、金沢沖と同様に日本海沖へ退避(たいひ)して行くところだった。
 それらは、三小牛山のカタパルトから射出されて敵主力艦に突入した僅(わず)か1分にも満たない極短時間の飛翔で起きた、人間を誘導装置にした音速爆弾『桜花』の無情の結末だった。
 この戦場になっている金沢市が在る北陸地方では、満開の桜は4月の入学式の頃で、3月の卒業式で花弁(はなびら)が舞(ま)うように散(ち)る表日本の桜とは違う。
 満開桜を愛(め)でる桜の下の伝統行事の御花見宴席は、関東から南の表日本では互いの健勝を願う別れの盃だが、北陸地方では出逢いを歓迎する宴(うたげ)となる。
 桜吹雪(さくらふぶき)の美しい散り様(ざま)を、戦死という命の散華に喩(たと)えて謳(うた)う軍歌の『同期の桜』は、関東地方での軍人集まりの酒宴で、よく合唱されていたが、出会い桜の小松市や金沢市での飲み会では歌われてはいなかった。
 誰が名付けたのか知らないが、桜の花が曼殊沙華(まんじゅしゃげ)のような不吉(ふきつ)な花にならないよう願いたい。
--------------------
 恐(おそ)らく、敵は加賀や金沢の海岸防備を侮(あなど)っていたのだろう。
 確かに水際防備は皆無に近いが、古の流刑地で戦略的な価値の無い辺境の田舎で、決戦兵器の桜花の配備や神雷隊の温存戦力は予想していなかったに違いない。
 きっと、厭戦(えんせん)意識が充満する辺境の地などは無血上陸して、其の日の内に金沢市や小松市はあっさりと占領できると読んでいたのだ。
 其の敵の驕(おご)りと侮りによる希望的戦果予想の結果が、戦艦1隻が轟沈、6隻が大破、それに、1隻の大型空母が大破するという大損害と、今日の早朝に予定されていただろう上陸作戦が中止される事態を招いたのだ。
 この水平線上に全く敵艦がいない業況なら、午後も上陸は決行されないと思うが、昼頃には占領された本州や九州の何処かの飛行場から飛来する爆撃機によって、桜花の発進した三子牛山辺りや海軍神雷隊が基地とする小松飛行場、それに、中途半端な艦砲射撃になってしまった上陸地点の海岸線一帯は繰り返えし爆撃されるだろう。
 カタパルト発進する桜花の配備は、三子牛山や片山津や熊坂の丘陵だけではないが、神雷隊の航空機と共に補充は無くて消耗するだけで、操縦士ごと自爆する桜花は、次戦で発進できるのは、精々5、6機しかない。
 神雷隊も一昼夜の出撃が限界だと予想されていて、海岸真際の滑走路は艦砲射撃や空爆で直ぐに使えなくなり、敵が上陸すれば忽(たちま)ち蹂躙されてしまう。そして、劣等で低俗なイエローモンキーの日本人に大損害を強いられて出鼻を挫かれ、怒り狂うヤンキー共は、皆殺しの報復に燃えて、必ず明日は、それらを実行する為に上陸を強行して来ると考えた。
 レイテ島で、そうだったように抵抗や被害を受けると、奴らは、圧倒的な火力で日本軍の拠点や陣地を徹底的に叩きのめしてから、生き残った我が軍の負傷兵を銃剣で刺し殺し、火炎放射を浴びせて燃やし回り、戦車で轢(ひ)き潰すのだ。
 後退途中で立ち寄ろうとした友好的で日本軍に協力してくれた集落では、ゲリラと一緒にヤンキー共が住人の老若男女全員を広場に集めて、彼らを皆殺しにするのを見た。
 特に若い女性達には、散々、弄(もてあそ)んでから殺すという鬼畜(きちく)の所業(しょぎょう)がされていた。
(越の国の人達を、そうはさせない為にも、上陸した奴らの足が、前に1歩も踏み出せないほど、震え上がらせて怯えさせなければならない!)
--------------------
 其の予想される旨を金沢市、小松市、高岡市、福井市の各防衛司令部に暗号電文で進言すると、日没後は所定の守備陣地へ速やかに移動する事に決め、僚車の2号車及び第2中隊と第3中隊に同様の行動を行うように命令した。
「こちらアメノウズメ、至急、状況を知らせよ」
 アメノウズメとは、情熱的な踊りの舞いで八百万(やおよろず)の神々を喜ばせて、隠れた天の岩戸から天照大神(あまてらすおおみかみ)に誘(さそ)い見をさせた、天照大神を守り抜く忠実な女神の名だ。
 其の女神の名を私は、自分が乗車する第1中隊1号車の暗号名にしている。
 各車の暗号名は日本神話の女神の名から選ぶように命じて、10月5日の『独立戦車梯団 越乃国』の結成式の後、各車長から発表させていた。
 其の暗号名は愛称でも有り、乗車に愛着を持たせて乗員達の士気を高め、大儀を全とうさせる意図を含み、毎日3度行う定時無線交信での状況報告には必ず使用して、慣習になるようにしている。
 梯団の全戦力である6輌の5式中戦車乙型2に装備する無線機は陸軍通信学校で製造された94式3号で、小松製作所に用意されていた物が取り付けられている。
 通信可能距離は80㎞だが、確実に到達交信できるのは50㎞という性能を持つ、本来は師団司令部が保有する強力な無線装置だ。
 強力な電波なので敵に傍受され易いが、戦闘単位を入れずに暗号名のみの送受信だから、各中隊を点呼する交信とは思われないだろう。
 それに暗号名を用いるのは、僅か6輌という梯団(ていだん)の戦力の少なさを悟(さと)られない為でもあった。
「ククリヒメ、随伴(ずいはん)、共に異常無し」
 これは、静岡県(しずおかけん)は清水(しみず)の湊(みなと)の出身、小鳥遊(たかなし)芳光(よしみつ)学徒少尉を車長とする第1中隊の2号車だ。
 たった一言の囁(ささや)きで殺気立った夫婦喧嘩(げんか)を諌(いさ)めてしまう、縁結(えんむす)びの女神の名を暗号名にしている。
 金沢市の鳴和(なるわ)地区の斜面に待機している僚車の第1中隊2号車は、今夜中に浅野川沿いの三口(みつくち)地区の守備陣地へ移動して大野湊や粟ヶ崎の浜から侵攻して来る敵を迎え撃つが、守備位置の変更は地盤の弱い地形状、鉄道路線上を後退して位置を移しかない。
「セオリツヒメ、ワカヒルメ、問題無し」
(第2中隊の2輌は、無事だった……)
 第2中隊1号車の車長で中隊長の村上宏一(むらかみこういち)曹長は、第9師団が駐屯していた東満州で活発化して来た中国共産党ゲリラの討伐戦(とうばつせん)で胸に青龍刀(せいりゅうとう)の刀傷を受けて、治療の為に金沢市へ帰還して完治した後、千葉の戦車学校で勤務していた歴戦の軽装甲車乗りだ。
 澄み切った深い淀みの淵(ふち)に住み、不浄を浄化して穢(けが)れを常闇(とこやみ)へと流す、日本神話唯一の死の女神の名、セオリツヒメを暗号名に用いている。
 第2中隊2号車は、機織(はたお)りと風雨の女神のワカヒルメが暗号名だ。
 車長の鈴宮春二(すずみやはるじ)学徒准尉は、家が神戸(こうべ)市のワカヒルメが祀(まつ)られている生田(いくた)神社の氏子(うじこ)だと言っていた。
 第2中隊の中隊長は規定では階級が上の鈴宮准尉にすべきなのだが、私の考えで実戦経験と年功が多い村上曹長を中隊長に任命する事に納得して貰い、軍管区司令部の承認も得ている。
 戦闘は各車が単独で行わなければならないが、遮蔽(しゃへい)や擬装(ぎそう)、発砲のタイミング、後退指示、防戦での連携協力は、村上曹長が適切に命令して行うと期待しての判断だ。
 第2中隊は、小松製作所粟津(あわづ)工場から南へ離れた月津(つきづ)地区と梯(かけはし)川(がわ)の国道橋と鉄道橋の間付近の土手際に待機しているが、夕暮れから守備位置の柴山(しばやま)潟(がた)対岸の高台と小松の城跡へ移動させる。
 私が乗車する第1中隊1号車『アメノウズメ』の金沢市藤江地区の守備位置も、第2中隊の守備位置も、付近に3、4ヶ所の守備壕が用意してあり、速やかに移動して位置と数を惑(まど)わせながら射撃ができるようにしている。
「スセリビメ、随伴、損害無し」
(ほっ、……第3中隊1号車と、随伴する補給と整備の部隊も無事だ)
 暗号名のスセリビメは、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した須戔鳴(すさのお)の娘で、須戔鳴からの課題婚に難儀する大己貴(おおあなむち)に積極的に助言して正妻(せいさい)になった、前進の女神だ。
 因(ちな)みにスセリビメと夫婦となった大己貴は結婚後、葦原中国(あしわらのなかつくに)の統一と繁栄、国(くに)譲(ゆず)りを行い、出雲(いずも)の祭神(さいじん)で良縁結び大神となる大国主(おおくにぬし)である。
 中隊長の飛騨(ひだ)地方出身の千反田(ちはんだ)一二三(ひふみ)学徒少尉が指揮する第3中隊1号車の待機位置は、大聖寺町(だいしょうじまち)の城山の南側麓で、防衛戦闘は西へ600mほど離れた切り通しに掘られた壕にて行う事になっていて、其処へ至る道は補強整備してある。
 壕に車体を隠して砲塔のみを出し、塩屋漁港から来る敵車輌と片野(かたの)砂丘を越えて来る敵戦車が、福井(ふくい)県境の熊坂(くまさか)丘陵を守る部隊を分断して小松市へ南から回り込まないように待ち伏せて葬(ほうむ)り、企(くわだ)てを頓挫(とんざ)させる重要な役目を担(にな)っている。そして、敵は大聖寺川によって接近できないが、多過ぎる敵に不利な状況に陥(おちい)りそうになれば、速やかに北方の鉄道橋や国道橋を渡って動橋(いぶりはし)付近へ後退するように命じてあった。
「イワナガヒメ、随伴、異常無し。湾に敵影無し」
 頑固(がんこ)に貫(つらぬ)く意思と呪(のろ)いを司(つかさど)る、醜(みにく)くて不幸な女神の名を暗号名にする第3中隊2号車の車長は、焼津(やいづ)湊出身の小久(おぐ)江(え)清嵩(きよたか)学徒准尉だ。
 湾とは富山(とやま)湾の事で、富山県への上陸侵攻は無さそうな報告だったが、どのような方法の強襲上陸をして来るのか予測ができない。
 由(よ)って、新湊(しんみなと)地区の守備陣地まで前進させ、警戒させる事にした。
 本来、第3中隊の1号車と2号車は予備戦力とするところだが、名ばかりの梯団の少ない車輌数に対して守るべき重要地域が多く、止(や)むを得ず、梯団が担当する長い防衛戦線の両端の配置となってしまった。
--------------------
 第3中隊の1号車が守備する加賀の大聖寺地区の南外れと、2号車が配置された高岡(たかおか)市の古城公園は、直線距離で優に80㎞以上も離れていて、優秀な94式3号甲無線機でも感度良好な送受信は難(むずか)しい。
 故に、中間地点の金沢市にいる梯団長の私が直接指揮を執(と)っている。
 各車の待機場所と守備陣地には、近くの木立間に15m長のアンテナ線が2本ずつ張られていて、長距離交信を可能にさせているが、戦闘が始まれば敵の砲撃で直ぐに断線していまい、後は砲塔後部の両側に直立する4mのアンテナで交信するしかないが、4mの長さでは何処まで届くか定かでなく、戦闘中の行動は交信可能間の各車長の協議判断に任(まか)せるしかなかった。
「こちら、独立戦車梯団 越乃国、全部隊、異常無し。夕刻から全車、所定の守備位置へ移動し、待機する。移動経路の諸部隊は、路上の安全確保と警護すべし。繰り返す……」
 担当するそれぞれの地域の反撃戦力の中核になるチリオツニが守備陣地へ移動するという意味は、明日は必ず敵が上陸して決戦が避けられない事を知らせて、防衛隊と住民の全員に戦闘の覚悟をさせた。
「受信確認、了解」
 軍管区司令部から了解の無線が入り、これで移動経路が確保され、防衛隊も配置に就(つ)く。
「ククリヒメ、了解」
 他のチリオツニからも、受信、了解の無線が届く。
「現在より、無線封鎖、各車は、守備位置へ到達し、戦闘可能状態になり次第、無線封鎖を解除せよ」
 予想通り、小松市周辺や金沢市周辺の丘陵や海岸地帯は夕暮れまで敵の空襲が続いたが、越乃国梯団は被害を受けず、夜半前に次々と、守備陣地で戦闘状態待機の知らせが来て、全車が配置に就いた。
(敵の航空機は脅威(きょうい)だが、擬装が剥(は)がれたり、不用意に動き回ったりしなければ、攻撃を受け難(がた)いし、明日も、艦砲射撃を削(そ)げれば、チリオツニが敵の地上侵攻を粉砕できるはずだ!)

▼昭和20年 8月14日 火曜日
 深夜に巷(ちまた)で本土決戦と叫ばれている決号作戦が御前会議で決定されたと、大本営の発表が音量を絞(しぼ)ったラジオのスピーカーから流れた。
 元寇(げんこう)の再来のように神州(しんしゅう)に上陸する連合軍を吹き荒れる本土決戦の神風で、必ず撃滅させるという機運は世間で当たり前だったから、『今更、何を改めて大本営発表などと、わざわざ仰々しくするのだ?』と思っていた。

▼昭和20年 8月16日 木曜日
 新型戦車の車長の任と防衛地の移動を命じられる為に出頭した相模原(さがみはら)の司令部で聞こえて来た噂は、停戦、いや無条件降伏を受諾する旨の天皇陛下の御声を録音したレコード盤が蜂起(ほうき)した近衛師団によって奪われて、8月15日の正午に予定していた玉音放送は未然に防がれたらしいという内容だった。
 近衛師団のクーデターは宮城事件と呼ばれて、詳細は秘匿されていたが、実はレコード盤の押収に失敗しているらしい。そして、其の録音盤は、侍従長が常に天皇陛下の御傍に留め置くようにしているそうだ。
 無条件降伏の玉音放送と知った時には、『陛下は大和(やまと)臣民(しんみん)を、どのようにされる御積(おつ)もりなのか?』と司令部の壁を渾身(こんしん)の拳(こぶし)で殴(なぐ)り付けて、激しく憤(いきどお)っていたが、兵舎へ戻る途中で上空の青空を地上の獲物を狙(ねら)う猛禽類(もうきんるい)のように乱舞するアメリカ軍機を見て思う。
--------------------
(立川(たちかわ)の陸軍機も、厚木(あつぎ)の海軍機も、全く飛び上がっていない!)
(迎撃(げいげき)する味方機は1機も見当たらない!)
(帝都や周辺の関東(かんとう)の都市は、既に数度の絨毯爆撃で荒廃(こうはい)して焼け野原だ!)
(本土の主要な都市も、全て爆撃されていて、帝都と変わらない有様だ……)
(港湾と水道は機雷だらけで、軍艦も、漁船も、水運も、被害(ひがい)甚大(じんだい)で自由に動けない)
(瓦礫(がれき)になった大工場の設備は、空襲前に山間の洞窟や田舎の農家の納屋に疎開(そかい)しているが、全体の機械稼働率(かどうりつ)と組立効率は非常に低い)
(食べる物も少なくて、配給品の種類も、量も、日毎(ひごと)に減っている)
(今度の冬は、寒さと餓(う)えで大勢の日本人が死ぬだろう……)
(それに、まだまだ、広島(ひろしま)市と長崎(ながさき)市の市街地の全てを一瞬で潰(つぶ)して灰燼(かいじん)と化した新型爆弾が落ちて、大きな都市が次々と消滅して行くかも知れない)
(あらゆる兵器の性能は連合軍の方が優れているし、数量も凄く多い!)
(起死回生(きしかいせい)を期待する天誅(てんちゅう)兵器が完成しても少ない数で、局地的には勝利しても、戦局を覆(くつがえ)すには全く至らないと思う)
 本当に徹底抗戦する意味が有るのかと、戦闘帽の下に日の丸の鉢巻を締めた頭がグラつく。
(人類の起源的に肉食獣ルーツの白人種より、猿人直系の黄色人種の日本人が古代から優れている事を証明しなければならない!)
(絶対に、東洋人なんて人間以下の黄色い猿としか思わず、奴隷のような酷い扱いをする鬼畜(きちく)米英に、焼印を刻(きざ)むような一矢(いっし)を報(むく)いなければ、自決も、降伏も、出来ない!)
(今は、宮城(きゅうじょう)事件で陛下の玉音放送は防止されたが、いずれ全ての日本国民に聞かせなければならない事態になるだろう)
--------------------
 検討会で決まった予定の通りなら、今頃は新開発の5式中戦車乙型2の試作量産車6輌で編成した梯団の長になり、其の1輌の車長を兼ねて、既に赴任地(ふにんち)へ移動しているはずなのが、製作した試作車輌と部材の引き渡しを陸軍技術研究所が渋(しぶ)った為に2週間も遅れている。
 開発計画の試作で搭載した45口径の5式7.5㎝戦車砲は、全て4式中戦車へ搭載される事が決定されて、試作戦車の砲塔は主砲が外(はず)されたままだ。
 説明会と討論会で5式中戦車の開発は違う工廠で再開されると伝えられて、速やかに移設の命令書も渡されているのに渋っていたのは、軍人特有の悪(あ)しき慣習の面子(めんつ)への拘(こだわ)りだった。
 其の面子への拘(こだわ)りが戦局を本土決戦まで追い詰めさせているのに、内地の幹部軍人達には、其処へ至る考えも、自責(じせき)の反省も、全く無なかった!
 2週間前の8月1日に川崎の三菱重工業の東京機器製作所で、『試作量産車輌製作の為の開発引継ぎ説明会』が行われた。
 説明会には自分も参加していて、続いて始まった『開発項目の要求見直し検討会』にも出席して聴いていた。
--------------------
 7月2日にアメリカ軍が作戦終了を宣言して占領された沖縄本島から、6月23日に自決した牛島司令官の命を受けて脱出を図り、一時はアメリカ兵の捕虜になるが、月の出ない暗夜に脱走して、魚民の小船を乗り継いで本土に帰還した第32軍の高級参報である八原博通(やはらひろみち)大佐と、餓(う)えに苦しみながら後退の激戦を繰り返すビルマ方面軍の作戦方針に当初から批判的で、戦況の詳細報告を理由に輸送機で左遷(させん)的に内地へ戻された第28軍主任参謀の福富繁(ふくとみしげる)中佐が、7月末日から五式中戦車開発室へ加わって、より現実的要求に沿う実戦的で強力な機動力、防御力、戦闘力の備(そな)えを強く要求してした。そして、実戦経験者の意見に従(したが)って現実的開発路線へ修正される事になった。
--------------------
 5月末日で一旦中止になった5式中戦車の開発は、開発が中断した時まで室長だった陸軍行政本部戦車研究委員会の中佐に換わって八原博通大佐が室長になり、福富繁中佐は大佐の補佐になって8月初日から再開される事になった。
 2人は5式中戦車の開発の再開に先立ち、開発に携(たずさ)わる職員と将兵を工場の食堂に集合させて、先(ま)ず初めに前任者から引き継ぎを紹介された福富繁中佐が、研究染みていた5式の開発に苦言した。
「広島と長崎を壊滅させた新型爆弾が、次に落とされるのを待つだけの、沖縄を占領したアメリカ軍が、いつ本土へ侵攻して来るか分からない、この切迫(せっぱく)した状況の今、たかだか10㎏程度の砲弾を砲尾に込めるのに、作動や強度に多くの問題が発生して、解決に難儀(なんぎ)している自動装填装置は、本当に、どうしても必要なのかあ?」
「同じ75㎜口径の高射砲を改造した戦車砲を搭載するのに、4式中戦車は左側から装填して、5式中戦車は自動装填装置のトレーに乗せる為に、装填手は右側に居る。それに伴(ともな)い、車長が指揮を執(と)る司令塔の位置も反対だ!」
「こんな不合理な構造を、誰が立案したあ?」
「2年前の〝5式中戦車を開発するにあたっての設計に関する詳細研究会〟では、4式中戦車よりも、更に、大きな物が必要とされた。なのに、違いは確かに大きくなった車体と砲塔と重量だけだ!』
「搭載する砲は、自動装弾機が有るか、無いかで、口径75㎜の同じ砲だ!」
「弾薬も同じだから、威力(いりょく)も一緒(いっしょ)だ!」
「装甲の厚みも同じだ……」
「このまま、戦闘に投入されても、4式中戦車以上に戦えるとは思わない」
「我々が求めるのは、こんな紛(まが)い物の5式ではないぞ!」
「砲塔に配される車長、砲手、装填手は、砲手を除いて作業位置が反対側で、共通性が無い! 97式改、1式、3式、4式と乗員の配置は同じなのに、5式だけが違う!」
「まったく、無駄な開発思考だ!」
「日本人の利(き)き手は右手だ! 左手で砲弾の先端を支えて向きを定め、右手を拳(こぶし)にして押し込むのが、作業的に余計な力や姿勢を強(し)いられずに、円滑(えんかつ)で敏捷(びんしょう)な動きが出来るから疲れ難(にく)いのだぞ!」
「此処(ここ)に75㎜砲弾よりも大きくて重い、8㎝高射砲の砲弾を持って来た。口径は88㎜で、重さが14㎏有る」
 そう言うと、従卒の下士官が運んで床に置いていた砲弾を、屈(かが)んで腰の高さまで持ち上げながら立ち、それから直角に向きを変え、更に、胸の高さに上げてから両手で頭上に高々と掲(かか)げた。
 88㎜砲弾は一呼吸の間、重量挙げ選手のように掲げてから、静かに下ろして床に置いた。
 中佐は、この動作を10回繰り返した後、フラ付く足を懸命(けんめい)に堪(た)えながら、大きく肩を上下させる粗(あら)い呼吸に途切(とぎ)れ勝(が)ちの大声で、集まった全員へ其の身をもっての喝(かつ)を入れた。
「……俺は、先月で45歳になった……。もう…… 壮年(そうねん)の域で息は上がってしまうが、……今のようにできる……」
「俺よりも、……ずっと若い、屈強(くっきょう)な体格と不撓不屈(ふとうふくつ)な精神を鍛錬(たんれん)した装填手は、……もっと、易々(やすやす)と早く、出来るはずだ……」
「装填手になる者は……、旨(うま)い物を沢山食べてぇ……、俺よりも体力と腕力を付けろ!」
「それとぉ、……ギックリ腰にならないように、……腰と背筋も鍛(きた)えよ!」
 従卒(じゅうそつ)が持って来た茶碗の水を飲み干して、中佐は呼吸を整えると、言葉を続けた。
「開発当初の項目に、装甲板は接合部を可能な限り無くして1枚物にすると有ったが、小窓や覗(のぞ)きのスリットやピストルポートの開孔部を増やして、弱点を作るなんて本末転倒(ほんまつてんとう)だな!」
「砲塔側面のカンザシの様に装備された機銃は、不要だ! 合理的に装甲板の目的を果たす為に廃止する! 物量のアメリカ軍相手に使う時は、対戦車兵器や火炎放射器を携帯して接近する敵兵を撃つぐらいだろう。それに、周囲の状況を把握(はあく)して走行や射撃指示する車長に、そんな余裕は無い! 同軸機銃だけで十分だ! 主砲弾の保管棚を設置する邪魔にもなる!」
「また、砲塔側面や車体側面の装甲板が大き過ぎて、鋼板の反(そ)りを修正できないなら、加熱処理で内部応力を無くして反りが除去できる、機械の加工台と合わせた大きさに分割すれば、良いだけの事だろう」
「戦局は本当に切迫しとるのだ! そんな、詰まらん事で悩んでいる暇(ひま)はない!」
『アメリカ軍が上陸して此処を占領してしまえば、それまでの研究や開発は、全て無駄になってしまう」
「だから、一刻(いっこく)も早く、従来の技術を用いて、出来る限りに確実な方法で、より強力な5式中戦車を完成させるのだ!」
「幸い、大型戦車の開発は、150tもの超重戦車のオイ車の経験が有る。それしか無いと言う奴もいるが、全く何も無くて、鋼材や構造をゼロから研究開発のとは、雲泥の差だろう」
「ゼロからよりも、遥かに5式に応用できる技術が有るのではないかと、俺は思う。 以上!」
 そう言って福富中佐は、深々と腰を直角に折る御辞儀(おじぎ)をして、熱弁を締(し)め括(くく)った。
--------------------
 次は、開発室長となった八原博通大佐が、秘密裏に進められている現状と今後すべき事を語った。
「5日前に内定を賜って、開発資料の全てを閲覧(えつらん)させて頂いた。開発の再開は5輌の試作量産車を製作する事と、現在、御殿場(ごてんば)の倉庫に保管されている1輌の試作完成車を、試作量産車に準ずる改造を施(ほどこ)す事です」
「試作量産車は、今ほど、福富中佐が御話(おはなし)された、現状でただちに出来る事を行い、副砲の37㎜砲を廃し、車体前面の装甲板の傾斜を大きくして、更に、砲塔前面部と共に厚みを25㎜増やして100㎜厚とします」
「搭載する主砲は、4式と同じ75㎜砲では、現状を凌駕(りょうが)する威力が不足すると考え、99式8㎝高射砲を改造した88㎜砲に決定しました。主砲を大きくするのに伴い、砲塔容積を増やす為に、少し形状を変更して大きくします」
「88㎜は、自動装弾機を付属しない、人力装填とします。福富中佐が8㎝高射砲の砲弾で持ち上げ実演をしたのは、其の所為です」
「搭乗員配置は、後方から見て4式と同じで、5名となりますが、砲手は車長と同じ右側とし、主砲の弾薬を扱(あつか)う装填手の動作の邪魔(じゃま)にならぬようにします」
「同軸機銃は右側なので、弾倉交換は砲手が行います」
--------------------
「今、話した事は5式の開発中止後に、此処に列席している幹部達が参加して行われた、開発項目の見直し検討会で決定した事です」
「これらの製造に関わる、資材、兵器、設計、製作は、既(すで)に、内定と本日の開発再開を見越して、北陸にいる知人が社長の大工場で、必要部材の集積を含めて急ピッチで進められています。勿論、今、閲覧していただいている全ての開発計画の資料の説明を大本営の方々にして、納得して貰(もら)い、そして、大本営から正式に許可を得てです」
「なぜ、帝都が在る関東ではなくて、日本海側の北陸なのかは、敵上陸と空爆の脅威(きょうい)が太平洋側よりも少ないからです。天皇陛下を御守りしないのかとの責(せ)めには、陛下の御身(おんみ)の安全を保(たも)てる、安心できる事情が有るとしか、今は言えません」
「そういった事情なので、この工場に有る5式の製作に必要な、工作機械、冶具(やぐ)、部品に部材、資料、そして、一番肝心(かんじん)な貴方達は、3日後の夜間に鉄道で北陸へ移送しますから、施設の機材と御自身の引越しの準備を、この後、直ぐに始めて下さい」
「そして、6輌全車の完成を9月20日とし、其の全力をもって、日本を完全占領しようと侵攻するアメリカ軍に、絶対に一矢(ひとや)も、二矢(ふたや)も射掛けて、散々、慌(あわ)てふかめかせて遣りましょう」
「其の時を儂は想像します。敵の先頭のシャーマン戦車を射貫いて、後続の戦車隊を停止させてから、最後尾を火達磨(ひだるま)にして、挟(はさ)まれたシャーマン戦車を次々と5式の88㎜砲が撃破して行く。だが、シャーマン戦車が放った75㎜徹甲弾は、5式の前面装甲を貫通できずに、全て弾かれてしまう」
「撃たれても、撃たれても、平気で撃ち返して来る5式に、きっと、ヤンキーどもは仰天するぞぉ! そして、自分達の装甲が射貫(いぬ)かれて、砕(くだ)かれる身体と炎に焼かれる恐怖で、震え上がるに違いない!」
「我々が唇を噛み切るほど、悔(くや)しがった絶望を、敵シャーマン戦車の乗員が味わうのだ。それは、なんと清々(すがすが)しくも痛快(つうかい)で、なんて晴れ晴れとした喜びだろうなぁ、諸君!」
 其の言葉に全員の思いを鼓舞(こぶ)いして、血気を盛んにさせた。
「おおっー!」
「尚(なお)、88㎜砲搭載型の5式中戦車の名称は、『5式中戦車乙型2』、秘匿呼称は、『チリオツニ』に決定されました」
 開発室長、八原大佐の優しい口調ながらも、現実的な檄(げき)に各自が『遣れる!』と奮(ふる)い立たされながらも、この食糧難の御時世(ごじせい)、何だか、御膳(ごぜん)に河豚(ふぐ)チリの鍋と牛のモツ煮が並べられたような秘匿名称に、其の場の全員が楽しげに早く食べてみたいと気に入っていた。
--------------------
 更に、我が軍の戦車の主砲に貫穿力(かんせんりょく)が無い事を憂(うれ)いて、ビルマ戦線に着任当初、鹵獲(ろかく)したイギリス軍のM3軽戦車へ実弾標的射撃を行い、其の結果が非常に絶望的だと嘆(なげ)いて、一刻も早い強力な戦車砲の開発を訴(うった)えた第1戦車連隊長の向田宗彦(むこうだむねひこ)大佐も出席していた。
「我が方の戦車が敵戦車の砲弾で一撃に破壊されてしまうが、我が方の戦車砲弾は全弾命中すれども、悉く弾き返されるのを、散々見て来た」
「この惨(みじ)めさを逆転させずに、恥辱(ちじょく)を晴らさずに、何が一矢(いっし)を報(むく)いるのだ!」
「これから我々が開発を完了する『チリオツニ』は、必ず一矢を報いる強力な戦車砲を備えた兵器だと、私は確信している!」
--------------------
 戦闘継続性を高める為の発煙弾の効果を理解して、標準装備の必要性を意見して発煙量を増大した新型発煙弾の開発を進めていた、陸軍大学教官の小林修二郎(こばやししゅうじろう)大佐や研究部の外山尚孝(そとやまなおたか)少佐と野口剛一(のぐちごういち)少佐が加わり、開発資材や装備兵器の確保と製作場所の工廠の手配など、より現実的に再開発は加速していた。
「砲塔の両側面の最後部に3連発の発炎筒発射機を備えます」
「新開発した直径90㎜の大きな発炎筒で、発煙の量と濃度は従来よりも格段に多く、瞬間的に目隠しをします」
「適切に使用されれば、生存性が上がり、何度でも敵に悟(さと)られずに守備位置を変更して攻撃出来ます」
「既に、濃い白煙でイカやタコの墨(すみ)のように自車を完全に見えなくする発煙弾も有りますが、50mくらいの近距離で炸裂しますから、防衛任務では逆に自分の位置を教えて、敵の接近を許し易くする事になります」
「また、今、話しに出た墨では有りませんが、煙幕の色を白煙より遮光性(しゃこうせい)の高い、濃淡の灰色にする研究も進んでいます」
--------------------
 『チリオツニ』の再開発に参与として名簿の筆頭に来て、一切の責任を負(お)うのは、井上芳佐(いのうえよしすけ)中将だ。
 盧溝橋(ろこうきょう)で対峙していた日本軍と中国軍が昭和12年7月に衝突して、沈静化していた戦闘を大きく再燃させ、そして、支那事変が始まった。
 其の年の3月に中将は、ヨーロッパ諸国の機動兵力の視察から戻り、当初の報告から『対戦車戦闘の最良の手段は、対戦車威力を有する砲を装備した戦車で有る』と、説いていた。
「今年の2月に本土決戦準備が発動されて、新たな戦車隊戦闘教令が編纂(へんさん)された」
「現時点で、地上に於ける戦車隊の最大の敵は、アメリカ軍のM4戦車だが、其の正面装甲は、95式の37㎜砲や97式の57㎜砲では、全く効果が無く、側面や後面にも、ただの開門願いにしかならない」
「高初速の97式改の47㎜砲でも、正面装甲の貫穿は無理だ!」
「正面戦闘では、有効射程まで引き付ける迎撃戦法で射貫できるのは、口径75㎜の90式野砲だけだが、それも100mの近距離以内だ」
「だから、伏兵的迎撃戦法を行う事とし、正面攻撃はせずに、M4戦車を遣り過ごしてからの極接近で、弱点の開口部分を狙う」
「このように、強力な敵戦車へは弱点射撃を推奨しているのに、今の5式試作中戦車には、弱点となる開口部が多過ぎだろう」
「まったく、期待される新開発の戦車に、その弱点を多く配置するとは嘆(なげ)かわしい!」
「それらを省(はぶ)けば、資材も、工程も、労力も少なくして、製作時間を短縮できるだろう」
「本土決戦が避けられない今、此処に居る全員で5式中戦車乙型2の開発を、必ず50日後の9月20日までに成(な)し遂(と)げなければならい!」
「もし、何らかの事態で遅れても、最大で9月末日が限界だ」
「10月まで遅れると、不具合の改善調整や基本操作の訓練が不十分なまま、実戦となるだろう」
「チリオツニの試作量産車の製作は、八原大佐が述べた通り、既に始まっている」
「だから、本日の説明会の集まりは決起大会でもある!」
「それと、このチリオツニの件は、スパイ行為の防諜(ぼうちょう)と増えている厭戦(えんせん)の妨害行為を避ける為に、外部へ他言無用の気密扱いとする」
「一同! 状況は絶望的な摂津(せっつ)湊川(みなとがわ)だが、心は智力(ちりょく)を尽(つ)くす楠正成(くすのきまさしげ)だ!」
「おおーっ!」
 5式中戦車乙型2の再開発と試作量産の総責任者である井上芳佐中将の激に、再び、工場現場の一角に集った全員が奮励努力の強い意思の大声で応(こた)え、其の鬨の声が工廠中に響き渡った。
--------------------
 自分は、滋賀県(しがけん)高島郡(たかしまぐん)朽木村(くつきむら)針畑(はりはた)から出征(しゅっせい)した帝国陸軍中尉、邑織(むらおり)染二郎(そめじろう)、数(かぞ)えで27歳、満では25歳になったばかりだ。
 山頂まで耕(たがや)した棚田と林業と絹糸(きぬいと)作り、それに、紫色の染料(せんりょう)になる草の紫(むらさき)の採取で辛(かろ)うじて生業(なりわい)を立てている山間の貧村から、昭和13年の春に赤紙で召集(しょうしゅう)されて以来、歩兵第16師団の野戦砲兵隊で従軍(じゅうぐん)して一兵卒から少尉までの昇進を駐屯地と戦地で熟(こな)した叩(たた)き上げの士官だ。
 昨年の10月20日過ぎから12月末頃まで、レイテ島の東岸から西岸へ後退しながら引き摺り回す、たった1門の機動90式野砲でアメリカ軍と死闘を繰り返し、M4シャーマン戦車5輌と短砲身の榴弾砲(りゅうだんほう)を装備した2輌の軽戦車、それに水陸両用戦車2輌の戦果を上げた砲は後退戦の挙句(あげく)に破壊され、部下の兵士は全員、戦死か行方不明(ゆくえふめい)になってしまった。
--------------------
 最初はタクロパン市の南方海岸に上陸したアメリカ軍を中隊放列から離れた場所の水際で迎え撃ち、艦砲射撃で砲列が半数になった中隊残余の砲火に呼応して、接岸して倒し開く寸前の上陸用舟艇の前扉に榴弾を命中させ、中にいた敵兵達を吹き飛ばした。
 接岸しようとする大型の揚陸艦(ようりくかん)の喫水線(きっすいせん)直下や艦橋に数発の命中弾を与えた後、続々と上陸して来る敵に押されるようにパロの町の西郊外の隘路へ独自判断で移動し、後退して来る味方を援護して2輌のM4戦車を側面から狙い撃ち、撃破炎上させた。
 この時の撤収準備中に、再び、艦砲射撃を受けた中隊は、私が指揮する砲以外は破壊されてしまった。
 中隊主力から離れていた御蔭で爆風に飛ばされただけの自分や部下達は掠(かす)り傷程度の軽傷だったが、砲を牽引(けんいん)させる馬匹(ばひつ)の4頭の内、2頭が死んだ。
 私の首から掛けていた双眼鏡や地図入れは無くなり、官給品の日本刀は弾片で鞘(さや)ごと折れてしまい、使える刃物や銃を携行(けいこう)していないと不安で仕方が無いので、亡(な)くなった中隊の兵から銃剣と99式小銃を拝借(はいしゃく)した。
 既に、中隊の生き残りは散り散りになって、大隊本部とも連絡が付かないまま、私は独断で残った2頭の馬に砲を牽引させて後退しながら同様の戦闘をパストラーナ、ハロ、トゥンカの各町を出た郊外の自動車道の脇に潜んで行い、更に、2輌のM4戦車と榴弾砲装備の軽戦車1輌を撃破して北の港町のカリガラへと逃(のが)れた。
 この頃から友軍の撤退援護よりも、撃破したが炎上しなかった敵戦車から、敵の制圧砲撃が始まる前に飲食物や武器弾薬を奪うのが目的となっていて、足回りを破壊して停止させた敵戦車の側面の弾薬庫が無い場所を狙い、2、3発、炸薬(さくやく)を抜(ぬ)いた徹甲榴弾で貫通させてやると、乗員達は我先に乗車を捨てて逃げて行った後を急いで物色(ぶっしょく)した。
 アメリカ軍の戦車兵達は装備が良く、車内には物資が一杯で、2、3回の襲撃に拠(よ)って、我が小隊の兵隊達はアメリカ軍の武器を持って戦い、アメリカ軍の食い物で生き長らえていた。
 最早(もはや)、『畏(おそ)れ多くも、陛下から御借りしている銃を捨てるとは……、非国民だ……』などと、咎(とが)めたり、嘆(なげ)いたりする部下は1人もいない。
 我が砲兵小隊の兵士達に支給されている銃は、口径6.5㎜の38式歩兵銃ではなくて、より威力の有る口径7.7㎜の99式短小銃だった。
 99式小銃は口径7.7㎜と弾丸が大きて重くなった分、ほぼ全長の同じ38式歩兵銃よりも発射の反動が大きくて、次弾の装填と発射に支障が有ったのに、より取り回しを良くする為に銃身を短くして軽くした99式短小銃は、更に反動が大きかった。
 重い大砲や砲弾を扱う砲兵は、歩兵よりも逞(たくま)しい体格で99式短小銃を難無(なんな)く射ち熟(こな)していた。
 99式短小銃の口径7.7㎜は、アメリカ兵の小銃の7.62㎜の口径とほぼ同じだったが、弾丸の威力はアメリカの小銃の方が優(まさ)り、捕獲(ほかく)した小銃の反動は99式短小銃よりも強かった。
 射撃後にコッキングレバーを起こしてから引いて、次の弾を押し込んでレバーを下げてロックする5発装填のボルトアクションでは、どんなに装填と操作を急いでも、1分間に15発の連続射撃が限界だった。
 アメリカの小銃は、クリップに挟まれた8発の弾丸を弾倉へ装填後も、クリップを抜き取らないまま半自動で射撃ができた。
 この半自動射撃は照準したままに、引き金を引くだけで8発全弾の連続発射ができる。
 1分間の連続射撃では100発以上にもなり、撃ち尽くすと自動でクリップが飛び出て来て、装填し易いように弾倉内を空にした。
 故に、装填射撃する弾薬が豊富に有れば、当然、小隊の誰もが戦闘と略奪で生き残る為に自ら、長くて取り回しが邪魔で威力の小さな38歩兵銃や連続射撃が出来ない99式短小銃を埋めて、性能の良い半自動射撃ができるアメリカ製の小銃や短機関銃に交換装備していた。
 ただ、敵の小銃の弾丸はクリップに挟まれたまま弾倉に込められているので、弾倉を打ち尽くす前に弾の補充はできず、空になってクリップが飛び出ないと新たな8発を装填できなかった。
 ならば、『敵が逃(に)げたなら、逃げた方向へ残り全弾を撃ち掛けろ。倒れている敵兵に止めを刺せ』と、私は命じていた。そして、たぶん敵も同じ事をしているはずの、其の命令は部下達に忠実(ちゅうじつ)に守られていた。
 カリガラは素通りして、より西方の北海岸のクラシアンの町の前面に陣取り、上陸する2輌の水陸両用戦車を破壊してから、マナガスナスの湊町へ後退して、更に、1輌の榴弾砲装備の軽戦車を仕留めた。そして、其の夜の内に撤退する輜重隊(しちょうたい)のトラックに牽引させて、曲がりくねったリモン北峠の隘路(あいろ)へ機動90式野砲を運び上げた。
 小隊の部下達は戦闘と調達で半数以下になっていたが、敵の銃での強奪調達は、概(おおむ)ね上手くいって、健康状態と体力は保っていた。
 リモン北峠に敵が迫るまで交代で遊兵となり、何度も敵の単独で前進する分隊や物資集積所を夜間に襲撃して成功していたのは、銃声が味方の発砲だと敵が思い込んでいたからなのと、交戦相手は全て殺して来たからだと思う。
 一度、敵兵と銃剣で遣り合い、組み伏せられて首を切られる寸前に、取っ組み合いでは長くて扱い難いゴボウ剣と呼ばれる黒染めの銃剣を、何とか相手の肋骨の下から心臓へ刺し入れて生き残っている。
--------------------
 ソロモン諸島やニューギニアや南洋諸島の戦況の噂を聞く度に日本帝国の破竹の勢いは破綻して、逆に押し戻されていると察していたし、歴戦の勇猛果敢で優秀な我が軍を挫折後退させるには、優勢な兵力に強力な兵器を大量に使用しなければならなくて、其の余裕が有るからこそ、アメリカ軍は反撃しているのだと考えていた。
 だから、中隊長に『水際撃退から内陸撃滅に作戦が変更された時の為に、拠点陣地になりそうな場所を調べて来ます』と進言して許可を貰い、4名の直属の部下を伴(ともな)って輜重隊のトラックに便乗し、予定のハロの町よりも先のリモン北峠まで、後退戦で活用できそうな場所と協力的な集落を調べて来ていた。
 調査の結果、陣地に適した場所は多く、1ヶ所に留(とど)まって防戦するよりも、守備位置を頻繁(ひんぱん)に変えて後退しながら待ち伏せ戦闘を行えば、敵に多大な損害を与えられそうだと考えていた。
 リモン北峠の戦闘では迫り来る敵のM4戦車の先頭車を連続射撃で炎上させたが、終に後続車からの集中射撃を浴びて、砲と生き残った部下の全てが吹き飛ばされてしまった。
 ただ1人、飛び込んだタコツボの御蔭で私は生き残ってしまい、其の後は、西海岸のオルモックへ後退する第16師団の残余や、真西のビリバヤの海岸方面へ転進する第1師団や第102師団の主力からワザと逸(そ)れ、第1師団の敗残兵連中と一緒にリモン北峠付近で遊撃的な戦闘を繰り返して、アメリカ軍やフィリピンゲリラから糧秣(りょうまつ)と武器弾薬を強奪していたが、12月22日頃に『撤収作戦が有るから西海岸まで撤退しろ』との命令を知り、第1師団が移動したビリバヤよりも、海軍の部隊が多く展開していると聞いていた北方の漁港を目指して1人、アメリカ兵の下士官から頂戴した磁石と地図を頼りにジャングルを大急ぎで進んだ。
 途中、大怪我を負って拳銃で自決した2人の降下部隊員の真新しい死体を見た。
 2人の装備は良く、たぶん、援軍であろうが、白い絹のマフラーを首に巻いた空の神兵達は何時何処に舞い降りるつもりだったのか分からないが、被弾して墜落する輸送機から脱出したのかも知れない2人に、クソ重いアメリカ軍の短機関銃と拳銃を、彼らの南部式拳銃と全長の短い自動小銃に交換して貰った。
 このアメリカ製の武器よりも軽くて発射速度も速い自動小銃は、試(ため)しに草叢(くさむら)の1本道で遭遇したゲリラを狙って短連射してみると、100m程の距離で見事に命中して、頭を粉砕するくらいの命中率の良さだった。
 其の銃声を聞き付けて、ワラワラと道脇から湧(わ)き出て此方へ駆けて来るゲリラ達も30mまで引き付け、30発弾倉の残り全弾を装弾不良の故障を起こさずに叩き込み、其の全員を撃ち倒す事ができた信頼できる銃だと分かった。
 年の瀬の12月29日の夕方に漸(ようや)く辿(たど)り着いたタバンゴの港では、撤収(てっしゅう)する海軍高官御一行様を助けてタバンゴの沖合まで迎えに来た哨戒艇(しょうかいてい)に便乗した。
--------------------
 タバンゴの町外れには、既に、アメリカ軍の偵察部隊が到着していて、敵兵達を迂回(うかい)して港へ行くと、行李(こうり)荷物を持って撤収中と思われる帝国海軍の将校達と、それを尾行するアメリカ軍の斥候隊(せっこうたい)を見付けた。
 夕闇に紛(まぎ)れて10数mの近さまで背後から躙(にじ)り寄って、長い連射を浴びせ、一気に敵の斥候隊を一掃(いっそう)しながら海軍御偉方(おえらがた)御一行様に近寄り、アメリカ軍の接近を知らせると、丸太を組んで重ねた大石で補強しただけの桟橋に接岸待機していた装載短艇へ彼らは急いで乗り込み、沖の哨戒艇へと発進させた。
 無賃乗船をさせてくれた哨戒艇では、便乗代として、雑納(ざつのう)をパンパンにして持っていたアメリカ軍から奪った糧食の全てを差し出した大盤振る舞いは、大いに喜ばれて歓迎された。
 夜通しの全速航行でビザヤ海からミンドロ海峡を抜け、更に南沙(なんさ)諸島、西沙(にししょう)諸島と島伝いに南支那海(みなみしなかい)を北上して、海南島(かいなんとう)に無事に着けたのは今年の1月中頃だった。
 この形振(なりふ)り構(かま)わずの撤退で、強力な兵器の物量で攻めて来る敵に有効な抵抗手段は乏(とぼ)しく、防衛守備ではなくて場当たり的な攻撃を命じる作戦指導部に不信を抱いてしまい、言葉や態度には露(あら)わさなかったが、やさぐれた気持から厭戦(えんせん)気分に陥(おちい)り、気概(きがい)と覇気(はき)は無くなってしまった。
--------------------
 海南島の海軍三亜(さんあ)飛行場でレイテ島からの撤収を師団司令部へ報告した三日後、帝都の大本営から命令が無線で届いた。
 撤退命令に従ったとはいえ、玉砕もせずに敗戦のレイテ島から単身脱出した下級将校などは、早く外地で死なそうと、次の玉砕戦になりそうな島嶼(とうしょ)や、大陸奥地の共産党ゲリラの討伐(とうばつ)や、北満州での最果(さいは)ての国境警備に行かされるだろうと考えていたのに、電文内容の『関東相模原の陸軍技術研究所へ出頭しろ』には、非常に驚かされた。
 この大本営命令によって、ただちに輸送機の搭乗席が用意され、香港(ホンコン)、廈門(アモイ)、上海(シャンハイ)、済州島(サイシュウとう)、厚木(あつぎ)と双発の輸送機を乗り継いで、2月1日には研究所司令部へ出頭できた。
 其処で、新たな命令の砲兵から戦車兵への転属を言い渡され、最初は東富士の陸軍演習場で2ヵ月間の短期実技強化修練を受け、次に千葉市黒砂(くろすな)町の千葉陸軍戦車兵学校で幹部候補生として小隊長教育と敵戦車撃滅の必勝戦法を重点とした教育を、学校の教官達が第28戦車連隊の構成要員となる7月まで受けていた。
 実技修練と幹部修練の卒業後に中尉への昇進が有り、おって命令が有るまで実戦経験と受講修練を活かした指導教育をして欲しいとの事で、富士宮(ふじのみや)市の陸軍少年戦車兵学校で教官を勤(つと)めていた。そして本日、新たな命令受領に出向いた司令部で、新型戦車の車長を兼(か)ねた新設の戦車部隊の長に任命(にんめい)された。
 其の思い掛けない拝命は、やさぐれた気持ちを正して厭戦気分を一気に晴らし、熱情で私を満たしてくれた。
--------------------
 新たに設立される部隊の新型戦車は、千葉の戦車兵学校で視察を許された量産配備が始まったばかりの3式中戦車だと思っていたが違っていて、授業で試作量産中と聞いた攻守共に3式中戦車より強力な4式中戦車でもなかった。
 車長に任命された新型戦車は、5式中戦車と呼ばれて1式中戦車の倍ほどの大きさが有ったけれど、それは大きいだけで、1号試作車の性能項目表に記載された武装と装甲は4式中戦車と同じだった。
 主砲の75㎜戦車砲は、4式中戦車へ優先取り付けされる為に備(そな)わっていない。
--------------------
 車長への任命と共に受領した命令は、主砲の搭載を除いて完成している試作車輌を、『東海地方一帯に散らばる生産設備及び用意されていた資材と共に、北陸の小松製作所へ速やかに移動せよ』だった。
 設備や資材の移送は既に始まっていて、移送の殿になる試作1号車も、試作量産される5輌の仕様に合わせる改造の組み込み部品や予備部品と共に無蓋貨車に載せられ、昼間はトンネルや上空から見付からないように擬装(ぎそう)された切り通しに隠れて、夜間のみの走行で、5日間も掛けて移される。
 小松製作所は、北陸地方(古代に越(こし)の国(くに)と呼ばれて、大和朝廷の主権が及ばなかった地域だ)の昭和15年に市政に昇格した石川県小松市に在る。
 移送先の小松製作所は、小松駅の東側に本社の小松工場、1つ南側の粟津(あわづ)駅の北側に粟津工場、小松市と粟津町の間に今江(いまえ)工場、そして、福井県の敦賀(つるが)市の駅の南隣接地に敦賀工場が在った。
 本社の小松工場は、鉄道の引込み線が何本も有る近代的で大きな工廠(こうしょう)だ。
 広大な敷地に高くて長大な工場が8棟と倉庫や管理棟が20以上も建ち並び、大騒音を響(ひび)かせながら6本の50m以上もある太くて高い煙突からモクモクと黒煙を上げてフル操業をしているのに、敵の攻撃を受けていなくて全くの無傷なのには、とても驚いた。
 第9師団司令部の在る金沢市は陸軍の軍都だが、主力が外地へ出兵している現在は、留守部隊として居残りさせられている僅(わず)か1個中隊規模の歩兵しかいないが、それでも、軍都金沢では雑多な兵科だったが圧倒的に多くの陸軍の兵隊を見掛けた。
 海軍航空隊の神雷(じんらい)部隊が訓練基地とする、小松飛行場に隣接する小松市は海軍の軍都とされ、其の生産設備の7割で海軍の兵器と部材と弾薬を生産している。
 小松製作所は陸海軍の軍需工場の指定を受けているが、運営は背広を軍服に替えただけの経営陣に任(まか)されて、順調に規模を拡大させていた。
 再度の徴兵(ちょうへい)を受けていない年輩の熟練工(じゅくれんこう)が多く、効率の良い作業体制で多種類の兵器が製造されていた。
 年輩の男子工員に混じって10代の多くの若い女子挺身隊員が精密工作機械を操作している。
 『彼女達は関東の中島飛行機武蔵工場へ送られていましたけれど、爆撃で工場が破壊されたので戻って来ました。連日の爆撃で10数名の犠牲者が出ましたから、次の派遣先が決まる前に戻したのですよ。全員、飛行機のエンジン部品の製作担当だったから、1ミクロンの精度の加工も出来る1級の熟練工達ですよ。おかげで、チリオツニの製作も捗(はかど)っています』、そう、哀憐(あいれん)と頼(たの)もしさが宿った眼差(まなざ)しで彼女達を見る工場長に説明された。
--------------------
 小松工場と粟津工場の作業棟は、3年前に横須賀市が侵入したアメリカの双発爆撃機によって空襲されてから、日光の明り取りの凸凹(おうとつ)な屋根を平(たい)らにして土を巻き、低木と草を植えた対空擬装が施された。
 敷地内の作業に直接関係しない広場や運動場は開墾(かいこん)されて畑にされているし、畑や家屋の周囲にも成長の早い竹やニセアカシアなどが林のように植えられている。
 簡易的な植林で造成された林や庭の屋敷森に林業で育てた森でさえも、集中砲撃や絨毯爆撃で根こそぎ掘り返されて燃えてしまい、山火事の痕(あと)のように何も無くなってしまうが、だからといって、遮蔽(しゃへい)や欺瞞(ぎまん)をしないと、拠点や重要施設が簡単に見付けられて、あっさりと初動前から破壊されてしまう。
 『上空からは牧草地のようにしか見えなくて、危(あや)うく不時着地に指定するところだった』と、神雷航空隊の士官が擬装の自然さに感心していた。
 そんな入念な擬装に加え、富山県や福井県の方向から接近する敵機が発見されると、警報のサイレンと共に田畑で草木を燻(いぶ)した煙幕が張られて、小松市街と工場群、それに飛行場も上空から隠された。
 小松工場は戦闘艦の大口径の砲弾を作る水圧プレス機械など、海軍向けの工作機械や兵器の製造が主だが、マンガン鋼の履帯や不整地用車両などの陸軍向けの兵器製造を行い、陸軍の軍人も多く出入りしていた。
 『海軍の口径46㎝砲を3連装にした砲塔が、3基も装備した大戦艦の、其の砲弾を製造するプレス機械は、此処で製作して、呉市の海軍工廠へ納(おさ)めたんですわ』と、本土が連合軍に上陸される前なら厭戦思想の抵抗運動を疑(うたが)われて、人々が特高(とっこう)の略称で忌(い)み嫌う、反国家思想を弾圧する特別高等警察に連行され、拷問(ごうもん)と尋問(じんもん)の果てにでっち上げた非国民の罪状の自白を強要し、逮捕、投獄(とうごく)となってしまう帝国海軍の最重要機密を、工場長は、『こんな御時世になりましたから、話しますけれど』と、自慢気に語ってくれた。
 確かに、見た事も無い大型のプレス機械が並んで、バンバンと轟音と振動を響かせて大砲や戦車の部品を製造していた。
 今江工場は陸軍の飛行機部品で、粟津工場は海軍の飛行機部品を製造して周辺地域には協力会社が多く、滑走テストを行う為の短い滑走路も敷地内に備えている。
 高速偵察機『彩雲(さいうん)』の風防枠を製作している小松市の大領中町(だいりょうなかまち)に在る小松航空機製作所も海軍御用達の会社で、今後の北陸3県の防衛体制は、粟津工場で完成する『彩雲』の偵察能力に懸(か)かっているそうだ。
 両工場ではブルドーザーとトラクタも製作していて、海岸の砂丘地帯に造成された海軍小松飛行場や各工場の拡張に使用され、各方面の防衛陣地の構築にも活躍中だ。
 敦賀市にも海軍向けの鋳造(ちゅうぞう)部品の製作を行う為の敦賀工場が昨年に完成して、年末には稼働(かどう)体制になっていたが、今年の6月25日(月)、7月12日(木)、7月30日(月)、8月8日(水)と続いたB29爆撃機100機から単機、及び戦闘爆撃機2編隊による焼夷弾(しょういだん)と機雷と銃撃で、市街地の7割が燃え滓(かす)の建材が散らばる焼け野原になり、目標となった港湾施設は鉄屑(てつくず)と瓦礫(がれき)になって壊滅(かいめつ)してしまった。
 其の500人以上もの死傷者が出ている惨状に、僅(わず)かな被害しか受けなかった敦賀工場は、現在、開店休業状態になっていたが、大阪枚方(おおさかひらかた)造兵廠が製造した一撃で強敵のM4戦車を撃破できるという、個人携帯火器の製造冶具を増設して生産が始まるそうで、配備が間に合えば、人命の損耗(そんもう)が減(へ)り、圧倒的な火力のアメリカ軍と互角の地上戦が可能になると思う。
--------------------
 小松市から北に40㎞離れた県庁所在地の金沢市は、5式中戦車乙型2が完成次第に守備を命じられていた場所だ。
 歩兵第9師団の司令部が在る軍都だが、市内の野町(のまち)という場所に大きな町工場程度の絹布動力織物機械と卓上工作機械を製作する津田駒(つだこま)が、金沢市の北側の河北郡森本村には繰糸機(くりいとき)とベアリングを製作する海軍御用達の石川製作所が存在するくらいで、他には飛行機部品や自動車部品を作る小規模な会社が幾つか点在する程度の、とても軍需産業で栄える重要な工業都市とは言い難い、戦略的な価値に乏しい地方の小都市だった。
 現状は、金沢市に駐屯(ちゅうとん)する陸軍歩兵第七連隊などの師団主力が、守備任務に向かった沖縄から台湾の防衛へ移動させられていて、今は司令部の留守機能のみしか残っていない。
 こんな侘(わび)しい産業の軍事施設も僅かで、軍需的にも、兵力的にも、戦略的な価値の無い金沢市など、新型戦車を投入して防衛するに値するか、甚(はなは)だ疑問だった。
--------------------
 試作車の砲塔は相模原の第四陸軍技術研究所で、車体は川崎市鹿島田(かしまだ)の三菱重工業東京機器製作所で、クラッチやミッションの駆動系も三菱重工で製作された。
 エンジンは出力不足で現用機には不適格になった航空機用エンジンを転用する事になり、倉庫に眠る在庫と飛べない旧式機から外したエンジンを、ただ空気を速く掻き回すだけの高回転高出力から、負荷(ふか)が大きい地ベタを這い回れる高トルク低馬力へと改造調整された。
 主砲は4式7.5㎝高射砲の砲身を流用して半自動装填機も取り付けた戦車砲が、大阪陸軍造兵廠で試作されていた。
 正式名称を5式7.5㎝戦車砲として完成した主砲は試作車輌に搭載されて、3月下旬から射撃と走行テストが御殿場の富士裾野(ふじすその)演習場で連日行われた。
 其の後、テストで搭載した戦車砲は、量産化を優先すると決定された4式中戦車へ移され、同時に今後完成した5式7.5㎝戦車砲は、全て4式中戦車に搭載すると通達が有った。
 主砲が外された砲塔を載せた車体は、新たな戦車砲が決定しないまま開発中止となり、1号試作車は演習場近くの駒門(こまかど)廠舎内に隠された。
--------------------
 開発の再開が決定された5式中戦車の、たった5輌の試作量産に使う資材と、既に製作して各種試験を行った1号試作車を試作量産の仕様へ改造する為に駒門廠舎内から出されて、8月15日の夕刻から御殿場駅の貨物ヤードで重量物用平床貨車に積載された。
 始まった鉄道移送は、通過した灯火管制が布かれた夜間でも、資材を満載した貨車を連結する為に停車した各都市、沼津(ぬまづ) ➤ 静岡(しずおか) ➤ 焼津(やいづ) ➤ 浜松(はままつ) ➤ 豊川(とよかわ) ➤ 豊橋(とよはし) ➤ 名古屋(なごや) ➤ 岐阜(ぎふ) ➤ 大垣(おおがき) ➤ 米原(まいばら) ➤ 敦賀(つるが) ➤ 福井(ふくい)と、路線が東海道本線から北陸本線へと切り替わる滋賀県の米原の町以外は空爆や艦砲射撃による惨状が、月明かりや星明りに見えて、心底、『一億玉砕』と叫ばれる本土決戦が如何(いか)に困難を極(きわ)めるかを見せつけられた。
 密集していた町並みは、焼け炭と灰と煤(すす)けた割れ瓦だらけの広い荒れ地になって、冷め切らぬ焼け地の熱気と強い陽射しで、外壁が残ったコンクリートや煉瓦(れんが)造りの建物が、1つ、2つと陽炎(かげろう)になって歪(ゆが)み、まるで無念を嘆く墓標のように思えた。
 被災地域の木造家屋の全てと、活気で満ち溢れていた住民達は消えてしまった。
 家族全員が亡くなって、燃えてしまった家も少なくないだろう。
--------------------
 当初は3昼夜の予定で開始された移送は、有効な対抗手段が無い空襲を避けて、日没後の薄暮から夜明け前の薄明りまでの夜間に行われた。
 移動中の夜間は上空を大編隊で通過するB29の爆音を何度か聞き、トンネルや偽装された引き込み線で待機する昼間は、茹(ゆ)だるような暑さを避けて、風が通る貨車の下の日陰で寝ながらも、襲撃する獲物を探す敵の艦載機を見ない日は無かった。
 噂(うわさ)では、単機で飛来したB29から投下された、たった1発の新型爆弾の爆発は、広島市と長崎市の市街地の殆どを、一瞬で焼いて吹き飛ばしていたらしいと、聞いた。
 両都市は市民の半数以上の何万人もの人が死亡し、無傷の者は僅かだそうだ。そして、爆弾が炸裂した場所付近にいた人や動物は、途方もない高熱の熱線に焼かれて、瞬時に骨も残さず蒸発しているようだと聞かされた。
 一瞬で街と人々が無くなり、街と人々と生活の記録と記憶が消えてしまう。
 街角や路地で何がなされて、どんな歴史が有ったのか、何処の家に誰が住んでいて、どんな生活をしていたのか、今では分からない……。
 それは何という、無慈悲(むじひ)で、無情で、無残で、無念な事だろう。
 幾つも見て来た焼け野原を、更に、死の鎌(かま)で薙(な)ぎ払ってから、死の箒(ほうき)で掃(は)き終えた広がりの惨状を想像するだけで、戦場とは違う死の悲しみに息が詰まり、哀(あわ)れさを嘆く涙が溢れて頬を流れた。
(日本人が徹底抗戦して終末を長引かせるほど、白人達は地球上から大和民族を抹殺させようと考えるのであろうか?)
(ならば、天皇陛下の戦争終結の御言葉(おことば)を聞いた時点で、潔(いさぎよ)く戦闘を止めるべきだ!)
(さもないと、本当に日本人は、絶滅させられてしまうかも知れない……)
--------------------
 実際の移動日程は白昼の空爆で抉(えぐ)られた線路の修復と、破壊された列車の除去に手間取り、更に敦賀から武生への山中峠越えがD51機関車の重連結による牽引でも、連結した重量物貨車を分けなければスイッチバックの繰り返す急勾配を通過できず、其の慎重さと低速さ故に目的地の小松市への到着が計画より2昼夜も遅くなってしまった。
 驚いた事に山中峠を下る反対側の斜面からは、朝日が昇った白昼も走り、今庄駅の待機線や武生駅の貨物ヤードでの再連結も真っ昼間にどうどうと行われた。
「おい、防空担当によって、対空警戒はされているようだが、今日は晴天で上空から丸見えだ! 蒸気機関車の煙突からも煙が上がっている! 敵機に見付かったら、爆撃と銃撃を食らうぞ! 危(あぶ)なくないのか?」
 其の余りの無警戒ぶりに、日陰で屯(たむろ)して煙草(たばこ)を吸いながら雑談をしている国鉄職員達に、注意を促(うなが)した。
「そうや、中尉さん。なあんも無い田舎(いなか)やしねぇ。ほいで、ここら辺(へん)は空母の艦載機やと、遠過ぎて飛んで来れんがやわ」
「来られる近さで、酷い目におうとる敦賀は別やけど、来るんは、福井と富山を灰にしやがったB29だけやわ。ほやけど、あれっきりやし。ほやから、もう目ぼしい的が無うなった、こんな田舎は爆撃に来る価値も無いがやろ」
 たぶん、福井弁だと思う語尾が特徴的な北陸訛(なま)りで、峠越えを重連で牽引して北陸本線も引き継いで走る事になったD51の機関士と車掌が、攻撃する価値も無い辺鄙(へんぴ)な田舎だからという意味らしい説明をしてくれた。
--------------------
 小松製作所の本社でもある小松工場には、国鉄職員達が言っていたように空襲を全く受けずに快晴(かいせい)の8月20日の昼過ぎに到着した。
 直ちに積載貨物の1号試作車と部材や工作機械が手際よく降ろされ、所定の加工組立の部署へと運ばれて行った。
 通過した東海道本線沿線の大中都市の全て、北陸本線でも福井県の敦賀市と福井市が焼夷弾空襲で市街の殆どが焼け落ちていたし、更に、軍需工場が多い富山市は市街地を狙われて、無差別殺戮の被害は甚大だと知らされていたから、海軍の飛行場が在り、軍需工場が集中している小松市は、とても惨(むご)い事になっていて、移送されても、完成させる作業も捗(はかど)らないだろうと頭を抱えていたのだが、驚く事に工場も、飛行場も、街も、周辺も、全く被害を受けていなかった。
 其の辺りの事情らしきを、5式中戦車乙型2の製造工程の長と、99式高射砲を車載できるように改造しに大阪陸軍造兵廠から来た砲架技師で高岡市出身の大尉が言ってくれた。
「日本国内でも僻地(へきち)な北陸やさかい、アメリカさんは全然、興味が無かったんやろう。せいぜい、明治の中頃に富山から能登半島を廻とった、パーシヴァル・ローウェルさんの旅行記の記述と、がさつな地図ぐらいの情報しか持ってらんで、流刑地やとか、陸の孤島やとか、徳川さんの頃のままやとか、非常に辺鄙な戦略的に価値が無いと、考えとるんやわいね。以外と精密工業力が有るなんて、微塵(みじん)にも知らんやろねぇ」
 小松製作所は、確かに知られてはいなさそうで、他に石川県で地上標的になりそうなのは石川郡の松任町に在る国鉄の修理工廠ぐらいらしいが、北陸線の物流から破壊する必要が有るのか、疑わしいとも話していた。
 職工の親方達も言う。
「大東亜戦争の開戦前に見たんやけど、ほん時の舶来(はくらい)の日本地図には、若狭湾と富山湾と能登半島が描かれとって、富山と福井の街の場所と名前も書いてあんのに、どっこにも金沢は無いんやわ。金沢とか、小松なあんて、全然知らんがやわいね」
 技師さん達と似たような事を、語尾が聞き取り難い早口の金沢弁で、自分で見ていた舶来地図の表記の事実を語ってくれた。
 案外、この辺りが真実だろう。
 それに、神雷航空隊の飛行教官で、新兵訓練で北陸3県の上空を多く飛んでいる南方帰りの海軍少尉は、辺境の片田舎だと言わんばかりだった。
「2、3千mの上空から見ると、富山市や福井市と違って、金沢市は野原や空き地のような練兵場と林や森ばかりで、集落が少し纏(まと)まっているようにしか見えません。お城の周囲の市街地らしき処(ところ)も、木々や畑が多くて道沿いに家が連なる宿場町みたいに思えてしまう。だから、悲しいくらい、県庁所在地の街には全く見えないのです」
 古都だからとか、次の新型爆弾の投下目標だとか、戦略的な価値有る産業目標が無いとか、此の頃は単に日本人を無差別に殺戮(さつりく)しているだけの焼夷弾の絨毯爆撃を繰り返しているのに、金沢市が全く爆撃されない理由を、いろいろ噂されていたが、実際、アメリカ軍が怠惰(たいだ)で金沢市や小松市に興味が無いのと、碌(ろく)な情報も無かった所為で知らないだけなのか、作戦上の障害に成らない限り、この程度の小都市は後回しにされているのだと思う。
 そんな辺鄙な田舎町のような金沢市だが、それでも攻撃目標にされないように、更に、多くの植林と田畑化が市民総動員で急ピッチに行われていた。
 それに加えて、北隣の森本町と東金沢駅の中程から海辺と金沢駅の間を通り、西金沢駅と野々市町(ののいちまち)の中間辺りまで半円を描く、高さ6尺で厚み18尺に盛り土した土手に挟まれた幅100mの帯状の土地へ、目隠し用の植林が市内と同様に官民総動員で行われて、公園の林程度にはなって来ていた。
 見通しを悪くする目隠しとしては、樹高の高い常緑の針葉樹の森が理想的だが、成長させる時間は無く、それを補う為の土手の造成がされて、何処かの治山治水に影響の少ない山奥からの間引きするように樹高の低い木が抜かれて、牛馬で曳(ひ)く修羅(しゅら)という大型の木橇(きそり)で運搬されていた。
 9月初頭から始められていた植林の土木工事は、枕崎(まくらざき)台風の通過で一時中断したが、一部のみの冠水被害だけで日程の遅れを取り戻し、稲穂(いなほ)の刈り入れを済ませると、更に、作業速度が上がった。
 植え付けは人と馬の力のみと非力だが、植える樹木は生(お)い茂(しげ)る低木と街路樹並みの樹高の照葉常緑樹で、多人数によって数100本が等間隔で一斉に植えられる様は樹海が広がるようで壮観だった。
 市街地を流れる全ての用水は、暗渠(あんきょ)の蓋(ふた)が外(はず)されて道幅を狭くして敵の侵攻の障害とした。
 また、通行障害を酷くする為に水量豊かに流される用水は、刈り入れを終わらせた平野の水田を季節外れの水が満たすと、台風での冠水の残りも有って見渡す限りに湖のような景観にさせてくれた。
 ウネウネと曲がりくねる畦で仕切られた丸っこい形の田んぼの連(つら)なりに、小川のような用水から溢れんばかりの水が張られた様子は、辺りを水量豊かな湖沼(こしょう)だらけの大湿地帯にしてしまった。
 庭木や街路樹も増やされて木立だらけになった金沢の市街地は、木々の間に上薬(うわぐすり)を塗(ぬ)られて太陽の光を眩(まぶ)しく反射する黒光りする瓦屋根(かわらやね)が目立ち、眺(なが)めていると、まるで御伽話(おとぎばなし)に語られる湖沼に囲まれた森の中の不思議(ふしぎ)な都のように思えて来る。
 市街地に密集する黒光りの甍(いらか)の波は、上空から見るとキラキラと漣(さざなみ)が立つ大きな池に見えるのかも知れないと想像するだけで、迫り来る決戦の日も忘れて愉快(ゆかい)で楽しい気分になってしまう。
--------------------
 地上戦闘は、艦砲射撃が出来ない状況と航空機が飛べない天候の下なら、携帯火器の火力と数に勝るアメリカ軍へ対してでも、南方戦線の戦闘報告から、対歩兵戦は従来の我が帝国陸軍の戦法で充分に対抗できる。
 だが、圧倒的な破壊力の砲撃量を沈黙させる術と、厚い装甲で機動に優(すぐ)れた戦車を撃破出来る有効な兵器は無かった。
 其の物量に勝る敵の集中砲撃と戦車群の突進に、防衛線は次々と容易く突破されて、島嶼での戦闘よりも速い進撃をアメリカ軍に許している。
--------------------
 小松製作所で完成された6輌の5式中戦車乙型2は、1輌が富山県呉西(ごせい)地域の産業の中心で鋳造工業都市の高岡市の防衛を主任務に新湊(しんみなと)と伏木(ふしき)の町の間の守備位置への派遣と、2輌が北陸3県の軍管区を統括する軍都の金沢市の防衛に鉄道移送され、3輌は小松飛行場と近辺の小松製作所の諸工場を機動防衛する為に、小松市の今江潟や柴山潟(しばやまがた)の周辺と大聖寺町の外れに在る擬装した掩体壕(えんたいごう)に待機していた。
--------------------
 自分が乗車指揮を執る第1中隊の『チリオツニ』101号車は、金沢市内を流れる犀川の河口に在る漁港の金石の町と金沢駅近くの白銀町(しろがねちょう)を、一直線に結ぶ金石(かないわ)街道沿いの北町と藤江町の間を通る植樹帯の中から待ち伏せ攻撃をする事になるだろう。
 アメリカ軍が軍都金沢を攻略する価値が有ると判断して、其の為の地域情報や地理情報を得るならば、海岸線の砂丘地帯から金沢市の市街地へ至る最短ルートが見通しの良い金石街道で、戦車などの重量車輌が問題無く通行できる道路も、道沿いに電車軌道が敷設(ふせつ)された金石街道しかないと分かるはずだ。
 金沢市北西の大きな内灘(うちなだ)砂丘近くの粟(あわ)ヶ(が)崎(さき)町から金沢駅まで、浅野川の土手(どて)沿(ぞ)いにも電車軌道が敷設されていたが、周囲に湿地が多いのと、土手上の道も30tを越える重量車が連なっての走行に耐(た)えられそうもないと思われた。
 石川県は七尾港の在る七尾湾が、数回に渡って500個ほどの機雷が投下され、何隻が激しく損傷している以外は、能登地方にも、加賀地方にも、1発の爆弾や焼夷弾が落とされていなかった。
 手取川水系と大聖寺川水系で水力発電された豊富な電力で、各工場で複数の電気をフル稼動させ、居並ぶ大型水圧プレス機械と多数の工作機械の加工音の響きで工場が唸(うな)っていた。
 繁華街(はんかがい)には平時と変わらず商品が並べられ、市場も豊富とはいかないが、多くの生鮮食料品が売られて、飲食店も普段通りに営業している。
 道行く人達の服装は、着物が四割、作業服と洋服が3割、国民服が2割、学生服が1割で、駅周辺の商店街や市場での軍服は少数しか見掛けなかったが、第9師団司令部と第7連隊司令部の在る金沢城跡と県庁と警察署が並んで市役所と向かい合う金沢市の官庁街では、多くの陸軍の軍人が往来していた。
 津田駒という大きな軍需企業と関係取引の工場群には、陸軍と海軍の軍人が頻繁(ひんぱん)に出入りしていたし、海軍が軍都に指定した小松市の役所街や小松製作所には、特に海軍軍人が多く、関連する軍需工場や会社にも、大勢の海軍の軍人が出入りしていた。
 小松飛行場の周辺は、実戦部隊の搭乗員や整備兵を主体とした海軍の兵隊ばかりだった。
 家庭婦人は皆(みな)、着物かモンペ姿だったが、女学生達の半分くらいが女学校の制服のスカート、職業婦人達も多くがスカートを穿(は)いていて、大東亜戦争開戦当時のようなモダンというか、華(はな)やかな雰囲気(ふんいき)だった。
 女性達が全員モンペ姿で勢揃(せいぞろ)いするのは、召集されて行う屋外の野良(のら)仕事や土方(どかた)の人夫作業の時ぐらいだ。
--------------------
 髪型も帝都圏では贅沢(ぜいたく)だとか、敵性だとか、言われて避けられているパーマの女性も普通に歩いているのを、あちらこちらで見ていて、行き交(か)う誰も彼もが気にも留めず、咎(とが)める者はいなかった。
 低空で練習飛行をする海軍機と、大量に生産される兵器の部品の他は、大日本帝国が大きな被害を被っている戦争の非常時とは思えない平和な日常で、『此処は、本当に戦時下の日本なのか?』と、心底驚いた。
 勿論(もちろん)、戦時だから大勢の男子が出征していて、いなくなった彼らの会社や工場や役所での仕事を、家庭婦人会の女性達と勤労動員された高学年の小学生から高等学校までの男女の全生徒が、引継ぎながら軍事教練に励(はげ)んでいる。
--------------------
 各家庭と各事業所に工場の敷地、公園と土手には防空壕や避難壕や掩蔽壕(えんぺいごう)が掘られ、鉄道の引込み線は擬装網で覆って隠していたし、苗(なえ)を植えれそうな土地は何処でも田畑にされていた。
 掲揚(けいよう)する日の丸や旭日旗(きょくじつき)と戦意高揚(せんいこうよう)の横断幕などは最低限の少なさで、高空を敵機が通過する度に空襲警報のサイレンが鳴り響いて煙幕が覆ってくれたし、日没から夜明けまでは灯火管制で真っ暗になっている。
 目に映(うつ)るそれらも、非日常性の緊迫感(きんぱくかん)は無く、街や住人達の雰囲気は全(まった)くの平時の喧騒(けんそう)と感覚で、北陸地方の治安(ちあん)は良好だった。
 憲兵隊は警察や特高と通称される特別高等警察から依頼が有っても、軍や軍関係以外には出動せず、反体制や反戦の厭戦意識を煽(あお)るアジ演説とビラ配りなどを実行する活動家は、直ぐに警察や特高が捕らえていたが、憶測(おくそく)や噂や誘導からの決め付けで不起の者を拘束する事は無かったというよりも、この時期、巷(ちまた)では市民が警察や特高の動きを警戒して監視しているように思えた。
 切迫する戦局は、誰もが『なるようにしかならない』と自覚して淡々(たんたん)と日々を営(いとな)ませる状態に、過度な取締りが逆に、大規模な反戦のサボタージュと国家転覆の破壊工作を行う過激な抵抗運動を誘発すると考え直した官警は、基本法規の遵守を優先させて国民の生活の安全と財産保護に徹(てっ)するようになっていた。
 北陸の人々は、この過酷な戦況を理解して、戦争の終結が近い事を察(さっ)していた。
--------------------
 いずれ、この越の国の北陸にも、圧倒的な兵力の敵が上陸して来て淡々とした日常は終わり、いかに我々が勇猛果敢(ゆうもうかかん)に抗(あらが)い戦おうとも、強力な敵の物量攻撃に山奥深くまで追い詰められて蹂躙(じゅうりん)されてしまい、鬼畜米英(きちくべいえい)に抵抗し続ける限り、日本民族は根絶(ねだ)やしにされるだろうと、言葉や文字にしなくても誰もが思っていた。
 『一億玉砕』という本土決戦での徹底抗戦が決定した以上、直ぐに本州と九州の太平洋側へアメリカ軍は上陸して来るだろう。
 身を挺して切り込む日本人達と死闘を繰り返しながら、迅速に内陸へと戦火を拡大して行く。
 関東は年末までにアメリカ軍が、帝都の市街地へ南北から侵攻して来ると考えている。
 そうなると、完全に包囲される直前の1月早々には、天皇陛下が東京の皇居から長野県埴科郡松代町の大規模地下壕へ動座して、大本営も一緒に移設する計画だと聞かされていた。
 其処も、やがて連合軍に包囲されて完全に逃げ場を失ってしまうだろうと、私個人は考えていた。

▼昭和20年 9月20日 木曜日
 4日前の16日から九州南部を大暴風域に捕らえた大型台風の16号は、翌17日の午後2時に鹿児島県の枕崎辺りに上陸して猛烈な暴風と豪雨で甚大な被害を齎(もたら)したと、金沢城内に在る金沢師管区司令部まで出頭して越乃国(こしのこく)梯団(ていだん)の配置計画を報告した際に知らされた。
 金沢師管区司令官の藤田進(ふじたすすむ)陸軍中将は、『これぞ正(まさ)しく、2度の元寇(げんこう)から日本を救った、神風だ』と、同席していた金沢連隊区司令官の越生虎之助(こしぶとらのすけ)陸軍中将や副官と参報達と喜んでいたそうだが、九州を斜めに横断した進路のままに広島から岡山と通って日本海へ抜け、更に、勢力を弱めながら能登半島と東北地方を横断して18日の午後には太平洋へと列島から遠ざかった、其の枕崎台風と名付けられた昭和九年以来の大型台風の被害は、外敵のアメリカ軍を撃退するどころか、余りの日本への被害が大きくて意気消沈していた。
 昨日までの我が帝国陸海軍と傍受した連合軍の無線交信から得て聞かされた情報では、鹿児島県の西岸の吹上浜と東岸の志布志(しぶし)湾に上陸したアメリカ軍は吹上(ふきあげ)地区と串良(くしら)地区に布陣して、我が軍の善戦しながら後退する3式中戦車を主力とした、第18、第37、第40、第43の各戦車連隊を次々と撃破していた。
 鹿児島市を包囲する形で合流し、更に、日向灘(ひゅうがなだ)の南部に上陸した連合軍とも合流して鹿児島県を九州の防衛圏から分断したが、台風の御蔭で戦闘は中断していた。
 防衛最前線の九州は土砂崩れと冠水の続出で各防衛拠点への連絡と交通は途絶して、殆どの拠点陣地は孤立してしまった。
 九州南部を占領するアメリカ軍のコロネットと名付けられた作戦は、鹿児島県の分離で一旦終了するはずだったが、朝鮮半島南部に迫るソ連軍の脅威(きょうい)に早められたコロネット作戦は、作戦計画の九州南部だけでは停止せずに続行され、斥候や上空からの偵察で調べ上げた無事な幹線道路や進撃路で宮崎県北部へ、そして、一部のアメリカ軍は阿蘇(あそ)山の外輪山脈を越えて熊本県北部へ進軍した。
 暴風域が去って酷い時化だった海上が落ち着くと、退避して侵攻を停止していたアメリカ軍の陸兵は、退避海域から戦闘艦と共に戻って来た上陸用艦艇に乗り込み、留守部隊しか居ない銃後の後方域へ上陸して橋頭堡を確保した。
 それからは、陸上を進軍して来る部隊と合流して次々と防衛隊拠点を各個撃破包囲する計画だったが、何処も彼処(かしこ)も洪水と土砂災害の九州全域の状態にアメリカ軍は侵攻を止めている。だが、足止めされるのは、精々10日間から2週間程度だ。
 台風の被害が整理されてアメリカ軍が進撃を開いたら、瞬く間に九州は占領されるだろう。
 だから、大分県と福岡県の県境から久留米(くるめ)、鳥栖(とす)から有明海まで、我が軍は防衛線を築(きず)こうとするだろうが、
 台風の被害で資材や兵員の移動は進まず、3週間後と予想されている、機械化されたアメリカ軍の攻撃には間に合わない。
 北方は、歩兵中心の第七師団と宗谷(そうや)海峡や津軽(つがる)海峡を守備する要塞(ようさい)部隊しかいない北海道が、千島(ちしま)列島と樺太(からふと)から南下して猿払(さるふつ)、小清水(こしみず)、天塩(てしお)の海岸へ上陸したソ連軍と、函館(はこだて)と苫小牧(とまこまい)に上陸したアメリカ軍の急進撃によって、日高(ひだか)山脈を境(さかい)に南北に分断占領されそうになっているらしい。
 台風の被害が少ない北海道は、台風が来ないオホーツク海からと台風の影響が殆ど無いウラジオストックやナホトカなどの日本海沿岸の港湾都市から、道北へ上陸したソ連軍部隊への補給は途絶(とだ)えなく行われているが、台風の強風で海上が大時化(おおしけ)になる太平洋側から上陸したアメリカ軍は、しばしば補給が中断されて道東、道北への進攻が遅延(ちえん)してしまい、ソ連軍を上陸した地域に留めて置ける状態ではなかった。
 このソ連軍の素速(すばや)い道央への進撃による北海道分断占領化は、大日本帝国が降伏した後の連合国による日本領土の分割統治地域に大きく影響して、アメリカは酷く後悔する事になるだろうと、そんな予見が私の脳裏を過ぎた。
 朝鮮半島も満州国を蹂躙したソ連軍の大群が停止する事無く攻め込んで、現在は大邸市の防衛線で激戦中だそうだ。
 朝鮮半島の戦闘状況は傍受(ぼうじゅ)した連合軍将兵へのラジオ放送で知った。
 南端の釜山(プサン)市や百済(くだら)の地は、イギリス軍やアメリカ軍の上陸に備えているが風前(ふうぜん)の灯(ともしび)だ。
 九州と朝鮮半島の中間に在る対馬列島は、既に上陸して守備隊と戦闘中のイギリス軍に任せ、ソ連軍が九州北端の玄界灘(げんかいなだ)や響灘(ひびきなだ)へ上陸する前に、九州北部と山陰(さんいん)地方へ速やかに進軍して占領させる計画だと言っていた。
 作戦機密に抵触(ていしょく)するラジオ放送の内容の大胆(だいたん)さは、既に進軍状態がラジオ放送の発表内容以上に達成していて、充分に作戦計画の完遂(かんすい)を見通せるからなのと、ソ連に日本本土への上陸を躊躇わせる為だと察せられた。
 福岡(ふくおか)、博多(はかた)まで進軍されれば、朝鮮半島の南端に追い詰められているだろう日本軍には、最早、降伏か、玉砕か、の選択しか残されていない。
 東北地方の太平洋側はアメリカ軍が、日本海側はイギリスを中心としたオーストラリア、ニュージーランド、カナダの軍が加わるイギリス連邦軍が上陸を始めて、水際撃滅を狙った我が軍の反撃は全て粉砕されたとも、傍受した放送は話していた。

▼昭和20年 10月4日 木曜日
 戦禍(せんか)で疲弊(ひへい)していた関東地域や東海地方の兵器製造は台風被害で決定的に貧窮(ひんきゅう)し、とうとう携行する武器弾薬の製造は停滞してしまった。
 消耗する武器弾薬の補充を断たれた我が本州防衛部隊は、全戦線で壊滅状態になって内陸へと後退戦闘中だが、まだ敗走状態にはなっていない。
 最早(もはや)、留まって持久戦を行う為の恒久陣地を構築する資材も、時間も、武器弾薬も、そして、気力の余裕は全く無かった。
 人海戦術(じんかいせんじゅつ)頼りの捨て身の自爆攻撃と、完全擬装に待ち伏せと、後方撹乱(かくらん)の激しい戦闘で必死に防戦していたが、アメリカ軍は著しく侵攻速度を鈍らせながらもジリジリと、占領地を広げている。
 ソ連軍を本州へ上陸させない為にイギリス連邦軍は既に佐渡島(さどがしま)を占領し、更に、新潟県西部の柏崎(かしわざき)から糸魚川(いといがわ)の海岸に上陸して長野県へ侵攻中だ。
 県境の信濃川(しなのがわ)上流の群馬県水上(みなかみ)方面へは殆ど無抵抗に進軍しているらしいが、上越(じょうえつ)から赤倉(あかくら)・黒姫(くろひめ)の妙高(みょうこう)方面へと糸魚川から白馬(はくば)・大町(おおまち)方面へは、山峡(さんきょう)に連なる峠で我が第12方面軍の戦車連隊と激しく交戦中だ。
 鳥取県へアメリカ軍が上陸して橋頭堡を確保しただけで、山陽(さんよう)、四国(しこく)、関西(かんさい)、紀伊(きい)、東海(とうかい)へは瀬戸内海(せとないかい)と伊勢(いせ)湾を無数の機雷で封鎖(ふうさ)して上陸後の侵攻はしていない。
 これで、年明けに松代(まつしろ)の大本営が陥落して虜囚(りょしゅう)となった日本政府と大元帥閣下(だいげんすいかっか)が無条件降伏すれば、アメリカやイギリスなどの連合国は北海道南部と、決して朝鮮半島全土では納得しないソ連に譲歩(じょうほ)した半島の南部のみを交換占領する事にして、ソ連による日本の本州以南の共産化を阻むだろうと考えた。
 生き残れたら、日本本土は津軽海峡で南北に分断統治される事を知るだろう。
--------------------
 戦略的に殆ど価値が無い北陸の福井、石川、富山の3県へは、ソ連軍の上陸を防止するという理由だけで、2ヵ月以内にアメリカ軍の上陸攻撃が開始されるだろうと考えた。
 断崖が続いて揚陸に適さない福井県嶺北(れいほく)地方の越前(えちぜん)海岸で上陸作戦が可能な海岸は、若狭(わかさ)湾と石川県に近い三国(みくに)の浜だが、若狭湾沿いは山地が迫る狭い平地の地形で、内陸の福井平野南端の武生(たけふ)地区まで険(けわ)しく長い山間の国道12号線を通るしかないが、狭い道幅の路肩(ろかた)は30tを越える超大型の重量車輌の通行に対応していない。
 それに加えて、相次(あいつ)ぐB29爆撃機からの機雷投下で厳重封鎖されているから、敵の船舶は若狭湾に近付かないだろう。
 福井平野への侵攻は、滋賀県の余呉湖から県境の山地の栃(とち)の木峠を越えて今庄(いまじょう)地区へ出る北国街道を通って可能だが、道筋は国道12号線よりも険しくて長く、路面も同様に重量車輌の通過は困難で、唯一(ゆいいつ)陸路から重量40t近くの敵戦車が侵入できるのは鉄道路線だけだった。
 福井市へ進軍し易い三国の浜から石川県へは、多い河川と県境の山地が速やかな進撃を妨(さまた)げるだろう。
 海岸真際(まぎわ)まで深くて海岸線全体が弧を描く富山湾は、殆どが砂浜で、大規模な肉迫上陸が短時間で可能だが、艦砲射撃で援護する戦艦群や兵員や物資を満載した輸送船は、湾全体から狙い撃ちされてしまうし、接近する空母群も能登半島から所在を把握されて、七尾湾に潜(ひそ)む特別攻撃艇や特殊潜航艇で攻撃され、いずれも多大な損害を被ると予想される。となると、福井県との県境から中能登まで砂浜が長大に続く石川県の海岸は、最小限の損害で上陸が可能だと判断されるだろう。
 ただ、遠浅の海岸は沖合で上陸舟艇が発進する事となり、我が軍の防御射撃を長時間浴びる事になるが、彼らは乗り上げた舟艇が砂地の海底から離岸できるかなど、気にする事無く、上陸する兵士達を溺れさせない為にも、満潮時に全速で可能な限り岸近くまで勇敢(ゆうかん)に突っ込んで来るだろう。
 それに、遠浅な海岸にこそ、水陸両用戦車が適していて、舟艇よりも先に何列もの横並びになった水陸両用戦車で上陸して来るはずだ。
 また、大型艦船は不用意に海岸へ接近できないので、奥深い艦砲射撃は出来ない。
--------------------
 昭和20年10月上旬の福井県は第53師団の徴兵区とされていて、敦賀市に駐屯していた配下の歩兵第119連隊は第53師団に移籍して滋賀県の大津(おおつ)市に移駐していたが、昭和19年にビルマ方面へ派遣されて、現在は、ビルマ南部のシッタン川の渡り場を守備中らしいが、連合軍は全戦線で攻勢を掛けているから、既に、タイの国境を越えて転進しているかも知れない。
 福井市の南隣に位置する鯖江(さばえ)市に駐屯していた第28師団所属の歩兵第36連隊は、昭和19年に満州国のチチハルに移駐し、更に、沖縄県南大東島(みなみだいとうじま)へ移駐しているらしい。
 敦賀市に駐屯していた歩兵第19連隊も昭和15年に満州へ派遣された後、昭和19年7月に沖縄本島へ移駐し、更に、昭和19年12月末に台湾へ移動していた。
 したがって、昭和20年8月の福井県には嶺北・嶺南(れいなん)の両地方共、中隊規模の留守部隊と敦賀市と大野(おおの)郡の捕虜収容所の監視兵以外に、郷土防衛をする陸軍部隊の兵力はいなかった。
 富山市に駐屯していた第9師団所属の歩兵第35連隊は、昭和15年に満州に駐屯地を移した後、昭和19年7月に沖縄本島へ移駐し、更に、昭和19年11月には台湾へ移動した。
 金沢市の第9師団所属の歩兵第7連隊も昭和15年に満州に派遣された後、昭和19年7月に沖縄本島へ移駐し、更に、昭和19年11月には台湾へ移動している。
 富山県と石川県も第9師団が台湾防備に移動した後は、帝国陸軍の戦闘部隊は皆無状態になっていて、北陸3県の防衛は、小松飛行場他、北陸に点在する飛行場の海軍や陸軍の航空部隊と主要な港を警備する海軍陸戦隊と施設部隊に陸軍の船舶工兵、防空の任務を担当する僅かな陸軍高射砲部隊、駐屯施設に勤務する内勤部隊、後は、雑務を行う軍属と若年の勤労奉仕隊などが担(にな)うしかないが、移駐した師団や連隊が管理する武器弾薬庫を開放して残された在庫を総浚(そうざら)いしても、小銃、拳銃、機関銃、手榴弾など、各自が携帯する武器が全く足りなくて、およそ8割の防衛隊員は包丁、手斧、竹槍からシャベル、ツルハシなどの貧弱な武装を携(たずさ)えるしかない有様だった。
 一部の士族の家柄や加賀の一向一揆(いっこういっき)に加担した先祖を持つ農家からの勤皇隊員は、家宝の刀、短刀、槍(やり)、薙刀(なぎなた)、弓矢などを持参して来て、防衛隊の誰も彼もが血気盛んで勇(いさ)ましい。
 其の様な切迫する状況でも、予想される連合軍の北陸上陸に備えて、関西や瀬戸内方面から海軍の余剰兵器と弾薬が操作兵達と共に、続々と鉄道輸送で送り込まれて新たに造営された陣地に展開中だ。
 それに、M4戦車を撃破できる近接戦闘の決戦兵器として、遠路ドイツからの回航に成功した潜水艦によって運ばれたドイツ人技師と製造技術で開発された携帯火器が3000丁と、其の弾薬が関西の造兵廠枚方製造所と関東の相模陸軍造兵廠から製造冶具と共に、1号試作車と資材が移動し終えた直後に小松製作所へ送られて来ていて、取り扱い指導要員の養成教育が為(な)された。
 それはチリオツニの展開配備と同時に、福井県嶺北地域と富山県西部域と石川県の金沢市辺りから加賀地域へ配備され、養成された指導要員が現地で射手に訓練を行っている。
 其の携帯決戦兵器は開店休業中だった小松製作所の敦賀工場でも冶具と工程を複製して量産中で、福井県南部や滋賀県への配備が進められていた。
--------------------
 金沢市の北方に在る河北潟は石川県最大の大池で、高さ40m~50mの大砂丘で日本海と隔(へだ)てられていて、金沢市の市内北側を流れる浅野川は河北潟へ注(そそ)ぎ、更に、河北川で大野湊から日本海へ流れている。
 其の河北川の河北潟近くの砂丘側に海軍の水上機基地と、南側に金沢飛行場が在ったが、殆ど使用されていなかった。
 金沢市北側の河北潟や金沢飛行場の周辺は湿地帯で、葦(よし)の原と蓮根畑(れんこんばたけ)や深田(ふかだ)ばかりが広がり、チリオツニの重量に耐える道は、金沢市の卯辰山の横を流れて河北潟へ注ぐ浅野川の土手脇を走る民間鉄道の線路上しか無いが、台風の豪雨で河北潟が氾濫して、金沢駅から大野湊の対岸になる粟ヶ崎地区の駅までの道程の3分の1が冠水した。
 こうなると粟ヶ崎へは、ずっと北の能登半島の付け根辺りになる河北郡宇ノ気(うのけ)村から砂丘を南下するか、小船で行くしかないそうだ。
 犀川や伏見川(ふしみがわ)の土手は決壊しなかったが、依然、濁流で水量が多く、河口付近の低地は冠水して、宮腰から大野湊までの金石砂丘や粟ヶ崎の砂丘が島のように見えていた。
 金沢市正面の宮腰の漁村から大野の湊町までの金石砂丘の手前も深田の湿地帯で、通れるのは直線道路の金石街道と街道沿いに敷設されている電車の線路だけだった。
 水田の冠水面積は粟ヶ崎周辺と同様だったが、水位は低く湿田ようで、金石街道と電車道を腰まで浸かって歩いて行けない事はなかった。
 無線で梯団の各車に周辺の台風被害を報告させると、大聖寺川の水位は危険域に上昇しているが氾濫や冠水被害は無く、富山県の高岡市と新湊の地区も被害は無かったが、小松市の柴山潟と今江潟は溢れて周辺の低地の田畑や住宅地が冠水し、それに、能美(のみ)郡の梯川流域と石川郡の手取川流域の低地の各所でも冠水が多発していた。
 心配された海軍小松飛行場と小松製作所への被害は無かったが、冠水と泥濘(ぬかるみ)で防衛陣地の構築に遅れが発生している。
 更に、新たな台風が通り過ぎ、天候が優れないままに冷たい時雨が降り出せば、第1中隊の1号車と2号車が守備に就くどちらの地区も、チリオツニと敵のM4戦車は行動を著(いちじる)しく制限されてしまうだろう。

▼昭和20年 10月6日 土曜日
 午前6時に大聖寺の料亭から配られた朝飯の大きなオニギリを2つ、平床貨車の床まで使い古された魚網(ぎょもう)を被せてから隙間無く樹木の枝で覆(おお)ったチリオツニの砲塔上に座り、線路の継ぎ目に揺(ゆ)られながら食べる。
 列車は高空を単機で通過する偵察型のB29を発見する度に、最寄りの駅の待機線で停車して、金沢駅の貨物ヤードで第1中隊の車輌が積まれた50t積み低床式大物車2輌と、随伴部隊の4輌の94式6輪自動貨車を載せた2輌の15t積み平床式貨車車及び、小松製作所で製造した武器弾薬や海軍の余剰(よじょう)兵器を満載した6輌の無蓋貨車の内4輌を切り離して、列車が第3中隊2号車の配備地の高岡市へ向かったのは、午前9時になっていた。
 積載した時と同様に平床貨車から慎重にチリオツニと、補修部品及び補充弾薬や燃料のドラム缶を満載した2台の6輪自動貨車を降ろして点検した後、車輌と中隊員を整列させ、それぞれの待機位置へ向かったのは正午調度だった。
 待機場所近くまでは、先導にサイドカーと94式軽装甲車が、後衛にも94式軽装甲車が付き、随所に会館と兵隊が警護する、大勢の市民が沿道で日章旗(にっしょうき)や旭日旗を振って歓迎してくれる金沢市内の電車が走る石畳の道路を、道面を傷(いた)めないように時速5㎞の低速で走行した。
 武蔵が辻(むさしがつじ)の交差点で直進して橋場町(はしばちょう)から国道橋の浅野川大橋を渡り、待機位置の鳴和(なるわ)地区へ向かう2号車隊と別れて右折すると香林坊(こうりんぼう)、片町(かたまち)を過ぎ、国道橋の犀川大橋を渡ったところの坂を上って野町広小路(のまちひろこうじ)を左折して、寺町台地を野田山(のだやま)の裾(すそ)に広がる野村練兵場から右手の竹林内に通された道へ入り、待機場所の泉野(いずみの)の丘の上へ着く。
--------------------
 竹林の際から20m程入った場所でエンジンを止め、更に、30m奥まった場所を随伴部隊の設営地に決めると、上空からの遮蔽とチリオツニの外周防御を考えながら、料亭で入れて貰った水筒の御茶を飲み、昼飯の調達を警護隊の隊長に頼もうとしたところへ、彼女達が現れた。
 野村錬兵場近くの長坂地区の婦人会挺身隊の着物の上に割烹着(かっぽうぎ)を着た御婦人達が、オサンドンの仕度(したく)を持って来てくれて、その長坂地区婦人会の会長の女性が私に言った。
「これから毎日、私達15名が皆様方の御食事と井戸水の用意、それに、御風呂などの身の回りの御世話をさせて頂きます」
 婦人は、髪を覆う姉さん被りの手拭(てぬぐ)いを取り、深々と頭を下げた。
 御婦人の後ろに国民服を着た平井章(ひらいあきら)石川県知事に沢野外茂次(さわのともじ)金沢市長らしき年輩の男性と、各校下で結成された国民義勇中隊の長達が警官隊を連れて来るのと、それに金沢師管区司令官の藤田進中将と金沢連隊区司令官の越生虎之助中将が共に佐官級の副官数名と護衛兵達まで連れて、竹林内の道を徒歩で遣って来るのが見え、ただちに第1中隊1号車部隊の全員を招集して整列させた。
 師管区司令官、連隊区司令官、知事、市長からの挨拶と労(ねぎら)いの言葉を続けて頂戴した後、私が報国(ほうこく)の強い意思と守り通す決意を伝えて、副官達の最上位官である大佐によって振る舞われた御神酒(おみき)の乾杯の音頭と万歳三唱がなされ、其の後に行われた5式中戦車乙型2の見学と性能説明が済むと、挨拶式は解散となり、知事と市長の御一行様と2人の司令官御一行様は来た道を戻って行ったが、私は、再び隊員達を整列させて、15名の御婦人達に、御世話になる旨(むね)と感謝の御礼を言い、全員で捧(ささ)げ銃の儀礼を行った。
--------------------
「この女学生3名が、戦車の搭乗員の方々の御世話を致しますが、なにぶん若いので、足りないところは私に申し付けて下さいませ。きつく叱(しか)って指導しますから」
 儀礼式の後、チリオツニへ戻る五名の搭乗員に、世話係りを紹介する婦人会会長の強い物言(ものい)いに、横1列に並ぶ日本手拭(てぬぐ)いを姉(あね)さん被りをして、女学校の制服に前掛(まえか)けを付けた女子達は、見ると3人とも顔を伏(ふ)せていた。
「婦人会会長殿、ありがとうございます。御世話になります」
「それでは、これで私は行きますが、……3人とも、しっかり御世話をしてちょうだいね」
「はい!」
 念押しをして立ち去る婦人会会長に歯切れの良い返事を3人はかえす。
 大きなヤカンと小さな炭俵を持つ少女が顔を戻して、搭乗員を1人ずつ順番に見ている。
 急須(きゅうす)と重ねた湯呑(ゆの)み茶碗入れて手拭いを掛けた御盆を両手で持つ少女は顔を上げると、正面に立って見詰めている操縦手の指中一等兵と目が合い、見る見る顔を赤らめて、また俯(うつむ)いた。
 竹の皮に包まれた幾(いく)つものオニギリと漬物(つけもの)を入れた丼(どんぶり)が見えている風呂敷(ふろしき)包みを両手に持つ少女は、最初に、私を一瞥(いちべつ)すると視線を見定める様に皆に流してから戻し、そして、じっと私を見据(みす)えて言った。
「紹介します。そちらから、天池(あまち)真木子(まきこ)、15歳です。こちらは、錦城(きんじょう)祥子(さちこ)、16歳です。そして、私は鷹巣(たかのす)淑子(よしこ)と言います。17歳です。3人とも、ミッション系の北陸女学校の生徒です。不束者(ふつつかもの)ですが、宜(よろ)しく御願いします。……ほら、御辞儀をしなさい」
 そう自己紹介をして笑顔になると、3人の少女は揃って頭を下げた。
(……不束者ねぇ、まるで嫁入りの挨拶だな。それに、わざわざミッション系と言う辺り、いろいろと婦人会へ意見でもしているのだろう。婦人会会長が釘(くぎ)を刺(さ)す訳だ)
「宜しく御願い致します。御世話になります」
 私が感謝の意を返す。
「御世話になります!」
 続いて乗員達も、声を揃えて頭を下げ、最敬礼(さいけいれい)をする。
 ヤカンと炭の子は錦城祥子さん、急須と湯呑みの子は天池真木子さん、そして、オニギリと漬物の子が年長でリーダー格の鷹巣淑子さんだ。
(3人とも、可愛(かわい)くて美人だから、明日にも戦死するだろう若い戦車搭乗員達への手向(たむ)けとして、身の回りも世話させる為に、彼女達が選ばれたのかも知れないな……)
 これが、8月に17歳になったばかりの鷹巣淑子との始めての出会いだった……。

 

 後編につづく。

 

f:id:shannon-wakky:20191104215038j:plain

 

登場人物
邑織 染二郎 帝国陸軍大尉 独立戦車梯団『越乃国』梯団長 第1中隊隊長1号車 車長 滋賀県高島郡朽木村針畑地区出身 25歳
加藤 正 帝国陸軍少尉 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊1号車 砲手 台湾高雄市出身の高砂族25歳 妻帯者 子供が1人 台湾名「郭 世新」
上杉 学 帝国陸軍准尉 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊1号車 装填手 朝鮮太田市出身の朝鮮人 24歳 婚約者がいる 朝鮮名「李 明照」
指中 三郎 帝国陸軍1等兵 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊1号車 操縦手 16歳 福島県白河町出身
赤芝 真 帝国陸軍2等兵 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊1号車 前方機銃手兼無線手 15歳 滋賀県多賀町出身
小鳥遊 芳光 帝国陸軍少尉 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊2号車 車長 静岡県清水市出身
王 徳明 新設南京政府軍准尉 独立戦車梯団『越乃国』 第1中隊2号車 砲手 中国山西省陽曲市出身 汪兆銘の南京政府に賛同した元国民党政府軍の陸軍砲兵少尉 26歳 妻帯者 3人の子供と妻が江蘇省鎮江市で妻の両親と同居
村上 宏一 帝国陸軍曹長 独立戦車梯団『越乃国』 第2中隊隊長 1号車 車長 金沢市出身
鈴宮 春二 帝国陸軍准尉 独立戦車梯団『越乃国』 第2中隊2号車 車長 神戸市生田区出身
千反田 一二三 帝国陸軍少尉 独立戦車梯団『越乃国』 第3中隊隊長 1号車 車長 飛騨郷出身
小久江 清嵩 帝国陸軍准尉 独立戦車梯団『越乃国』 第3中隊2号車 車長 静岡県焼津市出身
天池 真木子 金沢市長坂地区婦人挺身隊 北陸女学校生徒 15歳 11月9日生
錦城 祥子 金沢市長坂地区婦人挺身隊 北陸女学校生徒 16歳 7月3日生
鷹巣 淑子 金沢市長坂地区婦人挺身隊 北陸女学校生徒 17歳 8月11日生
井上 芳佐 帝国陸軍中将 5式中戦車乙型2の再開発と試作量産の総責任者
八原 博通 帝国陸軍大佐 5式中戦車乙型2の再開発室長 元第32軍の高級参報(沖縄本島から生還)
福富 繁 帝国陸軍中佐 5式中戦車乙型2の再開発室長補佐 元第28軍主任参謀(ビルマ戦線から人事移動)45歳
小林 修二郎 帝国陸軍大佐 陸軍大学教官
外山 尚孝 帝国陸軍少佐 陸軍研究部員
野口 剛一 帝国陸軍少佐 陸軍研究部員
金沢師管区司令官 藤田 進 帝国陸軍中将
金沢連隊区司令官 越生 虎之助 帝国陸軍中将
石川県知事 平井 章
金沢市長 沢野 外茂次
5式中戦車乙型2の製造工程長
大阪陸軍造兵廠の砲架技師 帝国陸軍大尉 高岡市出身
神雷航空隊の飛行教官 帝国海軍少尉(南方戦線から帰還)
金沢師管区と連隊区の司令官の副官達
ロケット兵器『桜花』の搭乗員達
金沢市国民防衛隊の指揮官達と隊員達
勤皇少年隊の隊員達
石川県警官隊の警官達
国鉄職員達
小松製作所と協力会社の職工達と親方達
金沢市長坂地区の婦人会会長と婦人挺身隊の隊員達
金沢市長坂地区の地区長と部下達
大聖寺町の料亭の女将と従業員達
『越乃国』梯団の各中隊車輛と通過経路を護衛する帝国陸軍の兵士達と警察官達
小松市と金沢市の市民達
レイテ島の帝国陸軍 第1師団(玉兵団)、第16師団(垣兵団)、第102師団(抜兵団)、高千穂空挺隊、などの兵士と隊員達
レイテ島、タバンゴの港と沖の哨戒艇の帝国海軍の将兵達
レイテ島の住民達
レイテ島のアメリカ陸軍と海兵隊の兵隊達
レイテ島のフィリピンゲリラ達

 

 越の国(越乃国/高志国/越洲)とは、大和朝廷に越前、加賀,能登、越中、越後として征服支配される以前の古代(縄文・弥生期)の統治国家。
 富山湾と敦賀湾を中心として長期に栄えた、現在の北陸地方と信越地方の西部(福井県、石川県、富山県、新潟県)。
 古代に日本海沿岸地域に栄えた日本海環文化の一部(日本海の潮流と風向きから能登半島と佐渡島へ漂着し易かった)
 住民は蝦夷系の先住民と朝鮮半島北部やモンゴル・シベリアからの渡来人で盛んに交わり、共存共栄していた。

 実在した5式中戦車(チリ車)は、戦局を逆転させるべく密かに開発された戦車で、本土決戦の準備が叫ばれる時期において、列強の戦車と比較して優るとも劣らない「決戦兵器」になる筈でした。
 帝国陸軍においての開発順序の最後で、試作までされた中戦車です。
 自動装填装置を備えた長砲身の75㎜砲を主砲とし、副砲として37㎜砲を車体前部に搭載し、前面装甲厚は75㎜、重量35tと、それまでの帝国 陸軍の戦車と比べ大幅に大型化され、純日本式の最新・最強の戦車となるべく開発されました。
 昭和20年3月に試作車の1輌のみが製作を完了して、走行・射撃試験を実施したと記録が有り、終戦時には主砲を外した状態で占領軍に接収されました。

 

桜の予感 (僕 二十才) 第十章 弐

 

  出逢いの、予感がしている。
 彼女が金沢に来ている気がして、逢(あ)いたいと切(せつ)に思う。
 僕が先に彼女を見付けたら、追い掛けて、偶然(ぐうぜん)に出逢ったフリができるかも知れない。
 彼女の気配(けはい)と出逢いの予感で、大気が匂(にお)う。今、僕は相模原(さがみはら)の彼女を探(さが)している。
(出逢えたら……、先に、彼女が僕に気付いていても、笑顔で挨拶(あいさつ)をしょう)
 今の僕なら、できるはずだ。そして、挨拶の反応次第(しだい)では、彼女の近況を聞けるかも知れない。
(君は、僕を捨(す)てて、それで幸(しあわ)せになれたのか……?)
 僕は、それが、知りたい……。
 嫌(きら)われて、避(さ)けられて、既(すで)にフラれているのに、彼女に逢って、彼女と挨拶をして、彼女から近況を聞き出し、彼女の幸せを確認しようと思う自分が、醜(みにく)くて悲(かな)しい。
(彼女の幸せを知って、どうするつもりだ?)
 彼女に逢いたいと思う度(たび)に、自問自答を繰(く)り返す。
 彼女が学(まな)ぶ大学のキャンバスまで行って電話を掛けた。そして、惨(みじ)めにも、電話越しに叫(さけ)んで彼女に捨てられるのを拒(こば)んだ。其(そ)の挙句(あげく)に、彼女の容姿まで誹謗(ひぼう)する、悪意を込めた呪(のろ)いだらけの酷いメールを送り付けてしまった。
 僕達の果(は)ては来てしまった……。もう、取り返しは、付かない……。
 出逢えても、何にもならない事は分っている。いや、もっと、悲惨(ひさん)な出逢いになるかも知れない。
 彼女が、僕に優(やさ)しい挨拶を返す見込みは、限りなく皆無(かいむ)に等しい。それでも、僕は、彼女を必(かなら)ず見付け出して、逢いたいと強く願った。
 大晦日(おおみそか)に、静岡(しずおか)の『あの人』と別れてから、僕は、無性(むしょう)に彼女に逢いたくなっていた。
 『あの人』の言った通り、僕には彼女への未練(みれん)が有った。それは、恋愛へのリベンジじゃなくて、あの人に因(よ)って変わった以前とは、違う僕を、彼女に見せ付けて遣(や)りたかった。
 彼女に、僕をフったことを、後悔(こうかい)させて遣りたいと思っていた。
(まったく僕は、姑息(こそく)で、未練がましい奴(やつ)だ)
 でもそれは、『あの人』といっしょに居た時の思いだ。
 今は、ただ逢いたいだけで、ちゃんと、彼女に会えるのならば、僕は、きちんと別れの言葉を言いたいと思っている。
(そう、僕は格好良(かっこうよ)く、彼女と別れ直したいだけ……)
 やはり、それも、未練だと分かっている。だけど、だからこそ、僕は認(みと)めたくない。
(本当にウダウダと、思い切りの悪い奴だな……、僕は……)
     *
 『あの人』に見送られて、帰郷した日から僕は、親父(おやじ)の会社の社員一号として働いている。
 大晦日と正月の三(さん)ヶ(が)日(にち)は休みだったけれど、二年参(にねんまい)りの初詣(はつもうで)をダチ連中と騒(さわ)いだだけで、後は、親父に連れられて、飲み屋の梯子(はしご)三昧(さんまい)だった。
 新年度の初仕事は、覚(おぼ)え始めた酒の痛飲で、嘗(かつ)て無いほどの気持ち悪い気分でスタートした。
 二日酔(ふつかよ)いの激(はげ)しい頭痛と、しょっちゅう込み上げる胃(い)のムカつきで、イスに座ってもいられないくらいの遣る気の無い状態だった。
(仕事人として、最低だな……)
 大きなマイナスの未練になった別れの虚(むな)しさを、懐(なつ)かしいプラスの欠片(かけら)の日々を想い帰して、其の楽しい思い出に救われたいと思っていた。
 僕は心の空虚(くうきょ)を楽しい思い出で埋(う)めたいのに、昼も夜も時間に余裕が無く、疲れ果てた怠(だる)い身体(からだ)に痛む頭では、『あの人』と過(す)ごした時間や出来事は暈(ぼ)やけてしまって、はっきりと思い出せなかった。
 それに、いくら楽しい思い出でも、既に過去形になってしまった其の空虚を満たせない事も、僕は分かっていた。
 初仕事は、新(あら)たに導入する新加工技術の情報収集と契約書類の作成から始(はじ)まった。
 それは、微小(びしょう)な金属粉末をレーザー光線の熱で僅かずつ溶(と)かして、固(かた)めながら形状加工をしつつ高速で積層していく工法で、『金属光造形複合加工技術』と言う、ワン・プロセスの金属加工技術だ。
 一般的な六面体の金属ブロックを加工機で、削(けず)ったり、切ったりして不要な部分を除去していくのとは逆で、粉末金属から立体的に積層造形して行き、金属の塊(かたまり)の中に複雑な空洞を作り込んだり、固めるのを鋼ような緻密(ちみつ)さではなく、粗密(そみつ)にして空気や水を通す、スポンジ状みたいな金属塊にする事もできる。
 空間を削り、造り上げて行くと言うよりは、空間を精密に残して行くと言った方が、適切かも知れない。
 これまで、僕が経験してきた常識的な加工方法や造形の考え方を、一新(いっしん)しなければならないくらいの未知(みち)の加工技術だった。
 マシンは加賀(かが)市内の加工機械製作会社で製造され、加工ソフトやネットワークは京都(きょうと)市内のテクノパークに在る、新技術開発会社で整(ととの)えられていた。
 親父は、機械の導入やプログラムソフト・加工ノウハウ・加工ネットワークなどの契約を僕一人に行わせ、其の確認と認可のサインと社印を捺印(なついん)して購入代金を用意した。
 契約相手先への訪問・会合・食事・礼儀・対応などの態度や言葉遣(ことばづか)い・話し方は、あの人から教わり指導してくれた事が、とても役に立っていた。
 全てに於(お)いて礼を失(うしな)わず、誠意を持って接し、信用を得て、気配りと思い遣りの有る対応を受け、条件的にも、価格的にも、納得のできる契約で導入する事ができた。
 親父も喜(よろこ)んで満足している。
 金属光造形複合加工機は僕に任(まか)され、翌月の導入当初から仕事量の多い忙(いそが)しい日々が続いている。
 毎日が仕事に忙殺(ぼうさつ)される事で、悔(く)やみ切れない『あの人』への想いや、喪失(そうしつ)を惜(お)しむ熱い気持ちは次第に冷(ひ)やされて行き、霧(きり)が掛かるように霞(かす)んで薄(うす)れて行く。
 少しずつ、柔(やわ)らかい気持ちで考えられるようになった今は、冷静に『あの人』の立場や気持ちが理解できていると思う。
 結婚式の招待状が来るはずも無いけれど、『あの人』に六月の挙式を、幸せな気持ちで迎(むか)えて欲しいと切に願っている。
 深酒(ふかざけ)をして眠(ねむ)ると、『あの人』の夢ばかりを見た。
 現実では、『あの人』と二人でしていなかった事をしたり、出掛けていない場所へ行ったりする夢だらけで、楽しくも不思議だったが、夢の終わりには必ず、『あの人』が、僕じゃない男性と結婚すると告(つ)げ、それを、何の含(ふく)みや蟠(わだかま)りも無く、僕は素直(すなお)に祝福の言葉で返していて、僕は、夢の中でも、『あの人』の幸せを願っていた。
 決まって、夢の中の別れが目覚(めざ)めとなり、別れた後の続きの夢は見なかった。そして、翌朝は必ず、吐(は)き気と頭痛に悩(なや)まされた。
 未(いま)だに僕は、酒に強くなれていない。
 そう願えれるようになるにつれ、『あの人』へのジレンマな想いは、懐かしい幸せへの憧(あこが)れに変わって行った。
 以後、月に一度は京都市の加工ソフトの開発会社へ行き、定例の新技術講習会に参加して、他社のエンジニアの先輩方々といっしょに聴講(ちょうこう)している。
 親父と僕の二人だけしかいない会社なので、こういう勉強になる場は楽しくて嬉(うれ)しかった。
 講習後も、加工ネットワークの関連他社の人達と交流して親睦(しんぼく)を深めた。
 此処に参加するに至(いた)ったのは、『あの人』の御蔭(おかげ)だとわかっている。
 『あの人』は、気遣(きづか)いのできない粗暴(そぼう)で荒削(あらけず)りな僕を真(ま)ともな社会人にしてくれた。
 本当に、静岡の『あの人』は恩人で、心の底から僕は感謝している。
     *
 次のプログラミングも終わった。
 一ヶ月ほどで加工に慣(な)れて来ると、プログラミングは速くなり、事前加工シュミレーションチェックでのミスは殆んど無くなり、時間と気持ちに余裕が出て来た僕は、親父に相談して、少し早いけれど、二台目の加工機を、近々(ちかぢか)導入する計画も作り始めている。
 マシンの自動加工中は、時間に余裕ができる。
 其の時間を利用して、工場の一角(いっかく)で趣味(しゅみ)の西洋城館や砦(とりで)のミニチュアを作った。
 以前、相模大野(さがみおおの)駅の饂飩屋(うどんや)で、彼女に贈(おく)ったミニュチュアの別シリーズ版だ。
 自作のミニュチュアは、工場見学に来た親父の知り合いの商工会の役員さんの目に止まって、金沢城の櫓(やぐら)や門のミニチュアを作り、御当地土産(ごとうちみやげ)として売り出さないかと誘(さそ)われたのは、僅(わず)か二ヶ月前だ。
 其の役員さんから紹介された物産店へ御願いして、試(ため)しに試作品を置かせて貰い、予約を受け付けてみたら、意外と多くの購入以来が有って、正直驚(おどろ)いた。
 直(す)ぐに、量産品を造って納品させていただいた。
 急(いそ)ぎの量産品といっても、試作品と同様に細部まで手抜(てぬ)きは無しだ。
 型(かた)の分割を多くして形状をしっかりと抜き出せるようにしたし、分割合わせの位置決めと勘合(かんごう)の精度を高めて、合わせ目のバリを少なく、尚且(なおか)つ、発生するバリを小さくして、仕上(しあ)げ処理が速くなるようにした。
 成形後に分割ラインの処理が増(ふ)えるけれど、品質を落とす訳にはいかない。
 現在は、モノ造りプロセスのステップアップとして、原型の造形や量産品の製作に、少し高価だけど、高速で微細(びさい)造形が可能な3Dプリンターを導入しようかと考えている。
 このマシンは、パソコンの3Dキャドソフトで描(えが)いた立体図を、プラスチックで立体プリントして実体化してくれる。
 紫外線(しがいせん)のレーザー光を光硬化樹脂に照射して高さ百分の五ミリメートルずつの緻密(ちみつ)な積層(せきそう)で、立体的に固(かた)めて行く加工方法だ。
 工作機械の展示会でパンフレットを貰(もら)いながら、塗料のような液状樹脂に紫外線を当て、光重合反応で固める原理を応用した技術だと、聞いても、さっぱり解(わ)からない説明をしてくれた。そして、加工品は色付けもされていて、『六百万色以上のフルカラー対応による、3Dスキャン対象品の色を、そのまま再現して造形できるからだ』と、展示ブースのスタッフが言っていたが、よりハイクオリティの商品として完成させるには、どうしても、手作業による積層筋を滑らかにする表面処理や形状仕上げや加筆調整が必要だ。
 とにかく、パソコンを使って立体図を速く正確に描(か)くだけで、しっかりと固定されたベースの上ならば、後は自動で造形加工してくれから楽になる。
 オプションには立体スキャンが有るので、今まで作った原型も、より精密にコピーできて後処理が非常に少なくて良い。
 更に、ハンディタイプのレーザースキャナーをドローンに搭載して建物全体や町全体を3Dスキャンできるそうだから、広範囲な物体のミニチュア化も、パソコンでの作業はスキャン洩(も)れの自動チェックと、ズレや歪(ゆが)みの修正だけになるから、もっと、ラクチンになるし、石垣(いしがき)や海鼠塀(なまこべい)のパターンも実物と同じになって、超リアルになるだろう。
 実際に航空機や人口衛星からの画像で、都市や地形全体を作成しているらしい。
 まるで、SFアニメで見た実物の縮小コピーを作る光線銃のようだと、僕は思っている。
 他にも、ダウンロードしたインターネットの写真地図や衛星画像地図のデータの影の長さから高さを計測するソフトを使えば、そこそこ緻密な3D造形が、既存のデータから出来るのじゃないかとも考えていた。
 3Dデータからの自動作成は、全くの手作り品や工芸品とは言えないけれど、リアルなミニチュアとして納得していたし、造形対象が増えて、作品の修正やデフォルメもし易(やす)いので、それとなく親父に購入しようと促(うな)がすのだけど、なにぶん、僕の趣味が主体の作業の為(ため)に、『金属光造形複合加工技術』のマシンほどの高価なシステムではないにしろ、それなりの価格のマシンだから、簡単(かんたん)に『買おう』とは言ってくれない。
 これは、僕の趣味が講(こう)じたセカンドビジネスで、先(ま)ずはマーケティングをしてからの市場の確保だけど、親父は、僕が工場の本業を疎(おろそ)かにして、別事業を立ち上げてしまわないかと心配している。
 購入すると、確かに商品の開発や量産が緻密で速くなるけれど、僕としては、其の忙しさに本業よりも、資料を調べながらハンドメイドで模型を製作する趣味の時間が少なくなりそうだと、深刻(しんこく)に心配していた。
 作品が常備土産物として物産店に飾(かざ)られると、これがなかなか、けっこう人気が有って、ちょくちょく問い合わせや注文が入った。
     *
 今日は、加工の合間の休日で、金沢市内(かなざわしない)の繁華街(はんかがい)へ来ている。
 僕が担当する自動加工機械群は、プログラムミスか、加工ツールの破損などのトラブルが無い限り、明日の朝までは稼動(かどう)していて、トラブルが発生すれば、ビジネスラインでスマートフォンへトラブル状態が送られるから、其のトラブルの是正(ぜせい)に工場へ向かうだけだ。
 長土塀(ながどへい)と香林坊(こうりんぼう)の土産物屋へミニチュアを納品して、代金の支払いと次の注文を受けると、二十一世紀美術館の白いカフェまで来て、以前に来た時に少ししか食べれなかったアップルタルトを、カプチーノといっしょにオーダーして遅(おそ)めの朝食を摂(と)っている。
 二十一世紀美術館は、何度も来ているけれど、この白いカフェにはバス事故の日以来、初めて入った。
 気持が退(ひ)けて、今まで入るのを避けていた場所だ。
 バス事故の日、病院から逃げ出した僕達は此処(ここ)へ来ていた。そして今、僕は、彼女とテーブルを挟(はさ)んで向き合っていた同じ席に座っている。それは、アップルタルトを食べながら、甦(よみがえ)る上目で僕を見ていた彼女の思い出で、デジャブった錯覚(さっかく)なのかも知れないけれど、微(かす)かに、彼女の匂いを感じた気がした。
 あの日、ここで彼女が言った言葉を、僕は忘れない。
 今でも、リアルな記憶として、耳の奥にへばり付いて剥(は)がれない。
『普通に、しゃべれるんだね』
 彼女の、その呟(つぶや)くような一言は、はっきりと聞こえて一瞬で僕を畏縮(いしゅく)させた。
 まるで、ちょっと休憩での溜(た)め息(いき)に、添(そ)えるように吐露(とろ)した小さな声は、ちっとも、褒(ほ)め言葉に聞こえなくて、彼女の僕に抱(いだ)いていた気持ちだと考えさせられた。そして、それまで彼女にとって、僕は、普通じゃなかった事を改(あらた)めて知らせてくれた。
 能登(のと)半島の明千寺(みょうせんじ)では、彼女の話の受け応(ごた)えしかしていない。
 相模原では初っ端(しょっぱな)から躓(つまづ)いて、言い訳の言葉の一つも探せない僕の脳ミソは、気転を利(き)かす余裕すら無かった。
 全てに於いて僕は、彼女に劣っていると感じさせられた。
 あの頃の僕は、自分に自信を持てずに、憧れの彼女への想いだけが全てで、僕の思考や行動の原点だった。
 いつも、彼女を笑顔でいさせて、いつも、笑う彼女を見ていたかった。だけど、僕だけではどうしょうもない事で、叶えるのは彼女任せだった。
 其の想いは、ネガティブな僕が自己満足する為の望(のぞ)みにしか過ぎず、其の挙句に、僕は彼女に愛想(あいそ)を尽かされてフラれ、彼女が電話番号もメールアドレスも変えてしまうほど、決定的に断絶(だんぜつ)されてしまった。
 毎朝のバスの中で、彼女の横に立つ僕が、少し体を傾(かたむ)けて彼女を覗(のぞ)き込むようにしたら、きっと、彼女は上目使いで僕を見ただろう。
 僕が、ニコっと笑うと、彼女は、微笑(ほほえ)んでくれていたかも知れない。
 普通に朝の挨拶を交(か)わし、他愛無(たあいな)い話で楽しげにしていられたと思う。
 でもそれは、何もしないまま過ぎ去った過去で、想像するifの可能性に過ぎない。
 そう出来たら良いと思っていたのに、僕には勇気(ゆうき)が無かった。
 彼女をガードしているつもりの僕は、背筋(せすじ)を真っ直ぐに伸(の)ばして動きの無い彫像(ちょうぞう)のように立つだけで、体を傾けて笑い掛けるなど思いもよらなかった。
 それに、思い付いたとしても、彼女の真横に立てるだけで有頂天(うちょうてん)に喜ぶ僕には、実行できなかったはずだ。
 其の頃の僕は、そんな男の子だった。でも、今は違う。
 少しだけど、自分に自信が付いて、彼女の気持ちを思い遣れる事ができると思う。
 アップルタルトは、彼女が美味(おい)しそうに食べていたとおり、豊(ゆた)かな香(かお)りと控(ひか)えめな甘さがアートのようなスィーツだった。
 『食べないなら全部、私が食べてもいい? あれ?』、そう言って、僕が食べ残していたチョコレートパフェを、彼女は、アップルタルトに絡めて食べてしまったのを思い出した。
 本当に御腹が空(す)いていたのだろう、他に、僕が、ちょっとしか食べていないブリオッシュのプレートは殆ど全部、彼女に食べられたし、トマトパスタとアップルタルトについては、一口も僕の口に入っていない。
 あれはきっと、僕に、『もっと食べて、元気出してよ』と、励(はげ)ますのを、『全部、私が食べる』と、空腹で食欲旺盛(しょくよくおうせい)な彼女が言い間違えていたんだ。
 切り分けたアップルタルトをフォークに刺(さ)しながら、そんな彼女を思い出して緩(ゆる)む口許(くちもと)に、僕は一人でニヤついてしまう。
 もう、二度と彼女と言葉を交わす事ができないのだろうか?
 いっしょにスィーツを食べて心がときめく事も、彼女の行動に気持ちが揺(ゆ)さぶられる事も、もう、無いのだろうか?
 止まってしまった十八才の時間を、再び、動かすことはできないのだろうか?
 二十一世紀美術館を出て、近くで営業しているワンボックスカーの移動カフェの前で、また、彼女の匂いがしたような気がした。
(また、錯覚? 今のは…… デジャブじゃないかも! 金沢に……、近くに……、彼女はいる!)
 ぐるりと辺(あた)りを見渡すが、彼女はいない。
 急いで広坂通りに出て、探し見ても、彼女らしい姿は、何処(どこ)にも見付けられなかった。
 こんなに彼女を感じているのに、見付け出せない。
(僕は此処だ! 此処にいるぞ!)
 僕は、大声で叫びたい。
 叫んで呼(よ)び寄せたい衝動(しょうどう)にかられ、焦(あせ)りと不安が広がって来る中、ハタと気付き、再び、自分に問(と)う。
(見付け出して、どうする? ……僕は、完全にフラれているんだぞ。……彼女は大学の先輩と、よろしくやっているんだ。……また、見ているだけしかないだろう。違(ちが)うか?)
 其の通りだ。
 悪足掻(わるあが)きにしか過ぎない、僕の一方通行の想いは、何もできなかったし、何も覆(くつがえ)せない。
(彼女の匂いのようだった……。だから?)
 結局、彼女の事は、綺麗(きれい)さっぱりと諦(あきら)めるしかないのだ。
(そう、きっぱりと男らしく……、潔(いさぎよ)く……、真っ新(まっさら)に……、十八才の自分にケジメを付けなければならない)
 そうだ、僕は変わった。
 あの頃とは、違う。
 彼女に、感謝している。
 あれから、ずっと僕は、彼女の幸せを願っていた。
(近くにいるような気がした……。それが?)
 彼女が幸せになるのなら、彼女が望むのなら、彼女を幸せにさせるのは僕じゃなくてもいい。
(感じが……、予感が……、どうしたって?)
 『ありがとう。幸せになってください』と、心から伝えるんだ。
 それだけは、未練だとわかっていても、しっかり彼女を見て、自分の声でちゃんと伝えたい。
 そんな理由付けを考えながら、広坂(ひろさか)通りを市役所脇へ折(お)れて、二十一世紀美術館の前まで戻って来ると、通りが下る向こうから頬(ほお)や首筋を擽(くすぐ)るように、穏(おだ)やかな風が気持ちの良く吹き抜けて行く。
 運んで来た春の香りが辺りに漂(ただよ)い、更に、香(かぐわ)しさを求めて風へ立てた鼻が無意識にクンクンと鳴(な)ってしまう。
(はっ!)
 嗅(か)いだ春の香りに、懐かしい匂いが紛(まぎ)れているのに気付いた。
 今度は、はっきりと、僕は風の中に彼女を感じた。
(やっぱり、彼女は、この風の向こうに、きっといる!)
 通りを下った向こうから、町並みを吹き抜けて来た暖(あたた)かい春風が、路地隅(ろじすみ)に巻かせる旋風(つむじかぜ)に散(ち)らされた桜の花弁(はなびら)を舞い上げて、僕を誘う。
 通りを下った僕は、誘う風が来るの方へと町並みの角を曲がり、緩い曲がりが連(つら)なる細い通りを抜けて、広見(ひろみ)と呼ばれる金沢の城下町独特の、藩政時代に火災の延焼防止に設けられた火除(ひのぞ)け地で広場のような場所に出た。
 左へ行くと、竪町(たてまち)通りを渡って片町(かたまち)へ至り、正面は柿木畠(かきのきばたけ)の路地を抜け出ると、香林坊の界隈(かいわい)になる。
 香林坊から片町へかけての一帯は、金沢市のダウンタウンの一つだ。
(あれは……?)
 香林坊へ抜けようと思った時に、柿木畠を行き交う多くの人の中、向こうから来る一人の女性が、僕の目に留(と)まった。
 其の時、大気が、彼女の匂いに変わった。
 『ドックン』と、心臓がコモ湖で彼女を見掛けた時よりも大きく強く撥(は)ねて、街の喧騒(けんそう)が消え、視界に映(うつ)る全(すべ)てが静止した。
 音の無い、時が止まったセピア色のような世界に、彼女だけが色鮮(いろあざ)やかに見えた。
 それは、ほんの一瞬だったのかも知れない。だけど、僕は確かに止まる時間を感じて、僕が彼女に抱いた全ての想いを湧(わ)き出させていた。
 懐かしい想いが幾重(いくえ)にも重(かさ)なり、喜びに悲しさが、嬉しさに寂(さび)しさが、愛(いと)しさに切(せつ)なさが、覆(おお)い隠(かく)すように被(かぶ)る。
 最後に、後悔を希望が覆うと、静止していた世界が、再び、動き始めた。
(見付けた! やっと、逢えた!)
 彼女の颯爽(さっそう)と柿木畠の路地を抜けて来る姿は、キュートな女子大生スタイルではなくて、スタイリッシュな大人(おとな)のレディそのものだ。
 僕に気付いたのか、彼女の足が止まる。
 彼女は広見の端、柿木畠坂の袂(たもと)に在るポケットパークの前で立ち止った。
 瞳(ひとみ)が…… 僕の方を見ている。
(間違(まちが)いない……。彼女だ!)
 落ち着いた色合いのスーツに、ベージュのコート。
 再び、春風に裾(すそ)を翻(ひるがえ)して彼女が歩き出した。
 ピッタリと張り付いた黒いストッキングが艶(なまめか)しく光るセクシーな足を、ロングブーツの薄いレザーのソフトな光沢で包(つつ)み、ハイヒールの靴音を響(ひび)かせない艶(あで)やかな歩きの彼女が、僕に近付いて来る。
(一人なのか? 彼氏が、いっしょじゃないのか? ……彼氏は別行動で、近くで買い物でもしていて、間近(まぢか)に来た彼女が、僕じゃない誰かに、笑顔で声を掛けたとしたら……)
 僕は、自分の顔と首筋が熱くなり、カァーッと朱(しゅ)に染(そ)まるのを感じた。
 どぎまぎして気持ちが高ぶり、鼓動(こどう)が速く高鳴っていくのとは裏腹(うらはら)に、心は沈んで息苦(いきぐる)しくなってしまう。
 其の大人びた彼女の姿に比(くら)べて、またもや僕は、明(あき)らかに見劣(みおと)りするファッションだと思った。
 チノパンを穿(は)き、春のセーターにジャケットを着て、ちょっとだけシックなカラーで纏(まと)めたカジュアルは、少しはイケてるかもと、自惚(うぬぼ)れていたのに、レディな見栄(みば)えの落ち着いた彼女に圧倒(あっとう)されて、そんな自分のファッションセンスが、ミスマッチだらけみたいに思えてしまった。
 失速して霧散して行く自信に、僕は立ち止ってしまう。
(彼氏といっしょでも、いいじゃないか。もう、時間は戻らない……。これは互いの人生が、虚(うつ)ろな交差をするだけの一瞬にしか過ぎないんだ。そして、二度と逢う事は無いんだ……)
 あのラストデートの出会いが甦り、ググーッと、気持ちがメゲた。
(僕は、彼女を強く誹謗(ひぼう)する酷いメールを送り着けた。怒(いか)り心頭(しんとう)で発する彼女の罵詈雑言(ばりぞうごん)や叩(はた)きや拳(こぶし)に、そして、蹴(げ)りと踏(ふ)み付けを、僕は、真摯(しんし)に受けなければならない)
 自然と顔が俯(うつむ)いて、足許(あしもと)の影の無いアスファルトの地面を見てしまう。
 急かされるように流れる雲が、太陽の明るさを遮(さえぎ)り、辺りに、其の大きな影を落としていた。
 あの夏の立戸(たっと)の浜(はま)で言っていた、相模原(さがみはら)の出刃包丁(でばぼうちょう)を彼女は買っていて、いつか、僕にケジメを付けさせようとバックに隠し持っているかも知れない。
 叩(たた)きも、罵(ののし)りもしない笑顔の彼女が、逆刃(さかば)に握(にぎ)った出刃包丁を、ススッと無言で僕の肋骨(ろっこつ)の下から深く刺し入れるんだ。
 それはもう、バス事故の脇腹の痛さなんて比(ひ)じゃない激(はげ)しさで、絶望的な厳(きび)しさなんだろう。
(其処(そこ)までさせるくらい、彼女を深く傷付けているのなら、刺されても仕方が無い。……切(き)っ先(さき)が心臓の筋肉や大動脈を傷付ければ、きっと……、二度と人生が交差しないどころか、直ぐ其処で、人生が終わっちゃうな……)
 それでも、と僕は思う。
(彼女が、どう思っていようが、僕は普通に話そう。彼女が怒り出して、罵倒(ばとう)されようが、殴(なぐ)られようが、殺(ころ)されようが、想いへの未練を吹っ切れた僕は、もう、身も、心も、彼女次第……、彼女任(まか)せなのだから……)
 顔を起こして、空を見上げた。
 薄い雲の中に、白く平(たい)らに光る太陽が見えた。
 僕は、自分に言い聞かす。
 すべき事は挨拶で、伝える言葉は決めてある。
 それは、短い言葉だ。
 出逢いは、僅かな時間で済(す)む。
(彼女への感謝と、彼女の幸せを願う言葉を言うのだろう)
 そう意を決(けっ)した時、雲から抜け出た太陽が、僕と辺り一面を春の陽の淡(あわ)く麗(うら)らかな光りで明るく照(て)らした。
 僕は、自分を励(はげ)ます。
 静岡の『あの人』は、『君は相模原の彼女を、まだ、想っているよ』と言っていた。
 それは、僕を諦めさせる為の、『あの人』の口実(こうじつ)の一つだった。
確かに、あの頃の僕は自分に言い聞かせて、想いを抑(おさ)えていたところも有った。でも、そんな過去の『相模原の彼女』を未練がましく引き摺っているようでは、先へと、新たな出逢いへと、踏(ふ)み出せない事を、『あの人』は教えてくれた。
 それからの僕は、僕の中の、いつでも取り出せる浅瀬にしか沈めていない『相模原の彼女』を、探せ出せないような深淵(しんえん)へ、深く深く沈めてしまわなければならないと、『あの人』が別れ去るまで、ずっと思って、其の通りに『相模原の彼女』を沈め続けていた。そして……。
 今が、更に、ずっと深く、探せ出せない処まで沈めてしまう、其の時、其の場合だ!
(彼女と、決別(けつべつ)するんだ!)
 十八歳の止まった時間に決着をつけ、彼女を完全に忘れさせす為の一歩を踏み出して、春の光りに照らされる眩(まぶ)しい彼女へと、僕は近付いて行く。
 辺りの何処からも、彼女の彼氏らしきは現(あらわ)れず、どうやら彼女は一人だけらしい。でもこれは、因果応報(いんがおうほう)、望み通りに彼女と巡(めぐ)り会えたけれど、自業自得(じごうじとく)で至った終焉(しゅうえん)だ。
(さあ、逃げないで前へ進め! 諦めろ! これが最後だ)
「やっ……、やあっ……」
 彼女は、僕に逢いたいと思っていたのだろうか?
 彼女も、僕を探していたのだろうか?
 そんなはずが無い。
 そうなる理由が思い付かない。だけど、もしかして、逢いたいと思っていても、探していたとしても、其の理由に、僕が安心できる要素は一つも無いはずだ。
(たぶん、其の理由は、僕を徹底的に打ちのめして遥(はる)か彼方(かなた)へ突き飛ばし、もう、戻れないほど暗く深い処(ところ)へ落とし込む言葉を言う為だろうから……)
 僕は、僕が彼女に殴(なぐ)られ、張(は)り倒(たお)されるべきだと思う。
 間近に彼女を見て驚いた。
 僕は、綺麗な薄化粧(うすげしょう)をしてセクシーになった静岡の『あの人』が好きだったのだけど、上手(じょうず)に薄く化粧をした彼女の顔は、『あの人』に況(ま)して、とても魅惑(みわく)的に思えた。
(ダメだ! どんなに恋焦(こいこ)がれても、もうダメなんだ……)
 僕は、何度もした覚悟(かくご)を繰り返す。
「久(ひさ)しぶり。金沢に来ているんだ」
 できるだけ、不安な内心を悟(さと)られないように普通に立ち、当たり障(さわ)りのない言葉を選(えら)びながら、彼女の無情(むじょう)な反応を覚悟する。
「あなたの番号とアドレスを消してしまったの。電話も、メールも、あなたと交(かわ)した履歴(りれき)を、全部削除(さくじょ)したの。私の電話番号とメールアドレスも、あなたから連絡できないように変えたわ」
(ええっ! 彼女は今、何を言ったんだ?)
 いきなり、僕の否定(ひてい)から彼女は話し始めた。
 膝(ひざ)と股間(こかん)が笑い、足裏から足首までが高所の縁(ふち)に立った時の様に感覚が薄れてソワソワする。
 一気(いっき)に僕の、『もしかして』の僅かな望みは地中深くに潜(もぐ)り込んでしまい、急変しそうもない状況は覚悟に覚悟を重ねさせた。
 僕は突然、彼女が開けて広げた大きな絶望の穴の縁に立たされてしまった。
 やはり、無理矢理、偶然を必然にしようとした再会は、踏み留(とど)まる想いも、掴(つか)まる希望も、探し出せない。しかも、予想を上回る彼女の痛烈(つうれつ)な言動は、吹き荒れる超低温の疾風(はやて)のように、僕の心臓を刹那(せつな)に凍(い)て付かせ、思った通りの失望の出逢いにさせてくれた。
 残念ながら、僕の前に、魂(こん)の穢(けが)れを祓(はら)って縁(えん)を結(むす)ぶ菊理媛(くくりひめ)は現れなかった。
(彼女は、……僕を許さない)
 よろける僕を抱(だ)き留めて寄り添うのは、死の淵(ふち)へ招(まね)き寄せて黄泉(よみ)へと送り、汚(けが)れた魄(ぱく)を浄化(じょうか)する瀬織津姫(せおりつひめ)だ。
 僕は思う。
 白山市の鶴来町(つるぎまち)の白山比咩(はくさんひめ)神社へは、良縁の願掛(がんか)けに、そして、金沢市の別所町(べっしょまち)の瀬織津姫神社へは御清(おきよ)めの御祓(おはら)いに行かねばならないと……。
 眉間(みけん)に力を入れて、寄せる眉(まゆ)の彼女の細めた眦(まなじり)からは、『小賢(こざか)しい奴に遭(あ)ってしまった』と、踏み潰(つぶ)しそうになった汚物(おぶつ)を呪(のろ)う、『汚(きたな)い、汚らわしい、芥(あくた)、澱(おり)』の意を籠(こ)めた嫌悪の罵りが聞こえて来そうだ。
「だから、あなたに、メールをできなくしたの」
 繰り返された追い打ちを掛ける彼女の言葉に、頭と身体がグラつく。
 絶望の穴へ僕を追い落とそうと、背後から吹き付ける突風のように、気持ちの温度を一気に下げさせた。
 目に映(うつ)る全ての色が、反転して目眩(めまい)がする。
 直ぐ其処まで凍て付く暗闇(くらやみ)が迫る風雪(ふうせつ)の中、霞(かす)む太陽も、仄(ほの)かな灯りの一つも、見えはしない。
 突き飛ばされて、正(まさ)に落ち込もうとする底の見えない真っ暗な穴は、大きく広がり、僕は、僕の中の世界の果てに連(つ)れて来られて、其の先の空虚な闇へ追い遣られようとしていた。
 直接、彼女の生声(なまごえ)で聞く、凍(こご)えてしまいそうな辛(つら)い言葉は、僕の頭の中で一音(いちおん)ずつ大きく響(ひび)き渡り、反響(はんきょう)で頭がガンガンと殴られているみたいだ。
 小学校六年生の梅雨の日に、初めて彼女に声を掛けた時から、七年間の想いを積み重ねて来た結果が、この仕打ちだ!
 以前は、それが悔しかった!
 凄く激しく、途轍も無く、悔しかった!
 『彼氏が出来たの』、突然の彼女からの御別れ宣言が着信するまで、確かに僕は、彼女の幸せを心から願っていた。だが、僕が願っていたのは、僕が何処にもいない、そんな彼女の幸せではなかった。
 やっと彼女と大接近に至った七年間の日々と、彼女の右側に僕が選ばれている事へ拘っている自分と、幸せになろうとしている彼女を全く素直に祝福できない憤りが、彼女への愛を罵り呪う怒りに換えてしまっていた頃を思い出させる。
(……ちっ、違う! もう憤りは静まり、僕の虚ろな虚しさと悲しみは、癒しに満たされて、怒りは既に消えいる……。だから、彼女の罵りは耐えて受け入れるんだ! 其の為に、僕は、彼女との出逢いを求めていたんだ。それに、彼女が僕に酷い言葉をぶつけるのは、当然だろう。非と恥は僕に有る!)
 彼女の映る視界が暗くなり、足許の感覚が消えて行く。
(この……、堪えられない時が過ぎるまで、膝を突いて、顔を伏せ、蹲りたい……)
 もう、立っていられなくて僕は、失望と絶望から逃げるように仰(の)け反(ぞ)り、腰から下の地を踏む感覚が無くなった足を交互(こうご)に動かして、どうにか傍(そば)のポケットパークに入った。
 パークに置かれているオブジェが、映画のスクリーンを観ているように僕に迫(せま)る。
(やっと巡り逢えた第一声が、これか……。そうだろうなぁ、彼女の心情を察(さっ)すれば、こうなるに決まってるさ。やはり、以前のようにタカビーな態度で、惨(むご)い言葉を浴(あ)びせられるのだろう……)
 もたつく足取りを必死に操(あやつ)り、やっとの思いでオブジェに腰掛けた。
(止(や)めてくれ! これ以上、どうか、僕を打ちのめさないでくれ! ケジメを付けたいなら、頼むから、早く一思(ひとおも)いに殺(や)ってくれぇ!)
 僕は、心の中で必死に訴(うった)え、絶望的な状況を理解しようと、沸騰(ふっとう)寸前の華奢(きゃしゃ)な脳をレッドゾーン振り切りで急回転させて、臨界点(りんかいてん)オーバーの思考をさせる。
 感覚の無い膝に手を置くと、小さく小刻(こきざ)みに震(ふる)えていた。
(逃げ出したい!)
 気付(きづ)き難(にく)い小さな震えだけど、僕の中でガクガクと、はっきりした大きな震えに感じた。
(こうなるのは覚悟していたのだろう。逢えたとしても……、どうにもならないって事を、わかっていたのだろう)
 オブジェに座り、震える膝を抑えても、焦る心は全然治(おさ)まろうとしてくれない。
 僕は、溺(おぼ)れる者が藁(わら)をも掴もうとするように、彼女の言葉を肯定(こうてい)して些細(ささい)な反撃を試(こころ)みる。
「そうだったんだ。全然、繋(つな)がらないから、たぶん、そうじゃないかと思っていたよ。僕は、君に随分(ずいぶん)と嫌われていたんだな」
 溺れながら助けを求めるように、声を振り絞(しぼ)って叫ぶように言った。だけど、声が大きくなったのは最初だけで、彼女を愚弄(ぐろう)した酷(ひど)いメールで、『心底、完全に』、彼女が僕を嫌っていると分かっていても、敢(あ)えて軽めな『随分』と、姑息(こそく)に換(か)えた辺りから声が震えてしまって、小さな声になってしまう。
 勢(いきお)いも無く、全然叫べていない。
 僕の言葉と気持ちが、……溺れていた。
 途端(とたん)に涙(なみだ)が止め処(ど)なく溢(あふ)れ出て、触(ふ)れたくなかった彼女への罪(つみ)の思いに、両手で顔を覆う。
 あの横浜港の大桟橋(おおさんばし)を歩いた日から二年近くを経(へ)ても、僕は、彼女の気持ちを穏やかにさせるどころか、険(けわ)しくさせている。
(彼女にとって、それくらい酷い奴に、僕は、成り果てていたんだ……?)
「君の気持ちを、全(まった)く考えていなかったんだ。僕の都合(つごう)だけの好意は一方的だった。君を、どうにか、僕だけの女にできたと、苦労して、やっと手に入れた宝物のように、僕の全てと引き換えにしてもいいと思ってしまっていたよ」
 指の間から垣間(かいま)見る彼女の顔は、溢れる涙で滲(にじ)み、良く見えていない。
 ただ真っ直ぐに、僕を睨(にら)みつけているように見えた。
「違(ちが)うの。そうじゃないの。私が間違っていたの。ずっと、あなたを探していたわ」
(何を間違っていたと、言っているんだ? 直接、否定する為に、僕を探していたのか?)
 彼女が、もっともっと、辛い言葉をぶつけてくるような気がして、僕は目を瞑(つむ)り、強張(こわば)る身体で身構(みがま)えた。
(抗(あらが)え! 抵抗(ていこう)しろ! これ以上、彼女に酷い言葉を言わせるな! 踏み止(とど)まれ!)
「僕は、何度も君にフラれたよね。其の度に、どうすれば、君に好(す)かれるのか悩んで、好きになって貰(もら)えるように努力したんだ」
 其の努力した結果が、これだ。
 望み薄な願いの空振りばかりの僕の行動は、君の心を摑み切れないまま、二度と、手も、声も、届かない広大な川の早瀬(はやせ)の向こうへ離れさせてしまった。
「君への想いが強くなる一方で、益々(ますます)、話し掛け辛くなって、察しも、思い遣りも、気配りも、失っていた……。すまない。心から謝(あやま)るよ。でも、想いが再(ふたた)びってわけじゃないから、もう、安心してくれ」
(……言ってしまった)
 未練がましい言い訳のように続けた言葉に、自ら終止符(しゅうしふ)を打つ。
 君への想いと行動も、もう御仕舞(おしま)いだ。
「君が、……元気そうで何よりだよ。……幸せなんだろう?」
 更に終止符を強く、御仕舞いの幕引(まくひ)きを厚(あつ)く重ねる為に、近況を尋(たず)ねながら見た彼女は泣いていた。
(……泣いている! なぜ? 彼女は泣いているんだ?)
 僕が送った酷いメールは、やはり届いていて、彼女を深く傷付けている。
 其の最低な内容を思い出しているのだろうか?
(君の辛い言葉責(ことばぜ)めで、泣いているのは、……僕なのに?)
 それとも、自分の責めに怯(おび)える相手を憐(あわ)れんで泣いているのだろうか?
 こんなにも、僕を打ちのめさせる惨い言葉を、彼女が泣きながら言うくらいに、僕は彼女に酷い事をして辛い思いをさせてしまっていたのだ!
 必然にしてしまった出逢いへの後悔に、一瞬、静岡の『あの人』が浮(うか)ぶ。
 駅のホームの端(はし)で手を振る、『あの人』の姿だった。
 思い出しても、もう救(すく)われる事は無いのに、僕は『あの人』の記憶へ逃げようとしている。
(『あの人』は、もう、有り得ない! 後戻りはできない。さぁ、先へ進め!)
 僕は、過去の戻れない思い出に助けを求めようとしていた。
 溢れる泪(なみだ)の膜(まく)に浮かんだ、『あの人』を振り払い、僕は伝えるべき想いのラストへと、言葉を繋ぐ。
「最後のメールで送った、『幸せになってください』は、着信拒否されてしまったから、手紙を出したんけれど、届いて読んで貰えたか分からなかった……。今も、君の……、幸せを祈(いの)っているよ……」
 未練をぶつけ終えた時から思い続けて来た、締めの…… 最後のメールの一文(いちぶん)を、彼女を見詰めて言った。
(そうだ、それでいいんだ……。これを言う為に、僕は、彼女を探していたのだから)
 これで、伝えるべき想いは全て言った。
 彼女の中の僕のメモリーが、少しでもヘタレから良い姿になることを願った。
(もう、彼女の声を聞くことはないだろう……。あとは格好良く、シャンとした無言の後姿を見せて、振り返らずに、この場を早く離れるだけだ。背後から、ドスッと刺しに来るかも知れないけれど、できれば、……未来を残してくれないかな)
 僕の思春期は、彼女だけを一途(いちず)に愛していた。
 それは今も、僕の誇(ほこ)りだと思っている。だから、彼女は本当に僕の大切な人で、漸(ようや)く出逢えた彼女の前で、僕は彼女の言葉に泣けるのだと思う。
 僕は、今までの彼女を大事(だいじ)にしたい。
(もう充分(じゅうぶん)だ。彼女は、まだ、怨(うら)みを晴らし切れていないだろうけれど、刃傷沙汰(にんじょうざた)の罪(つみ)を彼女に負(お)わさせる前に、僕は早く退散(たいさん)した方がいい)
 此処を登り切れば、速(すみ)やかに姿を消せるだろうと、直ぐ傍の柿木畠坂を見上げて、僕は体を動かそうとした。
(お互い長生きして縁が残っていれば、いつかまた、世界の何処かで、君と僕の人生が交差する事も有るさ。今日のように出逢うかもな……。其の時は、今日とは違った思いで遭えれば……、良いな……)
 其の時、彼女の優しい声がした。
「私、わかったの」
 抗う手札(てふだ)を全て出し切って、もう為(な)す術(すべ)も無い泣き顔の僕を、彼女は、涙目の蔑(さげす)むような上から目線で見据(みす)えながら言った。
(今更、僕を憐れんで、いったい何が分ったと言うんだ!)
 言ってから彼女は、僕の前に跪(ひざまず)き、まるで、慈悲(じひ)を与えるかのように僕の手を握り、涙で濡(ぬ)れる優しい顔で、僕の顔を見詰めた。
 冷(ひ)えた手の甲(こう)に触れる、彼女の手が温(あたた)かい。
(なんて、君は残酷(ざんこく)なんだ……。涙に潤(うる)む優しげな瞳で、君は僕を見詰め続け、其の上辺の愛しさで僕の胸を締付(しめつ)けさせながら、僕を軽蔑(けいべつ)しているのだろう。君の優しい声は、僕に安(やす)らぎを与えながらも、辛い言葉を言うに決まっている……)
「あなたが、私を大切にしていた事が……、どんなに大事にしてくれていたのか、気が付いたの」
 僕は怖(おそ)れた!
 今も、彼女が僕にとって幸せな言葉を連(つら)ね、オチが不幸な結末をトレースするだけの出逢いになる事よりも、再び、僕の目の前から消え失せてしまわないかと、不安になる言葉を彼女は言ってくれる!
 ぐぐっと、近付けた彼女の顔に、優しい声が続く。
「あなたは、私が嫌いな、私の残酷(ざんこく)で冷たい部分を、いつも、受け止めていてくれたわ」
 彼女の優しい態度、優しい表情、優しい声が、優しい言葉が、僕を凄く不安にさせる。
 失踪(しっそう)、消息不明……。
 この先、もし……、もしもだ。
 有り得ない事だと分かっているけれど、状況が急変して、彼女と僕が、いっしょに暮(く)らし始めても、或(あ)る朝、目覚めた僕の横に感じていた彼女の温もりや気配は無くて、彼女は忽然(こつぜん)と、彼女の身の回りの物と共にいなくなってしまう……。
 また、或る日、残業を終えて帰宅すると、部屋の中の彼女が絡(から)む、一切合切(いっさいがっさい)の物が彼女自身と共に消え失(う)せている……。
 騒ぐ不安に、そんな悲しい想像をしていまう。
 彼女の手を、僕は握り返す。
 初めて僕から触れようとして、僕の手が彼女に触れる。
(彼女の掌(てのひら)は温かくて柔らかい。僕の手も、彼女は温かいと感じてくれているだろうか?)
「僕は、君を嫌(いや)な人だと思った事は、無いよ」
 最愛の彼女との予兆(よちょう)も、予感も無い突然の生き別れ。
 別れの理由や原因も分からず、不安と焦りと切なさの自分を責め続ける後悔の日々。
 この世界の何処かで必(かなら)ず生きているはずだと思っているけれど、探し出す手懸(てがか)りが無い。
 僕は、更に、不安を想像する。
「僕は、君に好かれたくて足掻(あが)いていただけなんだ。僕は、いつも不安だった」
 不慮(ふりょ)の事故や事件に因る死、病気や自殺での他界などなど、全く僕が知らない内に、今生(こんじょう)の世界の何処にも、彼女がいなくなってしまう。
 どの想像も、絶対に嫌な事で、僕を凄(すご)く不安にさせた。
 僕の指は、彼女の乱(みだ)れた前髪を梳(す)かして、涙に濡れる其の頬に触れる。
 陽射(ひざ)しが翳(かげ)った春の外気で冷たくなった彼女の頬に、流れ伝う涙の筋が温かい。
 頬に触れる僕の手を気にするようすも無く、彼女の潤む瞳は、真っ直ぐに僕を見詰めたままだ。
 目の前で瞬(まばた)きもせず、じっと僕の目を見据える彼女に、頬に触れている手が震えた。
「あなたを内心、バカにしていたわ。でもそれは、間違っていたの。あなたは私に、いつでも一生懸命だったわ」
 間近に迫る愛しい顔が、また、悲しい言葉を言う。
 やはり、彼女は僕を蔑み見下していた。
(そう、僕は、君に一生懸命(いっしょうけんめい)だった。なのに……)
 涙が溢れた。
 彼女が好きで……、きっと、彼女を想う僕の不器用(ぶきよう)な一生懸命さが不甲斐無(ふがいな)くて、彼女にイラツキとジレンマを感じさせたんだ。
「君に嫌われないようにしていたんだ。嫌われるのが怖かった。でも、そうなってしまったよ」
 彼女は、過去の事を言っている。
 今更、過ぎ去った僕の想いの強さに気付かれても、今の僕には慰(なぐさ)めにもならない。
 ずっと、彼女に嫌われないようにしていたのに、結局は、僕の鈍(にぶ)さが決定的な想いの破滅(はめつ)を招いてしまった。
「僕でなくても……、君に……、相応(ふさわ)しい人がいるよ」
(既に、大学の彼氏と上手(うま)く遣っているんだろう。君は、これからも彼氏と幸せであれば良いさ。僕は今でも君を愛しているけど、愛する故に、心から君の幸せを願っているよ)
 僕は、静岡の『あの人』から『愛』を諭(さと)された。
 くすぐったい響きの言葉だけど、愛が有るからこそ、素直に彼女の幸せを願える。
(数秒後に此処で別れたら、もう、君を捜さない。二度と、君と逢う事は無いだろう。だから、安心して幸せになってくれ。永久(えいきゅう)にサヨナラだ!)
「ううん。気付いたの。私、あなたが好きだったの。……好きなのが、……わかったの」
 予想していなかった彼女の言葉に、一瞬、其の言葉の意味が解(わか)からず、僕は戸惑(とまど)った。
(ええっ? えーっ!)
 幻聴(げんちょう)かも知れない?
 聞き間違い?
 僕は、自分の聴覚(ちょうかく)を疑(うたが)う。
 何度も、『SAY YES』を強要したいと思った僕が、心底望んだ言葉を、彼女は言ってくれた!
(……信じられない! いや、言葉は過去形…… なのか?)
 そうかもと、思った時も有った。でも、今に至っては、とても信じられない。
「あなたじゃないと、……嫌なの。……じゃないと、私、ダメだったの……」
 彼女は、僕を求めていた……。
「……まっ、まだ、間に合うの? 私、まだ、間に合う?」
 ハラハラと涙を流す彼女を見ていたら、また、僕の目に泪が溢れてきた。
 嬉しくて、僕は泣いている。
 嬉しさが可笑(おか)しさに変わって、僕は笑い出しそうだった。
(ありがとう。僕は……、ずうっと君の、其の言葉を聞きたかったんだ)
 嬉しさで表情が崩れて笑顔になりそうなのと、僕への想いを懸命に伝える彼女が可笑しくて、笑い声を出しそうになるのを、グッと力付(ちからづ)くで圧(お)し殺して、僕は言う。
「……いつも、僕は探していたよ。いつか、何処かで、君に会えると信じていた。其の時は、君が幸せになっていれば良いと、考えていた……」
 悲壮な堅い表情を、無理に作ろうとする。
 眉間に皺(しわ)を寄せ、瞼(まぶた)に力を込めながら目を細め、奥歯を噛み合わせて言ったので、言葉は低い小さな声になってしまった。
「今……、お付き合いしている女性が、……いるの?」
 僕の身辺(しんぺん)を探るような彼女のフェイクではない言葉に、イニシアチブが僕側に有るのを実感した。
(すっごく嬉しいけど、笑うな! 彼女は、笑ってしまうような可笑しいことを、何も言ってはいない!)
 嬉しさは、達成感……、征服感……、なのだろうか?
「いないよ」
 屈辱(くつじょく)の敗北感(はいぼくかん)に打ち拉(ひし)がれた想いが、思いもしない突然の大逆転に、気持ちは平伏(ひれふ)す相手を支配するダークな喜びに満たされてしまう。だけど、僕は彼女を支配していないし、征服もしたくない。
「私でいいの? 凄く酷い事を言ったし、とても、冷たくしたわ」
(そう、確かに君は、残酷で冷淡(れいたん)だった)
 残酷で、つれない彼女の態度と言葉は、いつも僕を不安させて焦らせていた。
 今もサプライズで、そのタイミングを狙(ねら)っているのかも知れない。でも僕は、そんな彼女も嫌いじゃなかった。
 涙が溢れてウルウルする彼女の瞳を見詰めながら、ゆっくりと僕は頷(うなず)いた。
「わぁーっ」
 いきなり彼女が顔を逸らして大声で泣き出した。
 僕の知っている彼女は、ここまでのサプライズはしない。
 僕の笑いたい気持ちは消し飛んでしまった。
 もう、可笑しくもなく、彼女を笑う事はできない。
「ああっ、ヒック、ごっ、ごめん、ヒクッ、……なさい……。ごめん…… なさい。ヒック、…………わっ、私を、ヒクッ、ヒクッ、許して……」
 小さな女の子が、泣きながら謝っているみたいだ。
 彼女は、真摯に謝っている。
(許すだなんて、……許されたいのは、僕の方なのに……)
「ヒック、私を嫌いにならないで……。ヒクッ、もう一度……、私を好きになって!」
(それは、僕が、君に言いたい言葉だよ)
 真摯な言葉は、素直な心で受け止めて、真摯に素直な気持ちを伝えなければならない。
「今でも僕は……、君に好きになって貰えるように頑張(がんば)っているんだ。だから、僕の中の君の場所は、ずっと君のものだよ……。其処は、とても広くて、僕の全てなんだ」
 目の前の女性に語った言葉は、自分の心の中や気持の中を住み分けてしまう、卑(いや)しい汚さへの言い訳だった。
 僅か、一年半ほど前まで、僕の全てだった女性が、僕へ、『私を好きになって』と、泣きながら言っている。
 未練だらけの日々の後、綺麗さっぱり諦めていたけれど、僕は、彼女を少しも厭(いや)になっていなかった。
 其の彼女が、僕に今、『私を、嫌いにならないで』と、泣き顔で頼んでいる。
(好きだ! 今も好きだ! 大好きだ!)
 けれど、彼女を好きでいて良いのかと、僕は、迷(まよ)う気持に悩んでしまう。
「僕は、君に初(はじ)めて声を掛けた、あの日から、ずっと、君が好きだ!」
 多くの苦しみに悩んでも、悲しみに耐えて苦しむのは、とても辛い。
 苦しさに呻(うめ)いても、悲しさに嘆(なげ)きたくはなかった。
「手が……、汚(よご)れて、汚(きたな)いよ……」
 言われるまで、全く意識していなかった。
 そう言われてからも、少しも汚いとは思わなくて、寧(むし)ろ嬉しい。
「汚いと思わないよ。君の手が、ずっと好きだったんだ。僕は、君の指と爪を、初めて見た時から、ずっと、愛しいと思っていた……」
 小学六年生の春、彼女に声を掛けたのは、彼女の四角(しかく)い爪に興味を惹(ひ)かれていたからだ。
 新学年の初日に初めて彼女を見た時に僕は、其の指先に気付いた。
 彼女は四角い爪も、自分のも、全然意識していなかった。
 僕が気付いて意識した四角い爪は、彼女の外見上の欠点ではなくて、全く逆の彼女が醸(かも)し出す美しさの一つで、彼女の可愛らしさと美しさは後付けだった。
 滑(なめ)らかで光り輝(かがや)く完全なる真円球の洗練された美形より、ザラついて艶の無い表面の玉子形で、所々に突き出したり、凹(へこ)んだりした角錐や半球の形が艶々(つやつや)して、『此処を見て!』って主張する美しさを、僕は彼女に感じていた。
 其の爪も、既に、角(かど)が丸くなって四角ではなくなっている。
「あなた、が、好き、よ」
 喘(あえ)ぐ彼女の息に、意思を強く込めた声が聞こえた。
 彼女が、言葉の一つ、一つに力を込めて、はっきりと言い直してくれている。
 彼女の声は、全然ブレていない。
(柔らかくて、温かい……)
 『汚れて汚い』と、自分を貶(おとし)める彼女を否定したくて、思わず顔を寄せ、自分を非難する言葉を続けそうな開きかける唇(くちびる)を塞(ふさ)ぐように、僕は優しく唇を重ねてしっかりとキスをする。
 唇に少し荒(あ)れた筋を感じるけれど、プリッとした柔らかさが彼女らしいと、高校一年生の下校のバスの中で、隣(となり)の窓際の席で眠(ねむ)る彼女の唇へ黙(だま)ってした瞬間的なキスを思い出し、シリアスになる気持ちを僕は逸らした。
(あはっ……、今日は、ニンニク臭(くさ)くないな)
 僕を求めて泣きじゃくりながら、好きだと言って謝る彼女を、僕は、心から愛しいと思う。
 重ねる唇は、彼女の唇を軽く噛む様に吸(す)って開かせ、僕は舌先(したさき)を中へなぞせて行く。
「君が、凄く好きだ。今も、今までも、これからも……」
 一度、言葉で彼女へ届ける事が出来た僕の気持ちは、テレも、躊躇いも無く、はっきりとした言葉で、これから何度でも、届けられると思う。
 ふらりと力が抜(ぬ)ける彼女を強く抱き留めて、重ねた唇の中で舌先を少しだけ絡めてから、唇と彼女の身体を離す。
 彼女が声にした想いの言葉に、僕は、僕の想いを強い声の言葉にしなければならない。
「君を……!」
 更に、マキシムな恋の言葉を贈(おく)ろうとする僕の唇に、再び、彼女が、そっと触れるように唇を重ねて遮り、僕が言い掛けた言葉に上書(うわが)きする。
「愛しているわ」
(あっ! ああっ?!)
 彼女の想いに応(こた)えようとする僕の言葉を遮って、彼女は、何処までも透明(とうめい)で清浄(せいじょう)な言葉を続けて行く。
「今は、私が先に言うのよ。まだ、あなたは口にしないでね」
 彼女が言い放(はな)った『愛』の響きと唇の動きが、僕の愛しさが零れそうな唇を擦り、恋する想いの緊張を擽りながら、心地好(ここちよ)く僕の源の奥深くへと入って、滑らかに広がって行く。
 彼女の愛の言葉に、彼女の瞳が映る視界の隅(すみ)に霞(かすみ)が掛かり、まるで、立戸の浜で彼女の膝枕(ひざまくら)で見た夢の続きみたいだと思った。
 身体が気怠(けだる)くて、熱っぽい感じがする。
 膝が鈍く震え、足の裏が重くムズムズしている。
 彼女を抱きしめる掌や指は、手袋をして触れているような感覚になり、薄れる実感に、彼女が希薄になってしまう。
 まるで、RPGシュミレーションゲームのアバターにシンクロしたように、自分の指や手や身体じゃない感じがして、違和感(いわかん)があった。
 僕は興奮して、気持ちが舞い上がっている。
 浅く速い呼吸と高鳴る動悸(どうき)、上昇する血圧に酸素が足りない。
 ボーッとした夢見心地のときめきが、なんだかフワフワして良い気持ちだ。
 気持ちを浮遊させながらも、僕も、彼女に伝えなけらばならない言葉が有ると、乖離しそうな意識を重力の井戸へ落とすように、心に密着させて結び止め、そして、鮮明にさせる。
 これまで、『愛してる』の言葉は、僕の一方的な想いから言っていて、重みが薄れてしまいそうに感じていた。だけど、今は、しっかり其の言葉を言う場面だっだ。
(さあ、抱き寄せて、『愛してる』って言うぞ! ……でも、彼女は、『まだ、言わないで』と言っているのは、なぜ?)
 僕の表の建前と裏の本音との差異を、彼女は分かっていて言ってくれているのだろうか?。
 単純に彼女から返される冷たい言葉を、恐れただけの無口さで気遣う、明るく陽気(ようき)?な普段面(ふだんづら)の建前と、本音が出てしまう、自暴自棄(じぼうじき)の衝動に駆(か)られた自爆覚悟の罵りを連ねるだけの物言(ものい)いに、報復(ほうふく)に何を仕出かすか分からない、戦闘的な行動をする、僕の理性を失った暗部(あんぶ)というか、恥っ晒(はじっさら)しの面の全てを、既に、彼女に知らしめて、彼女に害を与えている。
 それを知っているのに、僕を『愛してる』と言ってくれた。
 だから、彼女が、僕の知らない彼女の想いを僕に伝えたいと察した。
 求めていた偶然の出逢いを、泣きじゃくって互いの想いを伝え合っただけで済ませたくない。
 僕は、もっと深く彼女の想いを知るためにも、今日の残りの時間の全てを、彼女と触れ合っていたいと願う。
「これからどうする? 僕は休みだから、時間は十分有るよ」
 涙目を逆(さか)さ三日月(みかづき)にして二コリと微笑(ほほえ)む彼女に、僕は『しまったぁ……』と思う。
 其の和(やわ)らげな態度と優しげな姿に、大胆(だいたん)で頑固(がんこ)な一途さと意地悪(いじわる)な腹黒(はらぐろ)さを秘(ひ)めているのを、僕は身に染みて知っている。
 彼女は、今日のような遭遇(そうぐう)を予想して、酷く誹謗(ひぼう)した言葉を連ねた僕へ貶(おとし)めの報復(ほうふく)を狙(ねら)っていたのかも知れず、其の為に、身を挺(てい)して僕を罠(わな)に掛ける意思の強靭(きょうじん)さを彼女は持っている。だが、見た目通りの優しさと素直さの彼女と親しく接したのも、良く憶(おぼ)えていて、そんな彼女を僕は、いつも探し求めていた。
(さあて、今の彼女の心は、どっちに振れているんだろうなぁ)
「羽田(はねだ)への最終便のチケットが有るから、それまで、私は自由よ。荷物は朝、宅急便で送っちゃったし、家には戻らずに行くって、言って来ちゃったしぃ、予定なんて無いしねぇ……、そうだ! 今からデートしよう。訊(き)きたいことも有るしさ。それから、小松(こまつ)空港まで送ってくれる? そして、私を見送ってくれる? 駄目(だめ)っかな?」
 互いに気持ちが通じ合い、安心したように見える彼女は無警戒(むけいかい)に明るくて、立戸の浜の時と同じだと思った。
 僕が著(いちじる)しく身勝手(みがって)な振る舞いや言動を放たない限り、もう、バス事故の日みたく警戒を滲ます事も、大桟橋の行き帰りのような黙って不穏(ふおん)を漂わす事は無いだろうが、いつ、復讐(ふくしゅう)の言葉を吐き、罠に陥(おちい)らされるか、安心は出来ない。
「ああ、いいよ。デートしてください。じゃあ、最初は何処から行こうか?」
 何か、軽いノリで受け応えしている感じがする。
 以前のメール文のように、ズケズケと言葉にする程度しか変化していない彼女に比べて、僕は随分と拘(こだわ)りも、躊躇いも無く、はっきりと言葉にして話せている。
(変わったのは、僕の方だ……)
 僕は、僕自身が大きく変わっているのを、改(あらた)めて自覚した。
 金沢市の大抵(たいてい)の繁華街やモールは知ってはいたが、高校三年生の前半までは、ダチの男連中とばかり連(つ)るんでいたから、女子の好む売り場や飲食店へは入った事が無かった。
 高校三年生の後半に弓道部や他校の女子とか、妹の買い物に付き合った経験からくらいしか、彼女といっしょする場所が思い付かない。
 そもそも、中学生の時から彼女と二人でデートして、行き付けの店なんて作りたかったのに……。その誘いを悉(ことごと)く拒んでくれたのは彼女だ。
(そういえば、さっきも行って来た二十一世紀美術館の白いカフェは、彼女に連れて行かれて知ったんだっけ。……でも、あそこはバスが事故った日を懐かしむだけで、本心を暈(ぼ)かされそうだから、ダメだな)
「お腹が、空いたわ」
 そう言って彼女は立ち上がると、僕の手を取って歩き出した。
 何処か、僕を連れて行く当てが有るのだろうと思いながらも、彼女から積極的に手を繋がれた事が凄く嬉しくて、顔がニヤつき始めるのが分かった。しかも、手を腕(うで)に廻(まわ)して繋ぎ直すと、僕に寄り添うように触れて歩いてくれる。
 流す涙を拭(ぬぐ)い、謝りを受け、愛を告白され、キスを交わし、腕を組んで歩く。
 ずっと、独(ひと)り善(よ)がりだった僕の祈りは届いて、とうとう、其の願いは叶(かな)った。
 ニヤついて緩みっぱなしの顔を、彼女に悟(さと)られないように青空を仰ぎながら、降りて来た幸せと、明るく照らされたい僕達の始まりに、彼女を薫らせてくれた春のゴッドブレスへ感謝する。
(そう、これからだ。ああっ、神様、恐悦至極(きょうえつしごく)です。ありがとうございます!)
 此処は柿木畠という短い通りで、竪町、里見町(さとみちょう)、香林坊、広坂通り、片町などに囲まれた金沢市の中心的繁華街の一部だ。
 少し歩けば、長町(ながまち)の町屋街や長土塀の武家屋敷街、野町(のまち)の広い坂道沿いの西の郭街、南町(みなみちょう)の商屋街などへ歩いても近い。
 武蔵が辻(むさしがつじ)や橋場町(はしばちょう)や兼六園下(けんろくえんした)は、ちょっと離れていて歩くには遠いけれど、彼女が望むなら、郊外でも僕のSUV車で連れて行ける。
「そう、お昼だね。何を食べよう? カツ丼? カレーうどん?」
 安心して気が緩み、アホを言ってしまった。
 内心、地雷を踏みそうなトラウマを上書きして仕舞いたい。
「うふっ、バカ、カツ丼は嫌よ。ごめんね。この先に、ランチもしているダイニングバーが在るの。其処でライブのピアノを聴きながら、お昼をいっしょに食べない?」
 僕の冗談を軽く受け流し、『柿木畠』の碑(ひ)の横で満開の枝垂れ桜(しだれざくら)に手を伸(の)ばしながら、優しい笑顔の彼女は、明るく僕をランチに誘う。
 この時、僕は、小学校の教室で窓際の机の上に両手を投げ出して、春色に光る眩しい窓の外を、目を細めて眺(なが)めていた彼女を思い出していた。
 春の青空と満開の桜を見上げ見る彼女は、とても、幸せそうに見える。
 僕達は手を繋いだり、腕を組んだりして竪町通りを歩いた。
 手を繋ぎ寄り添うのは、いつも彼女からだった。そして、『こんなふうに、歩きたかったのでしょう』と、問うように、ちらちらと僕の顔を見る。
 恥ずかしがるように、少し逸らした顔を空へ向けながら、繋いだ手を大きく振って、次の一歩を弾(はず)むように跳(は)ねた。そして、振り向いた顔が僕を見てニッコリ笑う。
 唐突(とうとつ)に後頭部が粒子(りゅうし)に分散して行くような、首筋や肩の力が蒸発(じょうはつ)して失われてしまうみたいな、そんな脱(だつ)力(りょく)感(かん)が僕を襲(おそ)い、顔がクタッと蕩(とろ)けて倒れそうになる。
(もう一度、今のを、して見せて下さい!)
 --------------------
 竪町通りの中程(なかほど)を曲(ま)がって、彼女が依然(いぜん)に両親とディナーに来たと言うダイニングバーに着いた。
 何かを確かめるような素振(そぶ)りで、彼女は店内に入りテーブルに着く。
 ダイニングルームは、ほぼ満席で賑(にぎ)わっていて、僕も、彼女に促(うなが)されるままに座った。
(何か、この店に思い入れが有るのかも知れない)
 そう思いながら、彼女がオーダーしたランチコースを食べる。
 薦(すす)めてくれたフォアグラステーキは、想像していたのよりも、ずっと、豊潤(ほうじゅん)な味わいだった。
 牛レバーとは全く違う、濃厚(のうこう)な深みのある旨味(うまみ)は蕩けるような軟(やわ)らかさと相俟(あいま)って、とても美味(おい)しくて幸せな気分にさせてくれた。
 赤ワインが有れば素晴(すば)らしいと思うけれど、SUV車を運転しなければならないからアルコールはダメだ。だから、僕はジンジャーエールを飲む。
 食前酒のキールすら飲めないのが、残念で悲しい。
 向かい席の彼女は、レアで焼いた柔らかそうな分厚(ぶあつ)いステーキを切り取り、僕がオーダーできなかった赤ワインを美味しそうに飲みながら食べている。
 実に旨そうだ。
(いつ、お酒を飲めるようになったのだろう? しかも渋(しぶ)め…… じゃなくて、辛口(からくち)の赤ワインを!)
 いつも僕が思い描いていた、穏やかで楽しい気持ちで満たされて、彼女と美味しい料理を食べる場面が、今、然程(さほど)どころか、アプローチの苦労も全く無く、誘われるままに実現しているが、有り得ない超常現象のように不思議(ふしぎ)だった。
 食べながら僕達は、携帯電話の番号とSNSアカウント、メールアドレス、パソコンのメールアドレス、以前は知らせて貰えなかった彼女の相模原の住所、僕が勤(つと)める親父の会社と家の場所と固定電話の番号などを教え合い、名刺(めいし)も渡した。
 僕の携帯電話番号とアドレスは、最初から同じで、ずっと、変えてはいない。
 金輪際(こんりんざい)以後、変更されて分からなかった彼女の携帯電話とパソコンのメールアドレスやアカウントネームは、変更前が、『Yinghua、インファ』という中国語の桜花(おうか)から、いずれも、『Cerezo、セレッソ』へ変わっていた。
 スペイン語で、桜という意味だそうだ。
(彼女は、本当に桜が好きなんだな。でも、スペイン語って……、僕のイスパニアの白ワインに合わせてくれたのか?)
 それから、季節が春から夏に移る頃に、僕が相模原の彼女の部屋へ遊びに行くという、貴重な約束をした。
 其の次は、夏休みに入った彼女が金沢へ来る。
 そんな未来志向(みらいしこう)で、彼女と会える約束をできる事が嬉しい。
 ゆっくりとした食事が終わり、食後のコーヒーが運ばれて来ると、おもむろに立ち上がった彼女が店の人に断(こと)わり、ダイニングルームの専用スペースに置かれた、白いグランドピアノへと向かう。
「五年ぶりに、キーを敲(たた)くのよ。上手(うま)く弾けるように祈っていて」
 すっと立った彼女が、テーブルを離れ掛けに、僕の手を握って言っていた。
 ピアノの前に着いた彼女は、鍵盤(けんばん)を見詰め、それから、ゆっくりと座る位置を整えるように、椅子(いす)を少しずらして座った。
 彼女は、背筋を伸ばして姿勢を正(ただ)す。そして、僕を見て微笑んだ。
 小学六年生の音楽の授業の時のままの仕種(しぐさ)で、彼女はピアノに向かう。
 目を細めながら息を吸い込み、直ぐに音を弾(たた)き出し始めた。
 それは、躊躇いがちに楽しくて、嬉しさに戸惑うような気持にさせるメロディーだった。
(これは確か……、青春物アニメのオープニングと、エンディングじゃなくて、劇中のラストに流れる曲だ)
 僕は、直ぐにわかった。
 何かを企んでいるように微笑む彼女の表情は、小学六年生の、アンコールに応えてキーを弾(はじ)く気配を見せた時と同じだった。
 あの音楽の授業で、みんなのアンコールに応えて、彼女がピアノを弾こうと構えた二曲目が、この曲なのだと。
 『五年ぶりに、キーを敲くのよ』と、ピアノへ向かう彼女が言っていた。でも、そんなブランクを感じない。
 今でも、良く練習をしているのかと思うほど、音は一つ、一つ、鮮(あざ)やかにのびて、綺麗で滑らかなメロディーを奏(かな)でた。
 僕に聴(き)かせる為に、彼女はピアノを弾く。
 メロディーに込められた彼女の気持ちが、僕の中を駆け巡る。
 彼女の想いが、僕の心に響いた。
 澄(す)んだ音が弾んでいる。
 ほんの少しだけ、躊躇うように聴こえるのは、彼女のアレンジだろう。
 よりアニメの出逢いのシーンにマッチしている気がするし、それに、今の彼女の心境の現れでもあると思う。
『いいの? 本当なの? 嬉しい!』と、彼女の心の声が聞こえて来そうだ。
 一音、一音が、それぞれのパステルカラーに染められて、僕の中で弾けて行く。
 『届いて!』、『響いて!』、『嬉しい!』、『ありがとう』、色付いて弾けた音は、彼女の声に変わって僕の身体の隅々(すみずみ)まで震えさせて行く。
 改めて、澄み切った細流(せせらぎ)のような音色に聴き惚(ほ)れながら、不思議に思う。
(こんなにも上手なのに、どうして、彼女は、ピアノを諦めたのだろう?)
 優しい気持ちで曲は終わり、キーから手を離して顔を上げた彼女は、僕を捜(さが)し見て明るく微笑んだ。
 それに応えて、僕は立ち上がって拍手をする。
 少し照れ臭いけれど、僕に聴かせる為に弾いて、再び、僕を感動させてくれた彼女へ、僕は笑顔で大きな拍手(はくしゅ)を送った。
(違うよ。ありがとうを言うのは、僕の方だ)
 胸が一杯だった。
 全てが吹っ切れた。
 僕は彼女だけを見て、彼女だけの為に生きる。
 この時、そう決めた。
 それは、絶対だ!
 この世に絶対と呼べる事が無いとしても、この僕の決めた彼女への想いだけは、絶対だ!
 僕が必ず、絶対にする!
 一瞬の間を置いて、一斉(いっせい)に拍手が鳴った。
 お客さん達も、従業員達も、みんなが拍手を送っている。
 彼女のピアノの音色は、僕だけじゃなく、聴く人達、みんなに感動を与(あた)えている。
「アンコール」
 誰かが言った。
 それに引かれる様に、あちこちから『アンコール』が掛かる。
 あの時と、同じだ……。
 彼女は、『アンコール』に応えるのだろうか?
 今は誰も、彼女を妨(さまた)げる事は出来ない。
(どうして、彼女の弾くピアノは、こんなにも聴く人に感動を与えられるのだろう?)
 鍵盤の蓋(ふた)を丁寧(ていねい)な仕種で閉(と)じると、立ち上がって椅子を元の位置に戻してから、彼女は大きく御辞儀(おじぎ)をした。
 鳴り止まない拍手の中を物怖(ものお)じ一つせずに、軽い足取りで戻(もど)って来る。
 この瞬間、彼女は完全にヒロインだった。
 この場にいる人達全員の、何より、僕のヒロインだった。
「アンコールに応えてあげれば良かったのに。あの別れの曲を、もう一度、聴きたかったな」
 席に戻った彼女に、僕は称賛(しょうさん)の意味で言った。
 ……褒めたつもりで言った筈(はず)なのに、彼女の顔が一瞬曇(くも)らせまがら小さく唇が動き、僕に聞こえない声で何かを呟いた。
「……」
 何度目になるのだろう?
 『バカ!』と、彼女の唇が、よく知っている同じ動きをした。
 またしても、僕の配慮が至らない。
 やっと、巡り会えて今までの蟠りを解きほぐしているのに、高まる感動の余り、考えも無しに言霊(ことだま)になるような言葉を言い放ってしまった。
 幸い、彼女が退いたのは一瞬だけで、後は明るく楽しげな雰囲気に戻ってくれた。
(やっと、彼女に愛されたのだから、遠慮無しの些細な事で彼女の愛を失いたくない。これからは、彼女を失わないように些細な事でも、気を付けるべきなんだ! お互いを失いたくないのは、彼女も同じはずだと思う)
 お客さんの女性やレジ係の店員が、彼女に称賛の声を掛け、それに笑顔で手を振り、礼をして答える彼女を脇(わき)に見ながら、ランチの勘定(かんじょう)を済ませて、テーブルに着く際にクロークへ預(あず)けていた彼女のコートを受け取り、僕は袖(そで)を通し易いように、彼女へコートへ広げてあげた。
 --------------------
 僕達は竪町通りから里見町を抜け、二十一世紀美術館へ向かう。
 其処の地下駐車場に、僕の四輪駆動のSUV車が停めてあった。
 二十一世紀美術館は、懐かしい場所だ。
 バス事故のあの日、僕達は初めてフレンドリーにスキンシップの大接近をして、此処の白いカフェでイレギュラーなデートをした。
(全く、あの日は、デッドラインの間際(まぎわ)と、ヘブンへの階段を行き来したみたいな日だったな……)
 身体に辛くとも、心の嬉しさを思い出して目を細めていると、それに気付いた彼女が、目を細めながら言ってくれる。
「今度、ゆっくりと鑑賞(かんしょう)しに来ようよ。あのカフェで、ちゃんと、お茶してさ。いい?」
 誘いの言葉を言う彼女に、あのバス事故の日を覚えていて、此処は彼女にとっても、思い出の場所になっているのを知った。
「ああ、いいよ」
 明るく軽い感じのハスキーさで返すつもりだったのが、過ぎる懐かしさにトーンが落ちて真面目(まじめ)なイントネーションで言ってしまい、企(たくら)みや含(ふく)みの壁を感じさせて警戒されないか、自分の不用意さを心配してしまう。
 --------------------
 オートマチック車のパーキングからドライブへとギアシフトする簡単(かんたん)な操作にも、レバーを握る掌に汗が滲むほど緊張(きんちょう)していた
 ギアのロックを外(はず)して駆動ギアへの接続も、普段は、音と微振動の反応だけで感覚的にアクセルを踏み出すのだけど、今は、ディスプレイのシフトギアの位置表示まで見て確認している。
 歩道の横断は、左右からの歩行者と自転車を行かせてから減速徐行して通過し、車道へは、直前で一旦停止して、安全と障害の確認をしてから入り、発進とブレーキは、グイっと出る加速のGとガクッやカクンの減速の衝撃(しょうげき)を感じさせないように、滑らか、且(か)つ、速やかにアクセルやブレーキのペダルを踏み込む。
「今も、私を好きだと言って貰えて、すっごく、嬉しかったよ」
 サイドシートに座る彼女の声を聞きながら、僕は、緊張する気持ちが嬉しさにを包まれるのを感じて頷いていた。
 許される範囲のスピードオーバー以外は、交通法規を遵守(じゅんしゅ)して、大胆で逞(たくま)しく、そして勇敢(ゆうかん)に、僕は愛車のSUV車を走らせて行く。加えて、嬉しさにハンドリングを弄(もてあそ)ばないように、いつも以上の慎重さで運転する。
「……でね。今、親しく付き合っている女の人は、本当に、いないのぉ?」
(どうして、時間を置いて、また、訊くのだろう?)
 僕の言葉に、彼女は確信を得たいのだと察した。
「いっ、いるわけないじゃん! 僕は、一途だぞ! いたら、君を好きだと……」
 照れ臭くても、何度でも、真摯に君への想いを強く伝えなければならない。
「すっ、凄く好きだって、言うわけないじゃん!」
(あっ、マズったかも!)
 声が、上(うわ)ずった!
 自分でも分る、ハスキーな声で答えてしまった……。
 低い声で、渋(しぶ)く、重く、『君だけ』だと、クールに言えば良かった。
(でもね。年末までは居(い)たんだぞ……。大晦日で別れちゃったけどな。……潔く身を退いて、未練を持っちゃいないんだ、というか、持っちゃいけないんだ……)
「だよねぇー。 私もよ。良かった、安心したわ」
 今、現在で、交際をしている異性はいない。でも、想いを戻したい女性は、二人いる。
「二度も訊いて、ごめんね。あなたはモテていたから、ダブルブッキングされるのが、心配だったの」
(うっ、ダブルブッキングって……。彼女は、鋭い……)
 一人は、戻す術が失われている静岡の『あの人』だ。そして、もう一人が、君だ!
「そんな! モテてなんていないよ。それを言うなら、君の方だろう。何度も靴箱に置かれたラブレターを見たし、君に告白したとか、君が告白されたとか、そんな噂(うわさ)を何度か、聞いたぞ!」
(『あの人』の事は、君が、『僕の過去話しを訊きたい』と言って来たら、聞かせてあげるよ。其の時は僕も、君の昔話(むかしばなし)を聞かせて貰っても、いいかなぁ?)
「鈍(にぶ)いね、あなたは! 好きになった女の子には、一途で一生懸命なのに、あなたを好きになった女子が、周りに大勢いても、全然、気付かないなんて……」
 弓道の試合で、僕を応援してくれていた女子達の事を言っているのだろうか?
 確かにラブな手紙を手渡された事や、直接、面と向かって、『友達からで、いいので』と、言われた事も有った。
 他校の弓道部の下級生の女子に誘われて、片町と竪町でのショッピングに付き合っている。
 初めて告白されたのは中学三年の時だったし、高校でも中学校の同級生から告白された。
 だから、気付いていないなんて、……ことはない。
(だけど、それは、君だけを好きだったからだ!)
 故に、僕は惚(とぼ)ける。
「そうなのか? 僕は、鈍いのか……」
 僕は、彼女に正直でいたいと思う。
 彼女には、少し鈍感(どんかん)だと思われていた方が、何かと都合が良いかも知れないと思うけれど、誤解(ごかい)を招き易い事柄(ことがら)の白黒は、勘繰(かんぐ)り深い彼女にポーカーフェイスで惚け通せるか、自信が無い。
 始まりの勘繰りが、疑い深い事なら、自信を持って正直に、はっきりと釈明(しゃくめい)して誠意を示さなければ、この先もずっと、気持ちの何処かに、心の何処かの隅に、不安と疑りと蟠りを持ち続けて、いつしか、決定的な不幸へのトリガーとなるだろう。
 そんな事を考えながら彼女を見ると、以外に明るくて、諦めたようにも、察したようにも思える微笑を浮かべていた。
 僕に見られている事に気付いた彼女は、更に、笑顔になって、弾んだ声で訊いて来た。
「あの大きなオートバイは、まだ、持っているの?」
 サイドウインドーを下げて、車内に入る春の大気で髪(かみ)を乱しながら、犬のように鼻をヒクつかせる彼女は懐かしむように言う。
 弾んでいるように聞こえたのは初めだけで、御仕舞いの声が小さくなって行く彼女の問い掛けに、何処となく、僕を責めている気がした。
『えーっ、あんなのを、まだ持ってんの。あんな、言う事を聞かない、重くて乗りこなせないバイクなんか、捨(す)ててしまえば、いいのに』と、言っているように聞こえた。
 今も因縁(いんねん)のV-MAXを所有しているのが気に食わなくて、非難されている気がした僕は、ムッとした気分になりながら、相模大野の駅前で初めてV-MAXを見た時の彼女の表情を思い出した。そして、含まれているだろう語意を無視して、僕は投げ遣りに答える。
「ああ、大桟橋へ行った時のV-MAXだろ。まだ、持っているよ」
 正直に答える僕は、大桟橋から戻って来た時、相模大野の駅前でタンデムシートから降りた彼女が後退(あとずさ)って、灼熱(しゃくねつ)したエキゾーストパイプに足が当たったのを覚えている。
 それは、ジーパンの上からチョコっと触れただけなのに、脹脛(ふくらはぎ)に赤くて丸い火傷(やけど)の痕(あと)を付けさせていて、彼女がヒリヒリする痛みに顔を顰(しか)めながら、ジーパンを捲り上げて見える患部(かんぶ)にウエットティシュを当てていた。
(赤くなった軽度の火傷だったけれど、まだ、消え切らない火傷の痕が、ナイロンストッキングの生地越しに、丸く見えるかも知れない…。其の、彼女の肌に残る傷痕は、……僕の所為だ!)
「夏になったら、乗せてくれる? あなたの後ろでいいから」
 驚いた!
 あんなに嫌悪感(けんおかん)を現した彼女が、再び、僕の後に乗りたいと言ってくれるとは思わなかった。
(自分で乗り回すと言わないから、限定解除の自動大型二輪車のライセンスは、まだ、取得していないみたいだな)
 うんうんと首を縦(たて)に振りながら、彼女の嬉しい提案に答える。
「勿論(もちろん)! いいさ。ぜひ、乗ってくれ。それで、V-MAXにタンデムして何処へ?」
 次のタンデムでは、迷いも、躊躇いも無く、僕は走れるはずだから、もう、V-MAXを『乗りのこなせていない』という、イメージは持たれないだろう。
「あのヘルメットも、有るの?」
 大桟橋の時の一度っ切りしか、彼女が使っていないのに、『女の子の匂いがする』と、『あの人が』言ったフルフェイスのヘルメットだ。
 アパートの部屋の本棚の上に置かれていたヘルメットを手に取って、被(かぶ)ってみようとした瞬間、『あの人』が言っていた。
 僕は、『あの人』に臭いで気付かれたヘルメットを使わせて、不快(ふかい)な思いをさせるのが嫌で、『あの人』用に新しいのを買った。
 其の新しいヘルメットは、『君の事は、忘れないよ』と、別れの日に『あの人』が持って行ってしまった。
 そんな記憶が、彼女の言葉で甦り、春の大気に香る桜の匂いといっしょに、安らぎを得た僕の心をざわめかす。
「有るよ」
 僕は、頷いた。
 僕は、『あの人』へ、新しいフルフェイスヘルメットを買ったのに、大桟橋の時のヘルメットは捨てずに、ずっと、本棚の上に置いていた。
(それだあ! 其のヘルメットを捨てずに、僕は、ずっと持っていたから、まだ、未練が有ると、『あの人』に思われたんだぁ!)
 僕の中で既に決着を付けて、忘却(ぼうきゃく)したと思っていた彼女への想いが、僕の心の奥底に消えずに沈ませている事に、『あの人』は気付いていたのだろう。だから、『あの人』は、僕にプロポーズの言葉を言わせない真っ先(まっさき)の理由にしたのだ。
 あの時、『あの人』が、僕と添い遂(と)げられない決定的な理由を言う前に、僕の彼女への想いを持ち出した理由が、今、やっと解った。
(『あの人』の気持ちにも、気付けていなかった……。僕は、本当に鈍くてバカな奴だ!)
 もし、本棚のヘルメットを処分していたら、どうだっただろう?
 『あの人』は……。
(いや、イントロの言葉が違うだけで、結果は変わらない)
「今年の夏は、私を乗せて明千寺(みょうせんじ)の御里(おさと)に行くの。立戸(たっと)の浜もね。休みを取って、いっしょに過ごす時間を作ってくれる?」
(御里へ行くってのは、家族や親戚(しんせき)一同に、僕を紹介するつもりなのか?)
 それは、ちょっとまだ早い気がするし、それに、恥ずかしいけれど、断わる理由にはならない。
「あっ、ああ、いいよ。もちろん、良いに決まっている」
 また、立戸の浜で沈められそうだけど、彼氏として紹介されるのも込みで覚悟して行こうと思う。
「立戸の浜では、キリコを担(かつ)いでくれる?」
(おっ、おおっ! 御願いされた! 担ぎ手になった僕の凛々(りり)しい姿を、彼女は見たがっているぞ!)
「うん!」
 力強く返事はしたものの、地元衆(じもとしゅう)の若手は、彼女の幼馴染(おさななじみ)ばかりだろうし、ただ、楽しく担ぐだけでは済まされないだろう。
(虐められる事はないだろうけれど、根掘り葉掘りの詮索はされるだろうし、飲み食いを勧(すす)められて、一昼夜の酒浸(さけびた)りになるのも、覚悟した方が良さそうだ)
 酔いの上機嫌に加えて、和倉温泉や輪島市や宇出津港の飲み屋へまで連れて行かれて、朝帰りになった僕に、ブチ切れの彼女の出迎えが有るかもだ……。
「それと、相模原へ来たら、いっしょに行きたい処があるんだ」
 いきなり、避けてくれるだろうと思っていた場所の相模原で、行きたい場所が有ると言って来た。
 耳の奥に反響する其のトラウマの地名に、強張(こわば)って行く自分の顔が分かり、僕は、反射的に問い返してしまう。
「えっ!」
(彼女は、あのデート場所へ行きたいのだろうか?)
 予想外の彼女のメンタル強さに、僕は、彼女の希望を受け入れて、僕のトラウマを乗り越える覚悟から心が身構えた。
 『相模原』……、無計画だった僕の不甲斐無さから、彼女に『永遠(とわ)の別れ』をされて、悲しみの向こうへ辿(たど)りつけなかった因縁の始まり街だ。
「どこ?」
 彼女が僕と行きたい所は、たぶん、横浜港。そして、問い掛けに返される場所は、気不味(きまず)い雰囲気(ふんいき)で黙って僕達が歩いた、あの鯨(くじら)の背中(せなか)だ。
「相模原市か、町田市のスィーツビッフェというか、ケーキ屋かな。ねぇ、どっちの街へ行きたい? 知っている店は、何処も美味しいから、どっちでもいいよ」
 ケーキは好きだった。
 静岡では、お持ち帰りの部屋食いばかりで、店内では、喫茶店やレストランで食事後のデザートか、甘味屋の白玉や葛キリの緑茶セットを良くオーダーして食べていた。
(先日は、ホールケーキを買って食べたいという妹に付き合って、スポンサーになっていたっけ)
「スィーツビッフェ? ケーキ屋? 君の御奨(おすす)めなら、何処でもいいぞ」
悲しみが再びとなるトラップでなければ、僕は、彼女の希望に従うつもりだった。
 彼女と出逢ってから、まだ二時間と経ってはいない。
 彼女の素直な気持ちと思われる言葉を聞いて、楽しく食事をして僕へ聴かせる為のピアノ演奏をして、僕のSUV車のサイドシートに座っていても、まだ、僕は彼女を疑っていた。
 嬉しさで高揚した楽しさの絶頂から、絶望の悲しみに沈む奈落へと落とされる彼女の報復を、僕は恐れていた。
 彼女に復讐されても当然だと自覚するくらい、僕は、彼女を惨めにする辛辣な酷い言葉書き連ねて送っていた。
(彼女に、許されない事を、僕はしている……)
「じゃあ、相模原に近い町田の郊外の御店にしましょう。其処、ショートケーキが美味しいんだ」
(美味しいのはショートケーキ……? 其の店のショートケーキのカテゴリーに入るスィーツなら、どれも美味しいのか? イチゴと生クリームこってりの何とか、チョコレートパウダー塗れの何とか、そんなピンポイントの固有ネームじゃなくて、……ショートケーキ?)
「サヴァランやミルフィーユやティラミスも、其処の美味しいショートケーキに入っているのかな? あと、チョコレートパフェも有る?」
 チョコレートパフェは、二十一世紀美術館の白いカフェでのリベンジをしたい。
「ミルフィーユとティラミスは見たね。サヴァランは無いわ。フルーツパフェは食べたけど、チョコパは知らないなぁ」
(まあ、彼女を御奨めを食べてみようと思っていたから、無くても構わないのだけれど、相模原へ行った時の待ち合わせの駅でレンタカーを借りたら、レシピに洋酒を使うサヴァランとティラミスは、何(ど)の道(みち)、酒気帯び運転で検挙されるかもだから、食べれないよね)
「オーケー、分かった! いっしょに食べよう」
 ショートケーキを承認する僕に、嬉しそうな笑顔になりながら、彼女が、二人で行きたい場所を続ける。
「うん! それから……」
 まだ、油断はできないと、僕の心臓が大きな心拍を打ち、深く吸い込む息に、飲み込む生唾に上下する喉仏が分かった。
「……次の場所はねぇ」
 今度こそ、鯨(くじら)の背中(せなか)だ。
「もう一度、大桟橋を歩きたい」
(ビンゴだ……!)
 一瞬、彼女の顔が曇った気がして、視線を彼女へ流す。
 『大桟橋』のところだけ、笑顔が消え声が沈んだように思えた。
 さっと、顔を彼女へ向けると、僕と同じように、彼女も固い表情に見えた。
 其の翳りにV-MAXでタンデムして、『大桟橋』へ行った日の、僕の不甲斐無さと心配りの無さだけではないと思う。
 交わる視線の彼女の瞳から、たぶん、僕との件とは違う、何か、別の拘りが有のだろうと、直感的に察した。
 『大桟橋』に、どんな思いや拘る理由が彼女に有るのか、知らないけれど、僕にとっても、トラウマになりそうな場所を仕切り直せるのは、願ったり、叶ったりだ。
「……いいよ」
 消えた笑顔とトーンが落ちた、『大桟橋』が気になる。
 其の暗い抑揚(よくよう)から僕以外にも、大桟橋に纏(まつ)わる何かが、彼女にとって重大な事のように思えた。
 もしかして、スタンガンを使わなければならない事態に遭遇(そうぐう)したり、陥ったりしたのかも知れない。
 僕が渡したスタンガンは、彼女を守り切れているのだろうか?
「あそこには、行ってみたいベイサイド・レストランがあるの。其処でディナーを、いっしょに食べたいの!」
 大桟橋の中にレストランやショップが有るのは、引き摺る未練で行っていた時に、其処で食事をしたり、記念品を買っていたりしていたので知っている。でも、ディナーは、大桟橋のテラスより、ポートサイドの夜景を見ながら船上のオープンデッキでオーダーした方が、ムードが有ると思う。
(というか、経験が無くて、魅力的に思えるから、そうしてみたいだけ)
「豪華客船での、ディナークルージングじゃなくて?」
 彼女と二人、横浜港へディナーに行くなら、大桟橋に接岸していたクルーズ船でのディナープランの方がシックで良い感じになると、未練タラタラの時に真っ白なクルーズ船を眺めながら考えていた。
 ドレスコードは無いと思うけれど、ちょっとラフなフォーマルっぽさでメモリアルなディナーにしたい。
 最上階のデッキでディナーを食べながら、イルミネーションが美しいベイブリッジを潜(くぐ)り、ライトアップに輝くベイエリアを眺めて、笑いながら語り合う。
(プロポーズに好いムードを醸(かも)し出すかもだ。内ポケットに、ティファニーのペアリングを用意してたりして……、なぁんてね)
 けっこうロマンチックだと思うのだけど、どうも、彼女にとってディナークルーズは、セカンドプランのようだ。
「うん、二人で、夕方のセピア色に染まる横浜港を見て、それから、二階のレストランで食べるの。……電車で行くから、お酒が飲めるよ。そして、夜のライトアップされた桟橋を、あなたと手を繋いで歩きたい。あっ! そうそう、セッティングは、私がするから心配しないで」
 どうしても、行きたいらしい。
 彼女なりの理由が有るのだろう。
「いっしょに歩きたいところが、まだ在るよ」
 それは、別に構わないどころか、大いに大歓迎で嬉しいです。
(さぁて、次は何処だろう?)
「ん! まだ?」
 嬉しいながらも、ワザと問い掛けてみる。
「来年の春は、……相模原の、満開の桜並木を歩かない?」
 其の桜並木道は、二度、満開の桜吹雪(さくらふぶき)の中をV-MAXで駆け抜けた。
 一度目は、未熟(みじゅく)な僕が後悔するデートの前に。
 二度目は、何も戻せないのを認めた遣る瀬無さから、無情になるだろう偶然の出逢いを求めて、宛(あ)ても無く彷徨(さまよ)う様に、桜の花弁を追い駆けた。
「相模原……、桜並木。ああ、あそこは知ってる。いいよ。必ずいっしょに歩こう」
 二度目は、実際に出遭っていたら言えていたか、どうか、分からないけれど、交差しなくなった別々の人生の幸せの交換して、祝福しようと考えていた。
 静岡の『あの人』には、甲府市(こうふし)の同好の趣味人(しゅみじん)へ会いに行くと口実を作って相模原へ行っていた。
 『あの人』は、政略結婚で融資(ゆうし)を得て、家の事業が盛り返して活気を帯びれば、『あの人』の家族と働く親族達の生活に心配は無くなるけれど、事業経営は事実上、養子(ようし)の夫と彼の実家が実権を握ってしまうだろう。
 不本意な結婚の結果でも、困窮(こんきゅう)していた暮らし向きが、心配の無い安心で安泰(あんたい)になると、『あの人』は愛してもいない夫と別れ、禍々(まがまが)しい山狭(やまあい)の地を捨て、僕の許(もと)へ戻って来るつもりなのだろうか?
 そんな有り得ない『あの人』の想像を、今の状況で僕はしてしまう。
「決まりね。それじゃあ、約束よ」
 彼女に『是非(ぜひ)、いっしょに』と頼みながら、『あの人』へバカな期待をする自分の浅(あさ)ましさが嘆かわしい。
「約束は、……しないよ……」
 『あの人』に再会する予兆(よちょう)などは、全く何も無い!
 将来的に『あの人』と再びの望みを期待できるモノは、素粒子(そりゅうし)一つ分も全然無く、『あの人』は、彼女以上に僕を断絶して去って行ってしまった。
 現在、更新の手段が失われている、僕の中の『あの人』は、過去の広がりの中だけに漂っている。
 其の広がりを圧し潰して薄くするように、『あの人』と『君』への未練の澱(よど)みが、積み重なって行っていた。
 今日、君との出逢いが、希望の無い未練の積み重ねを遠い片隅(かたすみ)へ小さく圧し遣って、再び、君への想いを果てし無く広げている。
 僕は、目の前に突き出された君の右手の小指に、僕の小指を絡ませない。
「約束しない? 約束できないの?」
(僕の中の現在は君だ! そして、未来も君だ! だから、約束を交す必要はないんだ)
 君の願いや頼みを叶えたり、守ったりするのは、もう僕の義務だろう。
「違う! もう、約束なんかで、縛られたり、確かめ合う仲じゃないと、思うからだよ!」
(君を好きになるのは、僕の権利で自由だ! それに、もう、義務かも知れない)
 君が、僕の好意を嬉しく思わなければ、僕は『君を好きになるのは、僕の権利だ!』と、主張しても良いのだろうか?
 君にとっては大迷惑かも知れないけれど、僕は、権利だからと主張して、君を好きで居続(いつづ)けたい。
 確かに、『好きで居続けるのは構わない』と言ってくれるだろうけれど、権利とは少し違う気がする。
「……そうだね。うん! 今日からは、そうだね」
 もし、君に喜ばれたら、もう、君を好きでいるのが、僕の義務だと思う!
 大桟橋と相模原のトラウマを消し去る為にも、僕は、絶対に行きたいと思った。
「早く着き過ぎちゃうな。どこか、寄りたい場所はないのか? 買い物とか? 見たい物とか?」
 加賀産業道路を走りながら、彼女に訊いた。
 小松空港に行くには、国道八号線の小松バイパスへ合流する前に右折(うせつ)しなければならない。
 次の交差点を右折すると、十五分で空港に到着する。
「それなら、海……、海が見たいな。日本海だね……」
(海? そうだった! 彼女は、海……、海原(うなばら)や渚(なぎさ)が好きだっけ)
「行ける? 時間は、大丈夫(だいじょうぶ)かな? 夕陽を見たいのだけど?」
 ダッシュボードのパネルの時計を見ると、空港近くなら余裕で大丈夫そうだ。
 場所は海原と岸辺の両方の見晴らしが良くて、無粋(ぶすい)な人工物の無い海岸がいい。それも、広大な砂浜ならモア・ベターだろう。
 それに、彼女が知っていそうもない浜なら、ベスト・インパクトになる。
(誰もいない浜に、二人だけで見る夕陽。……なんてね。とっても良い、感動的なシュチュエーションじゃん!)
「時間は……、空港での夕食時間に、余裕を持たせて……、二時間は、大丈夫だ。行けるよ」
 『二時間』と言って、『御休息(ごきゅうそく)』を連想してしまった。
 加賀産業道路が国道八号線と合流する辺りには、加賀温泉郷の『山代(やましろ)』、『山中(やまなか)』、『片山津(かたやまづ)』の温泉街が在る。
 温泉街の周辺には、一軒宿っぽい温泉とラブホテルも多い。
(……彼女は、ラブホ利用の経験が、……有るのだろうか?)
「ほんと? 行ってくれるの?」
 彼女は、嬉しそうに笑っている。
 僕も、妄想(もうそう)する下心で自虐的に笑ってしまう。
(今日の出逢いの様子だと、何処へ走っても構わない感じだな……、でも……)
 ラブホのパーキングに停めても、多少の困惑と蟠りだけで、ベッドルームへの階段をいっしょに上がってくれるだろう。そして、開放的な広い部屋を選べば、躊躇う気分を軽くさせて、殆ど無抵抗に身体を許してくれるかもだ。だけど、やっと再会できて、改めて相手の想いを知り合えたのだから、性急過ぎる節操(せっそう)の無い行動と態度に出るわけには行かない。
(この、勘違(かんちが)い野郎と思われたら、彼女の事だ。気持ちが変わって、きっと、これっきりになってしまうかも……)
「空港近くの安宅(あたか)じゃなくて、加賀(かが)の片野(かたの)の浜まで行こう。三十分は浜にいられる。空が晴れて来たから、気持ち良いかもな」
 梯川(かけはしがわ)河口の南側砂丘の松林の中に、源義経(みなもとのよしつね)と弁慶(べんけい)の勧進帳(かんじんちょう)で有名な安宅の関所跡(せきしょあと)が在る。
 鎌倉期(かまくらき)の街道は、砂丘沿いを通っていたのだ。
 小松空港の直ぐ近くで、安宅の松林の向こうは広い浜辺だけど、ちょっと、インパクトとユニークさが足りない。
(そう、気持ちが良い…… 場所じゃないとね)
 彼女が僕に触れた、気持ちの良かった体験を思い出して、僕は、彼女が気持ち良いと感じる触れ合いをさせていないと思った。
 フォークダンスで触れた汗(あせ)っ掻(か)きな君の掌。
 バスの中のキスで、プリンとした弾力を感じた君の唇。
 救急車の中で、覆い被さる君の柔らかな胸。
 渚で知った、君の日焼けした肌の張り艶。
 タンデムツーリングで、背中に押し付けた胸の弾力と香る君の匂い。そして、今日の塩辛(しおから)い君の唇。
 其の先に迎える気持ちの良い事を、君は、既に経験しているのだろうか?
(……まだ、僕は葛藤(かっとう)している……。さり気無く誘ってみる? それとも、強引に求めちゃったり?)
「その片野の浜って、知らないのだけど、あなたの御薦(おすす)めの場所なら、行ってみたいかな」
 浜辺とは違う、欲情的に御奨(おすす)めの場所っていうか、領域っていうか、君を絶対的な頂(いただ)きへ逝(い)かせたい思いが、また、湧き出して来る。
(……彼女も、求めているかも知れないし)
 今の彼女なら、僕の気分次第で強引に迫っても、たぶん、拒みはしないだろう。
(だけど、ダメだ!)
 やはり今日は、僕から求めるわけには行かない!
「でも、日没までは居られないよ。大体、日の入りが六時半頃だから、其の時刻には、空港で夕飯を食べてる。夕陽は、片野の浜から空港へ向かう車の窓越しに見れる…… と、思うけど」
 日本海の水平線の彼方へ沈む紅(あか)い夕陽を彼女と僕が見るとなれば……、連想するのは、高校一年生の晩春に金石の浜で部活のテレーニングをする僕を彼女が見に来た時だ。
 彼女は、下校時に鳴和町(なるわまち)の学校から金石(かないわ)の町まで、わざわざバスを乗り継(つ)いで来てくれた。なのに、『海を見に行っただけ』と、素っ気無いメールが送られて来ていた。
 斜陽(しゃよう)の紅く染まり始めた海原を、彼女は日没まで見ていたのだろう、偶然にも、部活を終えて下校する僕は、帰宅する彼女が乗ったバスに乗り合わせてしまった。そして、彼女の横に座った僕は、車窓に凭(もた)れて熟睡(じゅくすい)する彼女の唇へ、禁断のキスをした。
(其の無断でしたキスに、彼女は気付いていて、遠回しに僕を咎(とが)めて、浜辺で酷く責められるのかも知れない……)
「いいよ、それでも。今日は日本海を見るだけでいいの。沈む夕陽は、次回ね」
 あの時はバスの揺れに任せて、僕の唇を彼女の唇へ押し付けただけだったけれど、あれは僕のファーストキスだった。
「それじゃあ、行こう」
 彼女にとってもファーストキスかも知れない、僕の負節操(ふせっそう)で卑怯(ひきょう)なキスに彼女が気付いていたならば、ラブホの休息に誘うなんて、悪魔の花園のような地雷原を走り回るくらい、デンジャラスで愚(おろ)かな行為だ。
 僕は内面(ないめん)の性欲を抑えて、彼女と望みと僕の言葉通りの行動をする事に決めた。
 --------------------
「あそこに、寄ってもらえるかな?」
 木場潟(きばがた)を過ぎた辺りで、『さっき右折して、小松空港の海側の道路を通った方が、早く行けたかも』と少し悔やみながら、国道八号線に国道三百五線が合流する加賀市の交差点まで来てしまった。
 ナビゲーションの画面を広域表示にして、片山津温泉が在る柴山潟(しばやまがた)沿いを行くか、大聖寺(だいしょうじ)の町近くを通って行くか、僕が現在地からのルートが良く分からずに迷っていると、彼女に対向車線側のコンビニへ行くように指示された。
「えっ、ここに用?」
 片野の浜の駐車場前にはシーサイドカフェが在ったはずなので、其処で寛(くつろ)いでと考えていた。だから、コンビニへ寄って買い物をつもりは無かった。
「そう、ちょっと用なの……。用を足(た)すの……」
(あっちゃー! そっか、トイレだあ。これ、妹もドライブすると、よく言うわ。因(ちな)みに、お袋(ふくろ)は『トイレ行きたい』って、ストレートな表現だけどな)
 これは、綺麗で可愛くて大好きな女性は排泄(はいせつ)しないっていう思い込みじゃなくて、自分の配慮の至らなさを反省するしかない。
「ああっ、OKだ!」
 彼女から目を逸らして、顔も逸らして、頷きながら返事をしたのに、言葉尻が強くなって、『納得って』言わんばかりの、生理現象を強調するみたいになってしまった。
 ただ『うん……』と言えば良かったのに、察し足らずの自分に、僕は、『再度、反省が必要だ!』と、気持ちを引き締める。
 --------------------
 用を足す彼女といっしょにコンビニへは行かず、僕はSUV車の中で彼女の戻りを待つ事にした。
 ついでに偶然の出逢いの、想定外だった現在進行中のデートで、彼女が座るサイドシートの周りをクリーナーで掃除した。
「それ、何? 買ったんだ?」
 十五分ほどで戻って来た彼女は、コンビニのレジ袋を持っていて、単なるトイレ利用をするだけじゃなくて、ちゃんと買い物をしていた。
「うん、アイス」
 ドライに設定しているだけのエアコンディションなのに、彼女の顔は上気(じょうき)して火照(ほて)っているように見え、胸元から漂って来そうな熱気に、汗ばんでいるのかもと察した。
 まだ肌寒(はださむ)い日が続いていて、陽射しが回復した今日の午後も、走行中はウインドゥを開けると、吹き込む風が冷たくて寒い。
 それなのに、僕も、汗ばんでいる。
(まあ、半分は、緊張している所為だけど……)
「アイスクリーム? 今、食べるん?」
 『汗っ掻き』に、『多汗症(たかんしょう)』という体質か、症状なのか、分からない言葉を聞いた事が有る。
 それらは、はっきりとした違いが有るのだろうか?
 正常な体質なら、今日の気温や状況で汗を掻かないのだろうか?
(汗っ掻きは、全身が火照り易くて、汗ばむんだっけ?)
 辛(から)い料理を食べると、顔から汗が筋(すじ)になってポタポタ落ちたり、首筋に汗の玉が浮いたり、掌がベトベト、ベッタリと濡(ぬ)れるのは多汗症……。
 僕は思いだしていた。
 眠ると体温が上がって、『赤ちゃんみたいね』と言われた事が有る。
 言ったのは、静岡の『あの人』だ。
 寝る時は、僕の腕枕(うでまくら)でいっしょに眠ったはずなのに、いつも目が覚(さ)めたら、僕はベッドから落ちているか、ベッドの端際(はしぎわ)で毛布に包(くる)まっていて、羽根布団で安らかに眠る『あの人』は、ベッドの三分の二を占拠(せんきょ)していた。
 『だってぇ、君は寝てしまうと、赤ちゃんみたいに熱くなるんだよ。自分では分からないでしょう? だからね。眠りながら君から離れちゃうんだよ。でもぉ、隅へ追い遣ったり、落としたりするのは覚えてないなぁ。きっと、夢の中で似たような事をしちゃいながら、無意識で蹴飛(けと)ばしていたかも。ごめんねぇー』
 汗っ掻きのワードが、僕に無意識と別離(べつり)を思い出させて、少し悲しくなった。
(病(しょう)って、それは、体質じゃなくて病気なのか? だとしたら、治療(ちりょう)ができるってことぉ?)
 僕と彼女は、どちらなのだろう?
「ううん、後でね。浜辺で食べようよ」
(だよな。運転しながら、片手持ちでアイス食べるのは、危(あぶ)ねぇし)
 かといって、コンビニの駐車場で食べるなんて、無粋で問題有りだと思う。もっと、ロケーションを大切にしたいし、それにタイムロスだ。
(このロケーションと料理のオーダーの失敗が起因(きいん)して、今日まで完全断絶されていたんだっけ。同じ徹(てつ)を踏(ふ)みたくはねぇな)
 棒アイスだと、片手に持ちっ放しになるし、溶け易いから、垂(た)れ落ちる心配が付き纏う。
 袋入りのモナカだと、片手持ちで何とか食べれるけれど、チョコ被(かぶ)りのだと、割れたチョコの破片が零(こぼ)れて、衣服や座席を溶けたチョコで汚した事が有った。そして、カップタイプのは両手を使うから、更に、運転は困難(こんなん)になる。
(食べさせて貰わないと、無理! もしかして、『あーんして』を、してみたかったりして!)
 なんて考えていたら、あっさりと違った。
「だったら、そのままだと、車内のエアコンの熱で溶けるかもだから、後ろのクーラーボックスに入れとくよ。忘れないように、覚えといてくれ」
 彼女からアイスが入ったレジ袋を受け取ると、そのまま、電源をオンにしたバッテリータイプのクーラーボックス内のフリーザーへ入れる。
 --------------------
(シーサイドカフェでの、ユルリと寛ぐのは、無しだ!)
 片野の浜辺でアイスクリームを齧(かじ)りながら、彼女と和(なご)む事に僕は決めた。
 ナビ画面のルートは大聖寺の街に入らないのだけど、気が付いたら曲がるべき処を曲がらずに市街地へ入ってしまい、新たに再表示された『この道で良いのか?』と、不安を抱かせるような道筋を通って、どうにか片野の海水浴場の駐車場に着いた。
(見覚えの有る浜だ。シーサイドカフェも在る)
 途中からルートが不安になったけれど、ナビのガイドが終了した此処は、以前に来た事が有る片野の浜の場所で、間違った場所には来ていなかった。
 何より、堤防を兼(か)ねる低いコンクリート壁に、片野海水浴場駐車場と大きくペンキで書かれている。
「よく、道を知っているねぇー」
(いやいやいや、ナビ通りに走って来ただけです。でも、この辺りはウロ覚えだし、自分で来たのも初めてだし、上手く着けて、ほんと良かったわぁ~)
 大聖寺の街で道を間違えたのも、不安な気持ちで運転していたのも、今も、場所を間違えていないか疑っているのも、彼女に気付かれていない。
「だろう! 砂丘の森の中にサイクリングロードが通っていて、歩き易いんだけど、遠回りになるから浜辺から行くよ。いいかな?」
 上手く不安を隠せていたのと、彼女の驚く顔と、御褒(おほ)め言葉で気を良くした僕は、途切(とぎ)れ、途切れの記憶なのに、いかにも鮮明に覚えているかのように鼻息荒(あら)く、知ったかぶりをする。
「……砂浜を歩くの?」
 ドアを開けて出ようする僕の背中に、彼女の沈んだ小声が聞こえて、振り向くと、サイドシートに座ったまま自分の足許を見ている彼女がいた。
「あっ! そのロングブーツは、レザーだよね。それに、ピンヒールだ。……砂浜だと、刺さっちゃって歩けないし、レザーも傷(いた)んじゃうなあ」
 片野の浜の砂質は、羽咋市の千里浜みたいな木目細かくて踏み固めれる砂じゃない。
 少し粗い砂粒の軟らかい砂浜は、絶対にハイヒールを潜らせて、踏み切れない踵で歩行を困難にしてしまう。
 それに、砂粒はサンドペーパーを掛けたようにレザーを擦り傷だらけにして、ブーツの光沢を艶消にしてしまうのは確実だ。
「でも、大丈夫! 妹のフェルトのショートブーツが有るから、履(は)き替えればいいよ。ベタ底だから、問題無く歩けるよ」
 言いながら、後部座席のドアを開けて床に置かれた妹のブーツを持ち、反対側へ回ってドアを開け、彼女の足許へ置いた。
 カジュアルなショートブーツはミスマッチになるけれど、仕方が無い。
「サイズは二十三センチメートル。見たところ、同じくらいかな?」
 妹のショートブーツはフェルトだから砂塗(すなまみ)れになりそうだけど、脛丈(すねたけ)なので中には砂が入らないだろうし、硬質シリコンゴムの靴底は深めのトレッドパターンで、これから行く岩を歩くのに滑(すべ)らなくて済(す)むと思う。
「サイズは、いっしょね。今、履き替えるわ」
 屈(かが)み込む彼女がロングブーツのジッパーを下げると、黒いナイロンストッキングにピッタリと包まれた彼女の脛と脹脛(ふくらはぎ)が見えて、其の艶(なまめ)かしさに見惚れていると、彼女は顔を僕の方へ回して言った。
「恥ずかしいから、ジロジロ見ないでよ。……ん、もう、エッチねぇ、バカ……」
(うっ! エッチだと悟られてしまった! そうです、僕はスケベなんだよ……)
「ああっ、ごめん。そっち側の、見えない所に離れているよ」
 SUV車の反対側へ離れながら、妹がショートブーツを載せといてくれて良かったと思う。
 --------------------
 高校三年生に進級した妹は、新年度になった初日から、来年一月の御受験に向けて金沢駅近くの進学塾へ通い出した。
 希望する大学へ進学する意欲が有るにしては、其の為の勉強密度の高まりが半年ほど遅いと思うけれど、あっさりと部長を同級生へ委任して部活を二年生で辞め、妹は受験勉強に集中している。
 妹は、終礼後に高校から進学塾へ直行している。
 塾の終わるのが午後九時過ぎになるので、火急の仕事や異常が発生しない限り、僕が、このSUV車で向かえに行っている。
 塾通いの二日目の朝、加工の進捗を確認に工場へ行こうとSUV車に乗り込むと、寝起き姿で息を切らして遣って来た妹が、『今夜も、迎え、宜しく御願いします。あと、これ、乗せといて』と、言いながらドアを開けて後部座席の床へ、フェルト生地のショートブーツを転がした。
『なんで?』
『塾のルームは暖かいんだけど、足裏から冷えるんだよ。だから、ね! アニキぃ~』
『なに、それ? 始めっから履いてけば、いいじゃん!』
『ちっ、ちっ、分かってないなぁ、アニキ。女子高校生は、ビジュアル第一なんだよ。男子も、多いしさ』
『俺は、其のビジュアルの対象外なのかよ?』
『―ったりまえじゃん! アニキに、ブラコン系の可愛い妹なんて、演じないよ!』
『俺も、シスコンじゃねぇ。でも、載(の)せといて遣るよ』
 以後、今のところは日曜を除く毎日だが、迎えに行く度に、妹はサイドシートで素肌の脛を擦りながら、学校指定の通学靴からフェルトのショートブーツに履き替えている。
『あ~、あったかいわ~。風邪は、首筋と足裏の冷えからって言うしね。ちゃんとブーツを載せといてくれて、サンキュー、アニキ!』
『やっぱ、おまえ、そんなに体調を気に掛けてるなら、ブーツを履いてけばいいじゃんか』
『ダーメ。足首と脹脛を包んだソックスの上縁からスカートの裾までの素肌が、絶対領域なの。このビジュアルは落とせないよ!』
『……絶対領域。それは解るけど……、じゃなくて、なんだそりゃ? 意識してんのかぁ?』
『そりゃそうよ。体毛処理してさあ、擦り傷や痣に気を付けてさあ、虫刺されにもねぇ。浮腫(むく)まないように、血色良いように、食べもんと睡眠を摂(と)ってさあ、いろいろ有んだよぉ、アニキぃ』
『まあ、確かに形が良くて、綺麗な足してるからな、おまえは』
『それに、うちの学校は、制服ダサダサじゃん。可愛いカジュアルブーツなんて、普通にマッチしないし、アンバランスだし、ダサさの3乗だわ。だっからあ、制服とのダサコラボは、アニキしか見せないよ』
 其のダサイ制服の高校は、彼女と同じだ。
『でもな、俺的には、肌色パンストの上にニーハイも有りだと思うんだよ。の温もりプラスで冷やさないし、絶対領域も強調されるしさ』
『おおっ、それ、いいねぇ。パンストはOKだろうけど、校則でニーハイソックスはどうだろう? 良くても黒の無地かもね』
『それでも、いいじゃん。体調は崩さない。絶対領域は確保できる。まあ、試してみろ』
『うん。それじゃあ、今日の帰りは買いに行くから、付き合ってね』
 ショートブーツに、そんな遣り取りが妹と有った事と、彼女のニーハイ姿を見て無かった事を思い出していた。
 『片想いしてる彼女さんの高校を、見て、触れ、嗅ぎたいから』との理由付けで受験して、成績上位の妹は、塾通いもせずに合格してしまった。更に、『弓を構えるアニキが、格好良かったから』と、弓道部に入部してくれた。
 弓道部に入ったからにはと、命中させるコツと身体作りを指導して、黒壁山での祈願の仕方を教えたら、去年は個人優勝をして、更に兄貴よりも素質が有るようで、インターハイのベスト十六まで勝ち進まれてしまった。
『三年の部長が、アニキとデートした事が有るって言ってた。香林坊、竪町、片町とデートして、アニキの高校の文化祭もいっしょに回ったのに、こっちの文化祭に来てくれなかったって。ちょっと恨(うら)んでたよぉ~。でも、わかる。そりゃあ、行けないよねぇ』
 そんな過去話を、一年生になって直ぐに弓道部へ入部した妹から、お盆の帰省(きせい)の折りに聞かされた。
 其のデート相手の女子弓道部の部長は、僕とインターハイへ行った個人の部のメンバーで、石川県代表になった女子の個人優勝者だった。
『だってぇ~、いくら断わっても、想いを伝えて来る男子がさぁ、自分の学校の文化祭に来ていてぇ、下級生の女子に寄り添われてぇ、模擬店廻りしてるのを見たらぁ、ねぇ。まして、夏休みに能登まで来てくれて、会っているのに。……私だったら、真正面に立ちはだかって、いきなりグーパンチで、ダウン取って遣るわ!』
 グーパンチって、妹と取っ組み合いの喧嘩を最期にしたのは、小学五年生の三学期だ。
 おふざけと悪戯の仕返しに頬を平手で叩くと、必ず僕にしがみ付いて拳(こぶし)で殴り返して来ていた。
(そうだった! 思い出した。妹は叩かれた頬を赤く腫らして、僕は殴られて目の周りに赤タンと青タンを作っていたっけ……)
 六年生になった時に、四角い爪の彼女と噛み合わない言葉を交してから、妹の悪ふざけが気にならなくなって、妹から見た兄を意識するようにしている。
 永遠の別れを告げられてから彼女を探しに行ったキャンパスで、もしも、彼氏と寄り添い歩く彼女を見付けたら、僕は、どんな行動をしていただろう?
 彼氏とタイマンを張って、グーの音も出ないほどボコボコになって伸(の)されていれば、負けた僕は別れに納得できていただろうか?
 能登へ会いに行った事の情報は、彼女から届いた暑中見舞いの葉書きを見ているお袋の、僕の帰りが夜半を過ぎた話と、ダックスのエンジンが不調だと文句を言う親父から察したに違いない。
 ちょっと過激な物言いの妹は、『彼女さんの、見極めをしちゃる!』と、彼女と同じ神奈川県相模原市の大学を受験すると宣言している。
 其の宣言に勉学の志(こころざし)が感じられない。
 僕の彼女と、どう絡むのか分からないが、そんな事より、自分の為に大学へ進学して欲しいし、妹が望むなら修士課程や博士課程へ進むのを応援したい。
『マジで、おまえ、ブラコンとちゃうのぅ? 俺に恋してんのかぁ?』って、真顔で見据えて訊いた。
『おっ、それを訊いて来るぅ? まあ、アニキは弓道の先輩で、憧れだし、嫌いじゃないよ。ティラミスよりサバランが好きって感じで、好きだけど、絶対に恋じゃないからね!』
『それに、彼氏候補の男友達なら、いるから心配しないで。七尾と羽咋と小松の弓道部の同じ歳の男子達。告白されてんのよ。三人ともデートして、良い感じだと思ったわ。だけど、まだ、誰にも返事してないの。うーん……、それでね。遠くに離れたままか、近くへ来て、四年後まで続いていたら、性格の相性と生活力が分かるでしょ。そん時に、恋に落ちてあげるって言ってるわ』と、不敵に言い返された。
 彼女とは、見た目も、性格も、全然違ってんのに、其の偉そうな言葉に、デジャビュなオーバーラップを意識してしまう。
(こいつも、大学で知り合った男子と、不意に恋に落ちて、あっさりと三人を無碍にするんだろうなぁ……)
 さて、彼女には姉がいるのを知っている。
 もしかして、僕の勘違いで、其の人は親戚で、年上の従兄弟かも知れないけれど、コモ湖で見ていた様子から、僕は、母親と父親と姉の家族四人で来ていると思った。でも、兄弟姉妹が姉一人だけとは限らない。
 年長の姉か、兄もいて、たまたま冬のイタリアへ家族旅行に参加できなかっただけかもだ。
 --------------------
 妹との遣り取りと一度だけ見た彼女の姉を思い出しながら、堤防際まで離れて待っていると、直ぐにブーツを履き替えた彼女が遣って来た。
「うん、サイズは大丈夫だよ。……ねぇ、アイス、食べないの? 歩きながら食べようよ」
(そうだな、僕も食べたいと思うよ。でも、今はダメなんだ! アイスはクーラーの方じゃなくて、フリーザーの方へ入れたから、直ぐには溶け出したりしない。だから、もっと、美味しく食べれる場所まで待って下さいませ)
「砂浜を少しだけ歩くから、また汗爆だろうし、それに、アイスはカチンカチンだったから、着くまでに、ちょっとは、食べ易くなると思うよ」
 僕は、リモコンでSUV車をロックしながら、左手の浜辺を見て、彼女を促した。
「だから、ごめん。もう、ちょっとだけ待って。そこの上で食べよう」
 駐車場の堤防を越えて浜辺へ降りると、左側の砂浜を目的の場所へと歩き出す。
 其処は遠目に白い崖肌のように見え、柔らかい砂に足を縺(もつ)れさせながら近付いて行くと、粗(あら)い布地を被せたみたいな丸みを帯びた岩塊(がんかい)の襞(ひだ)が見分けられる。そして、間近で見上げる僅かにグリーンがかったベージュ色の岩塊は、奇妙(きみょう)な形の襞が連なっていて、まるで観光パンフの写真で見るトルコの景勝地(けいしょうち)で古代遺跡のカッパドキアのミニチュアをイメージさせた。
 小学四年生頃に親父に連れられて来た時は、凹凸(おうとつ)が無い丸みを帯びた岩肌に、小学生の小さな手では掴り難く、転(ころ)げ落ちそうになりながらも斜面を這(は)い蹲(つくば)って登っていたが、上へ行くに連れて忍(しの)び返しのように斜面が反(そ)り返り、途中で僕は登るのを諦めていた。
 だけど、成人した体の今は、登り易すそうなルートを見付けて、彼女の手を引きながら頂上の松林まで登れている。
 彼女にブーツを履き替えて貰って、正解だった。
「ここは初めて。ずっと向こうまで広い砂浜が続くのに、建物が全然ないのね。あの砂丘一面の緑の群生はハマナスでしょう。すごいねー! 向こうの方は一面に群生(ぐんせい)してるよ。それに、この足下の大きな岩、突起(とっき)した奇妙な形ばかりで不思議。これ全部繋がってる一体の塊だよね。加賀の海岸に、こんな浜が在るなんて、全然知らなかったわ。よく知っていたよね」
 体を動かし続けていると火照って来て、疲労する肉体が酸素を求めて息が上がってしまう。
 そして、動きを停めて休ませた時に汗が噴き出して来る。
 だから今は、噴き出そうとしている汗を迎え撃つ、カウンター発汗のタイミングなのだ。
 火照って熱を帯びた体の汗ばみは、アイスの冷たさで冷却させよう。
 故(ゆえ)に、『アイス・イッツ・ナウ』だと、アイスが入ったコンビニのレジ袋を彼女に渡(わた)す。
「小学校の頃、家族で泳ぎに来た事が有るんだ。僕も、この岩が不思議(ふしぎ)で、君と同じ質問を親父にしたよ。でも、親父は知っているくせに、浜の名前、『片野海岸』と岩の名前、『長者屋敷跡(ちょうじゃやしきあと)』しか教えてくれなくて、後は、図書館へ行って自分で調べろって言うんだ。全く不親切な親父だったよ」
 受け取ったレジ袋から、緑色の地にオレンジ色の柄(がら)のパッケージのアイスを、彼女は取り出して、僕の前に差し出した。
「ありがとう」
 受け取ると、直ぐに僕は、パッケージを破って棒アイスを咥(くわ)え、身体の火照りを冷ます。
 アイスはパッケージカラーのイメージ通りの抹茶味(まっちゃあじ)。
」散りばめたミカンの粒(つぶ)っぽいのは、噛むとミカンじゃない、オレンジの味が口いっぱいに広がった。
 抹茶味とオレンジ味のコラボネーションは、美味しいけれど、ちょっと微妙(びみょう)。
 彼女のアイスは、淡(あわ)いピンク色。
 その香りから、ストロベリー味だ。
(グリーンティに、ストロベリーか、ふぅ~ん)
 大きな岩塊の平らな天辺(てっぺん)に、二人並んで座り、アイスを齧りながら、懐かしい長者屋敷跡の風景を眺める。
 この亡霊(ぼうれい)が立つみたいに、不定形に揺れているような白い岩肌を見ていると、宇宙が百三十七億光年の広がりが在るのに、地球の年齢が四十六億年よりも、長いのじゃないかと思えて来る。
 現在よりも、自転が速くて重力が小さかった数億年前まで、マントルは流動性が良くて、対流も速く、何度も、地球の表層の全てが潜り込んで、浮き換わっていると思う。そして、その度に人類らしきのが現れて、繁栄(はんえい)していたのかも知れない。
 こんな思い付きの夢想話を、彼女としたいと思ったけれど、今は、時期早々で止める。
「へぇ~。この大岩、『長者屋敷跡』って言うの? 変な名前。こんな海辺に、金持ちの長者様が住んでたの? 今も、何か変なのが、棲(す)んでいそうね」
 岩塊を仰ぎ見ながら、首を傾げる彼女が僕に訊く。
 僕も初めて其の名を聞いた時は、時代は平安末期から室町期を経て安土桃山期の何処かで、国内の水運と大陸との貿易で豪商になった商人が、回廊を廻らせた寝殿造りの屋敷を構えて、朝、昼は商(あきな)いに専念して、毎夜、宴(うたげ)を催(もよお)していただろうと、そして、そんな豪壮な屋敷の朽(く)ち果てた残骸が化石のように残っていて、僅かでも規模と羽振(はぶ)りが想像できるだろうと、そう思った。
「みたいだぜ。図書館の郷土資料とネットで調べたら、焼き物の食器の破片などが発掘されていて、その昔、どこぞの誰かが、回船業で大儲(おおもう)けして住んでたらしいんだ。詳しい事は分からないって書いてあった。伝承(でんしょう)じゃ、近くの大池に棲んでいた大蛇(だいじゃ)みたいな龍が娘に姿を変えて、牛首(うしくび)っていう長者と暮(く)らしていたんだってさ。この岩も軽石(かるいし)疑灰岩(ぎょうかいがん)という、何億年も前に海面に近い火口の海底火山が噴火して、噴煙から降り積もる火山灰や火砕流の堆積層(たいせきそう)で、その成れの果てだって。ほら、燃えたり、砕(くだ)けれたりした、古代の木の欠片(かけら)の化石が混じっているよ」
 火山灰でも、岩肌に多く含まれる軽石のような木片の化石から、火砕流(かさいりゅう)の灰の堆積だと思う。
 想像も出来ない大規模な火砕流が、何度も、何度も、噴火の度に渦巻いて、覆う灼熱の火山灰で凝灰岩の大地が形成されたのだ。
 弥生(やよい)土器らしきのが出土しているから、古くは神代(かみよ)の古墳期(こふんき)初期の頃から、人々が住んでいたらしいが、長大な砂浜の海岸は舟や網(あみ)がないと漁(りょう)はできないし、古の剥き出しの凝灰岩の海岸では甲殻類(こうかくるい)や貝類は獲(と)れるだろうが、乾燥している砂丘上では狩る獲物が少なかったと思う。そして、砂丘の向こう側は山際まで得体の知れない危険な水棲(すいせい)爬虫類(はちゅうるい)が多く生息する大湿原で、乾いた瘤状(こぶじょう)の土地も狭くて、とても、集落が出来るのに適さない土地だっただろう。
「ふう~ん。そうなんだ。牛首長者か。その住んでいた長者様は、たぶん、勢いがあって楽しそうな人だったと思うな。こんなに海の傍に住んで、船や商売の場所に近くて、きっと、みんなに慕(した)われていたんだよ。そう、龍が娘なって寄り添うくらいにね」
 藩政期末に大湿原は、幾つかの潟を残して乾燥した後、大半が耕地になってからも、海岸の砂丘地帯は明治期まで広大な砂漠状態だったそうだ。
 こんな不便な場所に屋敷を構えるなんて、余程、豪儀(ごうぎ)な物好きで大金と人望が有った人物だと思う。
(いや、牛首長者が屋敷を構えた頃は、現在とは逆に、地の利が良い場所だったはずだ)
「かもね。この辺(あた)りは、明治(めいじ)の頃に植林されて森になるまで、ずうっと、岩と砂ばかりの砂漠(さばく)みたいな砂丘(さきゅう)だったそうなんだ。それなのに、その娘に化身(けしん)した龍が棲んでいたらしい大池の周(まわ)りだけは、オアシスみたいな林だったてさ」
 台風や真冬の波浪は、岩塊の真際(まぎわ)まで打ち寄せて、其の飛沫(しぶき)の塩の結晶と強風に飛ばされる砂粒、軟らかい凝灰岩を削り、長者屋敷跡は、常に形状を変化させられている。
 牛首が屋敷を構えていた頃は、今の渚よりも先へ張り出した断崖の岬のようだったと思う。
 駐車場辺りの砂浜は湾状になって、両側の岩塊際に作られた桟橋(さんばし)へ多くの交易船が接岸していたはずだ。そして、現在の片野集落の地は、貿易商人の先進的な湊町(みなとまち)として大いに栄(さか)えていた事だろう。
「龍は、牛首長者が亡(な)くなってから、大池に戻ったんだね。龍は、大地の精を食べて水気を放つそうだから、今も、水底深くに潜んでいるかもね。で、その大池っていうのは、どこなの?」
 日本史の始まりで一万年以上と曖昧(あいまい)に括られている縄文期は、酸素濃度が現在の大気の二十パーセントより少し高く、重力も僅かに弱くて、二、三度、繰り返した氷河期と温暖期に、凍り付く海は水位を下げて陸地を増大させ、融け切る氷河に上昇する海面は、大海嘯(だいかいしょう)となって山峡(やまあい)の奥深い谷まで入り江や湾にしていた。
 そんな大海嘯の時期に、沿岸まで獲物(えもの)を求めて棲み着いた、古代の巨大な水竜の末裔(まつえい)がいても可笑しくない。
「さっき通って来た、片野の町近くに在る鴨池(かもいけ)だよ。冬場に熊手形(くまでがた)の網(あみ)を投げて鴨を生(い)け捕(ど)りにする猟で有名。国際的に保護登録された湿地域。藩政期(はんせいき)の初め頃までは、もっと大きな深い沼池で、五百年前に池が出来始めたって、郷土資料本に書かれていたけれど、縄文期から平安期辺りまで、加賀から七尾辺りまでの平地一帯は大湿地帯だったから、どうなんだろうなぁ」
 牛首長者という伝承の人物は大和の民かも怪(あや)しく、たぶん、白色人種と黄色人種のハイブリッドだろうと僕は考えている。
 縦横無尽(じゅうおうむじん)に日本海を渡って、沿岸の主要な湊町や集落と交易する豪商であり、交易を拒む鎖国的な湊や商売敵(しょうばいがたき)の商船へは武力で略奪(りゃくだつ)して従わす、海賊の頭領(とうりょう)でもあった。
 攻撃的な海賊行為は、当然、商取引価値の有る物品以外にも、人身の売買と一族の繁栄の為に、逞しい男達や美女や可愛い子供を攫(さら)って来ていただろう。
「そうねぇ、きっと、龍が娘になって、牛首長者の屋敷に暮らしていた間は、湧き水が止まったりして、池が小さくなっていたかもよ」
 片野の浜の北側の断崖(だんがい)が続く小高い岬には、高い櫓(やぐら)が組まれた砦を設営して外敵の襲来を警戒しつつも、桟橋から至る集落は、生活する配下の輩達(やからたち)と家族や交易に訪れた商船の連中で賑(にぎ)わっていただろう。そして、鴨池の畔(ほとり)には攫って来た女子供達を囲(かこ)いながら養(やしな)って、部下への褒美(ほうび)にしたり、商いで売り捌(さば)いたんだ。
 女子供を囲う其の場所は、長者屋敷と人知れずに行き来できるように回廊で結ばれて、外来人が近寄らない為に、『大池には、恐ろしい水龍が棲まう』と、噂を流していたのかも知れない。
「ふふ、面白いわ。あなたのお父さんは、あなたを良く理解してたんだね。だって、あなたなら、必ず図書館へ行って、自分が教えるよりも、詳しく調べると考えたんでしょう。其の御蔭(おかげ)で、GPSに頼らなくても、迷わずに来れたし、古からのファンタジーなロマンスを話すして、私を楽しませてくれたしね」
 あの大桟橋へ向かっていた時、潮(しお)の香りが濃くなる方へと、僕は、V-MAXを走らせていた。
 タンデムする彼女から肩越しに、『犬みたいね』って言われた事が、嬉しく感じていたけれど、サイドミラーに映る君は、バイザー越しに眉間(みけん)に立てる縦皺(たてじわ)が見えていて、明(あき)らかに機嫌を損(そこ)ねていた。
(『犬みたいね』って、それ、褒(ほ)め言葉じゃないよねぇ。皮肉だよねぇ。其の時の君は、イライラしててさ、語気も、投げ遣りだったしねぇ)
「そうだな。郷土資料の地図で場所や地層分布も調べたし。いろんな事で親父には感謝してる」
 そういえば、見ていた郷土資料の中に、彼女の家が在る金沢市の町は、旧名が牛首だった。
 確か、藩政期に造られた辰巳(たつみ)用水の管理に集められた者達が住んでいた集落から、浅野川縁の耕作地へ下りる坂は、今も牛首坂と呼ばれていたはずだ。
 牛首長者の屋敷跡らしき場所で、錦町(にしきまち)の旧集落名や牛首坂の名を思い出すなんてと思うけれど、因果や縁は全く無いだろう。
「今も一緒に仕事をして稼(かせ)げているし、本当に、ありがとうだな。そう言ってくれる君にも、ありがとうだよ」
 何だか、親子で評価されるのは恥ずかしい。
 頷いた顔を横に傾げて、少し上目遣いで僕は彼女を見る。
(親父ぃ、良かったじゃん、話が合いそうだぞ。親父と親しくなれるのなら、親父を手懐(てなず)けた、お袋と気が合うかもだな)
「いいお父さんだね。今度、私を会わせてくれる?」
(うっ! なに、この意味深なっていうより、ストレートな意味で、僕の親に御挨拶したいわけなのか?)
 軽く『今のは嘘、冗談よ』って、ぞんなジョークを言うはずのない彼女の言葉に、僕は真意を探ってみる。
「おおっ、いっ、いいよ。お袋と妹も、いっしょに会いたがると思うけど、いいかな?」
 今度は、彼女が目を見開いて、戸惑った。
(自分が言った意味に、気付いていないのか、面白くて可愛い)
「ええっ、も、もちろん、お会いしたいわ」
(あはっ! 慌ててるぅ)
 『はっ』と、気付いた彼女の顔は、『しまったぁ!』じゃなくて、『そっかぁ、そうよねぇー』って感じで、その動揺から覚悟を決める、その変化する表情が可愛い。
 --------------------
 晩春の斜陽に大気が徐々に艶を失い、青い海原と青空に白い雲と砂浜、そして、それらを背景した彼女の横顔が、まるで、美しい日本画のように見せてくれる。
 其の構成と色彩の緻密さに見惚れてしまう僕は、掛ける言葉を失くし、筆遣いと色使いを見極めるように見詰め続けている。
 そんな、見惚れている僕に気付いたのか、此方へ彼女の瞳が動いた。
「突然、変な事を訊くけど、ちゃんと、答えてくれる?」
 唐突に彼女が僕を見て、『質問するから、しっかり答えろ』って言って来た。
「なになに? なんか興味あるな。いいよ、ちゃんと答えるから、言ってみて」
 何を訊いて来るのか、全く予想ができないけれど、彼女が思う、『変』に興味が湧いた。
「あのね。いつか、事故や病気や高齢で意識不明の寝たっきりになったら、あなたは生きていたい? ……それはね、身体に生体反応は有るの。瞳孔(どうこう)は開いていないけれど、瞳や筋肉の反射は無くて、傍らの機械から何本も管を付けられて、ただ息をして、血液が巡って、臓器が動いているだけ。ほぼ脳死状態で、意識が戻る可能性は皆無に等しくて、生きているのが奇跡みたいものなの」
 何か、嫌な感じの仮死状態を、彼女は解説する。
(なんだそれ! 重態よりも酷いじゃん! 死亡寸前の危篤状態だよね……。それを、生かし続けるなんて、……確かに、『変な事』だ)
 自分の身に起きたら悲観の極(きわ)みだろうけれど、掛け替えの無い凄く大切で、ずっと生きていて欲しい人だったら、そうしても、皆無に近い奇蹟を信じたいと僕は思う。
「外見的には、全く動かないの。例えば、もし、意識が有ったとしても、身体の何処も動かせないの。指先も、視線も、唇も、鼻もね。でも、耳は聞こえているかも知れないわ。匂いも嗅いでいるかも知れない。だけどね、検査や装置のデータでは脳死なの」
 どうも、彼女の言う仮死状態は、意識が残っていても、それを、外見や検査結果では分らずに、死亡していると判断されるって事らしい。
「脳死なら死んでいるんだろう? 一般的に、死亡の認識じゃなかったっけ?」
(それなのに、生き続けているのは、何故? 身体の全ての運動を司(つかさど)る脳は死んでも、心が仮死状態にしているのか?)
「ううん、ほぼ脳死状態。ほぼなの。完全脳死とは微妙に違うの。死亡確認も部位によっては、ボーダーが曖昧(あいまい)で判定が難しいのよ。身体の全機能が、永久停止して腐り始めないと、本当の死亡とは言えないのでしょうね」
(身体活動の波形モニターは、一本の横筋のみ、どの数値もゼロばかり、脳の検査結果は機能停止の死亡判断。なのに、ほぼ脳死状態? 完全に死んでいない? 何それ? ゾンビなのか?)
「それは、コーマっていう、昏睡状態の事?」
 ゾンビ認定とは違ったけれど、コーマと、眠り続ける病気のナルコレプシーは、違うのだろうか?
「特に深昏睡ね。脳死と区別しにくいの。それと、半年以上も反応のない永続的な植物状態」
 五体と五臓六腑(ごぞうろっぷ)の肉体は弛緩(しかん)して、様々な刺激に無反応、でも、腐敗は始まらない。
 脳は機能停止直前で、殆ど脳死状態の昏睡が続いている。
 確かに、脳死状態と睡眠状態は違う。
 もし、そんな植物状態になっても、五感が働いているとすれば、最早(もはや)、精神の発狂を通り越して悟りに至るしか無いと思った。
(体中の内も、外も、全部が止まって動かせず、全く意志を現せない身体では、仕様が無いだろう。……諦めて心頭滅却すれば、火葬の炙(あぶ)り焼きの高熱も、土葬の窒息(ちっそく)の苦しさも、一瞬で、直ぐに暗闇になる…… かも……)
「自分が、そうなったとしたら……、あなたは、どうして欲しい? 延命を望んで、お金が続く限り、自分の奇跡に期待したい? 家族にも要求して、期待し続けて貰いたい?」
 死の概念というか、死後の観念は、西洋と東洋とでは全然違っている。
 神託以前のユダヤ教から始まる西洋宗教の生と死は、唯一の神が生を生み出し、その生まれ出る生の数は無限だ。
 死後は天国と地獄に分けられ、天国も、地獄も、死後の存在が無限に溜まって行く。
 僕は思う。
(天国と地獄は、死後よりも、死に至る直前に在るんじゃないかと……)
 気付きもしない瞬間の穏やかな死、苦しみの無い眠る様な死、などは、天国に至るような死だろう。
 痛みに苦しみながらの死、迫る恐怖に怯えながらの死、悲観に暮れながらの死、などは、死ぬまでが地獄だろう。
 神の審判が有るとすれば、死の直前に裁(さば)かれ、迎える死によって浄化されるのではないだろうか?
「その状態は、喩(たと)えるなら、棺桶(かんおけ)くらいの狭い場所に、身動きができないようにされて、閉じ込められているようなもんだろう」
 例えが、良くなかった。
 閉塞恐怖症と思われそうだ。
「真っ暗で、何も見えず、何も聞こえなくて、匂いも分らない。呼吸すら自覚できない。でも、意識が有るかも知れないんだ……」
(五感は死滅寸前かも知れないけれど、夢を見続けているみたいな感じかな)
「現在の医療機器では、検知できない微弱な脳波で意識を保っているという、本人にしか分らない状態も有りなんだ? 更に、普通とは違う未知の眠りの中で夢を見てたりしているのも、有りかも知れないんだな?」
(もし、夢を見ているのなら、自我と意識は失われていないのだろう)
「そんな感じかな。でも、それを確認するのは、奇蹟が起きて目覚めないと分らないわ。だけど、本人は覚えていないでしょう」
(まだ、医学的に証明されていない、夢を見せる脳の未知の領域。いったい、どれだけリアルな夢の世界を見れるのだろう? 全く経験も、知識も無い、クリエーションの世界を疑似体験できるのだろうか? ……実際と全く変わらないリアルな夢の中で死ぬと、現実のベットに横たわる肉体も、完全に死ねるのだろうか?)
「検診で瞼を開いても、瞳孔(どうこう)反射の虹彩(こうさい)収縮は無いし、目玉も動かないから、感覚機能が働いていても、精々、明暗が分かるくらい。……固定焦点になっているかもね? 想像でしかないんだけど、本人は触られているのも、痛いのも感じていて、精神だけは、生きて思考しているとしたら……」
(検査機器で検知できない脳の未知の領域で覚醒をしていて、意識を残しているという仮定なのか?)
 それまでの人生で得た経験と知識での思考をして、脳が疲れて眠ると未知の領域が、リアルな夢を見せる。
 誰にも気付かれない『生きている』を、アポトーシスで生命が活動を止めるまで、それを、無抵抗に続けるしかない……。
(ううっ、きっついなあ! そっ、それは、無感覚な身体に精神が沸騰し続ける、すっげぇー、苦しい拷問(ごうもん)だぁ!)
「例え、五感が生き続けていても、刺激に無反応なら死んでいるのと同じだ。君に触れられたり、話し掛けられたりして、傍にいる君の気配や息遣いを感じていても、そして、君の声も聞けて、君の匂いも嗅ぎ分けていても、僕は、それを君に伝えられない。瞼を開けていて、愛しい君の顔や姿が見えても、それを、君へ知らせる事は……、できないのだろうなあ……」
(君を認識する僕の五感に、自分の状態を自覚する僕の脳は、思考をフル回転して、君とのコミュニケーションを模索するだろう。でも、どんなに足掻いても、僕は、僕の内面から僕の状態を変化させれずに、一方的に君を観察するだけになる……)
「そんな状態で、僕は命が尽きるのを、ただ待つしかないなんて、やはり、今日明日に陥(おちい)っても、百歳になって陥っても、そうなったら……、そんな僕は……、死んでいるのと同じだ……」
 反応の無い植物人間みたくなった僕を、今日の様な彼女なら、きっと、献身(けんしん)的に介護してくれるだろう。しかし、回復の見込みが無い不治な状態の僕を延命させてまで、彼女を煩(わずら)わせて縛(しば)ってはいけないと思う。
「だけど、あなたがそうなっても、私はあなたに生きていて欲しいと思う。だって、この世界の其処にあなたがいてくれるだけで、それだけでも……、私の生きる喜びだもの」
 近未来、急速に進歩した医学と科学の技術が、破壊された脳でも、完全脳死前なら自我と記憶を移転できるようになるかも知れない。
 それは、自我が発生せる構造システムと、保存されて取り出せる記憶の仕組みが解明されて、量子デジタル化出来るようになった自我と記憶は、遺伝子レベルの操作でクローンの健康体へ移せるようになる事なのだろう。
(SF的に電脳化っていうのだろうなぁ。安全・安価に確立されたら、お手軽に不治の病や異形が克服できて、メモリー崩壊(ほうかい)する精神の劣化まで寿命が延びてしまうかも。魂も、魄も、無いな……)
 だが、再生・復活には問題が有ると考えた。
 自我と記憶を量子デジタル化さると、オリジナル以外にコピーも作れるという事だ。
 当然、コピーも、自律しているから自分だと主張するだろう。
 自分だと言い張る自分が複数いて、全員が非協力的な関係になったら、事態は深刻で最悪だ!
 それに、オリジナルを媒体のチップしてしまえば、人間以外の肉体や機械の身体へも宿れるだろうし、位置を集束固定できるピンポイントのゲートが開ければ、デジタル信号で瞬間転送も可能になるだろう。
 脳さえ無事で冷凍保存されているなら、既に、死亡した方々の人格も甦らせるかもだ。
 更に、無限的な人類補完計画によって人類は、あっさりと精神共存世界のマナやイデのような高次元存在に進化して、君とか、僕とかの隔(へだ)たりも、争いも無い、究極で至高(しこう)の集合生命体になって宇宙空間を漂うかも知れない。
(う~ん、量子レベルになると、量子テレポーションという理論も有るしなぁ。量子の集合体は一つなのに、ロスタイムがゼロで集合体が瞬間移動する。なんて、無限に分身が作れちゃうみたいな、自他の分身だらけで、何万体の合体したのが見えたり……。いやいや、現実に起きてたりしていたら、無限の宇宙が無限の分身で埋まっているだろう。なので、量子テレポーション理論的な融合で未来永劫に生きられるなんて、バカバカしい考えでしょう)
 しかし、そんな未来的でも、量子理論的でもない現在は、自分の身に起きてしまう悲劇を受け止めるしかない。
「私は……、私は、そうするけど、あなたは、そんな状態の身体になっても、……生きていたい? あなたは、それすら分らないでしょうけれど、……私に奇蹟を求めて、待ち続けていて欲しい?」
(君が、僕を見舞う度に、僕の閉じている瞼を開けてくれて、光の中の固定焦点に君を映してくれるなら、待ち続けて欲しいかも……)
 きっと僕は、死体のように動かない身体の中で、奇蹟を起こす努力を懸命にしていると思う。
「延命処置を、続けて行くと?」
 考えたくないけれど、僕は、君への延命処置は可能な限り、行ないたいと思う。
「生命力が有る限り、元気で眠り続けるわ。でも、延命治療は命を延ばすだけ。老化は防げないよ。相応の年齢になると、アポトーシスの限界で身体の乾燥が始まり、いずれ萎(しな)びて凋(しぼ)んで皺皺(しわしわ)てになって、目覚めが無いまま、枯(か)れる様に寿命が尽きてしまう……」
 延命には、限界が有る。
 細胞の分裂再生の終焉(しゅうえん)、末期分裂した細胞の癌化(がんか)、投入されるエネルギーや新陳代謝(しんちんたいしゃ)の糧(かて)を取り込めなくなった臓器の不全と機能停止、其のどれもが、あっさりと僕を死の闇へ送り込んでくれるだろう。
 また、本来の寿命以上に生き永(なが)らえさせると思う、低体温、極少呼吸、低血圧の冬眠的延命処置は断固拒否する。
 そんな凍らせる様な保存で冷凍人間化するのは、蘇生(そせい)する時も魄(ぱく)は宿り続けていると思うけれど、魂(こん)は戻って来るか分からない。
「貴腐(きふ)老人システムなのか? トロっと甘いドイツの貴腐ワインになる干(ほ)し葡萄(ぶどう)みたく……、そんな感じの臭いがしたりして?」
 道端(みちばた)や生垣(いけがき)の陰で、人知れず腐って行く動物の屍(しかばね)から漂って来る、独特な甘ったるい香りの腐敗臭(ふはいしゅう)。
 食えそうにない肉のムッとするような死臭とは違う、内蔵や筋肉や血管が熟(じゅく)して発酵(はっこう)する臭い。
 生きたままで発酵なんて有り得ないから、『既に、お亡くなりになってるのだろうな』と、適当に想像する。そして、尽き掛ける寿命に臭って来ていると思う僕の身体……、其の体臭を、『彼女は、どう感じてしまうのだろう?』と、考えてしまう。
「貴腐ねぇ……、そんな感じかな。だけど、甘い香りはしないよ。誰もが、しっかり染み付いた病院臭を鼻に付かせて来るだけ。延命治療は、高齢者医療の一部でも有るから、加齢臭(かれいしゅう)に老人臭もだね」
 カビ臭いとか、排水口の臭いとか、そんな鼻が曲がりそうな臭いを想像してしまう。でも、そこそこの高齢な親父の両親や、お袋の両親は、直ぐ傍に近付いていても、触れていても、厭な臭いだと感じた事はなかった。
 どちらの両親も、夫婦二人だけで御郷の家に住んでいる。そして、どの部屋も、芳香剤や消臭剤が置かれていないのに、少しも厭な臭いはしていなかった。
 強めの香水を付けて体臭を誤魔化す事をしない両親と、いっしょの食事や並んでの買い物も嫌だと思った事はない。
「そのブレンドは、ちょっと、嗅ぎたくないな」
 祖父母達は、水分を多く摂って、よくトイレに行く。だから、体内に汚れモノや腐りモノが溜まらなくて、嫌な腐敗臭が滲み出たり、沁み込んだりせず、臭わないのだと思う。
 他にも、御風呂は毎日だけど、気分で朝晩入る時が多いそうだ。
 それも、シャワーじゃなくて、どっぷりと湯船に浸(つ)かるのだと言っていた。
 それに、温泉へ行くのも大好きで、遊びに行く度に、みんなで秘境の露天風呂巡りをしてる。
 きっと、水分補給や排泄(はいせつ)・排尿、御風呂での皮膚や頭髪の洗浄、これらが不足したり、我慢(がまん)が長く続いたりすると、体臭が気持ちの悪い臭いになるのだろう。
 新陳代謝って、新しい細胞に置き換わるのだけど、除かれる古い細胞は、腐って排泄されて行かなければならないって事だ。
「それで、機械を止めると、どうなるんだ?」
 体や部屋の臭いといえば、『洗濯物の臭いに、気を付けなさい』と、お袋と妹、それに一人の女性から注意と指導を受けていた。
 洗濯する衣服は、脱いだ日に必ず洗濯して溜めない事、洗濯が済んでも放置せずに直ぐに干す事、乾いたら直ぐに畳(たた)んで、タンスやファンシーケースに仕舞う事と、重々(じゅうじゅう)言われていた。
 そうしないと服も、体も、部屋も、家も臭くなると、静岡市で一人暮らしを始めた時に実感した。
 因(よ)って、家の洗濯機は、ドラムタイプの洗濯乾燥機だ。
 臭いへの思い入れと、彼女が、僕の臭いを嫌がっていないかとの拘りが、解り切った結末の質問をさせた。
「接続しているシステムをダウンすると、先(ま)ず壁のパネルの表示光と、ベッド脇の灯りが警報色に変わり、パネルの表示も異常を示して、アラームが遠くで聞こえるわ。大抵はナースステーションから。其処で患者を監視しているからね」
(今、彼女が話している事は、実際に行なわれている、家族との同意処置なのだろうか? 装置のメカニズムからのマニュアル的、或(ある)いは、関連の教本に記載されている参考事例からの死に至る話なのだろうか?)
「機械の作動は、……直ぐに止まらないの。パソコンをシャットダウンしても、画面が直ぐに消えないのと同じで、システムをニュートラルにするまで、……暫(しばら)くは動いているんだ。患者さんは自律(じりつ)で呼吸していないから……」
 死は暗闇で、光は一切(いっさい)無し。
 人間の持つ三十三の感覚の全てが失われ、魄から離れた魂は、無に由って開放される。
 そして、転生だ!
 東洋的宗教の死後概念は、具現化した魄の肉体が朽ち果てて塵と成り、魂は輪廻転生(りんねてんせい)で使い回しの再生をさせられる。
 空間、時間、物質、それらは無限という有限で、故に、使い回される魂は有限だ。
 無限空間、無限時間、その、現在過去未来の何処かに産まれる生物へ魂は転生し、地球上とは限らない。
 転生で宿る先は生物だが、人間とは限らない。
 人ではない何か、魑魅魍魎(ちみもうりょう)も有りで、滅多(めった)に死なない神格も含まれる。
 あらゆる空間と時間に超常的に存在する魂は、全ての生物の生と死を司る。
(その意味は、僕と君の魂が同じだという事なんだ。親兄弟に友人知人、他の人達や草木や海と陸の全世界に存在する生物達と、同じ一つの魂なんだよ。たった一つの魂が、無限に使い回されているって真理なのだろうなぁ)
 現在が無限に広がり、その広がりが、過去へも、未来へも、果てし無く連なっている。
 いや、現在、過去、未来などという時空的な観念は無く、ただ、ただ無限が広がっている。
 その無限の果てへ、果てへと広がる感覚は、イメージとして、僕は理解出来ないし、彼女にも無理だと思う。
「再起動を行わなくて、機械が本当に止まると同時に、患者さんの小さくて規則正しい胸の動きが、……静かに止まっちゃうよ……。見ていて分る反応は、……それだけ。そして、酸欠(さんけつ)で死ぬの」
 まだ、延命中で生きているのに、途中で人為(じんい)的処理によって死なすのは、殺人だ。
「そうか…。やっぱり、死んじゃうしかないのか……」
 僕は、『殺す』を『死んじゃう』にして、言葉を選ぶ。
 僕は思う。
 彼女に、僕を殺す選択や決断をさせてはいけない。
「奇蹟を待たなくていいよ。……僕に延命なんてしなくてもいい。考えたくもないけれど、もし、僕がそんな状態になれば、死が、僕を連れ去るままにしてくれ。頼むよ……」
(これは、もう、遺言(ゆいごん)だ!)
 彼女の質問の前提は、僕が、彼女よりも先に逝くって事だ。
 僕の最期を、彼女が看取(みと)ってくれるのなら、それは、怖くも、悲しくも、寂しくもない最高に幸せな事だと思う。
 ただ、僕の死で、二人が別たれるのは残念だ……。
 もし、どうしても、君は、僕の延命をしたいのならば、いつか、君に死の暗闇が訪れる時、同時に僕の延命も止めて貰いたい。
(君がいなくなった世界で、延命され続けるのは、絶対に耐えられない!)
「……そう、延命医療は受けたくないのね。私も同じ。あなたと同じ考えなの。同じで良かった。私も、そんな身体で生き長らえたくないよ。御願いだから、ちゃんと殺してね」
(こっ、殺すってどうよ? 聞こえ悪過ぎじゃんか!)
「そ、そうだったんだ……?」
 言いたくなかった『殺す』というフレーズに、僕は反応する。
 今は愛に満ちていて、お互いを疑りもしないけれど、もしいつか、僕が君を裏切って君の愛を踏み躙った時、僕は、愛を無碍にされた君に殺されるだろうか?
 生きて行く限り、僕達は、常に変化し続けている。
 何時しか、マンネリ化した日々で愛が薄れてしまうかも知れないし、移り気や誘いから第三者との関係が発生するかも知れない。
 そんな、歪(いびつ)な行動や生活の清算や代償が、『愛のコリーダ』に至ってしまわないように、僕は君の、君は僕の、変化した処と新たに見付けた部分も、好きになる努力をすれば良い。
(変化と新発見…… といっても、拒絶の外道的じゃなくて、友愛や博愛のような良い意味でだぞ! 嫌悪や蔑みになる事は、しても、なっても、いけないんだぞ!)
「君が、そうされたいのなら、君の望むようにしてあげたいと思うよ。でもね、僕は、君の奇蹟を信じたい。君がいない人生なんて考えられないから、僕は君の延命治療をしてもらう。そして僕は、ずっと君の傍らにいて、君に語り掛けるんだ」
 最初に語るのは。君への告解(こっかい)だ。
 君を欺(あざむ)いた全ての事柄を話して、其の時の僕の気持ちを打ち明け、懺悔(ざんげ)するんだ。それから、君と出会う前の僕と、出会ってからの言葉にしていなかった僕の君への想いを伝えよう。
「私が、皺皺になって、萎びても?」
 此処まで話していて、僕は改めて知った。
(彼女は、真剣だ……)
「ああ、皺皺になって、凋んでもだ! 外見が代わっても、君は君だ!」
 恋愛感情なんて不確実な気持ちだと、僕は経験から分かっている。
 どんなに強い想いでいても、愛する想いが強くなればなるほど、相手の全てを独占したくなる。
 それは、相手の負担とプレッシャーになって、微妙な避(さ)けと僅かなあしらいを受けてしまう。そして、其処から訝(いぶか)かしみ始まり、 ほんの些細な事に疑(うたが)いを持ち、其の疑りを口にすれば、途端に売り言葉に買い言葉の諍(いさか)いに発展する。
 一旦は気持ちを戻せたとしても、相手への再三の疑りで、修復は益々困難になってしまい、更に、自分への疑りで、決裂破局は決定的になってしまうのだ。
 愛が濃過ぎても、薄くても、結局は破綻(はたん)に至ってしまう。
(なら、駆け引き無く、互いに負担にならず、信用と信頼を失わない自然な恋愛を維持するには、どうすれば良いのだろう)
「それって、なんか、……微妙に、いいかな」
 ちょっとした疑りが罵り合いとなり、直ぐに、互いが暴力を振るってしまう。
 どちらかが折れて謝れば、気持ちが優しく慣れるかもしれない。だけど、心の何処かで負の感情が燻(くすぶ)り続ければ、悲惨な別れになる。
 僕は、生涯を連れ添う愛すべき相手、守るべき相手、尽くすべき相手、全てを受け入れる相手、それは、一人だけにすべき相手だと、今、思う。
(でも、今の僕が、そうで、そして、そう考えているからといって、この先も、そうだと限らない……。必ずとか、絶対とか、全く今と変わらず、互いを想い続けて命の潰(つい)える瞬間まで、愛憎(あいぞう)溢れる言葉と態度を交わせるのか、変わらないと保障できるのか、分からない……)
 僕達の将来に、互いを愛する想いを揺らぎさせたり、崩そうとしたりする、不測の事態が発生するかも知れないという、そんな未来のifの不確定ファクターは、今この場で、微塵にも、僕の言葉の端にも、態度の揺らぎにも、現すわけにはいかない。
「僕が初めて君に逢った時から、ずうっと見て感じた君と僕達の事を、そして、僕の事も、眠っている君に全部、話してあげるよ。……思い出じゃなくて、現在進行形でね」
 僕は、彼女と幸せな終焉を語らいながらも、真逆の惨めで悲しい最悪の死の結末のストーリーを想作してしまう。
 ==========
 『もう、何ヶ月も彼女と口を利いていない。食事の仕度(したく)はされているが、いっしょに食べる事は無く、ダイニングやリビングにいても、顔を合わさず、口も利かず、互いに無視している。風呂の御湯も使い回す事は無く、入った後は流されたり、流したりしている。以前のような愛を感じる事は全く無くて、不都合さの渇(かわ)いた憎(にく)しみだけが募ってしまう』
 『寝室は別々。毎日の身支度(みじたく)は自分でしている。全額が会社から自動で銀行口座へ振り込まれている給料は、勝手に使われていて残額も無く、何に使われているのか知らされなくなって久しい。既に、互いの気持ちは完全に離れて、家庭内別居の状態だ。もう、元のような関係に戻る事はないだろう』
 『今となっては、何が原因だったのか、憶えていないが、互いが相手に問題が有ると考えている。もう、相手の存在自体が重荷で、枷(かせ)で、邪魔にしか思えなくて、この世からいなくなって欲しい』
 『……深夜、ベッドに寝ていると、部屋のドアが開く気配に、目が開いた。ゆっくりと静かにドアが開いて、レースのカーテン越しの月明かりに女性のシルエットが見えた。こんな深夜に黙って部屋に入って来る女性は、妻以外に考えられない』
 『妻だと思われる女性は、ベッドの真横に立ち、僕を見下ろしている。彼女が、何かを呟きながら両手を頭上高くに振りかぶった。途切れ勝ちに聞こえた呟きは聞き取れなかったけれど、振り被った両手に握られた物は月明(つきあ)かりに反射して良く見えた』
 『全体が真っ白に鈍く光って見えるのは、逆刃した出刃包丁だ!』
 『彼女は、出刃包丁を両手で握り締めて、振り翳している!』
 『僕は解ってしまう。これが、逃れる術の無い最悪のバッドエンドだと悟ってしまった。出刃包丁が振り下ろされる前に、瞬発的に身を躱(かわ)せば、致命傷を負う事も無く逃れ得るだろうと思うけれど、全身が金縛りになったみたいに動かせない』
 『さっと振り被る両手が躊躇いもなく下ろされて、そのまま妻の身体が被さって来た。胃(い)の辺りが、カァーと凄く熱くなって両足がジンジンと痺(しび)れた。熱くなったのは出刃包丁が刺さったからで、足の痺れは、妻の体重を掛けて押し込んだ出刃包丁の刃が、脊髄(せきずい)を損傷させた所為だと察した。これが、最後の感覚だと思う』
 『被さる妻の頭が動いて、僕へ向けたけれど、月明かりの影で表情が見えず、黙ったままの彼女からは、達成感と開放感が漂い、微塵にも後悔は感じられなくて、妻は笑っているのかも知れない』
 『もの凄く腹が熱い! 声が出せなくて、耳も聞こえない! 出血が激しいのか、熱い腹以外の全身が冷たく感じて、手も、足も、首も動かせない! 次々と上がって来る吐瀉物(としゃぶつ)と血液が口と鼻から溢れて、喘ぐ息が、絶え絶えになって行く! 見たいと願う妻の笑顔が黒いシルエットのままに、熱い涙が零れているのを感じる瞳の視界は、周囲から暗くなって来た』
 『僕は、もう直ぐ、死ぬ!』
 『視界は真っ暗になって、直ぐに死へ至る薄れ行く意識の中で、僕は、僕を殺す妻を許してしまう。それを妻へ伝えられないのが、現世への未練になってしまいそうだ』
(なあんてね。バッドエンドの中にも、魂の救いを求めちゃったよ。『まあ、いいか』とか、『しょうがないな』とか、諦めてしまってね。僕は、僕を殺すほど追い詰めていた妻へ謝るんだ。『ごめん』てさ。僕を殺すのを認めて許すのは、僕も許されたいからなんだよ)
 ==========
 僕は、彼女の顔を見ながら、白昼夢(はくちゅうむ)のように思い描いた最悪のバッドエンドにならないようにと願う。
(そう言えば、相模原は出刃包丁で有名だとか、言っていたような……? やはり、彼女の武器は出刃包丁で決定だな。恐ろしや、恐ろしや)
「……嬉しくて、悲しくて、泣けて来るわね。私が、本当に皺くちゃな、お婆ちゃんに、なってしまってもなの?」
 そんなにも、彼女は、外見が変わるのを気にしているのか、僕に念を押すかのように、問いを繰り返す。
「何度でも、言うぞ。そんなの関係ないさ! どんなに、歳を取っても、見て呉れが変わっても、君は君だ!」
 僕は、慎重に言葉を選び、どれほど齢を重ねようとも、死が二人を別つまで、いや、別つても、彼女を愛すると誓う。
「それは、……凄く、嬉しいかな」
 想像したくなかった……。
 白いシーツの白いベットに、マスクや管を付けて横たわる君。
 来る日も、来る日も、ピクリとも動かない君の傍らで長い時間、、僕は、君の思い出を物語のように優しく話す。
 再び、君が僕を呼ぶ、其の喜びの為に。
 ……有り得ない、有って欲しくない未来だ!
「うん。それに、もし君が……、僕よりも先にこの世からいなくなっても、僕は君を愛し続けるのだから、マリッジの誓いの言葉みたく、別ちはしない……。だけど、……君がいなくなった世界は、二度と御免だ。だから、必ず、僕よりも長生きしてくれ!」
 世界中の何処へ行っても、もう、君は何処にもいない。
 どれだけ、長生きしても、もう、君に会えない。
 それは、哀しくて、寂しくて、僕は耐え切れない。
「ありがとう。私も、あなたが幸せで、長生きして欲しいと、願っているの」
(いやいや、逆だ)
 僕は、君より先に逝かせて欲しいと思っている。
「僕は、どうすれば、君が幸せでいられるように、ずっと、努力し続けて行くんだ。そして、幸せそうな君に看取っていて欲しいんだ。傍で僕を見詰めて、僕の手を握り、僕に話し掛けて。僕は、君を見ながら、触れる君と君の匂いを感じて、君の声に送って貰う」
(ごめんね。はっきり言って、一人、残されるのが怖いんだ)
 人生の終焉に、君が傍に居てくれないのは、凄く怖いと思う。
 だから、君には元気でいて、僕よりも、長生きして欲しい。
「うーん、いいよ。私が元気だったらね。その願いを叶えましょう」
(うん、是非とも、元気でいて下さい)
「だって、君がいないと、寂しいじゃん! 心細くて不安で、すっごく怖いじゃん! だから、傍にいて下さい。僕の心からの御願いです」
 いつも、君が幸せで笑っていて欲しい。
(僕達は高齢になっても、いっしょにベッドで寝ている。不意に、高齢になっていないかもしれないけれど、僕に其の時が来て、僕は悟ってしまうんだ。目が覚めた僕は、顔の向きを変えて緑色に光る時計の数字は、夜明けまで一時間の時刻。顔を反対側へ向けて見る君は、月の薄明かりに安らかな寝息の横顔で、触れている肩から君の温もりが伝わって来ている。起き上がって君を抱きしめたいけれど、顔の向きを変えれるだけで、ピクリとも身体は動かない。目は開いて見えているのに、耳も君の寝息が聞こえているのに、声が出せない。僕は君の方を向いて、『ありがとう』と、『さようなら』を心の中で言うんだ。それから、『君が目が覚めた時に、僕が冷たくなって動かなくても、ごめんね』と、謝るんだ。そして、僕は、二度と目が覚めない最後の眠りに就くんだ)
 怖くても、悲しくても、僕の人生の終焉が、どの様になろうが、絶対に君は僕よりも長生きして欲しいと心から願う。
(そうさ! 僕のこれからの人生は、其の為に有るんだ!)
「……そうなの? 分かったわ。あなたより一秒でも、長生きするように努力する。でもね、私も同じ不安で一杯になるだろうって、考えないの?」
(考えない。それは、『もしも』で、考えたくない! 君は、僕がいない残された人生を、子供達と孫達に囲まれて、明るく穏やかな日々を過ごすんだ)
 君が産んでくれて、僕達が育てる子供達なら、必ず、そうしてくれると思う。
「分かってる……。分かってるさ……」
 まだ、ちゃんと愛の告白をしていないのに、僕は、君と添い遂げて家庭と家族を持ち、僕の望み通りに君よりも先に逝ってしまった後も、残された君が、幸せでいて欲しいと願っている。
「あはっ、真剣(しんけん)に話し合っちゃったね。凄いよ。話題が、愛の誓いの最終章まで飛んじゃった。でもね、植物人間になったらなんて、変な事を訊いたのは、……実は、私、ちょっと迷っているんだ」
 『迷う……』、これまで既に決めた事しか話していない彼女が、まだ、未確定な迷い事を僕に相談しようとしている。
 何事に彼女が悩んでいるのか分からないけれど、僕に出来る助言や行為が有れば、いや、無くても、模索して彼女の悩みを小さく、若(も)しくは無くしてあげたい。
「私、大学で医療工学を専攻しているの。医学じゃないわよ。だから、医者になるのじゃないわ。それは立戸の浜で話したよね?」
 僕は、彼女に顔を向ける。
(そうだ。君は臨床(りんしょう)工学技師になりたいと、僕に言っていた)
 そして、その資格を得る為に相模原市の大学で学んでいる。
「ああ、憶えているよ」
 僕は、彼女の眼を見て話す。
 時折(ときおり)、逸らしそうに揺れ動く彼女の瞳は、其の都度(つど)、直ぐに強い光を宿して、僕を見詰め返して来る。
「でね。医療機器の目的と構造に、セッティングやオペレートも学ぶんだ。メンテナンスもね。其の実習の中に延命装置の取り扱いもあってね。それで、其の機材が使われている病棟へも行って、実際の使用状況や取り付け方法を見て来るの」
 彼女の話す内容から、学んでいる事が工業系のメカニックに似ていると思った。
(医療機器は、機械メーカーが製作してるし、最先端の微細工作マシンと、高度医療機器の基本工学の技術は、殆ど共通で、相互補完できるんだろうなあ)
「其の病棟は、深昏睡の患者さんばかりで、病室のベッドで横たわる人達は、酸素マスクと点滴(てんてき)の管(くだ)とせンサーのコードを付けられて、ピクリともせずにベッドに寝ているのよ。栄養を摂取(せっしゅ)するのに胃瘻(いろう)という直接、胃に管を入れる処置もされているの。排便(はいべん)、排尿(はいにょう)の管もね。SF映画やホラー映画に出てくる病院みたくて、けっこうショックだったんだ」
 SF映画はシンプルで多機能な医療機器と、殺風景なくらいのクリーンな病室のデザインで未来をイメージさせるけれど、ホラー映画は霊安室か、遺体保管室か、地下室のホルマリンのプールばかりだから、彼女の観たホラー映画のタイトルを知りたい。
 病棟シーンが多いホラーゲームだとしても、僕の知る限り、ナース達は異形(いぎょう)だし、病院全体がフルウェザリングの汚れ朽ち果て放題の状態で、何かが潜(ひそ)み棲む様子だから、例(たと)えのサンプルには適さない。(きっと、彼女の勘違いだろう)
「透明なスクリーンに仕切られた、真っ白なシーツのベッドが並ぶ、床も、壁も、天井も、フラットで、何の装飾(そうしょく)も無い、白色の病室で、明かりは、天井と床の四周の縁(へり)からの間接照明。空調は、天井のクロスした溝状のダクトから、埃(ほこり)や塵(ちり)の無い清浄(せいじょう)な空気が静かに吹き出して、床の四周の際(きわ)に有る、排気溝へ吸い込まれていくの」
(まるで、クリーンルームみたいだな)
 --------------------
 僕が働く自営の小さな工場も、親父は拘って耐塵、耐震のクリーンルームにしている。
 対外的な応対用の事務所と集中コントロールを行なうオフィスは、通常の天井埋め込みのエアコンディションと換気扇で吸排気しているが、集中コントロール室は別区画にされている。
 集中コントロール室からエアシャワーの通路を通って入る加工現場はクリーンルームで、高い天井全体から集塵フィルターを通した清浄な空気が静かに噴(ふ)き下ろしされている。そして、床の周囲の隅に設置されている網目模様のダクトへと吸引してから、粉塵除去のフィルターを経て排気されていて、クリーンルームのレベルは、十分の一ミクロンの塵が一立方メートル内に千個以内でISO3のクラスだ。
 エリアや機台別に、煙探知機、熱探知機、スプリンクラー、自動泡沫(ほうまつ)消火(しょうか)装置が設置されて、異常発生の状況と状態映像は携帯電話へ送られて来る。
 クリーンルーム内の明かり取りで高い位置に有る窓と、壁の上隅と下隅に設置されている換気扇は、遠隔操作で開閉と吸排気の切り替えが可能だが、有害ガスの発生時などの非常用で、普段使いはしていない。
 工作機械などの搬入(はんにゅう)は、ガレージみたいなエアシャワールームで綺麗に掃除されてから入れているし、工場内へは、ロッカールームで私服を静電気防止の作業フェアに着替えてから入り、オフィスと現場は作業フェアのまま行き来している。そして、クリーンルーム内の手作業は、クリーンベンチや定盤(じょうばん)の上で行なうように徹底(てってい)している。
 照明は、LED灯でルーム全体が眩しいくらいになるけれど、加工機毎(ごと)の照明も可能だ。
 今の所、煩雑なツールやワークの交換は手作業なので、其の時だけは照明を点(とも)すが、加工プロセスのプログラミングはコントロール室から行えるので、通常は照明と機械の灯(あか)りを消されているクリーンルーム内は、加工機のシグナル灯のみが光る真っ暗状態だ。
 もう少しすれば、清浄に保たれる工場の暗闇の中で、ツールやワークの交換をする多腕(たわん)ロボットや人型ロボットが動き回る事になるだろう。
「それから、床のコネクトに接続されたコードやパイプで、高機能ベッドと繋がる生命維持装置やセンサー機器は集約されて、ナースステーションで集中管理しているんだよ。……何だか、本当に異空間で、SFっぽいの。あんな場所が、実際に在るって思っていなかったから、ちょっと、信じられなかったわ……」
 小規模ながらに徹底したクリーンルーム化を自慢(じまん)する親父の説明を聞いてからは、病院へ行く機会が有る度に、『診察室や病室の吸排気は、徹底されているのか?』とか、『窓が開けられて入る外気に、埃っぽくないか?』とか、『病棟は何故、手術室、集中治療室、滅菌室、以外を、せめて、院内感染を防ぐレベルにクリーンルーム化を施(ほどこ)せないのか?』と見たり、思ったりしていた。
 --------------------
「医療技師のする事は、医者と看護師が管やコードを繋げた後に、指示通りに個人、個人に合わせた調整をして維持させるだけなの。患者さんの体力っていうか、生命力が尽きるまで、生かされてるって感じ。家族か親戚の方かな、お見舞いっていうより、定期的な様子見な感じで、来ても病室には行けなくて、ナースステーション内の面会者応対ルームで、天井から下がる半透明なスクリーン内のモニターの画像と数値をチラ見しながら、担当の看護師から様子を聞くだけ。しょうがないよねぇ、スクリーンの中は無菌状態の維持が必要で、患者さんの反応が、全く無いんだから」
(それって、終末(しゅうまつ)医療なんだろうなあ)
 積極的安楽死や消極的安楽死の処方(しょほう)を行なわずに、肉体の限界まで昏睡状態で生かし続けるなんて、本当の天寿(てんじゅ)を迎えさせているのかも知れない。
 それは、延命治療をしない尊厳死(そんげんし)とは全く違う、終末期を鎮静(ちんせい)させた平穏死(へいおんし)の一つの方向なのだと考えた。
「もっとも、ほんの僅かでも、覚醒(かくせい)の兆(きざ)しが見られたら、直ぐに、違う場所の集中治療室みたいな所へ移送されるみたい」
 静岡市の会社に勤めていた時、後輩が交通事故で大怪我を負ったと知らされて救急車で運ばれた病院へ同僚達と行ったが、危篤状態の彼が、集中治療室で辛うじて生かされている様子に、見舞いどころではなかった事を、僕は思い出した。
「私、まだ遺体を見た事が無くて、亡くなった直ぐは、そうなるのかなって……、もう、トラウマになりそう!」
 手の施しようが無かった状態の後輩は、翌日未明(みめい)に亡くなってしまって、僕は彼の御通夜(おつや)と葬儀(そうぎ)に参列した。
 潰された彼の体は、死に装束(しょうぞく)と掛けられた布団(ふとん)で見えなくされていたが、抉(えぐ)られた側を下にして傷の少ない側を見えるようにした顔は、施された化粧で、まるで、生きて眠っているかのように見えた。
 僕が見た遺体は、今のところ、彼だけだった。
「深昏睡の患者さん達を見たら、命とか、魂とか、心とか、医療倫理を学ぶ以外で、考えさせられちゃってるよ。生命と魂は同義なのか、別々に肉体に宿るのか、とか、生命在りきの肉体なのか、肉体の成長の過程で、命と魂が宿るのか……、とか、生命在りきの肉体なのか、肉体を成長する極初期の細胞が生成したり、分裂して増殖するどの過程で人間としての命と魂が宿るのか……、みたいな。……なあんてね」
 体験した所為なのか、小難(こむずか)しい事を考えているのは、拘りが多い彼女らしい。
 生物は魂と魄で生きていると、僕は信じている。
 魄は肉体で、成長する器(うつわ)だ。
 本来、肉体は細胞分裂を繰り返せるだけ寿命が有るのだが、其の状態は、喜怒哀楽(きどあいらく)、躁鬱(そううつ)の精神状態の影響を受け、健康を維持する事も、不健康で衰えたりもして、長短が左右される。それに、重い病気に侵されて終焉が早まったり、酷い損傷を受けて朽ち果てたりもしてしまう。
 魂は意識や記憶で、性格などの人格を形成して宿命(しゅくめい)の業(ごう)も支配する。そして、魂が宿らないと魄の肉体は生きて行けない。
「おーい、偏(かたよ)った新興宗教に走ったり、間違った自由へ飛ぶんじゃないぞー!」
 僕よりも、死が身近に有る環境で学ぶ彼女は、ほんの些細な拘りや疑いから鬱(うつ)に陥りそうだ。
 こうして、僕に悩みを相談する事事態、其の兆候(ちょうこう)かも知れない。
「あはははは。うん。その方向には、行かないから大丈夫。安心していいよ」
 今の彼女は、将来の光がか細く薄れ、アイデンティティーを見失いつつある。
 光り溢れる出口を見付けられない焦りから、不安障害や急性ストレス障害を患(わずら)ってしまい、カウンセラーも煩わしくなるという重症になれば、容易(たやす)く楽になると誤解している間違った自由へ飛ばれるかもだ!
 狭隘(きょうあい)になる思考と鬱積(うっせき)の息苦しさが朦朧(もうろう)とさせた逃避で、衝動的に間違った自由へ行くのは簡単だが、決して安らかに行けはしない。
 ほんの数分間だが、それまでの人生で経験した事の無い、本当の苦しみを味わう。
 苦しさに耐えられなくて、止めたいと思っても、既に手遅れだ。
 目張(めば)りした部屋で睡眠薬(すいみんやく)を飲んで練炭(れんたん)を燃(も)やす、激しい頭痛を伴(ともな)う一酸化中毒。
 洗剤を混合させて発生させる流化水素ガスは、鼻腔内と気管支(きかんし)と肺臓(はいぞう)を爛(ただ)れさせて、酷く咳(せ)き込みながら喉と胸を掻(か)き毟(むし)り、苦痛の果てに呼吸を止める。
 夾竹桃(きょうちくとう)の枝を折って樹皮を剥(は)ぎ、青臭(あおくさ)い樹液をしっかり飲めば、心臓が鷲掴(わしづか)みにされて握り潰されるような痛みの心筋(しんきん)梗塞(こうそく)による血流と呼吸の停止。
 などなど、サドンデスではなく、自らが命を断つのは、どれも絶命(ぜつめい)するまで、未知の苦しみと恐怖に耐え続けた挙句、楽に成れたと感じる事も無く、二度と光を見る事の無い暗黒(あんこく)へ連れ込まれて、戻っては来れない。
「プロミス! 約束だぞ。変な宗教や勧誘(かんゆう)には、絶対に係(かか)わらないように。君が、信じて頼れる存在は、此処にいるから。其処の処よろしく」
 間違った自由へ飛ぶような、あっけなく虚(むな)しい人生の末路(まつろ)へ向かわせない為にも、僕は真摯に彼女の言葉に聞き入る。
(君の言葉の影に潜む不安を、僕は、銀河(ぎんが)の果てまで散らせて遣るんだ!)
「他にも、『魂とは、脳の思考(しこう)の根底なのだ』とか、『肉体の全機能停止の死が、命と魂を無に帰さす』とか、でも、『命と魂が同時には離れるのではない』とか、それに、『命と魂が別々に離れても、無にならないのかも』とか、考えてしまうの。然(しか)も、深昏睡の部屋の患者さん達は、まだ命が宿っていても、魂の抜(ぬ)け殻(がら)になった無機質の……、まるで、陶器(とうき)のような空(から)の入れ物を、整然と並べたように思えて、私、気持ちが悪くなったわ」
 キリスト教の戒(いまし)めに、口寄(くちよ)せや神降(かみお)ろしや死者語(ししゃかた)りをする魔女を摘発して、拷問(ごうもん)の自白強要での処刑殺戮が有る。
 魔女を否定して絶滅(ぜつめつ)するのを神が授けた戒めとされるのなら、死の境界線の向こう側に彼岸の世界が在るのだろう。
 この悩(なや)みと苦(くる)しみに満(み)ちた世界(せかい)から人間(にんげん)が、さっさと逃(に)げ出(だ)して彼岸(ひがん)へ飛(と)ばさせないようにする為(ため)に……、輪廻の世界を知られないようにする為に……、強引な戒めを数多く授けたのかも知れない。
(それとも……、其の真逆かも……)
「その病棟を見てからは、それまでは、大学で学んだ知識を活(い)かせるように、卒業してから医療の仕事の就こうと考えていたけど、もう、その自信が無くなってしまいそう。あと、今年と来年の授業を受け続けるべきか、迷って悩んでいるの。順調に二年間学んで単位を落とさなければ、卒業できるんだけどね……」
 僕は、彼女を癒(いや)すだけしかできない、不確実な道標(みちしるべ)に過ぎないのか?
(ああっ! ……ならば、僕が信じる九萬坊(くまんぼう)黒壁山(くろかべやま)の怪異(かいい)よ。彼女の守護神であると思うトヤン高原の物(もの)の怪(け)よ。どうか、彼女が間違った自由へ飛ばないように導(みちび)いてくれぇ!)
「……そうなんだ。僕はてっきり、君が遣りたい事に向かって頑張っているとばかり、考えていたよ」
(小学六年生の時から、僕は、強い意思を持ち、自由な思考をする君に憧れて、君に認めて貰える男になる努力をしていたんだ)
「けっこう、真剣に悩んでいるんだ……。いろいろ学んで、知ったり、見たり、体験してくると、本当に、それが、私の遣りたい事なのかも、分からなくなって来てるの。けど、まだ親にも、お姉ちゃんにも、相談していないし……」
(君は、僕が想っていたような、君じゃなかったのか?)
 最初に悩みを打ち明けてくれたのが僕で、非常に嬉しいけれど、絶対に、僕以上に君を心配している両親や姉さんにも、相談して欲しいと思う。
(君が許すなら、僕も、いっしょに飛ぶから。決して一人で行方(ゆくえ)を晦(くら)ましたり、しないでくれ!)
「あと二年間の実習授業に、その延命処置は有るん?」
 まだ、一度だけなのに、こんなに悩んで引き摺っている延命病棟の実習か、見学か、どちらでもいいけれど、もう、彼女に参加して欲しくない。
「無いよ。実習では、しないし、もう行かないわ。あの見学が、最初で最後よ」
 もう無いと聞いて、少しだけ安心した。でもやはり、彼女は生理的というか、精神的に医療系の仕事には従事できないみたいだ。
「なら、その医療現場を目にする事は、もう無いよね。後は、考え方の問題だけだ」
 僕にできるなら、彼女の、今できる選択肢(せんたくし)を増やしてあげたいと思う。
「そうかもね。でも、トラウマになりそうなの」
(そんなに、嫌なのか……)
 僕は、覗き込むように彼女の顔を見てしまう。
 彼女の瞳は、ずっと僕を見詰め続けている。
「卒業後の就職先は、末期の延命医療を行わない、病院や医療機関に就職すればいいじゃん」
 僕は、理解していた。
 彼女は、就職の選択肢から医療系を外したいと望んでいる。
「トラウマになったら、どうしょう。きっと、医療関係の全てを拒否るわ。先輩の医療技師達や看護師達は気にならないのかしら?」
 彼女の気持ちが固まっているのを察しているのに、僕は敢えて、彼女を追い詰めて行く。
「大丈夫さ。それは、君のトラウマにならないよ。先輩や同期のみんなも、現場の方々の指導やカウンセリングで、プロになっていくんだ。最初は誰でも、どんな仕事でも、不安は、みんな同じで、いろいろ悩むのさ。実社会へ出てからも、様々な事を学ぶんだ。誰もがそうだよ。遅い、早い、深い、浅いの程度の差が有るけれど、専門職の人達はみんな、責任感と使命感を伴うプロ意識を持って、仕事に従事しいるんだ」
 悩む思いは、僕も同じだから、彼女に言う言葉は、僕自身への言葉でもあった。
「僕は、医療の仕事に興味は無くて、精神的にも絶対無理で、できないと思うから分からないけれど、君は、医療技師になって、医療以外にも、工学を学んでいて、機材や機器を扱うのだから、切った、縫ったの看護師さん達の現場より、気持ち的に余裕が有ると思うんだけど……。言い方が良くないかな? 間違っていて、気を悪くしたら謝るよ」
(そう、君は、別に医療の仕事に就こうと、拘らなくてもいいんだ)
「いいの、気を悪くしないから、続けて」
 彼女が学んで得る医療の知識は、この先の人生に於いて『きっと、役に立つ筈だ』とも、僕は思っていた。
「それに、在学中に、いろいろと試験を受けて資格を取得しとけば、いいじゃんか。地方公務員や国家公務員とか。卒業する時に医療系が本当に嫌なら、県職員とか、警察関係も有りじゃん」
 彼女が望むなら、今の大学を中退(ちゅうたい)して、違う大学で新たな専攻に移るとか、専門学校で彼女のメンタルストレスにならない分野を学ぶとか、そうさせたいし、其の為の学費の援助も、僕は用意できる。
「そうかな?」
 彼女の大学卒業が、二、三年先になっても、僕達二人の大きな問題にはならないだろう。
「そうだよ。どう言おうと、僕の言葉なんてアドバイスでしかない。気持ち的な支えや、時には、金銭的な支えになれるけれど、結局は、君が、自分で判断して決めるしかないんだ」
(僕は、君の思いを尊重(そんちょう)して、応援(おうえん)するだけだよ。でも、悩みは、ちゃんと相談してくれ)
「君の事なら、君が、自分で決めた事が、一番納得できる、君の正解(せいかい)なんだ」
(君自身の選択肢は自由だけど、後ろ向きな思考なら応援しないし、僕は、断固反対する!)
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しい。気持ちが、楽になった気がする」
 すっかり傾いて、赤みを帯びて来た太陽が、海風に吹かれて舞う髪から垣間見える、彼女の耳を綺麗なピンクに染め、僕へ向けた顔は、頬も、額も、艶っぽいピンク色で、唇は官能的(かんのうてき)な紅色(べにいろ)だ。
 風に晒(さら)す首筋や胸元も、ピンクに光り、赤い色で膨張(ぼうちょう)したみたいに強調される胸の膨(ふく)らみは、欲情的に彼女を愛しくさせた。
「これからは、いろいろと相談に乗ってくれる? 悩みとか、迷いとか、今みたいな感じで相談してもいいかな?」
(……『かな?』じゃなくてぇ、両親や姉や僕以外に相談するなんて……、僕に秘密にする外に……、有り得ないし……)
「OK、勿論(もちろん)さ。何でも相談してもらえたら、嬉しいよ。僕も、君に悩みや迷いを打ち明けるよ。僕は君の、君は僕の。互いに支え合って行こう」
 彼女の事だから、僕を雁字搦(がんじがら)めにしないだろう。
「うん、支えてちょうだいね」
(ああっ、勿論さ!)
 彼女の瞳を見てから、しっかりと僕は頷く。
「ところで、臓器(ぞうき)提供(ていきょう)は、どうするの?」
(ええっ!? 話が飛んだぁ! 臓器提供?)
「ん、それはして欲しい。使える部分は、全て提供してもらってくれ。提供カードは書いて持っているから、本人の意思表示には問題無いだろう。提供を受けた多くの人の中で、僕は生き続けるんだ、なんてね。そうなればいいじゃん。……それは、……有りかな?」
 咄嗟(とっさ)に骸(むくろ)になってからの自分の臓器の提供について、いつも考えていた事が口から出てしまう。
「そうね、有りかも」
(そうさ、有りなんだよ。君と添い遂げるのは、宿命を感じるけど、最悪のバッドエンドに、運命は感じないぞ!)
 僕が置いてきぼりされる終末は、端(はな)っから想定していないけれど、もしも、仮(かり)に、そうなってしまったとしたら、僕は君の弔(とむら)いを、……僕の思い通りに、……僕の好きにさせてもらう。
「私も、そうしてくれるの?」
(君の真横、君の真正面に真後ろは、絶対に失いたくない僕の居場所(いばしょ)だ! そして、僕が愛する君は、絶対に壊(こわ)れて欲しくない女性だ! だから……)
「やだね。それは、無い! 嫌だ。君のパーツは、誰にも渡さない」
 言ってから、『しまったぁ!』と思った。
 意思を強める余り、愚かにも、僕は彼女を部品呼ばわりだ。
「パーツって……、ふっ、……あなたは、以外とケチなんだね」
 以外にも、僕が知っていた君なら、入れて来るはずの『パーツ』へのツッコミは無くて、骸を未練がましく手許に置きたがる僕を、ケチだと言った。
(それって、ケチなのか? 違うんだ、ケチっぽく思えるほどなんだよ……)
「君の亡骸(なきがら)は、僕が、手厚く葬(ほうむ)って弔うんだから、勿体無いじゃないか」
(……勿体無い…… って、言ってしまった……)
 それはメモリーだ。
 火葬にした君の小さな骨を、僕はいつも持ち歩くんだ。
 最愛の相手の骨を齧る人がいるそうだけど、其の気持ちを僕は解る気がする。
 僕は、試しに君の骨を嘗(な)めたり、齧ったりするかも知れないけれど、見て、触って、君と君を想った日々を思い出すんだ。
(でも、僕が、先に逝くから、できないな)
「うっ、勿体無いって来るか……。亡骸って……、葬るとか弔うまでも……、そこまで言うかなー。でも、あなたが、私を大事にしてくれるのは良く分ったわ」
(そうだ! もしもの為に、沢山の動画を撮(と)って、君のホログラムを作ろう。姿、形を立体で、声のトーンと話し方も復元して、君の思考と性格はAIでトレースさせるんだ。そして、君が生きていた時と同じように、僕は、君のホログラムと話し、笑って、泣くんだ……。それから……、僕の最期も、看取って貰うんだよ……)
 僕は立ち上がって、赤味(あかみ)を帯び始めた海原と砂浜を眺めてから空を見上げ、そして、顔を紅く染めて座る君を見て考える。
(取り敢えずは、君と僕の全身を3Dスキャンして、ミニチュアのフィギュアでも作ろうか)
「さぁ、そろそろ行きましょう。冷(ひ)えて来た事だし」
 彼女の言葉に少し冷(つめ)たくなって来たかなって思っていた潮風(しおかぜ)が、本当に肌寒くなったと感じられた。でも、ハートは温かく、居心地が良い君の横で、ずっと、こうしていたい気分だった。
「空港で搭乗手続きを済ませたら、美味しいものを食べましょう」
 背後の松林に入ってサイクリングロードを通れば、歩き易くて靴も砂塗(すなまみ)れにならずに済むと思った。けれど、GPSの地図画面で確認しただけのサイクリングロードは、少し遠回りになる気がして、僕は来た時と同じ、眼下の渚沿いを歩いて駐車場へ戻る事に決めた。
 彼女の手を握り、滑らないように慎重に長者屋敷跡の斜面を降りながら、僕は、彼女の体調を案じて反省(はんせい)する。
 握り返す彼女の手は、冷たい……。
(冷える彼女の身体に気付かずに、僕は、此処に居続けたいと思っていたのか……)
「ああ、だいぶ陽が傾いて来たな。行こうか」
 国際便も就航(しゅうこう)している小松空港のターミナルビルは、渡航客が絶対的に多いセントレアや関西(かんさい)空港や羽田の空港施設とは比べ物にはならないが、地方空港として土産物売り場や飲食店が、そこそこ充実していると感じている。そして、入っている飲食店は何処も、僕が食べた料理は美味しかったと思う。
「そうだな。温かい麺類(めんるい)ってのは、どうだろう? 僕は、カレー饂飩(うどん)にするよ」
 今の彼女は、トレンディさやファッション的なフードコーディネートに拘っていないみたいだけれど、同じ轍(てつ)と地雷を踏まないように、以前に彼女がオーダーした『カレー饂飩』を言ってみた。
 彼女の反応次第では、『カツ丼』で呪詛(じゅそ)って遣りたい。
「じゃあ、私は、因縁(いんねん)無しの御蕎麦(おそば)にするわね」
 さらっと、リベンジ返しをされた。
 ノリで『カツ丼にする』って言ってくれれば、楽しいと思ったのに。
 『麺類に』と言ってしまった自分の残念さに、彼女の手を握る掌が汗ばんでしまう。
 拙い言葉遊びが、軽く躱(かわ)されて、ちょっと、赤面して顔が熱くなっているみたいだ。
 --------------------
 柴山潟から日本海へ注ぐ新堀川(しんぼりがわ)の汐見(しおみ)橋を渡り、僕は、SUV車を小松空港への最終アプローチの直線道路へと走らせる。
 行き交う自動車は少なくて、この調子だと、ハードなトラブルがない限り、ターミナルの搭乗カウンターには、充分に時間の余裕を持って着ける。
 そう予測した時に、彼女が何か閃(ひらめ)いたように言った。
「まだ時間は、大丈夫だよねぇ? なら、そこを左へ曲がって、高速道路を越えて海岸へ行きましょう」
 『海岸なら、ついさっきまで、長者屋敷跡の浜にいたじゃん!』って思ったけれど、僕は口に出さない。
「時間は、まだ余裕だよ。ん? 海岸って、浜辺へ?」
 気紛(きまぐ)れか、思い付きか、僕には察せないが、彼女なりの理由(わけ)が有るのだろう。
 『君は、身体を冷たくしていたのに』と見た彼女の顔は、ほんのりと朱(しゅ)が差して上気しているように思えた。
 彼女の希望通り、ウインカーを点滅(てんめつ)させてからブレーキペダルを踏み、充分に減速させつつ、SUV車を海岸方向へと左折(させつ)させて行く。
「そう、ここでいいわよ。ちょっと、正夢(まさゆめ)にしたい事が有るのよ……」
(正夢って……、夢に見た事が、現実になったという、その正夢?)
「外へ出ましょう」
 さっとドアを開けて、斜陽を浴びて薄い赤味を帯びる世界へ出て行く彼女を追い駆けて僕も降り、赤味が濃(こ)くなった西の空と海に向ける彼女の視線の先を探りながら、僕は横に並ぶ。
(何の遮りも無い水平線まで広がる海原と、其の向こうのくすんだ赤色の空の中に、君は何を思い、見い出しているのだろう?)
 顔を僕へ向けて、真顔の彼女が上目遣(うわめづか)いで、じぃーと僕をみる。
 何かが始まりそうな気配に、心の内の動揺や構えを感じさせないように、意識して優しく微笑んでみた。
 すると、彼女は半歩下がりながら、顔と身体の向きを僕へ向けると、両の掌を僕の胸に着けて爪先立ちで寄り掛かって来た。
 触れるばかりに間近になった彼女の顔の真剣な眼差しが、僕の微笑む瞳をマジマジと見ると、彼女は薄く開かせた唇の動きに合わせて、両の瞼をゆっくりと閉じる。
(こっ、これって、……やはり。……キスを、求めているんだよな……)
 胸がキュンキュンと締め付けられるくらい、彼女が愛しい。
 閉じた瞼の睫毛(まつげ)が、ヒクヒクと震えている。
 眉間に浅い縦皺が、入ったり、消えたり、繰り返している。
 そっと、唇を触れさせて、彼女の閉じた唇を優しく開かせて、ゆっくり舌先を入れて行き、彼女の舌と絡ませて行くと、彼女も、舌先を絡み返して来る。
 舌の絡みを返す度に、肩を上下させるくらいに彼女の息が喘ぎ、僕の吐息は震えた。
 僕の舌の動きを真似る、彼女のザラっとする舌先に、ヌメっとする舌の裏。そして、スルリと滑るように口の中の天井へ触れてくるのが、擽ったくて気持ち好い。
 上気する気持ちで感じる息苦しさに、彼女と僕はスッと唇を離すと、二人揃って仰け反るように静かに長く、息を吸い込んでから、同じように静かに長く、今度は息を吐き出しながら、互い顔を鼻先が触れるくらいに近付ける。
「少し寒くなって来たから、こうしていてくれる?」
 彼女は、『こうしたい』と言いながら、僕の腕に身体を密着させて来た。
(おおおおーっ! そう来るですかぁ? マジで、勘違いヤローになっても良いですかあ?)
 手を繋ぐどころか、彼女は、腕を絡ませる僕の手の二の腕を、たわわにとは言えない自分の胸の膨らみに密着させる。
 其の柔らかで確かな弾力を感じさせてくれる彼女の大胆さに、僕は欲情しそうだ。
(こっ、これは誘っているのか? 腕に縋(すが)って来てるぞぉ! エッチに挑戦してもいいのか? ……いやいや、まてまて、ちょっと違うだろう。彼女は、僕と腕を組んで歩きたいだけだろう)
 今日、もしも出逢えたとしたらと、僕が予想した彼女は、あっさりと僕を他人行儀な態度の冷徹な挨拶であしらう、擦れ違うだけの、僕以外の男性で満ち足りた女性だったはず……。
 なのに、彼女へ持ち続けたイメージを根底から覆した彼女の言葉と態度は、どれも嬉しくて楽しい。
 きっと、今の僕の顔は凄く驚いてニタニタと笑っている。
 そんな僕の表情を見ている彼女が、視界の隅にいるけれど、『ただのスケベかも』と思われているかも知れなくて、僕は、顔も、視線も、恥ずかしくて彼女へ向ける事ができない。
 唇を離した彼女が、望みを言う。
(僕が成りたいモノは、君が望む全てだ! 僕の生涯で叶えれる限り、君の望みを叶える!)
「うふっ、あそこも、こんな感じで、歩きたいわね」
 僕は、これまで彼女が歩いた全ての道を、彼女と歩いて、彼女が行った全ての場所を、彼女と行きたいと考えている。
「あそこ? それって、どこ?」
 『鯨の背』と呼ばれる横浜港大桟橋に相模原市の桜並木、それに、立戸の浜でキリコを担いで欲しいと言った。
(他に彼女が、僕と歩きたい場所は、何処だろう?)
「冬の、イ、タ、リ、ア。特に、コモ湖の畔とスペイン広場ね」
 君の声で聞く『コモ湖』に、僕の記憶が鮮明に蘇(よみがえ)る。
 あの時は、『まるで、ラブロマンスの映画やドラマのワンシーンのように、真冬の遥(はる)か遠くの場所で、思いがけない、君との出逢いに、僕は駆け寄って息が詰まるくらい、君を強く抱き締め、歓喜(かんき)の涙を流しながら、感動のキスをしたい』、なんて想うほど、デスティニーを感じてしまった。
 吹き抜けて行った風が、君の髪を掻き揚げるまで、僕は、君だと気付いていなかった。
 後日読んだ紀行記で、其の強い風の塊が、アフリカ大陸から冬の地中海を渡り、冷たいヨーロッパへ吹き寄せる生暖(なまあたた)かい風で、シロッコと呼ばれる季節風だと知った。
 因(ちな)みに、サハラ砂漠の奥から北アフリカ沿岸を地中海へと抜けて行く、シロッコと呼ばれる前の強風はギブリだと記述されていた。
 君を写(うつ)そうと覗く一眼レフカメラのファインダーの中に、測距する赤外線の光が、コモ湖の水面から漂う薄い靄(もや)に映り込み、それはまるで、君と結ぶ、千切(ちぎ)れ、千切れの赤い糸のように見えた。
 暈(ぼ)やけた破線のような希薄な運命の赤い糸は、一陣のシロッコに吹き払われてしまったけれど、靄が散らされて澄み切った大気の中で鮮明になった君を、僕は、夢中でシャッターを切って写し撮っていた。
「コモ湖はねえ、あの日、ホテルのベッドに入ってから考えたの。私から、あなたに声を掛けていれば、こんな感じで湖畔を歩けたのかなぁーって。なんかぁ、遠出すると、気持ちが開放的になるじゃない。あの時は海外だったから、尚更(なおさら)だったのよ。声を掛けて、何気(なにげ)に手を繋げたりして、話しはツアーのスケジュールやオプションなどでも、良かったしね」
 中学生では、儚(はかな)げな、掠(かす)れ、掠れの淡い赤色の、希薄な細い糸に見えていただけだった。
 高校生になってからは、少しずつ色が鮮明になって行く気がしていたけれど、相変わらず、糸は途切れ、途切れに感じていた。
 社会人になって、『途切れずに、繋がって見えるようになるはずだ』と思っていた運命の赤い糸は、僕の不甲斐さから消滅(しょうめつ)してしまった。
 既に、彼女への想いは完全に断ち切り、赤い糸など何処にも感じなくなっていた。
 それなのに、今日は、春風の中に彼女の匂いを見ていた。
「でも、コモ湖じゃ、あなたが居る事にビックリして、うろたえるばかりで、とても、そんな気持ちになるどころじゃなかったよ。だから、気分だけでもミステリーにって、夜にメールしたの。ふふっ」
 びっくりして戸惑ったのは、僕も同じだった。
 運命を感じた偶然の出逢いに、直ぐ駆け寄って抱き締めながらキスをした後は、君の手を握ってクルクルと喜びのダンスを舞いたかった。でも、そうしなかったのは、君に拒絶されるのが怖かったからだ。
 十二時間以上も窮屈(きゅうくつ)なエコノミークラスのシートに座って、世界の半分を飛び越えて来た挙句、君に無碍(むげ)にされるのは耐えられないと考えたからだ。
 それでも、勇気を出して積極的に閃いた行動を実践(じっせん)していれば、『私達、付き合ってるの』みたいな、もっと、全然違う其の後になっていたかも知れない。
(……いや、彼女は、僕のように単純じゃない!)
 彼女が話さないので理解できないが、今日のように涙を流して、僕を求めるくらいの心境の変化がないと、きっと、希薄な赤い糸に戻す運命の正(ただ)しが為されていたと思う。
「イタリアにいた間は、ずっと、そんな事ばかり考えていたわ。だって、旅行の初日(しょにち)だったんだから、意識しないわけないじゃん! 初めての海外旅行で興奮して眠れなかったし、あなたに遇(あ)ったのが、信じられないくらい、すっごくファンタジーだったから。……でもね、日本に帰ったら、直ぐにそんな気持ちは消えちゃって、思いもしなくなったの。また、いつもの閉鎖的な私……。不思議よねえ」
(それは、お互い様だよ……)
 あの頃の躊躇いの日々を思い出している僕は、顔を伏せながら、『もしも』を言ってみる。
「もっと、メールして、正直に状況を知らせていれば、実現していたかもね」
 それを出来る積極性と光明力(こうみょうちから)を僕が備えていたら、其の後は、幸いにも、不幸にも、全然違っていて、こんなにも離れ離れになっていた運命が交差する今日の出遇いは無くて、二人の想いが修復されなる事も、想い詰めた愛が見直されてリセットされる事も、無かっただろう。
 どれほど『もしも』を過去に求めても、それを、実現できるはずがないのは分かっていた。
「まさか、スペイン広場でも遇っていたなんて、思いもしなかったわ」
 彼女は、中学二年生の終業式の日に僕が贈(おく)った、街並みをレリーフしたメッセージスタンドの事を言っている。
 彼女の机の中へ忍(しの)ばせておいたのに気付いて、驚いて見ていたのを、僕は知っている。
「あのね、予感はしてたんだ」
 短い言葉の意味から、彼女は話題を変えていると察した。
(其の意味の落とし処は、何処なんだ?)
「……予感?」
(予感なのか? 予想じゃなくて?)
「そう、きっといつか、私は、あなたへ素直に気持ちを曝(さら)け出せるって、予感がしていたの」
 『それで、未来日記のように、其の通りになったわ』の言葉を続けるみたいに、明るく嬉しそうな笑顔を、僕へ向ける。
「あっ、その笑顔は、いただきだ! 凄く好い笑顔だ。うん、きっちり僕の心にインプットしたよ。今から、君のイメージにするんだ。……夕陽に紅く染まって明るく笑う、なんてね。……僕は、いつも君を笑顔でいさせたいと思っているよ」
(ああっ! 本当に、好(い)い笑顔を見せてくれる!)
 嬉しくて、可笑しくて、楽しくて、彼女の心が全開に開放された笑い顔だ! そして、全身全霊で尽くし甲斐の有る、僕の魂魄が癒される笑顔だ!
「紅く染まってって、それ、酔(よ)っ払(ぱら)いみたくないの? 居酒屋で大笑いしながら、楽しくはしゃいでいるイメージじゃ、ないんだよねぇ?」
(紅らむ顔で、酔っ払いと来たか……。どれくらい飲むと、彼女は自制が利かなくなるのだろう? 寝る? 笑う? しゃべる? 煩い? 黙る? 怒る? 殴る? 蹴る?)
 『いっしょに楽しく飲めれば良いな』と、写真に撮りたい笑顔とは全然違う事を、僕は連想してしまう。
「あっはっはは。ちゃう、ちゃう。ホントに違うし。マジで今日を連想する笑顔だよ」
 僕の二日酔いの経験は、今のところ、静岡市のアパートに居た時だけだ。
 会社の付き合いで飲み会へ行き、無謀(むぼう)な深酒にゲロって寝てしまう。
 道端の植え込みや下水のグレーチングの上に蹲(うずくま)って嘔吐(おうと)しながら寝てしまい、大抵は皆(みんな)に放って行かれて朝まで其のままだった。でも、目が覚めたら、アパートのトイレの床に転がされていた事も有った。
 起きて酒気が消えると、激しく痛む二日酔いの頭痛に、アパートの部屋や共同トイレの床へ何度も倒れ込み、次の日の朝まで身悶(みもだ)えして苦しんだ。
 部屋に帰って、普通に寝て起きた時でも、何処をどうやって帰って来たのか、全然憶えていない事も何度か、有った。
 酔うと、よくしゃべって笑ってばかりいた。
 後日、僕を送ったり、介抱(かいほう)してくれた同僚や上司に訊いたところ、決して暴力を振るったり、不機嫌になったり、不愉快な思いをさせたりはしていないらしい。
「あはっ、冗談よ。私も、あなたの今の笑顔を貰うわ。とても素敵な笑顔だよ。あなたを想う時、あなたのメールを見る時、あなたの電話の声を聞く時、今強く私が記憶した、あなたの笑顔を、いつも想い浮かべるわ」
 凄くほっとする言葉を、彼女は言ってくれた。
 西に傾きを大きくして行く太陽に向かって、甲高(かんだか)く遠吠(とおぼ)えしたいくらい僕は嬉しい。
 笑いが治まった彼女の横顔を、ちょっと思っていた事が有って見詰めてしまう。
 水平線間際まで傾いた太陽がピンクに染めた彼女の顔は、嬉しそうに遠くの海原を眺めている。
 照り返しで煌く海原の眩しさに細めていた眼の瞳がスッと動いて、僕を見て止まった。
「何見てんの?」
 横目ではなくて、顔を向けて僕は彼女をマジマジと見ていたから、それは気付かれて当然だろう。
「顔に、何か書かれている……、そんなワケないよね。で、何か付いてるの? 」 
 勿論、何も書かれても、付いてもいないから、僕は、顔を横に振りながら訳を話す。                                                                                                                                                                                                                                                                     
「あっ、気に障ったのなら、ごめん。……何も付いていないよ。……いつも、君が微笑んでいるように見えるのは、何故だろうって思っていたんだ……。この近さなら、そうは思えないけど、少し離れると優しい顔に見えて ずっと不思議だったんだ。それで、見てた」
 眉の端を吊り上がて、縦皺を眉間に寄せながら、口角を少し上げる彼女の表情に、自分でも自覚しているのを知って、『別に何も』のような、無難な返事で流すべきだったかと後悔した。
「ああん! 何か、妖怪っぽい言われようだけど、やっぱり、あなたにも、そう見えていたんだぁ」
(あわわ、なっ、何も、妖怪なんて、言ってはいないぞ!)
 いきなりの彼女の戦闘モードが発動しないように、僕は、慌てて繕(つくろ)いと宥(なだ)めの言葉を探す。
「よく言われるよ。何が可笑しいんだってね。笑っちゃいないのに、失礼しちゃうよね」
(やはり、不躾で失礼だったかあ。しまったあ)
「それで、何故か分かったのかな?」
(ううっ、これはぁ……、ツッコミなのか? ……ここは正直に、感じた事を言うしかないだろうなぁ)
「うん、口角が下がっていなくて真っ直ぐなんだ。それに、上唇の中央が上がっていないね。プリッとした感じの、厚からず、薄からずでさ」
 兎に角、魅力的でときめくと言いたかったのに、非常に中途半端な言葉足らずになってしまった。
(あっちゃぁー、中学生の時に美術館へ彫像作品を観に行った感想でも、もっと、上手く表現できていただろう)
「そう、それだけで、笑っている様に見えるのかしら?」
(いやいや、そうじゃないんだよぉ)
「いや、顔全体の作りが、優しい配置なんだと思う」
(そう、優しく見えるんだ。心は表情を作ると考えているから、君は、僕に無愛想(ぶあいそ)で連(つ)れなくしていたけれど、本当は打ち解けて優しくなれると、信じていたんだ)
「……作り? ……配置?」
(表情の配置だよ)
 表情は、其の人の内面から浮き出て来ていると、僕は思う。
「たぶん……」
(今日の、君は優しいから……)
「あなたは、私が優しいと思う? 外見じゃなくて……」
 彼女は、『彼氏ができたよ』のメールに返信した、僕の誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)に満ちた酷いメールの事に絡ませて言っているのだろうか?
(読めない君の行動と態度に、冷淡(れいたん)な君の誠実(せいじつ)なメール、そして、君の容姿に僕は、今も惹(ひ)かれている)
「きっと……。そう、絶対に……。そうだと、信じたい!」
(これまでも……、今も、これからも! 僕は、君が素敵な女性だと、信じている!)
「あはははっ! そうね、今まで通りに、あなたへは優しくしているわ
 この時間を此処で止めて、それから少し戻して、何度も、この時間を繰り返したい。
 素敵に笑う君の声と言葉を、何度も、何度も、聞く度に、僕は、心地好い感動と凄く嬉しい気持ちにさせられていたいんだ。
 --------------------
(長者屋敷跡で、人生の終末をテーマにした切実(せつじつ)な問いは、すっごく遠回しな彼女なりのプロポーズだったのではなかっただろうか?)
 もしかしてと、僕は疑るように考えてしまう。
 言った通りに空港ターミナル二階の蕎麦屋で、蕎麦とカレー饂飩の晩飯(ばんめし)を済ませ、売店で幾(いく)つかの土産を買ってから、彼女はセキュリティーゲートへ向かう。
 セキュリティーゲート近くの柱の陰で、前を歩く彼女が、突然持っていた荷物を床に置き、僕に振り向いた。そして、ゆっくりと両手を僕の首に回して引き寄せ、背伸びをしながらキスをした。
 目を瞑って深く濃厚に唇を合わせる彼女が、猛烈(もうれつ)に愛しい。
 もう間も無く、彼女と別れる時間がやってくる。
 まだ、心許無い確信しか持てない僕は、弱い自信に不安が強くなって行く。
「うっ、いっ、痛いよ。息が止まっちゃうよぅ」
 夢のような今日を、『夢じゃないんだ』と、気持ちが舞い上がっていても、思えば、思うほど、彼女を抱き寄せる僕の腕は、彼女の息を止めさせるくらい、強く抱き締めていた。
『逃げないで』の強い気持ちは、『逃がさない』の憤(いきどお)りに変わり、僕の自信の無さを打ち払おうとする思いは、無意識に彼女を締め潰しそうになっている。
「あっ、ごっ、ごめん」
 僕は、体が浮いてくるような高揚した気分と離れたくない気持ちで、以前の独り善がりな自分に戻りそうになっている自分に気が付いた。
 後悔に不安が混ざる切実な思いが過ぎり、急いで僕は謝った。
(また彼女を探し続ける日々は、もう嫌だ!)
 眉間に縦皺を立て、端を吊り上げた眉毛を寄せる怒り顔の彼女が言う。
「ううん。でも、嬉しい」
 小さいけれど明るい声で優しく言って、彼女は僕の想いを受け止めてくれる。
 腕から彼女を抱き締めた感触が消えてしまわないように、僕は、そっと彼女を放す。
「君は、君の心から美しく輝いて、僕は眩しく感じているよ」
 彼女を放す際に添えた僕の賛辞に、彼女は顔を傾げた。
「なに、それ? あなたから、……私って、そんなに綺麗に見えてるの? お世辞でしょ? 上げ過ぎよ!」
 真面目に怒り顔をする彼女の目が笑っている。
 真剣な顔で怒る顔は美しいと思う。
 嫌がる顔や痛がる顔は、可愛いとおもっている。
 悩む顔や苦しむ顔は、切なくて愛しくなってしまう。そして、笑った顔は最高だ!
「そうだよ。外見だけじゃない美しさの事だよ……。君のような美しさの輝きを放つ人は、美しく輝くように努力する自分を知るけれど、自分以外から……、つまり、僕から見た君の美しさは、君には良く分らないものさ」
(外見じゃないけれど、その美しさも鏡に映るし、それに、見えるだけでもなくて、匂うし、感じる輝きなんだよ)
「それなら、あなたの素敵さも同じよ。あなたは、もっと自信を持っても良いと思うわ。でも、驕ったり、威張ったり、しないでね」
 --------------------
 小松空港のセキュリティーゲートで彼女を見送ってから、駐車場の自動車へ戻った。
 僕の身体は、ずっと小刻みに震え、なんだか、宙(ちゅう)に浮いて漂っているような気分がしている。
 足裏に接するアスファルトの路面の感じが薄い。
 夢見の良い起きがけのようだ。
 滑走路から聞こえだしたジェットエンジンの轟音に、僕はSUV車の傍(かたわ)らで立ち止まり、晴れ渡る夜空を見上げた。
 轟音はジェットを噴かして滑走路をテイクオフして行く機体で、小松空港から羽田空港へ飛行する最終便だ。
 あの機体に、彼女が搭乗している。
 ずっと向こうの暗がりを、昇(のぼ)るジェットの青白い小さな輝(かがや)きと翼端灯の緑と赤の点滅が、星空への階段を、一歩、一歩、踏み締めて駆(か)け登る足跡(あしあと)のような光の筋を付けている。
 上昇を続けながら西方にバンクした小さな光達は、まだ、水平線上が仄(ほの)かに紅い日本海上を大きく旋回してから、やがて掠れるように小さな瞬く光の粒となり、東方の黒々とした白山山脈(はくさんさんみゃく)の彼方へと飛び去って行く。
 --------------------
「部屋に着いたら、連絡するね」
 セキュリティーゲートへ進みながら僕へ振り向いて、そう言った明るい顔の彼女へ、笑顔で僕は頷き返す。
「ああ、待ってるよ。ほら急がないと、そろそろ搭乗が始まってるんじゃないか? 気を付けてな。迷子になるなよ」
 僕の仕様も無い冗談に、クスッと彼女は笑ってセキュリティーゲートへ向かう。
(向こうに着いたら、本当に、彼女は連絡をくれるのだろうか?)
 二、三歩進んで、また彼女は振り向いた。
「今日は、逢えて本当に良かった。すっごく嬉しいよ。それと……、悩みも、相談できて良かった」
(今日の彼女は、優しい……)
 いや、違う。
(そうじゃない! 感謝するのは僕の方だ!)
「礼を言うのは、僕の方だ。僕こそ、君に逢えて本当に良かった。それに、僕を好きだと言ってくれて、最高に嬉しいよ。迷いの相談もな。僕の方こそ、凄っごく感謝している」
 にこやかに彼女は頭を振り、やがて笑いを消した顔で言いける。
「そして……」
 其処で彼女は言葉を切り、顔を背け、視線を落として黙ってしまった。
(『そして……』? 彼女は、何を言い掛けたのだろう? 躊躇うほど、言い難いことなのか?)
 彼女の様子から、言い掛けた言葉を、口にして良いものか、どうか迷っているように見えた。
 やがて……、僕には長く感じられたけれど、ほんの数秒の沈黙の後、彼女は、意を決したように顔を上げてから振り向き、僕を見た。
(微笑みの無い、真剣な顔……! どうするつもりだ?)
「……そして、私を、ずっと、彼女にする覚悟は、有るの?」
 躊躇っていた言葉を言い終えた彼女は、見る見る紅くなりながらも、パッと明るい笑顔になって僕を見た。
「えっ! ……覚悟?! もっ、もち……」
 予想もしていなかった彼女の問い掛けに、一瞬、意味が解からず、即答(そくとう)すべきなのに、瞬きほどの間が空いてしまった。
「まって! 今、答えないで! 次に会う時に聞かせて。其の時までに良く考えてね。ふふっ」
 僕の回答を遮るように彼女は、そう言うと、クルッと背を向けて、足早にセキュリティーゲートへ向かう。
(なっ、なんだぁ? 今のは、フェイクなのか?)
 フェイクでも、返事は決まっている。
 勿論、当然、覚悟は有る!
(う~ん、どれも、当たり前過ぎてつまらん。捻(ひね)りとオリジナル性がいるかも? 静岡のあの人へ言うはずだった言葉にするか……。でも、それは、使い回しみたいで……、どうよって感じだ。……自分の中での区切りがない。ごっちゃにはできないだろう……)
 僕は、まだ、今日の日を御浚(おさら)いできていなくて、どんなに言い寄っても、拒絶を繰り返すだけだった彼女が、これから、僕の恋人になるなんで信じられない。
 彼女が僕の視界から消えるのと同時に、今の超ベリーハッピーな時間も、想いも、全て消え入りそうな気がして、嘘(うそ)であって欲しくないと、心から願っていた。
 彼女の手荷物は、X線サーチをパスして行く。
 彼女が通るメタルデテクターも、ノーアラームだ。
 セキュリティーゲートを通過した彼女は、またまた顔を振り向かせ、今度は大きく手を振りながら搭乗口へ続く通路へと、急ぎ足で角を曲がった。
 彼女が角を曲がって見えなくなると、全てが熱気で潤む靄の中のようで、嘘臭く思えてきた。
 大きく手を振り、笑顔で搭乗口へ消えて行った彼女……。
 繰り返して来た春の想いが見せた、幻(まぼろし)のような気がする。
 昼に彼女と出逢ってから、ずっと、足裏の感覚が薄い。
 何処にいても、何処を歩いても、シャギーの長い毛脚の上にいるようで、しっかりと足が地に着いていなくて、しょっちゅうバランスを崩して、よろけそうになってばかりいた。
 --------------------
 晴れ渡った夜空の彼方、目を逸(そ)らすと、再び、見付けられそうにない微かに瞬く光りの粒を、僕は見詰め続けた。
 消え失せそうな昨日までの大切な想いと、今日の幻覚を見たような実感の無さに、白昼夢に魅せられたみたいな感覚が混じり合った、信じ切れない現実が、明日からの紡(つむ)ぎ始める夢と希望といっしょに、全て失われてしまいそうで、僕の眼は、ずっと、消えゆきそうな飛行機の灯りを追い続けていた。
(彼女は、本当に、あの瞬きに搭乗しているのだろうか?)
 僕は、ゆっくりと目を閉じた。
 瞼の裏の暗い模様の中に、見失いそうだった小さな光の残りだけが浮び上がる。
 それは、近付いて行く彼女の顔になり、遠ざかる彼女の笑顔に変わって行く。
 瞼を開くと彼方の暗黒の中、既に、微かな光りは消え失せて何処に有るのかわからない。
 僕は、一体何を追い掛けて見詰め続けていたのだろう?
 僕が見ていた光りは無くなってしまった。
 とうとう彼女は、僕が送り付けた最低で最悪なメールに触れないまま行ってしまった。
(電源を落としていても、メールは、届いているはずなのに……)
 きっと彼女は、届いた僕のメールをウザイとか、キモイとか、しつこいなどと思って、読まずに削除(さくじょ)してくれたのかも知れない。
 本当に、そうであって欲しいと、僕は切に願う。
 この先、二人が、どれほど危機(きき)的な事態が起きて破滅的な状況に陥っても、どんなに腹が立って怒り心頭になっても、僕は決して同じ過ちを繰り返さないと、点滅する光りが去った向こう、漆黒(しっこく)の山並みを見詰めて誓う。
 誓いながらも僕は、気持ちの高揚(こうよう)で浮ついた今日の出来事の記憶を、夜空の暗がりと山並みの闇が、曖昧に薄れさせてしまいそうな不安に、まだ、確実に思い出せる今、今日の日を実感できるシチュエーションの反芻をしたかった。
(さあーて、これからどうする? 何処かで一人物思いに耽(ふけ)ろうか? それとも、家に帰るか? ダチと祝杯を交わして、舞い上がるのは……、まだ…… だな……)
 SUV車に乗り込もうと僕は運転席のドアの取手を掴(つか)む。
 ドアノブの取手に手を掛けたまま、一つ、一つ、記憶を遡り、バラ色の人生のスタートになるかも知れない今日を思い出そうとする。でも、冷静でなかった僕は、場所や出来事を憶えていても、前後の経緯(いきさつ)や会話や細部などが曖昧で、はっきり順序立てて思い出せない。
 今日の彼女に出逢える前までの僕の気持ちと、彼女に出逢えたら、どうしたかったのかまで、最初から想いと行動と交した言葉を思い出そうと努めた。
 セキュリティーゲートを通り、搭乗口へ向かう今日の彼女は、終始、態度と言葉に冷静さを感じさせていた。
(彼女は、今日の日を、全て憶えているのだろうか?)
 夢見の後のような空虚な気分で、僕はSUV車のドアを開けた。
 手前に引いて開いたドアから、ファと、車内の冷えて淀んだ空気が大気に吸い出される風となって、擽(くすぐ)るように顔を撫(な)でて行く。
 其の時、桜の匂いが香った。
 懐かしさを覚えさせて、僕を奮(ふる)い立たせてきた愛おしい大好きな匂いだ。
(彼女の香りだ!)
 これほど、強烈に実感させて、確実に記憶を呼び起こすものはなかった。
 急に僕は、猛烈に嬉しくなってしまう。
「ハハッ!」
 今日の出遭いの嬉しさが溢れて、笑い声が出てしまう。
「アハハッ!」
 今日の、彼女に出遭うまでの自分を笑った。
(嬉しい! 本当に嬉しい!)
 もう、湧き上がる嬉しさでいっぱいだ。
(出逢える予感は、確かにしていたけれど、こんなに嬉しい日になるとは、全く思ってもみなかった)
 これまでの想いと、今日の思い掛け無い予想以上の結果に、これからの人生への期待が重なり、僕は幸せで満たされた。
「アッハハハッ。ヒャッホー!」
 嬉しくて、楽しくて、幸せで、僕は大声で笑って叫ぶ。
 いつか必ずと、想いを寄せ続けていたけれど、もう、脈も、縁も、無くなってダメだろうと諦めていたのに……。
 こんな気持ちの良い、晴れやかな時が、突然に訪れるとは思っていなかった。
 僕は、ハッピーエンドを想像して、未来がバラ色になるとばかりに思い込んでしまう。
 もう、幸せの絶頂だ。
 今日の日の幻は、遥か彼方へ逃げ去ってはいない。
 なのに、大笑いしながらも、今までの矛盾(むじゅん)する想いや事柄が僕を惑(まど)わせ、舞い上がった気持ちを一瞬で引き戻す。
 多くの躊躇いや逆転を経験した僕は、今日の幸せも、疑惑と不安で信じ切れなくなってしまう。
(舞い上がっているんじゃない! 僕自身は、何もしていないじゃないか!)
 泣きじゃくる彼女の言葉に、受け応えしただけだ。
 いっしょに食べたランチは、彼女に促されて終始(しゅうし)リードされっぱなしだった。
(未来予想は、全て、彼女の提案だった!)
 僕は、この時初めて、今日の出来事を実感できた。
 彼女の態度と言葉が、……フェイクでないという保証や確信は、何処にもなかった。でも僕は……、彼女の態度と言葉に期待したい。
(きっと! きっと、大丈夫だ。今夜の電話が、前向きに明るく話せて、楽しく弾んで終われば、この先僕らは、ずっと、大丈夫だろう)
 彼女に白状しなければならない事が有った。
 高校一年の時に僕は、彼女に嘘を吐いている。
 『私にキスした?』と、彼女からメールで問われても、『してない』と、僕は嘘の返信をしていた。
 夕方のバスの中で寝ている彼女の後ろ姿が、何処か寂しげで、拗(す)ねているようにも、不貞腐(ふてくさ)れているようにも見えて、とても、いじらしく感じた。
 我慢ができなくて、静かに覗き見た彼女の、目を瞑る横顔は凄く愛(あい)らしくて、僕は堪(たま)らず、彼女が起きないように、そっと唇にキスをした。
 あれが、僕のファーストキスだった。そして、あのキスは、彼女にとっても、ファーストキスだったのかも知れない。
 そうだとしたら、僕は、彼女のファーストキスを無断で奪った激しく許(ゆる)されない卑劣な奴だと、何度でも思い返す度に、後悔と反省に苛(さいな)まれてしまう。
 携帯電話の待ち受け画面にした、今日の彼女の笑顔を見ながら、いつか、必ず謝るべきだと考えていた。
 正直に話して、真摯に謝罪する僕の言葉を聞いて、彼女は、電話の向こうで分かり易く表情を変化させながら、軽蔑した呪いの言葉を、僕に浴びせ返して来るだろうか?
 それとも、生涯、僕を服従(ふくじゅう)させる意味深(いみしん)な、『初めてのキスが、あなたで良かった』と、言ってくれるだろうか?
 其のどちらでも、僕は彼女を信じて、自分自身も信じるなら、三時間後の電話は、絶対、同じ想いを描いて話せるはずだ。
 エンジンを掛けると、息吹く車の小刻みで静かな振動が足裏に伝わって来た。
(大好きな、嬉しそうに優しく笑う、彼女の笑顔を……、僕は見ていたい)
 チェンジレバーを、ドライブレンジにシフトさせて、滑らかに車をスタートさせて行く。
(この先も、ずっと、見続けれるだろうか? 彼女は、見続けさせてくれるだろうか?)
 ルート8を越えて、加賀産業道路を抜け、山側環状に入ると、更に、加速させて家路を急ぐ。
 後、トンネルを二つ抜けて、橋も、二つ渡ると、家は直ぐ近くだ。
 探し求め、待ち望んだ確証は、更なる疑問と不安を抱かせ、新たな確証を求めさせた。
 求めた確証からもっと、もっと、彼女を好きになるように。
 もっと、彼女が僕を好きになってくれるように。僕は努力し続ける。
 麗らかな暖かい陽射しのような彼女の笑顔を、見続けたい故に!
 満開の桜の匂いのような彼女の匂いを、感じ続ける為に!
     *
 掌の携帯電話が震えて着信音を奏で、今し方、以前の電話番号を消去して、設定し直したばかりの彼女の新しい電話番号をメイン画面に輝かせた。
(おおっ! 彼女から電話が来たあ!)
 着信音は何度も聞いていたメールのメロディではなく、たぶん初めて聞く、彼女からの電話の着信に設定したメロディだった。
 バイブレーションの振動に僕の手の震えも加わり、受話キーへ触れた途端に、携帯電話が跳ねるように床に落ちた。
 慌てて、携帯電話を掴んで持ち直すと、僕の安堵する気持が、緊張で震える深い溜め息を吐かせた。
『ガリッ! ボフッ!』
 着信画面に設定していた彼女の瞳に重なって表示される彼女の新しい電話番号を、再度、確認しながらスピーカー部分を耳へ当てる。
「もっ……、もしもし……」
 僕は焦りと緊張に胸が痞(つか)えて、呼び掛けも閊(つか)えながらも、彼女が無事に相模原の部屋へ無事に着いた言葉と元気な声を、早く聞いて安心したいと願う。
(もしも、トラブルに遭っているのなら、僕は、直ちにSUV車を超速で飛ばして彼女の許へ行き、助けるんだ!)
「私よ。うん、無事に部屋に着いたから、安心して」
 彼女の無事な明るくて、何処か寂しげな声に安堵しながらも、僕の心は、愛しくて堪らないとざわついてしまう。
 携帯電話のスピーカーの向こうからマイクを通して聞こえて来るのは、彼女の声だけで、テレビの音も、音楽も、彼女以外に誰かが居る音や息を潜めている気配も、聞こえていないし、感じもしなくて、彼女は部屋に一人ボッチだと知った。
(彼女は一人だ……。一人ボッチで良かったぁ)
 彼女を心配するのを兼ねて僕は、彼女のボッチを確認していた。
 もし、彼女が、恋愛関係の男性と同棲(どうせい)でもしていたら、それは、非常に困り果てる状況で、再び、ジェラシーストームだ!
 今日の出逢いは、全てが否定されるべき事態になり、彼女の言葉と態度で弄(もてあそ)ばれた僕は、一生、独身の引き篭(こも)りになるくらいの重大で深刻なショックを受けてしまうだろう。だけど、僕は、彼女に弄ばされていなかった。
 僕は、今直ぐにでも、『彼女を、僕の傍に居させたい』、『彼女の傍に、僕が居てあげたい』、と強く願った挙句に、其の焦り混じりの大きな衝動が、僕の言動と気持ちを大胆にさせてしまった。
「けっ、けっ、結婚して下さい!」
 いきなり、すっごく大事な言葉を言ってしまい、とんでもなくスベったと思った。
(うっひゃあ! あわわわわぁ。言ってしまったぁ……)
 人生と運命を左右する大切な言葉を僕は、電話越しで彼女に言った事を、直ぐに後悔した。
 彼女に遮られた『覚悟の言葉』を、電話越しにマックスレベルで言ってしまっている。
 こんな電話でのプロポーズに、彼女は良い返事をしてくれるのだろうか?
 早々に改めて、生声で直接、プロポーズを仕切り直すべきだと、僕は思う。
 大桟橋からのディナークルーズで、揃いのリングを添えてプロポーズしようと決めていたのに、アホな僕は、勝手に先走って言ってしまった。
「うん。……はい!」
(うっわあ! 『はい』だよ! どうしよう!? OK、貰えちゃったよぉ!)
 テレる顔が驚きで引き攣(つ)りながら、浮かび混じって来る喜びで、目も、口も、頬も、締まり無く緩んでしまう自分の顔が分かる。
(もう、めちゃくちゃ嬉しい!)
 今日の彼女の言葉と態度から、断わられる事は無いだろうって予想はしていたが、直ぐに承諾(しょうだく)してくれるとは思ってもいなかった。
 きっと、『先(ま)ずは、ちゃんとしたカレカノの親密な御付き合いから、仕切り直して始めましょうか』って、彼女が返事すると考えていた。
「ズッ、わっ、私からも御願いします。ズズッ、私と結婚して下さい!」
(おっ、おおおおっ! そんなあっさりと、、軽はずみ的に御返事を言っちゃっても良いんですかぁ? いやいやいや、其の返事の言葉が、言って欲しかったんですけど、……でも、……其のぉ、……全く、……ありがとうございます!)
「はい! 謹(つつし)んで、喜んで受け賜(たまわ)ります!」
 プロポーズ返しを承(うけたまわ)る恐悦至極(きょうえつしごく)の礼を言った途端、ボロボロと涙が零れ出して止まらない。
(……本当に、僕で良いんですかぁ……)
 この嬉しさの向こうの、明るい喜びで包まれる幸せな日々へ、君と二人で一刻(いっこく)も早く辿(たど)り着きたいと思う。
「嬉しい。凄く、嬉しい!」
 彼女の喜ぶ声が、耳の奥底で木霊(こだま)して、僕の身体中の全細胞を貫(つらぬ)く様に響いている。
(大好きだ!)
 以前も、大好きだった……。
 遠くに、近くに、君を見ていた時。
 ちぐはぐでも、メールで繋がっていた時。
 ……それ以外の君を、僕は知らなかった。
(好きになって、大好きになって、好きになれば、なるほど、君を疑う気持ちが強くなっていた……。もっと近くで、もっと長く、君と繋がっていたい。身体も、心も……)
「僕もだよ! この嬉しさを、君に、何て伝えよう? ……心から愛しています」
 嬉しさの勢いが、声を大きくさせた。
 もっと、もっと、僕は両手で君を抱き上げて、この真摯な気持ちを何度も、何度も、叫びたい!
(なんという一体感! 今、君と僕は心を一つにして、同じ想いに感動する心が、嬉しさで震えている!)
 僕の頬を、君の頬に触れさせて、頬摺(ほおず)りしたい衝動に駆られてしまう。
(君と、ディープなキスを、僕はしたいんだあ!)
「私も、あなたを、心から愛しています。……うふ、もっと、言葉を選びたいのに、お互い、在り来たりなラブコールになっちゃうね」
 本当に、彼女の言う通りだと思う。
 前以って考えて選らん言葉は、場違いなニュアンスになり、其の時、其の場のアドリブ的に思い付く言葉は、いつも、何時か、何処かで聞いたか、読んだりしたような、在り来たりになってしまうんだ。
「ああ、そうだね。もっと、言葉を探して、君と僕が、ウルウル感動しちゃうくらいのを選んで言いたかったのに、結局、思い付くのは、普通の愛の誓いになっちゃったな」
 鼻声になった彼女に、僕は、『ヤバイ、しまったぁ』と思う。
 僕は電話越しに、彼女へ近付き過ぎていた。
 其の近付き過ぎている心地好さに、携帯電話越しだけで済まそうとしていたのに気付いて、僕は自戒(じかい)する。
「……泣いているよ。私……」
(電話越しの……、愛の誓いかぁ……。これじゃあ、ダメだなぁ……)
 彼女も、僕も、涙を流すくらい感動しているけれど、この感動は、想い求めた出逢いが叶ったのと、互いが愛しくてキスをし合ったのと、今の時刻、ミッドナイトのハイテンションの所為で、そんな、ふわっとした麻酔(ますい)のような一時(いっとき)の感情の昂ぶりに、僕達は流されているだけかも知れない。
 これは何としても、仕切り直しをすべきだと思った。
「うん、愚図(ぐず)る声で分かるよ。んん、もしかして、僕と同じで、浜の風で風邪を引きそうになっているとか? 違う?」
 詰まらないジョークを言いながら、僕は、『あれは、一時の気の迷いなの! 無かった事にしてちょうだい!』なんて、彼女から悲哀(ひあい)の声を聞かされない為の仕切り直しを考える。
「うんもう、ちゃかさないで! 違うよ、バカ!」
 困った時の彼女が使う、『バカ!』の響きは、気持ち良い。
 次に会うまでに何度、電話の声とメールの文字を交し合うだろう。
 彼女から、プロポーズの話に触れて来るだろうか?
 僕から、プロポーズへ話題を振って、更に進展させるべきなのだろうか?
 彼女からのツッコミを、僕は上手く切り返せるだろうか?
「アハハッ、ごめん。……僕も涙ぐんでる。……ありがとう」
 鼻声で期待を込めた感謝の言葉を言いながら僕は、揃いのカラフルなファッションリングと、ファンタジーなピアスを次に会う時にはプレゼントして、その次は、エンゲージリングを添えて仕切り直しのプロポーズをしようと決めた。
 ファションリングと、ピアスと、プロポーズのリングは二人で選び、マリッジリングは僕の限界額を超えても、彼女の希望を叶えたい。
「私こそ、ありがとう」
 嬉しい彼女の言葉を聞きながら、移動で疲れた彼女を、早く就寝させなければと思う。なのに、『おやすみ』と告げるのを躊躇ってしまう。
 眠り、朝が来て起床する事でリセットされる毎日、昨夜の寝るまでを御浚いして、日常のコンティニューを始める。だが、昨日の僕との出逢いは、彼女にとっては非日常で、殆ど、続きを意識しないかも知れない。
 彼女は気持ちは僕とのコンティニューがされずに、明日からは通常の大学へ通う日常へ戻ってしまう。だから、彼女の眠りの中で、ミラクルな今日を思い出す目覚めの良い夢を見させたいと思った。
(『おやすみ』と、言う前に、今日のハイテンションを夢の中まで持ち込めるように、ハネムーンの相談でもしようか)
 世界中の何処でも、行ける手立てが有る場所なら、彼女が望む場所、僕が行きたい所、何処へでも行こう。
 彼女の行きたい場所は、北イタリアのコモ湖とミラノだった。
 北部イタリアならベネチアでゴンドラに乗り、アドリア海やリビエラでディナーだ。
 時が止まるフェレンツェのドーモの天辺で、夕陽を眺めて、坂だらけのナポリをジレラで走り回り、
南西端のメッシーナ海峡を渡り、シチリア島へも行く。
 ちょっと治安が不安だけど、南のタラントまで行きたい。
 山岳都市と丘の上のシャトーは、レンタルしたフィアットで廻りたいと思う。
 ハネムーンに限らず、夏の一番良いシーズンには、フランスやイベリア半島の小さくて美しい村をルノーやシトロエンで廻るのもいいと思う。
 ドイツの山の上や川沿いの小さな城も、魅力的だ。
 冬はトロピカルなブルーコーラルで過ごそう。そして、サザンクロスや蠍座(さそりざ)の赤いアンタレスを観に南半球へも行こう。
 仕事の稼ぎは、全て君に渡すつもりだから、トラベルの計画は君に全権を委任する。
(約束する! 誓う! 僕は、君を幸せにする為に生きるよ)
 僕と彼女の欠伸(あくび)がハモるまで話せれば、きっと夢見も、『夢で会いましょう』みたいにシンクロすれば良いと思う。だけど、夜更(よふ)かしは互いの明日に寝不足として悪影響するだろう。
 寝不足は予期しない不測の事態を招く恐れが有るから、僕は、どうか、『素敵な今日』を彼女がリセットしないように願いながら、言葉を添えて『おやすみ』を告げる事にした。
「これから、寝る前に御風呂(おふろ)に入るんだろう? こんな遅い時間だから、湯船(ゆぶね)で寝ないように、気を付けてね。それじゃあ、また明日。おやすみぃ」

 

……完(僕)

後編 ザ・マムートのフィナーレ(ザ・マムート・ツヴァイの戦い <超重戦車E-100Ⅱ 1945/3/29~5/7>)

 

1945年
* 5月4日 (金曜日) アルテンプラトウ村 駅舎前から街道口へ
 800mの距離から撃破した4輌のスターリン戦車が燃(も)え盛(さか)る東方のブラッティン村を、ソ連軍から奪(うば)い返す防衛隊の兵士達の様子を見ながら、車長のメルキセデク軍曹は、マムートをアルテンプラトウ駅舎前から木材工場の煉瓦塀(れんがべい)と並木の影へ後退させて停止させた。
 停止すると直(す)ぐに、バラキエル伍長は砲身と俯仰角(ふぎょうかく)を固定する歯車の状態を調べ、ラグエルとイスラフェルの2人は、砲塔上面の装填手(そうてんしゅ)用と砲塔後部のハッチから出て、車体後部上面のグリルを全(すべ)て開いて、エンジンルーム内へ潜(もぐ)り込み、燃料やオイルの漏(も)れに振動や音の異常、それに、空冷されずに高温のままの赤い部分の有無(うむ)を点検する。
 僕は傍受(ぼうじゅ)する無線の様子から、再度、接近して攻勢を掛けようとするソ連軍がいない事を、軍曹へ報告すると、軍曹の指示で、『ブラッティン村の敵威力偵察隊の撃滅と、今夜夜半には、予定の守備位置へ到着できる』の旨(むね)を暗号文にして、半周防衛陣を構成する第12軍の司令部へ新型無線機の送信出力を長距離用に上げて伝えた。
 それから僕は、変速装置と駆動軸の点検を終えたタブリスに付き添(そ)い、全部の履板(りばん)のジョイント部分は罅割(ひびわ)れや欠損(けっそん)の有無を調べて、異常が有れば白色のペンキで印を付け、更(さら)に、連結ピンに緩(ゆる)みが有れば、締(し)め付けてから僅(わず)かに弛(たる)みが増えた履体(りたい)を定位置まで張り直(なお)す。そして、調整と異常の状況を軍曹に報告する。
 ジョイント部分は3箇所に小さな欠けと皹が見付かり、5本のピンが少し緩んでいただけで、走行に支障が有るような重大な問題は見付から無かった。
 軍曹とバラキエル伍長は、『ソ連軍に、増援の来る様子(ようす)が無いか見て来る』と、駅舎の2階へ駆け上がって、窓から双眼鏡で暫(しばら)く東と北の方を見ていたが、敵に其(そ)の動きの気配(けはい)は無かったらしく、のんびりと歩いて戻って来た。
 其の軍曹の手には、駅舎の待合室に残されていたのだろうか、婦人物で水色の日傘(ひがさ)が握(にぎ)られていた。
 傷の治(なお)りに差(さ)し障(さわ)りが有る直射日光を遮(さえぎ)る陽射(ひざ)し除(よ)けだそうだけど、無線に入るラジオ放送から、『薄い曇り日が続くだろう』と聞いていたので、暫くは強い陽差しの日は無くて、防水処理がされていない日傘の布では、小雨でも凌(しの)げないのにと思う。
 --------------------
 国道に出る直前の踏み切りに遮断機が下りて、直前を軽便鉄道に運用されるような箱型の蒸気機関車に牽引(けんいん)された3両編成の列車が、ずらりと軽傷の負傷兵が客車の屋根に乗り、客室には歩けない重傷の兵士と婦女子がギュウ詰め満員状態で押し込まれ、デッキには小銃や短機関銃を持った警護兵が幾人も立って沿線を警戒(けいかい)しながら、マムートによって安全を確保された線路を、複合橋が在る北方のフッシュベック村や、鉄道橋が架(か)かるシェーンハウゼンの町を目指して、ゴトゴト揺れながら走って行った。
 これから、ソ連軍に攻め込まれてゲンティンの町が占領されるまで、夜を徹(てっ)して鉄道を往復運行させて、逃(のが)れて来た傷病兵や避難民を、北方のエルベ川を渡河(とか)できる地点まで運んで行くのだろう。
 遮断機が鉄道公社の職員と警護の国民突撃隊員によって手動で上げられると、待機していた防衛隊のヒトラーユーゲント達が、国道を北西へ逃れて行く多数の難民達を遮って、フェアヒラント村への街道口までマムートを誘導してくれた。
 其処(そこ)へ国道から戦闘の成り行きを見ていた行政官が笑顔で走り寄って来て、感謝と感激しているのが分る大きな声で言った。
「ジーク・ハイル! お見事でした、軍曹殿。圧倒的な勝利に我々の士気は、一気にあがりました」
 踵(かかと)を鳴らして、身に染(し)み込んだ右手を上げる敬礼姿勢の行政官はマムートの活躍(かつやく)を讃(たた)えると、運行が再開されて通り過ぎて行った列車を指差し、行政官は興奮して甲高(かんだか)くなった大声で言葉を続ける。
「既(すで)に夕刻が近くなっているので、ソ連空軍機の襲来は、もう、今日は無いでしょうから、たぶん、明日の昼過ぎ頃までは、避難列車の運行を続けられます。難民列車を再開できたのは、とても良かったです。軍曹の御蔭(おかげ)ですよ。……しかし、戦争はドイツの負けで終わりです。明日の午後には、このアルテンプラトウ村や運河向こうのゲンティンの町は、3方からソ連軍に包囲されるでしょう。もうこれ以上、誰も、何も、失いたくは有りませんから、私達は、降伏の白旗を掲(かか)げます」
 再び、踵を鳴らして右手を上げる行政官は、別れに祝福の言葉を添えた。
「軍曹殿、乗員の皆さん、御武運を!」

 降伏した町のナチス党の政策を履行(りこう)する行政官は、町を占領したソ連軍によって戦犯として公開処刑されるに決まっている。そして、其の行政官の家族は、シベリアの強制労働の収容所送りになって、二度とドイツへ戻って来る事は無いだろう。
 それを覚悟(かくご)しての町を降伏させる行政官は、役場の執務室で眼下の広場にソ連軍の戦車が雪崩(なだれ)れ込んで来るのを見ながら、家族と一緒に自殺するのだと、行政官の歪(ゆが)んだ笑顔を見て察した。

 
f:id:shannon-wakky:20170603073709j:plain

 * 5月4日 (金曜日) アルテンプラトウ村からフェアヒラント村への街道を進む
 操縦手のタブリスはメルキセデク軍曹に命じられ、街道をフェアヒラント村のフェリー乗り場へ向かう避難民達の遅い歩きよりも遅い、其の半分以下の速度で、路面が崩れる様子を見ながら、マムートを慎重に進ませている。
 陽は西へ更に傾き、直(じき)に、村の高い建物の屋根の後ろへ隠(かく)れそうになっている。
 森の中に入ると斜陽は、木々の頂(いただ)きを薄赤く照らすだけで、影になった薄暗い街道は、中世から噂(うわさ)される魔物が、脇の茂(しげ)みから襲い掛かって来そうなくらいに不気味(ぶきみ)な感じがする。
 アルテンプラトウ村の家並みを過ぎると、約4㎞離れたニーレボック村までは、ほぼ一直線の街道になる。
 途中の3㎞ばかりは、高い木立の赤松が鬱蒼と立ち並ぶ、暗い森を抜けて行かねばならない。
 道幅がマムートの車幅より1mばかりしか広くない街道の路面は、細かい砂礫(されき)と瓦片(かわらへん)や煉瓦片(れんがへん)を、更に砕(くだ)いた屑(くず)を敷き詰めて、馬車や人が通り易(やす)くされていたのに、マムートの重量がキャタピラのパターンを圧(お)し着けながら作られる轍(わだち)で路肩を崩(くず)して、道路を凸凹(でこぼこ)にしてしまう。
 少し大きく凹(へこ)ませる度(たび)に停止して、突然に大きな穴が開いて、マムートが落ち込んでしまうような軟弱な地盤ではないかと、路面を良く調べてから移動を再開していた。
 重量物を置いたりする工場の敷地内や大型の運送車輌が行き来する国道なら、ほぼ安心してマムートを動かせたが、荷馬車と人と軽量車が通るだけの地方街道は、何処も雨上がりに水溜りや轍が出来易い圧し固めの弱い路面状態で、1mもの幅広の履帯が重量を分散させているとはいえ、運転に自身を付けて来たタブリスの横顔はスタックする不安に歪(ゆが)んでいる。
 タブリスの心配顔に、『路上以外を走らせるな』と、メルキセデク軍曹は命じていた。
 左右に広がる松の木の森は、太い幹と高い樹高で鬱蒼(うっそう)として暗く、同じようにアルテンプラトウ村から松の森の中をゲンティンヴァルテ村へ抜け、更に北西へ、レーデキン村を過ぎて進み続けると、第12軍の防衛の最大拠点とエルベ川の主渡河地点へと至る国道107号線は、こちらの街道みたいに、国道の両脇に幾つもの障害物や対戦車を備(そな)えた陣地が造られているはずなのに、西陽が作る影と森の見通しの悪さで全(まった)く見えていない。
 森は緩やかな丘を覆(おお)っていて中程まで続く僅かな傾斜の登り坂と少しの曲がりの為に、アルテンプラトウ村からは、紅(あか)く染(そ)まって来た空を背景に浮き上がるレーデキン村の教会の尖塔が見えなかった。
 森の中の街道はマムートが通り過ぎると、道脇の太い松ノ木を工兵達がカンテラの灯(あか)りを頼(たよ)りに街道を塞(ふさ)ぐ障害物として3、4本切り倒した。そして、其の手前には手榴弾と結(むす)んだ対戦車地雷が千鳥に埋設され、障害物周辺にも、引っ掛けたワイヤーや触角で起爆する対人地雷の罠(わな)が仕掛けられた。
 切り倒した松の大木の障害物と爆薬の罠は、アルテンプラトウ村から曲がりまでの中間地点、曲がり部、曲がりから森を抜(ぬ)けるまでの中間地点の3箇所に作られた。
 フェアヒラント村のフェリー乗り場へ向かおうとする車輌や馬車は、森のアルテンプラトウ村側で止められて残りの距離は街道を歩かされた。
 3箇所に施設された危険な障害物の部分は、防衛隊員達と憲兵達が誘導して、避難民達に敵が紛(まぎ)れ込んでいないか、確認しながら迂回(うかい)させている。
 曲がり部脇とニーレボック村側の森の出口には塹壕が掘られて、口径75㎜の対戦車砲と重機関銃が配備される2個小隊規模の陣地になっていた。
 小さな窪地で煮炊(にた)きする簡易ストーブの火に照らされる守備兵達は、殆(ほとん)どが僕達と同じくらいの20歳前の顔に見え、其の中に30歳前後のベテラン兵が混(ま)じっていた。
 誰もが、通り過ぎて行くマムートと車体上や砲塔上に腰掛けている僕達を見ていて、緊張混じりの笑顔で小さく手を振ってくれていた。
 小さな炎に照(て)らされる兵隊達の中に、丸メガネを掛けた40歳ぐらいの隊長らしき人の顔が見え、僕は其の顔に似ている人物を思い出していた。

f:id:shannon-wakky:20170603073757j:plain

  --------------------

* 5月4日 (金曜日) アルテンプラトウ村からフェアヒラント村への街道を進む
 操縦手のタブリスはメルキセデク軍曹に命じられ、街道をフェアヒラント村のフェリー乗り場へ向かう避難民達の遅い歩きよりも遅い、其の半分以下の速度で、路面が崩れる様子を見ながら、マムートを慎重に進ませている。
 陽は西へ更に傾き、直(じき)に、村の高い建物の屋根の後ろへ隠(かく)れそうになっている。
 森の中に入ると斜陽は、木々の頂(いただ)きを薄赤く照らすだけで、影になった薄暗い街道は、中世から噂(うわさ)される魔物が、脇の茂(しげ)みから襲い掛かって来そうなくらいに不気味(ぶきみ)な感じがする。
 アルテンプラトウ村の家並みを過ぎると、約4㎞離れたニーレボック村までは、ほぼ一直線の街道になる。
 途中の3㎞ばかりは、高い木立の赤松が鬱蒼と立ち並ぶ、暗い森を抜けて行かねばならない。
 道幅がマムートの車幅より1mばかりしか広くない街道の路面は、細かい砂礫(されき)と瓦片(かわらへん)や煉瓦片(れんがへん)を、更に砕(くだ)いた屑(くず)を敷き詰めて、馬車や人が通り易(やす)くされていたのに、マムートの重量がキャタピラのパターンを圧(お)し着けながら作られる轍(わだち)で路肩を崩(くず)して、道路を凸凹(でこぼこ)にしてしまう。
 少し大きく凹(へこ)ませる度(たび)に停止して、突然に大きな穴が開いて、マムートが落ち込んでしまうような軟弱な地盤ではないかと、路面を良く調べてから移動を再開していた。
 重量物を置いたりする工場の敷地内や大型の運送車輌が行き来する国道なら、ほぼ安心してマムートを動かせたが、荷馬車と人と軽量車が通るだけの地方街道は、何処も雨上がりに水溜りや轍が出来易い圧し固めの弱い路面状態で、1mもの幅広の履帯が重量を分散させているとはいえ、運転に自身を付けて来たタブリスの横顔はスタックする不安に歪(ゆが)んでいる。
 タブリスの心配顔に、『路上以外を走らせるな』と、メルキセデク軍曹は命じていた。
 左右に広がる松の木の森は、太い幹と高い樹高で鬱蒼(うっそう)として暗く、同じようにアルテンプラトウ村から松の森の中をゲンティンヴァルテ村へ抜け、更に北西へ、レーデキン村を過ぎて進み続けると、第12軍の防衛の最大拠点とエルベ川の主渡河地点へと至る国道107号線は、こちらの街道みたいに、国道の両脇に幾つもの障害物や対戦車を備(そな)えた陣地が造られているはずなのに、西陽が作る影と森の見通しの悪さで全(まった)く見えていない。
 森は緩やかな丘を覆(おお)っていて中程まで続く僅かな傾斜の登り坂と少しの曲がりの為に、アルテンプラトウ村からは、紅(あか)く染(そ)まって来た空を背景に浮き上がるレーデキン村の教会の尖塔が見えなかった。
 森の中の街道はマムートが通り過ぎると、道脇の太い松ノ木を工兵達がカンテラの灯(あか)りを頼(たよ)りに街道を塞(ふさ)ぐ障害物として3、4本切り倒した。そして、其の手前には手榴弾と結(むす)んだ対戦車地雷が千鳥に埋設され、障害物周辺にも、引っ掛けたワイヤーや触角で起爆する対人地雷の罠(わな)が仕掛けられた。
 切り倒した松の大木の障害物と爆薬の罠は、アルテンプラトウ村から曲がりまでの中間地点、曲がり部、曲がりから森を抜(ぬ)けるまでの中間地点の3箇所に作られた。
 フェアヒラント村のフェリー乗り場へ向かおうとする車輌や馬車は、森のアルテンプラトウ村側で止められて残りの距離は街道を歩かされた。
 3箇所に施設された危険な障害物の部分は、防衛隊員達と憲兵達が誘導して、避難民達に敵が紛(まぎ)れ込んでいないか、確認しながら迂回(うかい)させている。
 曲がり部脇とニーレボック村側の森の出口には塹壕が掘られて、口径75㎜の対戦車砲と重機関銃が配備される2個小隊規模の陣地になっていた。
 小さな窪地で煮炊(にた)きする簡易ストーブの火に照らされる守備兵達は、殆(ほとん)どが僕達と同じくらいの20歳前の顔に見え、其の中に30歳前後のベテラン兵が混(ま)じっていた。
 誰もが、通り過ぎて行くマムートと車体上や砲塔上に腰掛けている僕達を見ていて、緊張混じりの笑顔で小さく手を振ってくれていた。
 小さな炎に照(て)らされる兵隊達の中に、丸メガネを掛けた40歳ぐらいの隊長らしき人の顔が見え、僕は其の顔に似ている人物を思い出していた。
 --------------------
 学校で教わる社会と歴史の科目は、思想的要素や神話的要素が多く書かれていて、民族のルーツからの精神支配を強要されているような感じが、僕は苦手だった。
 実際に有ったかも知れない伝承からの神話は、御伽噺(おとぎばなし)のようで好きなのだけど、そんな超常現象みたいな出来事を現実と関連付ける授業には違和感(いわかん)を持っていた。
 だから、ヒトラー・ユーゲントの集いでリーダークラスが語る優越人種論とユダヤ人弾劾(だんがい)には、僕は表情や言葉にこそ現(あらわ)さなかったが、気持の底からうんざりしていた。
(歴史と世界に選ばれた優秀な民は、ドイツゲルマン人だ! ……なぁんて、嘘っぱちだった!)
 例(たと)え、ゲルマン民族のドイツ人に資質が有ったとしても、選民的なナチス思想で染められたドイツ人じゃない!
 世界を支配すべく蛮族(ばんぞく)のスラブをシベリアへ駆逐して、北極圏のバランツ海からウラル山脈の西側をカスピ海のボルガ川河口を結ぶまでのロシアの肥沃(ひよく)な西部地域と、フィンランドを除く北欧一帯に、併合したオールトリアを含むドイツ本国を合わせた土地を領土の範図とする、1千年の繁栄を約束されたゲルマン帝国に住まうのは、彫(ほ)りの深い顔立ちで金髪碧眼(へきがん)の白人、純粋種のアーリア人だ。
 深く思考をする理解の速い頭脳と高い運動能力を産まれながらに持つゲルマン人は、アーリア人直系の優越民族で、他の全ての民族はドイツゲルマン人に支配される為に存在する、家畜並みに劣等な奴等だと学校の優秀人種学の授業で教え込まれた。
 其のアーリア人は、古代に中央アジアのイラク辺りに居て、エジプト文化圏の中東アジアを攻めて支配したヒッタイト人と共に、ヒッタイト人が神と崇める神格の民から授かった製鉄技術を、更に、発展させて開発した、鉄製の武器と高度な戦術によってケルト人のヨーロッパに攻め込み支配した。
 人種学の授業は、古代の歴史ロマンも学ぶので、僕の得意な科目の1つだった。
 コーカソイドの白人で金髪の僕は授業内容から最優秀の純血種アーリア人かもと自惚(うぬぼ)れた。でも、僕の母方の祖母の両親はフランス人で、母は全然碧眼じゃないし、碧眼の僕はアジア人の平面顔ほどじゃないけれど、彫りが浅いと思う。
 口角泡(こうかくあわ)を飛ばしながら、総統や宣伝相の演説張りに力説する若い先生の人種学の授業を受ける度(たび)に、透(す)き通るような白い肌に金髪と碧眼の彫りの深い顔の骨格だけの外見判断で、ドイツゲルマン人が直系の純血種アーリア人とする根拠は曖昧(あいまい)だと、僕は感じていた。
 他の種の人体骨格と比べて、此処がこうなので、此処も違うからドイツゲルマン人は優れていて、他の種は劣等なのだ、なんて、それだけで優秀とか、有り得ないと思う。
 確かに、勤勉で生真面目なドイツ人は世界最先端の精密工業製品を開発して販売している。
 なのに、開発したドイツ人エンジニア達の写真を見る限り、金髪は少なかった。
 商売の才能は乏(とぼ)しくて融通が利(き)かないし、駆け引きは苦手だし、儲(もう)けは少ないしで、有名な大企業は何処もセールスと経理はユダヤ人任せだった。
 それに、新たな開発の発想は、ドイツ人以上に他民族が多く着想している。
 だから僕は、禁断スレスレの質問を、帰宅途中の先生に駆け寄ってしてみた。
「先生、人種学での質問をしても、宜(よろ)しいでしょうか?」
「おおっ、アルフォンス・シュミット君か。質問を認めよう。でも、通りでは、質問内容にもよるけれど、答えられないな。これは、お互いの為だよ。だから、君に時間が有るのなら、私に付いて来たまえ。先生の部屋で、君の質問に答えてあげよう」
 人種学と違って世界史を教えてくれる丸メガネを掛けた初老の先生は、いつも穏(おだ)やかなしゃべりで、全生徒の名前を覚(おぼ)えていて、いつもフルネームで呼ぶ。
 ピシッと、叱(しか)る事は有っても、命令調で断定と肯定ばかりの他の教師達とは違って、激昂(げきこう)の怒りで怒鳴(どな)ったり、体罰を振るう姿を見た事が無かった。
 アパートに間借(まが)りした先生の部屋で、蓄(たくわ)えていた配給品から提供してくれたのだろう、砂糖を多く入れたホットミルクを僕だけが飲みながら、質問の続きをした。
「ゲルマン人と直結するアーリア人は、なぜ、中央アジアにいたのですか? 先生」
「普通は鵜呑(うの)みにして、疑問を持たない子ばかりだけど、君は違うのだな、アルフォンス・シュミット君」
 まだ熱くて飲めないホットミルクに、ふぅ、ふぅ、と、息を吹き掛ける僕を覗き込む先生の目を見て頷いた。
「私が読んだり、調べたりした書物には、何処から来たの書かれていませんでしたが、他の民族とは交わりを持たないまま、中央アジアに散らばっていた放牧民じゃないかと、私は考えています」
「或(あ)る時、彼らはオアシス周りの砂礫の土地を耕(たがや)し、安定した収穫の農耕による定住をしようと考えました。それは既に得た炭作りと金属を溶(と)かす技術で作った青銅の農具を用いて始めたのですが、小粒でも硬い砂礫に青銅は曲がり、欠(か)けて、削(けず)れて、直ぐに使えなくなりました。彼らは青銅よりも硬い金属を求めて、幾つもの鉱物を錬金術のように試したのです。そして、より高い熱を得る為の強い風が通る丘の上に造った溶鉱炉で、遂に砂鉄を溶かして鉄器を作る事に成功しました」
「アーリア人が世界で初めて、鉄器をつくったんですか? 先生」
「ああ、そういう事になっているね。でも、製造に参加していたのは、アーリア人だけじゃなかったのさ。神格に教えられた製鉄技術を千年以上も隠して、そして、受け継いで来たヒッタイト人も一緒に、開発と改良に取り組んでいたと思う。だけど、技術を発展させる着想と研究はアーリア人特有の資質だったのだよ。ヒッタイト人の宗教の根幹(こんかん)も、アーリア人の神と宗教の教えだから、ヒッタイト人は、尊敬と畏怖(いふ)の意味を込めて『優(すぐ)れた者』、即(すなわ)ち、『アーリア』と呼んで讃(たた)えたのさ。此処(ここ)までは解るかな、アルフォンス・シュミット君」
「ええ、ありがとうございます。解(わか)り易いです、先生。でも、鉄の利用は、アッシリア人になってますよ」
 僕は、ニコニコ顔の先生に、感謝の意と新たな疑問を問う。
「そうだね。現在は、トルコの国になっている小アジア半島東部のアナトリアに居(い)たヒッタイト人は、直ぐに鉄で武器を作って、南方の憧(あこが)れの文明国を征服しようと攻めたんだ。結果はエジプト本土へ攻め入れないまま講和停戦となってしまった。その国力を消耗したヒッタイトを征服したのが、イラク北部を支配していたアッシリアだ。そして、ヒッタイトが秘匿(ひとく)していた鉄の製造技術を奪(うば)ったという訳だよ。その後は、アッシリアが全(すべ)ての戦争に鉄の武器を使ったから、まるで、アッシリアが世界史で最初に鉄を製造しかのようになってしまった。だが違う。最初に鉄を製造して利用したのは、アーリア人とヒッタイト人だ!」
 冷(さ)めて来たホットミルクを2口啜(すす)った僕は、興味深深で聞き入っている。
「イラン北部とトルコ東部は国境を接している。イランという国名はアーリアと同義の『優れた民』だそうだ。アーリア人が住んでいた中央アジアのイラン北部は、ヒッタイト人が居たアナトリアの御近所さんなんだよ。因(ちな)みにイラクの意味は、川に挟まれた豊かな地という名の古代都市国家と同じらしい」
「イランとイラクは、国名が似てますけど、民族が違っていそうですね。先生」
「面白いところに気付いたみたいだね。アルフォンス・シュミット君。ちょっと脱線するけど、そうなんだ。イラン人はアーリア人の直系の民、ぺルジャ人。イラク人はアッシリア人系のアラブ人。そうなるのだろうなあ。鉄の製造に必要な木炭を作るのに、ヒッタイト人がアーリア人の土地の木まで伐採(ばっさい)し過ぎたから、乾燥し易い内陸気候の中央アジアは砂漠化が進んで、アーリア人の農耕定住に相応(ふさわ)しくない土地になってしまった。故(ゆえ)に、新たに安住の地を求めてアーリア人の移動が始まったと、先生は考えています」
「土地が痩(や)せて住めなくなってしまったんですか……。それで全員が、はるばるヨーロッパまで移動したのですか? でも、なぜ、東の中国じゃなくて、西なのでしょう? 先生」
「いや、たぶん、意見が分かれて仕舞い、大小のグループが全方角へ移動していったと思います。まあ、其の方が、民族が絶滅し難(にく)いですよね。中国方面はヒマラヤ山脈や崑崙(こんろん)山脈の連なる高山と、広大な砂漠に阻(はば)まれるまで移動して、現在のペルシャ系の住民の先祖になったのでしょう。其処から南のアラビア海まで移動したグループは、更に海沿いを東へ進み、インドに到達しました。インド人はアーリア種と違いますが、カースト制度の最上階のバラモンとマハラジャはアーリア人です。彼らの進んだ思想と武器が、土着民の支配を成功させたのです」
「あの奴隷制みたいなカーストは、アーリア人が作ったのですか? 先生!」
 アーリア人が賢(かしこ)くて支配層になるのは分かる。でも、傍目(はため)には理解できない非人間的な扱(あつか)いを強(し)いるカーストを整備したのも、アーリア人だなんて、ペルシャ人が子孫説と共に、先生の話は驚く事ばかりだ。
(……となると、ゲルマンドイツ人が直系と説(と)くナチスは、公表できない非道な事を強制収容所の中で行っているかも知れない……)
「だね。アルフォンス・シュミット君。北へ向かったグループはロシア王朝の始祖(しそ)になって、農奴体制をスラブ人に強いたんだ。そして、西方は、当時最先端のギリシャやローマが栄えていた、憧れの地中海文明圏が在り、人気が有った。だから、多くのグループが地中海沿岸の文明と友好を結んで、北ヨーロッパの森林地帯へ移住したのだ。だが、北ヨーロッパにはローマ人が蛮族と呼んで、忌(い)み嫌う強力なケルト人が住んでいた。当然、ケルト人は侵入するアーリア人を排除する為に戦いを挑(いど)んでくる。ローマ人を撃退したケルト人は戦い慣(な)れしていて、地の利を活(い)かした戦術は侮(あなど)れない。しかし、ケルト人の武器は青銅製だ。強度を保つ為に太くした刀剣と、防御力を高めて厚くした盾は、重くて取り回しに苦労する。刃先(はさき)も直ぐに破損してしまう。切るや刺(さ)すより、叩(たた)くや殴(なぐ)るに近いダメージしか敵に与えない。それに対して、アーリア人の鉄製武器は、同じ大きさなら青銅よりも軽くて強靭(きょうじん)だった。切っ先は鋭(するど)く研(と)がれて、皮の鎧(よろい)ごと骨まで断(た)ち切られた。そして、アーリア人はケルト人を追い詰めて支配した」
「それって、ヨーロッパの王朝や貴族の始祖もアーリア人って事なんですね。先生」
「そう、察(さっ)しがいい、アルフォンス・シュミット君。此処までは理解したみたいだから、これから先生が話す事は、疑問への君の呟(つぶや)き程度で記憶してくれればいいし、さらりと忘れてくれてもいい。でも、他言してはダメです。今は秘密にしてくれたまえ。先生は、誰にも変な考えを話していませんし、そもそも、そんな考えを持っていない事にします」
(これから、先生が言おうとしているのは、ナチスのアーリア人種論を否定する事だと思う。僕が密告すれば、先生は逮捕されて、警察で拷問(ごうもん)での自供、挙句(あげく)に刑務所ではなくて強制収容所で思想修正の労働と洗脳だ。従順にならないと死ぬまで強制労働をさせられるだろう。そして、密告した僕もどうなるか分からない。それに、先生が異分子を摘発する秘密警察かも知れない。誘導で話を聞いた僕を逮捕する恐(おそ)れも有る。でも、そうでなかったら、納得できる考えを先生から聞ける。聞いてしまったら、僕は非常に危険な立場になるかも知れないけれど、まっ、かまわないか)
「分かりました、先生。秘密にします。他言はしません。先生も話していません」
  10歳に成(な)ると強制的に入団させられるヒトラーユーゲントの信条は、個人よりも全体が最優先だ。
 家庭や学校よりも、『国家と民族の為に』が大事とされ、『1人の完全なドイツ人に成る為』、『民族と国家の為に喜んで命を捧(ささ)げる国民になる』が重視される。
 だから団員達は、其の信条に反逆する思想で話しと行為を行う親友や家族を平気で告発して、保安局やゲシュタポに逮捕させ、思想矯正(きょうせい)や重労働の強制収容所へ送り込む。だが、僕はアナーキーという言葉を辞書で見て覚えている。
 無政府主義者の意味だ。
 世間一般やルーツの枠(わく)に嵌(は)まらない行動と考えをする、無粋(ぶすい)な悪役っぽい連中で、怠惰や疎外でのドロップアウトとは違うアウトローと似たような者達だ。
 僕は、そんなヒールモドキに、少し憧れていた。
(アンチ・ナチスの考えを聞いて秘密にすれば、僕もアナーキーらしくなれるのかもだな)
「先生は、ゲルマンドイツがアーリア人の純粋直系という説は、根拠に乏しいと考えています」
(おおぅ……。先生は考えを声にして僕に語(かた)ってしまった……。先生は国家反逆の罪だ!)
 だけど、僕も、そう考えている。
(僕は先生を告発したり、密告したりしないし、したくない)
「ゲルマン人はもともと、北欧を主にした北海周辺の土地にいたんだ。海賊のバイキングもゲルマン人だな。彼らは、中央アジアの草原に興(お)きたフン帝国のヨーロッパ侵攻に恐れをなして、ゲルマニアへ移動する。ゲルマニアはカイザーのドイツ帝国の領域と大体同じですね。フン族は東ヨーロッパから攻めて来たのだから、ゲルマン人は、その侵攻方向へ移動してしまったんだ。放牧と狩猟に日々の糧(かて)を得て定住地を待たない、矯正した平面顔に両頬の刀傷を自(みずか)ら付ける、その巧(たく)みな弓術に長(ちょう)けた騎馬民族は、神話に登場する凶暴な北極の蛮族、ケイオスのように想像されて、ゲルマン人達は北欧から南の中央ヨーロッパへ逃げてしまったのだろう。結果、ゲルマン人は見事に蹴散(けち)らされて、ヨーロッパ全体へ散り散りだ。それに勢い付いたフン族は、ガリアの西ゴート帝国まで征服して略奪の限りを尽くすと、東ヨーロッパの彼方(かなた)へ引き上げたという経緯なのです」
 確(たし)か、ガリアは、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクと、その周辺のフランスとドイツの範囲だったはず。
 北極のケイオス族って、北欧神話やドイツ神話に登場して、どんな蛮行を働いたのか、覚えが無くて分らない。
「だから、アルフォンス・シュミット君。アーリア人とゲルマン人は交わっているとは思うけれど、直系ではないんだよ。先生は写真で見て比べた事しかないけれど、イラン人達の顔付きと、ゲルマンドイツ人の顔付きは違うんだ。党が力説する直系説は、殆どが捏造(ねつぞう)で、国民を統率して世界征服する侵略戦争を継続する為の、選民意識を植え込む、洗脳のプロパガンダなんですよ」
 ナチスのプロパガンダと言い切って話し終た先生の僕を見る顔は、僕を部屋へ招待した時よりも、ずっと明るくて穏やかになっていた。
「それとですね。先生は別の考え方を持っています。党のアーリア人純血種論と対極になる考えですが。アルフォンス・シュミット君、聞いてくれますか?」
 先生は今、個人しての考えを纏(まと)めたアーリア人のルーツを僕に説明してくれた。
 其の考えは、非常に危険で反社会的だと思う。だけど、僕の立ち消えの疑問を全て向きを揃(そろ)えて繋げてくれた。
(とても博学で勇敢だ。僕は今、心の底から先生を敬(うやま)っている。だから……)
「是非、聞かせて下さい、先生! 今日、僕は先生に初めて質問をして、先生と初めて話しました。そして、先生の考えは僕を豊(ゆた)かにしています」
 先生の言う純血種と対極になる考えは、きっと、アーリア人のルーツのように理屈に叶(かな)った、納得できる内容だと思わせ、僕は非常に興味を啜(そそ)られる。
「君は熱心なキリスト教の信者かな、アルフォンス・シュミット君。あまり熱心じゃなくても、旧約聖書のバベルの塔は知っているでしょう。あのノアの箱舟の後、ノアの子孫は凄く増えて、神罰の大洪水の前よりも人類は多くなりました。そして、『人々が世界中に広がるように』という神の意思に反して、新技術と知恵と協力で神が住まう高みまで、巨大な塔を建設して、『神と人の対等性』を実力で示し、『この住み心地の良い恵(めぐ)まれた地を離れない』という、断固とした考えを現しました。この神の命に叛(そむ)く、自らに似せて創造した人間の高慢(こうまん)な行為に怒った神は、激しい雷(いかずち)の連撃で塔を崩し、わざわざ地上に降臨してまで、多彩な言語を押し付けて単一の言葉と乱(みだ)します。そして、通じない言葉に動揺する人々を単一の留(とど)まる地から世界中の地へと無理やり散らします。ここまでは分りますね」
 僕は頷いて、理解出来ている事を示す。
「はい、分ります」
 モーゼがシナイ山で神から授かった十戒(じっかい)は、散らばった人々が各地で文明を興して繁栄している世界で、バベルの塔より、ずっと後の出来事だ。
 再び高度な技術と組織で繁栄し出した人類を恐れた神は、石板に雷で刻み付けた十戒の戒(いまし)めにより、人類の統一を阻(はば)む更なる暗示を契約の形で記したのだと思う。
 戒めに契約、阻む作為は幾度も行われて、善にも、悪にも受け入れられる、神からの数多くの戒律(かいりつ)で人類は何重にも枷(かせ)を掛けられてしまった。
「先生は、この神の怒りは、塔を崩して言葉を乱し、人々を全ての地へ追い立てるだけでは無かったと思います。それに、今日(こんにち)を鑑みて、きっと、人の思考と能力と行為の全てを雑多に乱して、将来、人種別、民族別に纏まって血種の境界を作り、相容(あいい)れない異種と争うように分別したのです。それを行う故の降臨でしょう。これは由々しき神罰です」
 増え過ぎたノアの子孫達を世界中へ散らばらせる、旧約聖書の創世記11章の、神が人の業(ごう)と言った人間達の成し遂げる行為や驕(おご)りと高慢を戒める教えだ。
「乱した言葉の種類は、たぶん、現在の数百倍にもなる多さだったでしょう。それでも人々は、同じ言語、類似の表現と集って彼の地を後にします。そして、雑多に乱された言葉は、数千年を経て徐々に今日の数まで淘汰(とうた)されたのです」
(なぜ神は、遣り遂げる人間達の意志と成果を祝福しなかったのだろう? なぜ神は、言葉と意思を乱してゴチャゴチャのバベル状態にしたのだろう?)
「バベルの塔を崩した神の怒(いか)りは、神の焦(あせ)りだと、先生は考えるのですよ。人が思案、思考して得た新技術に、単一の言葉による統一された人の意思の孤高(ここう)。これは逆に言うと、新技術の発展で人は神の領域に達する寸前だったとう事です。だから、現代に於いて、異人種と異民族での交配を繰り返して、全ての遺伝子と細胞記憶を持つ人達ばかりになれば、彼らは神に等(ひと)しくなれるかも知れないのです」
 先生が話す事を、僕は今まで全く考えもしなかった。
(神が人類を貶(おとし)めた逆をすれば、神の脅威(きょうい)となる高みへ至れる人類に戻れるって事だ! それは、とても素晴らしい事じゃないかな)
「でも先生、散らされた人々の遺伝子と細胞記憶は、みんな同じだったのでしょう。それならば、現代人は意思の疎通を統一するだけで、神へ挑戦できないのですか?」
 頷(うなず)いた先生は、直ぐに回答してくれた。
「神は、とても賢いのです。人間が得られない叡智(えいち)を持ち、成し得ない所業を行なえます。人々を似た言語と容姿で小さく分けたと同時に、全てのグループは長所短所の凸凹(おうとつ)をつけられて他と噛(か)み合い難(にく)くさせました。それは、例え全ての遺伝子と細胞記憶を有した人類になれたとしても、人類が統一言語でコミュニケートして一つに纏まらなければ、孤高の人類には至(いた)れないという事なのです」
(このままでは全人類が、ソドムやゴモラのような塩の柱にされてしまったり、沈下する全地表と激しく降り続く長雨で溺(おぼ)れてしまって、滅亡(めつぼう)するかも知れない)
「人類が、民族主義や国家主義、それに思想主義で戦争を繰り返すのは、全てを統合した孤高の人類が誕生しないようにする、神の作為(さくい)なのかも知れません」
 幸せの定義まで、神は裁(さば)き、調停者のように押し付けて来る。
「孤高の人種を再現させて更なる思考と技術の開発に至った人類は、神に匹敵(ひってき)するほどになるでしょう。其の時に地上は天上界のような楽園、創世記のエデンの園とは違う約束のエデンの地になるのだと、先生は考えています」
 荒唐無稽(こうとうむけい)で壮大(そうだい)だけれども、確かに先生の考えは納得できて、そうかも知れない、そうなれば良いと、僕は思ってしまった。
「統合進化した新人類は、究極(きゅうきょく)のエデンの楽園を創造(そうぞう)するのですか? 先生……」
 自分の中で整理したいだけのオウム返しに言った僕の問いに、先生は笑う。
「あはははは、そうですね。今の戦争や不平等な社会を繰り返す人類は、創世記に約束の地のカナンから東へ逃げたような、エデンの東にいるのではないかとも思っています。ここからエデンへはティムシェル……、『汝(なんじ)は治(おさ)める事が出来る』と解釈されていますが、『自分の運命は自分で切り開く』の意味でもあって、それを全人間が成し遂(と)げなければ戻れ……、至れないのです。試(だめ)しに来た神が認めて、『イスラエル』と改名させた家出人『ヤコブ』のようにです」
(名前まで変えて今までとは考えも、行いも一新して善良になってしまう統一新人類は、何と呼ばれるのだろう?)
「そう、単一種族内で交配される純血種とは、真逆の考えですね。今のドイツでは非常に危険な思考で、たぶん、あなた以外の誰かに知られると、此処にゲシュタポが来て連行され、拷問自白の果てに、先生は思想改革で強制収容所に収監(しゅうかん)されます」
 そう、先生の言う通りだと思った。
 『業』は、唯一(ゆいいつ)の神がバベルの塔を崩して人々の声と言葉を乱(みだ)すまで無かった言葉だ。
 神は人間達を小さな括(くく)りで小分けして世界中に散りばめた。
 其の小さく括られた人間達を民族や思想の王が、狭(せま)い範囲の土地に縛(しば)って支配した。
 小さな領地に留まらせて支配される少ない人間達は、幾世代に渡る長い年月の間、自分達の中で交配を繰り返し、其の近親間のような交(まじ)わりは、稀(まれ)に知能の高い非常に優秀な人物を誕生させたが、多くの知能的、肉体的、障害者を産み、人類全体を劣化させてしまった。
(言葉を乱して人類に纏まりを失わせたのは、神の業だ! 人類を劣化させてまで人身を支配したがるのは、人の業だ! 人の心のカオスは、神が人類に与えた苦しみの呪(のろ)いだ! 本当に神は、人類を高貴な位(くらい)へ到達させたくないらしい)
 古代、神の声を聞くモーゼがエジプトからカナンの地へ導(みちび)いた民は彷徨(さまよ)えるヘブライ人達だった。
 ヘブライ人達はイスラエル王国とユダ王国を建国したが、アッシリアと新興バビロニアの侵略で滅亡されてユダヤ人と呼ばれるようになった。
 更に後年、ローマ帝国が侵略してユダヤ人は蹴散(けち)らされ、流浪(るろう)のディアスポラの民となり、約束のカナンの地はパレスチナの名に換えられて、留まったユダヤ人達は、パレスチナ人と呼ばれるようになってしまった。
 ヘブライ人を導いた神は他の如何(いか)なる種族も救済しなかったが、イエスが説いたキリスト教の神もユダヤ教と同じで、キリスト教徒とユダヤ教徒以外は導きも、救いもしない。
 信心の無い民へは超自然現象の災いと不慮の死を与えて改宗と従順を強いる。そして、神は差別をして残酷だ。
 古代から現代まで拘(こだわ)りと分裂の因果(いんが)を置き続け、敬虔(けいけん)な信者でも気紛(きまぐ)れな琴線(きんせん)に触れた者だけしか助けない。
 どんなに深く信心していても、見殺しにしてくれる。
「アルフォンス・シュミット君。神は、何の理由で人を創造したのでしょうね。神にとって、人類の行いと進化は、予測のつかない空極の自動ゲームみたいな物なのでしょうか? 先生は神じゃないので、全く分かりませんが……」
 奇蹟の秘密兵器を駆使しても、戦局は少しも良くならずに負けていて、東西の敵は本国の国境まで来ている。
 あと半年ほどでヨーロッパ全土に広がった戦いの業火は、火付け元の第三帝国の全面敗北によって終結すると僕は思う。
 それでもきっと、神が人心を乱す限り、未来永劫(みらいえいごう)、人類は滅亡するまで、戦いの業火(ごうか)を消す事が出来ない。
 空襲が激しくなって昼間も、夜間も、降って来る多くの爆弾が破壊と死を齎(もたら)している。
 週間映像ニュースや新聞の記事は、反撃、撃破、撃退、防衛、死守などの言葉で締め括られる勇(いさ)ましいエピソードばかりなのに、一向に暮らし向きは以前に戻る兆(きざ)しも無く、悪くなる一方だった。
 それなのに、団結、協力、義務、結束なんて、似たようなスローガンばかりが町中に貼られていて、迂闊(うかつ)に異端の言葉を呟(つぶや)くだけでも、何処(どこ)かへ人知れず速(すみ)やかに連行されてしまう。
 そんな、無慈悲(むじひ)に強いられる国家と全体を優先する状況と、理不尽(りふじん)に押し付けられる連帯責任に洗脳された街中の誰もがピリピリと警戒していた。
 親も、子も、兄弟も、友人も、誰もが信用できない。
 異端の異議を唱(とな)えて口論にでもなったら、必ず相手は僕を論理以外でも考えを正そうとして来るだろう。
 思想関連を矯正(きょうせい)する政府機関に通報や密告されるのは堪(たま)らない。
「先生! 僕は、誰にも言いません。聞いた僕も、無事ではないはずですから……」
「分っていますよ、アルフォンス・シュミット君。先生は、君が、そんな人ではない事を知っています。どうか、今の時代、この国では、誰にも言わないで秘密にして下さい。親、兄弟、友人にもです。くれぐれも用心して、言葉は慎重に選んでから口に出して下さい。誰がどのように政府や教会の関係者と関係しているか、分りませんからね。気を付けて下さい」
 先生と僕が話している事を誰かに知られると、僕達は捕(つか)まり、噂されている何処か、2度と戻って来られない場所へ連れて行かれて、本当に危(あぶ)ないと思う。
「アルフォンス・シュミット君。お互いに、いつも通りですよ。気を付けましょう。あと、危険ついでに補足すると、本来、キリスト教とイスラム教は、ユダヤ教の1派です。いずれも唯一の神は、旧約聖書のヤーウェ、ヤコブ、イサク、エホバで、発音は違えども綴(つづ)りは同じです。……全て同じ神の名前なのです。キリスト教はナチスの政権下では、教義と人種純血を混合して『積極的キリスト教』と呼称され、ユダヤ人のイエス・キリストはアーリア人にされてしまいました。だいたい、キリスト教はユダヤ教から派生しているのに、これは、かなり無理が有りますね。困ったものです」
「ナチ党はユダヤ人を生活の全てに於(お)いて弾圧や迫害をしていますが、寧(むし)ろ、敵対するよりも強制的に宗教の戒律を開放させて民族的融合を図(はか)るべきだったのです。彼らの能力や古からの組織を支配して全地球的に利用すれば良かったんですよ。世間の批判に惑(まど)わされず、個人的な恨(うら)みに拘らず、才能溢(あふ)れる巧(たく)みな演説で国民的支持を得ていれば、今頃は総統の野望は達成されて、私達は世界中へ自由に旅行しているかもですよ。アルフォンス・シュミット君」
 もの凄(すご)く危険な考えだけど、モーゼの子孫が得られる約束の地は、現在のドイツになっていて、古代イスラエル王国のカナンの地を第3帝国が保障しただろうと考えると、世の中を戦争で疲弊(ひへい)させている総統の政策は、僕を無性に腹立たせた。
「ところで、何が神の祝福(しゅくふく)と思えますか?」
 突然、先生は話題を変えて、神の祝福とは何かと、僕に訊いて来た。
(祝福は……、御祝い……、嬉しがらせるみたいな……、有頂天(うちょうてん)気分にさせられたような?)
「……神の祝福ですか? それって、自分に都合が良い事ばかりが起きて、自覚する興奮と高揚(こうよう)に、主に感謝の祈(いの)りを呟くようなのですか?」
 僕の答えを聞いて閉じた唇の片端(かたはし)をあげ、意地悪(いじわる)そうな微笑(ほほえみ)をする先生へ僕は続けた。
「幸せだと思う事ですか? 嬉しさに、楽しさや穏やかさを感じる事ですか?」
 意地悪な笑い顔を真顔(まがお)に戻すと、先生は僕の言葉に繋いで紡(つむ)いで行く。
「そうです。それに、怒りや悲しみに妬(ねた)みもね。そんな幸福感と相反(あいはん)する不幸感も、先生は神の祝福と同義だと考えるのですよ」
 確かに先生の言う通り、幸せと不幸の感覚は同じ琴線の上に在るのかも知れない。
「アルフォンス・シュミット君。先生は、こうも考えています」
「はい?」
 先生は、興味深げな僕を見ながら、今度は唇の両端(りょうはし)を上げて微笑む。
「怒りを覚(おぼ)えるから、平穏(へいおん)な喜びを求める。悲しみに暮れながら、嬉しさを懐(なつ)かしむ。……相反する感情を知る事が、神の祝福だと私は思っています」
 幸せも、不幸も、祝福なのだとすると、神は、なんて無慈悲なのだろう。
 そもそも、神は慈悲深く正義(せいぎ)なのだと、何処に示(しめ)されているのだろう?
 僕の知る限り、導き、見守り、チャンスを与え、縛り、罰(ばっ)する。
 明確な救いは無く、永劫に続く試練の中に、幸と不幸が繰り返されるだけだ。
「先生、僕は、幸せ溢れる日々の中で過ごしていたいと、願っています」
「もちろん、先生もですよ、毎日、幸せであるように祈ります。辛い不幸に苦しむのは嫌ですからね。堪(た)えられないかも知れません」
 そう言って、先生は僕の頭を撫でてから、まるで対等の友人にするように僕と握手をする。
「先生の考えは以上です。話は終わりました。くれぐれも、君の安全の為に、今の内容は忘れて下さい。もし、覚えていても、決して他言してはダメですよ。お互い、どんな惨(みじ)めで悲惨(ひさん)な仕打ちの人生になるか、分りませんからね! いいですか、親にも、兄弟にも、親しい友人にも、絶対に言わないで下さいね。さあ、冷め切らない内にホットミルクを飲んで、寛(くつろ)ぎなさい」
 僕の眼を優しい眦(まなじり)で見詰めながら、立てた人差し指を、自分の唇に当ててから僕の唇に添えた。
 其の仕種(しぐさ)は本当に2人だけの秘密を守る儀式のように感じて、僕の記憶に枷として強く刻まれた。
話が済むと先生が、『こういうのも読んで、当時と現在を比べて史実は自分で学ぶ、習慣を強めなさい』と、僕に貸し与えてくれたのは、史実と幻想が混在記述された旅行記、『マルコ・ポーロの東方見聞録(とうほうけんぶんろく)』だった。
「其の本には、我がドイツの同盟国で遥(はる)か東方に在る強国、日本は、黄金の国ジパングだと書かれていますよ。ジパングの国名は英語のジャパンの語源で、其のスペルをドイツ語発音してヤーパンですね。そして、ジパングの語源は、中国の貿易港が在る地方の方言発音のジーベンクォです。日本と中国の文字文化は漢字圏で、日本を示す漢字は、太陽が昇(のぼ)る国を意味する漢字を使います。日本での発音は全く違うニホンですがね。まあ、そういう事にも考えを馳(は)せながら、面白(おもしろ)く読んで下さい。返してくれるのは、いつでも良いですよ」
 上下二巻の東方見聞録をペラペラと流し読みしながらホットミルクを飲み終えると、僕は御暇(おいとま)すると告げて挨拶(あいさつ)をする。
「そして最期に、他人の意見や提案を鵜呑みにして従(したが)い、後悔をする人生にしないで下さいね。アルフォンス・シュミット君」
「分っています。先生。これは私だけの秘密です。今後、このような質問はしません。明日も、いつも通りにします。ありがとうございました。これで失礼致します。先生」
「ああ、いつも通りだ。さようなら。気を付けて返りたまえ」
 戸口でニッコリと笑いながら手を振って見送る先生へ、小脇に2冊セットの東方見聞録を抱える僕は、笑顔で高く手を振り返しながら帰っていた。
 --------------------
(あの本……。東方見聞録は、まだ先生に返してなかったな……。いつか、シュパンダウへ戻れて本が無事だったら、先生に会いに行こう)
 毛布に包まって通信手席の開いたハッチの縁に腰掛け、無線機に入る敵味方の通信を制帽の上から掛けたヘッドギアのレシーバーで傍受(ぼうじゅ)しながら、冷ややかな夜風に吹かれていたら、再び、まだ、まともな授業なされていた去年の春に、人種論について先生にした質問の続きを思い出していた。
(ドイツ人が神懸(かみがか)り的に優秀な種ならば、僕達はマムートに乗って、森の中の暗い街道を人が歩くよりも遅い速度で進んではいないだろう)
 見てくれの違いは有っても、種の能力は平等だ。
 教育環境や指導方針の違いなのか、偶々(たまたま)、敵の中に我々よりも優秀な人材がいて、彼らに導かれた戦略はドイツを敗北寸前に陥(おとしい)れている。
 戦争はドイツの負けだ!
 国民も、政治も、経済も、国土も、全て失った!
 この森を抜ければ見えるエルベ川までの土地が、第3帝国に残された国土の全てだ。
 長くても4日、早ければ明日、5年と8ヶ月も続いた戦争が終わってくれる♪

 

f:id:shannon-wakky:20170603073920j:plain

  --------------------
 1926年生まれのメルキセデク・ハーゼ軍曹は、1936年4月20日の総統誕生日のプレゼントとして第3帝国の満10歳になる少年と少女は全員、自発的に10歳から14歳までを対象とする、ヒトラーユーゲント内の小国民隊やドイツ少女団内の幼女隊へ入隊した一人だった。
 だがそれは、小学校の学業以外に小国民隊の活動カリキュラムが課せられる、負担と不自由さを伴う事だから、ナチス政権下の社会的なムードでも、過半数以上が啓発(けいはつ)された自主的な入隊ではなく、政治思想に興味の無い子供達が扇動的な誘導に流された不十分な理解での入隊や、軍曹のような縛りを嫌う放任な子供達が強要されての入隊だった。
 純粋多感な時期にヒトラーユーゲントへ盲目的に入隊した彼は、その攻撃的な刺激と開放的な理想に感化されて中隊指導者を任(まか)されるまでになっていた17歳の時、志願した空軍の飛行士とは違う武装親衛隊へ配属され、機甲兵として特化した軍事訓練を6週間の短期で受けた。
 着任した第12SS装甲師団の第1戦車大隊は、ハンガリーのバラトン湖周辺での攻勢以外は防御、後退、反撃、退却、待伏せ、敗走を繰り返すだけの防戦と撤退戦ばかりで、偶然に軽い負傷だけで生き残っていたら軍曹まで昇進して戦車長になり、1級鉄十字章を拝受(はいじゅ)された。しかし、強大な敵との混沌たる戦いと悲惨な損害の現実に、ヒトラーユーゲントとしての理想の理念は打ち砕かれてしまったと、理想のアーリア純血種の美形顔の頭に巻いた包帯が痛々しいメルキセデク軍曹は言っていた。
 軍曹より1歳年下の1927年生まれのバラキエル・リヒター伍長も、17歳でヒトラーユーゲントの理想の理念に燃えて志願したドイツ陸軍へ入隊していた。
 教練中に素早(すばや)い暗算力を見い出された彼は、希望通りに戦車隊へ配属されて砲手席に座る事になった。
 其のラテン系をイメージさせる明るくて軽い容姿から、想像もできない精密な射撃は、胸の銀色戦車突撃章が伊達(だて)ではない事を乗員達に知らしめた。
 そんな彼も防衛戦と敗退続きの挙句、ソ連軍が厚く包囲するベルリン南方のハルベの森からの困難極まった脱出戦闘で、これまでの人生観を否定してしまいそうな虚(むな)しさを抱えてしまった。
 それでも今は、虚しさの埋め物を探すようにマムートの砲手に専念している。
 ラグエル・ベーゼとイスラフェル・バッハとダブリス・クーヘンの3人は1928年生まれで、ルール地方のパーダーボルン市に在るクルップ社の軍需工場の工員だ。
 義務教育の基礎学習期間である10歳までの初等学校を卒業して、直ぐに就職しているラグエル・ベーゼとイスラフェル・バッハは、既に7年間の労働経験が有る兵器工場の熟練組立技能者で、4年制の中等科を卒業してから作業工程と部品の設計補佐に就き、技術者として3年余りが経(た)つ、タブリス・クーヘンを2人はリーダー格として慕(した)っていた。
 3人が就労当初に指導を受けて師(し)と仰(あお)ぐ、それぞれの親方達は、日々、緊迫が増す厳しい戦況で昨年末に召集されて居なくなり、故に彼らは10代の若年ながらも、老齢な未経験の作業者や外国人労働者を働かして作業工程を監督するなど、中堅(ちゅうけん)クラスの仕事を任されていたそうだ。
 タブリスは、ヒトラーユーゲントの籍を持ち、ラグエルとイスラフェルはヒトラーユーゲントから国家労働奉仕団へ籍を移していたが、フル稼働、フル生産を続ける工場の忙(いそが)しさに、全く其の活動に参加していなかった。
 それに、『ゲシュタポが捕らえて公開処刑した仲間の報復に、密告したヒトラーユーゲントの隊員や其の小隊リーダーを誘拐(ゆうかい)して、公開処刑と同じ場所に吊(つ)るしている、アンチ・ヒトラーユーゲントのエーデルヴァイス海賊団と接触した事が有る』と、重労働だった戦闘履帯への交換作業を終えた気の緩みで、『ずっと緊張しっぱなしの毎日は、辛(つら)くて飽(あ)きて来たなぁ。ああ、早くエルベを越えて、自由な西側へ行きたいよ』なんて、グチが近くにいたタブリスに聞こえてしまい、『しまったぁ! 自己犠牲の精神も、義務を果たす意欲も無いクズと罵(ののし)られてしまう……』と、慌(あわ)てる僕の間近にラグエルとイスラフェルと共に彼は来て、こっそりと耳打ちで言った。
 『ちゃぁんと生き残れば、おまえもルールに来て、ドイツが落ち着くまで好きにしてればいいさ。ルールに来りゃ、戦後の後片付けと復興事業の仕事で、直ぐに大儲けできるぞぉ!』と言ってから、 『そうなりゃ、親も呼んで一緒に暮らせるしな』と付け加えて、ラグエルとイスラフェルとタブリスの3人は大笑いした。
 --------------------
 午後8時半過ぎ、陽が暮れて辺りが黄昏(たそがれ)時(どき)に暗くなり始めた頃、通り過ぎるニーレボック村には、森側の村外れに口径75㎜の対戦車砲が1門と、村内中ほどの風通しを良くした家屋の中には、アハト・アハトと兵士達に親しがられている口径88㎜の対戦車砲が据え付けられていた。
(ドイツ軍の救世主、アハト・アハトだぁ)
 映画館で観る週間映画ニュースに、ファンファーレとマーチのBGMを響かせて登場する、我が軍の窮地(きゅうち)を何度も救った頼もしい機能美が間近に見れている。
 アハト・アハトはティーガーE型重戦車にも搭載され、更に、より強力な長砲身のアハト・アハトがケーニヒス・ティーガーや重対戦車自走砲に載せられて、無敵の打撃と防御陣を構成していたはずなのだが、殺られても、殺られても、相手を屠(ほふ)るまで数10倍の数で圧して来る敵に、生産数と多方面の補充が追い着かずに、今日の帝国の終焉真際に至っている。
 この終焉の黄昏に、映画ニュースで聞いた乾いた発砲音の轟きは、天使が吹き鳴らす、世界の終わりを告げるラッパの音(ね)ように、聞こえるかもと想像してしまう。
(多くの天使が舞い降りて、打ち倒されたり、砕け潰されたりした人々の魂を、次々を天へ召し運ぶ姿が見えてしまうかもな。……自分が浮き上がり、手を繋いて導く、天使の嬉しそうな笑顔が見れるかもだ……)
 --------------------
 低い茂みの後ろに土嚢(どのう)で囲(かこ)った浅い塹壕の中から狙(ねら)う75㎜対戦車砲は、砲兵達が火を熾(おこ)して炊事中だというのに、真横へ来るまで全く気付けず、心臓が止まるかと思うくらい驚いて僕を焦らせた。
 村の中でマムートを停めて食事休息をした際に見てきた88㎜対戦車砲は、厚い木材の壁の内外を更に石材と土嚢で厚く防御された、太い梁と柱の頑丈(がんじょう)そうな広い大きな部屋に床板を剥(は)がして据(す)えられていた。手持ちの弾薬量は知らないが、森の中の曲がりまでを直射できる位置と士気の高い老練な砲兵ばかりだったから、直撃を受けない限り、弾を撃ち尽くすまで持ち堪(こた)えてくれるだろうと期待した。
 軍曹は、変則十字路に在る教会の横の広場に沢山の空になったジェリカンが捨てられているのを見付けて、其の内の20個余りを貰って来て、細いロープで2個づつを持ち手で縛って繋げ、更に、マムートの後部のフック間に張った太めのロープに通してぶら下げた。
 これらのジェリカンはエルベ川を泳いで渡るかも知れない時の浮き輪代わりにすると、軍曹から聞かされて、『どうか、雪解けの冷たい川を、泳がなくても済みますように』と、祈った。
 供(きょう)された晩飯は、牛の筋肉と玉葱(たまねぎ)をトロトロに煮込んだ塩味のシチューと穴ボコだらけのエメンタルチーズ、所々の穴に青カビが生えていたけれど、独特の臭味(しゅうみ)のブルーチーズっぽくて旨(うま)かった。
 他にも山羊(やぎ)の乳から作る柔(やわ)らかいシェーブルチーズが有り、それに加えて焼きたてのパンと、パンに塗るバターとマーマレードも出されていたし、飲み物には井戸水と新鮮な牛乳が有った。
 年配者には、半カップ分の白ワインも配られていて結構楽しい食事になっていた。
 この辺りは酪農(らくのう)主体の農業が生業(なりわい)だそうで、毎日1頭の乳牛が屠殺(とさつ)されて、半身が村に残る住人と守備兵の3食に料理されていた。残りの半身はエルベ川河畔まで運ばれて、渡河を待つ避難民や兵隊に食べさせていた。
 牛乳を搾(しぼ)る為の肉牛ではない乳牛が殺されて食べられるのを、ちらりと哀(あわ)れむ気持が湧(わ)くけれど、僕達の方が生存率が低いかもと、自分を憐(あわ)れんで嘆(なげ)きそうになってしまう。
 アルテンプラトウ村でも屠殺されているから、戦争が終わってロシア人に搾取(さくしゅ)されるまでは食う物に困(こま)らないと、ニーレボック村の北外れの料理場で大鍋からシチューを大盛りで粧(よそ)ってくれた年輩の炊事兵が話してくれた。
 戦争の最末期の最後の脱出路で温(あたた)かくて柔らかい肉料理とチーズを美味(おい)しくいただけるのは、『生きててよかった』感いっぱいの幸せさで、凄く嬉しい。
 明日は豚肉と馬鈴薯(ばれいしょ)の煮込みで、朝食にアヒルの卵(たまご)と茄子(なす)のピクルスが配られるとも言っていた。
 1時間半の食事休止を終えて、守備位置までの移動が再開された。アルテンプラトウ村から来てくれた護衛兵に、『あと、3㎞ほどの距離ですが、路肩を崩さないように、低速で移動して下さい』と、願われた軍曹の指示で、ノロノロと時速1㎞の最低速でマムートを動かすタブリスが、『かえって燃費が悪くなる』とぼやいていた。
 こんな低速で慎重に動かしているにも拘(かかわ)らず、ところどころでマムートの重量に耐え切れない路面がボコリと凹(へこ)んで、ヨチヨチ歩きみたいになっていた。
 時々、発砲炎は見えなかったが、ロスケの偵察隊との小競(こぜ)り合いだと思われる小銃や短機関銃の射撃音が、東や南の森の奥の方から夜半過ぎまで断続的に聞こえていた。
 時折(ときおり)、北方の防衛ラインから入る、『敵の攻撃を退けたが、包囲されて救出を求む』とか、『耐え切れずに、後退して戦線を縮小した』との無線内容を、砲塔の前縁に突撃銃を抱えながら座るメルキセデク軍曹へ大きな声で伝えながら、マムートと前を進むフェアヒラント村から来てくれた兵士達を追い抜いて歩いて行く避難民と敗残兵のシルエットに怪(あや)しい動きがないかと、ハッチ脇に置いた短機関銃に指を掛けながら見ていた。
 左隣の操縦を担(にな)うタブリスは全開にしたハッチから頭だけ出して、直接、路面を目視しながら避難民や敗残兵の歩みに合わせてマムートを慎重に進ませている。
 『バラキエル、あんまり体重を掛け過ぎて、機関銃架を曲げるなよ!』、軍曹が掛ける声から、バラキエル伍長は車長のキューポラに腰掛けて取り付けられているMG42機関銃に凭(もた)れているらしい。
 其の銃袈にはアルテンプラトウ村の駅舎から持って来た御婦人用の日傘(ひがさ)が全開にして括り付けらていた。
 『後部の、でかいハッチは閉めておけよ、ラグエル。火炎瓶(かえんびん)でも投げ込まれちゃ、かなわんからな。2人とも、周囲と近付く者に注意してくれ!』、ラグエルとイスラフェルも突撃銃や短機関銃を持って車体後部上へ出ているようだ。
 マムートの後方や側面には、ゲンティンの町から護衛してくれている12名の若い防衛隊員が付いて警戒している。
 進む街道は、間近を照らす前面装甲板の中央に備えられた遮光(しゃこう)カバーを着けた前照灯の明かりと、辺りをぼんやりと見せる雲の切れ間から差し込む月明かりや星明りに、道筋を示す小さな炎の光で迷う事が無かった。
 フェアヒラント村と南隣のディアベン村の間の低い丘の北側に在る、エルベ・ハーフェル運河やエルベ川を運行する水運船やローカル鉄道で使う燃料を貯蔵した小さな石油基地が稼動(かどう)していて、其の施設を囲んで防衛拠点が設けられている。
 低い丘は軍に接収されてトーチカだらけらしいが、強力な火砲がなければ、迂回されて容易(たやす)く陥落(かんらく)されてしまうだろう。
 当面、マムートや防衛車輌の燃料補給と近隣の村の生活に使うには充分過ぎる量が確保できていると、マムートのアンブッシュポジションへ案内する為にニーレボック村までアルテンプラトウ村から迎えに来てくれた10人ほどの分隊のリーダーが、夜の街道筋を示す50m置きに道脇で灯(とも)す、灯油を燃やすカンテラの小さな明かりを指差して説明してくれた。

* 5月5日 (土曜日) 午前零時過ぎ フェアヒラント村 駅近くの守備位置に到着
 夜半過ぎ、ニーレボック村から僅かな傾斜で下る街道を降り切ると、正面の真っ直ぐに続く街道の果て、暖(だん)を取る為にエルベ川の土手際で大勢の敗残兵や避難民達が隠(かく)れて燃やす、多くの焚(た)き火(び)に赤く色付けされる闇を背景に、フェアヒラント村の家並みのシルエットになって見えていた。
 案内された街道脇の待機というか、待ち伏せの場所は、カンテラで照らして回って見た限りでは、細い切り株と雑草の草地が所々に残る礫と粘土混じりの砂で固められた宅地跡だった。
 生い茂っていた細い幹の潅木(かんぼく)は全て切り除かれて、敷地の角隅に束ねるようい置かれている。
 歩き回っていても柔らかな墓所は無く、マムートを乗り入れても沈み込む事は無いと判断された。
 フェアヒラント村から来た警護兵のリーダーが言うには、中世のプロイセン王国から第1次世界大戦で滅亡するドイツ帝国がまでの封建期を通して敷地は、渡し場へ行き来する通行人と荷物を吟味(ぎんみ)する関所と兵士の詰所が在ったそうだ。
 それがヴァイマル共和国になって廃止され、使われていた建材は、土台から解体されて村の家屋の修理や新築材として持って行かれたらしい。
 だから、まだ太い松の木が生えていない固い地面で、手っ取り早く駐車場に出来る、この敷地が選ばれていた。
 マムートの乗り入れは、最初に街道上で砲塔を180度の後方へ回転させて砲身を、闇の中で障害物との衝突(しょうとつ)による損傷を避けるのと、敵が来そうな方向への警戒の為(ため)に向けた。それから、恐る恐る地面の凹み具合を度々(たびたび)カンテラの明かりで確認して極低速で進ませて行く。
 酷く凹まないのがわかると、ゆっくりと車体を超信地旋回させて街道側へ向かせながら、砲塔はその向きを保つように車体の回転速度に合わせて逆回転させて戦闘体制にさせる。
 車体の大きなマムートは、敷地の奥まで下がらせてやっと、砲身の先が街道上に掛からなくなった。
 少し離れて敷地周囲の森の中に塹壕を掘り始めた警護兵達は、新たに加わった憲兵隊の兵士と共に六名づつの交代で辺りの警戒と街道の通行規制を行ない、クルーも半数の3名ずつが交代でマムート上で警戒にあたる。

* 5月5日 (土曜日) フェアヒラント村 駅近くの守備位置(待ち伏せ場所)
 ぼんやりと白い靄(もや)が辺りを覆う、まだ薄暗い早朝に全身を揺すられて起こされた。
 時刻は午前四時、白み始めた上空の雲が辺りの闇を覆う霧を暗い灰色に見せている。
 5時半前には陽が昇るから、だんだん薄れる闇に霧は白くなって行くのだけど、状態は明るくなっても視界は50mから100mってとこだろう。
 朝から夕方まで雨が降っていた4月28日以来、大気は暖かくなって来ていたが、曇りの日が多くて晴れていたのは5月3日と5月4日の午後だけだった。
 無線機で聴いたラジオの天気予報では、中央ヨーロッパへ高気圧が張り出して来ていて、晴れの日が続くと言っていた。
 この天候予報は問題だった。
 晴れると気流が安定して来襲する敵機は増え、高くなる襲撃高度に対空弾幕の効果は薄れてしまう。そして、明るい視界に遠くまではっきり見えて来ると、発見される確率と爆撃精度が上がって、マムートと僕達は殺(や)られてしまうだろう。だから、戦争が終わるまで、もう少しだけ曇り空が続いて欲しいと、僕は見上げた曇り空に祈った。
 軍曹の前に搭乗員全員と護衛の防衛隊員が姿勢を正して整列すると、防衛隊員達には街道を通り行く避難民や兵隊達をマムートに近寄らせない事と、側面と後方の森の中を含めたマムートの全周囲警戒を指示し、乗員達には直ぐにマムートの擬装をここの植生に合わせて遣り直しを令じた。
 僕達は、昨日の戦闘と移動で脱落して半分ほどしか残っていない擬装の枝を薪用に纏めてから、マムートが陣取るスペースを開ける為に伐採されていた潅木を使い、ゲンティンの駅前で施した様な厳重なカモフラージュで、マムートを背後の松の木の森の下生(したば)えと同化させた。
 それが終わると、曇り空の上に太陽が昇って来たようで、視界に映(うつ)る世界が少しだけ暖(あたた)められて薄れ始める霧に明るくなった。
 其のタイミングで遣って来た小型トラックが約束されていた朝食を届けてくれて、緩む気温と共に湧き出す食欲が美味(びみ)な食事を期待した。
 配給されたアヒルの大きな卵は、熾したばかりの炉の火に掛けられたフライパンで目玉焼きにする。
 温められた昨夜のシチューの残りスープに焼き立てで熱いパンと貰って来ていたバターやジャム、それに一緒(いっしょ)に届けられたピクルスを並べ、熱い代用コーヒーとホットミルクも有り、マムートを警護する防衛隊や憲兵隊の若い兵士達も一緒になって、朝からピクニックのような楽しい食事になった。
(ニーレボック村が無事な内は、日に3度、このような幸せな食事が続きそうだ……。でも、あと2、3日だけだろうなぁ……)
 朝食が済むと、マムートの守備位置へ布陣完了を第12軍司令部とフェアヒラント村守備隊本部へ無線で知らせ、傍受するソ連軍の無線交信から攻勢を掛けて来る気配を探って軍曹に報告する。
「軍曹、敵の交信に交戦中の緊迫したり、慌しい様子は有りません。軍司令部と守備隊本部への着任完了報告も済ませました」
「御苦労、アル。それでは偵察へ出るから、俺の護衛として一緒に来てくれ」
 そう言うと軍曹は、突撃銃と予備弾層が詰まったポーチを付けたベルトを押し付けると、戦場となる地形の把握(はあく)の為に街道をニーレボック村の方へ歩いて行き、僕は急いで突撃銃を担(かつ)ぎ、ポーチベルトを腰に装着しながら付いて行く。
「これも、腰に持ってろ。戦闘に遭遇したら、武器は多い方がいいぞ」
 短機関銃を背中に斜め掛けした軍曹が自分の腰ベルトに付けたポーチを叩きながら、僕へ拳銃が入った厚皮のポーチを押し付けた。
 拳銃や既に腰から下げている銃剣を用いるような近接戦闘や白兵戦に巻き込まれたくないと、嫌悪の気持悪さが甦(よみがえ)る。
(ロシア人と取っ組み合いで殺し合うなんて、嫌だ! 敵の声が聞こえる近さなんて、シュパンダウだけでたくさんだ!)
「薄い雲で明るいな。だが、雲は低い。1000から1500mってとこだろう。3層に重なってるが、上層の雲は疎(まば)らだな。こんな曇り空じゃ、今日も空から攻められる事はないだろう」
 手を翳(かざ)して霧の晴れ間から見える曇り空を仰(あお)いで言う軍曹の言葉に、安堵(あんど)が滲(にじ)んでいる。
 少し晴れて来た朝霧の中から次から次へと、艀乗り場へ向かう避難民や負傷した兵士が現れて僕達と擦(す)れ違う。
「対岸を占拠するアメリカ軍が、戦時捕虜と認めた、投降するドイツ国防軍の将兵以外を拒(こば)んで渡らせていないらしいぞ。親衛隊や外国人義勇兵、それに役人達は、捕らえてロスケに引き渡すと聞いた。川辺には1万人以上の避難民が渡れるのを待っているみたいだ。どのみち、ソ連軍がエルベの川縁まで迫れば、アメリカ軍が拒もうが、銃撃されようが、皆が一斉に渡っちゃうのにな」
 『多くの犠牲者が出るだろう』の意味を込めて話す軍曹の顔が、『マムートの砲撃で強引に渡河のチャンスを作ってしまおうか』と、言わんばかりに悲しそうだ。
(自由で民主主義の国、アメリカの兵隊が、自由を求めて逃れて来る子供や女性や老人を、命令とはいえ、平気で溺れさせて、撃ち殺せるのか? そうされるならば、マムートが艀乗り場を防衛する意味は、何処に有るんだ!)
 最後の切迫する場面になってもアメリカ軍が拒み続けるなら、きっと、軍曹はマムートを河畔まで進ませて、残していた榴弾で対岸のアメリカ軍陣地を粉砕するだろう。
(軍曹なら、必ず殺ってしまうはずだ!)
 マムートの重量で凸凹(でこぼこ)にした僅かに登り傾斜になる街道をニーレボック村へ向かって歩いて行くと、線路からニーレボック村への中間辺りの牧草地に対戦車壕が南の森際まで掘られていた。
 幅は10mくらいで、深さが4mほどの逆台形の溝だ。
 急勾配の斜面や底に刈り取った牧草が敷き並べられて、敵が来るだろうと予想される東側から近付いてみると、間際(まぎわ)まで行かないといて気付けなかった。
 6m以上は有る底幅に敵戦車が嵌まり込んで、自力では簡単に抜け出せないように見えた。
(マムートなら、足掻(あが)いても埋(う)まり込むだけで、完全にスタックしてしまうから、放棄して爆破するしかないだろうなあ)
 壕周りに地雷原が在る事を示す表示は無く、パンツァーシュレックやファストパトローネで迎え撃つ為の兵士が潜む塹壕も、見える範囲には全然無くて、ただの足止め用の大きな溝だった。だけど、森を抜けた街道から牧草地へと来る敵戦車と、ゼードルフ村への道や送電塔が並ぶ切り通しから来る敵戦車も、この対戦車壕の前で停止しなければならない。
 落ちてしまうと抜け出すには、斜面を崩して登れるような坂を作るしかないと思う。
 見渡しの良い開けた射界に停止してくれる敵戦車は、マムートの128㎜戦車砲の絶好の標的になるだろう。
 街道の北側沿いには太い松の木の深い森が、マムートの周囲や駅舎が在る線路を越えてフェアヒラント村の東際まで続いていた。
 森の東端の中、ちょうど街道を挟んで対戦車壕が南へ掘られている反対側に、砲座が1mばかりの深さに掘られて、ニーレボック村方向の街道と対戦車壕沿いを掃射できるように、88㎜対戦車砲が潜んでいた。
(ここにも、アハト・アハトだぁ)
 ほぼ正面からマムートが狙い撃ち、右側面からはアハト・アハトが叩く。
 随伴して対戦車壕を通り抜けれる様に崩すだろう敵の歩兵や工兵は、アハト・アハトの周辺の森の中に掘られた塹壕で機関銃を構えている第12軍の兵士達が撃ち倒す。
 森の中や砲座で朝食中の兵士から聞こえて来るドイツ語以外の言語に、よく見ると、ドイツ人に殆ど見られない顔立ちや立ち振る舞いの外国人が多くいるのを知った。
 半数以上がドイツ人と違うように見えて、制服や迷彩柄がバラバラだった。
(そういえば、ニーレボック村でも、意味の分からない外国語が頻繁(ひんぱん)に聞こえていたなあ。てっきり、軍隊のスラングだと思って、注意を払わずに聞き流していたっけ)
 彼らはドイツ陸、海、空軍と親衛隊の補助兵や義勇兵で、祖国に戻れば裏切り者の戦犯とされ、戦後社会から抹殺(まっさつ)される。
 大抵は絞首刑か、終身刑だ。
 ソ連軍へ降伏しても、其の場で射殺か、シベリアで飢えに苦しみながら死ぬまでの重労働だ。
 なら、好い思いをした第3帝国と運命を共にすると考えるのも当然だろう。
 東側と南東の地形と防衛ラインの戦力の確認をした軍曹は、不測の戦闘の警戒に砲手のバラキエル伍長とラグエルとイスラフェルの2人の装填手をに残して、僕とタブリスを連れて南側と西側の視察に行く。
 軍曹が僕を警護に付き添わす理由は、クルーの中で一番失ってもマムートの戦闘力に影響が少ないのが僕だからだ。
 それは悲しいけれど、理解できて自覚している。
 フェアヒラント村の中の通りや外周の家屋の庭には、土嚢や瓦礫を組み上げたような防衛拠点が一つも無く、街道から川岸へ向かう多くの避難民や兵士が艀に乗せれない家財道具や荷車を捨てたり、手荷物に纏め直したりして、歩いているだけだった。
 見て廻る限りでは、村の南外れに在る艀乗り場と其の周辺も、司令部となる施設や防衛戦闘の陣地は造られていない。
 西方へ脱出するタイトな通過点となる村内や渡し場は、小隊規模の憲兵部隊が秩序を保たせて、負傷者を傷の程度で選り分け、決めた順番で乗船する列に並ばせていた。
 敢(あ)えて言えば、フェアヒラント村の防衛指揮官は秩序ある渡河を指揮する憲兵隊の部隊長の若い中尉で、軍曹は中尉に全員が脱出する大体の所要時間を訊(き)いていた。
 村内の川縁と艀乗り場周辺の川原には、既に、1万人以上の避難民と敗残の兵隊達が居て、小さなフェリーは重傷者を優先に負傷兵を、アメリカ軍の衛生兵や軍医が治療の見極め判別をする対岸の船着場へと運んでいて、負傷兵が列を成して乗船順番を待っていた。
 憲兵中尉の話しでは、軍曹が言っていたように避難民達は、まだ乗せて貰えていない。
 村の教会敷地内と艀乗り場には、救護の野戦病院とエルベ川を渡ろうと集まって来る人達への炊き出しの炊事場所が設営され、其の為の要員と警護の兵士達もいた。
 防衛陣地らしきモノは、見通しの良い村外れの少し離れた場所に広い間隔で配置された対空砲が有った。積み重ねた土嚢で囲って土と草木で擬装した5箇所の対空砲陣地には、4連装の20㎜機関砲が1機、単装の20㎜機関砲が2門、それと、単装の37㎜機関砲が2門、それらが対空戦力と配置されている。
対地防衛火力としては、村の南外れの道路脇に1門の88㎜対戦車砲が隠されているだけで、攻め込まれ易そうな南側の防御としては心細い。
 他に情報として、南側の低くて小さな丘の天辺に配備されている1門の4連装の20㎜機関砲は、高度2000mまでを全周囲で射撃できるそうだ。
 それに、其の丘の南側に在るディアベン村と、更に、南の要害になる運河の閘門(こうもん)が在るノイディアベン村に、それぞれ2門の75㎜対戦車砲を装備する戦車猟兵中隊が防衛配置されていると、対戦車砲陣地を指揮する陸軍少尉がメルキセデク軍曹に話していた。
 要するに、フェアヒラント村の渡し場を守る戦車や自走砲は、マムート以外に1台も無かった。
 戻りは小規模な燃料貯蔵施設を守る陣地近くを通って、線路の枕木を踏みながら来た。
 施設の貯蔵タンクの全てと防衛陣地は、幾重にも迷彩ネットで覆われて、遠目には全く建造物が在るように見えなかったから、空からの視認は、低空に降りて来た敵機でも気付けないと思う。
 燃料貯蔵から駅舎への中間点の線路脇で浅い窪地に塹壕を掘って陣取る、地元のヒトラーユーゲント隊員達とも会って、軍曹は過酷な戦車戦と負傷時の事を、僕はベルリン市のシュパンダウ区で経験した実戦を話して、無駄死にをしないように促した。
 12、3人の紺色の長いスカートを穿いた少女団の女子達もいて、見たところ、年少者で僕と同じくらい、年長者でもタブリスと同じ歳ほどに思えた。
 24、5人の少年団の男子達と共に最前線の塹壕の臭くて汚(きたな)い泥の中で、敵の来襲を待つ彼女達は凄く勇敢だが、僕がシュパンダウ区の大通りで体験したような激しい砲撃を耐え凌(しの)いで、迫り来る敵と戦う恐怖に神経が病(や)んだり、身体が崩れてしまわないかと、哀(あわ)れむような悲しみに息が苦しくなってしまう。
 塹壕内に木箱にいれたままで置かれていたファストパトローネを見て、実戦での取り扱いの注意点と狙いの構え方と気持の持ち様を、僕は生意気にも男気が有るのをみせようと、塹壕にいた全員を集めて語ってしまった。
(構えるのも、狙って発射するのも、1度だけでいいんだ。上手く敵を撃退できたら、直ぐに逃げて、1人でも多く、生き残って欲しい……)
 軍曹とタブリスは、マムートが後退するのを見たら、直ぐに船着場へ行って西岸へ逃れるように強く言い、僕は横で大きく頷いていた。
 真剣に生き残る事を話すタブリスの視線は、何度も左右に動いて皆を見回すが、必ず1人の女子へ戻って暫し見ていた。そして、其の視線に答えるように彼女も少し紅らめた顔で、じっとタブリスを見詰めていた。
(おいおい、タブリスさん。何、見詰め合ってるんだよぉ)
 タブリスが目を付けた少女は、女子達に指示や注意をする態度と率先した行動から、少女団のリーダーだと思われた。
 膝下10㎝のスカート丈の規則を守らずに短い膝丈にしている彼女は、僕に家の近所に住んでいる幼馴染(おさななじみ)のビアンカという名の同級生の女子を思い出させた。
 何処と無く仕種もビアンカと同じようで、彼女もビアンカのような快活で明るくて優しい性格だと思う。
(おおっ、タブリスさんは、意外と女子を見る目が有るねぇ)
 けっこう彼女は美しいし、タブリスも、なかなかのハンサムだから、似合いのカップルっぽく見えて、僕のビアンカを想う気持が騒いだ。
(でも、このモヤモヤする気持は、ジェラシーだよな……、羨(うらや)ましい……)
 マムートへ戻って来ると、ゲンティンの町から付き添って護衛してくれた防衛隊員達が整列して、町へ帰る旨を軍曹に伝え、来た道を戻って行った。

 --------------------
 昼近くにアルテンプラトウ村の方向から爆発音が響き、続いてくぐもった激しい銃声と砲撃が森を通して暫く聞こえていたが、それっきり散発的に聞こえて来るだけになった。
 正午過ぎになってニーレボック村から昼飯を運んで来たトラックの運転手が、アルテンプラトウ村とゲンティンの町にソ連軍が侵攻して守備兵達が逃げて来ていると、更に、ゲンティンの町が陥落すれば、明日は、集結するソ連軍がニーレボック村とゼードルフ村を攻めるだろうと、不安を隠さない顔で言っていた。
「あの、政治指導官殿は、降伏すると言っていたな。俺達に協力してくれた人らが、……無事だといいな」
 昼食のデミグラスソースのシチューの肉はポークで脂身が美味かったが、メルキセデク軍曹の世話になった人達の安否を気遣う言葉に、ゲンティンの駅舎で炊事をして3度の食事を提供してくれた母親ぐらいの女性達と、牽引車のクレーンを操作する乗員達の笑い顔を思い出した。
「親切な人達だったな」
 ぼそりと、続いて言ったバラキエル伍長の言葉に、寡黙(かもく)になった皆が頷く。
 午後の昼下がりは、ペリスコープのミラーとレンズの指紋や埃を拭いて視野を明るくさせると、配られた迷彩ネットをマムート上に張り、更に、枝葉を乗せて上空から見付からないようにカモフラージュを厳重にした後は、無線機の調整と傍受、突撃銃と短機関銃と拳銃の手入れに終始する。
 他のクルーも、共同作業以外は自分の担当の整備と調整をしていた。
 各自が受け持ちの整備と調整を済ませる頃合いで、午前中に会っていたフェアヒラント村のヒトラーユーゲント達が挨拶に来た。
 リーダーに率いられて来たのは、12、3人で、少女団の5人全員も来ている。
 男子達はガチャガチャとガラス瓶や陶器に入った飲み物を、女子達は村内の自宅で作ったケーキとサンドイッチ、それに花束を持って来ていて、警護の兵士や憲兵隊員も交えた、ピクニック気分の華やかな交歓会になった。
 久し振りに食べるケーキは、塗り捲った生クリームとスポンジ生地が甘くて美味しい。
 サンドイッチの香り豊かなパンは柔らかく、挟まれた目玉焼きやコールドビーフも甘めのソースに絡められて、とても旨かった。
 やはり、戦火が殆ど及ばなくて死傷者を見ない田舎は、昼夜の空襲と供出ばかりの都会と違って食べ物が豊富で、安全な日常が続いていると羨ましく思う。
 女子達は、ラグエルとイスラフェルの職人話や憲兵の与太話に、キャッ、キャッと盛り上がり、男子団員と兵士と僕はメルキセデク軍曹とバラキエル伍長の実戦話に聞き入っている。タブリスは例の美少女と2人っきりで笑い合って凄く楽しそうだ。
 午後4時頃、昼前にゲンティンの町へ帰隊する為に出発した12名の防衛隊員が現れて、既に、ソ連軍が鉄橋と国道橋まで浸出して、渡れないエルベ・ハーフェル運河に、『戻って来るしかなかった』と嘆(なげ)いた。
 家族の居る町が敵に占領されて悲しむ彼らに、交歓会の残り物を勧めて慰(なぐさ)める。
 午後6時半過ぎ、まだ焼きたての香りが立つビーフステーキと茹でた馬鈴薯の晩飯を運んで来たトラックの運転手は、昼と同じ中年の炊事兵だった。
 彼はアルテンプラトウ村とゲンティンの町は夕方に降伏したと言い、森の中の街道は封鎖して中間点の曲がりを防衛前線にしているが、まだ、ソ連軍は集結中で攻めて来る様子は無いと、直ぐにでも脱走しそうな苦渋(くじゅう)の顔で知らせてくれて、去り際に大きなチーズの塊りを3つも置いて行った。
 明日が戦闘になれば、いつ食べれるだろうかと考えながら、ちゃんと交代で起きれるようにと早めの眠りついたが、深夜に牧草地を横切って行った戦車小隊らしき友軍が、未明に始めた反撃は明け方まで続いて、其の気掛かりと心配の緊張はピークに達して全然眠れなかった。
 
* 5月6日 (日曜日) フェアヒラント村 駅近くの守備位置(待ち伏せ場所)
 未明に強行された1個中隊規模の戦車と突撃砲の混合戦力を主体として、各種兵科の志願者で編制された1個連隊の兵力にも満たない戦闘団の反撃は、森の向こうから射撃音と爆発音が、2時間ほど激しく聞こえ続けていたが、それも、夜明けと共に止んで、誰もが静けさに包まれた早朝の立ち込め始めた白い靄の中から現れる敵を警戒した。
 だが、ソ連軍は反撃で大きな損害を受けたのか、攻めては来なかった。
 昨日と同じメニューの美味な朝飯を運んで来た運転手は、昨日と違って老練な炊事兵で、彼は未明の反撃の様子を話してくれた。
 反撃はゲンティン駅からフィッシュベック村への線路沿いの国道を、パンター戦車の中隊が未明に北方から強襲して、集結したソ連軍の戦車や砲兵部隊を破壊しながらゲンティン駅まで攻め込み、ニーレボック村への街道に並んでいた敵の重戦車中隊の全車と、ゼードルフ村の前面にいた戦車の半数以上まで撃破して、運河沿いに砲列を敷いた砲兵部隊も潰したが、随伴した装甲車部隊まで全滅して1輌も戻って来なかったと、夜の森の中をアルテンプラトウ村近くまで行って見ていたそうだ。
 朝食を済(す)ます頃には、霧よりも薄い靄が晴れ初めて、上空は昨日よりも高い雲が空に広がっているのが分かり、当然の如くソ連軍機の襲来が予想されて、3人は地上を、3人は空を警戒する事になった。
 未明の激しい戦いにソ連軍の攻勢を予想したアメリカは、とばっちりの被害を避けて、岸辺から2㎞ほど離れた丘陵の向こうまで撤退しまい、其の事を河畔に集まっていた人達は知って、探して用意した全ての浮き舟でエルベ川を渡り始めた。
 一斉に避難民達がエルベ川を渡り出したのを知られたのか、1時間も経たない内にソ連空軍が雲間から編隊で現れ、低空で河畔を襲う。
 高度3000m辺りに薄く広がる曇り空を背景に、ソ連機のシルエットがはっきり分かり、猛烈に撃ち上げる対空機関砲の曳光弾の火線が、ダイブで迫り来る攻撃機の先へ、先へと流れ、被弾に砕けてパラパラと散り落ちる機体の破片が見えて、空のあちら、こちらで煙を引いたり、火を噴く敵機がクルクルと舞い落ちていた。
 落ちるのが見えたのは5機で、2機がエルベ川の対岸の方へ落ちて炎と黒煙が立ち、南の森へ2機が消えて爆発が1つだけ見えた。そして、対戦車壕の前に双発機が滑(すべ)るように不時着すると、バラキエル伍長がメルキセデク軍曹の命令を待たずに同軸機銃で撃ち掛けて、誰も脱出しないままに爆発させた。
 空襲は、陽が傾き出すまで続き、ソ連空軍の引き上げが始まるまでに、更に、5機が撃墜されていた。
 味方は河川敷に落ちた爆弾で多くの避難民が犠牲になったが、2隻の艀は軽微な損傷のみで無事だった。
 フェアヒラント村の家屋が10棟も燃え、平地の対空陣地が2つ潰(つぶ)されて、4連装の20㎜機関砲が1機と単装の37㎜機関砲が1門、お釈迦になって、操作要員の全員が死傷していた。
 南隣のディアベン村とノイディアベン村、東側のニーレボック村も被害を被(かぶ)り、、幾条もの上がる煙と焼け落ちる家が見えた。
「とうとうソ連軍は、集まって来る避難民達を東へ戻すのと、ドイツ兵達を捕虜にするのを諦めて、殲滅する事にしたようだな。明日は地上攻撃が、空からと砲撃に支援されて、激しく来るぞ!」
 昼過ぎには送電線の鉄塔が並ぶ、南東の森の一部を伐採した切り通しの向こう在るゼードルフ村の方から煙が立つのが見え、聞こえていた激しい銃砲撃の響き轟きは、日没真際にピタリと止んで静かになった。
「南の森の向こうは、ロスケに破られたようだな。明日はそっちからと、ノイディアベン村から廻られて来るな」
 明日は、正面の左から右までの全てから敵が攻めて来るから覚悟しろと、軍曹は言っている。
 右側のエルベ川へ至る退路を断たれたら、『明日は生き残れない』と、晩飯のデカイて柔らかい肉がゴロゴロと入ったビーフシチューに、デカい鎌を肩に掛けて真横に座る死神の気配を感じながらも、香りと味わいを楽しみながら思う。
 実際に直面していない事を予想して深刻に悩むと、溜め息ばかりが出て、圧迫されて息苦しくなる胸と、速くなる動悸(どうき)の心臓に食欲が無くなって、飯が不味(まず)くなるので、クルーの誰しもが軍曹の言葉を聞き流して不安材料を話題にしない。
 昼は携行食のチョコバーとフルーツバーで水筒の水しか飲んでいないから、まだ少し空腹の、デカイ肉にも満たされ切れていない胃袋に、新鮮な卵と砂糖を牛乳に入れて掻(か)き混ぜたミルクセーキを流し込む。
(でも……、こんなまともな飯は、明日の朝が、最後になっちまいそうだなぁ……)
 晩餐が済み、交代で警戒配置に就(つ)こうとした時にメルキセデク軍曹が、訓示のような言葉と東洋宗教の悟りのような事を語り出した。
「ロスケどもは明日、必ず攻めて来る!フェアヒラントに集まっているドイツ人を一網打尽(いちもうだじん)にするつもりだ! 今日の未明に行なわれた反撃よりも、ずっと激しい戦いになるだろう。でも俺達は、エイジスの盾となるマムートで、最後の弾を撃ち尽くすまで、守り抜く!」
 既に焚き火の周りはクルー達だけになっている。
 軍曹は、焚き火に照らされて赤い顔の僕達を見回しながら、力強く言葉を続ける。
「マムートの装甲は厚く、特に、この2(ツバァイ)は使われている鋼材の質も良くて、形状は避弾経始に優れて、大抵の弾には耐えられる。敵弾が貫通して我々を殺傷し難いを思っているが、戦場では予期しない事ばかりが起きて、我々は酷い目に遭うかも知れない」
 殺し合うのが戦争だから、クルーの誰しもが死傷するリスクを負う。
 マムートは破壊され、全員が戦死するかも知れない。
「貫通弾の破片や溶解した鉄の噴流を浴びてしまったり、ハッチから頭を出して索敵中に狙撃されて額に風穴(かざあな)を開けられたり、脱出中にズタボロに銃撃されてしまったら、魂が身体から離れて天国へ昇るか、地獄へ落ちてしまうだろう。死ぬのは一瞬だ。大怪我で苦しみ続けた果てでも、死は一瞬で訪れて全てを消し去って行く。俺が経験した負傷話で経験で申し訳無いが、ガーンと大きな音が聞こえて、同時に来た闇で真っ暗になった。それっきりだ。そう、先(ま)ず……って言っても後は無いが、いきなり真っ暗になるんだ。……それで終わりさ。人生が終わるし、生きるのも終わり。……そうなって、死んでしまうんだ……」
 神妙(しんみょう)に話す軍曹の声の厳(おごそ)かな響きが、人生の最期の瞬間をイメージさせて、瞼(まぶた)を閉じて眠りに付くのが怖くなってしまいそうだと思う。
「俺は運良く、直ぐには死なない傷だっただけで、其のまま気絶していたら、体は朽(く)ちるままにされて、此処には居なったな……」
 苦しんでの闇より、一瞬で闇へと至る事を、僕は望みたい。
「召(め)されなくて重度の火傷や、手足を失ったり、醜くい容姿に変形して生涯、辛い後遺症に悩まされても、生き残った事に、生きている事に、感謝しろ! たった1人の生き残りになっても悔(く)やむな! 生きているのを感謝するんだ。辛くても、苦しくても、悲しくても、それも楽しむくらいに生き続けろ! 俺達の武器を手にしての戦闘は明日で終わるだろう。だが、生き残ったら、生き続ける義務を果たせ! 幸せを目指すんだ!」
 何時の間にか、警護の兵士達も集まって来て、静かに聞いていた。
「俺達の主は、生きている時の善行と犯(おか)した罪によって、死後、天国と地獄へ選(よ)り分けると教えられただろう?」
 両親や年長の家族が信じる信仰によって幼(おさな)い頃から、そう教えられて来た僕達は頷いた。
「それって、主に選(え)り分けられる為に、生きているのかなって思うんだ。そして、どうして、生きるのに苦しんだ人は天国へ、楽に生きていた人は地獄へ行くように、分けられるのかなってね。善行とか、罪って何なんだろうなあ?」
 今、此処に集まっている僕達は、ドイツへ攻め込む敵と戦っているだけで、敵国へ侵略の戦争に従軍していた者は誰もいない。軍曹と伍長も防戦と反撃の戦闘しか経験していないだろう。
 僕達の戦いは敵から奪うのではなくて、侵攻する敵の蛮行に恐怖して逃れる人々を守り、脱出させる為に果たす使命と義務だ。そして、それを邪魔(じゃま)する敵は排除する。
(それ故に、見た事も、話した事も無い他国の人を敵と定め、殺し、生き残るのは、罪なのだろうか? 善なのだろうか?)
「東洋の宗教では、死ぬと肉体から離れた魂(たましい)が、新しく産まれる生に宿(やど)り直すと聞いた事が有る。その教えを輪廻転生(りんねてんせい)と言って、宿り直される生は人と限らないらしい。人として生きる現世の記憶や意識は、綺麗さっぱり原子に還元(かんげん)される肉体と共に消えてしまい、魂だけが甦(よみがえ)るんだ。甦り先は生前に積んだ徳(とく)で決まるそうだ。徳というのは、善でも、悪でもなく、損得の無い清浄さらしい。魂は、人の思いではなくて徳を記憶するんだ」
 ちょっと気持を整理するように、間を於いた軍曹は話を続ける。
「肉体から離れた魂は、色即是空(しきそくぜくう)とか、空即是色(くうそくぜしき)だったかな……? 俺の感覚では、さっぱり分からない時間も、空間も、何も無いところへ行って、そこから転生するそうだ。だから、魂が宿った生は、あらゆる場所の現在過去未来に誕生するらしいぞ」
(それって、魂は使いまわしなの? 無から転生する時空は、有限って意味なの? なんか矛盾(むじゅん)している。やっぱり、東洋は神秘的だあ……)
「東洋の精神世界は全然、理解不能だけど、魔術と魔法を失くして、科学と化学に富を求めた西洋の物質世界は、今、散々たる目に遭っている。今は東洋でも、精神世界を忘れかけている同盟国の水龍(みずりゅう)の形をした日本と、敵側の眠れる獅子(しし)の中国も、酷い事になっている。世界は残酷と悲観に溢れて、何処も幸せになってないよなあ」
(いやいや、けっこう軍曹は、東洋の教えに詳しい……。知人に、戦争が始まる前に日本へ派遣された、ヒトラーユーゲントの先輩がいるのかも知れないな)
「富は身体と心を苦しめて悩ませ続けないと、手に入れられないし、心の安息を得たいなら、富を求めなければ良いってんだろう。でもそれなら、どっちが天国へ行けるんだ?」
 僕は明日を生き抜いて、自由になった世界で心の安らぎと豊かな物品、其の両方の富(とみ)を求めたい。
 信仰に説かれる死後に裁かれる世界なんて、誰も行った事も、見た事もなくて知らない。
 何百光年先の違う銀河の理想郷の空想話みたいな説教よりも、僕は、今を生きている、見て、触って、聞いて、嗅(か)いで、味わって、五感の楽しみと嬉しさが溢れる、この、幸せな結末にできそうな世界が大切に決まっている。
「俺達の宗教は、死ぬと、無限に広がる死後世界の天国や地獄へ、無限に送られる死者の列に並ぶのさ。でも、送られてからどうなるんだ? 信仰する無限が無ではない教えだと、永久の楽しみと、永久の苦しみのどちらかになる。未来永劫、死者は死後世界に増え続ける。だが、生前への果てしない欲望への未練を持つ死者だけが、天国へ昇る階段を引き返し、地獄への奈落(ならく)の縁(ふち)にしがみ付いて攀(よ)じ登って来てしまう。そんなゾンビどもに、俺達は変身したくないよなあ」
 メルキセデク軍曹は、黙って真剣に聞いているクルーや兵士達を見渡すと、話を締(し)め括る。
「皆(みんな)、明日は力の限り戦って、生き残ろうぜ!」
「おおーっ!」
 集まっていた全員が、覚悟を求める軍曹の言葉に大声で呼応(こおう)し、人生の最期になるかも知れない明日への覚悟を強くした。

 

 

f:id:shannon-wakky:20170603074103j:plain

 * 5月7日 (月曜日) フェアヒラント村 駅近くの守備位置
 夜通し交代で警戒していたが、南東の森の向こう側の方の遠くから、多数の車輌が動く騒音が小さく聞こえて来るだけで、昨日の日没から発砲音は全く聞こえず、其の草木を戦(そよ)がす風の無い静寂な夜に、まるで、戦争が終わってしまったかのように錯覚して穏やかになる気持は、身近に不安が無い平和な日常を思い出させて、笑いながら遊び回る有り得ない今日を夢想してしまう。
 午前3時頃からエルベの川面に湧いた濃い霧が辺りに漂い始め、街道の道筋を示していたカンテラの灯火も近くの一つだけが、ぼぅーと見えるだけになって、警戒すべきは音だけになった。
 周波数を合わせたラジオ放送が午前五時の時報を知らせると、臨時ニュースが流れだして、第3帝国が無条件降伏をした事を伝えた。
 戦闘継続は今夜の12時までで、午前零時を過ぎて8日になれば、全ての武器を捨てて降伏し、交戦相手へ投降しなければならない。
 降伏後の処遇についての要求は認められず、相手が定める条件に自身を委(ゆだ)ねしかない。
 ナチス・ドイツは消滅して、連合国に分割統治される国土は、一方的に決定される賠償要求で完膚無きまで痩(や)せ果てて疲弊(ひへい)し切ってしまうだろう。
 新興ドイツの政府が連合国の求める無条件降伏を受諾したからといって、『さあ、僕達も降伏して、助かろう』なんて出来ない。
 ヘタレでビビリだった僕は、クルーの皆と一緒に誓う。
「今日の日は、力尽きるまで、フェアヒラント村の渡し舟乗り場を守り切り、ソ連軍の侵攻から逃れて来る大勢の人達を、エルベ川の西岸へ渡らせる為に、この場所で僕達は戦い続けるんだ!」
 --------------------
 ベルリンのシュパンダウ地区から家族で逃れて来て、何処か途中の野戦病院で、足に怪我を負った母親と、その母親に付き添う父親に説得されて別れると、西方へ逃れようと幼い妹と弟を連れて此処まで歩いて来た幼馴染のビアンカが、艀乗り場の方へ去ってから30分は経った頃、散発的に東南の森の彼方から聞こえていた小銃の銃声が、突如(とつじょ)として激しい機関銃の連続射撃音と連続した爆発音に変わり、幾つもの爆煙が森の梢(こずえ)の上に立ち昇った。
 爆煙が立つ方角的に、アルテンプラトウ村からニーレボック村へ至る街道の中程辺りと思われ、とうとう攻勢準備が整ったソ連軍が、フェアヒラント村の艀乗り場を確保し続ける防御ラインへの攻撃を開始した事を、オープン受信にした無線通話からも知らせた。
 全く衰(おとろ)えない銃声の応酬(おうしゅう)と増える爆煙に重なって炎の塊りが昇り、街道の障害物と周辺に仕掛けた地雷原と爆薬を物量で押し通り、防衛外郭の抵抗拠点も力圧(ちからお)しで後退させて来る強力さは、夕刻にはニーレボック村を抜けて船着場まで迫られると予想された。
 南東側の森の向こう、ゼードルフ村からも銃撃と砲声が聞こえ、ソ連軍の攻撃が再開された事を知らせた。
 ゼードルフ村の防衛陣地を突破して薄い森を抜けられると、直ぐにエルベ・ハーフェル運河沿いを西進して、エルベ・ハーフェル運河とエルベ川を船を行き来させる為に、水位を上下させて繋げる閘門が在るノイディアベン村の守備隊を側面から攻撃できる。
 エルベ川沿いに南方から攻めるソ連軍の防戦に手一杯のノイディアベン村の守備隊は、側面からの攻撃に一溜(ひとた)まりも無く、ノイディアベン村の防衛ラインを突破して北上するソ連軍はディアベン村も陥してフェアヒラント村へ迫り、1門の88㎜対戦車砲と数門の20㎜や37㎜の対空機関砲だけでは、ソ連軍の重戦車から艀乗り場を守り切れずに僕達はエルベ川への脱出路を断たれてしまうだろう。
 リアルタイムで戦況を知る為に、オープンにし続けている味方の無線交信が、『中間点の曲がりが突破されて、第二障害に迫っている。森の中を敵歩兵が駆け抜けて来ているぞ!』、『牽引車が無事なら、弾薬が残り僅かになった時点で、戦車猟兵部隊はフェアヒラント村近くへ後退して、最終防衛をしろ!』、『牽引車がダメになったり、固定された砲は、弾薬を惜しむな! 撃ち尽くしてから撤退しろ!』と、無線交信に慌(あわただ)しいガナリ声が溢れて、緊迫した戦況を伝えている。
 ソ連軍の無線周波数に合わせている、もう1台の無線機のレシーバーで交信状態を探ってみると、やたらと『タンキ フピェリョート!フピェリョート!フピェリョート!』 と叫んでいた。
 たぶん、『タンキ』は、発音が似ている英語の『タンク』と思うから戦車の事だと察した。
 続く『フピェリョート』は、タイムリーに前進の意味だろう。
 ソ連軍の最前線指揮官か戦車中隊の指揮官が、先頭の戦車小隊に突撃を命じている。
 敵の攻撃が開始されたのを知ったメルキセデク軍曹は、ゲンティンの町から来ている防衛隊とフェアヒラント村の護衛隊と憲兵のリーダーを呼んで、森の東端の兵士達が撤退を始めたら、『森の中を抜けてフェアヒラント村からエルベ川を渡れ』と、指示を与えて守備陣地へ戻らせた。
 更に、30分は経った頃、移動して来た爆煙が第2障害物辺りで炎混じりに増えて、敵は仕掛けた罠に掛かっていたようだが、5分もしない内に森の出口に敵の重戦車と歩兵が現れた。
 敵戦車は停止して戦車砲を1発撃つと、青白い排気煙をもうもうと撒き散らしてエンジンを吹かし、ニーレボック村の防衛線へ突進を始めるかに思えたが、突然、排気煙が消えて全く動かなくなった。
 きっと、村の前面と中程に配された対戦車砲から放たれた徹甲弾によって仕留められたのだ。しかし、敵の進撃を食い止めたと思われたのは束の間で、直ぐに2両目の重戦車が現れると、撃破された先頭車を盾にして榴弾を撃ち出した。
 榴弾は村外れの2軒に連続して着弾し、それぞれの家屋の半分が炸裂によって木っ端微塵にされたが、敵は対戦車砲の位置を把握していない様子だ。
 赤い火花が敵戦車の砲塔に散るのが遠く離れていても見える。
 装甲が厚くて貫通しないのか、入射角度が浅くて弾かれているのか、分らないが、命中弾を浴びても戦闘力は健在で射撃を続けている。
「距離はどれくらいだ? バラキエル」
 此処から森の切れ目の街道筋までは、射程内だろうけれど、弾道が低伸する限界以上の遠い距離だと見て取れた。
「距離は、3000mと少しってところです。軍曹」
 射撃センスが有って数多くの敵戦車を撃破しているバラキエル伍長でも、どうにか戦車らしきと判断できる3㎞も先の点のような目標は動いていると、見越し射撃の時間差読みが曖昧(あいまい)で命中させるのは至難の業だと僕は思う。だけど今、狙うべき目標は停止していて、伍長なら確実に殺ってくれそうな気がする。
「バラキエル、殺れそうか? あの位置で撃破できれば、既に、仕留められて擱坐(かくざ)した先頭車と並んで、街道を塞いでくれるだろう。少しは時間が稼(かせ)げるな」
「上手く燃えてくれれば、もっと稼いでくれますよ。軍曹」
 ドイツ軍戦車のガソリンエンジンとは違い、スターリン戦車はディーゼルエンジンだと聞いている。使う燃料は軽油でガソリンよりも着火点が高い。だから、ディーゼルエンジン仕様の戦車は被弾しても燃え難いと信じられて来た。
 だが、実際の戦闘での着火物は、ファストパトローネの弾頭のような指向性爆発による沸騰(ふっとう)した鉄の飛び散りか、大気との飛翔(ひしょう)摩擦(まさつ)で赤く灼熱化(しゃくねつか)した徹甲弾頭が、更に、貫通熱が加わって溶融(ようゆう)寸前になった白熱片で、エンジンや排気管の過熱程度には有効な着火点の差など意味をなさない高温によって、内燃発動機の気化性燃料は激しく燃えてしまう。
 大抵の炎上プロセスは、送油管が貫通した弾片で破損するか、着弾や貫通した衝撃で脱落やズレた給油管から漏れた燃料が、溶融や白熱する鉄に触れて炎上する。そして、気化した燃料の燃焼膨張の圧力に耐えられずに燃料タンクは裂けて、漏れる燃料が連鎖的に燃えて行く。
 それが、極短時間に連続して燃焼するので爆発炎上しているように見えてしまう。
「よし! バラキエル、殺るぞ! かなりの遠距離だが、停止して側面を晒しているスターリンを撃破しよう。照準が良ければ、自分の判断で撃て!」
 バラキエル伍長は先日のアルテンプラトウ村の戦闘で、初めてマムートの128㎜戦車砲を発砲しているだけで、遠距離での弾道の伸びはわからないと思う。だけど、伍長はアルテンプラトウ村での外れた初弾の弾道から予測して狙うはずだから、高確率で命中させれると僕は期待した。
「軍曹、低伸後の弾道が読めないので、初弾の命中は難しいかも知れませんが、狙います」
 ペリスコープの上隅に見えている、たった5発しか射撃していないのに、発砲炎の熱で防錆塗料が焼けて煤(すす)けた砲身の先端が、左右に微妙な揺れをしながらジリジリと上がって行くと、直ぐにピタリと動きが止まった。
「撃ちます!」
『バウッ……』
 レシーバーで塞いでいても、鼓膜が破れそうな発砲音は、直後に来る衝撃波で尻切(しりき)れ蜻蛉(とんぼ)に聞こえなくなり、車内の吸い出される風の低圧感と吹き戻す空気の圧迫感を懐かしく思い出させて、放たれた徹甲弾は、青い曳光の光点となって敵戦車の車高の倍くらいの真上へ向かって真っ直ぐ一直線に飛んで行った。だがそれも、途中の、僕のいい加減な目測だけど、たぶん、低伸限界距離の1000mを飛んだ辺りから、重い徹甲弾頭は重力に引かれてグングン落ちて行き、目標の手前に着弾の土煙を上げて跳ねた。
 届かない着弾に外れたと思った瞬間、それは、水面に投げた平たい小石が跳ねるように同じ方向へ飛んで、地雷で擱坐した僚車の脇で停車していたスターリン戦車の左側面後部へと青い光点は消えた。
 ニーレボック村の抵抗拠点への直接射撃を済ませ、進撃の排気煙を噴き上げた瞬間に被弾した敵戦車は、続く排気煙の噴き上がりも無く、ピタッと完全に動きを止めてしまった。
「命中しました、軍曹! 動きが止まりました。敵戦車は、擱座したようです」
 タブリスが、興奮した声で報告する。
 動きを止めたままのスターリン戦車を見詰め続ける僕も興奮していた。
 大きくて重い砲弾が手前でバウンドしながらも、1発で3㎞もの遠距離に居る目標へ命中させた事が信じられない!
(バラキエル伍長、凄い!)
「おおーっ、すっげぇ! 距離、3㎞で殺ったぞ」
「ふうーっ、軍曹、なんとか命中です。ラッキーでした」
 ラグエルとイスラフェルの喜ぶ歓声に、バラキエル伍長の深い溜め息がレシーバーから重なって聞こえた。
「良くやった伍長! 本来なら、表彰されるべき功績なんだがな……」
 マムートの128㎜戦車砲は、新砲塔の開発にも少しは関わっていたタブリスの説明によると、同口径の対空砲を基にして製造された対戦車砲だそうだ。
 高度1万m以上の高空に、時限信管で弾片を撒(ま)き散らす炸裂弾を発射する高射砲がベースなのらしいが、砲弾の受ける重力の方向が違う水平射撃は、僕の想像よりも弾道が伸びていないように見えた。
 それでも、外れたと思われた砲弾は、スターリン戦車のエンジンルームへ命中して撃破した。
 最初は梢の高さから細くて黒い煙の筋が見え、やがてパチパチと瞬(まばた)く焚き火のような火が出ると、直ぐに黒点に見えていた敵戦車全体が炎に包まれた。
 遠目にも、炎の勢いから搭載弾薬が誘爆して、それが下火になるまで、暫くは敵も、味方も近寄れないと思えた。
「これで、森の街道を来る敵の攻撃は、暫く停滞だな」
 --------------------
 『ゴトッ』、軍曹がキューポラのハッチを垂直に上げる音がした。
「ハッチを開けて、双眼鏡で敵の来襲を警戒するんだ。カムフラージュの枝葉の下に低く構えて見張るんだぞ。受け持ちの範囲を注意深く見て、敵らしい動く影が有れば、直ぐに知らせろ」
 連続して敵戦車が攻めて来ない様子に、メルキセデク軍曹は各自へ必要最低限にハッチを開いて双眼鏡せ索敵するように命じた。
 斜めにずらしたハッチから顔を出して敵の来襲を警戒する視線が、撃破された敵戦車から立ち昇る黒煙の上空にキラキラと翼を煌かして、ダイブして来る敵機の編隊群を発見した。
「ニーレボック村上空に敵の編隊です。攻撃して来ます」
「敵機の動きを報告しろ! 狙われているのは何処だ?」
 南東の森の出口と送電塔の辺りから赤色の信号弾が上がり、更に、南の森の西外れからも赤く輝く信号弾が打ち上げ花火のように上がって行き、森の中に待機するソ連軍が誤爆を避ける、味方識別の信号弾を打ち上げている。
「編隊が割れます。2編隊が、ニーレボック村へ降下しています。残り4編隊は、川沿いへ向かっています」
 東側からと低い丘からも赤い光が上がり、更に緑の光が幾つも斜めに飛んだ。
 昨日の空襲は、双発の爆撃機を戦闘機が護衛して来た。
 爆撃は、対空砲火がギリギリで届く2000m辺りでバラバラに爆弾を投下して、着弾もバラバラで広範囲に落ちていた。
 護衛の戦闘機群は、低空へ降りて来て反復攻撃の銃撃を加えていたが、何機も対空火線に捕らえられて落とされていた。
 分かれた4編隊の1編隊が、更に離れて、南へ向かうと機体から小さな塊りを2つ落として行く。
 傍受するソ連軍の無線が、意味の分からない怒鳴り声に怒鳴り声が被り、それに、喚き声が次々と重なって来るけれど、木立上に見える送電塔の並びを隠して土砂と木々と炎の塊りが噴き上ると、静かになってしまった。
 暫くの沈黙の後に再び怒鳴り出した交信から、敵は間違いなく誤爆による同士討ちしていた。
 今日の編隊は戦闘機のみだったが、シルエットから両翼に小型爆弾を1個ずつ吊り下げていて、低速で動きが鈍い。しかし、勇敢な彼らは、一斉に撃ち上げ出した対空砲火に怯まず、昨日の爆撃隊よりも、ずっと低い高度で投弾して行く。
 余りの果敢な攻撃精神から機動を誤ったのか、それとも、新参の上官に率いられた新米のパイロットばかりだったのか、回避運動もせずに編隊ごと対空火線の曳光弾の束に飛び込んだ4機全機が炎を噴き、目標へ爆弾を落としながらエルベの両岸に墜落して爆発した。
 対空射界の外で対空火器の無いニーレボック村は、2編隊の爆弾を全て投弾されて大火事になっていて、フェアヒラント村の村外へ配置されていた3つの対空砲陣地からも煙が立ち、近くの家屋が幾つも燃えていたが、線路や街道に着弾していなかった。
 果敢に銃撃を繰り返していた敵機は、7、8機が落ちたように見えたが、銃撃で多くの人々が死傷したと思われたし、2艘(そう)の艀も無事か分からない。
 敵編隊は南隣のディアベン村の方を攻撃していなかったから、既に、丘近くまでソ連軍が接近して交戦しているのだろう。
 空襲は30分ほどで終わると、空気を切り裂(さ)く擦過音(さつかおん)が聞こえ、200m先の放牧地で爆発の土が噴き上がった。
「砲撃だ! ハッチを閉めて、至近弾と直撃に備えろ!」
 軍曹の緊迫した大声がレシーバーに響き、バタン、ゴトンと、急いでハッチを閉じる音が車内に響いく。
 『一体、何処を狙ってるんだろう?』と、考えてしまうような的外(まとはず)れな砲撃は、時折、街道近くで爆発はしたが、其処ら中の牧草地へ全弾が落ちて、面制圧が目的だとすれば、其の効果の薄さに余りにも御粗末(おそまつ)だと思った。
 牧草地には森際に塹壕陣地が在るだけで、対戦車壕と周辺に陣地は無く、地雷や鉄条網も数が足りなくて敷設(ふせつ)されていなかった。
(まあ、そんな、此方の事情を知らないから、撃って来ているんだと思うけど、取り合えず、仕事しているフリをしとけって、みたいな弾着だなあ)
 着弾の疎らな位置と雑な時間の間隔から、かなりライフリングが磨耗(まもう)して、閉鎖器にもガタが生じた危険な大砲で、しかも、後退反動を受け止める駐鋤(ちゅうじょ)をしっかりと固定しないで使われているらしく、飛距離と発射位置の不安定さが着弾を広範囲にさせていると話す、バラキエル伍長とメルキセデク軍曹の声がレシーバーから聞こえる。
 それに、砲数が少ないらしく、着弾観測兵に誘導されていても精密な砲撃はできず、退散しろと脅(おど)していたら紛(まぐ)れで当たった程度の期待しか出来ないらしい。
 其の時間稼ぎのような杜撰(ずさん)な砲撃は15分は続いたが、視界範囲に被害は無い様だった。
 疎らな砲撃は燃えるニーレボック村の方へ移って、着弾の爆発で巻き上がる土埃と火災の煙が暗く覆っている。
 それに、こちらからは見えない森の中の街道から、複数の敵戦車が撃ち掛けているらしく、『パッ、パパッ、パッ』と発砲の炎と煙が木立を通して頻繁に見えた。
 突如、ニーレボック村から緑色の信号弾が続けて上がり、こちらの森からも青色の信号弾が飛ばされると、ニーレボック村の左手から75㎜対戦車砲を牽引した2台のSWS重牽引車が飛び出して来て、街道をこっちへ向かって来ていると無線で知らされた。
 更に、負傷兵と生き残りの守備兵達を満載したハーフトラックと無蓋のトラックが、2台続いて行くと入った連絡を直ちに軍曹へ伝えた。
 それらを追い駆けるように、森の街道口から次々とスターリン戦車が続々とニーレボック村の前面へ展開するように現れて、歩兵部隊を後続させながら横隊で牧草地を進んで来た。
 それを見て、森際の塹壕で森を抜けようとする敵と交戦中だった外国人義勇兵達が浮き足立ち、エルベ川の方へと駆け出すが、其の半数以上が線路の低い土手まで辿り着く前に射ち倒された。
 敵味方、どちらからか分からないが、迫撃砲だと思われる弾着の炸裂で白い靄が牧草地一帯を覆って見通しを半分くらいにしてくれた。
(煙幕弾だ! 逃げるには有り難いが、視界を白く遮る煙幕で敵が見えず、照準も定めれないから、攻める側には邪魔でしかないな……)
 敵戦車群への射撃は、距離の遠さと移動している事に加え、見通しの悪さの為に、煙幕が薄れても対戦車壕に阻まれて停車するまで控えるよう、メルキセデク軍曹はバラキエル伍長に言っている
 『パウッ! パウッ!』、ニーレボック村から撤退して来た2輌のSWS重牽引車がマムートの前を通り過ぎて、煙幕も薄れて来ると、アハト・アハトと兵士達が言っている口径88㎜砲の軽くて鋭い発射音が森の東端の方から連続して聞こえて、牧草地を横切り、街道へ迫っていた先頭のスターリン戦車が、『ガックン!』と、直撃弾を受けて動きを止めた。
 SWS重牽引車に続いて、ハーフトラックとトラックが激しく跳(は)ねながらマムートの前を通り過ぎて行くが、最後尾のトラックは踏み切りの手前でスターリン戦車の放った榴弾が直撃して吹き飛び、裂けた車体が宙を舞い、乗っていた全員が高く飛ばされて辺りにバラ撒かれ、落ちて来た誰もがピクリとも動かない。
 アハト・アハトに撃破された1輌以外は牧草地を高速で進んで来て、期待通していた全車ではなかったが、3輌が対戦車壕に落ちて、他の敵戦車は壕の縁で急停止した。バタバタと射ち倒されていた随伴する敵の歩兵達は、北側の森から激しく射ち掛けるドイツ兵と射ち合いながら、退避する塹壕代わりに壕へ飛び込んで行く。
 壕縁で停車した敵戦車は7輌だったが、更に、左端で側面をアハト・アハトに晒していた1輌が停車直後に黒煙と炎を上げて撃破された。
「右から順番に狩って遣れ、バラキエル。右側のはアハト・アハトに任せよう。壕から這(は)い出るのも、始末してくれ」
 マムートからは、対戦車壕の街道近くの左端で約1000m、南の森真際の右端では約1800mの距離が有る。
「右端のスターリン戦車で、距離は1600m、左端の生き残っているので1200mです。アハト・アハトからは600mほどでしょう。ラグエル、徹甲弾を連続で撃つぞ!」
「了解、徹甲弾を続けて装填します」
 SWS重牽引車は100mほど離れた踏み切りを超えた線路脇で、牽引して来た75㎜対戦車砲を速(すみ)やかに外すと、乗っていた戦車猟兵達が砲と弾薬を展開させて、急ぎ砲弾を込め、スターリン戦車群と砲撃戦を始める。
 2門だと思っていた75㎜対戦車砲は、1門は口径105㎜の榴弾砲で、対戦車壕に隠れる敵兵達と、一斉に森の中から出ようと構える敵歩兵の並びへ釣瓶打(つるべう)ちを浴びせた。
 着弾は壕の中程から土砂を噴き上げ、炸裂は徐々に森の梢へ移動し、無数の砲弾の断片と鋭く粉砕された木片を地上に蠢(うごめ)く敵兵へ刺さり付けた。
 激しい雨のように降り注ぐ破片に居た堪(たま)れず、砲撃を避けて南側の森から逃げ出すイワン達を、北側の森に潜んでいた防衛隊の機関銃とマムートの同軸機銃が長い連射を浴びせて、まるで、死神が大鎌を振るったかのように薙(な)ぎ倒した。
 左端の2輌のスターリン戦車が少し動いて射界を確保しながら斜めに構えて、アハト・アハトや75㎜対戦車砲と撃ち合っていたが、75㎜弾が転輪を弾き飛ばして履帯を切断し、火花を散らして装甲板を貫通するアハト・アハトの徹甲弾が息の根を止めて行く。
「装填完了!」
「撃ちます!」
 発砲の轟(とどろ)きと一瞬の風が巻く気圧の増減に装填音の響き、それらの音に被る、『ハア、ハア』と、ラグエルとイスラフェルの喘ぎを聞かされながら、轟きと響きが4度続いた後、敵戦車の1輌は爆発して砲塔を噴き飛ばして残骸になった。
 2輌が炎上して黒煙を噴き上げている。
 燃えた2輌から、5、6人の搭乗員が火達磨(ひだるま)で脱出して転げ回っていたが、直ぐに動かなくなって、今は焚き火のような小さな炎の瞬(またた)きになっている。そして、方向を変えて退避しようとした1輌が、被弾後に壕へ落ちて燃え上がった。
 アハト・アハトと75㎜対戦車砲と撃ち合った一輌は砲塔が無くなり、もう一両も白煙を漂わせて燻(くすぶ)っている。
 最後の左から3輌目のスターリン戦車は、僚車が横からアハト・アハトに屠られたのに気付いて斜めに構えようとしたのか、突然、旋回を始めると、壕の縁を踏み外して対戦車壕に落ち掛けたまま停まってしまい、寮車に隠れて狙い難かったアハト・アハトからは右側面を、マムートと75㎜対戦車砲へは斜めに傾いた薄い上面を晒した。
 透(す)かさず、バラキエル伍長が発砲。
 青い曳光がスタックしたスターリン戦車へグングン吸い込まれて行く横を、僅かに遅れて発射された直径75㎜の徹甲弾の青い曳光が右横から追い着いて来て、アハト・アハトからの徹甲弾が命中の火花を散らした直後、75㎜対戦車砲弾とマムートの128㎜徹甲弾が、殆ど同時にターレットリング辺りに命中して激しく火花を飛ばした。
 乗員が脱出中に、3発の命中弾を同時に受けた敵戦車は瞬時に搭載弾薬が誘爆して、乗員達を蒸発(じょうはつ)させて重い砲塔を高く飛ばす閃光(せんこう)の塊りとなり、殆ど原型を留めない残骸(ざんがい)に成り果てた。
 発射薬の燃焼を終えた装薬筒が砲尾から出される金属音に、キャンバス布のバスケットへ落ちる音、新たな徹甲弾頭と装薬筒が装填される音、鎖栓(くさりせん)が動いて閉じる音、そして、途中で聞こえなくなる発砲音に素肌を撫でる衝撃と風、全身の毛が勝手に逆立(さかだ)つ胸騒(むなさわ)ぎ、一連して続くそれらに僕は、落ち着かなくなる不安さを楽しみながら、心地良さと安心さも感じていた。
『早く、早く』と、タイムアップを急(せ)かすラグエルの声に、『速く、速く』と、自分の動作スピードのアップを図(はか)るイスラフェルの声が、2人の喘ぎに混ざってヘッドギアのレシーバーから呪文(じゅもん)のように聞こえている。
 突如(とつじょ)、『ガガーン』と、教会の鐘(かね)が落ちて来たみたいな轟音が鳴り、スターリン戦車から発射された口径122㎜の徹甲弾がペリスコープの真ん前に突き刺さり、装薬の爆発熱とライフリングと大気の擦過熱に赤く加熱した砲弾の後ろ縁がミラーの下縁(したふち)に見える。
 刺さった場所の内側の装甲板面は、表面に塗られた赤い錆止(さびど)め塗料が、砲弾の直径と同じくらいに丸く剥(は)がれた僅かな盛り上りが銀色の鉄の地肌を晒していた。
「車体前面に命中弾です。軍曹!」
 スポーツ大会で友人が投げたボールのように、スゥーと受け捕れそうなスピードに見えた敵弾が命中した。其の初めての強烈な衝撃は恐怖で、僕の声は震えている。
 真正面の装甲板が、もしも貫通されて直撃されたら身体は、其の加速された弾量衝撃で、破(やぶ)れた水風船みたいに中身が跡形も無く飛び散ってしまうと、僕は慄(おのの)いてしまう。
「200㎜も有る前面装甲や砲塔前面の装甲を、貫通できるロスケの大砲は無いよ、アル。120㎜厚の調質鋼の側面装甲板は、そうでもないけど、前面の装甲鋼板は、極力、炭素量を減らして、貴重なニッケルを多く含有させて、靭性(じんせい)と粘(ねば)りと剛性(ごうせい)を高めているんだ。だから、命中爆発の衝撃によるホプキンソン効果は、反対面の剥離が小さいのさ。それに外側面は浸炭焼き入れで硬くされている。浅い角度で来るのは滑らせて弾(はじ)き、深く来るのはガッチリ受け止める。貫通はしない。そうさアル、お前は、世界最高の装甲板で守られているから、全然、大丈夫だ」
 『ガガーン』、『ガーン』と、タブリスが話し終えた途端に、立て続けにスターリンの砲弾が近い位置に塗装を剥(は)がして命中するが、皹(ひび)が入る事も無く、全く貫通される気配は無かった。
 炭素量? ニッケルを含有? 靭性に剛性? ホプキンソン効果? タブリスの説明はちんぷんかんぷんだけど、安心できるのは伝わって来た。
 『ガーン』、更に、激しく撃ち込んで来る1弾が命中して、僕の前に丸い塗装の剥がれを増やした。
(なんで、僕の前ばかりに中(あた)るんだよ? なあ、ダブリス!)
 --------------------
 対戦車壕へ落ちた3輌のスターリン戦車は、壕の急斜面を人海戦術で戦車幅に崩して作られた、なだらかな坂を通って此方側(こちらがわ)の牧草地に出ようとしていた。
 先(ま)ず前面下部を晒して来た1輌目はアハト・アハトに側面から撃たれて仕留められ、勢い良く牧草地に出て左右に揺れながら進んで来る2輌のスターリン戦車の1輌も、距離800m辺りでマムートが撃つ前に、アハト・アハトが後部を射抜いて炎上しさせた。
 最後の3輌目を撃破したのはバラキエル伍長で、真南へ600m、線路まで200mの位置だった。マムートの徹甲弾に車体後部を貫通されて動きを止めたスターリン戦車からは4名の搭乗員が脱出した。だが、線路脇の窪地に潜んでいたヒトラー・ユーゲント達に全員が射ち殺されてしまった。
 勇戦したヒトラー・ユーゲント達が潜む線路脇の窪地の向こう、低い丘の左側を廻る線路上から客車型の起動車を先頭にして3輌編成の列車が見えた。
 近付くに連れて列車の中は、負傷者と避難するの婦女子ばかりで、屋根の上にも大勢の負傷者が寝かされたり、座ったりしていて、白地に赤の大きな赤十字の旗を広げていた。
 赤十字の旗は客車の横にも、遠くから視認されて攻撃されないように広げて結ばれている。そして、加速して来る列車を追うように、3輌のT34戦車が丘の影から現れて、逃げる列車へ発砲した。
「軍曹、丘の左側に、T34が3輌です。赤十字の列車を砲撃しています!」
 逸れた敵弾は、列車が通過して行く踏み切りの近くへ落ちて爆発した。
 どの客車も、負傷兵と婦女子で一杯だ。
 其の負傷者の多さに閘門が在るノイディアベン村は突破されて、ソ連軍はディアベン村の守備隊と交戦中だと察した。
 敵の2両目が発砲した榴弾が、列車の最後尾に命中して爆発した。
 客車は、構造物の後ろ半分が台車部分を残して吹き飛び、其の客車に乗車していた人達の殆どを、一瞬で左右の牧草地と線路上に撒き散らしてしまった。
 線路脇の塹壕に潜むヒトラー・ユーゲント達に3輌の敵戦車は全く気付いていなくて、近付き過ぎた先頭のT34戦車は、ファストパトローネの連射を浴びて爆発した。
 2両目が、誘導輪と履体をマムートの徹甲弾に粉砕されて動きを止めた。
 それを肉迫するヒトラー・ユーゲント隊員に仕掛けられた対戦車地雷で、生き残って閉じ篭(こも)る乗員諸共(もろとも)破壊された。
 3輌目は、後部に命中したファストパトローネで炎上して、砲塔と前面のハッチを抜けて脱出しようとした3人の搭乗員は、射たれて車外へ出る前に殺された。
 線路上を遣って来そうな後続の敵戦車隊や、牧草地に展開して進んで来る新たな敵の戦車隊が出現する気配は無く、近接する戦闘に味方への誤爆を避ける為なのか、敵の航空機が飛んで来ていない。
 暫し休息の時間が続く様な状態に、思いもしない重防御に大損害を受けて撃退されたソ連軍は、より強力な攻勢部隊へ編成し直しているのだと思う。
「次は、砲撃が来るぞ! まともな大砲が揃ったのかも知れない。着弾が集中した激しい砲撃になるな。だが、撃たれる前に、砲撃を誘導する敵の観測兵のチームを見付けて、殲滅すれば、正確に撃てなくなる!」
 森を越える曲線を描いて飛んで来る砲弾は、破壊すべき目標が見える位置で誘導しないと直撃させるのは難しい。
 水平位置からでは、水上に立つ水柱のような着弾位置を確実に視認判断できないので、目標の手前辺りから奥へ着弾をズラして行って命中させるが、直撃率は低くて時間も掛かる。
 より高率で命中させて速やかに破壊する為には、高い位置から俯瞰して目標を挟叉させるように着弾さけなけばならない。だから、森の梢や送電鉄塔いる観測兵を始末すれば、敵は精密な集中砲撃を行なえなくなる。
 
* 5月7日 (月曜日) フェアヒラント村 駅近くの守備位置から村内へ移動
 1000m以上も牧草地で隔てている南の森から射ってくる敵の機関銃弾や狙撃銃弾に、此方の森からも射ち返すのを聞きながら、敵狙撃兵から見えないようにハッチの縁と擬装の葉枝の影に隠れて、砲手のバラキエル伍長を除くクルー全員が双眼鏡で敵の砲兵観測員のチームを探す。
 観測チームは砲列へ指示を送る有線電話器や無線機の設備を備えているから目立つはずだと、軍曹と伍長は言っていた。
 隠れそうな遮蔽物が無くて、敢えて危険を冒す事はしないだろうと考えていた送電鉄塔を下から上へと、じっくり見ていた僕は、敵兵が上部付近で動いているのを見付けた。
 森の太いアカ松の高さが、撃破したスターリン戦車の長さと比較して約25m、鉄塔の頂きは更に10mほど上だから、送電鉄塔の高さは35mってところだ。
 『死に急ぎたいのか、勇敢なのか、遠距離だからと安心しているのか、賢くはないな』と、見ながら『彼らを、払い落としたい』思いに唇が笑ってしまう。
「敵兵が送電塔を登っています。軍曹! 1個分隊ほどですが、有線電話機らしきを背負った兵もいるようですから、砲兵隊の観測兵でしょう」
「ああ、確認したタブリス。奴らが天辺(てっぺん)まで登って弾着を誘導されたら、渡し場や防衛陣地が狙い撃ちされちまう。バラキエル! 榴弾で吹き飛ばしてしまえ!」
「了解、軍曹。鉄塔上の敵兵を、榴弾で殺ります」
「ラグエル、榴弾だ!」
「ラグエル伍長、榴弾は瞬発信管が3つに、時限信管が2つ有りますが、どちらですか?」
「時限信管だ! 距離は2000m、弾速が毎秒850mとして……。目盛りは2.2秒にしろ。鉄塔の手前で爆発させて、破片と爆風で一掃しちまおう」
「ダイヤルを、2.2の目盛りに合わせます」
 もっと、早く配置に着くべきだった敵観測兵達のタイミングを失った動きは、しっかり死神を招き寄せてしまい、もう逃れる事は出来ない。
「時限信管、目盛りを2.2にセット完了。装填します」
「榴弾、装填完了!」
「撃ちます!」
 発砲炎に発砲音、白い発砲煙から飛び出た青く輝く光が小さくなって行き、タイマー時間通りに予定した位置で死神の振るう鎌が爆発させる。
 天辺の逆三角形に組まれたアームに辿(たど)り着いた敵兵達と、その真下の足場で有線電話器を調整しているように見えていた敵兵達が、切断された高圧電流の送電線や碍子(がいし)と共に、爆発の煙塊の中から飛ばされて落ちて行き、送電鉄塔上には誰も居なくなった。そして、茂みで隠れて見えないが、鉄塔の真下辺りから黒煙が上がり、ちらちらと揺らぐ炎が見え出した。
 きっと、観測隊の乗って来た車輌が榴弾の破片を浴びて燃えているのだろう。
「あのままじゃあ、また、登られそうだ。バラキエル、トラス構造が細くなる繋ぎ部分に、榴弾を上手く中てて、送電塔の上半分を倒すか、失くしちまえ!」
「鉄塔の上半分を、粉砕します」
「次は、瞬発榴弾を込めろ! ラグエル」
 1分も経たずに『装填完了』、『撃ちます』と続いて発砲。
 青い光点が上部の重量を分散させる中程の繋ぎ部へ吸い込まれて爆発した。
 予定通りの場所へ見事に命中した瞬発榴弾は四角に組まれた一角を失わせて、張り渡された高圧電線の重みと剛性不足になって支え切れない上部構造を大きく揺らすと、此方へ向かって炙(あぶ)られた飴細工(あめざいく)みたいにグニャリと御辞儀(おじぎ)をして折れた。
「よしっ! これで登れないし、梢よりも低くなったから使えないな」
 --------------------
 激しい砲撃に晒されなくなった安心感が、無線周波数を調整させて半周防御陣地の他の状況を傍受すると、強力なソ連軍の攻勢に緊迫する事態が、此処の終焉が切迫している事を知らせていた。
「軍曹! フェアヒラント村の北方で、防衛ラインが突破され、敵の戦車隊がエルベ川へ迫っていると言ってます。防衛ラインは分断されて、ここフェアヒラント村が包囲されそうです」
「後方の森の向こうから、爆発音が連続して聞こえている。アル、森の東端にいる防衛隊に艀乗り場口まで、撤退するように伝えろ! タブリス! 彼らが撤退したら、マムートを後進で移動させるぞ」
「了解、軍曹」
 僕の返答にタブリスの声が重なる。
 ドイツ帝国の最末期の土地と西方へ逃れるドイツ国民を守る第12軍の半円周防衛ラインは、太い松の木が生い茂る幅の広い森林帯と、エルベ川が蛇行していた名残りの点在する沼や池に沿って形成されていて、戦車部隊が大挙して押し寄せれる場所は少ない。
 それなのに、森の中から戦闘の騒音が聞こえているのは、ソ連軍の歩兵部隊が森の中深く浸透して来ている事になる。
 そうなると、気付かれずにせまった敵の歩兵部隊に包囲されて肉迫攻撃を受けるという、非常に危険な状態に陥ってしまう。
 防衛隊への緊急送信と受信確認を済ませて索敵を続けていると、タブリスが新たに接近する敵戦車を発見した。
 一昨日の深夜から昨日の未明まで反撃の戦闘に数両の味方戦車が入って行って、未(いま)だに戻って来ていないゼードルフ村へ至る森の中を通る道から、4輌の敵のT34戦車が現れて、放牧地を街道へと横切りながら砲塔を回して走行間射撃をして来た。
 揺れと振動で照準が安定しない砲身から撃ち出された敵の弾丸は、真っ赤な光点になって、ググゥーッと大きく近付いて来ると、マムートの真際で上下左右に分かれて逸(そ)れて行った。
 射撃音、逆巻く風、排莢音、既に装填されていた徹甲弾が放たれた。
 続く排莢音、2度の装填音、砲尾を閉鎖ロックする音、射撃音、車内を逆巻く風が繰り返され、並んで左側面を晒(さら)す敵戦車小隊は、砲塔が吹き飛んだ先頭車と炎と黒煙が上がる2両目は、アハト・アハトが撃ち取り、マムートは噴出した白煙が黄色く変わる3両目と停止して動かなくなった4両目を屠る。
 レシーバーに、『ゼーゼー、ゴホッ、ゴホッ、ゼーゼー』と、途切れないラグエルとイスラフェルの喘ぎが聞こえ続ける。
 彼らが装填する砲弾は、弾頭と装薬筒に分離されていて、低い位置へ降りた揚弾(ようだん)装置のトレーに置くと半自動で装填位置まで揚(あ)がり、水平鎖栓を開いた砲尾の薬室へと半自動装填装置を操作して薬室へ込めて行く。
 この装填する作業は弾頭と装薬筒が別々に行われ、両方を順番通りに済ませて、装填完了となる。そして、揚弾装置が降りないと発砲の反動で後退する砲身と干渉破損する為に、口径128㎜戦車砲は撃てなくなる。
 32kgもの重さが有る弾頭や更に36㎏と重い装薬筒を、砲塔の後部と車体内の倒立固定式のラックから降ろしたり、持ち上げたりしてトレーへ運ぶのは彼らの人力で体力だ。
 故にマムートの発射速度は、彼らの作業動作に左右されるし、僕達の生存率への影響も大きい。
 彼らの足腰が立たなくなれば、手足に力が入らず、握力も無くなれば、重い砲弾は運べない。連続射撃で肉体を酷使する過酷さに絶え間無く聞こえる喘ぎは、彼らの限界が近いと知らせている。
(どうか、マムートが全弾撃ち尽くして、僕達が、エルベ川を渡って脱出するチャンスを得るまで、彼らを頑張らせて下さい)
 --------------------
 石油基地背後の低い小さな丘の左側から、線路上を進んで来る4輌のT34戦車が見えた。
「軍曹! また、線路上をT34が来ます。先に撃破したT34戦車の300m後方です。4輌が連なって来ます」
 報告を終えた途端、小さくて低い丘の中腹の茂みから発砲炎が煌き、2両目の向かって右側に命中の閃光と白い爆発煙が見えた。
 たぶん、丘の斜面に掘られた塹壕陣地から発射した、パンツァーシュレックのロケット弾か、ファストパトローネの被帽弾頭で、1発で仕留めた。
(よくまあ、冷静に狙って、走り抜けようとする戦車に、上手く中(あ)てたものだ!)
「軍曹、2両目が防衛隊の反撃で撃破されました。残り3輌は、そのまま向かって来ます」
「バラキエル、右へ廻せ。照準に捕らえたら、各個撃破しろ!」
「ラグエル!、徹甲弾、急いで装填だ!」
「ハァハァ、徹甲弾、装填します」
 バラキエル伍長の鋭い弾種の指示がなされ、ラグエルが喘ぎながら返答する。
「装填完了!」
「撃ちます!」
 そして、燃料貯蔵施設近くで停車した3輌のT34戦車と交戦する射撃音と装填音が繰り替えされ、車体の前面と側面、砲塔の防盾(ぼうじゅん)と側面に受けた合計6発の85㎜口径弾を、マムートは悉(ことごと)く跳ね返し、線路上と其の近くには合計7輌のT34戦車と1輌のスターリン戦車が、燃えたり、燻ぶったりしていた。
 小さな丘の頂上辺りに炎の塊りが幾つも昇り、丘の南斜面が砲撃されているのが見て取れた。
 また、丘の向こう側の川沿いに在るディアベン村の方向から複数の爆発煙が立ち、エルベ川沿いを北上して来るソ連軍を防いでいるらしいのが分かった。
 もう、周り中で激しい戦闘が交(か)わされて、ソ連軍が強力に圧(お)して来ている。
 一刻も早く艀乗り場近くへ移動しないと、マムートは多数の敵戦車で包囲殲滅(せんめつ)されてしまいそうだ。
 一時的に南側からの脅威(きょうい)が薄れた隙を衝いて、5tハーフトラックに牽引された88㎜砲がマムートの前を左から右へ走り去って行った。
「タブリス、マムートの順番が来たぞ。俺達が殿(しんがり)だ。一旦、左へ出て、それから後進で村の中へ移動する。後方への車体向きは、俺とイスラフェルがする」
「了解、軍曹。マムートを後進で移動させます」
「ラグエル、徹甲弾の装填を済ませたら、休んでいろ、そして残弾を報告しろ。イスラフェル、そっちのでかいハッチを少し開けて、俺と一緒に、後方の路面に障害が無いか見ていろ」
「了解しました、軍曹。路面に異常が有れば、速やかに知らせます」
「軍曹、残りは、徹甲弾が9発に、榴弾が3発です」
 砲弾の消耗は、榴弾が送電鉄塔の上部を倒壊させた2発で、徹甲弾はアルテンプラトウ村で撃った5発と、此処で放った11発だ。そして、照準器の未調整で外した初弾以外は、全てバラキエル伍長が1発で命中させて仕留めている、
 『ガックン』と揺れてマムートが2日振りに動き出す。
 タブリスは一旦、左折して道筋とマムートを平行にさせると停止してギアを前進1速から後進1速へ入れ直し、ゆっくりとバックを始めた。
「いいぞ、タブリス! ギアを後進3速にしろ。このままで、真っ直ぐに後退させるんだ」
 『ガリリッ』切換えされるギアの噛(か)む音が聞こえ、座席の背凭れから背中が浮くように離れて、タブリスがクラッチペダルを離してアクセルを踏み込む度にグーン、グーンと後進が加速する。
 後方を見ずに軍曹の言葉の指示だけでタブリスはマムートを後進させて、僕のペリスコープに街道に散らばっていた人が何人も、血だらけのミンチ肉のようにグチャグチャに潰されて現れた。
(……さっき、ソ連戦車に撃たれた客車と、トラックに乗っていた人達の、撒き散らかされた死体だ……)
 『これは……』と、操縦するタブリスを見ると、彼はアクセルペダルを通して、肉塊を踏み潰すグニャリとした感じや、プチッと弾ける感じや、ゴリッと骨を砕く感じが分かるのだろう、苦しそうな表情で歯を食い縛(しば)っていた。
 『バキッ、ボキッ』と、厚い木材と枕木が折れる音を車内に響かせて、マムートは踏み切りを超えて行く。踏み切りの北側に森を切り開いて設けられた駅舎を見たが、砲撃と爆撃を受けて壁と屋根が穴だらけで、既に人影は無かった。、
 射距離3000mで動かなくしたスターリン戦車は、脇へ退(ど)かされて街道通行を確保したのか、ニーレボック村からの街道上に敵戦車の縦隊がペリスコープを通して見えた。
 膝上に置いているソ連軍の無線交信を傍受するレシーバーから、矢鱈(やたら)とでかい声のロシア語が、めちゃめちゃ重なって聞こえて、その喧(やかま)しいノイズさが腹立たしい。
「前面の街道に敵戦車です。軍曹。スターリン戦車です。6輌見えますが、ニーレボック村から、まだ出て来ます」
「アル、確認した。バラキエル、奴らを足止めしないと、エルベを渡れないぞ!」
「今の距離は2500mほどでしょう。対戦車壕辺りまで近付けてから、2、3輌を殺ります。そうすれば街道を塞ぎますし、左右は森と対戦車壕に阻まれいるので、来れなくなりますよ」
 多数の敵戦車がマムートを仕留めようとしているのに、軍曹と伍長は余裕の会話をしているが、それは僕を含めて他のクルーも同じだ。
 今のところ、このマムートの防御力、攻撃力は素晴らしく、路上以外の不整地を走行しない限り、エンジンや走行に問題は無い。
「敵が、発砲しました」
 先行する縦隊から2輌が牧草地へと出て行く。
 後続する縦隊はバラけて横の牧草地へと向きを変え、統率(とうそつ)のないバラバラな動きの6輌全車が勝手な位置で砲塔を廻(めぐ)らせて、此方へ狙いを定めていると思ったら、発砲の黄色い光と小さな煙が次々と見えて、沢山の赤い光点が火の玉になって、ググーと真っ直ぐに迫って来た。
「命中します!」
 僕が絶叫した刹那、火の玉達は上下左右に分かれて過ぎ去ったが、幾つかは目の前で消えて、ブランデンブルクの工場で巨大な水力鍛造機が金属塊を潰して形にするような大きな音が、マムートの走行に急ブレーキを掛けたみたいな衝撃と一緒に連続して鳴り響いた。
(遠距離のバラけた動きなのに、バラキエル伍長のような正確な狙いで撃ってきやがった! 奴らが噂(うわさ)に聞く、戦闘経験が豊富で、多大な戦果を上げた親衛軍の戦車隊なのか……? これは、近寄られて一斉に撃たれたら、殺られるな……)
 敵弾は、1発が僕の正面に刺さったようで、粗(あら)い表面に塗られた赤い錆止め塗料を掌サイズで剥がして見える鋼鉄の銀色の地肌が、ちょっとだけ盛り上がっていた。だけど、皹は入ってない。
 先に刺さって出来た丸い剥離面にも皹は無く、装甲板が割れ落ちる事はなさそうだ。
 もう1、2弾は、砲塔前面の砲盾に中ったみたいで、同時に聞こえた鋭く短い命中音からして、曲面の形状を僅かに削り取っただけで滑って飛び去ったようだった。
「タブリス、停止だ。バラキエル、奴らを撃て!」
「軍曹、撃ちます。ラグエル、イスラフェル、次弾も徹甲弾だ!」
 徹甲弾は軍曹や装填手達の返答を待たずに発射されて、慣れてしまった射撃の音響衝撃と振動と軽い気圧の変化が来る。
 それが更に、2度続いた後、遥か彼方の街道には、脇に逸れて撃ってきた2輌と、縦列の先頭のスターリン戦車が黒煙を噴かせていてた。
 牧草地へバラけたスターリン戦車群と先頭縦列の残り3輌は、暫し撃ち返すのも忘れて停止していたが、急ぎ後退を始めながら撃って来た。
 射距離は、1300mから1500m。
 いくらデカい図体(ずうたい)の動かないマムートでも、不整地を走りながら遠距離で撃って来る弾は命中しない。
 バラバラに飛んで来る火の玉は、流星のように飛び去って行く。
 敵戦車の1輌が後退を停止して砲塔のハッチが開くと、車長らしき戦車兵が上半身を乗り出した。
 すると、後退していた9輌全車が動きを止め、動く砲塔と砲身がマムートに狙いを合わせている。
 一斉に発砲する光が前面に見え、赤い光点が急速に大きくなりながら集まって来る。
 其の赤い玉が群れる真ん中に大きな青い玉が現ると、見る見る小さくなって見えなくなり、上半身を乗り出していた敵の指揮官がピンと四肢(しし)を伸ばして空中高く舞う。
 スターリン戦車群とマムートは同時に発砲したが、より速い初速のマムートの弾丸が先に命中して指揮官車は爆発した。
 直後、5発の直径122mmの敵の徹甲弾が一遍(いっぺん)に、マムートの車体前面と砲塔前面に命中して、その大音響と激しい揺れにマムートのエンジンがストンと止まり、車内を拍動振動の無い静寂(せいじゃく)が覆った。
「エンジンが再始動しません! 軍曹!」
 『キュル、キュル』とセルモーターの回るはずの音が、『ガスッ、ガスッ』と聞こえるだけで、エンジンが発動する音は聞こえて来ない。
「軍曹、セルモーターが外れてます」
「バラキエル、殺られる前に、奴らを殺るんだ! ラグエル、後部ハッチを開けてくれ! アル、俺とマムートの後ろへ行ってエンジンを回すぞ! その辺を擦り抜けて、こっちへ来い!」
 レシーバーを外して座席を離れながら除くペリスコープに、左の方から青い曳光が敵に向かって飛んで行き、スターリン戦車の砲塔に火花を散らして弾かれた。
 それは、艀乗り場近くの村外れへ移動したアハト・アハトからだと思われたが、悔(くや)しい事に2000m以上の距離からではスターリン戦車の前面装甲を撃ち抜けていない。
 バラキエル伍長は、左手で俯仰角(ふぎょうかく)を調整するハンドルを回して砲身の狙い角を付けながら、右手で砲塔を旋回させるハンドルを懸命に回して、砲の向きを敵戦車へ合わせようとしている。
 上下角の狙いはハンドルを回す手動方法しかないけれど、左右への砲の旋回は電動モーターで砲塔毎を回している。
 其のモーターを回す電力はエンジンの回転で発電するダイナモから供電されていて、エンジンが止まった今は、一生懸命汗だくで旋回ハンドルを精一杯速く回して、マムートの照準を敵よりも早く、敵へ正確に合わせるしかない。
「装填完了!」
 ラグエルの声に、僕は急いで彼らの足許を擦り抜けて、砲塔後部のハッチまで行き、外へ出ようと縁に手を掛けると、エンジングリルの最後部から降りる軍曹が見えて、其の直後にマムートが発砲して起きる猛烈な風の反復に、体が吸い込まれ掛けた後、吹き出されて転がる体が車体の後ろへ落ちた。
 後面上部の両端に取り付けられている牽引用の大きなU字フックの間へ張られた2本のロープを持ち手に通されて、ブラ下がる20個の空のジェリカンの底縁が手許にガンガンと当たり、ガチャガチャと煩(うるさ)くて邪魔だけど、焦る気持に、そんな事はどうでも良かった。、
「お前は、このクランク棒を外したら持って来い! 俺は、その四角いカバーを外しておく!」
 落ちた痛みをそっち退(の)けで立ち上がると、軍曹はそう言って、クランク棒を留めている大きな蝶螺子(ちょうねじ)を緩めるのを止めて、イスラフェルから渡された大きなスパナとパイプを使い、手際良くボルトを抜いてカバーを下げると、僕が苦労して取り外したクランク棒を受け取り、カバーで蓋(ふた)をされていた穴へ突っ込んだ。
 『ガチッ』
「そし、クランクシャフトと繋がったぞ。アル、このクランク棒を回すから、手伝うんだ!」
 クランク棒のグリップを腰を入れて仁王立(におうだ)ちに構えた軍曹は両手でしっかりと握り、引き回そうとする。
 軍曹の向かいに立つ僕は、それを真似(まね)て汗だくで握る手に力を込め、ぐっと腰を落として開いた足裏を路面に押し付けて踏ん張り、重量挙げのフィニッシュのように背骨と両腕を伸ばして押し回す。
 『ガシャアーン』、『ガラ、ガラン』、マムートの右側面に擦れた真っ赤な敵弾が、車体の中央部にボルト締めしていた装甲カバーを飛ばしながら路上を跳ねて行き、『バウッ……』、バラキエル伍長が撃ち返す発砲の衝撃に周り中から土煙が上がった。
「バラキエル、エンジンを回すから、撃たないでくれ!」
 大声で怒鳴(どな)った軍曹は体重を掛けて引っ張り続け、僕は渾身(こんしん)の力でグリップを押し続ける。最初は回る気配が無かったシャフトは、『グッ、グォ』と僅かづつ動き出し、四分の一回転辺りで、『ググン、ググゥーン』と回し易くなった。
「タブリス! チョークを引いて、少しだけアクセルを踏め! アル、クランク棒を引っこ抜け!」
 『バスッ、バスン、バスン、バス、バス、バス』、クランク棒を抜いた途端にエンジンが息を吐きながら回り出して、エキゾーストパイプから青白い排気が噴出した。
「成功だ! タブリス、アクセルを踏み込んで、吹かしてみろ!」
 『ブロッ、ブロロロォー』、軍曹の大声にエンジンが回転を速めて応(こた)えてくれる。
 『バウッ……』、エンジンが問題無く回転するのを知ったバラキエル伍長は既に狙いを付けていた敵戦車へ発砲する。周囲に土煙が上がり、その舞い上がる土埃を貫(つらぬ)いて赤い火の玉がマムートの脇をスレスレに飛び去って行った。
「さあ、アル、早く元に戻して中に入るぞ!」
 急いで、四角いカバーをボルトで、クランク棒を蝶螺子で固定する。
「席に戻ったら、直ぐに信号銃を用意しろ。色は青で2発だ!」
(信号銃……?)
 信号銃と信号弾の取り扱いは教練で習っていたし、更に、ブランデンブルクの工場では、軍曹と伍長が皆に装填や構えの注意点なども含めて詳しく教えてくれたのを思い出す。
 軍曹と僕は飛び込むようにマムート内のポジションへ戻ってレシーバーを掛けると、今ではホッとしてしまう『撃ちます!』の落ち着いたバラキエル伍長の声が聞こえ、発砲の炎と煙、瞬時に反動で後退する砲身がペリスコープから見えた。
 ペリスコープを通して見た最新戦況は、敵戦車の位置に変わりが無かったけれど、新たに燃えている3輌と、今、命中弾を受けて白煙が立った1輌が見えた。
 牧草地で新たに群れていた9輌のスターリン戦車は4輌が狩られて、残りはニーレボック村の燃え落ちた家並み近くまで逃げてしまい、互いに相手を屠るのが困難な遠距離に離れてしまった。
「タブリス、発進させろ。後進の続きだ」
「了解、軍曹」
 転がるように座席に戻った僕は、履帯上に張り出したスポンソンの隙間(すきま)に詰め込んでいた防水キャンバス地の大きな袋の中から、信号銃と信号弾を出して青色の信号弾を単装の信号銃へ込めた。
 左横では、ギアを入れアクセルを開けながらクラッチを離したタブリスがマムートを発進させて行く。
 噴かしてもエンジンの回転音は安定して聞こえ、破損した気筒は無くて燃料の供給にも異常は無さそうに思えた。
 汗が噴出し続け、肩で喘ぐ息と心臓の高まりが少しも治まらない僕に、軍曹が命じる。
「アル、少しハッチを開いて、青色の信号弾を2つ、線路脇の連中に見えるように撃て! 連中にエルベを渡らせろ!」
 ずっと遠くで動きが停滞気味といえ、週間映画ニュースで新鋭装備の強敵と報道していた、戦闘経験が豊富で多くのドイツ軍部隊を壊滅(かいめつ)させている親衛軍の戦車軍団なのか、正確な射撃で命中弾を3発もくれた敵戦車隊が正面にいる恐ろしさに、ビビる気持がハッチを開けるのを躊躇(ためら)わせて返事を忘れていた僕へ、軍曹が冗談を言う。
「それとアル、信号弾は、ちゃんと外へ撃つんだぞ。マムートの中を火事にするなよ」
 レシーバーの皆が一斉に笑ったけれど、ちっとも可笑しくない僕は、目紛(めまぐ)るしい状況の展開に頭がクラクラしている。
「りょっ、了解です、軍曹。外へ撃ちます」
 治まらない皆の笑い声を聞きながら、開閉レバーを下げて頭上のハッチを開き上げて横に廻す。
 確実にマムートの外へ発射する為に、線路に沿って彼らの前を横切るように撃てるように、僕は上半身を乗り出して構え、踏み切りを渡り終えたところで発射する。
 森に潜む敵兵からか、隠れながら近付いて来ている敵兵からなのか、カン、カンと直ぐ傍(そば)でする兆弾音と、シュッ、シュッと、掠(かす)めるような擦過音と吹き寄せる風に、僕は狙い撃ちされていると察した。
 いつ、顔面の骨を射ち抜かれる『ガン!』の音と共に真っ暗になるか分からない恐怖が襲い、震え出す身体に手足が感覚が消えてしまう。だけど、任務を放棄して車内に逃げ込むわけにはいかない。
 青く光りながら飛ぶ信号弾が、彼らが身構えて東から迫る敵を注視する前を飛んで行く。
 歯を食い縛り、僕は急いで燃焼を終えて空になった熱い薬莢を凝視(ぎょうし)しながら、感覚が分からなくなった指で排出して2発目を装填する。そして、信号銃を持つ手を伸ばして狙い、再び、彼らの前を横切るように撃った。
 視界を横切った青い光に気付いてこちらを見た彼らに、僕の身振りと大声で叫んで伝える、『逃げろ』の意思が届いて、彼らが一斉にエルベ川へ向かって走り出すのが見えた。
 それを、再び、森から出て来た敵兵や近くへ迫っていた敵兵と、対戦車壕の斜面をなだらかに崩して戦車を通そうとしていた大勢のソ連兵が見て狙い射ち、更に、移動するマムートと上半身を敵に晒して信号弾を射ち、手を振る僕にも気付いて撃って来た。そして、其のソ連兵達にバラキエル伍長が、再び、同軸機銃の長い連射で死神の鎌を再現させて次々と射ち打ち倒し、逃げ惑(まど)う敵兵達を森や壕の中へ追い払った。
 車内へ戻ろうと下げる顔の視界に、SWS重牽引車に牽引されて来て展開していた75㎜対戦車砲と105㎜榴弾砲は、弾薬を撃ち尽くしたのか、砲尾の鎖栓ブロックが無くて周辺には誰もいない。
 牽引車も、電気系統をズタズタにされたエンジンが剥(む)き出しで、放棄されていた。
 それを見た刹那、左頬を掠めて何かが飛び去って行くと、突然、右手を見ていた視界に大きな火の玉が迫って来て逸れる事もなく真横の装甲板に激突した。
 左の耳と右の米神(こめかみ)に猛烈な激痛が走り、僕は座席に転げ落ちた。
 どうにか意識を保てた僕は、直ぐに座席に座り直しながら、両手はズキンと痛む米神とズキズキと疼(うず)く耳を探り、指先はヌルヌルと滑って掌がベトベトに濡れてしまうのに、切り傷が出来て出血しているのを知った。傷口からの出血は止まらず、触った左の耳の耳介(じかい)の形は変で、ガリッと齧られたみたいに上半分ばかりが無くなっている。
 耳横の皮膚も擦(こす)り削(けず)られたようで、火傷したようにヒリヒリして痛い。
 カン、カンを装甲板に当たり続ける銃弾に急いでハッチを閉めながら、耳介は掠(かす)めた銃弾が上半分を飛ばしているのと、五センチメートルくらい切れてパックリと開いている米神は、命中弾の衝撃でハッチの縁に強打したのだと理解したが、どちらも非常に痛くて、襲って来た恐怖に僕は心底縮み上がり、全身が小刻(こきざ)みに震えていた。
 更に、大口径徹甲弾の1弾が砲塔の右側面に命中して、フックに掛けていた2枚続きの予備履板を粉砕して、弾頭が装甲板に突き刺さった。
 砕けて半分になった履板の片割れが、まだ横へズラして閉めている途中のハッチカバーの上に猛烈な勢いで落ちて、けたたましい音を立てた。
 座席へ落ちる前に、反射的に敵弾が来た方向へ視線を走らせて見た彼方に、新たに出現した敵戦車は牧草地や線路上にも、撃破されて燻(くす)ぶる戦車の影にもいなかったが、こっそりと線路脇の牧草地に対戦車砲が展開しているのが見えた。
(いつの間に、展開したのだろう? いたのは2門だけだ! 歩兵もいて、村の方へ撃っていた……)
 身体には、他に射たれたような傷は無かったが、初めて見た自分の体から出る多くの血で取り乱しそうになった。けれど、酷い痛みが四肢に感覚を戻し、保(たも)てた意識が軍曹へ震える声で報告させた。
「軍曹、信号弾は撃ち終わりました。彼らは気付いて、後退しています。ふっ、負傷しま……。右側面の被弾は線路横の対戦車砲からです。2門います。新たに接近する戦車はいません」
 『負傷した』と言いかけたのを、任務に支障が無い怪我なら報告すべきではないと判断して止めた。
 そんな僕の負傷に気付いたのか、タブリスが血だらけだと思う僕の顔をチラチラと何度も心配そうに見ている。
(見ろ、僕は大丈夫だろう、タブリス。まだ、真っ暗になってない!)
 水筒の水で傷口を洗い、キャンバス地の袋から出したエイドキットの粉末止血剤を、米神の傷口に擦り付け、齧られて痺(しび)れる耳介へ降り掛けた。
 傷の痛みに沁(し)みる痛みが加わるが、動脈や太い静脈を切断したのでもないから、世界最先端のドイツ医学の技術で開発された顔中粉だらけの止血剤は、直ぐに出血を止めて乾燥させると信じて、湿らせた布で冷やし、ジンジンして苛付(いらつ)く痛みを紛(まぎ)らわす。
 小刻(こきざ)みな振るえは、報告を終えて少し緊張が薄れた所為なのか、初めて経験する大怪我のショックと思いもしない多くの出血の所為なのか、徐々に全身が歯の根が合わないほど、ガクガク、ガチガチと激しい震えに変わった。
「御苦労、アル。彼らの何人かは倒れたが、村外れまで逃げ切るのを見たぞ。タブリス、静かに停車させろ。バラキエル、アルが言った対戦車砲を見付けしだい、屠れ!」
 既に、軍曹の指示を察していたバラキエル伍長は、砲塔を右へ廻らせている。
「いました、軍曹。左の丘の手前、線路の左横に2門が並んでます。ラグエル、瞬発榴弾を込めろ!」
「タブリス、アル、正面の敵の動きに注視しろ! こっちへ砲を向ける戦車や大砲を見たら知らせろ!」
 レシーバーのスピーカーからバラキエル伍長の敵位置の視認報告と装填弾種の指示に、メルキセデク軍曹の声が続いて聞こえた。
 見越し射撃などした事がないのか、マムートが通り過ぎたばかりの目の前の所を右から左へ、敵の対戦車砲が発射した火の玉は一瞬で横切って行った。
「タブリス、此処で停止だ。頼んだぞ、バラキエル!」
「撃ちます!」
 二俣に分かれる村の通りの入り口でマムートが停止すると、直ぐにバラキエル伍長が発砲した。
 放たれた高性能榴弾は、見事に対戦車砲を直撃して、鉄屑になった砲片とバラバラに裂かれた砲員達を遠くへ吹き飛ばして跡形も無く消してしまった。
「瞬発榴弾!」
 伍長の装填指示に、ラグエルの応答と『装填完了』が続き、『撃ち……』の声に発射音が重なる。
 発砲の衝撃と吸排気の風にブレる視界の真ん中で爆発が起きて、砲身を酷く折り曲げた大砲が宙に舞い上がるのと、独楽(こま)のようにクルクル回転して飛んで行く敵兵が見え、残り1門の対戦車砲も完全に沈黙させた。
 爆煙が薄まると、対戦車砲を守る為にいたのだろう、ソ連兵達がバラバラと立ち上がり、彼らがいる線路脇から見えているのか、川縁へ駆けるヒトラー・ユーゲント達とマムートを撃ち始めたが、そのロスケどもの全てをバラキエル伍長が同軸機銃の長い連射でボーリングのピンのように倒した。
 砲塔は右の真横へ向け、左側側面の装甲板が製作図面の設計ミスによって、単眼式照準眼鏡と装甲鋼板が接近し過ぎて干渉するという問題の修正の加工で、幅の広い丸溝に削られた最新部の装甲厚が半分になった弱点を、正面の敵戦車縦隊に晒している。
 今、其処に敵の徹甲弾の直撃を受ければ、あっさりと貫通されて、全員が昇天してしまうだろうと思っていたが、幸いに敵戦車群は撃って来なくて、対戦車砲狩りは一方的なマムートの殺戮で終わった。
「タブリス、後進しろ!」
 バラキエル伍長が砲塔を正面へ向け終わると、軍曹は村の中へ入れとタブリスに命じた。
 踏み切りを超えた辺りから街道脇に捨てられた物が目立ち始めて、其の多くが豪華(ごうか)な椅子(いす)や机に箪笥(たんす)や寝具などのエルベ川を持って越えるには、無理が有る家財道具ばかりだった。
 道が右へ斜めに折れた村の入り口からは、それらに加えて荷車や自動車が乗り捨てられ、燃え落ちた建物や崩れた塀の際には、空爆や砲撃で亡くなったり、エルベ川河畔へ辿り着く前に息絶えてしまった怪我人や負傷兵の遺体が、其処此処に並べられている。
 幾つかに爆弾痕や砲撃の炸裂痕が比較的小さな穴を掘っている路上には、多くの生活用品や私服や軍服も捨てられていたが、居残る住民達は、まだ使える物や新しい物を物色して自宅へ運んだり、脇へ寄せたりして、出来るだけ車輌が通る通路を確保してくれていた。しかし、マムートの車幅には通路は狭くて、寄せ切れていない物品や使い物にならなくて路上に置かれたままの荷車は、履帯で踏み潰して行くしかなかった。
 村の中の破棄捨てられた物だらけのT字路の交差点で、軍曹はマムートを180度の方向転換をさせて、艀乗り場が在る村の南外れへ向かわせる。
 ラグエルとイスラフェルが、砲塔バスケットの床に膝を付いて身体を倒れさせると、手足を伸ばして長々と寝そべった。
「軍曹、徹甲弾は全て撃ちました。フゥ、フゥ、これで残弾は、時限信管の榴弾が、1発だけです。ハア、ハア、それと、ちょっとだけ休ませて下さい。ハア、フゥ、腰と手足に力が入りません。身体中が痛いです。ハア、ハア、御願いですから、ちょっとだけ横にならせて下さい。ハア、ハア」
 仰向けになって、息絶え絶えにそう言うと、本当に苦しそうな表情で喘いでいた。
「分かった。余り時間が無いけど、村外れの艀乗り場の向こうへ行くまでは、休んでいてくれ」
「ありがとうございます。軍曹」
「しゃべらなくていい。そうか……、とうとう弾が無くなったか。よし、さっさと最後の弾を打(ぶ)っ放(ぱな)して、エルベを渡っちまおうぜ!」
 エルベ川と平行する村の通りでは、更に多くの乗り捨てられた荷車と自動車に加え、トラックや装甲車輌が縦隊ごと放棄されていて、それらをマムートが押し退(ど)かしたり、踏み潰して乗り越えたりして進んで行った。
 村の通りには生きて歩いている傷病兵や避難民の姿が殆ど見られず、軍曹が川と平行する通りで、荷物を運んでいる年輩の村人達に彼らの所在を尋ねると、既に渡し場の艀や、そこら中の川岸から筏や小船で渡ったり、浮く物に掴まって泳いで渡る人もいたが、砲撃と空襲で多くの人が下流へ流されたり、溺れたりしたと知らせてくれた。
 他の年輩者は、住人の若者達も連合軍統治地域で自由に戻れる日が来るまで、ソ連兵から逃がれているように言い聞かせてエルベ川西岸へ渡らせたと言っていた。
 居残る村人達が投棄された物品を選んでは、自分達の自宅へ運んでいる通りを横切って、防衛隊の第12軍や国民突撃隊の兵士と、線路脇の守備陣地にいた少年団や少女団の10歳から17歳くらいの団員達が、幾つかの少人数のグループになって渡し場へと走っていた。
 マムートは、艀乗り場へと下る坂道へは行かずに、20mほど通り過ぎた、予め決めていた川沿いの道の南側と東側の牧草地一帯を見渡せる場所に斜めに構えて停止した。
 搭載した砲弾は30発、25発も有った貫徹甲弾は全て撃ち終えてゼロ、5発だけしか積まなかった榴弾は時限信管を1発残すのみで、最後だ。
 いつの間にか薄曇りの空は千切れ雲ばかりになり、雲間からの陽射しが牧草地や森を幾つも丸く照らし、雲間の青空に見えた敵機の編隊が此処ではなくて北へ向かっていた。
 少し強く吹き出した西風が伸び始めた牧草を戦がせて、東のニーレボック村から街道を進んで来る敵戦車の縦隊と、左の丘の向こうを回って来る敵戦車隊の迫る音を聞こえて来させない。
 幸運と言っても良いだろう。
 15、6発の敵の大口径徹甲弾の直撃を車体と砲塔に受けても、戦闘力を失うターレットリンクや砲身部への被弾、それに機動輪や転輪の破損に履帯の切断も無くて、砲塔の旋回や走行に支障は無い。
 シュパンダウ市のオペルの工場でタブリスから聞いた、粘着榴弾という命中した場所の裏側面を激しく剥離させた鉄片や、ソ連兵に分捕られたファストパトローネの成形炸薬弾の爆発燃焼で、溶かされた鉄のジェット噴流を浴びる事は無くて、僕以外のクルーは誰も負傷していなかった。
 --------------------
 ニーレボック村の空襲と砲撃で燃えていた家々は鎮火して燻ぶり、白い煙の漂う村の中には車輌の蠢きが見えた。
 村の北側の街道口からは、塞いでいた損傷戦車を車体下部の一部が残るだけに爆破した街道を、先に逃げ込んでいた5輌の戦車を先頭に、フェアヒラント村へと列を成して向かって来ている。
「東から来る敵戦車は、アハト・アハトに任せておけばいい。マムートは、森沿いや丘を回って来る奴と、川沿いを南から来る奴を、残弾……、弾が有る限り、始末するんだ」
 『パゥ!』、アハト・アハトの発砲音が聞こえた。
 『パゥ!』、また聞こえた。
 音の大きさからして、近くの川沿いの道脇にいるアハト・アハトだと思う。
(砲兵達は、逃げ出さずにいたんだ……)
 『パゥ!』、また射った。
 逃れて来た人達の殆どが既にエルベ川の西岸へ渡り終えているのに、未だに防戦の射撃をしているのは、僕達と同じで、渡り終えた人達がソ連兵の視界から見えなくなる遠くへ離れるまでの時間稼ぎだ。
 『パゥ!』、狙い撃っているのは、南のディアベン村から川沿いの道を此方へ進んで来る敵の戦車隊だろう。
 まだ、敵に位置を発見されていないのか、アハト・アハトの発砲音ばかりが聞こえて来る。
 ノイディアベン村とディアベン村を防衛していた兵士達は、此方へ後退して来ているのだろうか?
 今は逃れて、エルベ川を渡っている最中なのだろうか?
 それとも、最後まで守備陣地に留(と)どまって戦っているのだろうか?
 低い丘は敵に制圧されてしまい、生き残った守備兵達が丘の麓(ふもと)から川岸へ走って逃げていて、それを丘を下って追い駆けるソ連兵達が射っていた。
 其のソ連兵達を、バラキエル伍長が同軸機銃の長い連射で射竦(いすく)めてしまう。
 更に、追撃を挫折さられて斜面に伏せる敵兵の周囲に、キューポラの銃架に取り付けたMG42機関銃でメルキセデク軍曹が次々と着弾の土煙を立てて行く。
 『パゥ!』、少し離れた左の方からもアハト・アハトの発砲音が聞こえた。
 森の端から移動して村の家屋の裏庭に構えたアハト・アハトが、街道を踏み切りまで来たスターリン戦車の縦隊を撃っていて、青い曳光が先頭車へ吸い込まれて行くのが見えた。
 続けて、7、8発の発砲音と青い光点の飛翔が見えたっ切り、左側にいるアハト・アハトは沈黙した。
 やがて、ダメージから体制を整えた敵戦車の縦隊が一斉に発砲の炎と煙が見えると、左手のアハト・アハトが展開していた辺りから連続した爆発響き、舞い上げられた土埃と漂う煙で空が暗くなった。
「もう、潮時だ! タブリス、マムートを後退させて、道際のアハト・アハトを援護するぞ!」
 タブリスは、軍曹の命令通りにマムートを後進で、川沿いの道脇に陣を構えるアハト・アハトの真横に着けた。
 正面の道の果て、ディアベン村近くの路上には燃えている3、4輌のT34戦車が見えて、道路を塞いでいる。そして、それを迂回して来る50人ほどのソ連兵がこっちへ走っていた。
 丘の左側、燃料貯蔵施設の横、線路の上辺りに、4、5輌のT34戦車が現れて、フェアヒラント村へと向きを変えた。
「だめだぁ、アハト・アハトは、……殺られている。バラキエル、正面から来るロスケ共を、最後の榴弾で一掃してくれ! タブリス、発砲後、このまま後進して、艀乗り場口で川辺に降りろ」
「了解、軍曹。ラグエル、タイマーを0.5でセットしろ!」
「0.5でセットしました」
「装填完了!」
「距離450m、撃ちます!」
 時限榴弾は、此方へ走って来る敵兵達の先頭で爆発した。
 道路幅以上に広がる大きな爆発は、其の弾片の殆どを飛翔方向へ扇状に広げて、半数以上を死傷させながら、全てを爆風と衝撃で噴き飛ばした。
 タブリスはマムートを後進させ、直ぐに着いた乗り場口の交差点で向きを変え、川岸へと緩い坂道を下って行く。
 後進するマムートのペリスコープから見えたアハト・アハトは、横倒しになっていて、5、6人の砲員が倒れていた。

 

f:id:shannon-wakky:20170603074304j:plain

 * 5月7日 (月曜日) フェアヒラント村 艀乗り場(船着場)付近
  緩やかな坂を下り切った場所には、西岸と行き来する渡し船の艀が接岸して乗り込む為の船着場が在る。
 艀は平床式のフェリーで、小型トラックや大型馬車ぐらいは積載できる広さと浮力が有り、大雪と氷結の酷い冬場の日と暴雨風雨で時化(しけ)る日以外は毎日、朝から日暮れまで1時間置きに運航されていると、此処を警邏(けいら)していた憲兵隊の中尉が話していた。そしてまだ、其の中尉が逃げもせずに部下と共に留まっていて、艀に乗り込む人達の列を整理して婦女子と負傷者を優先させていた。
 艀は2艘共、此方側へ来ていたが、1艘は爆弾の弾片か銃撃で遣られたのか、キャビンとデッキがズタズタになっていたけれど、周囲に泡立つ波とエンジン音から航行や操舵は大丈夫そうで、立錐(りっすい)の余地も無く負傷兵と婦女子を乗せると速(すみ)やかに発進して行った。
 もう1艘の外見的に被害が無さそうな艀は、残っていた避難民と兵士達、それに、走って逃げて来る守備兵を次々と乗り込ませている。
 船着場周辺の川原には、近くの救護所のテントの周りや河畔の斜面際の到(いた)る所に、5人、10人と合計200人ほどの遺体が並べられ、嵩張(かさば)る荷物や持って行けなかった手荷物と、脱ぎ捨てられた軍服やナチス党員の制服が散乱していた。
 乗り捨てられた車輌は乗船や救護の邪魔になったからなのか、其の多くが浅瀬へ落とされていた。
 東西の船着場間の川幅は150m足らずで、乗船の所要時間は10分間と短いが、この時期、針を刺すように痛くて冷たい雪解け水が、南のドイツ国境一帯のアルプス連峰から滔々(とうとう)と大量に流れるエルベ川は、水嵩(みずかさ)が増して真ん中の最深部で10m以上と、マムートを沈めるには充分な深さが有るそうだ。
「ダブリス、右の救護所と炊き出しのテントの向こうまで行くんだ。そして、川に向けて止めてくれ。それと、遺体を踏むんじゃないぞ」
「了解、軍曹。右方向の川岸まで、遺体を踏まずに移動します」
「よし、此処で停車だ。ダブリス、ギアはニュートラルだぞ。エンジンは止めるなよ。次は、掛け直す時間は無いからな!」
 マムートを誘導して停止させると、軍曹はクルー全員に言った。
「俺達の戦いは、向こう岸へ無事に着いて生き残るまで終わりじゃない! さあ、エルベを渡るぞ! 車内の食い物と炊事道具を下ろすんだ。ラグエルとイスラフェルは後ろのジェリカンを外して筏を作り、それらを乗せろ。終わったら炊事場を覗くんだ。バラキエルは救護所で、使えそうな薬を探してくれ。アルに必要だ。アル、俺達は周囲の警戒に行くぞ」
「了解です、軍曹」
「俺は上の道まで行って、敵の進み具合を見て来る。俺が戻ったら、直ぐにマムートをエルベに沈めるぞ。それまでに用意しといてくれ、みんな」
 外へ出て見たマムートは擬装の枝木が全く無くなっていて、代わりに車体や砲塔の前面や側面の装甲板に突き刺さった敵の徹甲弾頭や削られたり、抉られたりした深い傷が20箇所以上も有って、皆が口笛を吹いて驚いたり、感心したりして、頼もしい守護神のマムートに感謝した。
 ただ、砲塔の両側面に描かれたマスコットマークの空色のマムートは、右側が徹甲弾の被弾で抉られて殆ど消えてしまい、左側は砲弾の破片や銃弾や砲撃の爆発で飛んで来た石の飛礫(つぶて)に、青ペンキと縁取りの白ペンキがキズキズに剥がされて、どちら側も悲しいくらいの痛々さだった。
 --------------------
 僕が警戒していた川原では、南のディアベン村の方から川岸を歩いて来るソ連兵の列と、フェアヒラント村の北の河川敷に現れたソ連兵の群れが見えていた。
 距離は南側で500m足らずで、北側は1㎞位だと思う。
 其処へ軍曹が、斜面の林を駆け下りて来た。
「上の道は右も、左も、ソ連軍が遣って来る。東の牧草地からは戦車と歩兵だ。待ち伏せや罠を警戒して、ゆっくりと探索しながら近付いている。直(じき)に見える所まで来るぞ!」
「川原も、上流と下流に、敵兵が見えます」
 僕の報告に顔を廻(めぐ)らせて川原の敵兵を視認した軍曹は、直ぐに、クルー全員に渡河の支度(したく)を急がせた。
 --------------------
「気を付け!」
 マムートの正面に整列した全員が、直立不動の姿勢を取り、軍曹の言葉を聞く。
 後ろに組んだ手に持つのは、あのキューポラの上に差して日除けにしていた日傘だ。
 てっきり、被弾や爆風で吹き飛ばされて失われたと思っていたのに、しっかり戦闘前に仕舞っていて西岸へ持って行くつもりなのだろう。
 丸めて畳んだ日傘を持つ軍曹は、まるで、映画館で観た戦争映画に登場する、イギリス軍のステッキを持つ貴族将校みたいに凛々しく見える。
「最善を尽くして義務を果たし、此処にいる。俺達は誇れる事を成し遂げたんだ。周りを見てみろ。もう誰も残っていない。あの2艘の艀が最後だ。そして、これから、全弾を撃ち尽くすまで敵を撃滅し続けて、俺達を守り、生き残らせてくれたマムートを、エルベの川底深く沈める。この場に放棄してソ連軍に鹵獲(ろかく)させるに忍(しの)びない。以上!」
「軍曹殿に敬礼!」
「回れ、右! マムートに敬礼!」
 バラキエル伍長の掛け声で回れ右をした横1列に、軍曹も並んでマムートに健闘と戦果を讃え、感謝と別れの敬礼をする。
「これより、マムートをエルベ川の中へ進ませ、我々は向こう岸、……西側へ渡る。掛れ!」
 タブリスとメルキセデク軍曹がマムートに乗り込むと、エンジンを噴して砲塔を真後ろへ回した。
 他の四人は、突撃銃を抱えて後部上面のエンジングリルに座り、迫り来るソ連兵を警戒した。
 10個の空のジェリカンを繋ぎ合わせて岸辺に浮かぶ筏には、残されていたカバンやバックは中身を捨て、食い物や生活道具をパンパンに詰めて乗せられている。
 其の筏に結ばれたロープを握るラグエルとイスラフェルの腰には、浮き輪代わりにジェリカンが1つ縛られていて、僕と伍長の首にも細いロープで繋げた2つのジェリカンが浮き輪として掛けられていた。
「タブリス、前進だ」
 キューポラから上半身を出している軍曹が頃合いを見て、マムートを発進させた。
 エンジングリルに座る僕達を転げ落ちそうにさせるくらい大きく車体を揺れしながらマムートは川に入り、ゆっくりと水面を進んで行く。
 転輪と履帯が完全に水面下になった岸から30mほどの辺りで、筏に結んだロープを手繰り寄せていたラグエルが、軍曹に敬礼しながら『先に行ってます』と告げて、イスラフェルと一緒に水に入り、筏を押しながら流れに乗って対岸の方へ泳いで行った。
 続いて伍長も、軍曹に『先に行きます』と、敬礼して泳ぎ始めた。
 軍曹とラグエルの分のジェリカンは、キューポラのレールに結んである。
 それを見ていた僕は、まだ、遣り遂げなければならない事が有ると悟った。
 立ち上がった僕は、軍曹に近付いて悟った事を言葉にした。
「軍曹、僕が残ってタブリスを補佐します。体が小さい僕の方が、車内を動き易いですし、脱出を手伝えます。御願いです。僕に残らせてください」
 少し驚いた顔になった軍曹が、上官と車長の立場から困った素振りをする。
「アル、泳ぎはできるか?」
「はい、速いですよ。遠泳も得意です」
「そうか、俺は、泳ぎが得意じゃないんだよな。アルが、其処まで交代したいのなら、タブリスを頼めるかな」
「了解しました。ありがとうございます。軍曹」
「御前にも、ありがとうだ、アル。無事に渡って来いよ」
 そう言った軍曹はキューポラから出て、首に掛けていたジェリカンを僕から受け取ると、うねる流れの中をバチャバチャと下手な泳ぎで向こう岸へ近付いて行った。
 軍曹が川に入った後、僕は砲塔内へ入り、少しでも浮力を保とうと、キューポラのハッチを閉じてから持ち場の無線手席に向かう。
 操縦手席の隣の無線手席に、いつものように座る僕を、『なんで、御前が残ってるんだ?』と、不思議そうにタブリスが見ている。
「軍曹と交代して貰ったんだ。僕が付き合うよ。タブリス」
「いいのか、アル」
「いいさ。泳ぐのは得意だし、それに、僕の方が気楽だろ」
「あはっ、そうか。そうだな」
 笑うタブリスに、空想科学冒険小説『海底2万リュー』の海底探検する気分になっていまう。
『ガクン、ゴトッ、ゴトゴトッ』、流れの主流まで達したのか、マムートが右へ大きく揺られて向きを変えた。
 全てのハッチを閉じた車内に空気の浮力が有るとはいえ、100tを越す重量のマムートを、その高密度さと高圧力の流れの所為なのか、沈ませながらも、全ての転輪のサスペンションが伸び切って垂れ下がったかのように、フワフワと漂う感じをさせて、深みへと運んで行く。
 無線手席のペリスコープに水面が迫り、タブリスに、『もう脱出しても、いいんじゃないか?』と、言い掛けた時、僕へ振り向いたタブリスが、忙しない早口で言った。
「脱出だ、アル! 直ぐに、深みへ沈むぞ! 急いでキューポラから出るんだ。先に行け!」
 彼の声に呼応するかのように、ペリスコープのミラーに水中から見る水面が広がり、頭上の車体上面のハッチの隙間からバチャ、バチャ、バチャと冷たい川水が落ちて来出した。
 後部上面のエンジングリルのスリットから入った水がキャブレターを塞いだのか、ハタとマムートのエンジンが止まり、車内に鳴り響いていた12気筒の拍動と沢山の金属の触れ合う騒がしさが消え、代わって『ゴボゴボ、ゴォォォ』と、マムートを巻き込んで流れる水の泡立つ音が大きく聞こえ出した。
 直ぐに席を離れて砲塔バスケットの床に飛び込み、装填手席から砲尾の上へ上がり、更に、軍曹が座っていた車長席に立った。
 キューポラに備え付けられている、全周視認用の7つのペリスコープから外の様子を確認する。
「タブリス! 砲身が水面に沈んだばかりだ! 水はまだ、砲塔の上に来ていない!」
 そう大声で言って、キューポラのハッチの開閉レバーを握りながら、後ろを振り返ると、タブリスが来ていない。
 直ぐに屈(かが)んで真下の床から操縦席へと、タブリスを探して視線を流す。
《いた! ……なんか、もたついてる》
「タブリス! 其処で、何をしてるんだ! 早く来い!」
 ターレットバスケットの縁に座る彼の後姿が見え、何やら、焦ったように肩と背中が動いていた。
「右足が引っ掛かって抜けないんだ! アル! 助けてくれ! 手が届かない!」
「分かった! 今行く!」
 助けを求めたタブリスに、『其処へ行く』と、即答してしまった僕は、彼を助けれるか不安になった。
 『助ける事ができた時点で、既に、キューポラまで水没していれば、水圧でハッチが開けれなくなってしまい、車内に水が満ちて、ハッチを開く事ができるまで、冷たい水に浸かる命は耐えれそうもないし、彼を見捨てて脱出する無感情さも、僕は持ち合わせてないから、最善を尽くすしかないな』と、考えている内に、タブリスの処まで来てしまった。
「どうしたんだ。足が抜けないのか?」
 先(ま)ず彼に状況を尋(たず)ねながら僕は、彼の足許(あしもと)の状態を手探りで調べる。
 車内灯を全て点(とも)しているのに、其処だけは影になっていて、しかも、腿(もも)まで来ている水に水中の状態が全く見えていなかった。それでも、タブリスを助けなければならない。
「足が抜けないんだ。ブーツが何かに引っ掛かってる。押しても、引いても外れない。頼む、何とか外してくれぇー!」
 ブーツを探る指が、レバーの曲がり部分に絡(から)む靴紐に触れた。
「何かのレバーがブーツの紐に嵌(はま)ってる。今外すから、ちょっと動かないでくれ」
「ああっ、水が上がって来ている。早く、早く! 俺は泳げないんだぁー。アル、助けてくれ!」
 いつものクールさが、微塵(みじん)にも感じられないタブリスが、情けない声を上げて僕に懇願(こんがん)している。
「分かった、分かってる。何とかするから、足を動かすな」
 手許(てもと)が見えないまま、手探りで彼の靴紐を解(ほど)いた。
「よし、ブーツを脱がすから、足を引いてくれ」
 ダブリスが足を引くと、スルリと簡単に足先がブーツから抜けて、彼の体は自由になった。
「アル! 足が抜けた。動けるぞ!」
 悲鳴に近い声が聞こえて、ターレットバスケットの床に立ち上がる彼を見ると、嬉しそうな笑顔で僕を見ていた。
(そんなに喜ぶなよ、ダブリス。外へ出れば、川の真ん中だぞ。泳げないんだろう。岸辺までソ連兵が来ていたら射たれるんだぜ)
「早くハッチを開けて出るんだ! 出たら伏せるんだぞ! 敵がいるぞ! 早く出ろ、ダブリス。マムートが沈むぞ!」
 短い編み上げブーツから足を抜き取って自由に動けるようになったタブリスを、キューポラのハッチの方へ押し遣った。それから、もう腰までの深さになった水に潜(もぐ)って、手探りで嵌(は)まり込んでいたレバーの間から彼のブーツを取り出して、タブリスの後を追った。
 重い水の流れが、どんどんマムートを深みへ運んで行き、砲尾の上に乗ってタブリスに追い着いた時は、砲塔の天井に頭が着いも胸まで水に追い着かれていた。
「アッ、アル! 上手く体が動かない。手伝ってくれ!」
 冷たい水に浸かった所為(せい)で、ガタガタと全身が震えて動きの鈍いタブリスは、上手くハッチを開かせていたが、もたついて僕の脱出を阻(はば)んでいる。
 ダブリスは、キューポラから出ようと苦労していた。
 冷えた体の萎縮(いしゅく)する筋肉で手足に力が入らないのと、周りに広がる水面への恐怖に、彼は体を支える事が出来ず、全然、真上のハッチから出れていない。
「分かった。今、出してやる。出ても溺(おぼ)れるなよ」
 仕様が無いので、僕は、彼の両足を抱くように持って砲塔上へ押し出し、続いて僕も、急いで川面に洗われている砲塔上に出て伏せた。
「ダブリス、大丈夫か?」
「ああ……、なんとか……、でも、体が痺れて感覚が無い……」
「おいおい、しっかりしろよ。もうちょっとなんだから。聞いてんのかぁ、ダブリス。おーい」
 コクコクと、頭を振って頷くダブリスに、早く向こう岸へ渡らないと、迫る危険の予感に不味いと気持ちが焦った。
 急に元気が無くなったダブリスは、水に浸かり始めた砲塔上に猫のように蹲(うずくま)ってしまう。
(全く、寒さに弱い奴だなあ。それに泳げないし。本当に早くしないと、2人とも流されて、溺れるか、凍死しちまう)
 敵の狙撃兵や機関銃の掃射を恐れて警戒したが、弾丸の飛翔音や兆弾音は聞こえず、近くに水柱が立つ事も無かった。
 1発の銃弾も飛んで来ない事に、ロスケ共は僕達に気付いていないのかもと、東岸の艀乗り場の方を見れば、坂道や斜面の林を大勢のソ連兵が下りていて、遅れて来た避難民と降伏するドイツ兵を捕まえている。
 其の様子を見ていると、ソ連軍の将校の1人が、望遠スコープを付けた小銃を持つ兵士に近寄り、脱出する人達を満杯に乗り込ませて、岸から離れたばかりの最後の艀便を指差し、大声で命令した。
 命令された兵士は、ゆっくりと狙撃銃を構えて狙いを付け、そして、射った。
 川辺に銃声が響き、遮蔽物が何も無い、東岸から120mばかり離れて、西岸まで僅か30m足らずの水面に浮かんで、ゆっくりと進んでいる艀のデッキに立っていた避難民達から1人の男性が、よろめきながら川に落ちて流れ去って行き、連れらしき女性の甲高い悲鳴が聞こえて来た。
(なぜ? 射つ!)
 ソ連軍はベルリンを占領して、連合軍はドイツ軍を降伏させたじゃないか!
 しかも、ドイツを好き勝手に分割して、無慈悲に統治できる無条件降伏だ!
 ドイツ人に酷い事をしても、重く罰せられる事は無く、まだまだ、好き放題に略奪するのに決まっている。
 確かに、ナチス・ドイツは身勝手な民族思想と経済思想で、肥沃なロシアの大地を侵略して、スラブ民族を陵辱(りょうじょく)して迫害、抹殺していただろう。
 其の仕打ちの鉄槌(てっつい)は降されて、ナチス・ドイツの指導者は死んだ!
 第三帝国も今日で、完全に滅(ほろ)ぶのは決定的だ。
 ナチスの思想に染まったドイツ人は、悉く打ちのめされて途方に暮れている。
(だから、もう、殺さないでくれ! あんたらは、勝者なんだから、もっと、寛容さが有ってもいいじゃないか!)
 艀のキャビン上に対空用に備えていた機関銃が応射して、岸辺に群がるソ連兵達がバタバタと倒れた。
 岸辺中のボリシェヴィキどもが一斉に艀へ撃ち掛け、水飛沫(みずしぶき)に包まれた艀の平らなデッキに伏せる人達から血飛沫が上がった。
 立ち上がって逃げようとする人々は射ち倒されて、二人、三人と連れ立つように川面に消えた。
 ボロボロになって行くキャビンから機関銃が撃ち続けて、発砲煙で霞む岸辺中を着弾の土煙で、更に、霞ませた。
 伏せていた負傷兵達も小銃や短機関銃で反撃しているけれど、丸腰の避難民達は、逃げ惑う内に無慈悲に射殺されたり、憐れにも冷たい川へ飛び込んで溺れるだけだった。
 突然、艀の周りに大きな水柱が幾つも立ち、艀上に爆発が起きた。
(迫撃砲だ……)
 辺りの水面を、爆発で飛ばされた人達の死体が流れて行く。
 デッキ上が綺麗に一掃されて、漂うだけになった艀が流されながら、向こう岸の浅瀬で座礁(ざしょう)して止まった。
 其の艀から驚いた事に7、8人が生き残っていて、岸に這い上がると直ぐに低い土手の影へ隠れた。
 100人以上は乗り込んでいたように見えた艀が、近距離から執拗(しつよう)な集中射撃を浴びて、更に、迫撃砲弾の爆発で粉砕されても、7、8人が生存していたのは、僕に奇蹟(きせき)のように思わせた。
 でも、それは全く以(も)って、酷く悲しい出来事だった。
(なぜ! まだ殺す!)
 最後の艀に乗った逃げ惑う哀(あわ)れな人々が、たった、150m向こうの岸へ移るのを、見逃してくれても良かったのにと、憤(いきどお)る僕は強く思う。
(くっそぉー。それだから、ボリシェヴィキは、農奴上がりの無教養な田舎者(いなかしゃ)で、文明を知らない蛮族共と卑下(ひげ)されるんだ! 勝者なら、もっと堂々としていろ!)
 ボリシェヴィキどもは射撃の的が無くなってしまい、対岸へ逃れた人を撃ち殺そうと狙っていた兵も、興味を失って銃を下げ、辺りに散乱する物品の物色に戻っていた。
 そんな敵の様子に、狙われてはいないと判断して、キューポラのレールに縛っていたジェリカンを外すと、ガチガチと歯の根が合わないほど震えてモタつくタブリスを、2つの空のジェリカンを細いロープで結んだ間に被せるようにして浮かせてた。それから、脱がせた片方のブーツを、其の靴紐で彼の手首に結んだ。
 キューポラが水面下に沈み、車内に残っていた空気がガバッガバッと噴き出ると、あっという間に砲塔上面が腰の深さまで下がってしまい、慌てて流れていかないようにタブリスの襟首(えりくび)を掴まえながら、自分の分のジェリカンを抱きかかえた時に、砲塔上面に踏ん張って立っていた感覚が、スッと足裏から無くなって、いきなり川面に残されてしまった。
「行くぞ、タブリス!」
「ああ、頼む……」
 か細い声のタブリスの目だけが、僕を見て頷いた。
 遂(つい)に、エルベの強い流れの圧力が、重さで耐え続けていたマムートを、もっと深いところへと運び去って行った。
 此処は川幅の真ん中辺りで一番深くて流れが速い処だ。
 マムートは沈んで、川底の岩礁のようになったのだろうか?
 それとも、今も尚(なお)、深い川底で圧し流されているのだろうか?
 其のどちらにせよ、うねり流れる川面には、其の所在を示すような漣(さざなみ)や渦(うず)が一切(いっさい)見られない。
 もう見る事も、触れる事も出来ない所へ、マムートが去った生き別れのような哀しさと寂しさに、雪解けのエルベの水を、更に、冷たく感じさせて僕を凍えさせた。
 手足をバタつかせて水飛沫を上げないように立ち泳ぎで少しずつ タブリスの襟首を掴(つか)んで引っ張りながら西の岸辺に近付いていたが、氷(こお)りそうな水温の低さで無感覚になった身体と、力の入らない手足に僕は、後、何分間の命が有るのだろうと思う。
 悴(かじか)んだ手と指先が腕ごと感覚と力を失い、掴んで引っ張っていたタブリスの襟首を離しそうだ。
 岸辺までは5mほどで、触れていても感覚が無くて分らないのかも知れないけれど、足先が川底に届かない。
 直ぐ其処に岸辺の淀(よど)みが見えて、震える体を揺すりながら呻(うめ)くタブリスを、全身の力を込めたつもりの何も感じなくなった両手で、『速く、其処から岸へ上がって、生きろ!』と、強く押し流した。
 押したタブリスは上手く淀みに入って、浅瀬の水底に手足が触れたのか、咳(せ)き込みながら動こうとしていた。
 僕も流れから淀みへ入ろうと懸命に泳ぐけれど、最早(もはや)、感覚の無い身体に手足を動かせているかも分からず、どうしても淀みへ行けないまま、流れの縁(ふち)を漂うように流れされて行く。
 浅瀬に着いたタブリスが四(よ)つん這(ば)いで岸に上がって行くのを見ながら、やっと浮いているだけの僕は流されて行く。
 ちゃんと片手に渡した右足の靴を持ったタブリスが振り返り、僕を見て叫(さけ)びながら手を伸ばしたが、水面から持ち上げた僕の手は届かないし、タブリスの声も聞こえない。
 其のタブリスへ浅瀬の水を撥(は)ねながら、素早く駆け寄る女子がいた。
 女子のスカートの裾(すそ)から見える膝下の白い足に、溌剌(はつらつ)としていた頃のビアンカを思い出した。
(羨ましいぜ、タブリス。綺麗で優しい、相思相愛の彼女だな。ああ、……ビアンカ、どうか無事で、……幸せになれよ。……僕じゃあ、無理っぽいなぁ……)
 微睡(まどろ)むようなビアンカへの想いに、とろんと眠気が来ているけれど、水面下になっている齧られた右耳の中が冷たさの所為(せい)なのか、とても痛くて気持ち良く眠れやしない。
 もっと、息をしなくてはと思うけれど、胸も悴んで大きく息を吸えないし、細く吐く息も凍(こご)えて震えている。
(……1人だけ生き残るじゃなくて、犠牲者は、僕1人って事だなぁ……)
 急に耳や額や身体中の痛みが薄れて来て、自分の終焉(しゅうえん)が直ぐに来る予感を感じながら、川面(かわも)に立つ波が全身に被り、息を止める僕を沈めさせて行く。
(僕達はマムートに乗って、ニーレボック村やフェアヒラント村で、死神のように大勢のソ連兵を殺した。アルテンプラトウ村でも殺した。僕は、シュパンダウの大通りでもソ連兵を何人も殺している。僕は命令と、僕の義務を果たす為に殺していた。だけど、今……、凄く虚しい……)
 今夜午前零時に武器を放棄して降伏すると決められて、命令されていた。だから、それまでに集まっていた避難民達と、敗残兵達と、防衛隊や守備隊の兵士達と、残留を希望しない村民達が、僕達も含めてエルベ川を無事に渡る筈だった。
 なのに、3年半もドイツと戦って勝利したソ連軍は、たった14時間ほどを待てずに攻めて来た。
 フェアヒラント村と周辺の3つの村には、数10台のソ連戦車が燃え、数百人のソ連兵が骸(むくろ)を晒(さら)している。
 それ以上の数のドイツ人も、屍(しかばね)になって横たわっている。
 数百人のドイツ軍兵士が死に、数百人の民間人が、フェアヒラントの村の中やエルベの川縁で死んでいた。
 ソ連軍が突入して来なければ、怪我や死ぬ事も無く、エルベの西岸で笑っていただろう。
 ロシア人達も、各村の家々で住人達と終戦を祝う宴で騒いでいたり、艀乗り場でアメリカ兵達とボルシチやピロシキとビフテキやハンバーガーを振る舞い合って楽しく遣っていただろう。
(突入を命じたソ連軍の責任者は、戦争犯罪人だ!)
 メルキセデク軍曹は、鋭い観察力と適切な判断で、クルーを導いてくれた。
 バラキエル伍長は、人並み外れた卓越の射撃能力で、マムートを狙う全ての敵戦車を殺っつけてくれた。
 ラグエルとイスラフェルは、全力で全弾を装填してくれて、より速く敵を屠れた。
 タブリスは、軍曹の指示通りに正確な操縦で、マムートを動かしていた。
 彼らに比べて僕は、逃げ出す事しか考えていなかった。
 シュパンダウでの戦闘は逃げ出す為だった。マムートに乗ったのも体裁良く義務を果たして生き残る為だった。
 其のヘタレだった僕は、信号弾で少年達と少女達を救って、タブリスも助けた。
(それが、僕が生きる為の使命だったのかも知れない……。使命は…… 果たしたから……)
 鼻が水に浸かり、鼻の奥がツーンと刺す痛みで噎(む)せると、口の中へ入る水に、咳(せき)が出るのを息を止めて耐えた。
 ついさっき、『何、人生、終わりそうになってんだよ』、とか『まだ、僕達は生きてるぞ! もっともっと、生きるんだろう?』と言って、ビアンカを励(はげ)ましていたのに、今は、僕が人生を終わりそうになっている。
(……大人になる前に終わっちゃうなあ。今日、ビアンカと話せて良かった……)
 マムートに乗っていなかったら、例え、生き残って長生きする人生だったとしても、彼女と遇う事は無かっただろう。彼女に遇えたのは、マムートの御蔭だ。
(ありがとう、マムート……。さようなら、ビアンカ……)
 両目を開けたまま、反対の耳も水に沈み、目の前が真っ暗になって僕は思う。
(ああ、最期が来た。これが軍曹の言う、真っ暗なんだな……)
 
* 5月7日 (月曜日) エルベ川対岸(アメリカ陸軍第182歩兵師団戦区)
 水面下になった僕の顔が引き出されて、目の前に迫る顔の口が大きく開いて速く動き、何かを言っているけれど、全然聞こえて来ない。
 冷たい川水に濡れて凍える瞳は良く見えず、両手で僕の胸倉を掴み、激しく揺らす相手が誰か分からない。
 其の片方の手が離れて、僕の両頬に往復ビンタを何度も喰らわせてくれる。
(……! 痛い。痛い。やっ、やめてぇー。……やめろぉ……)
 『やめて』と泣き叫んでいるつもりが、全く声に出ていないし、滲(にじ)む視界が涙の所為(せい)なのかも分からずに、バチッ、バチッと何かを叩く音が聞こえて、同時に目を開いているはずなのに真っ暗になって、一向に明るくならない。
(今度こそ、一瞬で終わりって事なのだろうか?)
 --------------------
 幸(さいわ)いにして、僕はナチスドイツの終焉(しゅうえん)の日々を生き残れた。
 戦いの最期を共にしたマムートのクルーは、誰しもが人情味溢れて人道的だった。
 軍曹と伍長は武装親衛隊や陸軍に招集された当時、模範的なヒトラー・ユーゲントだったかも知れないが、余りにも過酷で悲惨な戦闘の繰り返しを経(へ)て、非道なナチのプロパガンダの酔(よ)いから醒(さ)まされて、現実直視の考えに変わってしまった。
 これが狂信的なナチの党員の上官だったら、今日という日にエルベ川を渡る事の無いまま、ビアンカに再び逢う事もなく駅舎の脇か村外れで弾薬を撃ち尽(つ)くし、数え切れない命中弾を浴びて擱座(かくざ)したマムートの中で、僕は確実に死んでいただろう。
 数個の石を並べただけの簡単な炉に鍋を置いた焚き火の周りへ食べ物が広げられ、それを囲んで座った皆が笑ってる。
 ラグエルとイスラフェルが浮き輪代わりにしていた大き目な缶は、調理したシチューやコーヒーなどを温かいまま密封して運ぶ専用の容器で、それを彼らは艀乗り場の炊き出し場から持ち出して来て、ちゃっかり使っていたのだ。
 しかも、2つの容器には半分ほどシチューが残されていて、これまた炊き出し場に有ったホーロー鍋と人数分の食器類も毛布に包んで運び出していた。
 其の鍋で残り物のシチューが温められていて、食欲を煽(あお)る匂いが辺りの空気を満たしている。
 それに戦闘で着ていた迷彩服を脱いで、何処かの誰かが船着場に残していった私服のジャケットとコートに着替えていた。
 迷彩服などの軍人だった事が分かる類(たぐい)は燃やされたようで、燃え残りの布端(ぬのはし)が焚き火の横で燻っていた。
 ただ、勲章(くんしょう)や徽章(きしょう)はアメリカ兵に高く売れるかも知れないといって、ビアンカの妹と弟の飴缶(あめかん)の底へ隠したそうだ。
 ソ連軍の重戦車が砲撃と銃撃を浴(あ)びせながら迫り、衰(おとろ)えた対空射撃に空爆が低空になって、爆弾の投弾を正確にさせ、激しくなった砲撃の弾着も集中し出した、あの時、状況観察と判断に優れ、生活力に長けた彼らは生き残る事に迷いが無くて、しっかりとエルベ川を渡った後まで考えていたのだった。
 きっと他にも、生活や金目な物を持って来ていて、ルールへの道中や戻った後までの生活と安全を計算高く考えているに違いない。
 2人には技能者より商売人の才覚が有るみたいで、ルールの連中を『見習わなくてはいけないな』と思う。
 既に、社会人としての自立している連中の強(したた)かさが恨(うら)めしく、其の抜け目の無さに感心してしまう。
 タブリスの叫びで4人が再びエルベの雪解(ゆきど)け水に飛び込んでくれて、幸運にも昇天寸前の僕は生気を失わずに西岸へ引き上げられた。
 ソ連軍から見えない狙撃を避けられる護岸の土手の向こう側まで引き摺(ず)られて行き、其処で介抱(かいほう)された。
 凍えて体温を失いつつある僕の衣服を脱(ぬ)がして、真っ裸にした僕の無感覚になった全身を皆で大声で僕に呼び掛けながら擦(さす)ってくれて感覚を少しづつ戻してくれた。
 それからは乾(かわ)いた軍用毛布にぐるぐるに巻かれて、より安全な場所へ抱(かか)えられて行き、起こされた焚き火の近くへ転(ころ)がされた。
 焚き火の炎の暖かさに、直ぐに眠りに落ちた僕が憶えているのはここまでで、体温が戻って1度目を醒ましてマムートからタブリスを助けて脱出したのを話していた事も、タブリスに感謝の言葉を何度も言われていた事も、軍曹と伍長に直立不動で敬礼された事も、乾かされた服を着せて貰って、また毛布に巻かれた事も、再び寝息を立てて熟睡(じゅくすい)していたらしい僕は憶えていない。
 はっきりと目を覚ました時は、大きく枝振りを広げた樫(かし)の木の葉の隙間から見える青空に、斜陽でほんのり赤味を帯びた白い雲が漂う空と、もっと、ずっと間近に、長い髪を僕の頬(ほお)へ触れさせて見下ろすビアンカの優しく微笑(ほほえ)む顔が有った。
 彼女の妹と弟も、僕を覗(のぞ)き込むように見ている。
 遠くからゴロゴロ、パンパンと、雷か、花火のような音が聞こえる。
 たぶん、撃破された戦車の搭載弾薬が誘爆している爆発音と、フェアヒラント村を占領したソ連軍が逃げ遅れたドイツ兵を掃討(そうとう)したり、捕まえたりする射撃音だと思う。
 僕を見る彼女の笑う瞳(ひとみ)から涙(なみだ)の雫(しずく)がポロポロ落ちて、僕の頬を温かく濡(ぬ)らした。
「泣いて、……いるのか? ビアンカ……」
「……そうよ。戦闘が始まった音を聞いたのは、まだ、フェリーに乗る順番を待っていた時だったの。其の時まで、疎らに飛んで来ていたソ連軍の砲弾や、落とされていたソ連機からの爆弾は、全部、そっちへ行ったわ。だから、急ぎ再開されたフェリーに乗れて、こっちへ渡れたの」
「君達が、無事に渡れて嬉しいよ」
「私、土手道まで行って、あなたの乗る戦車が戦うのを見たわ。射つたびに、ソ連軍の戦車が燃えたり、爆発して凄(すご)かった。あなた達の御蔭で、順番を待っていた人達の殆どが、ソ連軍が乗り場に迫る前に渡れたの。アル……、ありがとう」
 そう言った彼女は、涙で濡れた僕の頬を指で拭(ぬぐ)い、それから僕の額に自分の額を触れさせた。
「熱は無いわね。……本当に、ありがとう」
 『ドックン!』、殆どゼロ距離で動く彼女の唇(くちびる)と肺一杯に吸い込む彼女の匂いが、僕の心臓を一際(ひときわ)大きく鳴らした。
 僕の額へ額を当てたままの彼女が、僕を包む毛布の中に手を入れて胸を擦(さす)って来る。
 其の、躊躇う素振りも無く僕の肌に触れれるのは、きっと、少女団の医療授業で看護(かんご)や蘇生(そせい)の治療方法を学んでいるからだろう。でも、僕の熱くなる体温と胸の高鳴る鼓動が伝わっているはずの、紅(あか)らめる彼女の頬に、献身(けんしん)や奉仕(ほうし)の博愛精神だけではないと思いたい。
「温かい……、体温が戻ってるわ。もう大丈夫ね。あなたが生きていてくれて、嬉(うれ)しい」
 彼女の指が拭(ふ)いてくれたばかりの僕の頬を、再び彼女の涙が濡(ぬ)らす。
 彼女は額を僕から離すと、更に、躙(にじ)り寄って来て、両手の掌(てのひら)で僕の両頬に触れて頭を掴み上げると、僕を焚き火を囲む皆の方へ向かせて膝枕(ひざまくら)で寝かせ続けてくれる。
「あっ、ごめんなさい、アル。米神と耳が痛かったでしょう」
(……耳? 米神……?)
 頭を動かされて、漸(ようや)く右の米神がヒリヒリと痛むのと、左の耳のズキズキ疼(うず)く痛みを思い出して、顔を顰(しか)めてしまった。
 額には包帯がまかれて、両方の傷は手当てが為(な)されている。
「いや、少し痛むだけ……、手当ては、……ビアンカ、君がしてくれたんだ?」
 ビアンカの心配する問い掛けに、僕は否定的に答えながら、彼女の言葉と行いが嬉しくて痛みに平気なフリをする。でも本当に、まだ、齧り取られた衝撃に痺れて麻痺しているのかも知れないけれど、手当てされて安心する気持ちが痛みを薄れさせていると思う。
「傷口を綺麗に洗ってから、エイドキットの軟膏(なんこう)を塗って、ガーゼを当てて包帯を巻いたの。血は止まっていたわ。あの子達と、あの方の彼女のライラさんも、手伝ってくれたのよ」
(あの方? ああ、ダブリスか。……の彼女さん? 誰? そういえば、浅瀬に流れ着いた彼を介抱してたっけ。あの美少女は、ライラって名前なんだ。再開できて良かったな、ダブリス)
「君の妹の…… ヘンリエッタと、弟のフリオだっけ? それに、……ライラさんも、手当てをしてくれたんだ」
「そうよ。痛くなったら、遠慮なく言ってね。膿(う)んでいないか診(み)るから」
「あっ、ありがとう。ビアンカ」
「うん、どういたしまして。アル」
 フェアヒラント村の艀乗り場近くの土手道で弾薬を撃ち尽くすまで、ソ連軍を撃退し捲(ま)くってから水没させるまでのマムートの戦いと、沈むマムートから脱出した僕が流されて助けられるのも彼女は見ていて、僕を助けに岸辺を走るクルー達を妹と弟を連れて追い掛けて来て、傍(そば)で安否(あんぴ)を気遣ってくれていたのだ。そして今、僕が想いを寄せていた美しくて可愛いビアンカの膝を枕に寝ている僕は、心の底から、全身の隅々と、全ての思考が、本当に幸せだと思う。
 近くでメルキセデク軍曹とバラキエル伍長に、ラグエルとイスラフェルとタブリス、それに、名前を『ライラ』だと、今、ビアンカから教えて貰ったばかりのダブリスの彼女が、『アハハハッ』と、喜び溢れる顔で笑ってる。
 僕の顔の上で、『ウフフフッ』と、嬉しく笑うビアンカに寄り添う妹のヘンリエッタに、弟のフリオも、『ケラケラ』と、楽しそうに笑ってる。
 手放しの喜びに僕も、傷の疼きに顔を引き攣(つ)らせながら、『アハッ、アハッ』と、歯切れ悪く笑っていた。
(戦争は今日までだ。深夜12時で終わる。大ドイツ帝国は、戦争に負けて降伏する。やっと戦争が終わるけれど、まだ、この先、どうなるかは分らない。アメリカ軍の捕虜になっても、無事に生き延びられるとは限らない。だけど、それを悩むのは後回しだ。今は、楽しめれる時で、笑える時に、心底、笑えればいい。きっと、笑える気持ちが、未来を明るくするさ!)
 --------------------
 東岸の殺気立ったソ連軍が落ち着けば、西岸河畔にアメリカ兵が戻って来て事態を速(すみ)やかに終息させてくれるだろう。
 アメリカ軍から一応の取調べを受けるだろうが、ビアンカ達を連れているし、ラグエルとイスラフェルは身分証を持っているから、途中でメルキセデク軍曹とバラキエル伍長には2人の作業服を着せて、身分証を巻き込まれた戦闘で無くしたと言い張れば、上手く軍曹と伍長の身分と出身地を誤魔化せるだろう。
 僕は子供だから、ルールに居る親戚へ避難する途中だと言うだけだ。
 皆とルールへ行って、タブリス達と一緒に戦後の復興や賠償(ばいしょう)事業で働こうと思っている。
 それで、金を蓄(たくわ)えたならビアンカ達とドリームを掴んで実現させる為に、フリーダムの国、アメリカへ行こうと考えている。
 戦争の歴史的に考えて、これから敗戦国のドイツは、ソ連とイギリスやアメリカの連合国とに2分割されると思った。
 現に、アメリカ軍はエルベ川を渡っていなかった。
 日数的に可能なのに、ベルリン市へ進軍していない。
 この事は、ソ連と分割統治の取り決めが有るからだと、年少の僕でも察する事ができた。
 もう、親を頼る事はできない。
 僕は、覚悟を決めた!
(こらからは、自立して生きて行くしかないんだ!)
 ベルリン市は位置的にも陥落させたソ連が支配するだろうから、手軽にシュパンダウ地区へ行き来できなくなって、僕は両親や安否不明の兄達に、ビアンカ達は足を怪我したお母さんと介護(かいご)に付き添うお父さんに、この先いったい、いつになったら再会できるか分らないと思う。
 それは、必ずソ連の統治下になるはずのドイツ東部に家族が住む、メルキセデク軍曹とバラキエル伍長も同じだ。
 一生懸命に働いて、1日も早くドイツ東部へも仕事で行ける事業家になり、両親や家族が元気でいる内に、ビアンカ達と一緒に住んでいた場所へ行って再会できるようにしなければと、僕は強く思う。

 

 完

 

 

後編 時系列
1945年
5月4日(金曜日)曇りのち晴れ 
アルテンプラトウ村からフェアヒラント駅近くの守備位置へ
 午後五時から7時 アルテンプラトウ村に潜んでソ連軍の接近を警戒する。
 午後7時 アルテンプラトウ村からフェアヒラント村へ低速で移動開始。

5月5日(土曜日)曇り 
フェアヒラント村 駅近くの守備位置(待ち伏せ場所)
 午前6時半、夜通し低速で移動したマムートは、朝靄の中、守備位置に着いて木々でカムフラージュされる。
(午後、ゲンティンの町とアルテンプラトウ村がソ連軍に占領される)

5月6日(日曜日)薄曇り 
フェアヒラント村 駅近くの守備位置(待ち伏せ場所)
 午前2時過ぎにニーレボック村の北方向から南の森へ移動する小規模な戦車隊列の影を見る。
 午前3時頃から明け方まで、南東の森向こうのアルテンプラトウ村とゲンティンの町方向から激しい戦闘の砲声がして、夜空が炎で赤く照らされた。
 午前5時、未明の戦闘でソ連軍の攻勢を予想したアメリカ陸軍第182歩兵師団が、被害を恐れてエルベ川西岸の河畔守備位置から退避した隙を突き、負傷兵を婦女子を優先とした渡河が艀乗り場を主体に岸辺一帯で始まる。
 午前9時から午後4時 ソ連空軍機の銃撃と爆撃が続く。

5月7日(月曜日)曇りのち晴れ 
フェアヒラント村 駅近くの守備位置からエルベ川西岸へ
 午前7時、妹と弟を連れてエルベ川西岸を目指す幼馴染のビアンカと守備位置で出遇う。
 午前9時から9時半、アルテンプラトウ村方向からニーレボック村へ進軍するソ連戦車を遠距離砲撃で撃破。
 午前9時半から10時、ソ連空軍機の爆撃と銃撃。
 午前10時から10時15分、ソ連軍の砲撃。
 午前10時半、ニーレボック村から守備隊が撤退して来る。
 午前11時から午後0時、ニーレボック村前面から迫るソ連戦車隊を撃滅。
 午後零時から零時半、ディアベン村方向から線路上を来るソ連戦車隊を撃破。
 午後1時、送電鉄塔上のソ連軍砲兵隊観測班を粉砕。
 午後1時半、南の森の道から現れたソ連戦車隊を撃破。
 午後2時、再びディアベン村方向から迫るソ連戦車隊を撃滅。
 午後3時、アルテンプラトウ村へ後退中にニーレボック村から来るソ連戦車隊を撃破。
 午後4時、ディアベン村方向の線路脇に展開した対戦車砲を粉砕。
 残弾数、榴弾1発のみ。
 午後5時、アルテンプラトウ村の南外れでソ連歩兵部隊を撃退。
 午後5時15分、ディアベン村から川沿いの道を遣って来るソ連歩兵部隊を撃退。
 午後6時、全ての搭載弾薬を撃ち尽くしたマムートを、エルベ川へ自走させて沈める。
 脱出時、アルはタブリスを助け出すが、冷たい川の水に体力を失うアルは流されてしまう。
 午後6時20分、流されたアルは渡河を終えたクルー達に助けられる。
 午後6時30分、アルは合流したビアンカ達の介抱で蘇生する。

5月8日(火曜日)晴れ 
 午前0時、ドイツ軍が連合軍国に無条件降伏した事により、全ての戦闘行為が停止する。

 

 

搭乗人物  (年齢は1945年5月7日時点)
超重戦車E‐100・2(ツヴァイ) ザ・マムートの搭乗員
車長 … メルキセデク Melchisedek(平和)・ハーゼ Hase(兎) 武装親衛隊の戦車兵軍曹 車長経験者 1926年3月生まれ 満19歳
砲手 … バラキエル Barachiel(雷)・リヒター Richter(裁判官) 陸軍戦車兵伍長 砲手経験者1927年1月生まれ 満18歳
弾頭装填手 … ラグエル Raguel(友)・ベーゼ Boese(悪) クルップKrupp社の工員1928年2月生まれ 満17歳
装薬装填手 … イスラフェル Israfil(喇叭(らっぱ))・バッハ Bach (小川) クルップ社の工員1928年10月生まれ 満16歳
操縦手 … タブリス Tabris(自由)・クーヘン Kuchen(ケーキ) クルップ社の工員 1928年3月生まれ 満17歳
無線手 … アルフォンス Alfons(守護)・シュミット Schmitt(鍛冶屋) ヒトラーユーゲント(HJ)の小国民隊の隊員 1930年11月生まれ 満14歳

ビアンカ Bianca(未来)・フライターク Freytag(金曜の美神) アルフォンスの同級生でドイツ少女団(BDM)の幼女隊の隊員で中隊指導者補佐だった女子 1930年4月生まれ 満15歳
妹(ヘンリエッタ Henrietta 1937年9月生まれ 満7歳)と、弟(フリオ Julio 1939年6月生まれ 満5歳)が同行

ライラ Lailah(受胎)・ブラウン Braun(茶髪) フェアヒラント地区のドイツ女子同盟(BDM)のリーダー 1927年12月生まれ 満18歳

其の他大勢
避難民、工場作業員、行政官、ドイツ軍将兵、国民突撃隊員、ヒトラーユーゲント(HJ)の団員、ドイツ女子同盟(BDM)の団員、ソ連兵、アメリカ兵など

 

 

前編 ザ・マムートの初陣 (ザ・マムート・ツヴァイの戦い <超重戦車E-100Ⅱ 1945/3/29~5/7>)

内容紹介
 雪解けで水嵩が増して流れの速いエルベ川を、戦火を逃れて西岸へ渡ろうと艀乗り場に数万人の避難民と敗残兵が群れる、1945年5月7日のフェアヒラント村。
 早朝のラジオは、ドイツの無条件降伏と5月8日午前0時の戦闘放棄を知らせていた。
 エルベの西岸までで進軍を留まったアメリカ軍が渡河を許すのも、 其の時刻までだった。
 渡河を防止して、大量の捕虜の戦果と大勢の難民を支配下へ戻すべく、強力なソ連戦車軍団が防衛ラインを越えて怒涛の如く彼らを襲う。
 避難民の中には、希望を与えてくれた大切な人もいる。
---僕達は渡河を妨害する全ての外敵を排除して、彼らを守る義務を果たさなければならない---
 ドイツ第三帝国終焉の日、最強の戦車に乗り込み、抗える限りに意思を貫こうとする少年兵達の壮絶な戦いの物語。
---彼らは自由へ渡れるのか!--- 

f:id:shannon-wakky:20170603072602j:plain

 1945年
* 5月7日 (月曜日) フェアヒラント村の駅付近 午前7時
 朝の光の中、フェアヒラント村の鉄道駅近くの守備(しゅび)位置で、別に知った人を探(さが)す訳でもなく、ぼんやりと目の前の街道を通り過(す)ぎて行く大勢の避難民達を、僕はマムートの無線手ハッチの縁(ふち)に腰掛けて眺(なが)めていた。
 避難民達は皆(みんな)、フェアヒラント村の船着場からエルベ川を渡って西方へ逃(のが)れようとしている。
 街道の南側に広がる馬鈴薯(ばれいしょ)畑と牧草地の果(は)ての森の向こう、エルベ・ハーフェル運河沿いの鉄道と道路が集中する交通の要所、ゲンティンの町は一昨日(おととい)の午後に敵が占領したと知らされた。
 今日は夜半過ぎの未明(みめい)に、ゲンティンの町へ集結する敵の攻勢部隊に対する反撃が行われて、砲声と爆発音が明け方まで轟(とどろ)いていた。
 たぶん、反撃は敵に大きな損害を与(あた)えたと思う。だが、敵は我が方より遥(はる)かに強力で、直ぐに攻撃態勢を整(ととの)えて今日の昼までには此処(ここ)へ攻(せ)めて来ると予想している。
 だから、街道を左側の東方から右側の西方へ重い足取りで歩いて行く避難民達を眺めながら僕は、敵が来る前に早くエルベ川を渡れる事を祈(いの)りながら、出来る限り、其(そ)の時間を長く稼(かせ)ぐ戦いをすると心に誓(ちか)っていた。
 特に、苦労して歩く小さな子供には、此処まで来たのなら是非(ぜひ)、生き延(の)びて欲(ほ)しいと思う。
 そんな、子供を連れて通り過ぎようとする避難民の中に、見覚えの有る背格好と横顔の女性がいるのに気が付いた。
 寝ぼけ眼(まなこ)を擦(す)り、目を見開いて見直す、膨(ふく)らんだリュックサックを背負(せお)って、大きなバッグも袈裟懸(けさが)けに掛け、引き摺(ず)るように歩く女性は、紛(まぎ)れもなく見知った顔で、こんな場所にいる筈(はず)の無い同級生の女子だった。
 両手で妹と弟の手を引く、彼女の歩き疲れて虚(うつ)ろな横顔が朝陽に照らされているのを見付けて、僕は大声で名前を呼(よ)んだ。
「おっ、おい! ビアンカ! ビアンカ・フライタークだろぉ! おーい」
 母親がイタリア人でハーフの彼女は、綺麗(きれい)で、可愛(かわい)くて、明るく笑う優(やさ)しい女子だ。
 学校ではクラスを楽しく纏(まと)める委員長を務(つと)めて人気が有った。そして、膝下(ひざした)10㎝丈(たけ)のスカート規則を、彼女だけは破(やぶ)って膝丈に短くしていた。
 理由を問われる彼女は、『この方が、より活動し易いでしょ』と、悪(わる)怯(び)れもせずに明るく答えていた。
 実際、彼女は小忠(こまめ)で、素早(すばや)い動きの行動や発言(はつげん)の仕方は、スカートの短くした丈と共に目立っていたが、彼女は仲間外(なかまはず)れや苛(いじ)められる事も無く、皆から慕(した)われていた。
 先生や父兄の中には、全体主義的に彼女のスカート丈を心良く思わず、眉(まゆ)を顰(ひそ)める方もいたが、あからさまに注意される事はなかった。
 寧(むし)ろ、其の明瞭(めいりょう)な性格と堅実(けんじつ)な対応力を認(みと)められた彼女は、ドイツ少女団幼女隊の中隊指導者補佐にも任命されていて、ヒトラー・ユーゲントや少女団の集会で、リーダーシップを発揮する彼女を慕う女子や想いを寄せる男子は多く、何処(どこ)でも、とても目立っていた。
 彼女は笑顔が素敵で、声を上げて笑う顔も、微笑(ほほえ)む表情も、僕は魅かれていて、学校や通りで僕はいつも彼女が翻(ひるがえ)す膝丈のスカートを探していた。
 そんな快活(かいかつ)な彼女だったのに、今、目の前にいる女の子は堪(たま)らないほど、やつれて見えて、振(ふ)ら付く体の彼女は、直(す)ぐにでも其の場にヘタリ込んでしまいそうだ。
(おーっ、スカート丈は同じだぁ…… って嬉(うれ)しがるよりも、なぜ、妹と弟を連れて、此処を歩いてるんだ? 小父(おじ)さんや小母(おば)さんはいないのか? それに、何処まで行くつもりなんだ?)
 知人もいない初めて来た場所で、名前を呼ばれたのに気付いて足を止めた彼女は、縦皺(たてじわ)を眉間(みけん)に立てた険(けわ)しい目付きの警戒顔を向けて僕を睨(にら)むと、直ぐに目を見開いて言った。
「……アル? アルフォンス! 本当にアルなの! どうしてこんな所に……?」
 いぶかしむ警戒から驚(おどろ)きへ、そして、偶然の出逢(であ)いの不思議(ふしぎ)さが入り混(ま)じった微笑(ほほえみ)に彼女の表情が変わる。
「おい、此処(ここ)で立ち止まるな。先へ進め!」
 僕を見付けて立ち止まったビアンカ達を歩かせようと、周囲を警戒していた憲兵(けんぺい)の1人が近寄って行く。
「いいんだ。部下の知り合いだ。少しの間、話をさせてやってくれ」
 ビアンカの間近まで迫った憲兵は、砲塔の上に座って双眼鏡で索敵(さくてき)をしながら、僕の大声に気付いて様子を見ていた車長の軍曹(ぐんそう)に制されて、ビアンカ達を僕に近くに行くように促してくれた。
「いろいろ有ってね。君が無事で良かったよ。両親は一緒(いっしょ)じゃないのか?」
 彼女の顔が、悲(かな)しみと困惑(こんわく)に変わる。
「あなたは元気そうね。……4日前の夕暮(ゆうぐ)れに……、私達の列をソ連の戦車と兵隊が銃撃しながら横断して行って、……大勢の人が亡(な)くなったり、大怪我(おおけが)を負(お)ったわ! みんなは散(ち)り散(ぢ)りに逃(に)げて、凄(すご)く恐(おそ)ろしかった!」
 彼女の僕を見ていた顔が、だんだんと俯(うつむ)いて独(ひと)り言(ごと)のような話し声になり、それから、急に叫(さけ)ぶような大声で終わると、更(さら)に、下を向いた顔の影からポロポロと涙(なみだ)の雫(しずく)が落ちて行った。
 それを見た僕は、彼女の気持ちが極度に張(は)り詰(つ)めて、気力も限界(げんかい)まで来ていたのを知った。
「……母(かあ)さんも足を怪我しちゃって、夜通(よどお)し、父(とう)さんが母さんを担(かつ)いで運んだわ。運良く2つ目の村に残っていた陸軍の救護所で手当てをして貰(もら)ったの。だけど……、酷(ひど)く痛(いた)がる母さんは、直ぐに歩けなくって……。だから、父さんから着替(きが)えと食べ物を持たされて、『先にエルベ川を渡(わた)っていろ』って言われたの。うう……」
 クラスの女子達のリーダー格だった聡明(そうめい)な彼女が、こんなに取り乱(みだ)して悲しんでいるのに、僕は慰(なぐさ)めの言葉が見付けられない。
 今、視界に入る街道を、東から西へと通り過ぎて行く避難民や兵士の殆(ほとん)どは、彼女と同じか、それ以上の不幸の苦しみに遭(あ)っていると思う。
 ヒトラー・ユーゲントの小国民隊の僕が、軍事教練の為(ため)に小学校の校舎を使った作業棟で寝泊(ねと)まりを始めた当日、僕の両親と妹は、スイス国境近くの親戚宅へ疎開(そかい)して行った。
 軍に招集(しょうしゅう)された僕の2人の兄は、何処にいるのか分からなくて、安否(あんぴ)も不明のままだ。
「でも、きっと大丈夫(だいじょうぶ)よ。あれからソ連軍には出遭わずに此処まで来れたわ。だから、向こうで待っていれば、きっと、2人とも、後から渡って来て会えると思うわ。この子達の歩きに合わせて来たから、此処へ来るのに4日も掛かっちゃったけど、私達は、何処も怪我もしてないし、元気よ」
 親と離れた不安から泣いていた彼女が、言いながら気丈(きじょう)に僕を見上げた。涙で潤(うる)む彼女の瞳(ひとみ)に、居た堪れないくらい僕は切(せつ)なくて胸が苦しい。
「ああ、そうさ。小母(おば)さんと小父(おじ)さんは、きっと大丈夫! 小母さんの傷は直ぐに良くなるよ。戦争が終われば会えて、また一緒に暮らせるさ。僕は、君達が無事で嬉しいよ」
 ビアンカ達の避難民の列を襲撃(しゅうげき)したソ連戦車部隊は、きっと、3日前の5月4日の夕方にアルテンプラトウ村で撃退した威力(いりょく)偵察隊(ていさつたい)だ。
 今は、其の翌日の5月5日に、東と南から攻(せ)め込んだソ連軍が、既(すで)に、アルテンプラトウ村とゲンティンの街を占拠(せんきょ)している。
「アル、……こんな大きな戦車に乗ってるの?」
 呆(あき)れるようにマジマジと枝木でカモフラージュされたマムートを見る彼女は、何故(なぜ)、此処に僕がいるのか、やっと気付いたようだ。
 彼女の両脇に並ぶ妹と弟も、初めて見た巨大な戦車に、ポカンと口を開けて見上げている。
「ああ、凄いだろ。マムートっていうんだ。エレファントよりでかい、毛むくじゃらの奴の名前と同じ。先にエレファントという駆逐(くちく)戦車が出来て、ロシアやイタリアで戦ってるから、先祖返(せんぞかえ)りみたいだな……。こいつは絶滅(ぜつめつ)した種(しゅ)の最後の生き残りさ。……たぶん今、ドイツに残っている戦車の中で、一番デカくて強いと思う。だけど、それも今日までさ……」
 問(と)われるままに答えた言葉は、意味の無い冗談(じょうだん)になって、感じている逃げてはいけない状況の遣(や)る瀬(せ)の無さを誤魔化(ごまか)しながら、愚痴(ぐち)るように続けた。
「ブランデンブルク市まで逃げて来たのに、新型戦車の通信要員にされちゃったよ。まったく、袖(そで)の通信資格章を捨(す)てるか、着替えておけば…… 良かったよ……」

 

 

f:id:shannon-wakky:20170603072700j:plain

 * 4月26日(木曜日) ベルリン市のシュパンダウ地区
 ベルリン市のシュパンダウ地区の大通りで、仲間から押し付けられた5、6発のファストパトローネを教練通りに小脇に抱えて、大凡(おおよそ)の狙(ねら)い角度で迫(せま)るイワンの戦車と兵士の群(む)れへ向けて、続け様(ざま)に発射してから大急(おおいそ)ぎで逃げていた。
 --------------------
 僕がシュパンダウ地区で防衛の配置に就(つ)いていた場所は、大通りの真ん中の爆撃で抉(えぐ)れた痕(あと)の穴を利用した浅い塹壕(ざんごう)で、其の底に低く伏(ふ)せて全身を硬直(こうちょく)させていた。
 ついさっきの激しい砲撃は幾(いく)つも間近で爆発して、イギリス空軍の夜間爆撃で半壊(はんかい)していた真横のビルの並(なら)びが、直撃を受けてドカドカと大きな瓦礫(がれき)を沢山(たくさん)降らせてくれた。
 固(かた)まった身体を歯の根が合わないほど震(ふる)えさせながら、僕は、『助けてくれぇー!』、『早く降参(こうさん)して、戦争を終わらせろぉー!』、『ドイツなんで、今直ぐに負(ま)けちまえー!』、『此処から出してくれー!』って、砂だらけでパサパサになった口で何度も叫んでいた。
 50mくらいの近さまで接近しているような敵戦車のキャタピラ音が、大きく聞こえて来る。
 ゆっくりだけど、躊躇(ためら)い無く近付く走行音から、まだ敵は、全身を瓦礫屑(がれきくず)塗(まみ)れにさせて塹壕の底へ潜(もぐ)るように伏せる、20人ほどになった生き残りのヒトラー・ユーゲントの隊員に、気付いてはいないようだ。
 このまま伏せていれば、気付かずに通り過ぎてくれて、運が悪くても、捕虜(ほりょ)にされるだけだと思っていた。
 更に、近付いて来るにつれて、敵兵の足音と呼び合う声が聞こえ、伏せている穴底から伝(つた)わる、敵の重戦車の動く振動が急速に大きくなって来る。
 ビューゥっと、塹壕の上を吹(ふ)き抜(ぬ)けた風が、敵戦車の迫る音を爆弾穴の縁まで来たかのように大きく響かせると、周(まわ)りに伏せていた仲間達がガバッと一斉(いっせい)に起き上がり、持っているファストパトローネを伏せて蹲(うずくま)っている僕へ、ゴミ穴へ捨(す)てるように押し付けては、後方へ走って逃げて行く。
 背を低くせずに立ち上がって走るという姿は、いくら子供のすばしっこさでも、直ぐにソ連兵が見付けて、走り出した奴も、立ち上がり掛けた奴も、短機関銃と戦車の車載機銃の激(はげ)しい連射にバタバタと撃(う)ち倒(たお)された。
 前方の穴から駆(か)けて来た奴は、僕がいる穴を飛び越えようとした時に、敵の銃火に捕まった。
 左手の肘(ひじ)から先が千切(ちぎ)れ、裂(さ)かれた腹からは内臓と血が零(こぼ)れて、彼は僕の真横に落ちた。
 初めて見た人間の内臓と沢山の血、左の腕(うで)から突き出す血まみれの白い骨、捩(ねじ)じ切ったようなピンク色の筋肉(きんにく)の筋(すじ)にペラペラな白い皮膚(ひふ)。
 其の生々(なまなま)しい光景と臭(にお)いに、息が出来ないほど吐いてしまって、鬱血(うっけつ)する顔に米神(こめかみ)の血管がブチ切れそうだった。
 彼の頭の横……、左耳の上辺(うえあた)りにも弾の中(あた)った孔(あな)が有った。
 頭蓋骨に朱色(しゅいろ)の空洞のような孔が、ボッコリと開いている。
 孔を縁取る頭蓋骨の白い割れ口が、まるで、料理に使った卵の殻(から)みたいだ。
 中身の脳味噌は高速で貫通(かんつう)した弾丸(だんがん)の勢(いきお)いに、反対側から引き摺られて出てしまったように見える。
 泣き喚(わめ)きながら僕の塹壕を飛び越えようとした彼の15歳になったばかりの人生は、頭と腕と腹を貫通した銃弾が、ピタッと声を止めさせて瞬時(しゅんじ)に終わらせた。
 先月の初めに、『今年は、少年団を卒業して、青年団入りだな♪』と、嬉しそうに言いながら、ベルリン市の東側から聞こえて来るソ連軍の砲声に耳を傾けた彼は、困り顔で、『これじゃあ、先に戦争も、ドイツも、終わっちまうな』なんて、冗談ぽく苦笑(にがわら)いしていたのに……。
 今、それよりも先に、彼の命が天に昇ってしまった……。
 苦しそうな表情の泣いて腫(は)らした両目は、涙を湛(たた)えて僕を見ていたけれど、既に、光を宿(やど)してはいなくて、土埃(つちぼこり)が被(かぶ)っても閉(と)じはしない。
 ついさっきまでは、冗談と勇(いさ)ましい言葉を大声で言い合って、景気付(けいきづ)けに合唱していた彼は、歌が上手(うま)くて、いつも、皆(みんな)をリードしていたのに、開いた口から、今は、もう声を出せない。
 彼は、僕の傍(そば)で死んでしまって、塹壕を飛び越えようとした時の泣き腫らした顔のままで、僕を見詰めている。
 僕を見ないでくれと、吐きながら震える手で彼の目の前に瓦礫を置いていた時に、ムカムカする吐き気以上に怒(いか)りを感じた。
 あと僅かな時間で、僕も彼のような屍(しかばね)になってしまう現実に、僕を此処で死ぬ運命にさせた世界に、のこのこと軽い気持で此処へ来ている自分へ、更に、僕を今直ぐ殺そうと迫る敵の奴らに、ムラムラと湧(わ)き上がる激しくイライラする気持が、ゼェゼェと息苦しく肺を喘(あえ)がせて、ドドドッと、急連打の全力動悸(どうき)で血液を巡らす心臓をプルプル震えさせた。
 ズキズキと酷く痛み出した頭と身体の奥底から迸(ほとばし)る強い憎悪(ぞうお)に、僕は有らん限りに叫んだ。
「ちくしょーっ! こんなので死んでたまるかあぁ! まだ、何も遣っちゃいないし、充分に生きちゃあいないんだぞおぉー!」

 --------------------
 ほんの1週間前までは、工場地帯がアメリカ空軍に精密爆撃で破壊(はかい)されても、(も)軍需(ぐんじゅ)生産目標の無い市街地の住宅地や商店街が夜間にイギリス空軍の無差別爆撃で炎上しても、工場で働(はたら)いていた住民の幾人かが亡くなっても、耳に入るロシア人の蛮行(ばんこう)の噂(うわさ)に若い娘がいる家庭が西方へ逃れて行って、同級生の女子がいなくなっても、親達が、南方への疎開は、もう、間に合わないと蒼(あお)い顔で頭を抱(かか)えていても、僕達の住むシュパンダウ地区北西郊外に被害は殆ど無くて、日に、日に迫り来る敵軍との戦闘を14歳の僕達は漠然(ばくぜん)としか意識していなかった。
 閉(し)めたカーテンの隙間(すきま)から、夜間空襲の遠く燃え上がる炎の列に赤く照らされた夜空を見て、不安を感じている気持ちの半分は、スペクタクル映画のクライマックスを観ているみたいで、綺麗だなと思っていた。
 そんな楽観的な子供の僕らは、国民突撃隊員として召集された4日間の軍事教練が終了しても、スポーツ合宿のような浮(うわ)ついた気分でいた。
 教練が終了した翌日の一昨日(おととい)は、命じられて朝から大通りの交差点で配置に就かされた。
 四輌の路面電車を交差点へ押して来て並(なら)べ、夕方まで散々苦労して周囲に深い穴を掘ると、動かせないように外して来たレールを杭代わりに立てて固定した。
 其の日の作業は、それで終了。
 宵闇(よいやみ)が迫(せま)る頃、大通りに面した半壊の建物の中で、班毎(はんごと)に別れて熾(おこ)した焚(た)き火(び)を囲み、晩飯に配られた太いソーセージ入りのシチューとパンを食べ終えると、僕達は防衛配置場所の大通りの爆弾痕の穴で寝た。
 腐敗(ふはい)ガス臭い穴底の地ベタでも、誰もが不平を言わずに、支給された厚くて重い粗(あら)めに織(お)られた軍用毛布と防水の迷彩ポンチョの中へ潜(もぐ)るように頭まで包(くる)まると、焚き火と食事で温まった体を冷やさないように丸まって寒さに耐えた。
 重労働で疲れ切った肉体は、腹が満ちると直ぐに夢を見させてくれた。けれど、夜半から時折(ときおり)降られた俄雨(にわかあめ)で起こされて良く眠れず、寝起きの気分は悪かった。
 昨日(きのう)は朝から前日の作業の続きで、並べて固定した路面電車の中を大きな瓦礫で埋めると、車両の周囲にも瓦礫を堆(うずたか)く積(つ)んで交通障害物として完成させた。
 其の後は、携行(けいこう)した小さ目なシャベルで舗装(ほそう)道路に掘れた爆弾の穴を、更に、深く掘って自分用の塹壕を作った。けれど、大通りの舗装の基礎地盤は大きな石がゴロゴロ混ざる粗い砂で固められていて、其の硬(かた)さは散々苦労して掘り続けても、膝が隠れる程度の浅さで精一杯だった。
 誰もが好い加減に嫌になった塹壕掘りを止めて、シャベルを塹壕らしからぬ穴の中へ投げ捨てると、小学校の校舎から運んで来た20個の真新しい木箱に入れられている、個人が携行する火器のファストパトローネを皆で受け取りに行く。
 爆弾穴近くの路上に置いていた2㎝は有る厚い松材の木箱の中から、押し付けられるように配られたファストパトローネは、命中すれば、燃焼が集束する成形炸薬弾頭(せいけいさくやくだんとう)の爆発の高熱で、装甲板の鋼鉄が熔(と)けると高熱超高速の噴流となって、200㎜の分厚い鋼鉄装甲でも、一瞬で溶解(ようかい)貫通の孔ができる。
 貫通孔は小さいけれど、噴流を浴びた乗員の体の部位は蒸発(じょうはつ)してしまうし、上手く砲塔内や車体内部の弾薬や燃料に貫通した高熱噴流が被(かぶ)れば、瞬時に敵戦車を爆発炎上させられる威力(いりょく)が有ると、教官の古参兵が言っていた。
 --------------------
 訓練で1度だけ、教官が信管と炸薬を抜いたダミー弾頭付きのファストパトローネを小脇に抱えると、発射筒の上にくっ付くように折(お)り畳(たた)まれた、小さな孔が並ぶだけの板にしか見えない照準器(しょうじゅんき)を起こして立て、孔を通して見える弾頭の丸みの頂点と目標の軸線を合わせ、最大射程狙いの約35度の角度で狙いを付けて発射した。
 『バンッ!』と短い破裂音がして、教官の真後ろの地面を5、6mの長さの炎の噴流が舐(な)め、バッと舞い上がった土埃が熱かった。
 外した炸薬と信管の代わりに入れたセメントで、重さとバランスを同じにしたダミーの弾頭は、『ポンッ!』という感じで弾き出されて、思いっ切り遠くへ投げたボールや石のように、放物線を描いて校庭の端に落ちた。
「見た通り、放たれた瞬間に、弾頭の尾に巻かれている4枚の羽が、弾性と風圧で広がり、狙った方向へ真っ直ぐに飛んで行く。だが、最大角度の狙いでも、ボールを投げるような山形(やまなり)の曲線で100m足らずしか飛ばないし、勢いも、手で払い避(の)けたり、受け捕(と)めれるように思えるくらい、ゆっくりになってしまう。だから諸君は、確実に敵戦車を仕留める為、50m以内に近付けさせなければならない。できれば、照準器の1番下の孔で狙う、30mだ!」
 教官は僕達を傍に来させて、最も危険な動作を知らしめる為の注意をする。
「行き足の勢いを失った弾頭でも、其の重みによる自重落下だけの衝突力で、この弾頭カバーが割れて外れてしまう。外れると同時に、信管が作動して弾頭の炸薬が爆発燃焼する。だから、投げてキャッチをしたり、振り回すような遊びをするな! 発射する直前まで絶対に照準器を起こすな! 起こせば、安全装置が解除される。そうなると、弾頭カバーが外れるだけで、爆発する! 3m以内は即死だ! 5mでも大怪我だぞ。解ったな! 事故をを起こすなよ」
 それから、発射筒と真後ろの僅(わず)かに焦(こ)げた地面を指し、注意すべき点を話す。
「打ち放った後も、破損していない発射筒は、繰り返し使用可能だ。照準器は安全装置を兼(か)ねている。最近の弾頭は、既に信管と発射薬が充填(じゅうてん)されていて、照準器を元の状態に折り畳まないと、新しい弾頭が発射筒に差し込めない。そして、照準器を起こさないと、信管の安全装置が解除されないし、発射レバーも押せない。照準器は、弾頭の脱落防止の留め金も兼ねているから、発射筒の破裂や弾頭の早期爆発を招(まね)いて非常に危険だ。そして、発射時に真後ろにいると発射薬の強烈な燃焼炎で即死する。2m以内は骨まで溶かされてしまうぞ。6、7m離(はな)れていても全身大火傷で助からない。仲間に殺されたくなかったら、最低限、後へ10mは離れるか、左右に2、3m離れる事だな。まっ、お前らのような子供が扱うには、危険なファストパトローネだが、注意事項に気を付けてていれば、凄く強力で御手軽な対戦車兵器だ。榴弾ほどでもないが、敵兵も吹き飛ばせるからな」
「補足だ。事故の危険が有る為、安全装置の照準器は、簡単に起き上がらないように、少し固く嵌まっている。だから、掴んで起こすには、指と腕の力が必要だ。軽い気持で起こそうとしても、起きない。でも、其処で諦めるな! 必ず起こせるはずだ! さあ、諸君。1人ずつ、順番に照準器を起こしてから倒して戻すんだ。遣ってみて、力加減を覚えろ!」
 4日間の軍事教練は、ファストパトローネを抱えての全力疾走をする肉薄攻撃と、取り扱い操作を繰り返す訓練ばかりで、他にした事といえば、離れいる物の大きさの目測から其処までの距離の導き方、それに校庭での穴掘りだった。
「ファストパトローネを上手く使って、生き残れよ。ハイル・ヒットラー」
 軍事教練の最後の日、手配されて来た徴用トラックに、ファストパトローネと小銃と弾薬を詰めた木箱類を乗せ終わり、不動の姿勢で整列した僕達へ、教官が手向(たむ)けの言葉をくれた。
 --------------------
 ファストパトローネを入れた木箱は、2人掛かりでも非常に重くて、トラックに積むのは持ち上げる2人と引き上げる2人がいないと、僕達には難しい作業だった。
 木箱の中に入っているファストパトローネは、1本が約7㎏有って4本で28㎏、松材の木箱が5㎏以上だから、ファストパトローネ入りの1箱の重さは33㎏以上になった。
 防衛陣地にする場所の近くまでトラックで行っても、降ろしてから瓦礫と爆弾痕だらけの通りを歩いて運ぶだけで、持ち手のロープが両手の掌に食い込んで水脹れを作ってしまった。
 爆弾痕や砲弾痕の穴を掘り込んで浅い個人用の塹壕にしてから、ファストパトローネを受け取ろうと、木箱を開いた両手の掌がヒリヒリと痛み、見ると水脹れが塹壕掘りで全て破れているのに気付いた。
 右の胸ポケットに入れていた軟膏類の薬の中から、いつもの擦り傷用を出し、傷口に付着した泥の洗浄に流し掛ける水筒の水が、掌をジンジンと痺れたみたいに痛くさせた。
 沁(し)みる痛みに堪えながら、木箱に入る新品のファストパトローネを見ていると、そんな、僅か数日前の教練を思い出して、なぜか、懐かしんでいた。
 --------------------
 配られたファストパトローネを塹壕の中で握り締めて、『この1本を撃っちゃったら、後はどうするんだ? 後方へ全力で駆けて、逃げるしかないのか? でも、怯む敵が前進を停めて、退避していなければ、間近から簡単に、撃ち殺されてしまうだけだな……』と、悲観しながらも、200m前方に並べた路面電車を眺めながら、『行ってみたい場所が在(あ)るけれど、今度は、いつ乗れるかな』などと、春の霞(かす)む青空を見上げて平和な日々を想像していたら、いきなり目の前の路上に砲弾が落ちて爆発するまで、真剣に戦争を実感していなかった。
 100mほど離れて着弾した砲撃は徐々に近付き、僕達が隠れる爆弾痕の並ぶ場所に、集中して砲弾が落下して来た。
 次々と炸裂して噴き上げる炎と爆煙は、青空の陽射(ひざ)しを遮(さえぎ)って辺りを暗くした。
 切れ間の無い着弾は、まるで、塹壕の1つ、1つに命中させて、穴底に伏せる僕達を1人残さず爆殺させるまで終わらないとばかりに、激しく炸裂した。
 初めは、近付いて来る爆発音と突き上げる揺れを塹壕に伏せて身構(みがま)えていたけれど、突然、伏せている体が抛(ほう)り上げられたかのように浮いて仰向(あおむ)けに落ちた。
 直後に叩(たた)き付ける衝撃波(しょうげきは)と熱い爆風が来て、顔と手足の千切れそうな痛みに叫んで泣いた。
 自分が潜(ひそ)んでいる塹壕が直撃されたなら、浮き上がった僕の体を砲弾の断片が削(けず)り取って、手足どころか、命が無くなったら……、この砲撃が止んだ後に生きていても、顔の半分が無くなり、胸に大穴が開いて、裂かれた腹から内臓が全部出ていたら……、指や手足も千切れて、其の耐(た)えられない痛さと熱(あつ)さに泣き喚いたまま死んで行ったら……、など、其の時は生きていても、30分として生き長らえないと、最初に体が浮き上がった瞬間に考えてしまい、物凄い恐怖に襲(おそ)われた。
 間近に落ちた砲弾の炸裂で爆弾痕の縁が、ガバッと飛ばされるような勢いで崩れ落ちて仰向けの僕に降り掛かる石畳片と砂が、まるで『次は、お前だ』だと、僕に触れなぞる死神の鎌の刃先のようで、きつく目を閉じて次の着弾身構える全身がガタガタと死の恐怖に酷(ひど)く震え、背筋から首筋への硬直で頭が左右に細かく振られ、上下の歯が勝手にカチカチと激しくぶつかって、口を閉じられない。
 直ぐに直ぐに次の砲弾が続け様(ざま)に着弾して、僕達が隠れてる大通り全体を掘り返した。
 自棄(やけ)に激しい集中的な砲撃に、僕達は見付かって狙い撃ちされているのかと考えたけれど、初弾の着弾爆発まで、大通りの彼方までの視界内に人の動きを見ていなかったし、皆は塹壕内に潜んでいたから、爆弾で掘れた穴が幾つも有るだけの無人の大通りにしか見えないはずだった。
 『ドサッ』、そう考えた時、砲弾の炸裂で撥(は)ね飛ばされた何かが、塹壕の縁に当たって滑り落ちて来た。直撃を受けた仲間の千切れた部位なのかと、恐る恐る見た物に僕はショックを受けた。
 それは、割れて半分になった空の木箱で、ファストパトローネを入れて運んで来ていた。
 何処か視界の果ての影に待ち伏せるドイツ兵を、こっそりと見付け出して砲撃を誘導(ゆうどう)する敵の火力部隊の前進観測員は、爆弾穴の並ぶ大通りの中央で開かれた真新しい木箱達が、明(あき)らかに携帯兵器か弾薬用で、受け取ったドイツ兵が周りの穴に居ると察(さっ)した。そして、その観測員が誘導する激しい砲撃を僕達は受けていて、今も誘導がされ続けている。
 それを知った僕の全身は、無情の怒りで、更に、激しく震えて逃げ出す気力は失せ、『どうせ死ぬのなら一瞬で』と願ってしまう。
 全身を強く震わす恐怖が、手足の筋肉を緊張(きんちょう)させてガチガチに力が入ってしまうのに、食物が通る内臓の筋肉は弛緩(しかん)して、胃が逆流し、直腸も排泄(はいせつ)してしまう。
 ブリブリと脱糞(だっぷん)した柔(やわ)らかな大便はズボンの中を満たして行き、更に、尿意(にょうい)を催(もよお)さないのに無意識に出てしまった小便が、ぐちゃぐちゃに掻(か)き混ぜて下痢糞(げりぐそ)のようにした。
 それが下腹部から踵(きびす)までの素肌(すはだ)に触れ絡(から)まるのと、其の臭(にお)いは胸が喘ぐ度(たび)に襟首(えりくび)から溢(あふ)れ漂(ただよ)わせて気分を悪くしてくれた。だけど、其の気分の悪さと恥(は)ずかしさも、次の着弾の恐ろしさが直ぐに忘れさせてしまい、ズボンの中の違和感は転(ころ)んで着いた泥濘(ぬかるみ)の泥(どろ)のように……、首周りに纏わり付く悪臭は廃墟(はいきょ)に溜(た)まる糞尿混じりの排水からのように…… 思ってしまった。
 塹壕の縁にザクザク弾片が刺(さ)さり、爆発で空中高く飛ばされた石畳(いしだたみ)舗装の欠片(かけら)がドカドカと落ちて来る。
 爆発音は全(まった)く聞こえない。
 叫びながら頭を抱(かか)えて蹲る僕を殺す破片が飛び交(か)っているはずなのに、自分の叫びも、爆発音も、何も聞こえないし、見えない。
 何度も撥(は)ね上げられて、真っ白になったコンクリート臭い大気は、息ができないくらい猛烈(もうれつ)に噴(ふ)き付けて来て、其の熱くて硬い空気に僕は圧迫(あっぱく)されて潰(つぶ)されそうになっていた。
 ヒトラー・ユーゲントの冬服の上下に短(みじか)い編(あ)み上(あ)げのブーツ、それに、頭にきつく被っているのは重いバックルが付いた鍔(つば)付き制帽。
 この日常の普段着的な外出時の服装、それだけが僕の体を覆って守っている。
 貫(つらぬ)かれるだろう鋭(するど)い弾片や、潰されるだろう落ちて来る重い瓦礫や、砕(くだ)かれるだろう大きな破片を防(ふせ)いでくれるヘルメットなどは全く身に付けていない。
 ただ、撥ね飛ばされながら偶然の幸運を願って祈るしかなかった。
 5分ほどだったのか、10分くらいは続いたのか、分らない激しい砲撃の間中、恐怖に頭を抱えて、伏せたり、蹲ったりしながら、大声で叫び通しだった。
 何度も吐(は)いて、上半身は吐瀉物(としゃぶつ)だらけだ。
 ゆっくりと後方へ移って行く着弾に気付いた時、突き上げる地面の振るえが無くなり、砲撃が止(や)んだ事を身体で理解した。
 砲撃が止んでも、暫(しばら)くは何も聞こえなかった。
 15分は過ぎた頃、誰(だれ)かが点呼(てんこ)を取り始めるけれど、誰も塹壕から顔を出さない。
 呂律(ろれつ)が回らない震え声で答えた声に、10人以上も同級生が殺(ころ)さられたのを知った。
 直ぐにでも、ここから脱走したいのに、砲撃に耐えて生き残った幸運の思いが、碌(ろく)な遮蔽物の無い大通りに立つよりも、まだ安全な塹壕の底に皆を伏せさせていた。
 更に、5分くらいが経(た)ち、ガタゴトと動きの悪そうな機械の移動音が交差点の向こうの方から聞こえて来て、斜陽(しゃよう)に照らされた廃墟の街並みを背後に近付いた音の黒い影が、瓦礫で固めた路面電車を圧(お)し潰して来た。
 其の時! 爆発が…… 起きると思って期待していたけれど、何の爆発もせずに、軍事雑誌のイラスト通りの長砲身の85㎜砲を搭載したT34型らしき戦車が、ゆっくりと潰した路面電車を踏み超えていた。
 僕達が並べてレールの杭で固定した路面電車の車内や周りを大きな瓦礫で埋(うず)めて交通遮断の障害物した後、夕刻に海軍の陸戦隊と空軍の降下兵の1団が遣って来て、何やら、地雷や爆薬で罠を仕掛けたと思っていたのに、路面電車は爆発しなかった。
 其の想像していた場面では、大爆発で端の2輌は弾き飛ばされ、間の2輌は折れ曲がって宙に浮き、圧し潰そうとした敵戦車は、更に、高く突き上げられて、空中で爆発するはずだった。
 なのに、敵の戦車も、兵隊も、無傷で僕達に向かって来ている。
 一体全体、あの集まっていた兵隊達は何をしていたのだろう?
 それとも、仕掛けていたのに不発だったのかも知れない。
 いずれにせよ、兵隊達の不甲斐無さと期待外れに僕は、何事も無く迫って来る敵戦車を憤慨(ふんがい)の思いで見ていた。
 初めて実物を見る、並べた路面電車を踏(ふ)み潰したブリキ缶みたいにしながら乗り越えて来る敵戦車と、ゾロゾロと随伴(ずいはん)する敵兵達に、砲撃でズタズタにされた僕達の精神はバサバサに千切れ、既に何も考えられない薄(うす)い灰色の頭の中は真っ白になった。
 其の想像も、経験した事も無い恐怖のダブルパンチは、『戦え』どころか、『逃げろ』、『隠(かく)れろ』の本能の脅迫(きょうはく)となって、逃げ惑(まど)う皆を殺してしまった。
 --------------------
 傍に倒れて光の無い瞳(ひとみ)で僕を見詰める骸(むくろ)の下半身はぐっしょりと濡(ぬ)れていて、被った粉塵(ふんじん)を湿(しめ)らせていた。
(彼も僕と同じで、本能が悟(さと)る死の恐怖に、身も、心も、縮(ちぢ)み上がったんだ……)
 血だらけになって倒れる仲間達に、僕の精神は恐怖と怒りの頂点(ちょうてん)に達するけれど、逃げ切るには敵を殺っつけなければならない。僕は震えて強張(こわば)る手足と指を見詰めながら無理に意識して動かすと、握(にぎ)っているファストパトローネの照準器を起こして、照準孔を覗きもせずに1番下の孔辺りの角度で迫り来る先頭戦車に向けて放(はな)った。
 『ドン!』と、激発(げきはつ)レバーを押し下げた瞬間に肩に担(かつ)いだ金属筒から発した発射音は、心臓を縮み上がらせて、衝撃で舞い上がった埃(ほこり)と、後方へ噴出す爆発炎で熱くなった周囲の空気を喘ぐ肺へ吸(す)わせた。
 照準器を起こす力は訓練用ファストパトローネよりも新品の分だけ、強い力が必要だった。
 何度も起こして倒した訓練用のゆるゆるよりも、新品はガチガチに嵌まっていて、其の固さに14歳の非力な僕は、諦め掛けてしまう。だけど、ファストパトローネを使わないと、逃げ出すチャンスも生まれない。
 直ぐに弾頭を放って残った発射筒を捨て、次のファストパトローネを掴もうと屈(かが)みかけた時に、間近に迫る敵戦車の前面に閃光(せんこう)が光った。
 其の光が弾頭の命中したモノなのか、敵が戦車砲を撃ったからなのか、見定めないままに急いで屈んで、照準器のロックを外そうと指を動かした。
 再び照準器を掴んで思いっ切り力任せに引くと、今度は上手くロックが外れて起きてくれた。
 1度できた後は、理解した力加減と操作のコツに、次のファストパトローネから照準器を直ぐに難なく起こせるようになった。
 それからは、焼ける肺の咳き込む苦しさと、初めての実弾発射の音と衝撃で湧(わ)き出た勇気(ゆうき)に、僕は傍へ転がされたファストパトローネを片(かた)っ端(ぱし)から掴んで照準器を起こし、弾着も確(たし)かめずに矢継(やつ)ぎ早(ばや)でイワン達の方へ向けて打ち込んで遣った。
 2発目は外れて2輌の敵戦車を飛び越えた辺りの路面に落ちて爆発した。
 もう無我夢中(むがむちゅう)で、耳元を掠(かす)める銃弾も、胸元の瓦礫を砕いて跳ねる弾丸も、全身を駆け巡(めぐ)るアドレナリンの興奮で気付けない。
 視界の隅に見えた限りでは、命中したのに中(あた)り角度が良くなかったのか、弾かれて転がった路面で爆発した。
 操作教練の教官が言っていた、『命中すれば、必ず装甲板を貫通する。200㎜の厚みまで、貫通できるんだ!』は、必ずではなかった。
 弾かれたり、逸らされたりしたら、当然だが、命中箇所で爆発してくれない。
 僕の塹壕に転がされていた最後のファストパトローネは、照準器を起こして持ち直そうとした時にトリガーのレバーを押し下げてしまい、予期してなかった不意の発射は、僕を心底驚かせてくれて、一瞬、塹壕の中で渦巻(うずま)いた発射の熱い炎が、僕を包んでくれた。
 幸い弾頭は、塹壕の縁スレスレに飛んで行ってくれたが、何処へ着弾したか、全く分らない。
 大通りに充満する黄色っぽい煙の様な塵と埃に敵の様子が分からなくて不安でいると、後方から吹き通った一陣の風が薄く晴らして行き、仲間のヒトラー・ユーゲント達を殺したイワンの群れが爆発で吹き飛んで倒れているのと、既に、30mまで迫っていた2輌の敵戦車の前面と砲塔に命中の痕(あと)が有り、見ていると前面に被弾(ひだん)した先頭の戦車が煙を噴き出し、開いたハッチから乗員が飛び出すと、輝(かがや)くような白い炎(ほのお)を上げて激しく燃(も)え始めた
 先頭戦車の真後ろの戦車はファストパトローネが砲塔前面に命中して、誰も脱出(だっしゅつ)しないまま、砲塔を吹き飛ばす大爆発を起こした。
 続く3輌目は、先行した2輌の被弾炎上(えんじょう)と大爆発を見て、逃げようと慌(あわ)て様に行(おこな)った急旋回(きゅうせんかい)で、5階建てのアパートビルへ突っ込んで逃げて行った。
 其の戦車はビルの中を大通りへの脱出を試(こころ)みて1階の壁(かべ)や柱の多くを破壊してしまい、結果、最下層の支(ささ)えを失(うしな)った上階の全ては瞬時に崩れ、其の小山のように積もる瓦礫で完全に埋(う)まってしまった。
 崩れ落ちた瓦礫は、飛び散る破片と舞い上がる埃になって、濃(こ)い霧(きり)のように大通りを真っ白にしていまった。充満(じゅうまん)する粉塵と土埃の向こうからロシア語の呻(うめ)きや悲鳴(ひめい)が聞こえて、敵の動きが停(と)まっているのを知ると、僕は一目散(いちもくさん)に裏通りへと逃げる。
 警戒して入った裏通りに、敵はいなかった。
 狭い通りを西へ走りながら僕は、またもや、吐き気がして何も出る物が無いのに、壊(こわ)れたポンプのように何度も吐いた。
 逃げ切ったと確信できるまで、通り過ぎるドアを蹴破(けやぶ)って最上階か、地下室の隅(すみ)に隠れ込みたい衝動に終始(しゅうし)襲われた。
 全体で100人はいた部隊で大通りに防衛線を築いていたのに、既に、死んだのか、逃げたのか、誰にも出会わないし、見掛けもしなかった。
 状況から判(わか)る限り、この場所で生き残ったのは僕は1人だけのようだ。
 砲声や銃声は周り中(じゅう)から聞こえる混戦状態に、確実にドイツ軍の守備陣地へ辿(たど)り着くまでは、誰も信用できないと思う。

* 4月27日(金曜日) ブランデンブルク市の大学病院
 僕は、敵にも、味方にも、出会わないように隠れながら夜通し歩いて、途中で紛(まぎ)れ込んだ避難民の列と共に辿り着いた防衛陣地の検問(けんもん)は、シュパンダウでの戦闘状況の説明や、此処まで来るまでにソ連車を見ていない事を話すと通過させてくれて、多数の防衛拠点が構築(こうちく)されているブランデングルク市の市街地区へ、どうにか、敵の脅威から逃れる事ができた。
 検問所で教えられた市内の場所で、配られている炊(た)き出しを貰う列を見て、クルクルと元気に回るくらい喜(よろこ)んだ。
 全身の力が抜けて、其の場にヘタリ込むくらい安堵する気持に、僕は吐瀉物と胃酸が粘膜を傷付けてヒリヒリと痛み、何度も唾(つば)を吐いて紛らわしていた喉(のど)が、カサカサに渇(かわ)いて水を欲(ほっ)しているのと、とても、お腹(なか)が減(へ)っているのを知った。
 喜び勇んで列へ並ぼうとした時、漂う自分の臭さに気付いた僕は、シュパンダウで漏らしていた便と尿の事を思い出した。
 取り敢えず、炊き出しの配給の受け取りは後回しにして、飲み水を得て身奇麗にする洗濯(せんたく)ができる水場(みずば)を求(もと)めて、幾つもの通りを探し歩いた。しかし、爆撃を受けた街の通りには蛇口(じゃぐち)が有っても断水で、何処も水は出ていなかった。
 爆撃の被害が少ない施設を探し回って、漸(ようや)く見付けた小さな教会の噴水(ふんすい)で、僕は全身と着ていた衣服の全(すべ)てと靴(くつ)を其の冷たい水で洗(あら)い、特にズボンと下着と靴を凍(こご)えながらも念入(ねんい)りに洗った。
 洗って絞(しぼ)っただけの全然乾(かわ)いていない冷たい衣服を我慢(がまん)して無理矢理(むりやり)着てから、振り捲(ま)くって雫を切った短い編(あ)み上げブーツを履(は)く。
 洗い立てで着込んだ下着や、シャツや、上下の制服と靴下にブーツが、ぐっしょりと冷たく湿気(しけ)ていて米神がズキズキと痛むくらい気持が悪かったけれど、まだ、残る体力で汗(あせ)ばむまで走り回って火照(ほて)った体温で温(あたた)めた。
 大きな教会の竈場(かまどば)と3台の野戦炊飯(すいはん)車がフル稼働(かどう)して、炊事兵達が忙(いそが)しく働く炊き出し場で、食器の無い事を告(つ)げると、色が殆ど剥(は)げて変形した飯盒(はんごう)に大きく凹(へこ)んだ水筒(すいとう)、それと曲がったスプーンとフォークが与えられて配給の列に並ばされた。
 大勢の人達が取り囲んで暖(だん)を取るキャンプファイアーのような焚(た)き火(び)の近くに座(すわ)り、年輩(ねんぱい)の炊事兵が成長期の子供だからと、少し多めに入れてくれた歯ごたえが乏(とぼ)しいデミブラスソース味のスープのようなシチューを噛(か)み締め、水筒に満たした香(かお)りだけはする極薄味(ごくうすあじ)の苦(にが)い代用コーヒーを流し込みながら、これからを考えた。
 1週間以内に、此処も強力なソ連戦車軍団が攻めるだろう。
 それまで、炊き出しで食い繋いで、降伏する守備隊と共に捕虜になっても構わないと思っていた。でも、きっとまた、降伏に至(いた)る前に生き残っているヒトラー・ユーゲントで戦車猟兵(りょうへい)班が編成(へんせい)されて、僕は再(ふたた)び、ファストパトローネを握らされるだろう。
 『敵戦車に命中させて2輌を撃破しました。他に、1輌を、石造りのアパートを崩して完全に産めて遣りました』などと、得意顔で報告していたら、僕は班長にされて、それこそ、防衛ラインの死守どころか、ファストパトローネを2本持たされて突撃か、積極的な敵陣への肉迫攻撃で敵の装甲車輌を狩る事になって、もう、絶望的に逃げ口が無くなってしまう。
《そんなのは……、勘弁(かんべん)してくれぇ……》
 --------------------
 普通は飯盒の半分も入れてくれないシチューが、毎回の配給で8分目まで入れられて喜んでいる僕は、これが餞別(せんべつ)代りだと察(さっ)していた。
 シュパンダウの大通りの戦闘から、僕達ヒトラー・ユーゲントは使い捨ての消耗品だと理解していた。
 本来、徴兵される年齢は成人になる20歳で、戦時でも半減された軍事訓練期間を経て正規の軍人として、各部隊へ配属される。
 戦況が悪化して18歳で徴兵(ちょうへい)されても、ヒトラー・ユーゲントを経(へ)た少年兵として正規兵となる。だけど、学業半ばで成長途中の14歳や15歳で召集(しょうしゅう)された僕達は、予備役兵以下の国民兵として、防衛戦に特化した極短期間の訓練で最前線へ投入されている。
 防衛戦に特化した訓練とは、個人で携行できる範囲で最大限の破壊力が有る兵器を使いこなして、敵兵と交戦する練習で、兵器は大口径の砲弾に等しいファストパトローネだが、たった1発しか撃てず、それに、有効射程は100mに満たない僅(わず)か80mの近距離だった。
 スポーツ競技で全力疾走すれば、14、5秒で走り抜けれる近さで、ライフル射撃の大会では、どの男子も、狙う人型の標的を外しはしない。
 最前線の塹壕でファストパトローネを構え、迫り来る敵戦車へ80mで発射する。
 撃ち終えても、次に装填する弾頭は無く、自分の武装は丸腰に近いヒトラー・ユーゲントの短剣のみとなってしまい、塹壕から飛び出て突撃しようが、踵(きびす)を返して後へ逃げ出そうが、損害への報復の怒りを露(あら)わにする敵兵に忽(たちま)ち撃ち倒される。そして、恐怖に震えて塹壕の底に蹲っていても、遣って来た敵兵の銃剣で串刺(くしざ)しになるだけだ。
 ただ、極少数の運の良い少年が、慈悲深(じひぶか)い敵兵に摘(つ)み上げられるか、蹴(け)り出されるかで、捕虜になるだけだろう。
 故に、ベルリン防衛戦に投入された若年のヒトラー・ユーゲント達は、初弾で敵軍に損害を与えるだけの、生還を見込まれていない、1度っ切り、1発っ切りの最前線戦闘で、1人以上の敵兵を殺す為だけの消耗品だった。
 ソ連軍が迫って来ると号令が掛けられ、若(わか)くて俊敏(しゅんびん)な僕は、最前線の最前列へ連れて行かれる。
 それまでの選別代わりの配給だ。
 其処で、自分が隠れる塹壕を掘り、其の中でファストパトローネを握り締めて、敵が射程距離内へ入るのを待つ。そして、次こそ、僕は突破(とっぱ)しようとする敵戦車と刺し違えてしまう。
 敵が迫って来るのを見ただけで、後方に展開して援護(えんご)してくれるはずの国民突撃隊の年配者達は、ヒトラー・ユーゲントの僕達を見捨てて散り散りに逃げていると思う。
 敵戦車を狩(か)ったりでもしたら、捕虜にはされずに射殺(しゃさつ)される。
 もう誰も、僕を救(すく)ってくれはしないだろう。
 ソ連軍に蹂躙(じゅうりん)されるシュパンダウ地区から逃げ延びれたのは、偶然(ぐうぜん)に幸運が続いただけだ。
 ファストパトローネが命中して大爆発した2輌目の敵戦車からは、脱出する乗員を見ていない。
 炎上させた1輌目も数名が脱出しただけで全員じゃなかった。
 崩落した石造りのアパートに完全に埋まった3輌目の乗員達は、救出されたのだろうか?
 崩れるアパートの瓦礫に潰されたり、狙い澄ましたファストパトローネの炸裂に噴き飛ばされた敵兵は、何人いたのだろう?
 それらは全部、怒りに任せた僕が1人でした残酷(ざんこく)な結果だった。そして、それが敵の前進を阻んで停めた。
 僕の仲間を傷付けて殺し、僕も殺したい敵兵は、僕を殺そうとする時まで、僕は出遭った事も無くて知らない。
 個人的な、恨(うら)みも無いし、怨(うら)まれてもいなかったと思う。
 敵との括りでなければ、僕達は異国(いこく)の友人として親交を結(むす)べていたかも知れなかった。でも、『今は敵だ!』。
 怯える僕は何もしないで、ただ窪みの底で震えながら蹲っているだけだったら、圧し掛かる敵戦車の重みと動きで崩れる塹壕が僕を生き埋めにしていたか、塹壕の上から僕を見下ろす敵兵が持つ、短機関銃の連射を浴びて死んでいたはずだ。そして今頃は、魂の抜けた無反応で冷たい僕の身体が、ベルリン郊外の荒地に掘られた大きな穴の縁に堆(うずたか)く詰まれた多くのドイツ人の骸の中で、穴底へ落とされて埋められるのを待っている。
 とても慈悲深い敵兵ならば、怯えて泣き腫らした顔で無抵抗な僕を塹壕の底から引き摺り出して、幸運にも捕虜にしてくれたかもだ。だが、そんな事は稀(まれ)で、怖さに緊張して暴発(ぼうはつ)行動をしかねない言葉の違う敵兵に期待は出来ない。
 あの時、敵兵達が武器を置いて握手(あくしゅ)を求めて来たら、僕達がファストパトローネ捨てて、笑顔で歩(あゆ)み寄ったら、誰も死なずに盛(も)り上がる宴(うたげ)を催(もよお)せていたのだろうか?
 しかし、其の理想を実際に実行するのは、非常に難(むずか)しい。
 互いの多くが、それを望んでも、生き死にの天秤(てんびん)が死に傾く緊迫(きんぱく)した状況の狭隘(きょうあい)な思考に、たった1人の思いを異(こと)にする奴が、武器を手放さずに引き金を引く。
 現実に仲間達は殺され、僕は茫然自失(ぼうぜんじしつ)で逃げ惑(まど)い、住んでいた街は荒廃(こうはい)し、僕達の楽しい生活は奪われた。
 だから、ブランデングルク市へ共産主義のソ連兵達が遣って来る前に、僅かでも食い物を蓄(たくわ)えて、1、2日だけ隠れながら歩けば着くと思う距離のエルベ川まで行き、そして、夜の闇(やみ)に紛れて川を渡り、既に、西岸まで到達しているはずのアメリカ兵に投降したい。と、深刻(しんこく)に考えた。
 炊き出し場と避難民の登録所になっている広い敷地(しきち)の大きな教会は、これまた広い庭に囲まれて多くの病棟が建ち並ぶ、大学の医学部も入っているらしい大きな病院と隣接(りんせつ)している。
 国際的に病院施設として認知(にんち)されているのか、アメリカ空軍の昼間爆撃やイギリス空軍の夜間爆撃に遭っていないようで、敷地内に崩れた建物や爆弾の炸裂痕(さくれつこん)も無かった。
 朝、昼、晩と配給許可の紙片を翳(かざ)して食事に有り付きながら、病院の前庭の隅に植(う)わる樫(かし)の大木の下で夕方から降り出した雨を避けて、出来るだけ西方へ傷病兵を満載して行くトラックに乗ろうと、紛れ込むチャンスを伺っていた。

 

 

f:id:shannon-wakky:20170603072847j:plain

* 5月7日(月曜日) フェアヒラント村の駅付近 午前七時
 なのに、こんなデカイ戦車に乗せられて参(まい)っている。
 今直ぐ、ビアンカ達を手助けして、一緒にエルベ川を渡りたいと思うけれど、渡し場を守る義務が、それを許(ゆる)さない。
 既に、マムートが圧倒的に強力な火力を放つのと知っているし、其の重装甲はきっと、敵弾に耐えてくれるだろうと思っている。
 敵前逃亡したかも知れないブランデングルク市の防衛線で戦い抜くより、マムートの中なら、ずっと生き残れる確率が高いと、今の僕は考えている。
 武器を捨てて逃げても、逃亡兵狩りの連中に見付かれば、ひしゃげた街灯か、焼け焦げた街路樹(がいろじゅ)の枝から、殴(なぐ)り書きした謝罪文(しゃざいぶん)のプラカードを掛けてブラ下がってしまう。
 14、5歳の少年でも平気で吊るす奴らによって、シュパンダウで逃げたヒトラー・ユーゲントの仲間の何人かが、そうして処刑されたのかも知れない。
 --------------------
 僕はビアンカに、クラスメイトの男子達がシュパンダウで死んだか、行方不明(ゆくえふめい)になって、戦闘後に誰も見ていない事を言わない。
 大通りで戦っていた男子の半数と、彼女は小さい頃に遊んだりしていたから、ビアンカは良く知っている。
「おいアル、聞こえてるぞ。オレ達は義務(ぎむ)を果たすまで、逃げないんだからな!」
 横で操縦者用ペリスコープのレンズ汚れを拭(ぬぐ)っていたタブリス・クーヘンが、僕の弱音(よわね)を非難するように誓いの言葉を言う。
 クルップ社の工員で操縦を担当(たんとう)している3つ年上の17歳の彼は、遥か西方のパーダーボルン市の工場からマムートを運んで来ていた。
(ちっ! 耳歳増(みみとしま)のダブリスめ、聞いていたのか)
「わかっています! みんながエルベを渡るまで、頑張ります」
(お前こそ、全弾を撃ち尽(つ)くすまで逃げんなよ)
 今度はビアンカへ向き直って、『僕達の為(な)すべき事は簡単で、直ぐに終えるから、そうしたら皆で逃げる』という意味で言う。
「全弾と言っても、残り25発しかないけどな。ラグエルとイスラフェルがギックリにならずに弾込めのしてくれりゃあ、砲手のバラキエル・リヒター伍長(ごちょう)が、40分も掛からずに全弾命中させて、大戦果さ」
 同軸機銃は、1分間に1200発も発射するMG42になっていたから、銃身がオーバーヒートしないようにすれば、装填(そうてん)されているベルト給弾の7.92㎜弾3000発も、直ぐに撃ち終えてしまう。
 どっちにしろ、メカニカルトラブ